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ガラスは温度の上下を繰り返すと若返る?
―金属原子の並び方と振動の変化―
2024年12月17日
島根大学
熊本大学
東北大学
九州シンクロトロン光研究センター
高輝度光科学研究センター
■本研究のポイント
●金属ガラスに液体窒素温度と室温の間を繰り返して上下させる「極低温若返り効果」を起こすことで原子配列が変化することが、放射光X線を用いた実験で詳しく明らかになりました。
●ガラス中の構造の不均質性も、元素によって大きく変化することがわかりました。
●X線非弾性散乱実験よりミクロな弾性的性質の不均質さも変化することが見出されました。
●この研究は、国内、国際を問わず、幅広い研究者の協力によって達成されたものです。
島根大学材料エネルギー学部の細川伸也研究員、尾原幸治教授および先端マテリアル研究開発協創機構のイェンス・シュテルホルン講師は、熊本大学、東北大学、九州シンクロトロン光研究センター、高輝度光科学研究センター、茨城大学、理化学研究所、およびハンガリー、フランスの研究者と協力して、金属ガラス(注1)を対象として、液体窒素温度(およそ摂氏マイナス196度)と室温の間を繰り返し上下させることによる若返り効果(注2)によって、構成する原子の並び方やその運動が大きく変化することを、大型放射光施設SPring-8(注3)(BL04B2、BL35XU)の放射光X線(注4)を用いて明らかにしました。 |
■研究の背景
ガラスは一般的に静かに放置すると、例えば体積を減少させてエネルギー的に低い安定な状態へとゆるやかに変化します。これを緩和と言います。一方、外部からの刺激を与え続ければ、エネルギー的に高い状態へと戻ります。これを若返り効果と呼びます。若返りは、力を繰り返し加えてひずみを起こすことで生じることがよく知られています。最近、温度の上下を繰り返すことで若返り効果があることが知られるようになりました。この現象は通常、液体窒素の低温と室温を繰り返すことによって実験的に検討されますので、「極低温若返り」効果と呼ばれます。この現象はガラスが不均質であれば、部分によって熱膨張の大きさが異なり、その結果生ずるひずみによってガラスのエネルギー状態が不安定になると考えられていますが、そのような簡単な論理で若返り効果が説明できるかどうかは、まだ解決していません。また、極低温若返り効果によってミクロな原子配列や振動状態の変化があるかどうかも重要な議論の対象となっています。
■研究の成果
今回の研究では原子配列や弾性的性質に不均質性が大きいと考えられているGd65Co35金属ガラスを対象としました。東北大学金属材料研究所が所有する装置を用いて、銅製の水冷ロール上に高温の液体試料を吹き付けてリボン状の金属ガラスを作製しました。およそ摂氏マイナス196度の液体窒素中と室温のエチルアルコール中を1分おきに40回繰り返してつけることにより温度を上下させ、試料に極低温若返り効果を起こしました。放射光X線を用いた高エネルギーX線回折およびX線異常散乱法によって得られた実験結果を、逆モンテカルロ法(注8)を用いて解析し、各構成元素のまわりの個別な原子の並び方を求めました。また、X線非弾性散乱法を用いて、金属ガラス中に縦波音波を生じさせるエネルギーとそのピーク信号の幅を求め、ガラスの弾性的な性質の不均質性が極低温若返り効果によってどのように変化するのかを検討しました。
図1は上から下に、高エネルギーX線回折で求めた全構造因子S(Q)、X線異常散乱によって求めたGdおよびCoの差構造因子ΔkS(Q)を○印で示しています。温度変化の繰り返しの前後をそれぞれ青、赤で区別しています。図を見やすくするために0.5のかさ上げを赤のデータに施しました。実線はそれぞれのデータに逆モンテカルロ法によるフィットを行った結果を示していますが、いずれの結果もよく一致しています。
図1:温度変化の繰り返しの前(青)と後(赤)の(○)高エネルギーX線回折で求めたS(Q)、X線異常散乱で求めたGdおよびCoのΔkS(Q)、および(実線)逆モンテカルロ・フィットの結果
図2は、逆モンテカルロ計算から得られた、部分二体分布関数gij(r)を示します。青および赤は温度サイクル処置の前後をそれぞれ示しています。Gd原子半径はCoのそれと比較して非常に大きいため、図からよくわかるようにGd-Gdの部分原子間距離はおよそ0.36 ナノメートル(nm、10-9 m)で、Co-Coのおよそ0.28 nmと比較すると非常に大きくなっています。Gd-Coはそれらの平均ではなく、Co-Coとほぼ同じ0.28 nmとなっていますので、Gd-Co間は単純な剛体球ではなく、何らかの引力が働いていると考えられます。
図2:逆モンテカルロ計算から得られた、温度サイクル前(青)と後(赤)のgij(r)
さて、温度サイクル前後で見られる大きな違いは、Co-Coの第一近接の分布が遠距離側に大きくシフトしています。またGd-Gdのピークと同じ長さに小さなピークが成長しています。ピークの成長はGd-Coのgij(r)にも見ることができます。したがって、温度サイクルによって、Co原子が遠距離側に大きく変化していると結論づけることができます。また、Gd-GdおよびGd-Coのピークの高さはわずかに減少しています。
図3は、温度サイクル(a)前と(b)後のGdを中心とした原子配列の模式図を示します。温度サイクルによりCo原子が0.28 nm付近から0.36 nm付近に移動した結果、破線で示したようにやや長い距離のCo-Co結合が生じたと考えられます。その結果新しくて長いGd-Co結合も生じています。
図3:温度サイクル(a)前と(b)後のGdを中心とした原子配列の模式図
図4に、X線非弾性散乱測定で得られた温度サイクル(a)前と(b)後の動的構造因子S(Q,ω)を対数表示で示します。○印が実験結果、実線は緩慢調和振動子(DHO)モデルを用いたフィットの結果です。実験結果はモデルとよく一致しています。中心のピークは準弾性散乱を示していて、原子の拡散の情報が入っていますが、この試料はガラスですのでほぼ装置の分解能関数と一致しています。右および左のピークは縦波音響音波による励起信号で、それぞれストークスおよび反ストークス・ピークと呼ばれているものです。ピーク位置は波数Qによって移動しており、これを分散関係と呼びます。モデルにより、それぞれの励起エネルギーωQとその幅ΓQを求めることができます。
図4:X線非弾性散乱測定で得られた温度サイクル(a)前と(b)後のS(Q,ω)
図5に、温度サイクル前(青)と後(赤)のDHOモデルによって得られた(a)ωQと(b)ΓQのQ変化を示します。(a)で明らかなように、ωQの平均値は若返りによって変化しない、つまりガラスの弾性の大きさの平均は変わらないことがわかりました。しかしながら、(b)ΓQの結果では、Qが6 nm-1を超えると、温度サイクルによっておよそ20%も大きくなることがわかります。これは、弾性の大きさに幅が生じる、すなわち温度サイクルによってガラス中の弾性の不均質性が大きくなることを示しています。差が6 nm-1を超えると現れるのも意味があり、弾性の不均質さが大きくなるのは、2π/6 ~ 1 nm以内、すなわち数原子間距離の範囲で起こっていることを示しています。
図5:温度サイクル前(青)と後(赤)のDHOモデルによって得られた(a)ωQと(b)ωQのQ変化
■今後の展望
本研究の成果により、温度の上下を数10回繰り返すだけで、不均質性が大きいとされる金属ガラスの原子配列や弾性的な性質の不均質性が大きく変化することがわかりました。このことは、ガラスはそのミクロな構造、弾性不均質性がその熱履歴によって大きく変化する若返り現象を起こすものであるという、結晶物質では全くあり得ないことを実験的に明らかにすることができました。このことはランダム系の科学に新しい見地を提示することができたと考えています。
原子配列が変化すれば、それに応じて電子状態も変化するのではないかと考えることができます。私たちはすでに、放射光を用いた光電子分光、軟X線吸収、発光分光あるいは逆光電子分光実験を、極低温若返りを起こす前後のGd65Co35金属ガラスを対象として行っています。その結果、原子配列が大きく変わるCoの3d電子状態に大きな変化が起こることを見出しています。この結果は近日中に論文発表を行う予定です。
若返り現象はガラスにのみ見られるランダム系に密接な現象です。今回の研究成果がすぐに何かの応用に結びつくとはとても考えられません。しかし、ランダム系に関係する多くの研究者の、ガラスを見るミクロな視点を大きく変化させるダイナミックな内容を含んでいることが重要ではないかと思います。今後数多くある金属ガラスに同様な若返り現象が見出され、ガラスの科学に新たな指針が提案されることを期待します。
■研究プロジェクトについて
本研究は文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「超秩序構造科学」および基盤研究(C)、科学技術振興機構CREST、および東北大学金属材料研究所GIMRT共同利用システムの支援を受けて実施されたものです。
【用語解説】
(注1)金属ガラス
ある種の合金の液体を急速に冷却すると、液体のランダムな原子配列がそのまま凍結されてガラス状態を作り、金属ガラスになります。当初は、水冷した銅の回転ドラムに液体金属を吹き付けるなど、薄いリボン状のものだけが作製可能で、その応用範囲はトランスの芯などに限られていました。しかしながら、1980年代のPd40Ni40P20の登場により、液体金属を水で急冷する程度で数多くのバルク状の金属ガラスを作製できることがわかり、硬くて磨耗しない小さな金属部品を金属加工ではなく鋳造で作製できるなど応用が広がりました。ガラス形成能の良い金属ガラスを用いることにより、ゆっくりと金属部品が作製できるようになり、より複雑な形状のものを作ることができるようになります。
(注2)若返り効果
前述したように、ガラスは液体を急冷凍結してそのランダムな原子配列が固体となっても凍結されることによって作られます。図6は、ガラス形成の温度(Temperature)と体積(Volume)の関係の模式図を示しました。図の右上の高温の液体(Liquid)を急冷しますと、破線のようにゆっくりと冷却したときの融点(Tm)より低い温度になっても過冷却液体(Supercooled liquid)となって連続的に体積を減少させていきます。温度がガラス転移点(Tg)を下回ると傾きはやや小さくなってガラス(Glass)として凍結されます。ガラスはしばらくの間、焼鈍(Anneal)しておきますと、より体積の小さな状態へと変化します。これが一般的なガラスの「焼きなまし」と呼ばれる変化で、ガラスの持つエネルギーもより低くなります。
図6:ガラス形成の温度(Temperature)と体積(Volume)の関係の模式図
この安定したガラスに外部から刺激を与えて、反対にエネルギーの高い状態に戻すのが「若返り(Rejuvenation)」です。これまでの若返りの研究は、ガラスを押しつぶすあるいはひねるなど、力を加えてエネルギー状態を高くする方法で起こす多くの研究があります。
この研究では、その効果が最近見出された温度サイクルによる若返り効果、「極低温若返り」効果に着目しました。その大きな特徴は、ガラスには部分によってその原子配列や弾性的な性質が一様でない「不均質性」が、その若返り効果を生み出す原点となっていることです。すなわち、温度を上下させることにより、ガラスの膨張、収縮の大きさに部分的な違いが起こり、その結果ガラス内にひずみが生じてエネルギーが高くなっていくというのがその若返りのメカニズムとなっています。もしガラスが均質であれば、温度を上下させても単純に膨張収縮を繰り返すだけで、ガラス内にひずみは生じません。このガラスの不均質性と若返りの関係を実験的に深く追求したのが本研究のテーマとなっていますので、それによりガラス分野の研究者の興味を強くひく内容になっています。
余談ですが、温度を上下させることで状態の変化を観測しているので、一般社会では「劣化」あるいは「老化」現象と言うのではないかと私どもも思わないわけではありませんが、ここでは研究の歴史を踏まえて「若返り」という言い方をあえて保持しています。
(注3)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
(注4)放射光X線
光速に近い速さで進む電子が、その進行方向を磁石による磁場などで変えられるときに、その接線方向に発生する電磁波を放射光と呼びます。放射光は、電子のエネルギーが高いほど明るく指向性が良くなり、電子が進む方向の変化が大きいほどX線などのより高いエネルギーで波長の短い電磁波を含みます。放射光には、次に示すような特徴があります。
1. 極めて明るい。
2. 細く絞られ拡がりにくい。
3. X線から赤外線までの広い波長領域を含む。
4. 偏光している。
5. 短いパルス光の繰り返しである。
これらの特徴を活かしたさまざまな実験研究に用いることができます。
(注5)高エネルギーX線回折
SPring-8などの大型放射光源から発生する放射光には、100 keVにおよぶエネルギーのX線が含まれますので、これを新しい研究に用いることが可能となりました。その利点として、
1. 非常に広い波数(Q)範囲にわたるX線回折実験が可能となるため、そのフーリエ変換によって得られる原子配置の情報の誤差が非常に小さくなります。
2. 試料によるX線の吸収が非常に小さくなるため、例えば、この研究のようにX線吸収の大きな重金属を含んでいても1/10 mm程度の厚い試料を用いることができます。
3. この研究とは無関係ですが、液体など容器が必要とする試料であっても、その吸収の補正や回折の除去などの補正が非常に簡単になります。
(注6)X線異常散乱
通常のX線回折では、用いるX線のエネルギーを変えても全く新しい情報は得られません。ところが構成元素に関係するX線の吸収端、すなわち最も強い引力で原子核と結びついている1s電子を外部に叩き出すエネルギーの近くに用いるX線のエネルギーを定めると、その元素からのX線の散乱が数%弱くなる異常(異常分散効果)があることが知られています。その結果、目標の元素にのみ限定された散乱情報のコントラストを得ることができます。これを利用した実験法をX線異常散乱と呼びます。
(注7)X線非弾性散乱
図7にX線非弾性散乱の原理を示します。波数ki、エネルギーEiで入射した光が2Θ方向に散乱すると、方向とエネルギーが変化して波数kf、エネルギーEfとなります。ここで波数の変化Q = kf – kiの大きさはQ = 4πsinΘ/λで、ここでλはX線の波長を示します。またエネルギーの変化はℏω = Ef – Eiで、ここではℏはプランク定数を2πで割ったデラック定数、ωは振動数を示します。
図7:非弾性散乱の原理
X線あるいは中性子が試料によって散乱すると、最も簡単な場合(格子振動が1種類のとき)には図8のような信号が得られます。エネルギーが変化しない中央のピークは、エネルギーが変化しない弾性散乱を示し、原子の瞬間的な配置および拡散についての情報を与えます。一方、物質はX線あるいは中性子よりある一定のエネルギーを得て格子振動を起こす(エネルギー変化が+側)、あるいは物質の格子振動が止まってそのエネルギーをX線あるいは中性子に与える(-側)ことが起こります。これが格子振動による非弾性散乱です。したがって、中央からの左右のピーク信号のエネルギー変化が格子振動のエネルギーとなります。また、そのエネルギーの広がりは、格子振動の寿命を与えることがわかっています。
図8:IXSデータの模式図
IXS実験が技術的に難しいのは、前述のように、入射する20キロ電子ボルトのエネルギーのX線を、数ミリ電子ボルトまでのエネルギーの選り分けを行って、中心の弾性散乱のピークのすそが格子振動の信号を決して覆い隠してしまわないようにエネルギー幅を小さくすることが重要です。これを行うためには、不断の努力により精巧に設計された装置と強力な放射光源が必要となります。現在、このような実験ができる施設は世界に5カ所しかありません。その中でも、(Ⅹ線強度、エネルギー分解能において)世界最高の施設が日本のSPring-8にあります。
(注8)逆モンテカルロ法
通常は回折実験の実験データにフーリエ変換と呼ばれる数学的な解析を行って原子配列を求めますが、この手法では逆に原子配列をあるモデルとして立ててから実験データを再現しようとする「逆問題」の立場で解析を行います。原子の位置を少しずつ変化させ、実験データにより合うときは採用、合わないときも一定の割合で採用するという、メトロポリスのアルゴリズムを使って、モデル原子配列が全ての実験データをより再現するまで繰り返しを行います。
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
〈研究に関すること〉
島根大学 材料エネルギー学部 細川伸也 (ほそかわ しんや) 研究員
〈報道に関すること〉
島根大学 企画部 企画広報課 広報グループ
電 話:0852-32-6603
メール:gad-kohooffice.shimane-u.ac.jp
熊本大学 総務部 総務課 広報戦略室
電 話:096-342-3271
メール:sos-kohojimu.kumamoto-u.ac.jp
東北大学 金属材料研究所 情報企画室 広報班
電 話:022-215-2144
メール:pro-adm.imrgrp.tohoku.ac.jp
九州シンクロトロン光研究センター 利用企画課
電 話:0942-83-5017
メール:riyousaga-ls.jp
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
電 話:0791-58-2785
メール:kouhouspring8.or.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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小惑星リュウグウの砂つぶに発見された塩の結晶
―太陽系の海洋天体とのつながりを知る新たな手がかり―
2024年11月21日
京都大学
東北大学
高輝度光科学研究センター
自然科学研究機構分子科学研究所
概要
京都大学白眉センターの松本特定助教らは日本の探査機「はやぶさ2」が回収した小惑星リュウグウの砂つぶから、微小な塩の結晶を発見しました。
これらはリュウグウの母体となる天体を満たした塩水が蒸発や凍結によって失われた時に析出した鉱物です。同じく塩類が見つかっているエンセラダスなどの海洋天体とリュウグウの水の環境とを比較する研究につながります。
[ポイント] 図 1:リュウグウの砂表面で見られたナトリウム炭酸塩脈(青色)の擬似カラー電子顕微鏡画像。 本成果は2024年11月19日(日本時間)付で国際科学誌「Nature Astronomy」に掲載されました。研究グループは松本徹特定助教(京都大)、野口高教授(京都大)、三宅亮教授(京都大)、伊神洋平助教(京都大)、松本恵助教(東北大)、矢田達主任研究開発員(JAXA)、上椙真之主幹研究員(JASRI)、安武正展研究員(JASRI)、上杉健太朗主席研究員(JASRI)竹内晃久主幹研究員(JASRI)、湯澤勇人技術職員(IMS)、大東琢治准教授(KEK)、荒木暢主任研究員(IMS)で構成されています。
論文情報 |
背景
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウを探査し、表面の砂を地球に持ち帰りました。小惑星から直接持ち帰った砂には、地球に落下する隕石では見られないような未発見の物質があることも期待されていました。そのひとつは、水に溶けやすい、もしくは吸湿しやすい物質です。湿気を含む地球大気の下で変化してしまう物質は、宇宙空間から持ち帰ったままの新鮮な状態でなければ気付くことも難しいからです。
研究手法・成果
松本助教らは、リュウグウの砂を大気に全く触れない状態に注意深く保ち、その表面を光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡1を使って観察しました。すると、砂の表面に小さな白い鉱脈が発達していることを見つけました(図1, 2)。鉱脈を形作る鉱物を、ナノメートルに及ぶ小さな構造を観察できる透過型電子顕微鏡2を使って観察すると、ナトリウム炭酸塩(Na2CO3)、岩塩(NaCl:塩化ナトリウム)の結晶や、ナトリウム硫酸塩(Na2SO4)がその成分であることがわかりました(図3)。鉱物種の正確な同定には愛知県岡崎市の極端紫外光研究施設UVSORで開発された走査型透過X線顕微鏡3を使いました。また、リュウグウの砂の三次元的な構造や砂全体の鉱物も知るために、兵庫県佐用郡の大型放射光施設SPring-84(BL20XU)で開発されたX線トモグラフィー5を用いて砂の非破壊観察を行いました。
図2:リュウグウの砂の光学顕微鏡写真。矢印はナトリウム炭酸塩脈を指す。
図3:ナトリウム炭酸塩脈の断面の詳細な様子(透過型電子顕微鏡画像に擬似着色した)。粘土(三角印:茶色の部分)の表面にナトリウム炭酸塩(星印:青色の部分)が分布している。百ナノメートル程度の大きさの塩化ナトリウム(六角形印:マゼンタの部分)も含まれる。
現在のリュウグウは八百メートル程度の大きさですが、かつては数十キロメートルの大きさをもつ母体となった天体-母天体(ぼてんたい)-が太陽系の始まった頃の約四十五億年前に存在したと推定されています(図4)。その内部は放射性元素の崩壊熱によって温められ、百度以下のお湯で満たされていたと考えられています。このリュウグウの母天体を流れた液体は塩水であることが、リュウグウの砂から溶媒抽出した成分がナトリウムや塩素などに富むことから推定されていました。見つかった塩結晶も母天体の塩水の中で沈殿したと考えられます。
図4:リュウグウの母天体での塩結晶の形成
発見された鉱物はいずれも水に非常に溶けやすい性質をもつ塩の結晶です。水に溶けやすいということから、液体が極めて少なく塩分濃度が高くなければ結晶が析出できなかったと予想されます。そのため松本助教らは、リュウグウの砂を作る多くの鉱物が母天体で沈殿したあとに、液体の水が失われる現象が存在し、その際に塩の結晶が沈殿したと考えました(図4)。液体がなくなる現象として考えられる可能性のひとつは、塩水の蒸発です。母天体の内部から表層の宇宙空間へまでつながる割れ目が生まれると、天体内部の液体は減圧されて蒸発すると考えられます。地球上では大陸内部に取り残された湖が干上がった時に高い濃度の塩水が生じ、ナトリウム炭酸塩や岩塩などが析出することが知られています。これらは「蒸発岩」と呼ばれており、リュウグウ母天体でも蒸発岩が生まれたのかもしれません。もうひとつの可能性は、液体の凍結です。母天体を温めていた放射性元素が乏しくなると天体は冷えてゆき、塩水は徐々に凍結するはずです。塩水に溶けた陽イオンや陰イオンは氷には取り込まれにくいので、凍結が進むと残された塩水の濃度は高くなります。すると濃い塩水からは塩結晶が析出します。凍結した氷はやがて現在に至るまでに宇宙空間へと昇華してしまったと考えられます。
現在のリュウグウに大量の液体は見られず、そしてリュウグウの砂つぶも濡れていることはなく、母天体を流れたはずの液体の水がどのように失われたのか分かっていませんでした。今回の研究により、リュウグウの母天体では蒸発、もしくは凍結によって液体の失われる現象が起こったことが初めてわかりました。
波及効果
リュウグウの砂で見つかったナトリウム炭酸塩は地球に飛来する隕石では見つかっておらず、小惑星の砂から発見されたことは全くの予想外でした。一方で、準惑星のセレスや木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンセラダスなど地下に海が広がっていると予想される天体で塩類が検出されています。たとえばセレスには内部海の物質が凍って吹き出す氷火山があり、ナトリウム炭酸塩は噴出物の主要な成分です。エンセラダス表層の氷の裂け目から噴き出す間欠泉(図5)にはナトリウム炭酸塩や塩化ナトリウムが含まれます。種々の塩類は天体の水の成分や進化を反映しています。そのため、塩の結晶はリュウグウと太陽系の海洋天体との水環境の共通性や違いを比較できる新しい手がかりになると期待されます。とりわけ太陽系の水環境に注目することは、生命の材料である有機物の水中での化学反応を理解することにもつながります。
図 5:エンセラダスから吹き出す間欠泉(©NASA/JPL)
研究プロジェクトについて
本研究は以下の支援により遂行されました。日本学術振興会科学研究費(19H00725, 19KK0094, 20H00198, 20H00205, 21H05424, 21K113981, 21H05431, 24K00692)、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター公募研究(AB0611)、UVSOR(課題番号24IMS6628)、SPring-8(課題番号2023A0185)
<研究者のコメント>
見つかった塩鉱物は電子線にとても弱く、電子顕微鏡での観察中に時間をかけると消えてなくなってしまいます。分析はリュウグウの鉱物の中でも特に困難を伴いました。根気強く観察条件を整えて鉱物種を決めたことで、太陽系の水の進化に関わる意義のある研究ができました。地球に飛来する隕石を調べても、水に溶けやすい塩鉱物は地球上での風化ですぐに変化してしまいます。今回の発見は、はやぶさ2が小惑星リュウグウから直接サンプルを持ち帰ったことで初めて可能となりました(白眉センター 松本徹)。
【用語解説】
1. 走査型電子顕微鏡
電子ビームを照射することで、試料表面の凹凸や化学組成を見ることができる顕微鏡です。
2. 透過型電子顕微鏡
100nmの厚さに薄く加工した試料に対して高電圧の電子線を照射し、電子が試料を透過したことで生じる電子の干渉像を得る顕微鏡で、原子スケールに及ぶ微細組織の観察が可能です。
3. 走査型透過X線顕微鏡(STXM)
薄膜試料に軟X線を集光して照射し、試料をスキャンして透過X線強度の二次元画像を撮ることで、軟X線吸収量の分布を数十ナノメートル程度の空間分解能で測定できる分析装置です。この装置を利用すると標的元素(主に軽元素や遷移金属元素)および、その化学状態の分布をマッピングすることが可能です。次元的にスキャンしながら観察するため、特定の領域の詳細な元素分布や化学状態のマッピングが可能です。
4. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
5. 放射光X線トモグラフィー
放射光(シンクロトロン放射)から得られる高輝度・高エネルギーのX線を用いて、試料の三次元構造を高分解能で可視化する技術です。試料を様々な角度からX線で撮影し、透過したX線から得られた二次元画像をコンピュータで再構成することにより、三次元的な構造情報が得られます。
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ先>
京都大学 白眉センター/理学研究科地球惑星科学専攻 特定助教
松本徹 (まつもととおる)
<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学渉外・産官学連携部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp
東北大学理学研究科広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
E-mail:sci-prmail.sci.tohoku.ac.jp
自然科学研究機構・分子科学研究所研究力強化戦略室広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail:pressims.ac.jp
高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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\100兆分の1秒のダイナミクスを初めて捉えた!/ 高強度レーザーで固体がプラズマへ瞬間的に遷移 ―レーザー核融合や高エネルギー密度科学の発展に期待―
2024年9月5日
大阪大学
高輝度光科学研究センター
【研究成果のポイント】
♦高強度レーザー※1で銅薄膜を加熱し、固体状態からプラズマ※2へ瞬間的に相転移する過程を、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)※3を使った新たな計測法により、100兆分の1秒の精度で捉える高速撮影に成功。
♦この高速撮影により、プラズマの周辺には、固体とプラズマの中間のプラズマ遷移状態が存在することが明らかに。
♦この発見は、物質の4つの基本状態の1つであるプラズマ状態へどのように変化するのかを明らかにするものであり、レーザー核融合の燃料プラズマ形成などの理解促進に期待。
大阪大学レーザー科学研究所の千徳靖彦教授と米国ネバダ大学リノ校の澤田寛准教授を中心とする高輝度光科学研究センター(日本)、理化学研究所放射光科学研究センター(日本)、SLAC国立加速器研究所(米国)、アルバータ大学(カナダ)、ローレンス・リバモア国立研究所(米国)、ロチェスター大学(米国)の国際共同研究チームは、X線自由電子レーザー施設「SACLA」による高速イメージングにより、高強度レーザーにより加熱された固体の銅薄膜内部のプラズマへの遷移過程を捉えることに成功しました。高強度レーザーパルスの加熱時間は100兆分の1(10-14)秒程度であり、加熱で生じる高速電子(ほぼ光速で移動)のダイナミクスが、プラズマ状態の発展を支配するため、その瞬間を捉える手法は存在しませんでした。本研究では、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた高空間・時間分解計測手法を開発し、加熱された銅薄膜内部のプラズマ状態への発展の様子を世界で初めて捉えることに成功しました(図1)。 |
【研究の背景】
高強度短パルスレーザーは、物質を100兆分の1秒(10フェムト秒)という短い時間で数百万度から一億度まで一気に加熱することが可能です。加熱時間が短いため、物質は固体密度を維持したままプラズマへ相転移し、太陽内部以上の高エネルギー密度状態になります。このような超高速加熱を等積加熱と呼び、既知の密度の値をもつ非平衡輻射プラズマを生成することができます。これらのプラズマは、状態方程式や熱伝導、X線吸収過程などの原子過程の研究やレーザー核融合の基礎研究のプラットフォームとして利用されています。
しかし、高強度短パルスレーザーによる加熱現象は、現象の時定数の短さと加熱領域がミリメートル以下と小さいため、現象の詳細を捉えることが難しく、その詳細は実験では明らかになっていませんでした。特に密度が高い固体や高密度プラズマの内部を診断するための高空間・時間分解計測手法の開発が求められていました。
図1. (a)高強度短パルスレーザーにより加速された高速電子による銅薄膜の加熱の模式図
(b)固体から高温プラズマへの加熱過程と計測結果
(c)レーザー照射された銅薄膜のX線撮影像の時間発展
【研究の内容】
本研究では、高強度短パルスレーザーにより生成された高速電子が、固体の銅薄膜を等積加熱する様子を、高空間・時間分解能を有するX線自由電子レーザーを用いて超高速撮影しました。レーザーが照射された銅薄膜を、100兆分の1秒のX線パルスで撮影すると、加熱された領域のX線の透過率の変化が観測されました(図1)。この加熱領域の時間変化は、2つのレーザーのタイミングを変えることで捉えられ、最終的に銅薄膜表面が変形することで現れる干渉縞も撮影されました。これらの結果は、銅薄膜が加熱され、平衡状態に至り、その後冷却される時間発展を詳細に捉えたものです。
さらに、X線の光子エネルギーを変化させて得られた実験データと、高強度レーザーと物質の相互作用をシミュレーションした結果を比較しました。衝突過程やイオン化過程を組み入れたプラズマ粒子シミュレーションによる解析により、レーザーが照射され高温・高イオン化された状態の領域と、高速電子が伝搬したレーザースポット周辺領域は異なる状態にあり、周辺部は低温でイオン化が進んだ縮退状態のプラズマ遷移状態であることが明らかになりました。
これらの結果は、「高速電子による加熱」=「電子温度の上昇」という従来の考え方と異なり、非平衡プラズマでは、温度とイオン化の上昇が異なり独立していることを示唆しています。この知見は、原子核物理計算のモデルの検証などに応用が期待されます。
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
本研究では、X線自由電子レーザーを用いた超高速撮影により、高強度短パルスレーザーで2種類の高温・高密度プラズマ状態が1兆分の1秒(1ピコ秒)以内に形成されることを明らかにしました。特に、高温プラズマの加熱過程は、レーザーフュージョンエネルギー達成に不可欠な高効率核融合点火を実現する上で、重要な基礎物理過程です。さらに、高強度・高エネルギーのレーザーを使用することで、高密度燃料の点火条件に近づくことが期待されます。また、本研究で開発した計測手法は、圧縮された燃料球のような高密度プラズマの診断に有効で、レーザー核融合や高エネルギー密度科学の一層の発展が期待されます。
【特記事項】
本研究は、科研費(国際共同研究加速基金B, 基盤研究A, 特別研究員奨励費)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ、大阪大学レーザー科学研究所、高輝度光科学研究センター、理化学研究所放射光科学研究センター、米国ネバダ大学リノ校、SLAC国立加速器研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ロチェスター大学、カナダアルバータ大学、の国際共同研究として行われました。
【千徳教授のコメント】
強いレーザー光が物質を加熱しプラズマを形成する過程は、100兆分の1秒という短い時間に瞬間的に起こるため、これまでは数値シミュレーションでしか加熱過程の詳細を見ることができませんでした。今回、XFELという新しい目を使って、極短時間に物質がプラズマへと遷移する様子を捉えることに初めて成功しました。XFELによる計測結果が私たちの予測と良い一致をみたことは、理論研究者として喜びを感じます。一方、予測と異なる発見もあり、今後の理解の深化につながる成果と考えています。
【用語解説】
※1. 高強度レーザー
光のエネルギーを1兆分の1 (10-12) 秒程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することで、レーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億(108)気圧以上に増強したレーザー。
※2. プラズマ
電子とイオンの集団状態をプラズマと呼ぶ。物質が加熱され液体から気体になり、さらに加熱されると原子の周りの電子が剥ぎ取られて、プラズマ状態になる。そのため、物質の第4状態とも呼ばれる。多数の電子とイオンが集団として動くことが特徴。
※3. X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)
X線領域のパルス状のレーザー。従来の放射光源と比較して、非常に短い時間パルス幅と高い輝度を実現している。光子エネルギーが数keVから数十keVのような硬X線領域の場合は、その高い透過性能をいかして高密度の物質の内部の状態を見ることができる。
※4. プラズマ遷移状態(Warm Dense Matter)
金属などの固体がプラズマ状態に遷移する過程で現れる中間状態で、プラズマとしての性質と固体としての性質を併せ持つ。惑星内部など超高圧下にある物質はプラズマ遷移状態にあり、実験室では、高強度レーザーを照射することで同等の状態が作り出される。
本件に関するお問い合わせ先 |
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大阪大学 レーザー科学研究所 教授 千徳靖彦(せんとくやすひこ)
大阪大学 レーザー科学研究所 庶務係
TEL:06-6879-8714
E-mail: rezaken-syomuoffice.osaka-u.ac.jp
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
E-mail: kouhouospring8.or.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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- 投稿者: Super User
- カテゴリ: blog
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大規模計算とその場測定を用いて多元セシウム塩化物を効率的に探索
2024年10月21日
北海道大学
広島大学
高輝度光科学研究センター
京都大学
産業技術総合研究所
ポイント
・第一原理計算による大規模構造予測を用いて多元系セシウム塩化物を探索。
・放射光X線回折による高速スクリーニングにより新規セシウム塩化物の合成に成功。
・計算と実験の融合で新材料探索の加速に期待。
北海道大学大学院工学研究院の三浦 章准教授、忠永 清治教授、Google DeepMindのムラタサン・アキョル博士、エキン・ドッシュ・キュベック博士、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉 千佳子教授、高輝度光科学研究センターの河口 彰吾主幹研究員、京都大学大学院工学研究科の陰山 洋教授、産業技術総合研究所の李 哲虎首席研究員らの研究グループは、大規模第一原理計算(量子力学の基本原理に基づいた理論計算)による計算予測とその場X線回折、中性子回折、電子回折を用いて、効率的な新規化合物探索手法を提案しました。 |
本研究で提案した計算科学とその場測定を用いた新規材料探索のスキーム
【背景】
超伝導体や次世代二次電池といった革新的な技術につながる機能性材料の発見は、ますます重要になっていますが、複雑な組成を持つ新規物質は組成の自由度が高く、網羅的な探索は困難です。近年、人工知能(AI)を用いた大規模な密度汎関数理論(DFT)*1では、数千の安定な化合物が予測されており、広範な材料探索空間が提唱されています。研究グループは、これらの計算による予測を用いることで、合成実験の前にコンピューターでターゲットに合理的に優先順位を付け、合成中の相変化を、高速温度変化計測を行える「その場測定」で明らかにすることで、新材料の探索の加速ができると考えました。
【研究手法及び研究成果】
本研究では、半導体及び蛍光材料として盛んに研究されている新規多元系セシウム(元素記号はCs)塩化物(塩素の元素記号はCl)をターゲットとして新規化合物の発見を目指し、一般式 CsxAMCl6(x=2または3、AとMには異なる金属)を持つ、未報告または十分に調査されていない化合物を効率的に探索しました。
最初に、絶対零度*2での第一原理計算による既知及び未知化合物の大規模安定性の評価と、結晶構造データベース及び文献調査によって、報告されていないもしくは結晶構造が十分明らかになっていない化合物のリストを作成しました。このアプローチにより、合成ターゲットの範囲を大幅に絞り込むことが可能になります。
次に、塩化物前駆体の安定性と入手可能性を考慮し、高温での塩化物前駆体間の固相反応を行います。固相反応の過程を、高速温度変化計測可能な大型放射光施設SPring-8*3のBL13XUにおける放射光XRDによって明らかにしました。
最後に、AサイトとMサイトの部分的な占有を仮定し、X線回析と中性子回析、電子回折を用いて解析し、Cs2LiCrCl6及びCs2LiRuCl6の新規多形*4とCs2LiIrCl6の発見に成功しました(図1)。
【今後への期待】
本研究は、最先端の計算科学と大規模施設での合成及び反応解析を組み合わせることで、新規材料探索のフレームワークを提案しています。本研究は、セシウム塩化物のみならず他の材料系に展開可能であり、将来的には温度や圧力、合成反応、材料特性といった知見を組み合わせることで、新材料探索を加速させることが期待できます。
【謝辞】
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP20KK0124)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(JPMJPR21Q8)の支援を受けて行われました。
【参考図】
図1.Cs2LiCrCl6の結晶構造モデル(結晶構造可視化ソフト「VESTA」で作成)。Cs-Cl14面体の空隙をLi(緑)とCr(青)が占有している。
【用語解説】
*1. 密度汎関数理論(DFT)
第一原理計算手法の一つ。固体や分子のエネルギーや物性を電子密度から計算する理論的手法のこと。結晶構造モデルの予測にも広く用いられている。
*2. 絶対零度
−273.15 ℃のこと。
*3. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*4. 多形
同一の化学組成であるが結晶構造が異なること。例えば、ダイヤモンドはグラファイトの多形である。
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<研究内容に関すること>
北海道大学大学院工学研究院 准教授 三浦 章(みうらあきら)
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ 安藤裕輔(あんどうゆうすけ)
TEL 03-3512-3526 FAX 03-3222-2066 メール prestojst.go.jp
<本件に関するお問い合わせ先>
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-pressgeneral.hokudai.ac.jp
京都大学渉外・産官学連携部広報課国際広報室(〒606-8501京都市左京区吉田本町36番地1)
TEL 075-753-5729 FAX 075-753-2094 メール commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp
広島大学広報室(〒739-8511 東広島市鏡山一丁目3番2号)
TEL 082-424-3749 FAX 082-424-6040 メール kohooffice.hiroshima-u.ac.jp
高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課(〒679-5198 佐用郡佐用町光都1-1-1)
TEL 0791-58-2785 FAX 0791-58-2786 メール kouhouspring8.or.jp
産業技術総合研究所報道室(〒305-8560 つくば市梅園1-1-1)
TEL 029-862-6216 メール hodo-mlaist.go.jp
科学技術振興機構広報課(〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3)
TEL 03-5214-8404 FAX 03-5214-8432 メール jstkohojst.go.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
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