- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: blog
- 参照数: 73
「きれいな」X線レーザーパルス幅計測に成功
-背景信号を完全排除し計測精度を格段に向上-
2026年5月20日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
大阪大学
理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの大坂泰斗研究員、SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、大阪大学大学院工学研究科の佐野泰久教授らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1] 施設「SACLA[2] 」において、背景信号のない「きれいな」XFELパルス幅計測に成功しました。 本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(5月12日付)に掲載されました。また、注目論文として、「Editors’ Suggestion」に選定されました。 論文情報 |
背景信号排除の概念と実証結果
背景
ある道具を使って未知のものを探る、狙い通りの結果を得る、もしくは道具を改良するためには、その道具がどんなものなのかを正確に知る必要があります。学術研究や医学療法、産業技術にとって欠かせない可視光域の超短パルスレーザーの幅広い応用展開も、レーザー自体の計測技術の発展に支えられてきました。特に重要な情報であるパルス時間波形も、今では正確に計測することができます。
一方で、2009年に登場したX線自由電子レーザー(XFEL)のパルス波形計測技術はほとんど報告されていませんでした。そのため、XFELを使って得られた計測結果について、あるパルス波形を仮定して議論されることが多く、その正確性が疑問視されています。
そのような状況の中、2022年に大坂研究員らが、パルス幅計測法として最も初歩的な「強度自己相関計測」に成功したことを報告しました注)。一つの光パルスから複製された二つの光パルス(複製パルス)間の時間差を変えながら、試料からの非線形光学現象[5] の信号を計測する手法です。複製パルス同士が重なっているときに信号量が増えるため、パルス幅や波形の情報が得られます。しかし、パルス波形の情報を持たない背景信号も同時に検出してしまうため、計測精度が不十分という問題がありました。
可視光域においては背景信号を排除するために、交差させた複製パルスと第二高調波発生(SHG)を利用する計測が代表的です。入射光波と第二高調波とは位相整合条件[6] を満たす必要があるため、両方の複製パルスが関わり、時間波形の情報を持つ自己相関信号と、おのおののパルスが発生させる背景信号とは異なる角度で出てきます。つまり、それぞれの信号を空間的に分離することができます。しかし同時に、複製パルスを交差させることによって試料中で時間差が生まれ、分解能を悪化させるという問題が起きます。この分解能の悪化は、おおよそ交差面でのレーザー径と交差角度との積に比例します。例えば、径1mmのレーザーを1度で交差させると、分解能の悪化は約60フェムト秒(fs、1fsは1000兆分の1秒)となり、パルス幅が約10fsといわれているXFELの計測はできません。
注)2022年3月25日プレスリリース「『100兆分の1秒』のX線レーザー時間幅を実測」
https://www.riken.jp/press/2022/20220325_2/
研究手法と成果
共同研究グループは、背景信号を排除したXFELのパルス幅計測法を開発するため、可視光SHGとX線SHGとの違いに注目しました。X線SHGには、 ① 結晶の周期構造を利用して位相整合条件を満たし、②位相整合条件を満たすことのできる角度範囲がとても狭い(約0.01 度)という特徴があります。また、X線は③可視光よりも小さく絞ることができます。
これらX線SHGならではの三つの特徴は、各信号を空間的に分離できないような小さな交差角でも、結晶の角度を微調整することで、自己相関信号と背景信号とを別々に発生させることができることを意味しています(図1)。さらに、レーザー径も小さくできるため、時間分解能の悪化を無視できるレベルにまで抑えられることを見いだしました。
本研究では、複製XFELパルス間の交差角を約0.02 度として、両パルスが重なるように1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)にまで集光し、ダイヤモンドからのX線SHG信号を検出しました。この条件での時間分解能の悪化はたったの1アト秒(100京分の1秒)と見積もられます。
図1 X線レーザー時間幅計測法の概要
対象のXFELパルスを右側と左側とで分け、X線集光ミラーによって一点に集光することで、わずかに交差した複製パルスをつくり出す。集光点にダイヤモンドを配置し、X線SHGの信号を検出する。ダイヤモンドの角度を変えていくと、三つの位相整合条件を満たす(図右下)。うち二つは個々の複製パルス単独で条件を満たすため、複製パルス間の時間差に依存しない背景信号となり、残り一つは両方の複製パルスが関与する、時間波形の情報を持った自己相関信号である。自己相関信号が位相整合条件を満たすようにダイヤモンドの角度を調整することで、背景信号を排除した強度自己相関計測が可能となる。
まず、背景信号排除の原理を実証するため、複製パルス間の時間差がゼロの場合と100fsの場合とで、ダイヤモンドを少しずつ回転させながら測定したX線SHG強度変化を比較しました(図2)。その結果、ダイヤモンドの角度を正確に調整することで、期待通り自己相関信号のみを検出できることが分かりました。
図2 X線第二高調波強度のダイヤモンド角度依存性
時間差ゼロでの計測結果をピンク、100fsでの結果を緑で表示している。両サイドのピーク間の角度差が複製パルス間の交差角であり、各ピークの角度幅が位相整合条件を満たす許容角度幅に相当する。両サイドのピークの中央を回転角度0度として示している。時間差ゼロの場合のみ、回転角度が0度付近にピークが存在し、このピークが自己相関信号、両サイドのピークが背景信号であることを示している。ダイヤモンドの角度を中央のピークに合わせることで、自己相関信号のみを検出できる。
次に、ダイヤモンドを所定の角度に固定して強度自己相関計測を行いました。また、結晶分光器ありとなしとでの計測結果を比較しました(図3)。いずれの場合でも、時間差が大きいときにはX線SHG信号強度がゼロ近くになっており、背景信号を排除できていることが分かります。
結晶分光器なしの場合、計測結果は中央の鋭いピークに肩が乗ったようないびつな形をしていますが、結晶分光器ありの場合の結果では、滑らかな一つのピークになっています。それぞれ数値シミュレーションともよく一致しており、パルスごとにさまざまな形をしていた波形が、結晶分光器によって滑らかで均一な波形に変調されたことを示しています。
実は、結晶分光器によってXFELのパルス波形を安定化できる可能性は2022年時点で既に報告しています。当時は確証を得るには至っていませんでしたが、今回、背景信号を排除して計測精度を格段に向上させたことによって、波形安定化の実現可能性を強く示す結果を得ることができました。
図3 強度自己相関計測の結果
結晶分光器の有無による計測結果の比較。数値シミュレーションによって計算したXFELパルスの時間波形を3例合わせて示している(①~③)。結晶分光器なしでは3例おのおのが異なる波形であり、それらの平均自己相関関数はいびつな形となる(上)。結晶分光器ありでは、3例いずれも似た時間波形となって、平均自己相関関数は滑らかな形となる(下)。計算した時間波形の平均自己相関関数(太実線)は計測結果と非常によく一致している。
今後の期待
本研究で実現した、背景信号の排除、そしてSHGを利用した計測は、より発展的な計測法へと直ちに展開できます。例えば、第二高調波の強度だけでなく、その周波数分布も計測することで、周波数分解光学ゲート法[7] へと展開できます。これにより、位相も含めたパルス時間波形を完全に計測することができます。
また、本計測法はさまざまなXFEL光源へ適用可能です。例えば、1秒間に約100万回もXFELパルスを発生させるような高繰り返しXFEL光源や、パルス幅が1fsを下回るアト秒XFELパルスの計測にも利用可能です。XFELパルスの時間波形を正確に知り、制御することで、XFELを利用した精密計測や物質の精密制御など、可視光レーザーのような幅広い応用展開が期待できます。
共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループ
ビームライン開発チーム
研究員 大坂泰斗 (オオサカ・タイト)
放射光物理ユニット
ユニットリーダー 井上伊知郎 (イノウエ・イチロウ)
(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任准教授)
理論支援チーム
チームリーダー 玉作賢治 (タマサク・ケンジ)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋牧名 (ヤバシ・マキナ)
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
主幹研究員 犬伏雄一 (イヌブシ・ユウイチ)
チームリーダー 登野健介 (トノ・ケンスケ)
大阪大学 大学院工学研究科
招へい研究員 松村正太郎 (マツムラ・ショウタロウ)
(株式会社エスサーフェステクノロジーズ 主任研究員)
博士前期課程学生 (研究当時) 三宅雅史 (ミヤケ・マサフミ)
教授 佐野泰久 (サノ・ヤスヒサ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「硬X線分割遅延光学系によるメゾスケールピコ秒ダイナミクス測定に関する研究(研究代表者:大坂泰斗)」「X線レーザーの時間構造制御と揺らぎ計測への応用(研究代表者:大坂泰斗)」、同挑戦的研究(開拓)「回折現象の非線形性を利用したX線レーザーのパルス圧縮(研究代表者:井上伊知郎)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「アト秒X線自由電子レーザーによるX線計測の無損傷化(研究代表者:井上伊知郎)」による助成を受けて行われました。
<発表者のコメント>
この成果は、実は理論的根拠が乏しい状況で、ほとんど思い付きと勘を頼りに実施した実験を発端としたものです。想像以上に良い結果が得られ、深く考えていくと、その適用範囲もとても広いということが分かりました。あまりお薦めはしませんが、たまには失敗を恐れずに自分の直感を頼りに実験をしてみても、思わぬ成果につながるかもしれない良い例かと思います。
実験自体は特別難しいものではありません。2022年の報告とほぼ同じセットアップ(試料と検出器の位置が異なるだけ)ですし、ほとんど自動測定だったので体力的にもゆとりのある実験でした。ただし、諸外国のXFEL施設でも同じことができるかというと少し疑問です。SACLAの加速器、光学系、検出器、データ収集系全ての安定性、信頼性があって初めて成し遂げられた成果だと感じています。共著者はもちろんのこと、関係者皆さまにこの場をお借りして感謝申し上げます。(大坂泰斗)
【用語解説】
[1] X線自由電子レーザー(XFEL)
X線領域におけるレーザーの一つ。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
[2] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べ数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザー生成能力を持つ。
[3] 第二高調波発生(SHG)
強い光を結晶に入射したとき、光の電場によって物質が非線形に応答し、入射光波の2倍の周波数(半分の波長)の光波が生成される現象。非線形光学現象([5]参照)の一つ。レーザーの波長変換として、緑色レーザーポインターなどでも利用されている。SHGはSecond Harmonic Generationの略。
[4] 結晶分光器
結晶の周期的な構造によって生じる光の回折現象を利用して、ある周波数帯域のX線のみを取り出す光学素子。結晶中のある二つの層に注目したとき、各層において散乱した光波が強め合うような波長、角度の光に対して強い反射が生じる。結晶完全性が高く、安価で製造できるシリコンが主だが、ダイヤモンドやサファイアなど、多くの種類の結晶が利用されている。反射されたX線の帯域幅は、結晶の周期長や材料によって決まる。
[5] 非線形光学現象
物質の光への応答が、光の振幅に比例しない光学現象のこと。このような現象は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には高強度なレーザー光が必要とされる。
[6] 位相整合条件
第二高調波発生([3]参照)などの、非線形光学過程で生成される光波と入射光波とが、媒質中を進む間ずっと同じ位相関係を保ち、強度が効率よく増大する条件のこと。入射光波と発生した光波とで、エネルギーおよび媒質中での運動量が保存される必要がある。
[7] 周波数分解光学ゲート法
超短パルスレーザーの時間波形を決定するための計測技術の一つ。この技術では、測定対象となるパルス光ともう一つのパルス光(ゲートパルス)との時間差相関信号を周波数分解して記録する。記録したデータは時間差と周波数の2変数に依存した2次元データ(スペクトログラム)となる。このスペクトログラムを再現するように反復アルゴリズムを用いて、超短パルスレーザーの複素振幅時間波形を求める。
|
発表者・機関窓口 |
発表者・機関窓口
<発表者>※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター
ビームライン開発チーム
研究員 大坂泰斗(オオサカ・タイト)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋牧名(ヤバシ・マキナ)
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
チームリーダー 登野健介(トノ・ケンスケ)
大阪大学大学院工学研究科
教授 佐野泰久(サノ・ヤスヒサ)
<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
大阪大学 工学研究科総務課 評価・広報係
TEL:06-6879-7231
E-mail:kou-soumu-hyoukakouhou
office.osaka-u.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 PBX:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: blog
- 参照数: 76
旧石器時代末期の狩猟対象を放射光X線CTで解明
─特別史跡「福井洞窟」出土、約1万6千年前の焼骨片を非破壊で動物種推定─
2026年5月19日
新潟医療福祉大学
東京大学
高輝度光科学研究センター
佐世保市
|
新潟医療福祉大学の澤田純明教授らによる共同研究グループは、特別史跡「福井洞窟」(長崎県佐世保市)から出土した約1万6千年前の微小な焼骨片について、大型放射光施設SPring-8の高分解能X線CTを用いた非破壊分析に成功しました。骨組織学的解析の結果、これらの骨片がシカやイノシシなどの中型偶蹄類である可能性が高いことが判明しました。本成果は、旧石器時代末期の人類による動物資源利用の実態を示すとともに、ナウマンゾウなど大型獣の絶滅プロセスを解明するうえでも重要な意義を有するものです。
|
■概要
微小な焼骨片を非破壊で分析
大型放射光施設SPring-8の高分解能X線CT(以下、放射光X線CT)を用い、長崎県福井洞窟の旧石器時代末期(約1万6千年前)の地層から出土した1cm未満の焼骨片について、内部の骨組織を非破壊で可視化することに成功しました。
中型偶蹄類に由来する可能性を示す
骨の微細構造(オステオンやハバース管)の組織学的分析により、出土骨片はシカやイノシシなどの中型偶蹄類に由来する可能性が高いことを明らかにしました。一方で、ナウマンゾウなどの大型哺乳類やヒトの骨である可能性は否定されました。
断片化した骨を分析する新手法
DNAやタンパク質が変性した焼骨であっても動物種に関する情報を引き出せる本手法は、骨の保存状態が悪い日本列島の旧石器時代研究において、人類と動物の関係や大型哺乳類の絶滅過程の解明に貢献する新たな分析手法です。
■研究の背景
日本列島には1万4千箇所以上の旧石器時代遺跡が存在しますが、火山灰由来の酸性土壌や温暖湿潤な気候の影響により骨の保存状態が悪く、動物骨が出土した例はきわめて限られています。そのため、旧石器時代人がどのような動物を狩猟していたのかは十分に解明されていません。
長崎県佐世保市の「福井洞窟」は、旧石器時代から縄文時代草創期にかけての重要な岩陰遺跡で、旧石器時代末期(約1万6千年前)の地層から焼けた骨片が出土しています。しかし、それらはいずれも1cm未満の細片であり、肉眼による種の識別は不可能でした。しかも、高温で焼かれていたためDNAやタンパク質を用いた分析も困難でした。
■研究の方法
本研究では、貴重な骨資料を損なうことなく内部構造を観察するため、ビームラインBL20B2において、放射光X線CTによる撮影を行いました。得られた骨組織像について、被熱による収縮の影響を考慮したうえで、ゾウ、ヤベオオツノジカ、ニホンジカ、イノシシ、バイソン、クマ、ヒトなどの様々な比較標本と統計的に比較して、出土骨片の組織学的特徴がどの動物に近いのかを検討しました。
■主な成果
1. 微細骨組織の非破壊観察に成功
1cm未満に断片化した焼骨から、「オステオン」や「ハバース管」といった骨の微細構造を非破壊で観察することに成功しました。
2. 中型偶蹄類に由来する可能性が高いことを確認
オステオンおよびハバース管の断面積の統計解析により、出土骨片はシカやイノシシなどの中型偶蹄類の範囲に収まることが示されました。
3. 絶滅大型哺乳類およびヒトの可能性を否定
旧石器時代に絶滅したナウマンゾウやヤベオオツノジカなどの大型哺乳類、およびヒトに由来する可能性は否定されました。
4. 旧石器時代末期の狩猟対象の解明
従来の「大型獣狩猟」イメージに対し、少なくとも旧石器時代末期の福井洞窟では、シカやイノシシなどの中型偶蹄類が狩猟対象であった可能性を示しました。
■今後の展望
本研究は、これまで種の同定が困難であった断片化した焼骨であっても、放射光X線CTを用いたイメージング技術により、動物種を識別しうる重要な情報を抽出できることを示しました。非破壊で分析できる本手法は、文化財保護の観点からも有用です。骨の保存に適さない日本列島において、旧石器時代の人類による動物利用や、大型哺乳類の絶滅過程を明らかにするうえで、本研究の手法が有効なアプローチになると期待されます。
■研究メンバー(著者順)
澤田 純明(責任著者、新潟医療福祉大学 自然人類学研究所/理学療法学科)
米田 穣(東京大学 総合研究博物館)
上杉 健太朗(高輝度光科学研究センター/分光・イメージング推進室)
星野 真人(高輝度光科学研究センター/分光・イメージング推進室)
渡邊 誠也(兵庫県警察本部 科学捜査研究所)
宮本 直樹(兵庫県警察本部 科学捜査研究所)
鵜澤 和宏(至誠館大学 現代社会学部)
樋泉 岳二(明治大学 研究・知財戦略機構)
安保 凜(新潟医療福祉大学 理学療法学科)
佐伯 史子(新潟医療福祉大学 自然人類学研究所)
栁田 裕三(佐世保市教育委員会)
■研究費
科研費 挑戦的研究(萌芽)「SPring-8のマイクロCTを利用した福井洞窟出土縄文草創期焼骨群の種同定」(課題番号18K18533)
【用語解説】
※1. 福井洞窟
長崎県佐世保市にある岩陰遺跡。旧石器時代から縄文時代への変遷を示す重要性から、2024年に国の特別史跡に指定されました。
※2. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設。利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前は Super Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※3. 放射光X線CT
放射光をX線光源として用いて物体内部の様子を非破壊かつ高い空間分解能で撮影する技術です。様々な方向から物体の透過像を撮影し、コンピューター上で再構成することにより、その内部微細構造を3次元で可視化することができます。
※4. オステオン
骨を構成する同心円状の層板構造。中心に血管の通るハバース管があります。その大きさは動物種類によって異なっており、種同定に利用できます。
※5. 焼骨
高温で焼かれ、有機成分が消失して白っぽくなった骨。化学的に変性し、DNAやタンパク質の分析は極めて困難とされています。
|
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<論文著者>
新潟医療福祉大学 自然人類学研究所/理学療法学科 教授 澤田純明
<福井洞窟についての問い合わせ先>
佐世保市教育委員会 文化財課
TEL:0956-24-1111(内線3125)
E-mail:bunzai
city.sasebo.lg.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: blog
- 参照数: 150
見えてきたナノサイズ細孔の内部構造
~複合的な手法により高精度な構造解析を実現~
2026年5月14日
大阪公立大学
シリカメソ多孔体は、メソ(2~50ナノメートル)サイズの規則的な細孔をもち、この細孔内にさまざまな分子の取り込みが可能であるため、産業応用に向けてさらなる構造解明が望まれています。本研究グループは、ジャイロイド構造をもつシリカメソ多孔体MCM-48を対象として、従来の電子線結晶学の手法に、放射光X線回折データと電子密度解析の手法を組み合わせることにより、細孔の3次元構造とガスの吸着過程を、従来と比べてより精度の高い電子密度分布として初めて可視化しました。 論文情報 |
<ポイント>
① 従来の透過型電子顕微鏡を用いた電子線結晶学の手法に、高精度のX線回折データとMEM※1という電子密度解析の手法を組み合わせることにより、分解能の高い構造解析を目指した。
② MCM-48※2と呼ばれるシリカメソ多孔体に対して、Ar(アルゴン)ガスを吸着させた。
③ 細孔の3次元構造とArガスが吸着する過程を、従来の手法より精度の高い電子密度分布として初めて可視化することに成功。
図 上:ジャイロイド構造とシリカメソ多孔体MCM-48の細孔構造
下:電子密度分布で見たMCM-48の細孔内へのArガス充填過程
<研究者コメント>
本研究の成果は、電子顕微鏡とX線回折の融合、さらにMOFの構造研究にも用いられている放射光粉末回折のガス吸着その場測定、MEM電子密度解析など、これまでに培ったさまざまな手法を組み合わせることにより得られました。精度の高い構造評価とガス吸着過程のモニタリングは、シリカメソ多孔体の応用研究に有用な知見を与えると期待しています。
<研究の背景>
シリカメソ多孔体は、2~50ナノメートルの大きさの規則的な細孔をもつ物質です。この細孔内には、分子を取り込むことができ、どのような分子を取り込めるかを調べるためには、細孔の構造を知ることが重要です。また、細孔内にガスが吸着するとき、ガスがどのようにして細孔に吸着するかを研究することも必要になります。これまで、シリカメソ多孔体の3次元的な細孔の構造を実験により調べるには、透過型電子顕微鏡を用いた電子線結晶学の手法しかありませんでした。
<研究の内容>
本研究では、従来の電子線結晶学の手法に、SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2において測定した高精度のX線回折データを組み合わせることで、より分解能の高い構造解析を目指しました。まず、ジャイロイド構造をもつMCM-48と呼ばれるシリカメソ多孔体に対して、Ar(アルゴン)ガスを吸着させながら、その場X線回折実験※3を行いました。そして、透過型電子顕微鏡データとX線回折データに加え、MEMという情報理論から発展した電子密度解析の手法を用いました。その結果、細孔の3次元構造とArガスが吸着する過程を、従来の手法より精度の高い電子密度分布として初めて可視化することに成功しました。
<期待される効果・今後の展開>
シリカメソ多孔体の細孔にガスを吸着させたり、薬剤を取り込ませたりすることにより、産業利用への研究が行われています。今回用いた解析手法は、細孔への物質の吸着状態や吸着プロセスをより詳しく観測する手助けとなるのみならず、別の種類のメソ多孔体の研究にも応用できると期待されます。
<資金情報>
本研究は、科学技術振興機構(JST)、科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号17510100)の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
※1. MEM
http://web14.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2026/260514/#warp
最大エントロピー法(Maximum Entropy Method)の略。情報エントロピーと呼ばれる指標を使い、限られた情報から、よりもっともらしいデータを推定する手法。本研究では、限られた回折強度データから、よりもっともらしい電子密度分布を推定した。
※2. MCM-48
界面活性剤の自己組織化を利用し、シリカを3次元周期的ジャイロイド極少曲面に沿って凝集させたシリカメソ多孔体。実際には、壁の表面に凸凹があると考えられる。
※3. その場X線回折実験
ある環境下でX線回折実験を行うこと。本研究では、ガス吸着をさせながらX線回折実験を行うこと。
|
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
【研究内容に関すること】
大阪公立大学大学院理学研究科
教授 久保田 佳基(くぼた よしき)
【報道に関すること】
大阪公立大学 広報課
E-mail:koho-list
ml.omu.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: blog
- 参照数: 150
植物のRNA編集酵素の「はたらく姿」を初めてとらえた
~PPR-DYWタンパク質の結晶構造解析から、精密なC→U RNA編集の仕組みを解明~
2026年5月12日
九州大学
エディットフォース株式会社
ポイント
①植物のミトコンドリアや葉緑体では、PPR-DYWタンパク質※1がRNAの特定のC塩基をU塩基に精密に書き換えるRNA編集※2を担っており、この仕組みは植物の生育に不可欠である。しかし、その精密な編集がどのような分子機構で行われるかは不明であった。
②PPR-DYWタンパク質が標的RNAと結合した状態の立体構造を世界で初めて決定し、PPRドメインとDYWドメインが連携して狙ったC塩基を正確に編集するメカニズムを解明した。
③本研究は、PPR-DYWタンパク質が持つ高い標的特異性の構造的基盤を初めて示すものであり、狙ったRNA配列を精密に編集できるツールの設計・開発への応用が期待される。
|
生物は、設計図であるDNAと、その情報を写し取ったRNAを使って生命活動を営んでいます。どちらもA・C・G・U(T)という4種類の塩基の並び順が遺伝情報を担っており、この情報に従ってタンパク質が作られます。ところが生物においては、DNAをRNAに写し取った後に設計図の情報を書き換える「RNA編集」を行う場合があります。植物の葉緑体やミトコンドリアでは特に精密な編集が行われており、RNA上の数万にのぼるC塩基の中から、狙ったC塩基だけを正確にU塩基へと書き換えます。この植物に特有のRNA編集の仕組みは、光合成や呼吸に必要なタンパク質の合成に不可欠であり、これを担う酵素が「PPR-DYWタンパク質」です。しかし、PPR-DYWタンパク質がもつPPRドメインとDYWドメインがどのように連携してこの精密な編集を実現しているのか、その仕組みはこれまで謎のままでした。 |
本研究グループ(九州大学)からのひとこと:
大型放射光施設SPring-8のビームラインを活用でき、今回のような「らせん状」の美しく印象的な構造を捉えることができました。2つのドメインが協力して精密なRNA編集が行われる仕組みが明らかとなり、研究の面白さを改めて実感しました。
【研究の背景と経緯】
植物の葉緑体やミトコンドリアでは、数百~数千か所にのぼるRNA編集が行われており、それぞれの編集部位に対応したPPR-DYWタンパク質が存在します。PPR-DYWタンパク質は、標的RNA配列を読み取るPPRドメインと、C塩基をU塩基へと変換するDYWドメインの2つのドメインから構成されています。各タンパク質が担当する編集部位を間違えることなく正確に編集することは、植物の正常な生育に不可欠です。
これまでの研究により、PPRドメインが標的RNA配列を認識するメカニズムや、DYWドメインの触媒機構については部分的な知見が得られていました。しかし、PPRドメインとDYWドメインの両方を含む完全長のPPR-DYWタンパク質の立体構造は得られておらず、2つのドメインがどのように連携して精密な編集を実現しているのか、その全体像は不明のままでした。
この課題を解決するため、本研究グループは生物情報学的手法を用いて設計した「コンセンサスPPR-DYWタンパク質」を作製し、X線結晶構造解析に挑みました。
【研究の内容と成果】
本研究ではまず、RNA編集活性を持つコンセンサスPPR-DYWタンパク質を設計・作製しました。このタンパク質は大腸菌を用いた実験系において、標的RNA配列の狙ったC塩基を約90%という高い効率で編集し、かつ周辺のC塩基を誤って編集しないことを確認しました。
次に、大型放射光施設SPring-8を用いたX線結晶構造解析により、このタンパク質のRNA結合前と結合後の2つの立体構造を決定しました。これらを比較することで、RNA結合に伴って2つのドメインが適切な位置関係をとり、標的C塩基を触媒中心へと収める構造が形成されることを明らかにしました。
さらに、生化学的解析と組み合わせることで、PPRドメインが標的C塩基の上流配列を順番に読み取って結合し、続いてDYWドメインが適切な位置に配置されて標的C塩基をU塩基へと変換するという、段階的かつ精密な編集メカニズムを解明しました。
加えて、今回得られた構造情報をもとに自然界のPPR-DYWタンパク質のアミノ酸配列を解析したところ、本研究で重要と特定した残基の多くが高度に保存されていることが確認されました。これは、今回解明したメカニズムが自然界のPPR-DYWタンパク質にも広く共通することを示しています。
【今後の展開】
今回の構造解析により、PPR-DYWタンパク質が精密なRNA編集を実現する分子メカニズムの全体像が明らかになりました。PPR-DYWタンパク質はPPRドメインの配列設計によって標的RNA配列を自在に変更できる可能性を持つことから、狙ったRNA配列を精密に編集できるツールとしての応用が期待されます。今後は、本研究で得られた構造基盤をもとに、より効率的で高精度なRNA編集ツールの設計・開発を進めていきます。
【参考図】
(右上)コンセンサスPPR-DYWタンパク質による編集効率測定。 大腸菌を用いた評価系において、PPR-DYWタンパク質全長では標的とするC塩基が約90%の効率でU塩基へと変換された一方、DYWドメイン単独では編集活性を示さなかった。PPRドメインによるRNA認識とDYWドメインの触媒反応の連携が、精密な編集に必須であることを示している。
(右下)DYWドメインの活性中心の拡大図。 触媒活性に必須な亜鉛イオン(灰色の球)のすぐ近くに標的C塩基が収まっており、この精密な位置関係によって正確なC→U変換が実現される。
【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (JP26K01682, JP26KJ1848, JP25H01276)の助成の支援を受けたものです。
【用語解説】
※1. PPR-DYWタンパク質
植物に特有のRNA編集酵素。標的RNA配列を読み取るPPRドメインと、C塩基をU塩基へと変換するDYWドメインから構成される。PPR(Pentatricopeptide Repeat)ドメインは、35アミノ酸からなるモチーフの繰り返しからなる構造を持ち、各モチーフがRNA上の1塩基を認識する。DYWドメインはC末端に存在する保存配列「Asp-Tyr-Trp(D-Y-W)」に由来する名称で、亜鉛イオンを活性中心に持つ。モデル植物であるシロイヌナズナでは数百種類が存在し、それぞれが特定の編集部位を担当する。
※2. RNA編集
DNAをRNAに読み出した後、RNA上の特定の塩基を酵素によって別の塩基へと書き換える現象。植物以外にも動物など様々な生物で見られる。
※3. コンセンサスタンパク質
多数の類似タンパク質のアミノ酸配列を比較・統計解析し、各位置で最も頻度の高いアミノ酸を採用して人工的に設計したタンパク質。天然のタンパク質より安定性が高く、結晶化しやすい利点がある。
※4. SPring-8
兵庫県にある世界最高レベルの大型放射光施設。非常に強力なX線を発生させることができ、タンパク質のX線結晶構造解析をはじめ、物質科学から生命科学まで幅広い分野に活用されている。
※5. X線結晶構造解析
タンパク質などの分子を結晶化し、X線を照射することで得られる回折データをもとに、原子レベルの立体構造を決定する手法。
※6. RNA編集ツール
細胞内のRNA配列を狙った位置で書き換える技術。DNAそのものを書き換えるゲノム編集と異なり、RNAレベルで一時的に塩基を変化させるため、遺伝情報を恒久的に改変するリスクを避けられる。「ポストゲノム編集」として近年注目を集めており、遺伝性疾患の治療や農作物の品種改良など、幅広い応用が期待されている。
|
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
九州大学 大学院農学研究院 助教 寺本 岳大
九州大学 大学院農学研究院 教授 角田 佳充
<報道に関すること>
九州大学 広報課
TEL:092-802-2130 FAX:092-802-2139
E-mail:koho
jimu.kyushu-u.ac.jp
エディットフォース株式会社 管理部
https://www.editforce.co.jp/contact/
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: blog
- 参照数: 207
SPring-8のミリ秒高速rheo-SAXSでコロイド結晶の瞬間融解機構を解明
~ソフトマターは変化が遅いという常識を覆し、 1ミリ秒の構造変化を直接観測~
2026年5月14日
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
国立大学法人筑波大学
一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)
住友電気工業株式会社
〈本研究のポイント〉
・大型放射光施設SPring-8※1のBL40XU/BL19B2に、せん断とX線散乱を同期させる放射光rheo-SAXS/USAXS測定系※2を整備。
・不可逆に進むコロイド結晶のせん断融解を、1ミリ秒時間分解で連続観測。
・衝撃せん断では、流れ方向へ粒子が一時的に集まる一過性クラスタリングを伴う新しい融解機構を発見。
|
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の赤田圭史テニュアトラック研究員、岩本裕之研究員(研究当時)、関口博史主幹研究員、一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)の山田達矢氏(研究当時)、手島正吾氏、筑波大学の石橋諒一氏(大学院生)、小林幹佳准教授、藤田淳一教授、住友電気工業株式会社の大久保総一郎氏(研究当時)からなる共同研究グループは、大型放射光施設SPring-8のBL40XUおよびBL19B2において、せん断下の微粒子構造をその場観察する放射光rheo-SAXS/USAXS測定系を開発し、コロイド結晶※3が衝撃的なせん断を受けた直後、わずか1ミリ秒で構造変化を開始する過程を直接観測することに成功しました。 |
【概要】
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の赤田圭史テニュアトラック研究員、岩本裕之研究員(研究当時)、関口博史主幹研究員、一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)の山田達矢氏(研究当時)、手島正吾氏、筑波大学の石橋諒一氏(大学院生)、小林幹佳准教授、藤田淳一教授、住友電気工業株式会社の大久保総一郎氏(研究当時)からなる共同研究グループは、大型放射光施設SPring-8のBL40XUおよびBL19B2において、せん断下の微粒子構造をその場観察する放射光rheo-SAXS/USAXS測定系を開発し、コロイド結晶※3が衝撃的なせん断を受けた直後、わずか1ミリ秒で構造変化を開始する過程を直接観測することに成功しました。
不可逆に進むせん断融解を1ミリ秒時間分解で連続観測した放射光rheo-SAXSは世界に類例がなく、本成果は、ソフトマターの変化は緩慢だという従来のイメージを覆すものです。
さらに、衝撃せん断では粒子が流れ方向に一時的に集まるクラスタリングを伴って結晶が融解することを明らかにしました。SPring-8に整備した本計測基盤は、非平衡ソフトマターにおける瞬間的な相転移の解明や、コロイド材料の流動設計に役立つことが期待されます。
本研究成果は、5月8日に国際科学誌「Communications Chemistry」に掲載されました。
【研究の背景】
コロイド結晶は、サブマイクロメートルの粒子が規則正しく配列したソフトマターで、原子結晶の相転移を理解するモデル系として研究が進んでいます。しかし、流れやせん断によって結晶が崩れる「せん断融解」は、高速で不可逆に進行するため、とくに融解直後の過程は十分に理解されていませんでした。光学顕微鏡には試料の透明性や粒径サイズに制約があり、X線・中性子散乱では一般に露光時間が数十秒以上と長く、不可逆に進む高速現象の連続観測が難しいことが課題でした。
【研究内容と成果】
・測定系の開発
研究グループは、レオメーターとX線透過クエットセルを組み合わせ、BL40XUで1ミリ秒の時間分解SAXS、BL19B2で100ミリ秒の時間分解USAXSを実現しました。これにより、ナノメートルからマイクロメートルまでの構造情報をその場で連続追跡できるようになりました。
・定常せん断下の挙動
直径約500ナノメートルのシリカ粒子からなる高濃度懸濁液は、緩やかなせん断で結晶配列を形成します。せん断速度を徐々に上げた定常条件では、結晶性を示すブラッグピークがほぼ一様に弱まり、粒子配置の乱れを表す等方的な散乱が増加しました。これは、結晶全体が一様に無秩序化する通常のせん断融解を示しています。
・衝撃せん断下の新機構
これに対し、整列した結晶に衝撃的に高速なせん断を印加すると、開始後わずか1ミリ秒で一部のブラッグピーク強度が低下し、その後に等方的散乱が増加しました。この時間差は、まず流れ方向のクラスタリング構造を保持しながら渦度方向の秩序が壊れた後、全体が融解することを意味します。さらに粒子シミュレーションでも、結晶層が直線的に滑ることでこのクラスタリングが生じることが支持されました。
【今後の展開】
今回整備したミリ秒高速rheo-SAXS/USAXSは、これまでのソフトマターの「遅い」という先入観では捉えられなかったであろうソフトマターの超高速応答を解明する新しい研究基盤です。今後は、コロイド、ゲル、ペースト、スラリーなどの非平衡ダイナミクス解析へ展開し、材料設計やプロセス条件の最適化への応用が期待されます。
【論文情報】
題名:Impact-shear-induced millisecond clustering during shear melting of colloidal crystals
日本語訳:衝撃せん断によってコロイド結晶のせん断融解中に生じるミリ秒クラスタリング
著者:Keishi Akada, Tatsuya Yamada, Ryoichi Ishibashi, Soichiro Okubo, Hiroyuki Iwamoto, Hiroshi Sekiguchi, Syogo Tejima, Motoyoshi Kobayashi and Jun-ichi Fujita
ジャーナル名:Communications Chemistry
DOI:10.1038/s42004-026-02004-8
【研究支援】
本研究は、防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」(JPJ004596)、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS科研費:23K13243、25K01164)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACT-X(JPMJAX24D2)の支援を受けて実施されました。なお、SAXS/USAXS実験は、大型放射光施設SPring-8のBL40XUおよびBL19B2において実施しました。
【用語解説】
※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2. rheo-SAXS/USAXS
レオロジー測定と小角/極小角X線散乱を同時に行い、流れやせん断を加えている最中の粒子配列や凝集状態をその場で調べる手法です。
※3. コロイド結晶/せん断融解
液体中の微粒子が規則正しく並んだ構造をコロイド結晶といい、せん断力によってその秩序が崩れて流動化する現象をせん断融解といいます。
|
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関すること)
赤田 圭史(アカダ ケイシ)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
加嶋 健(カシマ ケン)
住友電気工業株式会社 新領域技術研究所
(報道に関すること)
筑波大学 広報局
TEL:029-853-2040 FAX:029-853-2014
E-mail:kohositu
un.tsukuba.ac.jp
住友電気工業株式会社 広報部 広報グループ
TEL:06-6220-4119 FAX:06-6222-6485
E-mail:web
info.sei.co.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
