放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

世界初!白金酸化物で新規層状物質群を創出
―計算支援による高圧物質開発の革新―


2025年8月22日
大阪大学
東京大学


【研究成果のポイント】

◆白金酸化物において世界初のルチル型構造を層母体とした層状ホモロガス系列Na(PtO2)2n+1 (n = 1, 2)の合成に成功
◆白金は化学的不活性や強い還元傾向があるため酸化物の開発が遅れていたが、高圧合成法による超高酸化雰囲気を活用することでこの問題を克服
◆固体化学的知見と第一原理計算による安定性予測を効果的に組み合わせることで、新しい層状物質群の開拓に成功



図1 固体化学的な知見と第一原理計算の効果的な連携による新規層状物質群の発見。


大阪大学大学院基礎工学研究科の小林康仁さん(博士後期課程)、髙橋英史准教授、石渡晋太郎教授らの研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教らと共同で、白金酸化物においてルチル型構造※1を層母体とした世界初の層状ホモロガス系列※2 Na(PtO2)2n+1 (n = 1, 2)の合成、及びその構造同定に成功しました。これは酸化物の構造に関する知見をベースとした第一原理計算※3による構造安定性予測と、超高圧合成を組み合わせることで得られた成果です(図1)。
白金酸化物は水素雰囲気下で還元反応を促進する触媒材料として活用されるなど、機能性材料として広く研究されてきました。 一方、白金は化学的に安定で反応性に乏しいことから新たな構造を有する白金酸化物群の開拓は困難であり、ホモロガス系列の層状物質群は知られていませんでした。 本研究では、超高酸化雰囲気を伴う高圧合成法を活用することで、2次元のルチル型構造を層母体とする新規な層状酸化物NaPt3O6の単結晶合成に成功しました。 さらにルチル型構造が圧力下での安定性に有利な稠密構造であることに着目した物質設計を行い、第一原理計算によって高次の層状構造であるNaPt5O10の安定性を予測し、実際にその単結晶の高圧合成に成功しました。 これは、計算科学と固体化学の相補的な連携が、高圧合成による新物質開発の加速に極めて有効であることを示すものです。 本研究で発見された新物質は、ともにPtO6八面体がルチル型の2次元層を形成し、層間でPtO4平面が1次元鎖を形成しています。 これは前例のない新規なホモロガス系列の酸化物であり、Na(PtO2)2n+1という一般式で定義されます。 本研究は構造上の新規性のみならず、白金酸化物の次元性制御や物性探索の新しいプラットフォームを提供します。さらに本アプローチが、未知の準安定相の系統的開拓を可能にする有効な戦略であり、新物質開拓における有効な指針を提示する成果だといえます。
この成果は、米国化学会の英文誌Inorganic ChemistryにおいてFeatured Article(注目論文)として選出され、2025年8月号に掲載されました。また、この論文はACS Editors' Choiceにも選出されました。これは、ACS(アメリカ化学会)が発行する64以上の査読付きジャーナルに掲載された論文の中から、1日につき1報、特に優れたものを選び、期間限定で無料公開する制度です。

論文情報
雑誌名: Inorganic Chemistry
題名 :A rutile-based homologous series Na(PtO2)2n+1 discovered by computationally assisted high-pressure synthesis
著者:Yasuhito Kobayashi, Hidefumi Takahashi, Shunsuke Kitou, Akitoshi Nakano, Hajime Sagayama, Yuichi Yamasaki, and Shintaro Ishiwata
DOI:10.1021/acs.inorgchem.5c02074


【石渡教授のコメント】

本研究は、酸化物の構造および高圧合成に関して長年培われてきた固体化学的知見に、第一原理計算による構造安定性予測を融合させることで、高圧下に眠る準安定相を可視化し、新物質合成に成功した例だと言えます。まさに固体化学における不易流行の実践例と位置づけることができます。


研究の背景

遷移金属酸化物は高温超伝導、電池材料、触媒など多様な機能を示す物質群であり、特に3d遷移金属酸化物におけるペロブスカイト型構造※4を層母体とした層状ホモロガス系列Ruddlesden-Popper相※5はその典型です。一方で、白金を含む後期5d遷移金属は、貴金属ゆえの高い化学的不活性さや還元傾向により、酸化物との相性が悪く物質探索が困難です。しかし、白金は遷移金属特有の酸素による八面体配位だけではなく平面四配位の形成も可能というユニークな特徴を有する元素でもあり、潜在的に結晶構造の大きな多様性を秘めていると考えられます。


研究の内容

石渡教授らの研究グループは、超高酸化雰囲気を可能にする高圧合成法を活用することで、ナトリウム(Na)と白金(Pt)からなる新規な酸化物NaPt3O6の単結晶合成に成功しました。 大型放射光施設SPring-8※6(BL02B1)で単結晶を用いたX線回折実験※7を行った結果、PtO6八面体がルチル型構造の母体による2次元層を形成し、層間でPtO4平面が重なりながら1次元鎖を形成するという珍しい構造をもつことを明らかにしました。 高圧合成で得られる層状ホモロガス系列酸化物の代表例としては、ペロブスカイト型構造を層母体とするRuddlesden-Popper相が知られており、一般式はペロブスカイト層の枚数をnとして、An+1BnO3n+1と表されます。 一方、ルチル型構造はペロブスカイト型構造と同様に圧力下で安定化しやすい稠密な構造をもつにも関わらず、これを層母体とした層状ホモロガス系列は発見されていませんでした。 本研究では、新物質NaPt3O6がルチル構造を内包する層状物質であることに着目し、ルチル型層の枚数nを2以上にした高次の層状構造を設計し、第一原理計算を活用して高圧下で最適化された構造のエネルギーを評価することで、n=2のNaPt5O10が高圧合成で得られることを予測しました。 この計算結果を受けて実際に高圧合成を試み、得られた単結晶のX線回折実験を行ったところ、第一原理計算で得たものと同様の結晶構造であることを明らかにしました(図2)。 よって、これらの新物質はNa(PtO2)2n+1 (n = 1, 2)という一般式で表される層状ホモロガス系列であることを明らかにしました(n=∞は触媒材料として知られるルチル型PtO2)。 今後、n=3以上のものも含めた様々なルチル型層状酸化物が見出されることが期待されます。



図2 Na(PtO2)2n+1の結晶構造(左)と第一原理計算によるエネルギー相図(右)。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、従来のペロブスカイト型構造を基盤とするホモロガス系列において追求されてきた機能性酸化物群に対し、「ルチル型」という新しい構造モチーフを基盤とする機能性酸化物群を提供することが期待されます。今後は、磁性・伝導性・触媒特性などに関する系統的研究が期待され、スピントロニクスや酸素還元触媒への展開も視野に入ります。さらに本研究は、第一原理計算を物質探索の出発点とするアプローチが、未知の準安定相の系統的開拓を可能にする有効な戦略であることを示しており、材料科学の新たな指針を提示する成果だといえます。


特記事項

本研究は、科学研究費助成事業(KAKEN)「ポストスピントロニクス創成に向けた準安定強相関物質の網羅的開拓」(JP25H00420)、「準安定スピントロニクス材料の戦略的高圧合成」(JP22H0034)、「アシンメトリ量子物質の開拓」(JP23H04871) 及び「量子金属における創発現象の相関設計」(25H01248)、科学技術振興機構(JST)のCREST(JPMJCR2435)及びFOREST(JPMJFR236K)などの支援を受けて行われました。また、名古屋大学大学院理学研究科の中埜彰俊氏、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の佐賀山基氏、物質・材料研究機構マテリアル基盤研究センターの山崎裕一氏らの協力を得て行われました。


【用語説明】


※1. ルチル型構造
酸化物にみられる結晶構造の一種で、二酸化チタンTiO2などに代表される。酸素原子が遷移金属原子の周りを八面体状に配位したユニットが、頂点共有と辺共有によって配列した結晶構造。


※2. ホモロガス系列
化学において、構造が類似しており、かつ特定の繰り返し単位が加わることで分子式が系統的に変化する化合物群を指す。例えば、メタン、エタン、プロパンなどのアルカンはホモロガス系列の一種である。


※3. 第一原理計算
物質の性質を実験データや経験的なパラメーターに頼らず、量子力学の基本法則(第一原理)のみに基づいて予測・解析する計算手法。材料開発や新物質探索において、高性能な材料設計を効率的に行うために用いられる。


※4. ペロブスカイト型構造
鉱物であるペロブスカイト(チタン酸カルシウム:CaTiO3)に代表される結晶構造。酸素原子が遷移金属原子の周りを八面体状に配位したユニットが、頂点共有のみによって配列した結晶構造。


※5. Ruddlesden-Popper相
ペロブスカイト型構造が2次元層を形成した結晶構造を持つ化合物群を指す。ペロブスカイト層と岩塩型の層が交互に積み重なった構造をしており、層の数や組み合わせによって様々な物性を示すことが知られている。特に高温超伝導材料や、熱電変換材料、イオン伝導体などの機能性セラミックスで重要な役割を果たす。


※6. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8(スプリングエイト)では、放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


※7. X線回折実験
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法のひとつ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱されたかを測ることで、試料の中の原子の並び方や原子間の距離を決定する。


本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 大学院基礎工学研究科 博士後期課程 小林康仁(こばやし やすひと)

大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授 石渡晋太郎(いしわた しんたろう)

<広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 基礎工学研究科庶務係
TEL: 06-6850-6131    FAX: 06-6850-6477
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室
TEL: 04-7136-5450
E-mail: pressk.u-tokyo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

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オオムギのアルミニウム耐性を担うクエン酸輸送体の構造的基盤を解明


2025年8月10日
(2025年8月5日 岡山大学プレスリリース)
岡山大学


◆発表のポイント

・オオムギの根からクエン酸を分泌し、酸性土壌※1でのアルミニウム毒性を緩和するクエン酸輸送体AACT1タンパク質について、これまで不明だった立体構造を解明しました。
・この構造解析により、クエン酸を輸送する仕組みも明らかになりました。
・本成果は、AACT1タンパク質の働きを応用すれば、安定して収穫できる作物の開発に役立つことが期待されます。


岡山大学学術研究院先鋭研究領域(異分野基礎科学研究所)の菅倫寛教授の研究グループは、同領域(資源植物科学研究所)の馬建鋒教授、三谷奈見季准教授、同領域(異分野基礎科学研究所)の篠田渉教授、浦野諒助教(特任)らと共同で、オオムギ由来のクエン酸輸送体AACT1タンパク質の立体構造を明らかにしました。この立体構造の解析から、AACT1がクエン酸を放出する仕組みの構造的基盤が解明されました。
本研究成果は、日本時間8月5日(火)午前4時(米国東部標準時:4日午後3時)、米国の科学アカデミー発行の機関誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に掲載されました。
酸性土壌では、アルミニウムが溶け出し、植物は生育不良に陥ります。しかし一部の植物は、この環境ストレスを緩和するように進化し、根からクエン酸を分泌する機能を獲得しています。オオムギは、イネや小麦と比べて酸性土壌での生育が難しい作物とされていますが、一部の品種では、AACT1を介して根からクエン酸を分泌することで酸性ストレスを緩和しています。
本研究により、クエン酸を輸送するこのAACT1の巧妙な働きが明らかになりました。植物のアルミニウム耐性を担うタンパク質の立体構造を深く理解し、その機能を精密に制御できれば、酸性土壌でも健全に生育可能な作物の開発につながることが期待されます。



論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
題名:Structural insights into a citrate transporter that mediates aluminum tolerance in barley
著者:Tran Nguyen Thao, Namiki Mitani-Ueno, Ryo Urano, Yasunori Saitoh, Peitong Wang, Naoki Yamaji, Jian-Ren Shen, Wataru Shinoda, Jian Feng Ma, and Michihiro Suga
DOI:10.1073/pnas.2501933122


このクエン酸輸送体 AACT1 は、馬教授のグループによって発見されたものであり、その構造研究は岡山大学大学院命自然科学研究科に在籍していたベトナム出身の留学生、チャン・グエン・タオ大学院生が、5年の歳月をかけた研究の末に成し遂げた成果です。この輸送体タンパク質のグループは、すでにいくつかの構造が明らかにされていましたが、クエン酸のように負電荷をもつ物質を輸送するタイプの立体構造は、長らく未解明のままでした。
本研究は、彼女の粘り強い努力と、共同研究者の多大な支援のもとで実現された成果です。
菅教授

■発表内容
<現状>

土壌の酸性化は、世界中の作物生産に深刻な影響を及ぼす広範な問題です。耕作可能な土地のおよそ30〜40%が酸性土壌であり、その主な原因として、降雨、肥料施用、有機物の分解、農作物の収穫などが挙げられます。特に日本は多雨な気候のため、土壌中のカルシウムやマグネシウムなどの塩基が雨水により流出しやすく、酸性化が進行しやすい傾向があります。酸性土壌ではアルミニウムがイオン化し、植物の根に吸着してその成長を阻害します。
一方で、酸性土壌に適応し、その環境ストレスを緩和するように進化した植物も存在します。オオムギはイネや小麦と比べて酸性土壌での生育が難しいとされていますが、一部の品種では、根からクエン酸を分泌することでアルミニウムの毒性を軽減し、生育を可能にしています。オオムギは古くから世界各地で栽培されてきた作物であり、ビールや味噌の原料として私たちの生活に欠かせません。
これまで馬教授のグループは、特定のオオムギ品種がアルミニウムイオンを感知すると、これを無毒化するためにクエン酸を根から放出し、クエン酸がアルミニウムと結合することで、生育阻害を回避することを明らかにしてきました。また、このクエン酸の放出には、AACT1(Al-Activated Citrate Transporter 1)と呼ばれるアルミニウム活性型クエン酸輸送体タンパク質が関与することも、同グループによって発見されています。しかし、これまでAACT1タンパク質の立体構造は明らかにされておらず、クエン酸放出の分子メカニズムは不明でした。


<研究成果の内容>

オオムギ由来のクエン酸輸送体AACT1の立体構造を、X線結晶構造解析※2という手法により3.2 Å(1 Å = 1×10-10 m)の解像度で決定し、その構造的基盤を明らかにしました。解析の結果、AACT1タンパク質はアルファベットのV字型をした構造をもち、細胞の外側に大きく開いた状態をとっていました。輸送体の中央には大きなくぼみが形成されており、その内側には一方に正電荷、他方に負電荷が分布していました(図1)。
クエン酸は負の電荷をもつため、この正電荷を帯びた領域に引き寄せられ、結合した後、細胞外へと輸送されると考えられました。加えて、くぼみの負に帯電した領域は、輸送体の動作に必要な正電荷をもつ水素イオンを引き付けている可能性も示されました。
この仮説を検証するため、クエン酸が結合すると考えられるアミノ酸を人為的に変異させたところ、その部位がクエン酸の効率的な輸送に不可欠であることが明らかになりました。さらに、理論化学計算によっても、その部位にクエン酸が結合することが裏付けられました。
細胞膜を介した物質の輸送は、生物学における基本的かつ重要な研究テーマです。本研究は、AACT1の立体構造を初めて明らかにしただけでなく、クエン酸の輸送において、構造中の正電荷および負電荷を巧みに利用する仕組みを示した、初の報告となりました。
なお、本研究の回折実験は、大型放射光施設SPring-8(BL41XU)にて実施しました。


<社会的な意義>

土壌の酸性化は、作物生産において世界的な課題であり、主な原因はアルミニウムのイオン化による植物根への吸着と、それに伴う成長阻害です。
一方で、植物は進化の過程でアルミニウム耐性を獲得し、酸性土壌に適応してきました。AACT1タンパク質のように、アルミニウム耐性に関与するタンパク質の立体構造と機能の詳細を解明することは、酸性土壌でも健全に育つ作物の開発に直結する重要なステップです。
この知見は、農業の持続可能性向上や食糧安全保障の強化に資するものであり、今後の品種改良や農地利用の最適化において大きな社会的意義を持つといえます。



図1. クエン酸輸送体タンパク質AACT1の立体構造とその中央部に見つかったくぼみ
(A) AACT1タンパク質の立体構造を細胞膜に対して横側の向き(左)と細胞の外側の向き(右)から見たものをリボン図で表示させた。実際の大きさのおよそ1000万倍に拡大して表示している。(B) AACT1の細胞表面の電荷の分布を(A)と同じ方向で表示させた。AACT1タンパク質は細胞の外側に開いており、中央部には大きなくぼみがある。このくぼみにはプラスの電荷に帯電した領域とマイナスの領域に帯電した領域がある。マイナスの電荷を持つクエン酸はAACT1タンパク質のプラスの電荷の領域に結合し、プラスの電荷を持つ水素イオンはマイナスの電荷の領域に結合する。

■研究資金

本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「特別推進研究」(課題番号:JP16H06296)、「基盤研究S」(課題番号:JP21H05034)、「基盤研究B」(課題番号:JP23K27143)、JST・創発的研究支援事業JPMJFR230W、日本学術振興会・論博事業等の支援を受けて実施しました。


【用語解説】


※1. 酸性土壌
土壌中の水素イオン濃度を示す指標であるpHにおいて、7.0より小さいものを酸性、7.0を中性、7.0より大きいものをアルカリ性と定義される。土壌のpHが5.5以下になると、土壌中のアルミニウムがイオン化して溶出し、土壌微生物の活動や作物の生育に悪影響を及ぼす。日本の土壌の多くは黒ボク土であり、アルミニウムを多量に含むことに加え、多雨な気候のためにカルシウムやマグネシウムといった塩基が雨水によって流亡しやすく、酸性化が進行しやすい特徴がある。このような背景から、酸性土壌は日本における農作物の生産を制限する重要な要因の一つとなっている。


※2. X線結晶構造解析
原子と原子との結合距離は1 Å(1 Å = 1×10–10 m)程であり可視光(400-800×10–9 m)よりもはるかに短いため、光学顕微鏡で拡大して観察することができない。このため、分子の形を詳細に観察するために、分子を結晶化して可視光よりも波長の短いX線を照射することで立体構造を決定するX線結晶構造解析という手法が用いられている。


本件に関するお問い合わせ先
岡山大学 学術研究院先鋭研究領域(異分野基礎科学研究所)
教授 菅 倫寛(すが みちひろ)

岡山大学 学術研究院先鋭研究領域(資源植物科学研究所)
教授 馬 建鋒(ま けんぼう)

本件に関するお問い合わせ先
岡山大学 学術研究院先鋭研究領域(異分野基礎科学研究所)
教授 菅 倫寛(すが みちひろ)

岡山大学 学術研究院先鋭研究領域(資源植物科学研究所)
教授 馬 建鋒(ま けんぼう)

新鉱物・アマテラス石の発見
―日本の国石「ヒスイ」から見つかった新種の鉱物―


2025年8月7日
東京大学
山口大学
高輝度光科学研究センター
京都大学
リガク・ホールディングス株式会社


発表のポイント

◆日本の石文化を象徴する国石「ヒスイ」から発見された新鉱物。
◆日本神話に登場する天照大神の名を冠して「アマテラス石」と命名。
◆ヒスイに対する新たな視点を提供し、結晶学的な理論と観察をつなぐ実例としても注目。



図1. アマテラス石(黒緑色部)を含む鉱物集合体(褐色部はルチル、あんず色部はタウソン石)。画像幅は約2mm。


東京大学物性研究所の浜根大輔技術専門職員、山口大学大学院創成科学研究科の永嶌真理子若手先進教授、高輝度光科学研究センターの森祐紀研究員、京都大学大学院理学研究科の下林典正教授、リガク・ホールディングスのグループ会社である株式会社リガクの松本崇グループマネージャー、アマチュア鉱物研究家の大西政之氏と田邊満雄氏からなる研究チームは、日本鉱物科学会により日本の「国石」に選定されている「ヒスイ」の中から、新種の鉱物(新鉱物)を発見しました。
同チームは、日本の石文化を象徴する国石・ヒスイから発見されたこの新鉱物に対して、日本神話に登場する天照大神の名を冠し、「アマテラス石(学名:Amaterasuite)」と命名しました。アマテラス石は国際鉱物学連合の新鉱物・命名・分類委員会(注1)によって正式に承認されました。
本研究成果は、日本鉱物科学会が発行する学術雑誌「Journal of Mineralogical and Petrological Sciences」において、2025年8月7日に出版されました。

論文情報
雑誌名: Journal of Mineralogical and Petrological Sciences
題名 :Amaterasuite, Sr4Ti6Si4O23(OH)Cl, a new mineral from jadeitite, a representative stone of Japan
著者:Daisuke Nishio-Hamane*, Mariko Nagashima, Yuki Mori, Masayuki Ohnishi, Norimasa Shimobayashi, Takashi Matsumoto, Mitsuo Tanabe (* : 責任著者)
DOI:10.2465/jmps.250420


発表内容

研究の背景

ヒスイは、その堅牢で緻密な性質から道具として、またその美しさから装飾品や宝石として、古代より人々に用いられてきました。日本におけるヒスイの利用は、世界最古のヒスイ文化としても知られています。鉱物・岩石学的に見ると、ヒスイはプレートの沈み込み帯(注2)、すなわち日本列島の深部のような特殊な環境でのみ形成される、地球の活動を物語る希少な岩石です。こうした文化的・科学的な重要性から、ヒスイは2016年に日本鉱物科学会により日本の「国石」に選定されました(注3)
ヒスイはヒスイ輝石という鉱物で主に構成される岩石ですが、ヒスイの中に少量含まれる鉱物はストロンチウム(Sr)やチタン(Ti)に富む組成を示すことが知られています。このような特徴に着目した研究によって、これまでにヒスイから蓮華石や松原石が新鉱物として発見されてきました(注4)。これらは長らく、新潟県糸魚川地域のヒスイに特有の鉱物と考えられてきましたが、研究チームは岡山県大佐山地域のヒスイからも同様の鉱物が産出することを確認しました。さらに大佐山地域のヒスイには、未知の鉱物が複数含まれていることも明らかとなりました。そのうちの一つが、このたび新鉱物として承認されたアマテラス石です(図1)。


アマテラス石とは

新種の鉱物として認定されるには、既知の鉱物とは化学組成または結晶構造、あるいはその両方において明確な違いが求められます。アマテラス石は、化学組成・結晶構造のいずれにおいても新規性を有しており、基準を十分に満たしていたことで、国際鉱物学連合の新鉱物・命名・分類委員会によって新鉱物として承認されました。
アマテラス石の理想化学組成は「Sr4Ti6Si4O23(OH)Cl」で表され、ストロンチウムとチタンに加え、ケイ素(Si)、酸素(O)、水素(H)、塩素(Cl)が主成分です。この元素比率は、これまでに報告されたどの鉱物にも見られない独自のものであり、全く新しい形成反応の存在を示唆します。
鉱物は、地質作用の産物でもあります。すなわち、新鉱物の発見は、未知の地質環境や作用の存在を示すものでもあります。従来、ヒスイは沈み込み帯で形成されることが知られていましたが、その中からアマテラス石のような新鉱物が見つかったことは、ヒスイの成因や進化を考察するうえで新たな視点を提供します。
アマテラス石の結晶構造は、大型放射光施設SPring-8(注5)のビームラインBL02B2を用いた粉末X線回折実験と、山口大学所有のリガク社製ハイエンド単結晶構造解析装置「Synergy-DW」により詳細に解析され、高精度で決定されました。
その結果、アマテラス石の結晶構造には特筆すべき特徴があることがわかりました。それは、単位胞(ユニットセル)に異なる2種類の構造要素を同時に含むという、いわば二面性をもつことです(図2)。アマテラス石の結晶構造はこれまで理論的に予測されてはいたものの、実際に観察されたのは今回が初めてです。この成果は、実在する結晶構造の多様性に対する理解を大きく前進させるものとなりました。
このようにアマテラス石は、新鉱物としての鉱物学的な価値に加え、ヒスイに対する新たな視点を提供し、結晶学的な観点からは理論と観察の橋渡しとなる重要な実例ともなり、多方面にわたって意義のある存在です。



図2. アマテラス石の結晶構造の概要(水素は省略)
単位胞に異なる二つのタイプ(AとB)が内包されており、片方が存在するときにはもう片方が存在しないという二面性を持つ。これはまるでコインの表と裏のように、一方が現れるとき、他方は隠れているという関係と似ている。

命名の経緯

アマテラス石は、日本の国石であるヒスイから発見された新鉱物であり、二面性を示す特異な結晶構造を有しています。その命名にあたっては、こうした背景を踏まえた検討が行われました。
最終的に、日本神話に登場する天照大神の名が候補として挙げられました。天照大神は日本を象徴する存在であり、象徴性という点で日本の国石であるヒスイと重なります。また、神霊が持つ「荒魂」と「和魂」という二面性は、鉱物に見られる結晶構造の二面性に通じます。こうした要素を総合的に踏まえ、日本の石文化への敬意もこめて、新鉱物は「アマテラス石(学名:Amaterasuite)」と命名されました。この名称は、国際鉱物学連合の新鉱物・命名・分類委員会により正式に承認されています。


発表者・研究者等情報

東京大学物性研究所
 浜根 大輔 技術専門職員

山口大学大学院創成科学研究科
 永嶌 真理子 若手先進教授

高輝度科学研究センター
 森 祐紀 研究員

京都大学理学研究科
 下林 典正 教授

株式会社リガク
アプリケーションラボ ライフサイエンスグループ
 松本 崇 グループマネージャー

アマチュア鉱物研究家
 大西 政之
 田邊 満雄


研究助成

本研究は、文部科学省(MEXT)先端研究基盤共用促進事業(課題番号JPMXS0440400024)による共用研究設備を使用し、日本学術振興会補助金(課題番号23K03551)(代表者:永嶌真理子)によって支援されています。


【用語解説】


(注1)新鉱物の審査:
鉱物の新種(新鉱物)は論文での発表に先立って、国際鉱物学連合(International Mineralogical Association)の新鉱物・命名・分類委員会(Commission on New Minerals, Nomenclature and Classification)において審査され、その承認を得る必要があります。


(注2)沈み込み帯:
ふたつのプレートが衝突して、片方が片方の下に滑り込む場所。本文では海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む場所を意図しています。


(注3)国石:
2016年、一般社団法人日本鉱物科学会は、日本で広く知られ、国内に産する美しい石であり、鉱物科学のみならずさまざまな分野でも重要性を持つ石である「ヒスイ」を、国石として選定しました。


(注4)蓮華石と松原石:
いずれも、かつて糸魚川産のヒスイから発見された新鉱物です。蓮華石(学名:Rengeite)は、産地近くの蓮華山とヒスイを含む蓮華変成帯にちなんで名づけられています。松原石(学名:Matsubaraite)は、鉱物学者・松原聰氏にちなんで名付けられました。


(注5)大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。


本件に関するお問い合わせ先
【研究内容に関すること】
東京大学 物性研究所 技術専門職員
浜根 大輔(はまね だいすけ)

山口大学 創成科学研究科 若手先進教授
永嶌 真理子(ながしま まりこ)

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本件に関するお問い合わせ先
【研究内容に関すること】
東京大学 物性研究所 技術専門職員
浜根 大輔(はまね だいすけ)

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応力発光半導体でスピンドープ強磁性を発見
エネルギー関連材料の機能革新に大きく寄与


2025年8月7日
国立大学法人 佐賀大学
国立大学法人 東北大学
国立大学法人 筑波大学
国立大学法人 九州大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター


【発表のポイント】

●応力発光半導体に少数のスピンをドープして従来にないタイプの強磁性を発現した。
●磁気カップリングが通常隣接原子間しか存在しないという常識を超えた超長距離磁気カップリングの存在を観察した。
●従来磁性を示さない応力発光半導体に強磁性を付与したことで未踏の力・光・スピントロニクスに道を拓いた。


固体中の電子の電荷と、電子が持つ小さな磁石のような性質「スピン」の両方を工学的に利用、応用する「スピントロニクス」(注1)と呼ばれる分野において「希薄磁性半導体」(注2)が注目されています。一般的に、強磁性(注3)などをもたらす交換相互作用(注4)は隣接原子間距離程度の近接作用に限定されています(金属では伝導電子を媒介した別機構の磁性体の例外が存在する)。一方、相転移のユニバーサル理論であるパーコレーション理論(注5)は隣とのパス(磁気転移の場合は隣の磁性原子との結合に相当)が高密度に存在しなければ相転移しないと予測しており、量子スピン系の磁気転移でもこのパーコレーション理論が厳密に成立することを研究グループは最近実証しています(注6)
「交換相互作用は近距離に限定される」「隣接する磁性原子同士の結合が高密度に存在しないと磁気転移しない」という磁性理論の常識が、応力発光(注7)半導体でのスピンドープ強磁性を実現した本研究により打ち破られました。
佐賀大学、東北大学、筑波大学、九州大学、高エネルギー加速器研究機構の共同研究グループは、代表的な応力発光物質として知られているEu:SrAl2O4において、希薄磁性原子の添加によるスピンドープ強磁性の発現を見出しました。通常強磁性を示さない応力発光半導体に新機能を付与したことも応用上興味が持たれます。
本成果は、基礎物性物理学への貢献とともに、未踏の力・光・スピントロニクスに道を拓き、エネルギー関連材料の機能革新に大きく寄与するものです。
本研究成果を報告した学術論文は2025年7月31日に、Wiley社出版のAdvanced Scienceにオンライン先行出版されました。

論文情報
雑誌名:Advanced Science
題名:Superlong-Range Magnetic Coupling and Ferromagnetic Spin Freezing in Mechanoluminescent Semiconductor Eu:SrAl2O4
著者:Xu-Guang Zheng, Ichihiro Yamauchi, Tomasz Galica, Eiji Nishibori, Tatsuya Kawae, Jumpei G. Nakamura, Akihiro Koda, Chao-Nan Xu
DOI:10.1002/advs.202509474


【詳細説明】
研究の背景

一般的に、強磁性などをもたらす交換相互作用は、磁性を担う電子の波動関数が隣の磁性原子の電子の波動関数と重なり合うことで磁気モーメント間に相互作用が生じます。そのため、隣接原子間距離程度の近接作用に限定され、強磁性体となるには高濃度の磁性原子の存在が必要とされています。ところが、1992年に従来の理論に反する画期的な実験報告が大野英男氏(東北大前総長)らによって発表されました【Phys. Rev. Lett. 68 (1992): 2664.】。半導体物質(In,Mn)Asに数パーセントの磁性原子Mnを添加(ドープ)することにより、絶対温度7.5度以下の低温で磁気抵抗に変化が見られたことから、部分的な磁気転移が示唆され、希薄磁性半導体として知られるようになりました。その後、ZnO等の半導体において室温以上での希薄磁性の可能性が提唱され【Science 287 (2000): 1019】、一大ブームを成して今日に至っています。
しかし、真性半導体(注8)での希薄磁性の証明は30年以上の長い期間にわたっても達成されていません。希薄磁性の実験報告の殆どは不純物汚染に影響されやすい磁化測定結果をもとになされたものであり、電子顕微鏡などを用いた多くの微細構造研究は外因性不純物汚染の可能性を強く示唆しています(注9)。そのため、希薄磁性が本当にあるのか、その実在性が物性物理学を中心に強く疑問視されています。
一方、相転移のユニバーサル理論であるパーコレーション理論は隣とのパス(磁気転移の場合は隣接磁性原子との結合に相当)が高密度に存在しなければ相転移しないと予測しており、量子スピン系の磁気転移でもこのパーコレーション理論が厳密に成立することを研究グループは最近実証しています。
外因性不純物の影響を払拭するには先端量子ビームを用いた中性子回折(注10)ミュオンスピン分光(注11)が有効ですが、今までこれらの高信頼性実験手段による希薄磁性の実証は成功していません。


今回の取り組み

本研究は、素粒子の1種であるミュオンを利用した応力発光のメカニズム研究において、予期せずに真性希薄磁性を発見しました。ミュオンスピン分光という実験方法はもともと(小さな内部磁場しか作り出さない)希薄磁性の検出に最適な実験手段です。ミュオンのスピン緩和信号の大きさは測定試料中の磁性相の体積分率に比例します。そのため、微量外因性不純物汚染があってもその影響を完全に払拭できます。本研究は、代表的な応力発光物質EuxSr1-xAl2O4 (x = 0.2−2%)において、4化学結合原子以上の距離にわたる超長距離磁気カップリング(注12)の存在を明らかにした上、強磁性相に転移することを発見しました(図1)。
更に、光を照射しながら行った磁化測定実験によって希薄磁性の発現機構にポーラロン(注13)が関わっていることを明らかにしました(図2)。
この光照射効果は同時に、光による希薄磁性半導体の制御ができることを示しています。本研究は、希薄磁性の存在を実証した点が高く評価されました。さらに、本研究によって発見された強磁性応力発光半導体では微量の添加希土類原子が同時に発光性と磁性を担うことから、本研究は機械的な力・光・スピントロニクスの相互制御と多元エネルギー変換という未踏技術に道を拓くものとして評価されます。
なお、本研究では、大型放射光施設SPring-8(BL02B1およびBL41XU)を利用して測定実験を行っています。



図1. ミュオンスピン分光によって明らかになった応力発光物質EuxSr1-xAl2O4 (x = 2%)での新規磁気的挙動(横軸は絶対温度、縦軸はミュオンスピン緩和率)。λ、λ1、λ2はいずれもミュオンスピン緩和率。温度低下とともに100K以下から強磁性的な磁気相関の発達(つまり磁性原子のスピンを強磁性的にそろえようとする力が働き始める)を示すミュオンスピン緩和率λの上昇が観測され、さらに温度を下げると3K以下で強磁性転移にともなって速いミュオンスピン緩和λ1(横緩和)と遅いミュオンスピン緩和λ2(縦緩和)の2成分が観測されるようになります。


図2.応力発光結晶格子において、酸素欠陥にトラップされたポーラロン電子(紫矢印)の働きによって、希薄磁性原子(赤矢印)間に超長距離磁気カップリングが発生。光照射時のポーラロン電子の励起によって磁性を消失させることができ、指タッチのような力の印加によっても磁性の制御が可能と思われます。


【今後の展開】

本研究成果は、少数のスピンを希薄ドープすることにより超長距離磁気カップリングが発生し、強磁性が実現されることを初めて明確に実証したものです。基礎物理学への貢献とともに、応力発光半導体でのスピンドープ強磁性実現により、機械的な力・光・スピントロニクスの相互制御と多元エネルギー変換という未踏技術に道を拓きました。現時点での強磁性発現が低温に限られていますが、図1の磁気カップリングがひと桁以上、高い温度まで続いていることから予想できるように、ポーラロン密度を増やす等の構造制御によって転移温度の大幅向上が可能です。量子工学などの研究への波及効果が見込まれ、新しいエネルギー変換デバイスや電子機器の開発への応用が期待されます。


【謝辞】

本研究はJSPS科研費(19H00835、22H00269、25H00790、20K20912、23K22799、24H00415、21H05235)の助成を受けました。また、本研究では、九州大学低温センター、高輝度光科学研究センター大型放射光施設SPring-8(課題番号: 2020A0068(BL02B1)、 2024A1003(BL41XU)、2024B1006(BL41XU))、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)(ミュオンビームラインS1、課題番号:2022B0190、2023A0209)を利用して測定実験を行いました。また、掲載論文は東北大学「2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。


【研究者】

代表者:佐賀大学理工学部 教授 鄭旭光、東北大学大学院工学研究科 教授 徐超男(論文共同責任著者)

分担者や協力者:佐賀大学理工学部 山内一宏准教授、筑波大学 数理物質系/エネルギー物質科学研究センター/高等研究院 ホウ化水素研究センター 西堀英治教授、Tomasz Galica助教(当時)、九州大学大学院工学研究院 河江達也准教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 ミュオン科学研究系 幸田章宏教授、中村惇平技師


【用語説明】


注1. スピントロニクス
固体中の電子が持つ電荷とスピンの両方を工学的に利用、応用する分野のこと。スピンとエレクトロニクス(電子工学)から生まれた造語です。


注2. 希薄磁性半導体
化合物半導体の結晶内の原子のわずかな分量を、磁性を持つ原子(鉄、マンガン、クロムなど)で置換した磁性半導体。磁性を持たせることができます。


注3. 強磁性
強磁性体の中では、原子の中の電子がもつ小さな磁石のような性質(スピンと呼ばれる)が、同じ方向にそろいやすくなり、全体として強い磁場を発生させます。この性質により、強磁性体は外部からの磁場がなくても磁気を持つことができ、冷蔵庫の磁石などの身近な磁石がその例です。


注4. 交換相互作用
磁性を担う電子の波動関数が隣の磁性原子の電子の波動関数と重なり合うことで、磁気モーメント間に相互作用が生じることを指します。


注5. パーコレーション理論
浸透理論とも言います。スポンジへの水の浸透や、伝染病の感染等の普遍現象を単純化したモデルで、その浸透率、感染率(確率)に応じて、ある値を境に様相が一変するという現象(臨界現象)が起きる。その値(臨界確率、閾値)がいくつなのかという問題を考えた理論。


注6. 東北大・佐賀大等2024年11月28日共同プレスリリース
https://www.saga-u.ac.jp/koho/education/2024112835140


注7. 応力発光
材料が受けた力学的なエネルギーに相関して繰り返し発光する現象のこと。1990年代に徐超男教授らによって提唱されました。


注8. 真性半導体
真性半導体とは、不純物を一切加えていない純粋な状態の半導体を指します。この純粋な半導体は、半導体科学における基礎材料であり、数々の応用技術の出発点となっています。


注9. 外因性不純物汚染の可能性を強く示唆しています
例えば、解説論文Journal of Physics D: Applied Physics 50 (2017): 393002;https://doi.org/10.1088/1361-6463/aa801f


注10. 中性子回折
結晶による中性子線の回折現象を利用して、物質の結晶構造や磁気構造の解析を行う手法。


注11. ミュオンスピン分光
ミュオンのスピン軸に対し非対称に放出される陽電子の検出を利用して、ミュオンスピンの運動を観測する手法であり、物質内部の磁場を探索するための物性手法の一つとして広く利用されています。中性子回折よりずっと小さい磁気モーメントを敏感に検出できることが特徴。


注12. 超長距離磁気カップリング
2つの磁性原子が関係し合っている状況を磁気カップリングと言います。金属で自由に動く伝導電子の働きによって強磁性をもたらす長距離磁気カップリングが知られています。超長距離磁気カップリングは本研究によって定義された科学用語で、伝導電子が無い絶縁体で強磁性をもたらす4化学結合原子以上にわたる磁気カップリングを指しています。


注13. ポーラロン
固体中の電子と原子の間の相互作用を記述するために用いられる準粒子。結晶格子と強く関わりを持つ電子をひとつの仮想的な粒子とみなしたもの。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
佐賀大学理工学部 教授 鄭 旭光(東北大学大学院工学研究科特任教授)

(報道に関すること)
佐賀大学 広報室 広報企画担当
TEL: 0952-28-8407 Email: sagakohomail.admin.saga-u.ac.jp

東北大学大学院工学研究科 情報広報室
TEL: 022-795-5898 Email: eng-prgrp.tohoku.ac.jp

筑波大学 広報局
TEL: 029-853-2040 Email: kohosituun.tsukuba.ac.jp

九州大学 広報課
TEL: 092-802-2130 Email: kohojimu.kyushu-u.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構広報室
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J-PARCセンター 広報セクション
TEL: 029-287-9600 Email: pr-sectionml.j-parc.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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木材が曲がる瞬間をナノ・ミクロの世界で初めて観察!
―放射光で明かされたマルチスケール構造変化―


2025年7月25日
京都大学


【研究のポイント】

・木材にマクロな変形を与えたときのミクロ・ナノ構造の変化の検出に世界で初めて成功した。
・木材の曲げで生じる引張・圧縮ひずみに伴うミクロクラック発生・細胞圧密がそれぞれ検出された。
・引張・圧縮ひずみに伴うセルロースミクロフィブリル※1の間隔の増加・減少がそれぞれ検出された。


木材を大きく曲げると、肉眼では見えないナノ~ミクロスケールの構造にどのような変化が起きるのでしょうか。この度、京都大学生存圏研究所の田中聡一助教・今井友也教授、京都府立大学大学院生命環境科学研究科の神代圭輔准教授、産業技術総合研究所マルチマテリアル研究部門の堀山彰亮研究員らの研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」で行った小角X線散乱(SAXS)と広角X線回折(WAXD)による「その場観察」で、木材が曲がる瞬間のナノ・ミクロ構造の変化を世界で初めて捉えました。木材を曲げると、凸側(外側)は引っ張られて伸び、凹側(内側)は圧縮されて縮みます。得られたSAXSデータをフィンランド・Aalto大学(現Jyväskylä大学)のPenttilä博士が開発した「WoodSASモデル※2」で解析した結果、引っ張られた外側では微小なクラック(ひび割れ)が発生し、圧縮された内側では細胞が圧密化(細胞が密集して密度が高くなる現象)することが検出されました。同時に、細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリル同士の距離(数ナノメートル)が、引っ張られることで広がり、圧縮されることで狭まることも検出されました。この成果は、外力によって木材のナノ・ミクロ構造を制御する新たな可能性を示すものであり、革新的な木質系材料の開発や木材加工技術の向上に貢献するとともに、地球上最大規模のバイオマス資源である木材のさらなる有効活用にもつながると期待されます。
本研究成果は、2025年7月2日に国際学術誌『Carbohydrate Polymers』(Elsevier出版)でオンライン公開され、同月10日に正式版が公開されました(現地時間)。

論文情報
雑誌名: Carbohydrate Polymers
題名 :In-situ synchrotron SAXS/WAXD analysis for tracking the change in multiscale structure of wood during macroscopic flexural deformation
著者:田中聡一1*、神代圭輔2、堀山彰亮3、今井友也1
所属:1) 京都大学 生存圏研究所(*Corresponding author)、2) 京都府立大学大学院 生命環境科学研究科、3) 産業技術総合研究所 マルチマテリアル研究部門
DOI:10.1016/j.carbpol.2025.124000


【背景】

木材は、目に見える大きさから顕微鏡でしか見えないナノレベルまで、非常に複雑な階層的構造を持っています。この多様な構造が木材の強度や柔軟性といった機械的性質を決めています。木材を効率的に加工することに加え、優れた性能をもつ木質系材料を開発するためには、これらの構造が変形時にどのように変化するかを詳しく理解することが重要です。しかし、これまでの研究では、マクロな変形に伴うナノ~ミクロスケールの構造変化を同時に直接観察することが困難でした。
一方で、近年では放射光施設を利用したX線による散乱・回折測定(SAXS/WAXD)が材料科学分野で広く用いられており、木材の微細な構造解析にも利用されています。この技術ではオングストロームから数百ナノメートルオーダーの構造解析が可能であるとされてきました。しかし、SAXSやWAXDにはそれらの構造が集まってできたより大きなミクロンオーダーの構造までが全て影響します。近年、フィンランド・Aalto大学(現Jyväskylä大学)のPenttilä博士らは木材のSAXSのデータより構造情報を求める「WoodSASモデル」を提案し、このモデルが木材のナノ~ミクロ構造変化を適切に評価できることを明らかにしました。そこで、本研究では、SAXS/WAXD測定を木材が変形している最中に行い、SAXSのデータをWoodSASモデルで解析することで、マルチスケールな階層構造がどのように変化するかを明らかにすることを目的としました。



図1. 木材のマクロな曲げ変形とそれに伴うミクロ構造・ナノ構造の変化


【研究の成果】

SPring-8のBL40B2ビームラインの高輝度X線を用いて、飽水状態※3の木材に曲げ変形を与えながらSAXS/WAXD同時測定を行い(図1)、木材中のナノ~ミクロ構造のその場観察を行いました。そのために、水中で木材を曲げながらX線を通す特殊な治具を作製してSPring-8に持ち込みました。木材を曲げると、凸側(外側)は引っ張られて伸び、凹側(内側)は圧縮されて縮みます。得られたSAXSデータから引張と圧縮によって細胞の形状が変化することが示唆されました。また、SAXSデータをWoodSASモデルで解析することにより、細胞壁を構成するセルロースミクロフィブリルどうしの距離が引張によって増加し、圧縮によって減少することが示唆されました。さらに、圧縮による圧密化の際に細胞壁が折りたたまれることが示唆され、引張によって微小なクラックが生成することも示唆されました。一方、WAXDのデータから評価されるセルロース結晶の格子間隔や結晶サイズに大きな変化は認められませんでした。これらのことから、十分に水分を含んだ木材の変形は、主にセルロースミクロフィブリル周辺のマトリクス成分※4が担うことが示唆されました。


【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

本研究によって、木材が曲げられた際のナノ~ミクロスケールでの構造変化を世界で初めて詳細に検出できました。一方で、今回用いた解析モデルには木材の構造を反映しきれていない部分も残っています。今後、一層データを蓄積して新たなモデルを構築することで、検出精度を向上させるだけでなく未知の構造変化を明らかにしていくことが課題です。
この研究は、木材をナノ・ミクロスケールで制御する新技術につながる可能性があり、次世代の革新的な木材加工技術や新素材の開発への応用が期待されます。今後は、さらに多くの樹種や加工条件について構造変化を詳しく調べることで、木材利用の新たな可能性を広げていきます。


【研究助成】

京都大学生存圏研究所のミッション4・生存圏科学研究およびJSPS科研費(課題番号25K02072)の支援を受けて実施されました。


【用語解説】


※1. セルロースミクロフィブリル
木材細胞壁の主成分で、強度や柔軟性を与えるナノスケールの繊維状構造。


※2. WoodSASモデル
フィンランドのPenttilä博士が開発した、SAXSデータから木材の構造を解析するためのモデル。


※3. 飽水状態
木材が水分を最大限に含んだ状態で、細胞内腔(細胞内部の空間)がすべて水で満たされ、細胞壁が十分に膨潤し、それ以上水を吸収できない状態。


※4. マトリクス成分
セルロースミクロフィブリル間を埋めるヘミセルロースやリグニンなどの物質。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関するお問い合わせ先)
京都大学生存圏研究所 助教 田中 聡一

(報道に関するお問い合わせ先)
京都大学広報室国際広報班
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

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本件に関するお問い合わせ先
(研究に関するお問い合わせ先)
京都大学生存圏研究所 助教 田中 聡一

(報道に関するお問い合わせ先)
京都大学広報室国際広報班
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E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

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