放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

小惑星リュウグウの砂つぶに発見された塩の結晶
―太陽系の海洋天体とのつながりを知る新たな手がかり―


2024年11月21日
京都大学
東北大学
高輝度光科学研究センター
自然科学研究機構分子科学研究所


概要

京都大学白眉センターの松本特定助教らは日本の探査機「はやぶさ2」が回収した小惑星リュウグウの砂つぶから、微小な塩の結晶を発見しました。
これらはリュウグウの母体となる天体を満たした塩水が蒸発や凍結によって失われた時に析出した鉱物です。同じく塩類が見つかっているエンセラダスなどの海洋天体とリュウグウの水の環境とを比較する研究につながります。


[ポイント]
・リュウグウの砂つぶを電子顕微鏡などの分析を駆使して観察した結果、ナトリウム炭酸塩、岩塩、硫酸塩を含む塩の結晶が発見されました。
・ナトリウム炭酸塩や岩塩は、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンセラダスなど内部に海をもつ天体の表層にも、海の成分の析出物として見つかっています。塩の結晶はリュウグウとこれらの海洋天体の水の成分や進化を比較できる新しい手がかりになると期待されます。
・塩結晶はリュウグウの母天体を流れた塩水が蒸発したか凍結した際に成長したと考えられます。現在のリュウグウは液体で満たされておらず、どのように母天体から液体が失われたのかこれまで謎でした。塩の結晶は、液体の水が消えていった道筋を示した初めての証拠でもあります。



図 1:リュウグウの砂表面で見られたナトリウム炭酸塩脈(青色)の擬似カラー電子顕微鏡画像。


本成果は2024年11月19日(日本時間)付で国際科学誌「Nature Astronomy」に掲載されました。研究グループは松本徹特定助教(京都大)、野口高教授(京都大)、三宅亮教授(京都大)、伊神洋平助教(京都大)、松本恵助教(東北大)、矢田達主任研究開発員(JAXA)、上椙真之主幹研究員(JASRI)、安武正展研究員(JASRI)、上杉健太朗主席研究員(JASRI)竹内晃久主幹研究員(JASRI)、湯澤勇人技術職員(IMS)、大東琢治准教授(KEK)、荒木暢主任研究員(IMS)で構成されています。


論文情報
雑誌名: Nature Astronomy
題名 :Sodium carbonates on Ryugu as evidence of highly saline water in the outer Solar System.(太陽系の外側領域で高濃度の塩水が生まれた証拠を示すリュウグウのナトリウム炭酸塩)
著者:Toru Matsumoto*, Takaaki Noguchi, Akira Miyake, Yohei Igami, Megumi Matsumoto, Toru Yada, Masayuki Uesugi, Masahiro Yasutake, Kentaro Uesugi, Akihisa Takeuchi, Hayato Yuzawa, Takuji Ohigashi, Tohru Araki.
DOI:10.1038/s41550-024-02418-1


背景

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウを探査し、表面の砂を地球に持ち帰りました。小惑星から直接持ち帰った砂には、地球に落下する隕石では見られないような未発見の物質があることも期待されていました。そのひとつは、水に溶けやすい、もしくは吸湿しやすい物質です。湿気を含む地球大気の下で変化してしまう物質は、宇宙空間から持ち帰ったままの新鮮な状態でなければ気付くことも難しいからです。


研究手法・成果

松本助教らは、リュウグウの砂を大気に全く触れない状態に注意深く保ち、その表面を光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡1を使って観察しました。すると、砂の表面に小さな白い鉱脈が発達していることを見つけました(図1, 2)。鉱脈を形作る鉱物を、ナノメートルに及ぶ小さな構造を観察できる透過型電子顕微鏡2を使って観察すると、ナトリウム炭酸塩(Na2CO3)、岩塩(NaCl:塩化ナトリウム)の結晶や、ナトリウム硫酸塩(Na2SO4)がその成分であることがわかりました(図3)。鉱物種の正確な同定には愛知県岡崎市の極端紫外光研究施設UVSORで開発された走査型透過X線顕微鏡3を使いました。また、リュウグウの砂の三次元的な構造や砂全体の鉱物も知るために、兵庫県佐用郡の大型放射光施設SPring-84(BL20XU)で開発されたX線トモグラフィー5を用いて砂の非破壊観察を行いました。



図2:リュウグウの砂の光学顕微鏡写真。矢印はナトリウム炭酸塩脈を指す。



図3:ナトリウム炭酸塩脈の断面の詳細な様子(透過型電子顕微鏡画像に擬似着色した)。粘土(三角印:茶色の部分)の表面にナトリウム炭酸塩(星印:青色の部分)が分布している。百ナノメートル程度の大きさの塩化ナトリウム(六角形印:マゼンタの部分)も含まれる。


現在のリュウグウは八百メートル程度の大きさですが、かつては数十キロメートルの大きさをもつ母体となった天体-母天体(ぼてんたい)-が太陽系の始まった頃の約四十五億年前に存在したと推定されています(図4)。その内部は放射性元素の崩壊熱によって温められ、百度以下のお湯で満たされていたと考えられています。このリュウグウの母天体を流れた液体は塩水であることが、リュウグウの砂から溶媒抽出した成分がナトリウムや塩素などに富むことから推定されていました。見つかった塩結晶も母天体の塩水の中で沈殿したと考えられます。


図4:リュウグウの母天体での塩結晶の形成


発見された鉱物はいずれも水に非常に溶けやすい性質をもつ塩の結晶です。水に溶けやすいということから、液体が極めて少なく塩分濃度が高くなければ結晶が析出できなかったと予想されます。そのため松本助教らは、リュウグウの砂を作る多くの鉱物が母天体で沈殿したあとに、液体の水が失われる現象が存在し、その際に塩の結晶が沈殿したと考えました(図4)。液体がなくなる現象として考えられる可能性のひとつは、塩水の蒸発です。母天体の内部から表層の宇宙空間へまでつながる割れ目が生まれると、天体内部の液体は減圧されて蒸発すると考えられます。地球上では大陸内部に取り残された湖が干上がった時に高い濃度の塩水が生じ、ナトリウム炭酸塩や岩塩などが析出することが知られています。これらは「蒸発岩」と呼ばれており、リュウグウ母天体でも蒸発岩が生まれたのかもしれません。もうひとつの可能性は、液体の凍結です。母天体を温めていた放射性元素が乏しくなると天体は冷えてゆき、塩水は徐々に凍結するはずです。塩水に溶けた陽イオンや陰イオンは氷には取り込まれにくいので、凍結が進むと残された塩水の濃度は高くなります。すると濃い塩水からは塩結晶が析出します。凍結した氷はやがて現在に至るまでに宇宙空間へと昇華してしまったと考えられます。
現在のリュウグウに大量の液体は見られず、そしてリュウグウの砂つぶも濡れていることはなく、母天体を流れたはずの液体の水がどのように失われたのか分かっていませんでした。今回の研究により、リュウグウの母天体では蒸発、もしくは凍結によって液体の失われる現象が起こったことが初めてわかりました。


波及効果

リュウグウの砂で見つかったナトリウム炭酸塩は地球に飛来する隕石では見つかっておらず、小惑星の砂から発見されたことは全くの予想外でした。一方で、準惑星のセレスや木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンセラダスなど地下に海が広がっていると予想される天体で塩類が検出されています。たとえばセレスには内部海の物質が凍って吹き出す氷火山があり、ナトリウム炭酸塩は噴出物の主要な成分です。エンセラダス表層の氷の裂け目から噴き出す間欠泉(図5)にはナトリウム炭酸塩や塩化ナトリウムが含まれます。種々の塩類は天体の水の成分や進化を反映しています。そのため、塩の結晶はリュウグウと太陽系の海洋天体との水環境の共通性や違いを比較できる新しい手がかりになると期待されます。とりわけ太陽系の水環境に注目することは、生命の材料である有機物の水中での化学反応を理解することにもつながります。



図 5:エンセラダスから吹き出す間欠泉(©NASA/JPL)


研究プロジェクトについて

本研究は以下の支援により遂行されました。日本学術振興会科学研究費(19H00725, 19KK0094, 20H00198, 20H00205, 21H05424, 21K113981, 21H05431, 24K00692)、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター公募研究(AB0611)、UVSOR(課題番号24IMS6628)、SPring-8(課題番号2023A0185)


<研究者のコメント>

見つかった塩鉱物は電子線にとても弱く、電子顕微鏡での観察中に時間をかけると消えてなくなってしまいます。分析はリュウグウの鉱物の中でも特に困難を伴いました。根気強く観察条件を整えて鉱物種を決めたことで、太陽系の水の進化に関わる意義のある研究ができました。地球に飛来する隕石を調べても、水に溶けやすい塩鉱物は地球上での風化ですぐに変化してしまいます。今回の発見は、はやぶさ2が小惑星リュウグウから直接サンプルを持ち帰ったことで初めて可能となりました(白眉センター 松本徹)。


【用語解説】


1. 走査型電子顕微鏡
電子ビームを照射することで、試料表面の凹凸や化学組成を見ることができる顕微鏡です。


2. 透過型電子顕微鏡
100nmの厚さに薄く加工した試料に対して高電圧の電子線を照射し、電子が試料を透過したことで生じる電子の干渉像を得る顕微鏡で、原子スケールに及ぶ微細組織の観察が可能です。


3. 走査型透過X線顕微鏡(STXM)
薄膜試料に軟X線を集光して照射し、試料をスキャンして透過X線強度の二次元画像を撮ることで、軟X線吸収量の分布を数十ナノメートル程度の空間分解能で測定できる分析装置です。この装置を利用すると標的元素(主に軽元素や遷移金属元素)および、その化学状態の分布をマッピングすることが可能です。次元的にスキャンしながら観察するため、特定の領域の詳細な元素分布や化学状態のマッピングが可能です。


4. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。


5. 放射光X線トモグラフィー
放射光(シンクロトロン放射)から得られる高輝度・高エネルギーのX線を用いて、試料の三次元構造を高分解能で可視化する技術です。試料を様々な角度からX線で撮影し、透過したX線から得られた二次元画像をコンピュータで再構成することにより、三次元的な構造情報が得られます。


本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ先>
京都大学 白眉センター/理学研究科地球惑星科学専攻 特定助教
松本徹 (まつもととおる)

<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学渉外・産官学連携部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

東北大学理学研究科広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
E-mail:sci-prmail.sci.tohoku.ac.jp

自然科学研究機構・分子科学研究所研究力強化戦略室広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
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高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課
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大規模計算とその場測定を用いて多元セシウム塩化物を効率的に探索


2024年10月21日
北海道大学
広島大学
高輝度光科学研究センター
京都大学
産業技術総合研究所


ポイント

・第一原理計算による大規模構造予測を用いて多元系セシウム塩化物を探索。
・放射光X線回折による高速スクリーニングにより新規セシウム塩化物の合成に成功。
・計算と実験の融合で新材料探索の加速に期待。


北海道大学大学院工学研究院の三浦 章准教授、忠永 清治教授、Google DeepMindのムラタサン・アキョル博士、エキン・ドッシュ・キュベック博士、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉 千佳子教授、高輝度光科学研究センターの河口 彰吾主幹研究員、京都大学大学院工学研究科の陰山 洋教授、産業技術総合研究所の李 哲虎首席研究員らの研究グループは、大規模第一原理計算(量子力学の基本原理に基づいた理論計算)による計算予測とその場X線回折、中性子回折、電子回折を用いて、効率的な新規化合物探索手法を提案しました。
近年の大規模計算によって、莫大な数の安定化合物の結晶構造予測がなされ、広範な材料探索空間が提唱されています。しかし、これらの構造の多くは実験的に合成されていないものが大半であり、効率的に探索するための計算科学と実験を組み合わせた手法は必要不可欠です。本研究では、半導体及び蛍光材料として盛んに研究されている多元系セシウム塩化物をターゲットとして新規化合物の発見を目指し、大規模第一原理計算と放射光X線回折によるスクリーニング、中性子回折及び電子顕微鏡観察による構造解析によって、3種類の新規セシウム塩化物を発見しました。本手法は、探索的な材料科学やハイスループット実験の分野における展開が期待できます。
なお、本研究成果は2024年10月16日(水)公開のJournal of the American Chemical Societyに掲載されました。

論文情報
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
題名 :Efficient Exploratory Synthesis of Quaternary Cesium Chlorides Guided by In Silico Predictions
著者:三浦 章1*、Muratahan Aykol2*、小崎 舜真3、森吉 千佳子4、小林 慎太郎5、河口 彰吾5、李 哲虎6、王 永明1、Amil Merchant2、Simon Batzner2、陰山 洋3、忠永 清治1、Pushmeet Kohli2、Ekin Dogus Cubuk2*1北海道大学大学院工学研究院、2Google DeepMind、3京都大学大学院工学研究科、4広島大学大学院先進理工系科学研究科、5高輝度光科学研究センター、6産業技術総合研究所省エネルギー研究部門、*責任著者)
DOI:10.1021/jacs.4c10294



本研究で提案した計算科学とその場測定を用いた新規材料探索のスキーム


【背景】

超伝導体や次世代二次電池といった革新的な技術につながる機能性材料の発見は、ますます重要になっていますが、複雑な組成を持つ新規物質は組成の自由度が高く、網羅的な探索は困難です。近年、人工知能(AI)を用いた大規模な密度汎関数理論(DFT)*1では、数千の安定な化合物が予測されており、広範な材料探索空間が提唱されています。研究グループは、これらの計算による予測を用いることで、合成実験の前にコンピューターでターゲットに合理的に優先順位を付け、合成中の相変化を、高速温度変化計測を行える「その場測定」で明らかにすることで、新材料の探索の加速ができると考えました。


【研究手法及び研究成果】

本研究では、半導体及び蛍光材料として盛んに研究されている新規多元系セシウム(元素記号はCs)塩化物(塩素の元素記号はCl)をターゲットとして新規化合物の発見を目指し、一般式 CsxAMCl6(x=2または3、AとMには異なる金属)を持つ、未報告または十分に調査されていない化合物を効率的に探索しました。
最初に、絶対零度*2での第一原理計算による既知及び未知化合物の大規模安定性の評価と、結晶構造データベース及び文献調査によって、報告されていないもしくは結晶構造が十分明らかになっていない化合物のリストを作成しました。このアプローチにより、合成ターゲットの範囲を大幅に絞り込むことが可能になります。
次に、塩化物前駆体の安定性と入手可能性を考慮し、高温での塩化物前駆体間の固相反応を行います。固相反応の過程を、高速温度変化計測可能な大型放射光施設SPring-8*3のBL13XUにおける放射光XRDによって明らかにしました。
最後に、AサイトとMサイトの部分的な占有を仮定し、X線回析と中性子回析、電子回折を用いて解析し、Cs2LiCrCl6及びCs2LiRuCl6の新規多形*4とCs2LiIrCl6の発見に成功しました(図1)。


【今後への期待】

本研究は、最先端の計算科学と大規模施設での合成及び反応解析を組み合わせることで、新規材料探索のフレームワークを提案しています。本研究は、セシウム塩化物のみならず他の材料系に展開可能であり、将来的には温度や圧力、合成反応、材料特性といった知見を組み合わせることで、新材料探索を加速させることが期待できます。


【謝辞】

本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP20KK0124)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(JPMJPR21Q8)の支援を受けて行われました。


【参考図】



図1.Cs2LiCrCl6の結晶構造モデル(結晶構造可視化ソフト「VESTA」で作成)。Cs-Cl14面体の空隙をLi(緑)とCr(青)が占有している。


【用語解説】


*1. 密度汎関数理論(DFT)
第一原理計算手法の一つ。固体や分子のエネルギーや物性を電子密度から計算する理論的手法のこと。結晶構造モデルの予測にも広く用いられている。


*2. 絶対零度
−273.15 ℃のこと。


*3. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


*4. 多形
同一の化学組成であるが結晶構造が異なること。例えば、ダイヤモンドはグラファイトの多形である。


本件に関するお問い合わせ先
<研究内容に関すること>
北海道大学大学院工学研究院 准教授 三浦 章(みうらあきら)

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ 安藤裕輔(あんどうゆうすけ)
TEL 03-3512-3526  FAX 03-3222-2066  メール prestojst.go.jp

<本件に関するお問い合わせ先>
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-pressgeneral.hokudai.ac.jp

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高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課(〒679-5198 佐用郡佐用町光都1-1-1)
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TEL 029-862-6216  メール hodo-mlaist.go.jp

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TEL 03-5214-8404  FAX 03-5214-8432  メール jstkohojst.go.jp

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TEL 03-3512-3526  FAX 03-3222-2066  メール prestojst.go.jp

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\100兆分の1秒のダイナミクスを初めて捉えた!/ 高強度レーザーで固体がプラズマへ瞬間的に遷移 ―レーザー核融合や高エネルギー密度科学の発展に期待―


2024年9月5日
大阪大学
高輝度光科学研究センター


【研究成果のポイント】

高強度レーザー※1で銅薄膜を加熱し、固体状態からプラズマ※2へ瞬間的に相転移する過程を、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)※3を使った新たな計測法により、100兆分の1秒の精度で捉える高速撮影に成功。
♦この高速撮影により、プラズマの周辺には、固体とプラズマの中間のプラズマ遷移状態が存在することが明らかに。
♦この発見は、物質の4つの基本状態の1つであるプラズマ状態へどのように変化するのかを明らかにするものであり、レーザー核融合の燃料プラズマ形成などの理解促進に期待。


大阪大学レーザー科学研究所の千徳靖彦教授と米国ネバダ大学リノ校の澤田寛准教授を中心とする高輝度光科学研究センター(日本)、理化学研究所放射光科学研究センター(日本)、SLAC国立加速器研究所(米国)、アルバータ大学(カナダ)、ローレンス・リバモア国立研究所(米国)、ロチェスター大学(米国)の国際共同研究チームは、X線自由電子レーザー施設「SACLA」による高速イメージングにより、高強度レーザーにより加熱された固体の銅薄膜内部のプラズマへの遷移過程を捉えることに成功しました。高強度レーザーパルスの加熱時間は100兆分の1(10-14)秒程度であり、加熱で生じる高速電子(ほぼ光速で移動)のダイナミクスが、プラズマ状態の発展を支配するため、その瞬間を捉える手法は存在しませんでした。本研究では、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた高空間・時間分解計測手法を開発し、加熱された銅薄膜内部のプラズマ状態への発展の様子を世界で初めて捉えることに成功しました(図1)。
高速電子による高密度プラズマの加熱物理は、レーザー科学研究所が進めるレーザーフュージョンエネルギー実現に不可欠な高効率核融合方式(高速点火方式)に関する重要な知見です。また、実験では銅薄膜が瞬時にプラズマへ変化する過程で、固体―プラズマ遷移状態(Warm Dense Matter)※4と呼ばれる、プラズマと金属の中間の状態に変化することが明らかになりました。この状態の物性情報は、惑星内部やレーザー核融合の燃料球の状態の解明に必要なものです。現状、高強度短パルスレーザーとX線自由電子レーザーを同時に利用できる実験施設は、日本のSACLAの他に米国SLAC国立加速器研究所とドイツのEuropean XFELのみであり、本研究はX線自由電子レーザーを、高強度レーザーによる加熱物理の解明に応用した初めての結果であり、さらなる高エネルギー密度科学、レーザーフュージョンエネルギーを目指した研究の応用が期待されます。
本研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Nature Communications」に、9月5日(木)18時(日本時間)に公開されました。

論文情報
雑誌名: Nature Communications
題名 :Spatiotemporal Dynamics of Fast Electron Heating in Solid Density Matter via XFEL
著者:H. Sawada, T. Yabuuchi, N. Higashi, T. Iwasaki, K. Kawasaki, Y. Maeda, T. Izumi, Y. Nakagawa, K. Shigemori, Y. Sakawa, C. B. Curry, M. Frost, N. Iwata, T. Ogitsu, K. Sueda, T. Togashi, S. X. Hu, S. H. Glenzer, A. J. Kemp, Y. Ping and Y. Sentoku
DOI:10.1038/s41467-024-51084-4


【研究の背景】

高強度短パルスレーザーは、物質を100兆分の1秒(10フェムト秒)という短い時間で数百万度から一億度まで一気に加熱することが可能です。加熱時間が短いため、物質は固体密度を維持したままプラズマへ相転移し、太陽内部以上の高エネルギー密度状態になります。このような超高速加熱を等積加熱と呼び、既知の密度の値をもつ非平衡輻射プラズマを生成することができます。これらのプラズマは、状態方程式や熱伝導、X線吸収過程などの原子過程の研究やレーザー核融合の基礎研究のプラットフォームとして利用されています。
しかし、高強度短パルスレーザーによる加熱現象は、現象の時定数の短さと加熱領域がミリメートル以下と小さいため、現象の詳細を捉えることが難しく、その詳細は実験では明らかになっていませんでした。特に密度が高い固体や高密度プラズマの内部を診断するための高空間・時間分解計測手法の開発が求められていました。



図1. (a)高強度短パルスレーザーにより加速された高速電子による銅薄膜の加熱の模式図
(b)固体から高温プラズマへの加熱過程と計測結果
(c)レーザー照射された銅薄膜のX線撮影像の時間発展


【研究の内容】

本研究では、高強度短パルスレーザーにより生成された高速電子が、固体の銅薄膜を等積加熱する様子を、高空間・時間分解能を有するX線自由電子レーザーを用いて超高速撮影しました。レーザーが照射された銅薄膜を、100兆分の1秒のX線パルスで撮影すると、加熱された領域のX線の透過率の変化が観測されました(図1)。この加熱領域の時間変化は、2つのレーザーのタイミングを変えることで捉えられ、最終的に銅薄膜表面が変形することで現れる干渉縞も撮影されました。これらの結果は、銅薄膜が加熱され、平衡状態に至り、その後冷却される時間発展を詳細に捉えたものです。
さらに、X線の光子エネルギーを変化させて得られた実験データと、高強度レーザーと物質の相互作用をシミュレーションした結果を比較しました。衝突過程やイオン化過程を組み入れたプラズマ粒子シミュレーションによる解析により、レーザーが照射され高温・高イオン化された状態の領域と、高速電子が伝搬したレーザースポット周辺領域は異なる状態にあり、周辺部は低温でイオン化が進んだ縮退状態のプラズマ遷移状態であることが明らかになりました。
これらの結果は、「高速電子による加熱」=「電子温度の上昇」という従来の考え方と異なり、非平衡プラズマでは、温度とイオン化の上昇が異なり独立していることを示唆しています。この知見は、原子核物理計算のモデルの検証などに応用が期待されます。


【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】

本研究では、X線自由電子レーザーを用いた超高速撮影により、高強度短パルスレーザーで2種類の高温・高密度プラズマ状態が1兆分の1秒(1ピコ秒)以内に形成されることを明らかにしました。特に、高温プラズマの加熱過程は、レーザーフュージョンエネルギー達成に不可欠な高効率核融合点火を実現する上で、重要な基礎物理過程です。さらに、高強度・高エネルギーのレーザーを使用することで、高密度燃料の点火条件に近づくことが期待されます。また、本研究で開発した計測手法は、圧縮された燃料球のような高密度プラズマの診断に有効で、レーザー核融合や高エネルギー密度科学の一層の発展が期待されます。


【特記事項】

本研究は、科研費(国際共同研究加速基金B, 基盤研究A, 特別研究員奨励費)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ、大阪大学レーザー科学研究所、高輝度光科学研究センター、理化学研究所放射光科学研究センター、米国ネバダ大学リノ校、SLAC国立加速器研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ロチェスター大学、カナダアルバータ大学、の国際共同研究として行われました。


【千徳教授のコメント】

強いレーザー光が物質を加熱しプラズマを形成する過程は、100兆分の1秒という短い時間に瞬間的に起こるため、これまでは数値シミュレーションでしか加熱過程の詳細を見ることができませんでした。今回、XFELという新しい目を使って、極短時間に物質がプラズマへと遷移する様子を捉えることに初めて成功しました。XFELによる計測結果が私たちの予測と良い一致をみたことは、理論研究者として喜びを感じます。一方、予測と異なる発見もあり、今後の理解の深化につながる成果と考えています。


【用語解説】


※1. 高強度レーザー
光のエネルギーを1兆分の1 (10-12) 秒程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することで、レーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億(108)気圧以上に増強したレーザー。


※2. プラズマ
電子とイオンの集団状態をプラズマと呼ぶ。物質が加熱され液体から気体になり、さらに加熱されると原子の周りの電子が剥ぎ取られて、プラズマ状態になる。そのため、物質の第4状態とも呼ばれる。多数の電子とイオンが集団として動くことが特徴。


※3. X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)
X線領域のパルス状のレーザー。従来の放射光源と比較して、非常に短い時間パルス幅と高い輝度を実現している。光子エネルギーが数keVから数十keVのような硬X線領域の場合は、その高い透過性能をいかして高密度の物質の内部の状態を見ることができる。


※4. プラズマ遷移状態(Warm Dense Matter)
金属などの固体がプラズマ状態に遷移する過程で現れる中間状態で、プラズマとしての性質と固体としての性質を併せ持つ。惑星内部など超高圧下にある物質はプラズマ遷移状態にあり、実験室では、高強度レーザーを照射することで同等の状態が作り出される。


本件に関するお問い合わせ先
大阪大学 レーザー科学研究所 教授 千徳靖彦(せんとくやすひこ)

大阪大学 レーザー科学研究所 庶務係
TEL:06-6879-8714
E-mail: rezaken-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
E-mail: kouhouospring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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キヤノンがペロブスカイト太陽電池向けの高機能材料を開発 耐久性と量産安定性の向上に期待


2024年6月18日 キヤノン株式会社様ニュースリリースに
ビームライン名、論文の著者名を追記して掲載しています。


キヤノンは、ペロブスカイト太陽電池の耐久性および量産安定性を向上させることが期待される高機能材料を開発しました。今後、さらなる技術開発を進め、2025年の量産開始を目指します。

ペロブスカイト太陽電池 新開発の高機能材料を積層したペロブスカイト太陽電池の構造

脱炭素社会の実現に向けた有効な手段の一つとして、太陽電池の利用拡大が進んでいます。現在の主流となっているシリコン型太陽電池は、家庭用から事業用まで多くのソーラーパネルで採用されていますが、ガラスなどを基板に用いるため、重量に耐えられる強度のある場所にしか設置できないことが課題に挙げられています。これに代わる、次世代の太陽電池として注目されているのが、ペロブスカイト太陽電池です。軽量で曲げられるほか、室内光でも発電できるため、シリコン型と比較して設置の自由度が高くなります。さらに、大掛かりな製造装置を必要としないため、設備投資コストの抑制も期待されています。


しかし、ペロブスカイト層(光電変換層)中の結晶構造は、大気中の水分、熱、酸素などの影響を受けやすく、耐久性が低いことが知られています。また、大面積のペロブスカイト太陽電池は量産安定性が低いという課題があります。これらの課題を解決するには、光電変換層を被覆する膜の必要性が認識されています。そこでキヤノンは、複合機やレーザープリンターの基幹部品である感光体の開発を通して培ってきた材料技術を応用し、光電変換層を被覆する高機能材料を開発しました。


本材料は、従来の材料では難しかった、高い光電変換効率を維持しながら光電変換層を厚く被覆できることが特長です。従来の被覆層は数十nm程度であるのに対し、本材料は100-200nmで被覆が可能です。キヤノンはペロブスカイト太陽電池の発明者である桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らとのSPring-8(BL02B1, BL19B2)を用いた共同研究を通じて性能評価を行った結果、本材料がペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に寄与する可能性が実証され、量産安定性の向上も期待できることが確認されました。これらの課題解決により、ペロブスカイト太陽電池の普及に貢献することが期待されます。本材料について、宮坂特任教授は「ペロブスカイト太陽電池の層構造の中に、この新規の高機能材料による層を追加することで、ペロブスカイト太陽電池の量産化に向けた課題の解決が期待できる」と述べています。


キヤノンはペロブスカイト太陽電池の量産に取り組む企業との協業を目指して、2024年6月に本材料のサンプル出荷を開始します。今後、さらなる技術開発を進め、2025年の量産開始を目指します。


キヤノンは、テクノロジーとイノベーションの力で新たな価値を創造し、社会課題の解決に貢献していきます。


※ 1nm(ナノメートル)は、10億分の1メートル。


〈本材料に関する論文について〉

なお、本材料の研究成果をまとめたキヤノンと桐蔭横浜大学の共著論文は、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行する、査読付き国際学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。
論文タイトル:A phthalocyanine-Based Polycrystalline Interlayer Simultaneously Realizing Charge Collection and Ion Defect Passivation for Perovskite Solar Cells
著者名:Tatsuya Ohsawa, Naoyuki Shibayama, Nobuhiro Nakamura, Shigeto Tamura, Ai Hayakawa, Yohei Murayama, Kohei Makisumi, Michitaka Kitahara, Mizuki Takayama, Takashi Matsui, Atsushi Okuda, Yuiga Nakamura, Masashi Ikegami and Tsutomu Miyasaka
論文URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/ta/d4ta02491e


〈新開発の高機能材料について〉

キヤノンが開発した高機能材料を光電変換層に被覆することで、結晶構造中の材料の分離を抑制し、ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に貢献。また、新開発の材料は半導体特性を有するために高い光電変換効率を維持しながら厚く被覆することが可能で、量産安定性向上にも期待。


  1. 新開発の高機能材料を積層した
    ペロブスカイト太陽電池の断面図(イメージ)
  2. 左:新開発の高機能材料を積層した
    ペロブスカイト太陽電池の断面図の顕微鏡写真
    *HTL、電極は未積層
    右:新開発の高機能材料

〈ペロブスカイト太陽電池 光電変換層の性質〉

大気中の水分、熱、酸素などの影響で、光電変換層中の結晶構造は材料が分離し、分解。ペロブスカイト太陽電池の耐久性に影響。

  1. 未使用の
    ペロブスカイト太陽電池の断面図(イメージ)
  2. 経年劣化した
    ペロブスカイト太陽電池の断面図(イメージ)

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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