溶けたパラジウム―鉄合金の異常な体積膨張の起源を解明
-金属製品開発の高精度化に期待-
2024年2月29日
東京工業大学
高輝度光科学研究センター
東北大学
光科学イノベーションセンター
本研究のポイント
○未解明だったパラジウム-鉄合金での体積膨張(過剰体積効果)の起源を電子状態から説明することに成功。
○金属結合の弱体化によりパラジウム原子が鉄原子から離れることが体積膨張の原因であることを発見。
○金属溶液モデルの高精度化による、3Dプリンティングなどのシミュレーションの最適化に期待。
東京工業大学 物質理工学院 渡邉学助教、田中友規研究員、合田義弘准教授、公益財団法人 高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 高木康多主幹研究員、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 中村哲也教授、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 高田昌樹教授(一般財団法人 光科学イノベーションセンター 理事長 兼任)、東北大学 多元物質科学研究所 福山博之教授、安達正芳講師、打越雅仁准教授らの共同研究グループは、パラジウム―鉄合金が混合時に示す未解明の体積膨張(過剰体積※1効果)の起源を、電子状態から説明することに成功した。 論文情報 |
図1(a)小石と砂を混ぜる場合:小石の隙間(空孔)に砂が入り込むため混ぜる前より混ぜた後の方が、体積が減少する。 (b)パラジウムと鉄原子を混ぜる場合:混ぜることにより体積が増加する(過剰体積効果)。合金内のパラジウム原子の原子同士を引き付ける力(金属結合)が弱体化し、パラジウム原子が鉄原子から離れようとする。これにより体積が増加する。
【背景】
溶接、鋳造、3Dプリンティングなどのように、金属を溶かして金属製品を製造する過程では、数値シミュレーションを用いて金属製品が作製可能であるかどうかの推定が行われている。現状ではこのシミュレーションは金属溶液モデルを用いて行われているが、単純な溶液モデルに基づいて計算されているために信頼性は低く、高精度なデータに基づく新たな溶液モデルの構築が必要となっている。
金属の溶液モデルの研究は、1937年のScatchard[1]の報告以来、80 年以上という長い期間にわたって行われてきたため、基礎研究はほとんど完了したと思われていた。しかし、研究グループの以前の研究により、規則-不規則変態※2を示す二元系合金の溶融状態では、従来の溶液モデルでは説明できない異常な体積膨張、いわゆる「過剰体積効果」が生じていることが明らかになった。
小石と砂を混ぜると、小石同士の隙間に砂粒が入るため、混ぜても全体の体積があまり増えない。同じように、原子サイズの異なる2種類の金属を混ぜて合金化すると、その体積は混ぜる前の合計より小さくなるのが一般的である。(図1)ところが、パラジウムと鉄の場合に、ほぼ同じ分量同士を混ぜて合金化すると、逆に混ぜる前の合計よりも体積が増えてしまうのが「過剰体積効果」である。従来の研究ではこの過剰体積効果の起源について、合金中で原子が抜けたような空間(空孔)が通常よりも多く形成され、その分、全体として体積が増すという説明が提唱されてきた。しかし、実際に空孔が多いことを示す実験的な証拠も不十分で、長年にわたり顕著な進展がなかった。この過剰体積効果について、従来の溶液モデルの研究手法にとらわれない新たな手法を用いて、原因を明らかにする必要性があった。
[1] G.Scatchard, Change of volume on mixing and the equations for non-electrolyte mixtures, Trans. Faraday Soc. 33(1937)160-166.
【研究成果】
今回の研究では、理論計算(第一原理計算※3)を用いて、規則―不規則変態を生じ、かつ従来の研究では説明されていない大きな過剰体積効果を示すパラジウム―鉄合金の電子状態の推定を行った。その結果、鉄成分の増加とともにパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン※4の電子状態)が徐々に満たされていき、最終的には反結合軌道が全て満たされることが推定された。(図2a)この反結合軌道は原子間の結合を弱めることから、この計算結果はパラジウム原子の金属結合が弱体化したことを意味する。
この理論計算により予測されたパラジウムの電子状態の変化については、高輝度放射光X線を用いることができる大型放射光施設SPring-8※5 BL46XUでの硬X線光電子分光(HAXPES)※6測定でも同様の傾向が推定され、理論計算と実験の結果が一致した。(図2b)また、パラジウム―鉄合金の体積(モル体積)からパラジウム成分の体積の増加率(パラジウムの部分モル体積)を算出すると、鉄成分の増加とともに急激なパラジウム成分の体積の増加も得られた。(図3)これにより、パラジウム―鉄合金の過剰体積の起源は、パラジウム原子の金属結合の弱体化により、パラジウム原子が鉄原子から離れていくことで生じる体積膨張であると結論づけられる。
図2 (a)パラジウム―鉄合金の第一原理計算によって得られたパラジウムの部分状態密度、上図が上向きスピン、下図が下向きスピンを示している。(b)パラジウム―鉄合金の不規則状態試料の硬X線光電子分光(HAXPES)測定の結果。両結果とも、フェルミ準位近傍のパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン)のピークが鉄(Fe)成分の増加とともに内殻側へシフトしている。
図3 不規則相におけるパラジウム―鉄合金のモル体積および過剰体積の組成依存性。鉄成分の増加によりパラジウム成分の体積(Pdの部分モル体積)が増加し、それに伴う過剰体積効果が生じていることが分かる。
【社会的インパクト】
今回得られた知見は、80年以上にわたって基礎研究が行われてきた金属溶液モデルに関して、「電子状態」という新たな視点を考慮する必要性を示した。今後、電子状態を考慮した高精度な溶液モデルを構築することで、3Dプリンティングなどのプロセスのシミュレーションの最適化が可能となるため、金属材料の製品開発の高効率・高精度化への貢献が期待される。
【今後の展開】
今後は、東北大学青葉山新キャンパスで2024年度から運用開始の3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)の利活用による研究展開も予定している。これにより、金属溶液モデルおよび電子論研究のさらなる深化が期待される。
【付記】
本研究は、科学研究費補助金・若手研究「高温X線in-situ光電子分光法に基づく新たな金属溶液論の展開」(21K14447)のサポートを受けて実施された。
【用語解説】
※1. 過剰体積
熱力学的過剰量の1種である。混合により生じた体積の増減量を評価する指標となる。
※2. 規則―不規則変態
低温化では金属間化合物を示すが、温度上昇とともに結晶構造が不規則化し、固溶体となる変態。
※3. 第一原理計算
基礎的な物理定数と物理の基礎方程式に基づいて、物質中の原子核と電子の状態を決定するシミュレーション。実験の測定結果を入力に参照しないため、実験と独立に、実験結果の検証や機構解明に用いられる。
※4. スピン
電子が持つ自由度の一つであり、向きと大きさを持つベクトル量である。
※5. 大型放射光施設(SPring-8)
SPring-8は、兵庫県の播磨科学公園都市にある理化学研究所が所有する世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)の略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※6. 硬X線光電子分光(HAXPES)
物質に硬X線(3 ~10 keVのエネルギーの高いX線)照射することにより放出される光電子の運動エネルギー分布を測定し、試料内部に存在する元素の種類や化学結合、電子状態に関する知見を得る手法。
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(研究に関すること)
東京工業大学 物質理工学院 材料系 助教 渡邉学
E-mail:watanabe.m.cbm.titech.ac.jp
Tel/FAX:045-924-5495
東京工業大学 物質理工学院 材料系 准教授 合田義弘
E-mail:gohda.y.abm.titech.ac.jp
Tel/FAX:045-924-5636
公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
主幹研究員 高木康多
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東北大学 多元物質科学研究所 教授 福山博之
Email: hiroyuki.fukuyama.b6tohoku.ac.jp
TEL : 022-217-5178
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授 中村哲也
Email: tetsuya.nakamura.b5tohoku.ac.jp
TEL / FAX : 022-757-4566
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授 高田昌樹
(一般財団法人 光科学イノベーションセンター 理事長 兼任)
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(報道に関すること)
東京工業大学 総務部 広報課
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FAX:0791-58-2786
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
Email: press.tagengrp.tohoku.ac.jp
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TEL / FAX: 022-752-2210
(SPring-8 / SACLAに関すること)
高輝度光科学研究センター
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