放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

カンラン石の変形と結晶構造変化が誘起する深発地震


2026年4月9日
国立大学法人 愛媛大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)


【今回の研究成果のポイント】
・「深発地震」は多大な被害を引き起こすこともあるが、その発生メカニズムはよくわかっていなかった。
・世界で初めて、深発地震が発生する深さ約580 kmまでの圧力(約20万気圧)条件下でマントル鉱物(カンラン石)が変形・破壊する様子を、X線その場観察※1と微小破壊に伴って発生する超音波(AE)の測定により捉えた。
・この結果、カンラン石が変形する際に起きる、新鉱物ポワリエライトへの結晶構造変化で断層すべりが引き起こされ、深発地震発生に至ることがわかった。
・地球深部のプレートが激しい変形を被る場所ではカンラン石から新鉱物ポワリエライトへの「地震性の結晶構造変化」が起きやすいために、深発地震が頻発することが明らかとなった。


【概要】
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)大学院生の松田光平さん(博士後期課程2年)、大内智博准教授と高輝度光科学研究センターの肥後祐司主幹研究員らの研究チームは、今まで不明だった深さ400~600 kmで発生する「深発地震」の発生原因の解明につながる実験に成功しました。深発地震が発生する地下条件に相当する高温高圧下での地震発生モデル実験によって、カンラン石が変形する際に起きる、カンラン石特有の結晶構造変化(新鉱物ポワリエライトへの変化)によって断層が形成され、深発地震の発生に至ることを明らかにしました。特に小笠原諸島の地下へと沈み込む太平洋プレートは深部にて激しい変形を被っており、そこでは深発地震が多発していることが知られています。これは、本研究で発見されたカンラン石に特有の「地震性の結晶構造変化」で説明することができます。本研究成果は、アメリカ科学振興協会(AAAS)が出版する科学雑誌「Science Advances」に4月9日に掲載されました。


論文情報
掲載誌:Science Advances
題名:Faulting triggered by a quasi-diffusionless shear transition of olivine in deep subducted slabs
(和訳:カンラン石の準無拡散相転移によって起きる深部断層すべりを放射光その場観察実験によって再現)
著者:Kohei Matsuda(松田光平),Tomohiro Ohuchi(大内智博), Sayako Inoue(井上紗綾子),Yuji Higo(肥後祐司), Noriyoshi Tsujino(辻野典秀), Sho Kakizawa(柿澤翔), Takeshi Sakai(境毅)
掲載日:2026年4月9日
DOI:10.1126/sciadv.adu5158


【詳細】
私達が住む地表のプレート(厚さ約60 km)はゆっくりと流れるマントル※2に浮いているため、マントルの流れと一緒に移動します。プレート同士が衝突したり、プレートが地下深くへ沈み込む過程で地震が発生します。地震は、その震源位置の深さや場所によって分類されます。地表付近(地下10~40 km)で起きる浅い地震はプレートの境目や陸の直下で度々起きるため、津波を伴う地震や直下型地震を引き起こし、時にはマグニチュード8に達することもあるため大きな被害をもたらします。一方、『深発地震※3』は深さ300 km以深の沈み込むプレート内部で起きる地震ですが、その発生頻度は高くはありません。しかし発生した場合にはマグニチュード7クラスに達する場合が多い上、『異常震域※4』(震源から遠く離れているにもかかわらず強い揺れを観測する場所)を伴うといった特異な性質で知られています。また、深さとともに地震は起きにくくなるのが一般的ですが、深さ400~600 kmでは深発地震の発生頻度が例外的に高くなっていることも知られています。そのため、カンラン石※5(プレートの中で最も多い鉱物)の結晶構造が圧力によって変化することがきっかけとなって、『深発地震』が起きると考えられてきました。しかし深さ400~600 kmは13~21万気圧もの高圧環境下に相当するため、カンラン石を用いた再現実験は技術的に困難でした。
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)大学院生の松田光平さん(博士後期課程2年)、大内智博准教授(松田の指導教員)と、高輝度光科学研究センターの肥後祐司主幹研究員らの研究グループは、深発地震が多発する深さ400~600 kmのプレート内部に相当する温度圧力条件下(600~1050℃、15~20万気圧)での変形実験※6大型放射光施設SPring-8※7・BL04B1にて行いました。この実験ではGRCで独自に開発した高圧力環境用の測定技術を用い、カンラン石試料を押しつぶした際に発生する『アコースティック・エミッション(AE)※8』という音波を検出することに成功しました。これは、実験中に試料の中に断層が形成されたこと、すなわち実際の深発地震が発生する温度条件下における実験での地震発生を人工的に達成したことの証明になります。
通常、地球深部では圧力の上昇によって結晶構造を変化※9させ、ワズレアイトやリングウッダイトといった名前の鉱物になります。しかしこの結晶構造変化は高温環境でしか進行しないため、比較的温度の低い深部プレート内部(1100℃以下)ではカンラン石の結晶構造変化は容易に進行しません。しかしそのような深部プレート内部においてカンラン石が変形すると、カンラン石が変形する際にポワリエライト※10という別の鉱物(2021年に認定された新鉱物)の結晶構造に一旦変化してから、リングウッダイトに変化することが本研究によって明らかとなりました(図1)。この結晶構造変化の際には、結晶の周囲に多量の熱エネルギーが放出される(図2)ため、局所的な強度低下が引き起こされます。その結果、断層形成と地震が引き起こされる(図1)ことも明らかとなりました。
本研究によって世界で初めて確認された『カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化』は変形によって促進されるといった“特異性”をもちます。小笠原諸島の地下へ沈み込むプレートのうち、激しい変形を被る場所では深発地震が頻発していることが知られていますが(図3)、これはカンラン石に特有の性質ともいえる、『地震性の結晶構造変化』が変形によって促進されることに由来します。沈み込んだプレートの形状は地震観測網によって捉えることができるため、プレートの変形が激しい地域を集中的に監視することで、深発地震の発生時期・発生頻度・規模などをモデル化※11していく上での手掛かりが得られるものと期待されます。



図1.15.4万気圧、850℃の実験環境下にて上下方向からカンラン石試料を押しつぶした際に形成された断層。いずれも電子顕微鏡で撮影。
左側:試料全体の写真。試料を横断する断層(赤破線)が見られる。
右側:カンラン石の結晶構造が変形することで生成したポワリエライト。図右下は当該結晶がポワリエライトであることを示す、電子線回折パターン像。100ミクロンは1ミリの10分の1。100ナノメートルは1ミリの1万分の1。



図2.深発地震の発生メカニズムの概要。15万気圧程度の高圧力環境下でカンラン石が変形する際に、変形が結晶の一部分に集中する(左図)ことでポワリエライトへと結晶構造が変化する(中央図)。さらにポワリエライトがリングウッダイトへと結晶構造を変化する際に熱が放出される(右図)ことで、断層形成と地震発生に至る。



図3.列島下に沈み込むプレートと深発地震の概念図。マントル深部へと沈み込んだプレートが折れ曲がる場所(激しい変形を被る場所)では、深発地震が多発することが知られている。本研究の結果より、そのような場所では「カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化」が促進されるため、断層形成及び地震発生が多発しているものと考えられる。


【研究サポート】
日本学術振興会科学研究費補助金 課題番号:23H00147, 25KJ1894
深田研究助成、せこ記念財団


【用語解説】


※1. X線その場観察
高温高圧実験において、実験試料が変化している最中の様子をリアルタイムでX線を用いて観察する方法。


※2. マントル
地球の岩石層であるマントルは最主要構成鉱物の種類に対応して、上部マントル(深さ約60~410 km)、マントル遷移層(410~660 km)、下部マントル(660~2900 km)の3つの領域に区分される。上部マントルは我々が住むプレートの下に位置するため、上部マントルの流れがプレート移動や沈み込みの原因となる。ちなみに、2900 kmより深い部分、中心の深さ6400 kmまでは金属(鉄やニッケル)を主成分とする核である。


※3. 深発地震
2015年5月30日の小笠原諸島西方沖地震(深さ682 km、マグニチュード8.2)をはじめとして、深発地震は規模(マグニチュード)が大きい場合が多い。深発地震は地球深部で起きるために災害に至るケースは少ないものの、1994年6月8日のボリビア深発地震(深さ631 km、マグニチュード8.2)のように災害に至るケースもある。


※4. 異常震域
深発地震は地球深部へと沈み込んだプレート内部で起きる。プレートは周囲のマントルよりも温度が低いため、地震波が伝わりやすい性質をもつ。そのため、深発地震が起きた場合では、震源に近い側の地表ではそれほど揺れず、震源からより遠い海溝側の地表がよく揺れることとなる。このように震源よりも遠いにもかかわらず、震度が(震源に近い地域よりも)高くなる地域のことを異常震域と呼ぶ。



図4:日本列島における異常震域出現の概念図

※5. カンラン石
カンラン石は上部マントル及びプレートの最主要構成鉱物であり(6~7割を占める)、その化学組成はMg1.8Fe0.2SiO4で表される。マントル遷移層では、同じ化学組成をもつが結晶構造が異なるワズレアイトやリングウッダイトに変化する。


※6. 変形実験
マルチアンビル型高圧発生装置の一種である、D-DIA型変形装置(図5)を用いて行う。6つのアンビルを大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に高圧力を発生させたうえに、その試料を上下方向から押しつぶし、試料を変形させることができる機能をもつ。さらに放射光X線を試料にあてることにより、試料にかかっている圧力、差応力、歪を測定することができる。



図5:SPring-8に設置のD-DIA型変形装置。

※7. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。


※8. アコースティック・エミッション(AE)
微小破壊音とも呼ばれる。クラック(割れ目)が成長する際に放出される弾性波のことであり、一般的には50 kHz~5 MHzの範囲の周波数をもつ。高温高圧環境下においてクラックを直接観察するのが困難なため、AEが検出されれば、発生源にクラックが存在することの強い証拠となる。自然地震との共通点も多いことから、実験室における“ミニ地震”と呼ばれることもある。ちなみに、人間の耳は20 Hz~20,000 Hz (20 kHz)が可聴範囲なので、このAEは聞こえない。


※9. 圧力による結晶構造の変化
カンラン石は、特定の圧力に達すると結晶構造を変化させて別の鉱物となる。マントル遷移層上部(410~470 km)ではワズレアイト、マントル遷移層下部(470~660 km)ではリングウッダイトとなる。しかしこれらの結晶構造変化は熱エネルギーを要するため、1100℃以上の高温環境下でないと進行しない。


※10. ポワリエライト
ワズレアイトとリングウッダイトの中間的な結晶構造をもつ鉱物。フランスのポアリエ教授らの研究グループによってその存在が理論的に予測され、海洋開発研究機構の富岡博士によって隕石中から世界で初めて発見され、2021年に新鉱物として認定された。カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化は高圧力だけでは進行せず、14万気圧以上の高圧環境下での「カンラン石の変形」が必要となる。カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化は変形のエネルギーによって進行するため、理論上では室温のような低温環境でも進行しうるといった特異な性質をもつ。なお、ポワリエライトの結晶構造は比較的不安定なため、最終的にはワズレアイトあるいはリングウッダイトに変化しやすい。


※11. 深発地震の発生メカニズムのモデル
2022年9月に大内智博准教授らの研究グループは、カンラン石がナノ粒子化することによっても深発地震発生に至ることを報告した。カンラン石からワズレアイトやリングウッダイトへと結晶構造が変化する際、カンラン石結晶のサイズが100 nm(1 mmの1万分の1)程度かそれ以下となる場合がある。その場合、超塑性などの特殊な変形メカニズムが起きやすくなるためにナノ粒子からなる箇所は強度が低下し、断層形成に至ることがある。しかしこのモデルが適用できるのは、地震発生場の中でも比較的温度の高い場所に限られるため、温度の低い場所で起きる深発地震の原因は不明なままであった。しかし本研究で明らかになった「カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化による断層形成」であれば、温度の低い場所で起きる深発地震の原因を説明可能である。2022年9月と今回の成果より、深発地震の発生メカニズムの統一的な理解が進展したと言える。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 大内 智博

高輝度光科学研究センター(JASRI)回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司

(愛媛大学に関すること)
愛媛大学総務部広報課
TEL:089-927-9022
E-mail:kohoatstu.ehime-u.ac.jp
愛愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
TEL:089-927-8165
E-mail:grcatstu.ehime-u.ac.jp

(SPring-8に関すること/SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 大内 智博

高輝度光科学研究センター(JASRI)回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司

(愛媛大学に関すること)
愛媛大学総務部広報課
TEL:089-927-9022
E-mail:kohoatstu.ehime-u.ac.jp
愛愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
TEL:089-927-8165
E-mail:grcatstu.ehime-u.ac.jp

(SPring-8に関すること/SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

国産高解像度宇宙X線望遠鏡の開発に成功
~天文学×放射光科学の融合で「激動の宇宙」を視る~


2026年4月8日
名古屋大学
東京大学先端科学技術研究センター
夏目光学株式会社
名城大学
理化学研究所


【本研究のポイント】
⚫︎天文学分野と放射光科学分野の技術を融合し、国産の高解像度宇宙X線望遠鏡注1)の開発と性能実証に成功した。
⚫︎大型放射光施設SPring-8注2)の約1km長尺ビームラインを活用し、高輝度かつ見かけ上ほぼ点光源となるX線評価システムHBX-KLAEES注3)を構築した。
⚫︎性能評価の結果、FWHM注4) 0.7秒角注5)HPD注6) 14秒角という高い解像度を達成した。
⚫︎開発した望遠鏡は太陽フレア観測ロケットFOXSI-4に搭載され打ち上げられ、今後は超小型衛星や小型惑星探査機など小型飛翔体による高解像度宇宙X線観測の基盤技術となることが期待される。


名古屋大学大学院理学研究科の三石 郁之 講師、藤井 隆登 博士前期課程学生(研究当時)、作田 皓基 博士後期課程学生 (研究当時、現 東北大学大学院理学研究科 博士)、安福 千貴 博士後期課程学生、吉田 有佑 博士後期課程学生、吉原 諒 博士前期課程学生、東京大学先端科学技術研究センター 三村 秀和 教授、夏目光学株式会社 橋爪 寛和 取締役常務、名城大学理工学部 宮田 喜久子 准教授、ならびに理化学研究所放射光科学研究センター香村 芳樹 チームリーダーらによる研究グループは、天文学分野と放射光科学分野の技術を融合し、国産の高解像度宇宙X線望遠鏡の開発に成功しました。
本研究では、天文学分野において光学設計および反射鏡支持機構の設計・接着実装等の宇宙実装技術を担当し、放射光科学分野では超精密電鋳(ちゅう)法によるX線反射鏡作製と、SPring-8の長尺ビームラインを利用した高輝度無限遠点光源模擬評価システム(HBX-KLAEES)の構築が行われました。これらの技術を組み合わせて性能評価を実施した結果、FWHM 0.7秒角、HPD 14秒角という高い解像度を達成しました。
開発した望遠鏡は、日米共同太陽フレア観測ロケットFOXSI-4に搭載され、打ち上げに成功しました。本成果は、超小型衛星や小型惑星探査機など小型飛翔体による高解像度宇宙X線観測の実現に向けた重要な基盤技術となることが期待されます。
本研究成果は、2026年4月7日(日本時間)付で天文学分野の国際学術誌「Publications of the Astronomical Society of the Pacific」に掲載されました。


【論文情報】
雑誌名:Publications of the Astronomical Society of the Pacific
論文タイトル:Development of Electroformed X-ray Optics Bridging Synchrotron Radiation Technology and Space Astronomy
著者:Ryuto Fujii, Koki Sakuta, Kazuki Ampuku, Yusuke Yoshida, Makoto Yoshihara, Ayumu Takigawa, Keitoku Yoshihira, Tetsuo Kano, Naoki Ishida, Noriyuki Narukage, Keisuke Tamura, Kikuko Miyata, Gota Yamaguchi, Hidekazu Takano, Yoshiki Kohmura, Shutaro Mohri, Takehiro Kume, Yusuke Matsuzawa, Yoichi Imamura, Takahiro Saito, Kentaro Hiraguri, Hirokazu Hashizume, Hidekazu Mimura, and Ikuyuki Mitsuishi*(*責任著者)
掲載日:2026年4月7日
DOI:10.1088/1538-3873/ae3b74



開発した宇宙X線望遠鏡の外観写真(左)と得られた結像イメージ(右)


【研究背景】
宇宙では、太陽フレアやブラックホール周辺、超新星爆発や銀河団衝突など、物質が激しく加熱・加速される高エネルギー現象が数多く起こっています。これらの現象では数百万から数億度に達する高温プラズマや相対論的エネルギーを持つ粒子が生成され、その結果としてX線が放射されます。そのため宇宙X線観測は、超高温・超強磁場・超高密度・超強重力などが作り出す極限環境で起こる宇宙の激動を直接的に捉える重要な手段となっています。しかし宇宙から飛来するX線は地球大気によって吸収されてしまうため、地上から直接観測することはできません。そのためX線観測は、人工衛星や観測ロケットなどの飛翔体による宇宙観測によって行われます。
X線天文学では、主に天体からの微弱なX線を効率よく集めるための高い集光力と、天体構造を細かく識別するための高い解像度という二つの性能が望遠鏡に求められます。しかしX線は可視光のように通常の鏡では反射せず、極めて浅い角度でのみ反射するため、X線望遠鏡にはナノメートルレベルの形状精度を持つ特殊な反射鏡が必要となります。特に高い解像度を実現するためには反射鏡の形状精度が決定的に重要であり、このような高精度反射鏡の製作と、その性能を維持しつつ宇宙環境に耐える望遠鏡として実装することは非常に難しい技術課題です。実際に、高い解像度を持つ宇宙X線望遠鏡の開発はこれまで主に欧米の研究機関が主導してきました。そのため、日本のX線天文学分野において国産の高解像度宇宙X線望遠鏡を実現することは長年の重要な挑戦課題の一つとなっていました。


【研究成果】
本研究では、天文学分野と放射光科学分野の技術を融合することで国産の高解像度宇宙X線望遠鏡の開発に取り組みました。天文学分野では、宇宙観測に必要な光学設計に加え、反射鏡支持機構の設計や接着実装などの宇宙実装技術を担当しました。一方、放射光科学分野では、放射光X線光学研究で培われた超精密電鋳技術によるX線反射鏡の作製と、SPring-8の長尺ビームラインを利用した高輝度無限遠点光源模擬評価システムHBX-KLAEES(High-Brilliance X-ray Kilometer-long Large-Area Expanded-beam Evaluation System)の構築が行われました。HBX-KLAEESは、高輝度X線を用いて宇宙の無限遠天体を模擬し、X線望遠鏡の性能を精密に評価するために開発された評価システムです。
完成した望遠鏡(図1参照)の性能評価には、大型放射光施設SPring-8の約1 km長尺ビームラインBL29XUL(図2参照)を活用したHBX-KLAEES図3参照)が用いられました。このシステムでは、約10 µm程度の微小X線光源を約900 m離れた位置に配置することで、天体から到来するX線に近い極めて小さな発散角と、見かけ上ほぼ点光源となる光源サイズを同時に実現しています。さらにSPring-8の高輝度放射光を利用することで、望遠鏡像の中心の鋭い構造から広い散乱成分まで、広いダイナミックレンジでの精密なPSF注7)測定を可能にしました。このように高輝度硬X線を用いて無限遠天体を模擬し、高解像度X線望遠鏡の性能を精密に評価できる実験システムは世界的にも例がなく、HBX-KLAEESは宇宙X線光学系の性能評価のために開発された独自の研究基盤となっています。



図1:本研究で開発したX線反射鏡(左)と、反射鏡を接着実装したX線望遠鏡の組み立て構造(中央) および完成した望遠鏡の外観写真(右)



図2:大型放射光施設SPring-8の長尺ビームラインBL29XULにおける測定実験の様子。
実験ハッチ内に設置されたX線望遠鏡と検出器を用いて、X線解像度の評価を行った



図3:SPring-8長尺ビームラインBL29XULに構築した高輝度無限遠点光源模擬評価システムHBX-KLAEESの概念図。
フレネルゾーンプレートなどのX線光学素子を用いて仮想的な点光源を生成し、約1 kmの長距離伝搬により天体から到来するほぼ平行なX線を模擬する


【成果の意義】
この評価システムを用いたX線性能評価の結果、FWHM 0.7秒角、HPD 14秒角という国産として極めて高い性能を達成しました(図4)。 さらに、反射鏡単体の局所的なスポットスキャン測定では10秒角を下回る解像度が確認され、反射鏡自体が非常に高い光学性能を有することが示されました。この高い光学性能を維持したまま、反射鏡を支持機構へ接着実装して望遠鏡として組み上げることに成功し、宇宙観測機器として必要な構造的安定性と光学性能の両立を実現しました。これは国産の宇宙X線望遠鏡として非常に高い性能を示すものであり、約1 km離れた場所にある数ミリメートル程度の物体を識別できることに相当する鋭い視力に例えられます。


本研究で開発した望遠鏡は、日米共同太陽フレア観測ロケット Focusing Optics X-ray Solar Imager 4号機(FOXSI-4) に搭載され、打ち上げに成功しました。本成果は、天文学と放射光科学という異なる分野の技術を融合することで国産の高解像度宇宙X線望遠鏡を実現したものであり、今後、超小型衛星や小型惑星探査機など小型飛翔体による高解像度宇宙X線観測の実現に向けた重要な基盤技術となることが期待されます。



図4:X線望遠鏡によって得られた結像イメージ(左)と、その点像分布関数PSF(右上)および累積動径カウント関数EEF(右下)。本研究では、FWHM 0.7秒角、HPD 14秒角の高い解像度を達成した。


本研究は、名古屋大学全学技術センターの技術支援、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20K20920、JP21KK0052、JP22H00134、JP22K18274、JP23H00156)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 小規模計画、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2125)、東海国立大学機構「メイク・ニュー・スタンダード次世代研究事業」、公益財団法人岩垂奨学会および服部国際奨学財団の支援を受けて実施されました。


【用語解説】


注1)X線望遠鏡
宇宙から届くX線を集めて天体の像を作る望遠鏡。非常に浅い角度で反射させる特殊な反射鏡を用いる。


注2)SPring-8
兵庫県にある大型放射光施設。非常に明るいX線(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。


注3)HBX-KLAEES
SPring-8の長尺ビームラインを利用した評価システム。地上で天体からの平行なX線を再現できる。


注4)FWHM (Full Width at Half Maximum)
解像度の尺度の一つ。像の中心の鋭さを表し、どれだけ細かい構造を識別できるかを示す。


注5)秒角 (arcsec)
角度の単位。1度の3600分の1に相当する。1秒角は1 km先の約5 mmの物体を識別する角度。


注6)HPD (Half Power Diameter)
解像度の尺度の一つ。像のエネルギーの50%が収まる円の直径。散乱成分を含む性能評価に用いられる。


注7)PSF (Point Spread Function)
点状の光源を観測した際に得られる像の広がりを表す分布。


【関連リンク】
◆高解像度宇宙X線反射鏡開発のプレスリリース:
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20231214_sci.pdf
◆FOXSI-4搭載宇宙X線望遠鏡開発のプレスリリース:
www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20240410_sci.pdf
◆太陽X線研究グループのFOXSIのウェブサイト:
https://xray-sun.jp/foxsi
◆ミネソタ大学のFOXSIのウェブサイト (英語):
http://foxsi.umn.edu


本件に関するお問い合わせ先
<研究内容について>
名古屋大学大学院理学研究科
講師 三石 郁之(みついし いくゆき)

東京大学先端科学技術研究センター
教授 三村 秀和(みむら ひでかず)

夏目光学株式会社
取締役常務 橋爪 寛和(はしづめ ひろかず)

理化学研究所放射光科学研究センター
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)

名城大学理工学部
准教授 宮田 喜久子(みやた きくこ)

<広報窓口>
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 E-mail:nu_researchatt.mail.nagoya-u.ac.jp

東京大学先端科学技術研究センター 広報公聴・情報支援室
TEL:03-5452-5424 E-mail:pressatrcast.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-pressatml.riken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

本件に関するお問い合わせ先
<研究内容について>
名古屋大学大学院理学研究科
講師 三石 郁之(みついし いくゆき)

東京大学先端科学技術研究センター
教授 三村 秀和(みむら ひでかず)

夏目光学株式会社
取締役常務 橋爪 寛和(はしづめ ひろかず)

理化学研究所放射光科学研究センター
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)

名城大学理工学部
准教授 宮田 喜久子(みやた きくこ)

<広報窓口>
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 E-mail:nu_researchatt.mail.nagoya-u.ac.jp

東京大学先端科学技術研究センター 広報公聴・情報支援室
TEL:03-5452-5424 E-mail:pressatrcast.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-pressatml.riken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

超伝導技術が導く高エネルギー分解能X線吸収分光の新展開
―多面的な精密化学種解析: セシウムを例として―


2026年4月3日
東京大学
日本原子力研究開発機構
立教大学
理化学研究所
東京都立大学


発表のポイント
◆超伝導転移端検出器(TES)を用いた高エネルギー分解能の蛍光X線分析により、X線吸収スペクトルのより微細な構造を検出し、セシウムの化学状態を詳細に推定しました。
◆比較的高いエネルギー領域において、TESのようなエネルギー分散型の検出器を用いることで、高エネルギー分解能のX線吸収スペクトルを得たのは今回が初めてです。
◆本手法は様々な元素に適用することができ、迅速かつ高精度な化学種解析により、特に存在量の少ない微量元素についての化学状態分析が可能になると期待されます。



TESを用いた測定の概念図と1回の測定で得られる三次元データ


日本原子力研究開発機構システム計算科学センターの山口瑛子研究副主幹(兼: 東京大学大学院理学系研究科 客員共同研究員)、奥村雅彦研究主幹、立教大学大学院理学研究科の山田真也准教授、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの橋本直理研ECL研究チームリーダー(兼: 理研開拓研究所 理研ECL研究チームリーダー)、東京都立大学理学研究科の奥村拓馬准教授、東京大学大学院理学系研究科の高橋嘉夫教授(兼: 同大学アイソトープ総合センター センター長)らによる研究グループは、超伝導転移端検出器(以下、TES)(注1)を用いた蛍光X線の高エネルギー分解能測定による分析を行い、セシウム(以下、Cs)のX線吸収スペクトルの高エネルギー分解能化に成功しました。この方法により、より詳細なCsの化学状態の推定が可能であることを明らかにしました。
TESは幅広いエネルギー範囲のX線を高いエネルギー分解能で一度に検出することができるため、1回の測定で解像度の高い三次元データを得ることができます。このデータを色々な角度から解析し、X線吸収端近傍構造(以下、XANES)スペクトル(注2)共鳴非弾性X線散乱(以下、RIXS)マップ(注3)を得ることで、Csの化学状態を詳細に分析できることを示しました。TESを用いたこれらの測定はこれまで2 keV未満の軟X線領域に限られており、4 – 5 keVの領域に適応したのは世界で初めてです。この手法はCsに限らず様々な元素に適用できるため、これまで測定が難しかった微量元素などの詳細な化学種解明が可能になると期待されます。


論文情報
雑誌名:Journal of Synchrotron Radiation
題 名:Simultaneous measurements of HERFD-XANES, RXES, and RIXS of Cesium Using a Transition-Edge Sensor
著者名:Akiko Yamaguchi*, Shinya Yamada, Tadashi Hashimoto, Takuma Okumura, Yasuo Takeichi, Masahiko Okumura, Yoshio Takahashi(*責任著者)
掲載日:2026年4月3日
DOI:10.1107/S1600577526001682
URL:https://doi.org/10.1107/S1600577526001682


発表内容

XANES法は着目元素の化学状態を調べられるため、材料化学、触媒化学、地球環境化学などをはじめとする様々な分野で広く用いられています。近年、非常に高いエネルギー分解能で蛍光X線を測定することで、従来のXANESよりも鋭いピークを持つ高エネルギー分解能蛍光検出XANES (以下、HERFD-XANES)(注4)スペクトルが得られ、これにより通常のXANESでは検知できない微細な化学状態の違いを見分けられることがわかってきました。一方、蛍光X線を高エネルギー分解能で検出するために通常利用される結晶分光法では、一度に検出できるエネルギー範囲が狭く、測定時間や測定前の調整に長い時間がかかるという課題がありました。そこで本研究では、今回の測定に必要な2 keV程度の幅広いエネルギー範囲を一度に検出できるTESに着目しました。測定したCsの蛍光X線は5 keV程度であり、このエネルギー帯でのTESを用いた高エネルギー分解能測定によるXANES測定は世界初です。測定は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL37XUにて行いました。
Cs含有試料にX線を照射し、吸収端(注5)の前後で入射X線のエネルギーを少しずつ変化ながら、蛍光X線をTESで検出しました。これにより、入射X線エネルギー、発光X線エネルギー、そして発光X線の強度、の三次元のデータを1回の測定で得ることができました(図1a)。この三次元データを水平方向に切り取ることでHERFD-XANESスペクトルを得ることができ、一方、この三次元データを垂直方向に切り取ることでX線発光スペクトル(以下、XES)(注6)を得ることができます。



図1:(a) 硝酸セシウムの3次元データ、(b) 拡大図、および (c) 蛍光X線の表記法


HERFD-XANESスペクトルでは、Cs化合物に応じて異なる特徴が見られました(図2)。これらの違いはCs化合物の結合性の違いに由来すると考えられます。Cs化合物間の違いは、XESスペクトルでも確認されました。蛍光線Lβ1のXESスペクトルの強度をLα1の強度で規格化したところ、各化合物の求核性定数 En と強い相関が見られました(図3)。En は共有結合性を定量化した指標であるため、今後、未知試料についても測定を行うことで共有結合性の定量ができると考えられます。こういった化合物間の違いは、RIXSマップ(図4)でも見られました。



図2:様々なCs化合物のHERFD-XANESスペクトル



図3:Lα1で規格化したLβ1のXESスペクトルと求核性定数の関係



図4: Cs Lβ1のRIXSマップ
化合物によって散乱X線の強度やその分布が異なる


これらの結果から、1回の測定で得られる三次元データを様々な切り口で解析していくことで、Csの化学状態をより精密に調べられることがわかりました。従来の手法では、図1aに示したエネルギー範囲のデータを得るには2週間程度の測定時間が必要ですが、今回の手法では、わずか1時間でデータを取得することができました。この手法はCsだけに留まらずあらゆる元素に適用することができます。特に、TESの高いエネルギー分解能は高い元素選択性に繋がるため、存在量が少なくこれまで測定が難しかった微量元素などの化学状態解明が進むことが期待されます。


発表者・研究者等情報
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
 高橋 嘉夫 教授(兼:東京大学 アイソトープ総合センター センター長)
日本原子力研究開発機構 システム計算科学センター AI・DX基盤技術開発室
 山口 瑛子 研究副主幹(兼:東京大学 大学院理学系研究科 客員共同研究員)
 奥村 雅彦 研究主幹
立教大学 大学院理学研究科 物理学専攻
 山田 真也 准教授
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 中間子理研ECL研究チーム
 橋本 直 理研ECL研究チームリーダー(兼:理化学研究所 開拓研究所 橋本中間子理研ECL研究チーム 理研ECL研究チームリーダー)
東京都立大学 理学研究科 化学専攻
 奥村 拓馬 准教授


研究助成
本研究は、科研費「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP19K21893)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP21K18917)」、「若手研究(課題番号:JP23K17034)」、「若手研究(課題番号:JP25K21378)」の支援により実施されました。


謝辞
本研究で行った解析は、理化学研究所が設置する大型放射光施設SPring-8のビームラインBL37XUにおいて、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認のもとで実施しました(課題番号:2019A1523, 2021B1790, 2022B1523, 2023A1455, 2023A1455, 2023B1492, 2024A1484, 2024A1446, 2024A1486, and 2024A1483)。また、第一原理計算は日本原子力研究開発機構のスーパーコンピュータシステムHPE SGI8600を用いて行いました。実験の実施にあたり、BL37XU担当者の関澤央輝氏、新田清文氏ならびに本実験に関わった多くの研究者の皆様に感謝いたします。


【用語解説】


(注1)超伝導転移端検出器(TES; transition-edge sensor)
超伝導の特徴を活かし、X線の吸収によって発生した熱が抵抗値を急激に変化させる様子を測定することで、吸収したX線のエネルギーを精密に推定する検出器


(注2)X線吸収端近傍構造(XANES; X-ray absorption near-edge structure)スペクトル
高強度でエネルギー可変のX線を試料に入射し、着目元素の励起によって吸収されたX線の量を測ることで得られるスペクトル


(注3)共鳴非弾性X線散乱(RIXS; Resonant inelastic X-ray scattering)
吸収端付近のエネルギーのX線を照射した際に散乱するX線のエネルギー損失を測る手法


(注4)高エネルギー分解能蛍光検出XANES(HERFD-XANES; high-energy resolution fluorescence-detected X-ray absorption near-edge structure)
吸収元素の寿命幅と同程度または寿命幅を超える高いエネルギー分解能で蛍光X線を検出することで得られるXANES


(注5)吸収端
内殻電子が励起するエネルギー位置


(注6)X線発光スペクトル(XES; X-ray emission spectroscopy)
吸収端より高いエネルギーのX線を照射した際に発光する蛍光X線を分光することで得られるスペクトル


本件に関するお問い合わせ先
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫(たかはし よしお)

<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科
E-mail:media.satgs.mail.u-tokyo.ac.jp

日本原子力研究開発機構総務部報道課
E-mail:tokyo-houdoukaatjaea.go.jp

立教大学企画部広報課
E-mail:kohoatrikkyo.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
E-mail:ex-pressatml.riken.jp

東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
E-mail:infoatjmj.tmu.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

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<研究内容について>
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ガラスにならない酸化アルミニウムを透明な非晶質の塊に
〜5配位ピラミッドと6配位八面体からなる超高密度構造と結晶を超える誘電率を高圧力で実現〜


2026年4月7日
学校法人工学院大学
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)
国立大学法人京都大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
日本電子株式会社
国立大学法人東北大学
国立大学法人島根大学
岡本硝子株式会社
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
J-PARCセンター
公益財団法人高輝度光科学研究センター


研究の要点
* 酸化アルミニウム(アルミナ)を、室温・超高圧でミリメートル級の高密度なガラス状材料として形成
* 硬さ・熱特性・電気特性を併せ持つ新非晶質材料として、電子・機械分野での材料選択肢拡大に期待
* 高圧による緻密化を通じて性質を調整できる可能性を示し、構造制御による材料設計指針を提案


1. 工学院大学(学長:今村 保忠、所在地:東京都新宿区/八王子市)と物質・材料研究機構(理事長:宝野 和博、所在地:茨城県つくば市、以下「NIMS」)を中心とする研究チームは、京都大学、名古屋大学、日本電子株式会社、東北大学、島根大学、岡本硝子株式会社をはじめ、国内複数機関との共同研究により、従来「ガラスにならない」と考えられてきた単一成分酸化物である酸化アルミニウム(Al2O3、アルミナ)について、室温の高圧プロセスにより、ミリメートルサイズの透明な非晶質(アモルファス)の塊(バルク)を合成することに成功しました。得られた試料が、高い熱伝導率や硬さを示すことに加え、誘電率が約11.3と、代表的な結晶相であるα‐Al2O3(サファイア)の誘電率(約10)を上回ることを示しました。


2. アルミナは化学的安定性や絶縁性に優れることから、電子材料やコーティングなどで広く用いられ、産業分野を支えている基幹材料です。一方で、ガラス科学の観点ではアルミナはガラス形成能を持たず、通常の溶融法ではガラス状態のアルミナ(非晶質アルミナ)を塊として得ることができませんでした。


3. 今回、研究チームは、電気化学的に作製した多孔質非晶質アルミナ薄膜(アルマイト)に対して、室温で高圧(9.4 GPa:9万4千気圧)を印加することで、粒子界面や孔を消失させ、透明なバルク体へと一体化させました。固体核磁気共鳴分光、放射光X線回折、中性子回折、構造モデリングを組み合わせた解析により、非晶質アルミナの主要構造単位が、八面体から酸素頂点が一つ欠けたようなピラミッド(AlO5)であること、加圧によってAlO5の変形とAlO6八面体の増加が進み、両者が稜共有で連結した、通常の非晶質には見られない高密度な構造が形成されることを明らかにしました。これにより、電場に対して応答しやすい局所構造が形成され、高い誘電率の発現につながるというモデルを提案しました。


4. 本研究で示した「高圧力で、原子の配位環境(短距離構造)とその連結性(中距離構造)を制御し、物性を引き上げる」概念は、一般化できる可能性が高く、今後、誘電特性に加えて熱・機械特性を含む総合的な設計指針の確立を目指します。


5. 本研究成果は、2026年4月7日に米国化学会「Journal of the American Chemical Society」に掲載されます。


論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
タイトル:Bulk Amorphous Alumina: The Density-Driven Interplay of Pentahedral Pyramids and Octahedra for High Dielectric Permittivity
著者:Hideki Hashimoto, Yohei Onodera, Rei Okuno, Masashi Miyakawa, Hitoshi Yusa, Takashi Taniguchi, Sho Kakizawa, Shuya Sato, Takao Shimizu, Taro Kuwano, Takato Abe, Naoki Takata, Dasom Kim, Koji Yazawa, Kenzo Deguchi, Shinobu Ohki, Koji Kimoto, Shunsuke Shimizu, Yuto Okawara, Yuta Nishina, Aiko Shimada, Ryuichi Maekawa, Koji Ohara, Yuta Shuseki, Hidetoshi Morita, Tomoko Sato, Hiroyo Segawa, Hiroki Taniguchi, Atsunobu Masuno, Takeharu Yoshii, Koji Kawada, Toshinori Okura, Shinji Kohara
掲載日:2026年4月7日
DOI:10.1021/jacs.5c22344



図  本研究で合成した透明バルク非晶質アルミナの誘電率と構造

研究の背景
 酸化アルミニウム(Al2O3、アルミナ)は、高強度、化学安定性、耐摩耗性、耐食性、電気絶縁性などの優れた物性を併せ持ち、セラミックス基板、半導体製造装置部品、自動車排ガス触媒、工業用研磨材、耐火材などの幅広い産業分野で利用されています。アルミナの多くは原子が規則正しく配列した結晶ですが、一部は原子配列に規則性を持たない非晶質(アモルファス)※1のアルミナです。アルミニウム金属を電気化学的に酸化すると薄膜状の多孔質非晶質アルミナが得られ、電子部品、コーティング材などとして利用されています。身近な日用品(やかん、鍋、弁当箱など)の表面にも耐食・耐久性向上を目的に非晶質アルミナ膜が形成されています(アルマイト処理)。一方、代表的な非晶質材料といえばガラス※2(窓ガラスのような厚みのある塊(バルク)状態の非晶質物質)ですが、アルミナは古くから「ガラスにならない酸化物」とされ、従来の溶融法ではガラスを作ることはできません。そのため、非晶質アルミナの研究は薄膜・多孔体・ナノ粒子に限定され、緻密なバルク非晶質アルミナを合成することはできませんでした。


研究内容と成果
 本研究では、電気化学的に作製した多孔質非晶質アルミナ薄膜に対して、室温で高圧力を印加し(高圧合成※3)、粒子界面および孔を消失させることで、ミリメートルサイズの緻密なバルク非晶質アルミナを合成しました。ダイヤモンドアンビルセルによるその場観察では、加圧に伴う粒子の粉砕・再配列と、一定圧力以上での粒子境界の消失が確認され、さらにベルト型高圧装置を用いて室温で高圧(9.4 GPa:9万4千気圧)を印加することによりバルク試料の合成に成功しました(図1)。

 

得られたバルク非晶質アルミナは、加圧による密度の上習に加えて、ガラス状材料としては高い熱伝導率と硬さを示しました。さらに、誘電率(比誘電率)※4が約11.3と高い値を示し、結晶のα‐Al2O3(サファイア)を上回りました(図2)。誘電率の周波数依存性は小さく、室温付近では誘電損失(tanδ)が低いことから、高密度化により高速な分極応答が高められていることが示唆されました。
 物性の起源となる構造を明らかにするため、27Al 固体核磁気共鳴分光法(NMR)、量子ビーム回折※5(大型放射光施設SPring-8(BL04B2)の放射光X線回折およびJ-PARC・MLF(BL21)の中性子回折)を用いた実験と、回折データとNMRで得られた配位数※6の比率を同時に再現する構造モデリングを実施しました。その結果、非晶質アルミナの主要構造単位が、一般的なガラスに見られる四面体(AlO4)や結晶に見られる八面体(AlO6)に加えて、「八面体から酸素頂点が一つ欠けたような歪んだピラミッド形状」の5配位多面体(AlO5)であることを見いだしました(図3左)。さらに加圧によってAlO6八面体が増え、AlO5ピラミッドがより歪むとともに、AlO5/AlO6稜共有※7で連結した結晶の様な高密度マトリクスが形成されることが示されました(図3右)。研究チームは、この歪んだAlO5が電場に対して変形しやすい「不安定な局所構造単位」として働き、AlO6の増加との相乗効果で高い誘電応答をもたらすというモデルを提案しました。すなわち、今回の高誘電率は「組成」ではなく「密度による局所配位と中距離構造(稜共有マトリクス)の制御」によって実現された点に特徴があります。


今後の展開
 本研究は、100年以上にわたり常識とされてきた「アルミナはガラスにならない」という限界を打ち破る挑戦から始まり、試行錯誤を重ねた結果、アルミナをガラス状の塊として得るという画期的な成果に到達しました。さらに、高圧による緻密化を通じて材料の構造を制御し、優れた物性を引き出せる可能性を示しました。これは最先端の高圧合成、物性計測、構造解析技術の高次元での連携により実現した成果であり、物質・材料探索に新機軸を打ち出すものです。今後は、本手法を一般化し、新規材料の合成を進めていきます。得られた知見が蓄積され、将来的な理論計算やデータサイエンスとの連携が進むことで、今までにない構造と物性を示す革新的な材料の発見・開発につながっていくことが期待されます。



図1 高圧力印加によるバルク非晶質アルミナの合成

(左)高圧その場観察用ダイヤモンドアンビルセル
(中央)高圧力印加下での非晶質アルミナのバルク化その場観察結果
(右)ベルト型高圧装置によって合成されたバルク非晶質アルミナ、薄片化(右上)することで透明性が確認できる。



図2 バルク非晶質アルミナの物性データ

今回合成した非晶質アルミナの物性(赤)は密度、熱伝導率、硬さ(ビッカース硬さ)、誘電率のすべてにおいて代表的なガラスであるシリカ(SiO2)ガラスを上回った。また、硬さについては代表的な高硬度ガラスであるアルミノケイ酸塩(60Al2O3–40SiO2)ガラスを上回っている。誘電率においては、代表的な結晶相であるα‐Al2O3を超える値を示した。



図3 バルク非晶質アルミナの主要単位と構造モデルの変化

(右)非晶質アルミナの高圧力印加によるバルク化に伴う構造モデルの変化。バルク化に伴い、AlO5ピラミッド構造(赤)とAlO6八面体(オレンジ)の稜共有による高密度マトリクスが形成されている。


【用語解説】


※1. 非晶質(アモルファス)
結晶のような規則正しい原子配列(長距離秩序)を持たず、原子配列が乱れた固体。最近接原子間距離に相当する短距離では特徴的な構造単位(短距離秩序)を持つことが知られているが、複数の構造単位が連結し、短距離を超えたスケールに形成される中距離秩序が物性に強く影響することが近年の研究で報告されている。


※2. ガラス
非晶質の中でもガラス転移を示す物質。ガラスは通常、溶融した酸化物の液体を急速に冷却(急冷)することで得られる。ガラスとなる物質は、急冷の過程で、過冷却液体(凝固点以下の温度でも液体の状態)から原子配列が乱れたまま凍結したガラス状態に転移(ガラス転移)し、ガラス転移する温度付近では、粘度、熱膨張係数、比熱が大きく変化する。非晶質アルミナには現時点でガラス転移が観測されていないため、本研究で合成した試料をアルミナガラスとは呼ばずにバルク非晶質アルミナと呼んでいる。


※3. 高圧合成
ギガパスカル(GPa:1万気圧)級の高圧を試料に印加して原子配列を再配列させ、密度や局所構造を変化させることで新しい構造・物性を持った材料を得る手法。本研究では、NIMSの超高圧制御グループのダイヤモンドアンビルセルを用いてバルク化の様子をその場観察で確認し、ベルト型高圧発生装置を用いた室温での加圧(9.4 GPa:9万4千気圧)によってバルク非晶質アルミナを合成した。


※4. 誘電率(比誘電率)
電場を印加したときに材料がどれだけ分極しやすいか、また電気を蓄えやすいかを表す指標。コンデンサ材料などで重要である。


※5. 量子ビーム回折
量子ビームとは、光子、電子、陽子、中性子などの量子性を持つ粒子や波の集団が同じ方向になすビーム状の流れであり、量子ビームが物質に照射されると、原子との相互作用によって回折現象が起こり、得られた回折パターンから物質の中の原子配列(構造)を調べることが可能となる。非晶質の乱れた構造を解析するためには高強度・高エネルギーの量子ビームを利用できる大型実験施設の利用が必須であり、本研究では高輝度光科学研究センターが運営する大型放射光施設SPring-8と大強度陽子加速器施設J-PARCのパルス中性子源MLFを用いた量子ビーム回折実験を実施した。


※6. 配位数
特定の中心原子に結合・隣接している原子やイオンの数。本研究ではAl原子の周囲に結合するO原子の数を解析した。4配位は四面体、6配位は八面体に対応し、5配位はその中間的な多面体(本研究ではピラミッド形状)として現れる。


※7. 稜共有
多面体同士が「辺(稜)」を共有して連結する構造。頂点共有より高密度になりやすく、局所的に結晶相に近い連結様式をとる場合がある。一般のガラスは頂点共有で連結しているが、非晶質アルミナでは多数の稜共有が存在することが特徴である。


本件に関するお問い合わせ先
研究内容に関すること
橋本 英樹(工学院大学 先進工学部 応用化学科)
小野寺 陽平(物質・材料研究機構 マテリアル基盤研究センター)

広報窓口
学校法人工学院大学 経営企画部 広報課 担当:近藤
TEL:03-3340-1498
E-mail:g-kohoatsc.kogakuin.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

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研究内容に関すること
橋本 英樹(工学院大学 先進工学部 応用化学科)
小野寺 陽平(物質・材料研究機構 マテリアル基盤研究センター)

広報窓口
学校法人工学院大学 経営企画部 広報課 担当:近藤
TEL:03-3340-1498
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
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放射光実験の大容量データの即時圧縮技術を開発
-SPring-8のデータを8,600分の1に圧縮-


2026年4月3日
理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人東北大学


理化学研究所(理研)放射光科学研究センター制御情報・データ創出基盤グループの初井宇記グループディレクター、高輝度光科学研究センター研究 DX 推進室の西野玄記主幹研究員(理研放射光科学研究センター客員研究員)、城地保昌室長(理研放射光科学研究センタービームライン制御解析チームチームリーダー)、東北大学大学院理学研究科の齋藤真器名准教授(理研放射光科学研究センター客員研究員(研究当時))らの共同研究グループは、放射光実験におけるX線画像検出器から出力される大容量データを即時圧縮するデータ処理基盤を開発し、大型放射光施設「SPring-8[1](BL35XU)において構築し、運用を始めました。
本研究で開発されたデータ処理基盤は、エクサバイト(EB、1EBは100京バイト、1テラバイト(TB、1TBは1兆バイト)の記憶装置にすると100万台分)級のデータ生成が見込まれる、「SPring-8-II[2]などの次世代放射光施設を支える中核基盤技術です。また、本技術は、幅広い計測分野における大容量データ処理を支える技術としての展開も期待されます。
本研究で対象としたガンマ線準弾性散乱(QEGS)実験[3]では、84万画素のCITIUS検出器[4]を17.4キロヘルツ(kHz)で動作させます。このとき検出器からは毎秒27ギガバイト(GB、1GBは10億バイト)のデータが生成され、1週間では約19ペタバイト(PB、1PBは1,000兆バイト、1TBの記憶装置にすると1,000台分)に達します。
共同研究グループは、FPGAデータ処理基板上の書き換え可能な半導体回路、FPGA[5]により画素ごとの前処理をデータ生成後に直ちに実行し、さらに可逆圧縮(元データを損なわず正確に復元できるように圧縮すること)を組み合わせることで、平均約8,600分の1という高い圧縮率を達成しました。圧縮後のデータは施設内データセンターへ自動転送され、高性能計算機を用いた並列解析により、ユーザーは実験中に解析結果を確認し、測定条件を最適化できます。
本研究は、科学雑誌『Journal of Synchrotron Radiation』オンライン版(3月25日付)に掲載されました。


論文情報
雑誌名:Journal of Synchrotron Radiation
タイトル:FPGA-accelerated streaming data reduction achieving an average compression ratio over 8000 in a 17.4 kHz, 840 kpixel CITIUS detector for quasi-elastic gamma-ray scattering
著者:Haruki Nishino, Masashi Kobayashi, Toshiyuki Nishiyama Hiraki, Yoshiaki Honjo, Kyosuke Ozaki, Mitsuhiro Yamaga, Nobumoto Nagasawa, Yoshitaka Yoda, Yasumasa Joti, Makina Saito and Takaki Hatsui
掲載日:2026年3月25日
DOI:10.1107/S1600577526000883



FPGAデータ処理基板を収めた計算機


背景
大型放射光施設では、物質中の原子や分子の構造や運動を高精度に観測するため、検出器の高速化・高精細化が急速に進んでいます。時間変化を捉える測定では、1秒間に数万枚の画像を取得する必要があり、1回の実験で生成されるデータ量は飛躍的に増大しています。
本研究で対象としたQEGS実験では、84万画素の検出器を17.4kHzで動作させることで、ナノ秒(10億分の1秒)スケールの原子・分子の動きを観測します。その結果、1週間当たり19PBもの大容量データが発生します。
従来のビームライン計算機環境では、このようなデータをそのまま保存・転送・解析することは現実的に難しく、解析には数日以上を要することもありました。そのため、実験中に結果を確認して測定条件を最適化することが困難でした。
さらに、SPring-8-IIでは光源の高輝度化に伴ってデータ量はさらに増加し、EB級に達すると見積もられています。このため、取得後にまとめて処理する従来の運用から、取得と同時に処理して結果を返すデータ処理基盤への転換が不可欠です。


研究手法と成果
本研究では、検出器から出力される毎秒27GBのデータをそのまま保存するのではなく、データ生成直後に前処理と可逆圧縮を行う新しいアプローチを採用しました。具体的には、FPGAデータ処理基板に搭載したFPGA(書き換え可能な半導体回路)上で、画素ごとの背景信号を補正し、ノイズを除去するしきい値処理、短時間に連続して得られる画像を統合する処理を実行するようにしました。これらの処理により、科学的に意味のある信号を保ちながら、重複した情報や信号以外の成分を減らしました。その結果、データの情報量(エントロピー)を低減でき、後段の可逆圧縮の効率が大きく向上しました。
FPGAで前処理されたデータは、ビームラインの計算機において可逆圧縮を施しました。その結果、平均約8,600分の1という高い圧縮率を達成し、実際の1週間の実験では約19PBの元データを約2.2TBまで削減しました。圧縮後のデータはSPring-8内のデータセンターへ自動転送され、取得から2〜3分以内に保存されます。この可逆圧縮処理により、転送に必要なネットワーク帯域も大幅に削減されました。
データセンターでは、高性能計算機(HPC)を用いた並列解析を行います。SPring-8データセンターではHPC利用基盤としてOpen OnDemand[6]が導入されており、本研究ではその既存基盤の上に、QEGS実験専用の解析アプリケーション群を構築しました。これにより、専門的なコマンド操作を必要としないウェブブラウザベースの解析環境を実現しました。
本研究の成果は、高効率な圧縮技術の実現にとどまらず、検出器によるデータ生成から、FPGAによる前処理、可逆圧縮、転送、高性能計算機による並列解析、さらにウェブブラウザから利用可能な解析環境までを一体化した統合データ処理基盤(図1)を、実際のユーザー実験で運用し、その有効性を実証した点にあります。



図1 本研究で構築した検出器データ処理基盤の概念図


測定データの前処理、圧縮、転送、解析に至るまでのデータの流れを左から右へ示している。左から順に、① 毎秒27GBのデータを生成するX線画像検出器、② FPGAデータ処理基板を収めた計算機、③ SPring-8施設内のデータセンター、④ 高性能計算機上で動作する解析アプリケーションの結果表示画面を示す。


今後の期待
本研究で構築したデータ処理基盤は、放射光科学における「測定後に解析する」運用から「測定しながら解析する」運用への転換を可能にしました。これにより、実験中に結果を確認しながら測定条件を最適化できるようになり、研究効率の向上が期待されます。
SPring-8-IIではEB級データが見込まれており、本研究の統合データ処理基盤はその中核基盤技術となります。
さらに共同研究グループは、1日当たり約30PBのデータ生成が見込まれる半導体向けX線タイコグラフィー顕微鏡[7]への応用にも取り組んでいます。タイコグラフィーでは、ナノメートルレベル(nm、1nmは10億分の1メートル)の分解能で3次元再構成を行うため、QEGSを上回る大容量データが発生します。本研究の即時圧縮・転送・並列解析の技術は、こうした次世代X線計測の実現に不可欠な基盤となります。
本研究のデータ処理技術は、放射光施設やX線自由電子レーザー(XFEL)[8]に特有のものではなく、高速かつ高解像度な検出器から大量の画像データが出力される計測装置に広く応用できる可能性があります。大容量データの処理は多くの先端計測分野に共通する課題であり、本技術はその解決を支える基盤技術として期待されます。


共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター
 制御情報・データ創出基盤グループ
  グループディレクター 初井宇記 (ハツイ・タカキ)
  特別研究員(研究当時) 平木俊幸 (ヒラキ・トシユキ)
 エンジニアリング部門 エンジニアリングチーム
  テクニカルスタッフⅠ 尾﨑恭介 (オザキ・キョウスケ)
  テクニカルスタッフⅠ 本城嘉章 (ホンジョウ・ヨシアキ)

高輝度光科学研究センター
 研究DX推進室
  主幹研究員 西野玄記 (ニシノ・ハルキ)
  (理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
  室長 城地保昌 (ジョウチ・ヤスマサ)
  (理研 放射光科学研究センター ビームライン制御解析チーム
  チームリーダー)
 加速器部門 加速器制御グループ 機器制御チーム
  チームリーダー 山鹿光裕 (ヤマガ・ミツヒロ)
  (理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
 分光・イメージング推進室 精密分光チーム
  特任研究員 依田芳卓 (ヨダ・ヨシタカ)
  (理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
  研究員 永澤延元 (ナガサワ・ノブモト)
  (理研 放射光科学研究センター 客員研究員)

東北大学 大学院理学研究科 物理学専攻
 准教授 齋藤真器名(サイトウ・マキナ)
 (理研 放射光科学研究センター 客員研究員(研究当時))
 大学院生(研究当時) 小林 正 (コバヤシ・マサシ)
(理研 放射光科学研究センター 研修生(研究当時))


研究支援
本研究は、理化学研究所放射光科学研究センターSACLA/SPring-8基盤開発プログラム2022-2023によるサポートを受けて実施され、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「ガラスの力学特性を支配するJohari-Goldstein緩和過程の普遍的機構の解明(研究代表者:齋藤真器名、JP24K00592)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「階層的時空構造と動的不均一性から紡ぐナノ力学機構の理解と制御(研究代表者:山本潤、JPMJCR2095)」の助成を受けて行われました。
本研究で用いたFPGAデータ処理基板は、理化学研究所と東京エレクトロン デバイス株式会社が共同で開発しました。
また、本研究におけるデータ処理基盤の構築は、グローリーテクニカルソリューションズ株式会社および日東コンピューターサービス株式会社の協力を得て実施しました。


【補足解説】


[1] 大型放射光施設「SPring-8」
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


[2] SPring-8-II
SPring-8の大幅な性能向上を目指した次期計画の名称。詳しくは、2024年10月24日プレスリリース「 SPring-8光源大改修の設計指針を公表」を参照。


[3] ガンマ線準弾性散乱(QEGS)実験
放射光を用いて、物質中の原子・分子の動きを100ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)〜100ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)の時間領域で調べる測定手法。散乱されたX線のわずかなエネルギー変化を解析することで、材料や生体関連試料などの微視的な動的挙動を評価できる。詳しくは、2024年6月18日プレスリリース「10億分の1秒の原子運動を見る放射光技術を開発」を参照。


[4] CITIUS検出器
理化学研究所が開発した、画素サイズ72.6マイクロメートル(µm)、フレームレート17.4kHzで動作するX線画像検出器。本研究で用いたシステムでは、3枚のセンサーを組み合わせて合計84万画素の検出器として運用されている。


[5] FPGA
製造後でも回路構成を変更できる集積回路。並列処理や入出力制御を柔軟に実装できるため、計測装置などでデータ処理や制御を組み込む用途に用いられる。FPGAはField Programmable Gate Arrayの略。


[6] Open OnDemand
高性能計算機(HPC)を、ウェブブラウザ上の画面から利用できるようにする仕組み。コマンド操作に頼らずに、計算の実行、ファイルの管理、利用状況の確認などを行える。


[7] X線タイコグラフィー顕微鏡
試料にX線を当てる位置を少しずつ変えながら多数のデータを取得し、そのデータを計算機で再構成することで、試料内部の構造を高い分解能で可視化する顕微鏡。厚みのある試料にも適用でき、半導体デバイスなどの内部構造を非破壊で観察する技術として期待されている。


[8] X線自由電子レーザー(XFEL)
X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビーム(自由電子)を媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。


発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター 制御情報・データ創出基盤グループ
 グループディレクター 初井宇記 (ハツイ・タカキ)

高輝度光科学研究センター 研究DX推進室
 主幹研究員 西野玄記 (ニシノ・ハルキ)
 (理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
 室長 城地保昌 (ジョウチ・ヤスマサ)
 (理研 放射光科学研究センター ビームライン制御解析チーム チームリーダー)

東北大学 大学院理学研究科
 准教授 齋藤真器名(サイトウ・マキナ)
 (理研 放射光科学研究センター 客員研究員(研究当時))

<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-pressatml.riken.jp

東北大学 大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
Tel: 022-795-6708
Email: sci-pratmail.sci.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター 制御情報・データ創出基盤グループ
 グループディレクター 初井宇記 (ハツイ・タカキ)

高輝度光科学研究センター 研究DX推進室
 主幹研究員 西野玄記 (ニシノ・ハルキ)
 (理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
 室長 城地保昌 (ジョウチ・ヤスマサ)
 (理研 放射光科学研究センター ビームライン制御解析チーム チームリーダー)

東北大学 大学院理学研究科
 准教授 齋藤真器名(サイトウ・マキナ)
 (理研 放射光科学研究センター 客員研究員(研究当時))

<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-pressatml.riken.jp

東北大学 大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
Tel: 022-795-6708
Email: sci-pratmail.sci.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp


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