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パセリ油の不飽和脂肪酸が黄色ブドウ球菌の病原因子を阻害するメカニズムを解明
2024年5月21日
国立大学法人 京都工芸繊維大学
公立大学法人大阪 大阪公立大学
国立大学法人 京都大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人 筑波大学
発表のポイント:
● 黄色ブドウ球菌※1の病原因子「リパーゼ(SAL)」とパセリ油の主成分であるペトロセリン酸(PSA)の複合体の立体構造を世界で初めて解明した。
● 不飽和脂肪酸※2PSAのSALへのIC50※3値が3.4 μMと非常に強いことを明らかとするとともに、不飽和脂肪酸の二重結合が酵素の活性部位に結合することを見出した。
● PSAのようなSAL阻害剤は、既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症※4や、黄色ブドウ球菌により引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬になることが期待できる。またヒトのリパーゼへの阻害の可能性も示唆されることから、抗肥満薬への適応も期待される。
京都工芸繊維大学分子化学系の北所健悟准教授らの研究グループは、大阪公立大学大学院生活科学研究科の神谷重樹教授、京都大学大学院医学研究科医学研究支援センターの奥野友紀子特定准教授、理化学研究所放射光科学研究センター利用システム開発研究部門の引間孝明研究員、山本雅貴部門長、筑波大学医療医学系の広川貴次教授らとの共同研究により、黄色ブドウ球菌が産生する病原因子の1つである「リパーゼ(SAL)」とパセリから抽出される不飽和脂肪酸のペトロセリン酸(PSA)との複合体の立体構造をX線構造解析※5の方法を用いて、世界で初めて解明しました。
不飽和脂肪酸「PSA」が既存のSAL阻害剤と同等のレベルでSALの活性を阻害することを発見しました。更に、SALとPSAとの複合体の構造を原子レベルで解析することによって、PSAによる阻害のメカニズムを解明することに成功しました。 本研究成果は、構造情報を元にしたSALに対する薬剤の理論的な開発に役立つと考えられ、より有効性が高く副作用の少ない治療薬の探索・設計が可能になると期待されます。特に、SALが黄色ブドウ球菌の増殖に関与していることから既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症や、黄色ブドウ球菌によって引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬の発展が期待されます。また不飽和脂肪酸による酵素の阻害メカニズムが解明されたことから、PSAによるヒトリパーゼへの阻害の可能性と抗肥満薬への適応の可能性が示唆されました。なお、本研究成果は、2024年5月16日付けで「FEBS OpenBio」のオンライン版 (https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/2211-5463.13808) に掲載されました。 発表雑誌: |
研究の背景
世界中の病院において、既存の抗菌薬が効かない細菌である「スーパーバグ」が確認され、その流行が危惧されています。MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)はスーパーバグの代表例で、各種の抗菌薬に抵抗性を示すため、MRSA感染症という院内感染が問題となっています。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus;以下、SA菌)は、化膿した傷口や皮膚表面に存在する常在菌で、けがの傷口から体内に侵入し、多くの病原因子を産生して種々の病気を引き起こします。多種多様な細菌が存在する皮膚表面でSA菌が異常に増えると、アトピー性皮膚炎が発症することがわかっています。SA菌が産生する病原因子の1つである「リパーゼ(SAL)」はSA菌の増殖と相関があり、免疫応答由来の殺菌効果を持つ脂質を分解し、菌の生存率を向上させて生体防御を破壊することがわかっています。このことからSAL阻害薬は抗MRSA薬の標的のみならずアトピー性皮膚炎の薬として注目されています。
また健康ブームで度々注目されるオレイン酸やリノール酸、EPAなどの不飽和脂肪酸が人体にどのような影響を与えているかなどの分子レベルでのメカニズムの解明はよくわかっていません。
そこで本研究では、より高い効果を持つ副作用の少ない新しい薬の探索・設計に貢献するため、これまで大型放射光施設「SPring-8」の強い放射光を用いたX線構造解析の経験を活かし、SALと阻害剤である不飽和脂肪酸との複合体の立体構造の解明を試みました。
研究内容
研究を始めるにあたりSALの立体構造については、すでに研究グループで決定しておりました。韓国の研究グループがSALに対するPSA(図)の阻害があることを発表していたことから、研究グループは、PSAという不飽和脂肪酸がSALに対して、3.2 µMというIC50値で阻害することを決定しました。PSAの阻害活性は、研究グループがすでに発表した抗肥満薬オルリスタット※6と同等の強い阻害活性を持つことがわかりました。
本研究では、SALにこのPSA分子が結合した複合体の立体構造を、X線結晶構造解析の手法を用いて原子レベルで解明するため、まず大腸菌でのSALの大量生産系を構築しました。純度の高いSALを精製し、SAL単体の結晶とPSAと共に共結晶化した結晶を作成しました。X線回折実験およびデータ収集は、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL41XUならびにBL44XUで行いました。また詳しい阻害メカニズムを検証するために、SALの活性触媒残基であるS116A変異体を作成し、活性の無い不活型のSAL-S116A変異体とPSAの複合体の構造についても同様の方法で実験を行いました。
PSA分子はSALの活性部位である「鍵穴」に対して、「鍵」分子としてぴったりはまり込んでいることがわかりました(図)。またPSAは芋虫のような細長い分子で、SALの触媒残基である116番目のセリン残基の酸素原子とPSAの二重結合を形成する炭素原子が共有結合していました。この芋虫のようなアルキル鎖が活性部位のポケットに疎水性相互作用する形で存在していることがわかりました。不活型変異体であるS116A-SALは活性触媒のセリン残基をもたないにも関わらずPSAが活性部位に結合していました。セリン酵素によくみられるオキシアニオンホール※7と呼ばれるプラス電荷の穴の部分に二重結合が位置して、二重結合の電子が穴に収まる形で構造が安定化されていました。これらの結合様式によって、PSAはSALに対して高い選択的親和性を示すことが示唆されました。この成果によって、ドラッグデザインによる薬剤開発を進めるための基礎的知見が確立しました。不飽和脂肪酸の二重結合の位置が酵素阻害においてはとても重要であることがわかりました。オレイン酸ではSALを阻害しないのは、オレイン酸とペトロセリン酸の二重結合の位置が全く異なるからであって(図)、酵素の阻害に二重結合の位置が重要であることがわかりました。
今後の展開
PSAとSALの相互作用から、薬のデザインのための構造基盤が構築されました。MRSAはほとんどの抗菌薬に耐性があり、新生児や老人などの免疫力の弱い患者を死に至らしめることがわかっています。MRSAに対する抗菌薬以外の薬の探求は重要で、SALの阻害剤は、MRSA感染症への新規な作用機序の薬として期待されます。本研究の結果は、SALを標的としてMRSAや皮膚病などの疾患に対して、その構造情報を基にした創薬(Structure based drug design)も可能にすると期待できます。またPSAは天然から取れるパセリ油の主成分であることから、パセリ油のアトピー性皮膚炎への効果や、抗肥満作用も期待できると考えられます。
【用語解説】
(注1)黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus;SA菌)
ヒトの鼻腔などに存在する常在菌で、化膿した傷口の膿の部分に多く存在し、感染症の原因となる多くの毒素タンパク質や酵素などの病原因子を産生します。病原性が強い菌で、基礎疾患のある人など、免疫力の低下した患者に対して、肺炎、敗血症、骨髄炎、関節炎などの重篤な感染症を引き起こします。
(注2)不飽和脂肪酸
カルボン酸を末端に持つアルキル基のうち、分子内に二重結合を持つものの総称です。オリーブオイルに含まれるオレイン酸が有名ですが、健康に良いとされているそのメカニズムは不明な点が多いです。
(注3)IC50値 (half maximal (50%) inhibitory concentration;50%阻害濃度または半数阻害濃度)
化合物の生化学的な阻害作用の有効度合いを示す値です。数値が低いほど阻害が有効であることを表します。数値として示した濃度で薬物が、標的とする酵素の半数の働きを阻害できることを示しています。
(注4)MRSA (Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)感染症
メチシリンなどのペニシリン剤やβラクタム剤など多くの抗生物質が効かない耐性を持った黄色ブドウ球菌によって引き起こされた感染症で、幼児や高齢者など免疫力が低下した患者が感染すると、多くの種類の抗菌薬が効かないために、治療が進まずに重症化し、死に至るケースがあります。
(注5)X線構造解析
タンパク質の立体構造を決定する手法で、ターゲットとなるタンパク質を結晶化し、大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」などの強いビームを使って、X線照射して得られた回折データから、タンパク質の原子レベルでの立体構造を解析します。
(注6)オルリスタット
抗肥満薬として大正製薬からAlliとして発売された治療薬で、ヒトの脂肪分解酵素である胃や膵臓のリパーゼを不活性化し、脂肪吸収を阻害する効果があります。
(注7)オキシアニオンホール
セリンプロテアーゼなどの加水分解酵素によく見られる窒素などプラス電荷を持った原子によって構成された構造上のポケットのことで、酸素原子などマイナスの電荷を持つ原子を捉えて反応過程を安定化する働きがある穴のこと。今回では二重結合にある電子がこの穴に入ることで構造を安定化していました。
<本リリースおよび研究内容に関する問い合わせ先> |
<本リリースおよび研究内容に関する問い合わせ先>
北所 健悟(きたどころ けんご) 京都工芸繊維大学 分子化学系 准教授
TEL:075-724-7743 Fax: 075-724-7743
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<報道担当>
京都工芸繊維大学 総務企画課 広報係
TEL:075-724-7016
E-mail: kit-kisyajim.kit.ac.jp
大阪公立大学 広報課
TEL:06-6605-3411
E-mail:koho-listml.omu.ac.jp
京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
TEL:075-753-5728
E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp
理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-pressml.riken.jp
筑波大学広報局
TEL:029-853-2040
E-mail:kohosituun.tsukuba.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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プレート運動はマントルのアセノスフェアの水が駆動する
2023年8月7日
岡山大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
・当研究チームが独自開発した短周期振動発生技術を駆使して、マントルのリソスフェア(プレート)(1)及びアセノスフェア(2)の柔らかさの指標である、地震波減衰特性(Q-1)(3)を高温高圧下で決定することに成功しました。
・マントルの岩石に水が存在すると地震波の減衰が大きくなり、大きな速度低下が起こることが明らかとなり、地震学の観測を説明することができました。
・古い冷たいプレートがスムーズに動くことができるのは、アセノスフェアが水を含んで柔らかくなっていることを示します。
岡山大学惑星物質研究所の芳野極教授の研究チームと公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司主幹研究員らの共同研究グループは、高温高圧下で岩石を強制的に振動させ、地震波のエネルギーが失われる減衰という現象をその場観察(4)することに成功しました。また、マントルの岩石に水の存在することにより、マントルのより深部のアセノスフェアが柔らかくなり、プレート(リソスフェア)がその上をよりスムーズに移動できること明らかにしました。 論文情報 |
<現状>
プレートテクトニクスは、造山運動、地震、火山活動など、地球の表面で観察されるさまざまな活動を説明する統一理論です。しかし、海洋リソスフェアがその下にあるアセノスフェアに対して相対的に移動することを可能にする理由はまだよく理解されていません。海洋リソスフェアの底部は、深さ 50 ~ 100 km 付近の低速層の上部に相当する硬い岩盤層ですが、アセノスフェアでは横波速度の低下、地震波の減衰が起こり、リソスフェアとアセノスフェアが異なる物理的特性を持ち、鋭い境界を生み出しています(図1)。部分融解はアセノスフェアの地球物理学的異常の原因として有力ですが、中央海嶺から遠く離れた冷たい海洋上部マントルで観測された急激な速度低下を部分溶融で説明するのは困難です。もう一つの有力な説は、アセノスフェアに少量の水が存在して岩石が柔らかくなっているというものです。
しかし、上部マントルの主要な鉱物であるカンラン石の地震波減衰を測定した先行実験研究では、水の効果はあまり大きくないという結果が報告されていました。この先行研究では、実際のアセノスフェアに相当する圧力2~3万気圧よりずっと低い2千気圧の条件で実験が行われており、それらの低圧ではカンラン石に水が入るメカニズムが大きく異なるという問題がありました。そのため、現実的なアセノスフェアの圧力での実験的検証が必要でした。
<研究成果の内容>
深さ約90 kmに相当する上部マントル圧力条件におけるカンラン岩(5)を通過する地震波を、強制振動実験で再現する実験が可能な大型放射光施設SPring-8(6)のビームラインBL04B1を使用して、実験を試みました。その場放射光観察と大型高圧発生装置と高温実験を組み合わせて、水の量の関数として細粒のカンラン岩の試料の幅広い周波数領域で減衰特性を決定することに成功しました。実験結果は、含水マントル条件下では高い周波数において減衰のピークが現れることが分かり、アセノスフェアが水を含んでいると減衰の周波数依存性が小さくなることを明らかにしました(図2)。これにより、古く冷たい海洋リソスフェアの周波数依存性が大きいのに対し、アセノスフェアの周波数依存性が小さいという違いを、リソスフェアが無水でアセノスフェアが水を含んでいれば説明できるようになりました。
本研究の結果は、中央海嶺から遠く離れた海洋マントルのリソスフェア―アセノスフェア境界での急激な速度低下と減衰の増加は、この境界を横切って水分含有量の急激な増加によって引き起こされたことを示します(図3)。上部マントルの中央海嶺の玄武岩には、50~200重量%の水分が含まれていると考えられているため、海洋アセノスフェアは中央海嶺で溶融に伴う脱水を免れて一定量の水を保持している領域であり、海洋リソスフェアは特定の深さ(~70 km)の中央海嶺の下で減圧中に融解した際に水を完全に失ったものと考えられます。中央海嶺の近傍では部分融解によって、リソスフェアとアセノスフェアの間の水の量のコントラストが形成され、その境界上をプレートがスムーズに移動するものと考えられます。
<社会的な意義>
プレートテクトニクスは人類にも甚大な災害をもたらす地震や火山を引き起こす現象であり、その理解を深めることは重要です。本研究の結果は、アセノスフェアが一定の水を保持していることを示し、地球にどのように水が分布しているかの一つの鍵となる結果であり、地球内部の水の存在は地球環境を考える上でも将来の研究へのヒントになることが期待されます。
図1 リソスフェアとアセノスフェアを示す概念図。海洋プレートは中央海嶺で生成され、冷却しながら海溝で沈み込む。
図2 本研究の実験の測定結果と地震観測結果との比較。
アセノスフェアの小さな周期依存性とリソスフェアの大きな減衰の周期依存性の違いは、アセノスフェアの水の存在により説明できる。
図3 本研究から明らかとなったリソスフェアとアセノスフェアを横切るS波速度のプロファイル。
水が存在するときには、シャープに速度が減少することが分かる。
■研究資金
本研究は独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(基盤A・24244087, 17H01155,研究代表:芳野極)の支援を受けて実施しました。また、本研究はSPring-8の課題番号2016A1173, 2016B1091, 2017A1733, 2017B1175, 2018A1716, 2018B1071, 2019A1732, 2019B1071で実施しました。
【用語解説】
(1) リソスフェア
地球の表層の力学的に硬い岩盤の層で、プレートとも呼ばれる。大陸域と海洋域で厚みが異なり、海洋リソスフェアは、中央海嶺で生成し、海洋底と共に移動、大陸プレートに対して地球深部への沈み込むことで、日本列島付近では地震や火山活動を引き起こしている。
(2) アセノスフェア
リソスフェアの下に広がる柔らかい岩盤の層。地震波が伝播する速度が遅いため、このような層の存在が示唆された。リソスフェアの水平運動に重要な役割を担っていると考えられているが、成因や性質については良く分かっていない。
(3) 地震波減衰指標(Q-1)
地震波の減衰とは、地球内部を伝播するとともにそのエネルギーが減少する現象で、岩石の粒子境界や粒子内の欠陥と地震波との相互作用により生じ、岩石の柔らかさを反映する現象である。地震波の減衰を表す指標として、減衰が大きくなるにつれて小さくなるQ値が用いられておるが、減衰の大きさと直感を合わせるためにQ-1値がしばしば用いられる。
(4) その場観察
強力な放射光を利用することで、実際の高温高圧下にある極限状態の高圧容器の中の物質をレントゲン写真のようにX線透過像を取得することで物質の挙動の観察が可能である。
(5) カンラン岩
カンラン岩は上部マントルの主要な岩石であり、その主要鉱物であるカンラン石の化学組成は(Mg, Fe)2SiO4で表される。マントル遷移層では、同じ化学組成をもつが結晶構造が異なるワズレアイトやリングウッダイトに変化し、下部マントルではブリッジマナイト(Mg, Fe)SiO3とフェロペリクレース(Mg, Fe)Oに変化する。
(6) 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8 の名前はSuper Photon ring-8 GeV に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。
地球を掘っていくとあっという間に1000℃を超え、ものすごい圧力がかかった極限の世界となります。我々はそのような状況を実際に実験室に再現して楽しんでます。装置開発から10年を経てようやく成果を出すことができ感無量です。惑星物質研究所で、みなさんも我々と地底探検をしてみませんか。
お問い合わせ |
お問い合わせ
<研究に関すること>
岡山大学 惑星物質研究所
教授 芳野 極
TEL:0858-43-3737 FAX:0858-43-2184
E-mail:tyoshinomisasa.okayama-u.ac.jp
高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後祐司
TEL:0791-58-0802(3721)
E-mail:higospring8.or.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
FAX:0791-58-2786
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鉄の磁石の「表面の謎」を解明!
― 一原子層単位の深さ精度で磁性探査する新技術を開発 ―
2020年12月3日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
国立大学法人京都大学
国立大学法人弘前大学
国立大学法人東京大学
【発表のポイント】
・ 一原子層単位の深さ精度で材料表面付近の磁性を観察できる新計測技術を開発
・ これまで謎だった鉄表面付近の磁性を原子1層毎に観察し、磁力が層毎に増減するという複雑な現象が起きていることを世界で初めて発見
・ 今後、薄膜表面・界面等の極微小領域中の磁性制御が性能向上の重要な鍵となっているスピントロニクス1)などの次世代高速・省エネデバイス開発に適用させていく
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)量子ビーム科学部門関西光科学研究所の三井隆也上席研究員、綿貫徹次長、上野哲朗主任研究員、同部門高崎量子応用研究所の境誠司プロジェクトリーダー、李松田主任研究員、国立大学法人京都大学(総長 湊長博)の瀬戸誠教授、小林康浩助教、国立大学法人弘前大学(学長 福田眞作)の増田亮助教、国立大学法人東京大学(総長 五神真)物性研究所の赤井久純特任研究員からなる研究グループは、スピントロニクスデバイスへの応用等に期待される放射光メスバウアー線源を利用して材料の表面付近の磁性を一原子層単位の深さ精度で調べることが出来る新しい計測技術を開発しました。 発表論文 |
<研究の背景>
磁石といえば、多くの人が鉄製のものを思い浮かべると思います。鉄は強磁性を示す代表的な金属であり、有史以来人類が磁石として利用してきたものです。ところが、その表面付近で磁性がどうなっているか、未だその真実は明らかではありませんでした。今回我々はその謎に迫りました。
鉄が磁石となっている状態は、磁力を持った原子磁石(図1参照)が平行に整列している状態です(図2参照)。磁石はその外側に磁力を及ぼすとともに、その内側でも強い磁力が働いています。内側の深部では、原子磁石が一様に並んでおり、それぞれの原子磁石の磁力(磁気モーメント)も一定です。一方、表面では原子磁石の並びが寸断されるため、表面から原子数層ほどの深さまでは、深部とは異なる磁性が現れることが考えられます(図2参照)。
しかし、この表面付近の磁性を実際に観察することは非常に困難です。一つには、鉄の最表面から原子一層レベルで深さ毎に磁性の違いを識別できる技術が必要です。もう一つ大事なことは、鉄は大変錆びやすい、つまり、酸化しやすいため、超高真空中で酸化を抑えた清浄な表面を用意する必要があることです。この二重の困難さのために、これまで鉄の表面付近の磁性の観察に成功した例はありませんでした。そこで、我々は、この2つ要素の技術開発を行い、且つ、これらの技術を組合せることにより、鉄の表面付近の磁性の謎に挑みました。
<研究内容と成果>
本研究では、鉄の表面付近の磁性の謎を解明するために、高輝度放射光源を用いたメスバウアー分光法2)を利用して金属薄膜の磁性を一原子層単位で調べる新しい計測技術を開発しました。
メスバウアー分光法は、特定のエネルギーを持ったⅩ線等を材料に照射して、そのⅩ線を共鳴吸収する元素の磁性等を調べる方法で、原子磁石の中の原子核の位置での「内部磁場」を計測することができます(図1参照)。この「内部磁場」と原子磁石の磁力(磁気モーメント)は、いずれも原子の中にある電子の自転(スピン)により図1のように互いに逆向きに生み出されるものであり、「内部磁場」を計測することにより原子磁石の磁性を評価できます。
メスバウアー分光法には同位体3)(元素としては同一でも原子核の質量が異なるもの)を識別できる他手法にはないユニークな特徴があります。鉄の場合、同位体“57Fe”3)は特定のエネルギーのX線が共鳴吸収されますが、同位体“56Fe”には吸収されません。この特徴を活かして、照射するX線に対して共鳴吸収を起こさない鉄(Fe)の同位体“56Fe”からなる鉄薄膜をまず用意しておき、そこに表面付近の注目する一層だけに共鳴吸収を起こす鉄の同位体“57Fe”を埋め込んだ試料を作製することにより、注目する原子層の磁性を計測できるようになります(図3参照)。
ところが、従来のメスバウアー分光法では、指向性が全く無い放射性同位体を線源に用いるため、超高真空という特殊な環境下で、薄膜中の僅か一原子層の“57Fe”のスペクトルを観測することは極めて困難です。そこで、我々は、大型放射光施設SPring-84)の量子科学技術研究開発機構の専用ビームラインBL11XUで独自開発した高強度で指向性高い放射光メスバウアー線源5)を用いました。その輝度(明るさ)は、通常の放射性同位体メスバウアー線源の10万倍以上もあり、さらに、X線集光装置でマイクロビーム化することで表面付近を集中的に観察できるようにしました。
これに加えて、酸化を抑えた清浄な鉄表面を測定するために、10-9Pa(大気の100兆分の1の圧力)に至る超高真空下で測定できるシステムを構築しました。このシステムでは試料搬送容器を、超高真空下で原子層を一層ずつ積み上げて薄膜試料作製ができる装置に組み込むことが出来ます。また、薄膜試料作製後はこの試料搬送容器を切り離して、超高真空を保ったまま放射光メスバウアー分光装置にドッキングさせることが出来るようになっています。こうして、注目する原子層に同位体を埋め込んだ鉄薄膜試料を、清浄な状態を保ったままで放射光メスバウアー分光測定ができるようになりました。図4に、放射光メスバウアー分光装置、および、薄膜試料作製装置、試料搬送容器で構成された原子層分解磁気構造解析システムを示します。
今回我々は、表面から1層目、2層目、3層目、4層目、7層目に同位体“57Fe”を埋めこんだ5種類の鉄薄膜試料を用意して調べました。その結果、図5(左)のように、表面第1層の内部磁場の大きさは深部での値(バルクの値)に比べて15%も小さくなっている一方で、第2層目では深部よりも8%大きくなる、第3層目では振れ幅は抑えられるが再び深部より3%小さくなる、第4層目では僅かではあるが深部より大きくなる、というように内部磁場が原子一層毎に振動的に増減していることを明らかにしました。また、第7層目では、深部の原子磁石と同じ強さになっていることが分かりました。
さらに我々は、この振動が約40年前に理論的に提案されていた「磁気フリーデル振動」であることも突き止めました。図5(右)には、実験条件に即して計算した鉄表面付近の内部磁場の磁気フリーデル振動です。実験と理論の結果がよく一致していることが分かります。鉄の表面付近に磁気フリーデル振動が誘起されると、原子磁石(磁気モーメント)の強度は、一原子層毎に内部磁場と逆パターンで増減します(図6参照)。このため、私達が体感できる鉄の磁力、即ち、原子磁石の強さは、表面の第1層では内部よりも強く、第2層目では内部よりも弱くなり、このプロセスを繰り返すことで、鉄表面の磁力が一原子層毎で振動的に強弱することが分かります。このように鉄の表面では非常に複雑な磁性の変化が起こっていることが初めて明らかとなりました。
<今後の展開>
本開発により実現した一原子層単位での局所磁性探査技術は、材料表面のごく近傍だけでなく、より深い箇所まで一原子層の深さ分解能で観察できることに大きな特長があります。従来、深さ分解能のある計測法では計測深度が取れない一方で、計測深度のある方法では深さ分解能を追求できませんでした。本技術は、これらを両立させることを可能にする画期的な手法です。研究グループでは、上記のような特長を活かして、磁性材料など異なる材料をナノメートルスケールで積層した多層膜の各層の内部や界面の局所磁性の分析に活用していく予定です。現状における本技術の主要な計測対象元素は鉄ですが、磁気デバイスやスピントロニクスデバイスは鉄を含むものが大多数であるため、広範な適用が可能です。特に、スピントロニクスデバイスにおいては、デバイス内の多層膜に含まれる厚さが数ナノメートル程度の磁性層や各層の界面付近など原子層スケールの領域の磁性がデバイスの機能や性能に大きな影響を与えるため、本技術により狙った領域の局所磁性を見極めることで、これらの開発が加速されるものと期待されます。
※研究グループ
量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門
関西光科学研究所
上席研究員 三井隆也(みつい・たかや)
次長 綿貫徹(わたぬき・てつ)
主任研究員 上野哲朗(うえの・てつろう)
高崎量子応用研究所
上席研究員 境誠司(さかい・せいじ)
主任研究員 李松田(Li・Songtian)
京都大学
複合原子力科学研究所
教授 瀬戸誠(せと・まこと)
助教 小林康浩(こばやし・やすひろ)
弘前大学
大学院理工学研究科数物科学科
助教 増田亮(ますだ・りょう)
東京大学
物性研究所
特任研究員 赤井久純(あかい・ひさずみ)
【用語解説】
1) スピントロニクス
スピントロニクスは、固体中の電子が持つ電荷とスピンの両方を工学的に利用、応用する分野のことです。スピンとエレクトロニクス(電子工学)から生まれた造語です。
2) メスバウアー分光法
多様な原子核に放射光を共鳴吸収させて物質の性質を調べる方法で、磁性や電子状態、化学状態を局所的に調べることが出来ます。微小部サイズ高指向性の放射光メスバウアー線源を用いれば金属中に含まれる僅か一原子層の57Feでも観測できます。
3) 同位体
同じ原子番号を持つ元素の原子のうち、原子核に含まれる中性子の数(つまりその原子の質量数)が異なる原子のことを同位体と呼びます。同位体は種類ごとに自然界で一定の割合(天然存在比)で存在します。今回用いた57Feと56Feは自然にそれぞれ2.2%、91.7%含まれており、放射性の無い(放射線がでない)安全な同位体です。57Feと56Feとでは、原子核に含まれる陽子の数はどちらも26個ですが、中性子の数はそれぞれ31個と30個であり異なっています。
4) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある超強力なX線を生み出す施設です。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8 GeVに由来しています。放射光は、光速近くまで加速された電子の軌道を磁場で曲げた際に生じる指向性の高い光であり、赤外線からX線までの広い波長範囲に渡る白色光です。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用に渡る幅広い研究が行われています。
5) 放射光メスバウアー線源
放射光メスバウアー線源は、57Fe同位体を富化した磁性体57FeBo3結晶の核共鳴線のみを反射する散乱現象を利用して、放射光から57Feの核共鳴エネルギーを持ったX線を生成できます。その波長の広がりは、通常の放射光に比べて一億分の一まで狭められており、X線の輝度(明るさ)は、通常の放射性同位体メスバウアー線源の10万倍以上に達します。このため、従来のメスバウアー分光では困難な回折、斜入射やマイクロビームを用いた未踏の実験を開拓できます。
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(研究内容について)
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門
関西光科学研究所 磁性科学研究グループ
上席研究員 三井 隆也
TEL:0791-58-2640
E-mail:mitsui.takayaqst.go.jp
高崎量子応用研究所 二次元物質スピントロニクス研究プロジェクト
プロジェクトリーダー 境 誠司
TEL:027-346-9370
E-mail:sakai.seijiqst.go.jp
(報道対応)
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 経営企画部広報課
TEL:043-206-3026
E-mail:infoqst.go.jp
国立大学法人京都大学総務部広報課 国際広報室
TEL:075-753-5729
E-mail:commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp
国立大学法人弘前大学大学院理工学研究科総務グループ総務担当
TEL:0172-39-3510
E-mail:r_kohohirosaki-u.ac.jp
国立大学法人東京大学物性研究所 広報室
TEL:04-7136-3207
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
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概日リズムを奏でる時計タンパク質の内部で「2つの歯車」が噛み合う仕組み
2022年4月16日
自然科学研究機構分子科学研究所
東海国立大学機構名古屋大学
大阪大学 蛋白質研究所
自然科学研究機構 分子科学研究所・協奏分子システム研究センターの古池美彦助教、向山厚助教、秋山修志教授、欧陽東彦研究員、総合研究大学院大学・後期博士課程のDamien SIMONさん、名古屋大学大学院理学研究科/高等研究院の伊藤(三輪)久美子特任助教、近藤孝男特別教授、大阪大学・蛋白質研究所の山下栄樹准教授らの研究グループは、シアノバクテリアの時計タンパク質KaiCの立体構造を解明し、24時間周期のリズムを生み出す2種類の化学反応の連携を原子レベルで解明しました。 論文情報 |
研究の背景
生命は、地球の自転が生み出す約24時間(概日)周期の環境変化に適応しています。このリズムを支えているのが「概日時計(一般的には体内時計と呼ばれる)」と呼ばれるシステムで、バクテリア・植物・昆虫・哺乳類などの広い生物種に共通して見られる生命現象です。なかでもシアノバクテリアの概日時計は、細胞はもとより試験管内でも研究できる利点があり、生物学のみならず幅広い分野で研究対象となっています。これまでの研究をとおして、時計タンパク質(※1)が2種類の化学反応サイクルを連携させることで時刻情報を生み出していることが、明らかになっていました。しかしながら、時計タンパク質内の離れた部位で起こる2つの反応サイクルが、どのように連携しているかは分かっていませんでした。化学反応サイクルを歯車に例えると、それぞれ回転する2つの歯車が噛み合う仕組みが分かっていなかった、と言うことができます。
シアノバクテリアの概日時計は、3種類の時計タンパク質KaiA, KaiB, KaiCとアデノシン三リン酸(ATP)(※2)を試験管内で混ぜ合わせることで再構成できます(図1)。ペースメーカーとして働くKaiCに、その2つの歯車が組み込まれています。KaiCは二重リング構造になっており(C1リングとC2リング)、上部の歯車であるC1リングでは、ATP加水分解サイクルが進行します。ATPが分解されてアデノシン二リン酸(ADP)へと変換され、ADPがKaiC外部に抜けると、次のATPが取り込まれるという反応サイクルです(図1、ATP-ADPサイクルとして表記)。下部の歯車であるC2リングでは、リン酸化・脱リン酸化サイクルが進行します。特定のアミノ酸にリン酸基をリズミックに付けたり外したりする反応サイクルです(図1、赤丸Pの脱着サイクルとして表記)。
KaiCが表す時刻情報は、この2つのリングの状態を連携させることではじめて生み出されます。例えば、C1リングのみを改変してATP加水分解サイクルを加速・減速させると、C2リングのリン酸化・脱リン酸化サイクルも加速・減速されることが知られています。C1リングとC2リングが歯車として回転する様子を観察し、それらが互いに連携する仕組みを明らかにすることは、概日時計の仕組みを理解するうえで必要不可欠でした。
図1:シアノバクテリアの概日時計を駆動する時計タンパク質KaiC
研究の成果
研究グループは、KaiCが刻々と状態を変えながら(歯車を回しながら)時を計る仕組みを、原子レベルで明らかにすることを目標に研究を進めてきました。結晶化したKaiCを兵庫県・播磨の大型放射光施設SPring-8(BL44XU)に持ち込み、X線結晶構造解析(※3)を進めました。KaiCの立体構造を分析し、C1リングとC2リングがそれぞれ反応サイクルを進めながら連携する様子を捉えることに成功しました(図2)。
C1リングでは、ATPが分解される前の状態、分解されてADPとなった状態を、まざまざと観察することができました。C2リングでは、リン酸基の付け外しに伴って、アミノ酸の鎖(ペプチド鎖)がほどけた状態(コイル状態)とらせん状態(ヘリックス状態)の2つの状態を行き来することが分かりました。そして、C1リングでADPがATPに置き換わるときに、C2ではコイル状態からヘリックス状態へと変化することを発見しました。2つの歯車が連動する様子が、世界で初めて明らかになった瞬間でした。
研究者を驚かせたことは、C1リングとC2リングの連携には特別な仕掛けが必要で、それがあたかも「演算処理装置」のように振る舞っていたことでした。C1リング側にある酸性のアミノ酸とアルカリ性のアミノ酸のあいだを、C2リング側の中性アミノ酸が水素結合(※4)を切り替えながら行き来していました。中性アミノ酸を酸性やアルカリ性のアミノ酸へと改変して、結合の切り替えができないようにすると、KaiCは機能しなくなりました。この水素結合の切り替えはわずか0.1ナノメートルの領域で起こる極小かつ精密なもので、一方の歯車の進む速度や回転の度合いを読み取り、他方の歯車に伝える働きを、双方向的に行っているのです。
このように2つの歯車が噛み合うことで、KaiCは時刻情報を生み出します。C1リングには2つ以上の状態(ATP状態、ADP状態…等)があり、C2リングは2つの状態を行き来します(コイル状態、ヘリックス状態)。組み合わせとして少なくとも2×2=4通り以上の時刻情報を表すことができ、朝・昼・夕・夜などの区別が可能となるのです。このようにKaiCの内部で、ATP加水分解サイクル、リン酸化・脱リン酸化サイクルの2つの歯車と、それらを連携させる演算装置がタイミングを合わせて働くことで、シアノバクテリアの概日時計が駆動されることが分かりました。
図2:時計タンパク質KaiCの2つの歯車の構造
今後の展開・この研究の社会的意義
時計タンパク質の種類や構造は生物種によって異なりますが、複数の化学反応を組み合わせて時刻情報を生み出す点は共通しています。本研究が示すのは、化学反応に連動するタンパク質自身の構造変化や水素結合の切り替えに着目することで、概日時計の理解が格段に進むということです。KaiCが機能する原理をよりよく理解することで、似たような仕組みをもつ他の生物種の時計タンパク質の研究にも、その手法や考え方を応用することができます。
細胞のなかでは多種多様な生体物質がひしめき合っています。そのため、こうした分子内で完結する精密な制御システムの働きが重要となります。何週間も振動を続けるKaiCのような頑丈かつ精緻なタンパク質の仕組みを明らかにすることは、細胞の仕組みや生命の成り立ちを明らかにするうえで大切なことなのです。
用語解説
(※1)時計タンパク質
生物時計の機能を維持するために必須となるタンパク質の総称。時計タンパク質を変異させたり欠損させたりすると、生物の行動のリズム特性に様々な影響が現れる。
(※2)ATP
アデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate)の略称。筋肉収縮など細胞における様々な運動のエネルギー源として利用される物質のことを指す。生物のエネルギーの利用・貯蓄に用いられ、その重要性から「生体におけるエネルギーの通貨」とも呼ばれる。アデノシンという物質に3つのリン酸基が結合した形をしている。ATP加水分解は、水分子との反応によってリン酸基が外されて分解される反応で、アデノシン二リン酸(ADP)が生成される。リン酸化はリン酸基がATPからタンパク質のアミノ酸残基へと移る反応、脱リン酸化はアミノ酸残基に付与されたリン酸基が解離する反応。
(※3)X線結晶構造解析
分子の立体構造を明らかにするために用いられる解析手法のひとつ。原子や分子が3次元に配列した結晶にX線を照射し、回折されたX線の方向・強さを解析することで、電子の分布すなわち原子の配置についての情報を得ることができる。
(※4)水素結合
電気陰性度の大きいふたつの原子のあいだに水素原子が入って形成される化学結合。分子の骨格を構成する共有結合よりも結合エネルギーが小さく、切り替えが比較的容易。
研究グループ
分子科学研究所・協奏分子システム研究センター
名古屋大学・大学院理学研究科 / 高等研究院
大阪大学・蛋白質研究所
研究サポート
本研究は、科学研究費補助金No.17H06165, No.18K06171, No.19K16061等の助成を受けて実施されました。
研究に関するお問い合わせ先 |
研究に関するお問い合わせ先
氏名:古池美彦(ふるいけよしひこ)
所属、職位:分子科学研究所 助教
TEL:0564-55-7336
E-mail:furuikeims.ac.jp
氏名:秋山修志(あきやましゅうじ)
所属、職位:分子科学研究所 教授
TEL:0564-55-7363
E-mail:akiyamasims.ac.jp
報道担当
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7374
E-mail:pressims.ac.jp
東海国立大学機構 名古屋大学広報室
機構事務局総務部総務課広報グループ
TEL:052-789-3058 FAX:052-789-2019
E-mail:nu_researchadm.nagoya-u.ac.jp
大阪大学蛋白質研究所 広報室
TEL:06-6879-4317(庶務係) FAX:06-6879-8590
E-mail:kouhouprotein.osaka-u.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
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