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ジャイロイド金属有機構造体における圧電転移を発見
――仲間外れの点群から新たな機能を創出――
2025年3月24日
東京大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
◆ジャイロイド構造を持つ金属有機構造体において、これまでに報告例のない対称性の変化を伴う相転移を発見しました。
◆ひずんだ硫酸分子イオンが持つ電気双極子モーメントが三次元的な螺旋構造を形成し、それと同時に圧電性が発現することを明らかにしました。
◆応力と電場によって制御可能な、高耐久メモリデバイスの開発につながることが期待されます。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教、徳永祐介准教授、有馬孝尚教授、同大学物性研究所の石川孟助教らの研究グループは、名古屋大学、高輝度光科学研究センター、名古屋工業大学、理化学研究所と共同で、ジャイロイド(注1)構造を持つ金属有機構造体(MOF)(注2)において、新しいタイプの圧電転移(注3)を発見しました。 |
【これまでの背景・経緯】
私たちの日常生活はさまざまな機能性材料によって支えられています。これらの材料の特性を理解する上で、結晶構造は非常に重要な情報です。材料の性質は結晶の対称性に依存しており、結晶は32種類の点群(注6)に分類されます。身近な例として、2010年と2014年のFIFAワールドカップにおいて使用された公式サッカーボールは、それぞれ点群23(にさん)と点群432(よんさんに)の対称性を持っています(図1b、1c)。
図1:結晶点群の一覧とその特徴
(a) 回転操作(数字)や鏡映操作(m)によって分類される32種類の結晶点群。
(b)(c) 2010年と2014年のFIFAワールドカップの公式サッカーボールの模様。ボール上の各点に付された数字(n = 2, 3, 4)は、その点の周りに(360°)/(n°)回転させると元の模様と重なる回転対称操作を意味する。
(d) 焦電群は自発的に電気分極を出現する。
(e) 圧電群に属さない点群は電気分極を生じない。
(f) 焦電群に属さない圧電群は、応力を加えている間だけ電気分極を生じる。
(g) ジャイロイドと呼ばれる三次元周期極小曲面。点群432と同じ対称性を有する。
点群には、対称心(注7)を持つ11種類と持たない21種類があり、後者は圧電群や焦電群に分かれます(図1a)。焦電群に属する結晶は、物質内部で電荷の分布が不均一になることで自発的に電気分極を生じ(図1d)、その中でも、外部電場により電気分極の向きを制御できる物質は強誘電体と呼ばれます。一方、圧電群に属さない物質は電気分極を示しません(図1e)。図1aを見ると、焦電群に含まれない圧電群が10種類存在することが分かります。これらの物質は、応力を加えることで初めて物質内部に電気分極が発生します(図1f)。このような圧電性を持つ物質は圧電体と呼ばれ、センサーやモーターなどさまざまな電子機器に応用されています。しかし、従来の圧電材料のほとんどは、圧電性と同時に焦電性も示すため、強い電場の下では、応力がなくても電気分極に影響が及んでしまいます。図1aに改めて注目すると、対称心を持たない点群の中で唯一、圧電群に属さない仲間はずれの点群432が存在することが確認できます。432に属する物質は、温度低下に伴い対称性が変化して圧電性を示す可能性がありますが、これまでその圧電特性を調べた研究はほとんどありませんでした。
図2:ジャイロイドMOFの結晶構造
(a) 点群432に属する高温構造。CoとSのネットワークに注目するとそれぞれ逆向きのジャイロイド構造を形成している。
(b) 硫酸イオン(SO42-)の周りに6つのジメチルアンモニウム(Me2NH2)が存在。高温では上向きと下向きのSO42-が等確率で存在する。
(c) 低温ではSO42-が秩序化し、電気双極子モーメント(p)が出現。
(d) ジャイロイドネットワーク上で電気双極子モーメントが三次元的な螺旋構造を形成。
本研究では、立方晶(注8)点群432に属するジャイロイド構造を持つMOFに着目しました。ジャイロイドは三次元空間において三方向に周期的なネットワーク構造を持ち(図1g)、MOF、ポリマー、昆虫のナノ構造などの多様な化学・生物系に現れます。本研究チームが調べたジャイロイドMOFの構造では、コバルト(Co)と硫黄(S)が互いに逆向きのジャイロイドネットワークを形成しています(図2a)。Coに着目すると、物理学者たちが長年探求してきた「キタエフ量子スピン液体」と呼ばれる魅力的な現象の研究にも適しています(※)。一方、本研究ではSが形成するひずんだ四面体型の硫酸イオン(SO42-)に注目しました。室温では、SO42-は6つのジメチルアンモニウム(Me2NH2)分子に囲まれており(図2b)、二種類の逆向きの分子が等確率で存在するため、電気双極子モーメント(p)は打ち消され、全体として存在しません。このような無秩序な分子は、温度低下に伴い規則的に秩序化し、結晶の対称性が低下する可能性があります。
実際に、大型放射光施設SPring-8(注9)BL02B1で単結晶を用いたX線回折実験(注10)を行った結果、低温でSO42-分子が秩序化し(図2c)、立方晶格子を維持したまま点群432が23に変化することを世界で初めて観測しました。さらに、SO42-分子が持つ電気双極子モーメントが珍しい三次元的な螺旋構造を形成することも確認しました(図2d)。通常、温度低下による構造変化では結晶格子がひずむことが一般的ですが、本研究で注目したMOFでは格子のひずみを最小限に抑えながら秩序化が起こりました。この構造変化は、繰り返し動作時の耐久性向上に寄与すると考えられます。さらに、電気分極測定を行った結果、非圧電群432から焦電群ではない圧電群23への変化に対応する圧電応答の観測に成功しました。本研究で発見した対称性の変化は、応力と電場によって制御可能な耐久性の高い双安定性メモリデバイスの開発につながると期待されます。
〇関連情報:
※プレスリリース「MOFのハイパーオクタゴン格子でゆらぐスピン ―量子計算の舞台となる物質の開発を次の次元へ―」(2024/4/11)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=22448
発表者・研究者等情報
◆発表者
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
鬼頭 俊介 助教
徳永 祐介 准教授
有馬 孝尚 教授
物性研究所
石川 孟 助教
◆共同研究グループ
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
鬼頭 俊介 助教
上野 正人 修士課程(研究当時)
徳永 祐介 准教授
有馬 孝尚 教授
(兼 理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長)
岡本 博 教授
東京大学 物性研究所
石川 孟 助教
木下 雄斗 特任助教
金道 浩一 教授
名古屋大学
澤 博 教授
高輝度光科学研究センター
中村 唯我 研究員
名古屋工業大学
宮本 辰也 准教授
研究助成
本研究は、科研費「課題番号:21H04988、22K14010、23H01120、24H01644、24H01650」の支援により実施されました。
【用語解説】
注1. ジャイロイド
ジャイロイドは三次元空間において三方向に周期性を有する極小曲面の一種である。表面は連続的かつ複雑なネットワーク構造を形成しており、その幾何学的特性から材料設計分野で注目されている。自然界では、細胞内の膜構造や蝶の羽の表面構造などに見られることがある。
注2. 金属有機構造体(MOF)
金属イオンが有機分子によって結合されたネットワーク構造を持つ物質。ガス吸蔵や触媒としての応用が注目されている。
注3. 圧電転移
結晶構造が外部の温度や圧力によって変化し、圧電特性が大きく変わる現象。
注4. 電気分極
物質内部で正と負の電荷の重心位置が一致せず、偏りが生じる現象。
注5. 電気双極子モーメント
正と負の電荷の大きさとそれらの間の距離の積によって定義される、電気分極の大きさを表すベクトル量。今回の場合、四面体型の硫酸イオン(SO42-)がひずみ、潰れた正三角錐状の構造をとることにより、SO42-イオンに電気双極子モーメントが存在すると見なすことができる。
注6. 点群
結晶や分子の構造がどの程度対称であるかを示す概念。すべての結晶は、回転操作や鏡映操作を行った際に元の構造と一致するかを調べることで、32種類の点群に分類することができる。
注7. 対称心
結晶内部に存在する特定の点であり、対称心が存在する構造では、対称心を中心に反転操作を行うと、必ず同一の対応点が存在する。
注8. 立方晶
結晶の周期性を考慮すると、基本骨格は三斜晶、単斜晶、直方晶、正方晶、三方晶、六方晶、立方晶の7種類に分類される。その中で、最も対称性が高い晶系が立方晶である。
注9. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注10. X線回折実験
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法の一つ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱されたかを測ることで、試料の中の原子の並び方や原子間の距離を決定する。
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
東京大学大学院新領域創成科学研究科
助教 鬼頭 俊介(きとう しゅんすけ)
東京大学物性研究所
助教 石川 孟(いしかわ はじめ)
東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
Tel:04-7136-5450 E-mail:pressk.u-tokyo.ac.jp
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部 普及情報課
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
Tel:0791-58-2785 E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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イリジウム添加による鉄-コバルト合金の磁気特性の増強メカニズムを解明
~放射光計測と高品質薄膜技術で磁性材料の精密評価を実現~
2025年3月21日
東京理科大学
高輝度光科学研究センター
兵庫県立大学
研究の要旨とポイント
➢ 鉄(Fe)-コバルト(Co)-イリジウム(Ir)合金は優れた磁気特性を有することが知られていますが、その特性の起源については未解明のままでした。
➢ 組成傾斜を有する高品質な単結晶薄膜(Fe75Co25)100-xIrx(x = 0 ~ 11%)を作製し、軟X線と硬X線(*1)を用いたX線磁気円二色性(XMCD)(*2)測定により、各元素の磁気モーメントを評価しました。
➢ XMCD測定により、Ir添加がFeやCoの軌道磁気モーメント(*3)を増強することで、スピン軌道相互作用(*4)を強化することを明らかにしました。また、第一原理計算(*5)により、Ir添加が電子の局在化を促進し、5d重元素と3d遷移金属が強く相互作用することで磁気モーメントが増強されることを明らかにしました。
➢ 本研究成果のさらなる発展により、高効率モーターや磁気センサーなど、高性能なデバイス開発の設計指針を提供し、磁性材料分野の進展に大きく貢献することが期待されます。
東京理科大学 研究推進機構 総合研究院の山崎 貴大助教、同大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻の河崎 崇広氏(2024年度 修士課程2年)、同大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の小嗣 真人教授、物質・材料研究機構の岩崎 悠真主任研究員、桜庭 裕弥グループリーダー、高輝度光科学研究センターの河村 直己主幹研究員、兵庫県立大学の大河内 拓雄教授らの共同研究グループは、軟X線と硬X線を用いたX線磁気円二色性(XMCD)測定により、鉄(Fe)-コバルト(Co)-イリジウム(Ir)合金が優れた磁気特性を引き起こすメカニズムを解明することに成功しました。本研究成果は、磁性材料の理解を深めるだけでなく、磁気特性向上の新たな指針を示し、高効率モーターや革新的な磁気センサーなど次世代技術の実現に貢献する基盤となることが期待されます。 |
【研究の背景】
高い磁気特性を持つ磁性体は、不揮発性メモリ、磁気センサー、高密度ストレージなど広範な分野の発展において不可欠な材料です。特に、Fe75Co25合金は、3d遷移金属の中でも優れた磁気特性を持ち、高いキュリー温度や優れた相安定性を備えていることから、有望な磁性材料の一つとして注目されています。次世代デバイスの開発には、これらの特性を深く理解し、精密に制御することが重要な鍵となります。
これまでの研究から、一部の磁性材料に5d重元素を添加することで、磁気特性を制御できることが明らかになっています。例えば、Fe-Co合金にIrを添加した単結晶Fe-Co-Ir薄膜は、異方性磁気抵抗効果(AMR)(*8)、異常ホール効果(AHE)(*9)、異常ネルンスト効果(ANE)(*10)などの興味深い性質を示すことが知られています。しかし、これらの現象のメカニズムに対しては、依然として十分な理解が得られていません。
そこで本研究では、Fe-Co-Ir合金に注目し、優れた磁気特性を引き起こすメカニズムを詳細に解明することを目的としました。具体的には、組成傾斜を有する単結晶(Fe75Co25)100-xIrx (x = 0 ~ 11 at%)合金膜を作製し、軟X線と硬X線を用いたXMCD測定により、Ir添加が磁気特性に与える影響を調査しました。
【研究結果の詳細】
室温アルゴン雰囲気下で、MgO基板上に厚さ30 nmの均一な(Fe75Co25)100-xIrx (x = 0 ~ 11 at%)層を成膜しました。成膜後、真空中でポストアニール処理を施し、さらに、Fe-Co-Ir層の酸化を防ぐため、上部に2 nmのルテニウム(Ru)層を作製しました。蛍光X線分析により、幅7 mmの範囲でFe75.4Co24.6から(Fe76.1Co23.9)89.0Ir11.0までの組成傾斜を有することが確認されました。
作製した合金膜について、XMCD測定を用いて元素ごとの磁気モーメントを詳しく評価しました。その結果、スピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントをFe75Co25と比較した場合、Feではそれぞれ1.07倍、1.44倍、Coでは1.18倍、1.12倍となりました。このことから、Ir添加によりFeとCoの軌道磁気モーメントが増強されること、特に軌道磁気モーメントの寄与がスピン磁気モーメントを上回ることが明らかになりました。
また、汎関数理論計算によって、Ir添加が電子の局在化を促進し、スピン軌道相互作用を増大させることが示唆されました。特に、Irの5d電子とFe、Coの3d電子との相互作用が主要な要因であることが確認され、FeとCoの電子状態が低いエネルギー準位へシフトすることで、軌道成分が磁気モーメントへ与える影響が増大することが明らかになりました。さらに、B2秩序構造の磁気モーメントはA2無秩序構造の磁気モーメントよりも大きく、B2秩序構造が磁気特性の増強に寄与していることが示唆されました。
本研究を主導した東京理科大学の山崎 貴大助教は、「磁性材料は、データストレージデバイスや高効率モーター、精密磁気センサーなど、現代社会を支える重要な技術に広く応用されています。本研究では、高効率かつハイスループットな材料評価のワークフローと理論解析手法を確立し、未踏の磁性材料探索や効率的な材料設計を可能にする基盤を構築することができました。本研究成果は、環境負荷を低減する高効率モーターや次世代高密度ストレージ技術の開発を促進し、情報社会の進化と持続可能な社会の実現に大きく寄与することが期待されます」と、コメントしています。
※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(No. 23K13636, 22K14590, 22K14590, 21H04656)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業のCREST(No. JPMJCR21O1)、ACT-X(No. JPMJAX22AL)の助成を受けて実施したもので す。また、XMCD測定は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL25SUとBL39XUで行われました(課題番号: 2024B1266, 2023B1421, 2023A1008, 2023A1179, 2022B1113, 2022B1004, 2022A1407, 2022A1027)。
【発表者】
山崎 貴大 東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 助教
河﨑 崇広 東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 修士課程2年
小嗣 真人 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
岩崎 悠真 国立研究開発法人物質・材料研究機構 マテリアル基盤研究センター 材料設計分野 データ駆動型材料設計グループ 主任研究員
桜庭 裕弥 国立研究開発法人物質・材料研究機構磁性・スピントロニクス材料研究センター 磁気機能デバイスグループ グループリーダー
河村 直己 公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室・動的分光イメージングチーム 主幹研究員
大河内 拓雄 兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所 教授
【用語】
*1. 軟X線と硬X線
X線は波長により分類され、波長が0.1~10 nmのものを軟X線、0.001~0.1 nmのものを硬X線と呼ぶ。軟X線はエネルギーが低く、鉄(Fe)やコバルト(Co)などの遷移金属のL殻電子を励起するのに適している。一方、硬X線はエネルギーが高く、イリジウム(Ir)などのより深い内殻であるL殻電子の励起に適している。このように、ターゲットとする元素や電子殻に応じて適切なエネルギーのX線を選択することで、特定の電子状態や構造情報を得ることが可能である。
*2. X線磁気円二色性(XMCD)
磁性体に円偏光X線を照射すると、材料の磁化方向と円偏光の方向に依存して、X線の吸収が変化する。この現象を利用し、元素ごとのスピンおよび軌道磁気モーメントを調べる分析手法である。
*3. 軌道磁気モーメント
電子が原子核の周りを周回(軌道運動)することによって生じる磁気モーメント。
*4. スピン軌道相互作用
電子の軌道角運動量とスピン角運動量の間の相互作用であり、物質の磁気的性質やエネルギー準位の分裂に影響を与える。
*5. 第一原理計算
物質の基礎的な性質を量子力学に基づいて計算する手法。実験データに依存せず、物質の構造や物性を理論的に予測できるため、新材料の開発や物理現象の解明に広く応用されている。
*6. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*7. スピン磁気モーメント
電子のスピン(固有の角運動量)によって生じる磁気モーメント。
*8. 異方性磁気抵抗効果(AMR)
外部磁場により物質の電気抵抗が変化する現象。
*9. 異常ホール効果(AHE)
外部磁場を加えたとき、電荷キャリアがローレンツ力を受けることで、電流の方向と垂直な方向に電圧(ホール電圧)が発生する現象をホール効果という。強磁性材料では、電流を流した際に、外部磁場がなくても、電流の方向と垂直な方向に電圧が生じる。これを異常ホール効果という。
*10. 異常ネルンスト効果(ANE)
磁性体に温度勾配が存在するときに、材料自身の内部磁化と温度勾配の両方に垂直な方向に起電力が生じる現象。
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【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 助教
山崎 貴大(やまざき たかひろ)
【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
E-mail:kohoadmin.tus.ac.jp
JASRI利用推進部 普及情報課
TEL: 0791-58-2785
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兵庫県立大学 播磨理学キャンパス経営部 高度産業科学技術研究課
TEL: 0791-58-0249
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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- 参照数: 309
ニッケル酸ビスマスの圧力誘起電荷非晶質化を発見
—熱膨張問題を解決する新たな負熱膨張材料の開発に期待—
2025年3月5日
東京科学大学
神奈川県立産業技術総合研究所
総合科学研究機構
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
熊本大学
京都大学
量子科学技術研究開発機構
生産開発科学研究所
科学技術振興機構(JST)
【ポイント】
○ペロブスカイト型酸化物ニッケル酸ビスマスの特異な温度圧力変化を解明。
○低温で加圧すると、Bi3+とBi5+の秩序配列が消失し、非晶質化することを発見。
○温めると縮む、新しい負熱膨張材料の開発につながると期待。
BiNiO3の高圧・低温でのBi3+/Bi5+電荷グラス転移と、高圧・高温での負熱膨張を伴うBi-Ni間電荷移動のイメージ
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院の西久保匠特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授、国立台湾大学の陳威廷(チェン・ウェイティン)研究員、英国エジンバラ大学のJ. Paul Attfield(ポール・アットフィールド)教授らの研究グループは、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3という電荷分布(用語1)を持つペロブスカイト型(用語2)酸化物ニッケル酸ビスマス(BiNiO3)を低温で加圧すると、電荷非晶質(電荷グラス。Biイオンの並び方に秩序がなくなり、ランダムに存在する)状態になる、特異な温度圧力変化を示すことを明らかにしました。 |
●背景
ペロブスカイト酸化物は、強誘電性や圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導といった多彩な機能を持つため、盛んに研究されています。その一種であるBiNiO3(ニッケル酸ビスマス)は、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3という特徴的な電荷分布と、Bi3+とBi5+が柱状に秩序配列した結晶構造(図1左下)を持ち、4 GPa(ギガパスカル)に加圧すると、Bi3+Ni3+O3の高圧相(図1右上)に電荷移動転移することが報告されていました。
図1 今回解明したBiNiO3の圧力―温度状態図
この際にはペロブスカイト構造の骨格を作るNi-O結合が収縮するため、約3%の体積収縮が起こります。さらにBiNiO3のNiを一部Feで置換したBiNi1-xFexO3は、温めると収縮する負熱膨張を示すことから、位置決めのずれや異種材料接合界面の剥離といった熱膨張問題の解決につながると期待されており、東京工業大学(当時)の特許をライセンスした日本材料技研株式会社から負熱膨張材料として販売されています。
一方で、BiNiO3には低温・高圧環境でさらなる新しい電子相が出現する可能性が指摘されていますが、これまで詳しく研究されていませんでした。
●研究成果
今回の研究では、BiNiO3の高圧・低温環境での振る舞いを詳しく調べるために、大型放射光施設SPring-8(用語5)のビームラインBL22XUでの圧力下放射光X線粉末回折実験(用語6)と、BL39XUでの放射光X線吸収分光(用語7)に加え、英国ラザフォードアップルトン研究所での圧力下中性子回折実験(用語8)によって、BiNiO3を250 K以下の低温で圧縮した場合の原子の配列の変化を調べました。その結果、圧縮後のBiNiO3では、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3の電荷分布を保ったまま、Bi3+とBi5+の秩序配列が消失し、3価のビスマスと5価のビスマスがランダムに存在する「電荷グラス」状態になることが分かりました(図1右下)。さらに、この電荷グラス相を圧力を保ったまま昇温すると、Bi3+Ni3+O3相への電荷移動転移が起こり、体積が収縮する(負熱膨張する)ことが確認されました(図2)。
図2 放射光X線回折で測定した、BiNiO3の4.3GPaでの単位格子体積の温度変化。温めると縮む負熱膨張が起きていることが分かる。
同様の圧力誘起非晶質化はシリコンやSiO2、GeO2でも観測されています。そうした物質で見られる、原子配列が不規則になる非晶質化と、今回BiNiO3で発見した電荷配列が不規則化する電荷非晶質化にはどのような相関があるのか検討していきます。
●社会的インパクト
従来知られているBiNiO3のBi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3結晶相からBi3+Ni3+O3相への電荷移動転移とそれに伴う負熱膨張は、BiNi1-xFexO3という負熱膨張材料として活かされています。
今回電荷グラス相からBi3+Ni3+O3相への転移でも負熱膨張が起こることが見つかったことから、このメカニズムを用いた新しい負熱膨張材料の開発が期待されます。
●今後の展開
結晶構造解析から、BiNiO3の電荷グラス相は強誘電性を持っていることが示唆されており、Niの持つ磁性との相関の解明に興味が持たれます。また、BiNiO3同様にBi3+とBi5+またはPb2+とPb4+を両方含む類似の化合物の高圧高温/高圧低温環境での振る舞いも明らかにしていきたいと思います。
●付記
本研究の一部は、JST-CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京科学大学教授)、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ」(グループリーダー:東正樹 東京科学大学教授)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号17105002、18350097、22244044、JP18H05208、JP19H05625、JP22KK0075、JP24H00374)、東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 共同利用研究の支援のもと実施されました。
【研究者プロフィール】
東 正樹(アズマ マサキ) Masaki AZUMA
東京科学大学 総合研究院 教授
研究分野:固体化学
【用語説明】
(1)電荷分布
ビスマスは3価と5価、ニッケルは2価、3価、4価を取ることができる。それらの価数の組み合わせを電荷分布という。
(2)ペロブスカイト型
一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
(3)負熱膨張
通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
(4)秩序配列
原子の配列が整然としていて、繰り返し周期があること。
(5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(6)放射光X線回折実験
物質の構造を調べる方法のひとつ。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
(7)放射光X線吸収分光
物質の電子状態や局所構造を元素選択的に調べる方法のひとつ。放射光X線を試料に照射し、吸収のエネルギー依存性を測定する。
(8)中性子回折実験
試料に中性子を当てて、回折された中性子から対象物質の構造を調べる方法。中性子は、物質中の原子核と強く相互作用するので、物質中の電子と相互作用するX線回折とは異なる情報が得られる。酸素や水素などの軽元素を含む物質や、磁性を持つ物質の構造解析などに威力を発揮する。
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東 正樹
(報道取材申し込み先)
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石川 誠
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
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利用推進部 普及情報課
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触媒サイクル中の酵素における基質の動きをSACLAで解明
~基質がクルっと回転して反応する~
2025年3月12日
兵庫県立大学
理化学研究所
名古屋大学
兵庫県立大学大学院理学研究科の長尾聡特任助教(現 高輝度光科学研究センター)及び久保稔教授、理化学研究所放射光科学研究センターの當舎武彦専任研究員(現 兵庫県立大学)及び杉本宏専任研究員のグループは、名古屋大学大学院理学研究科の荘司長三教授らの研究グループと共同で、X線自由電子レーザー(XFEL)※1施設SACLA※2を活用し、触媒サイクル中、酵素内で基質※3の向きが精密に制御されることで、触媒反応が効率よく進む瞬間を捉えました。 |
【研究の背景】
シトクロムP450は、鉄原子を巧みに利用してさまざまな基質の酸化反応を触媒する酵素であり、ステロイドホルモンや胆汁酸の生合成、薬物の代謝など、多くの重要な生物学的プロセスに関与しています。その中でも、長鎖脂肪酸の酸化反応を担うP450BM3は、シトクロムP450ファミリーの中でも顕著に高い活性を持つため、バイオ触媒開発において魅力的な出発点とされています。これまで、P450BM3を改変し、本来の基質でない化合物(非天然基質)を酸化させるためのタンパク質工学的試みが数多く行われてきました。その中で、共同研究グループの荘司教授らは基質誤認識システムを開発し、非天然基質であるスチレンを立体選択的に酸化させることに成功していました(図1)。しかし、P450BM3が非天然基質を酸化する仕組みは未解明でした。反応の仕組みを知るために、反応の途中で現れる「反応中間体」の構造を原子のレベルで観察することが長年望まれてきましたが、反応中間体は非常に不安定であるため、観察は困難でした。
図1.基質誤認識システムを利用した非天然基質の人工的酸化反応。酵素に基質と似た「デコイ分子」を結合させると、酵素はそれを基質と誤認して活性化し、本来の基質ではない化合物(非天然基質)を酸化できるようになる。図は、P450BM3にデコイ分子を結合させ、スチレンを立体選択的に酸化させた例を示している。
【研究内容と成果】
P450BM3は、以下の反応中間体を経て基質酸化を進めることが知られています(図2)。
① 酵素が不活性な状態(酸化型)
② 酵素が電子を受け取り、活性中心に存在する鉄原子を還元した状態(還元型)
③ 鉄原子に酸素分子(O2)が結合し、スチレンを酸化する準備に入った状態(酸素結合型)
本研究では、基質誤認識システムを用いたP450BM3に特定のアミノ酸を置換することで、反応中間体の安定性を向上させるとともに、スチレン酸化の活性と立体選択性に優れた人工P450BM3を作製しました。この人工P450BM3を用いて、①~③の反応中間体をフリーズトラップし、SACLAを用いた結晶構造解析により、それらの構造を明らかにしました。従来の放射光では、X線照射による反応中間体の崩壊が課題となっていましたが、SACLAが生成する極短パルスX線を用いることで、この課題を克服し、反応中間体が崩壊する前の一瞬の構造を捉えることに成功しました。
詳細な解析の結果、図2に示すように、最初の酸化型に結合したスチレンの向きは不安定でした。しかし、その後、鉄原子が還元され、酸素分子(O2)が鉄原子に結合する反応が進んでいくと、スチレンは特定の方向から酸化されやすいように「クルっと」回転して一つの向きに揃っていく機構が観測されました。また、スチレンを酵素活性中心へ運び込む通路も消失していました。これまでスチレンの位置や配向を制御する仕組みは不明でしたが、本研究により、鉄原子上で進行する精緻な化学反応が分子全体の構造を制御してスチレンとの反応を進めていることが明らかになりました。
図2. 触媒サイクルにおけるスチレンの配向制御機構。酵素活性中心に存在する鉄原子が電子を受け取って酸化型から還元型になると、スチレンを運び込む通路が閉じ、酵素内でスチレンは二通りの配向で安定化する。さらに鉄原子に酸素分子(O2)が結合して還元型から酸素結合型になると、スチレンはクルっと回転して、立体選択的に酸化されやすい配向に固定される。挿入図は、捉えることが非常に困難な酸素結合型の立体構造。
【今後の展開】
従来、シトクロムP450を基盤としたバイオ触媒開発は、不活性な酸化型の構造に基いて行われることが一般的でした。しかし、本研究で明らかにした反応中間体の構造は、酸化反応における基質の配置や酵素の立体構造が動的に制御されていることを示しています。本研究で発見したP450BM3の触媒サイクル中における基質の配向制御は、スチレン以外の基質や他のシトクロムP450の基質酸化においても存在する可能性があります。本研究で用いられた反応中間体のフリーズトラップとSACLAを組み合わせた構造解析の手法は、これらの反応機構を解明するための強力なツールになります。今後、この手法を活用することで、反応中間体の構造に基づいたバイオ触媒の設計が加速し、新たな触媒機能の創出に繋がることが期待されます。
【研究支援】
本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR15P3)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP19H05784、JP24H02263、JP18KK0397、JP19K22403)による助成を受けて実施されました。
【発表者】
長尾 聡(兵庫県立大学大学院理学研究科 特任助教(研究当時)/現 高輝度光科学研究センター テニュアトラック研究員)
久保 稔(兵庫県立大学大学院理学研究科 教授)
當舎 武彦(理化学研究所放射光科学研究センター 専任研究員(研究当時)/現 兵庫県立大学大学院理学研究科 教授
杉本 宏(理化学研究所放射光科学研究センター 専任研究員)
荘司 長三(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
【用語解説】
※1. X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かし、数十マイクロメートル以下の小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析に利用されている。また、フェムト秒パルスの特性を活かし、X線照射による試料損傷が顕在化する前の構造を解析することが可能であり、鉄原子を含む酵素など、損傷が顕著な試料の構造解析に利用されている。
※2. SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を持つ。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。
※3. 基質
酵素に特異的に結合し、化学反応によって生成物へと変化される分子の総称。
※4. シトクロムP450BM3
巨大菌(Priestia megaterium)由来のシトクロムP450タンパク質。酸素分子(O2)を用いて長鎖脂肪酸を酸化する酵素で、報告されているシトクロムP450ファミリーの中で最も高い触媒活性をもつ。
※5. タンパク質工学
天然のタンパク質のアミノ酸配列を改変することで、有用な機能をもつ人工タンパク質を設計・開発する手法。
※6. 基質誤認識システム
本来の基質に似た分子(デコイ分子)をP450BM3に結合させると、P450BM3は基質を結合したと誤認識して活性化し、本来の基質ではないスチレンなどを酸化できるようになる。この仕組みを利用して非天然基質を酸化可能にしたバイオ触媒システム。
※7. フリーズトラップ
試料の状態が変化しないように、液体窒素などを用いて試料を急速に凍結する実験手法。本研究では、P450BM3反応中間体の微結晶を液体窒素で凍結し、−170℃以下に保ちながらSACLAで実験を行った。
本件に関するお問い合わせ先 |
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(研究に関すること)
久保 稔(クボ ミノル)
兵庫県立大学 大学院理学研究科 教授
杉本 宏(スギモト ヒロシ)
理化学研究所 放射光科学研究センター 生命系放射光利用システム開発チーム 専任研究員
荘司 長三(ショウジ オサミ)
名古屋大学 大学院理学研究科 教授
(報道に関すること)
兵庫県立大学 播磨理学キャンパス経営部総務課
TEL:0791-58-0101
E-mail:soumu_harimaofc.u-hyogo.ac.jp
理化学研究所 広報室報道担当
E-mail:ex-pressml.riken.jp
名古屋大学 総務部広報課
TEL:052-558-9735
Email:nu_researcht.mail.nagoya-u.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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- 参照数: 379
希土類元素置換で酸化鉄(黒さび)の磁化増大に成功
――ありふれた磁石の性能向上のためのデザイン則を実証――
2025年3月3日
東京大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
●Fe3O4に希土類元素を添加することにより飽和磁化を増大させることに成功した。
●Eu置換Fe3O4結晶中でEuとFeイオンの電子スピンが室温で強磁性的に結合していることを確認し、同物質の磁化制御に関する理論予測を初めて実証した。
●スピントロニクス、触媒化学、医療などの幅広い分野におけるFe3O4の産業応用の更なる発展・開拓につながると期待される。
東京大学大学院工学系研究科の関宗俊准教授、吉田博嘱託研究員、田畑仁教授と高輝度光科学研究センターの山神光平テニュアトラック研究員を中心とする研究グループは、ありふれた磁石であるマグネタイト(Fe3O4、黒さび)の磁化制御のための理論モデル・デザイン則の実証に世界で初めて成功しました。本研究では、希土類元素Euを添加したFe3O4単結晶薄膜の成長プロセスにおいて、成長速度を変化させることにより結晶中のEuの置換サイトを緻密に制御し、Fe3O4のスピネル型結晶構造(注1)の副格子間(正八面体-正四面体サイト間)のEuの分布と磁気特性の相関を調べました。その結果、理論予測の通り、正四面体サイトのFeをEuで置換した薄膜において飽和磁化が増大することが分かりました。また、軟X線内殻吸収磁気円二色性(XMCD)実験(注2)によりEuとFeが持つ電子スピンが強磁性的に結合していることを見出しました。これらの成果は、スピントロニクス分野だけでなく、医療、触媒化学や環境工学などの幅広い分野においてFe3O4の産業応用を飛躍的に促進しうるものと期待されます。
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発表内容
永久磁石であるマグネタイト(Fe3O4)は、地球上に豊富に存在する資源で生体内にも存在し、環境調和性と生体親和性を併せ持つ代表的な磁性酸化物です。そのため、Fe3O4はバイオ・スピントロニクス材料として大きく注目されており、環境・生体調和型デバイスへの応用に向けて、スピントロニクスだけでなく、医療、触媒化学、環境工学などの幅広い分野において長年に渡り精力的に研究が進められてきました。
近年、Fe3O4の更なる高次機能化に向けて、飽和磁化を増大させることが重要な課題となっています。これに対して、本研究グループの吉田博・東京大学大学院工学系研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センター嘱託研究員/大阪大学名誉教授らは、計算機ナノマテリアルデザイン手法を駆使して、Fe3O4のスピネル型結晶構造中の正四面体サイトのFeをEuで一部置換すると、3d-4f混合電子系の相対論的量子効果による巨大スピン軌道相互作用(注3)と、局在した3d-4f電子間の強い交換相互作用(注4)の協奏効果によって、磁化が著しく増大することを世界に先駆けて予測しました。しかしながら、空隙が少ない正四面体サイトに大きなイオン半径を持つEuイオンを配置させることは極めて困難であり、このようなEu置換Fe3O4単結晶は実現していませんでした。
本研究では、Fe3O4の単結晶薄膜の成長プロセスにおいて、成膜速度を変化させることにより、Euの結晶中の分布の制御を試みました。成膜速度が低い場合は、熱平衡状態を保ちながら反応が進行する従来のバルク結晶成長の場合と同様に、空隙の大きな正八面体サイトに優先的にEuが入りますが、成膜速度を極端に上げると、四面体サイトにEuが入ることが分かりました。また、この正四面体のFeをEuで置換した薄膜(Eu:Fe3O4薄膜)は、理論的に予測された通り、Fe3O4薄膜よりも大きな飽和磁化を持つことが確認されました(図1(a))。さらに、大型放射光施設SPring-8 BL25SU(注5)での軟X線内殻吸収磁気円二色性(XMCD)実験により、この正四面体サイトのEuと正八面体サイトのFeの電子スピンが強磁性的に結合していることを明らかにしました(図1(b))。一方、電気特性を調べたところ、Eu:Fe3O4薄膜はFe3O4薄膜とほぼ同じ電気抵抗率を示すことが分かりました。これは、Euが添加されても、Fe3O4の主要な伝導機構である、八面体サイトのFe間の電子のホッピングが阻害されないことを示唆しています。さらに、Eu:Fe3O4薄膜ではFe3O4薄膜と同様に室温で異常ホール効果(注6)が観測されました(図1(c))。これは、伝導電子が室温で高いスピン分極率を持つことを示唆しており、スピントロニクス応用のために重要かつ必須の特性が得られていることを示しています。
図1:Eu置換Fe3O4薄膜の(a)磁化の温度依存性、(b)軟X線内殻吸収磁気円二色性の磁場依存性、(c)ホール抵抗率の磁場依存性。
以上の成果は、マグネタイト磁石の更なる高強度化や、マグネタイトを用いた化学触媒やスピントロニクス素子の飛躍的な機能向上の実現につながるものであり、さまざまな分野において極めて大きな波及効果をもたらすものと期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
附属スピントロニクス学術連携研究教育センター
吉田 博 嘱託研究員
兼:大阪大学 名誉教授
関 宗俊 准教授
兼:電気系工学専攻
小林 正起 准教授
兼:電気系工学専攻
バイオエンジニアリング専攻
田畑 仁 教授
兼:電気系工学専攻/附属スピントロニクス学術連携研究教育センター
山原 弘靖 特任准教授
高輝度光科学研究センター(JASRI)
分光推進室 動的分光イメージングチーム
山神 光平 テニュアトラック研究員
研究助成
本研究は、Beyond AI連携事業による共同研究費、JST CREST(課題番号:JPMJCR22O2)、AMED(課題番号:JP22zf0127006)、科研費「基盤研究(S)(課題番号:20H05651)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:22K18804)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04099)」、「基盤研究(B)(課題番号:22H01952)」、「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0418)」の支援により実施されました。放射光実験は、高輝度光科学研究センターの承認のもと、SPring-8のビームラインBL25SUでXMCDの装置を用いて行われました(課題番号:2023B1539、2023B2427、2024A1479)。
【用語解説】
注1. スピネル型結晶構造
立方晶系に属する結晶構造の一種。「発表のポイント」で示した図(左)、酸素イオンにより正四面体的に囲まれた金属イオンと正八面体的に囲まれた金属イオンからなる。
注2. 軟X線内殻吸収磁気円二色性(XMCD)
左・右円偏光を持つ軟X線に対する内殻吸収の強度差として定義される。原理的に元素及び電子軌道選択性を有し、その絶対値の大きさは対象元素の持つ磁気モーメントの大きさに比例する。さらに、内殻吸収遷移過程とXMCDの符号を考慮することで対象元素間の磁気的相互作用の関係がわかる。
注3. スピン軌道相互作用
相対論的効果によって生まれる、電子のスピン角運動量と軌道角運動量の相互作用のこと。
注4. 交換相互作用
電子同士の位置を交換したときに生じる電子間の量子力学的相互作用のことであり、電子のスピン間に働く磁気的相互作用を与える。
注5. 大型放射光施設SPring-8 BL25SU
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。全47本のビームライン(BL)が稼働しており、その内、BL25SUは左・右円偏光軟X線の高速スイッチング技術により高感度なXMCD実験が行えるビームラインである。
注6. 異常ホール効果
導体に電流を流し、電流と垂直に磁場をかけると、磁場と電流それぞれに垂直な方向に起電力が生じる。これはホール効果と呼ばれている。磁性体などにおいて、外部磁場とは異なる要因で引き起こされるホール効果を異常ホール効果という。
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東京大学大学院工学系研究科
准教授 関 宗俊(せき むねとし)
東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel:03-5841-0235 E-mail:kouhoupr.t.u-tokyo.ac.jp
高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
Tel:0791-58-2785 E-mail:kouhouspring8.or.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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