放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

酸素極小層から深海まで続くマンガン酸化の実態を解明
―セリウム同位体が明らかにする海洋中の新しい物質循環モデル―


2026年5月11日
東京大学
海洋研究開発機構(JAMSTEC)
高知大学
名古屋大学
弘前大学
法政大学
高輝度光科学研究センター
広島大学


発表のポイント
◆ 海水およびマンガンクラスト中のセリウム(Ce)安定同位体比の鉛直分布を初めて明らかにした。
◆ 酸素極小層(OMZ)内部を含め、深海に至るまで連続的にマンガン酸化物が形成されることを実証した。
◆ 海洋中のマンガン循環と希土類元素(注1)の挙動を統合的に理解する新しいモデルを提案した。



北西太平洋の海水および2つの海山に生成したマンガンクラスト中のCe濃度、Nd安定同位体比、Ce安定同位体比、Ce異常の程度、溶存酸素濃度などの水深依存性。


 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻のLi Wenshuai研究員(研究当時、現中国地質大学(武漢)教授)、高橋嘉夫教授(兼:同大学アイソトープ総合センター センター長)、海洋研究開発機構の中田亮一主任研究員、柏原輝彦主任研究員、高知大学海洋コア国際研究所の臼井朗特任教授、東京大学大気海洋研究所の小畑元教授、漢那直也助教(研究当時、現岡山大学准教授)、名古屋大学大学院環境学研究科の淺原良浩准教授、弘前大学被ばく医療総合研究所の田副博文教授、法政大学自然科学センターの田中雅人准教授、公益財団法人高輝度光科学研究センターの河村直己主幹研究員らの研究グループは、北西太平洋において海水およびマンガンクラスト(注2)中のセリウム(Ce)安定同位体比δ142Ce(注3)鉛直分布(注4)を詳細に解析し、酸素極小層(OMZ)(注5)から深海に至るまでマンガン(Mn)酸化物の形成が連続的に進行していることを明らかにしました。これまで、海洋におけるMnの酸化は、OMZで溶存したMn2+がその下部の酸素に富む層で酸化されることで主に進行すると考えられてきました。しかし、その実態は観測的に十分検証されていませんでした。
 本研究では、水深10〜6000 mにわたる海水と、約900〜5500 mで形成されたマンガンクラスト試料についてCe安定同位体比を測定し、海水中ではOMZ内部で軽い同位体に富み、その下層で重い同位体にシフトする特徴的な鉛直分布が存在することを見出しました。これは、クラスト中の同位体比は周囲の海水の値を反映しており、Mn酸化物がその場で形成・沈着したことを示しています。さらに大型放射光施設SPring-8(BL01B1、BL39XU)(注6)高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設(Photon Factory; BL-9A、BL-12C)(注7)においてCeやMnのX線吸収微細構造(XAFS)(注8)を測定して得た価数や局所構造の情報に基づいて、これら元素が海洋中で受ける反応も推定しました。その結果、Ceが主にマンガン酸化物に酸化吸着される過程で同位体分別が生じることが示唆され、観測されたCe同位体の鉛直分布は、Mnの酸化・沈殿が広い水深範囲で連続的に進行していることを強く示唆します。
 これらの結果は、Mn酸化物が特定の深度で生成して沈降するという従来のモデルを見直し、OMZ内部を含む広範な深度での連続的な生成を想定する新しいモデルを支持するものです。本成果は、海洋におけるMnの循環と希土類元素の挙動の理解を大きく前進させるとともに、海底鉱物資源の形成過程の解明や、過去の海洋環境復元に向けた新たな地球化学トレーサー(注9)としての応用が期待されます。


論文情報
雑誌名:Science Advances
題名:Cerium isotopes unveil hydrogenetic Fe-Mn encrustation occurring throughout from the oxygen minimum zone to the deep Pacific(5月1日付掲載)
著者名:Wenshuai Li*, Ryoichi Nakada, Hajime Obata, Naoya Kanna, Inhee Kim, Teruhiko Kashiwabara, Kotaro Higashi, Naomi Kawamura, Yoshihiro Asahara, Hirofumi Tazoe, Masato Tanaka, Akira Usui, Yoshio Takahashi*(*責任著者)
DOI:10.1126/sciadv.aee2813


発表者・研究者等情報
東京大学
 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  Li Wenshuai 博士研究員(現 中国地質大学(武漢)教授)
  高橋 嘉夫 教授(兼 東京大学 アイソトープ総合センター センター長)
 大気海洋研究所
  小畑 元 教授
  漢那 直也 助教(現 岡山大学環境生命自然科学学域 准教授)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)物質地球科学研究部門
  中田 亮一 主任研究員(兼 広島大学大学院先進理工系科学研究科 客員准教授)
  柏原 輝彦 主任研究員
高知大学海洋コア国際研究所
  臼井 朗 特任教授 (名誉教授)
名古屋大学大学院環境学研究科
  淺原 良浩 准教授
弘前大学 被ばく医療総合研究所
  田副 博文 教授
法政大学 自然科学センター・文学部 地理学科
  田中 雅人 准教授
高輝度光科学研究センター
  河村 直己 主幹研究員
  東 晃太朗 主幹研究員


研究助成
 本研究は、中国国家自然科学基金「No. 42573006、No. 42550152」、日本学術振興会「外国人特別研究員 No. P21313」、科研費「特別研究員奨励費 課題番号22F21313、22KF0083」、科研費「課題番号 24H00268、24K21564、24K22346、23H03986、22H00166、22F21313、22KK0166」、米国国立科学財団「助成金番号 OCE-2140395」、科研費「基盤研究(S) 課題番号: 26K21720」科研費「学術変革領域研究(A) 課題番号26H00438」の支援により実施されました。


謝辞
 本研究で行った解析は、SPring-8(課題番号:2023A1453, 2023A1455, 2024A1446, 2024A1483, 2024A1484, 2024A1486, 2024B1493, 2024B1496, 2024B1905)と、高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設Photon Factoryのビームラインにおいて、高エネルギー加速器研究機構の承認のもとで実施しました(課題番号:2022G126, 2024G123)。また、本研究は、東京大学大気海洋研究所の研究船共同利用プログラム(学術研究船「白鳳丸」、JURCAOSSH22-02)の支援も受けました。F. Liu氏(成都理工大学)に、Ce標準溶液(CDUT-Ce)をご提供いただいたことに感謝いたします。


【用語解説】


(注1)希土類元素
セリウムを含むランタノイド元素やイットリウムを含む元素群の名称で、環境や物質循環の指標として用いられる。レアアースとも呼ばれる。


(注2)マンガンクラスト
海底の岩石表面に長い時間をかけて成長する鉄・マンガン酸化物の層。


(注3)安定同位体比(δ142Ce)
同じ元素でも質量数の異なる同位体の比で、起源物質や化学反応の違いを反映する指標。


(注4)鉛直分布
水深方向に沿った変化の様子。


(注5)酸素極小層(OMZ)
海水中で酸素濃度が非常に低くなる深度帯。


(注6)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。



(注8)XAFS
X線吸収スペクトルに表れる元素の吸収端付近の微細な構造のことで、対象元素の価数や局所構造の情報が分かる分光法。


(注9)地球化学トレーサー
物質の起源や移動過程を追跡するための化学的指標。


問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫(たかはし よしお)

<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科
E-mail:media.satgs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
E-mail:kouhouataori.u-tokyo.ac.jp

海洋研究開発機構 企画部門 事業推進部 報道室
E-mail:pressatjamstec.go.jp

高知大学広報・校友課
TEL:088-844-8643 E-mail:kh13atkochi-u.ac.jp

名古屋大学 総務部広報課
E-mail:nu_researchatt.mail.nagoya-u.ac.jp

弘前大学被ばく医療総合研究所 総務グループ
E-mail:jm5401athirosaki-u.ac.jp

法政大学 総長室広報課
E-mail:pratadm.hosei.ac.jp

広島大学 広報グループ
E-mail:kohoatoffice.hiroshima-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫(たかはし よしお)

<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科
E-mail:media.satgs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
E-mail:kouhouataori.u-tokyo.ac.jp

海洋研究開発機構 企画部門 事業推進部 報道室
E-mail:pressatjamstec.go.jp

高知大学広報・校友課
TEL:088-844-8643 E-mail:kh13atkochi-u.ac.jp

名古屋大学 総務部広報課
E-mail:nu_researchatt.mail.nagoya-u.ac.jp

弘前大学被ばく医療総合研究所 総務グループ
E-mail:jm5401athirosaki-u.ac.jp

法政大学 総長室広報課
E-mail:pratadm.hosei.ac.jp

広島大学 広報グループ
E-mail:kohoatoffice.hiroshima-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

抗体によるT細胞応答の新たな制御機構の発見
-自己免疫、アレルギー疾患の制御法や最適化ワクチン抗原の開発への応用に期待-


2026年4月16日
(大阪大学様が2026年4月16日に発表したプレスリリースを掲載しています)
大阪大学
東北大学
東京科学大学
信州大学
理化学研究所


【研究成果のポイント】
◆ 免疫応答の過程で、特定の抗原に反応するT細胞の働きを選択的に抑える新しい抗体「 免疫誘導性T細胞受容体様抗体(Immune-induced TCR-like antibody:iTab) 」が、マウスで自然に作られることを発見した。
◆ iTabは、抗原ペプチドとMHC※1 クラスII分子を認識し、T細胞受容体(TCR)※2が抗原ペプチドの認識を妨げることで、抗原特異的な免疫反応を抑えることが分かった。また、iTabの誘導には、抗原ペプチドの両端にある「フランキング残基」が重要であることも明らかにした。
◆ 自己免疫疾患モデルマウスでは、iTabを誘導するペプチドで前もって免疫する、あるいはiTab自体を投与することで、病態の進行を抑えられることを示した。
◆ 将来的に、自己免疫疾患やアレルギーに対する抗原特異的な免疫制御法の開発や最適なワクチン抗原の設計への応用が期待される。


 大阪大学免疫学フロンティア研究センターの荒瀬尚教授(微生物病研究所/先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター/感染症総合教育研究拠点兼任)らと東北大学・東京科学大学・信州大学・理化学研究所の研究グループは、新たな免疫制御機構として、免疫応答の際に「MHCと抗原ペプチドの複合体」に対する抗体が産生され、それがT細胞の認識を阻害することで過剰なT細胞応答を制御していることを発見しました。
 従来、生体内で産生される抗体は、抗原のみを認識すると考えられてきました。しかし本研究グループがマウスモデル(抗原を投与することで免疫反応を起こさせたマウス)で産生される抗体を解析した結果、特定の抗原ペプチドを提示したMHCのみを認識する抗体、すなわちT細胞受容体と同様の認識能を持つ「免疫誘導性T細胞受容体様抗体(Immune-induced TCR-like antibody:iTab)」が産生されることを見出しました。
 さらに、このiTabが、T細胞受容体の認識と競合することによって、抗原特異的なT細胞応答を抑制することを明らかにしました。加えて、多発性硬化症のモデルマウス(実験的自己免疫性脳脊髄炎:EAE)において、iTabが自己免疫疾患の発症を抑えることから、iTabが免疫応答の制御において重要な役割を担うことも示されました(図1)。
 今回明らかにしたiTabの誘導アプローチを応用することで、標的抗原が明らかになっている自己免疫疾患やアレルギー疾患に対して新たな治療の開発が期待できます。また、iTabの産生を誘導しない抗原を設計することによる持続性の高いワクチン抗原の最適化にも応用が期待できます。
本研究成果は、国際学術誌「Nature Communications」に、4月16日(木)18時(日本時間)に公開されました。


論文情報
雑誌名:Nature Communications
タイトル:“Immuno-induced TCR-like antibodies regulate specific T cell response in mice”
著者:Kazuki Kishida1, Keisuke Kawakami2, Hiroaki Tanabe3,4, Wataru Nakai1,9, Koji Yonekura2,5, Shigeyuki Yokoyama3,4, Hisashi Arase1,6,7,8
掲載日:2026年4月16日
DOI:10.1038/s41467-026-71384-1
所属
1. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) 免疫化学分野
2. 理化学研究所 放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
3. 信州大学 医学部医学科 創薬標的タンパク質開発講座
4. 東京科学大学 新産業創成研究院 構造生物学生化学講座
5. 東北大学 多元物質科学研究所
6. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫化学
7. 大阪大学 先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター(CAMaD)
8. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
9. 大阪大学 大学院医学系研究科 感染症免疫学講座



図1 抗原により生体内で免疫応答が誘導される過程で、T細胞受容体様抗体が産生され、抗原特異的なT細胞による免疫応答が抑制されること見出した。


【荒瀬教授のコメント】
 本研究成果は、過剰なT細胞免疫応答を抗体が制御するという、新たな免疫制御の仕組みを明らかにしたものです。今後、この成果を応用することで、さまざまな自己免疫疾患やアレルギー疾患に対する新たな治療法・予防法の開発につながることが期待されます。


研究の背景
 免疫は、細菌やウイルスなどの異物から体を守るために欠かせない仕組みです。一方で、免疫反応が過剰になったり、自分自身の成分に反応してしまったりすると、アレルギーや自己免疫疾患の原因になります。そのため、必要な免疫機能は保ちながら、問題となる免疫反応だけを狙って抑える方法の開発が重要な課題となっています。
 CD4陽性T細胞は、抗原提示細胞の表面に提示された「抗原ペプチド-MHCクラスII複合体」を認識して活性化します。これまで、この複合体を認識する“TCR様抗体”は人工的に作製できることが知られていましたが、通常の免疫応答の中で自然に生じるかどうかはよく分かっていませんでした。また、実際に体内で提示される抗原ペプチドには、T細胞が認識する中心部分だけでなく、その前後に「フランキング残基」と呼ばれる余分な配列が付いていることが多い一方で、その役割は十分に理解されていませんでした。


研究の概要
1. 新たな抗体「iTab」の発見
 本研究ではまず、卵白リゾチーム(HEL)やミエリン関連抗原などでマウスを免疫すると、抗原そのものに対する通常の抗体だけでなく、抗原ペプチド-MHCクラスII複合体を認識する抗体が誘導されることを見いだしました。研究グループはこの抗体を 「Immune-induced TCR-like antibody(iTab)、免疫誘導性TCR様抗体」 と名付けました。iTabは、抗原ペプチドだけ、あるいはMHCクラスIIだけを認識するのではなく、その組み合わせが作る立体的な構造を認識する点が特徴です( 図2) 。



図2 本研究で明らかになった免疫誘導性TCR様抗体

2. iTabの産生機構
 次に、iTabがどのような条件で作られるかを詳しく調べたところ、抗原ペプチドの両端に存在するフランキング残基が重要であることが分かりました。T細胞が認識する最小限のペプチドだけではiTabはほとんど誘導されませんでしたが、フランキング残基を含むペプチドではiTabが効率よく誘導されました。さらに、こうしたフランキング残基を含むペプチドは、抗原提示細胞の中で自然に作られ、MHCクラスII上に提示されていることも示されました。


3. iTabの機能解析
 機能解析では、iTabがT細胞受容体(TCR)による抗原認識を妨げ、抗原特異的なCD4陽性T細胞の活性化を抑えることを解明しました。iTabによってT細胞の活性化シグナルが弱まり、炎症反応の指標も低下しました。また、単クローンiTabを用いた解析から、iTabがマウス体内でも抗原特異的な免疫応答を抑制できることが示されました。


4. iTabの構造解析
 さらに、クライオ電子顕微鏡による構造解析により、iTabが抗原ペプチドのフランキング残基とMHCクラスIIの両方を同時に認識していることを明らかにしました。これは、iTabがT細胞受容体に似た仕組みで抗原提示の場を見分けていることを示す重要な結果です。

 

図3 iTabの投与により、多発性硬化症のモデルであるEAEが改善される。

5. 自己免疫疾患モデルマウスを用いたiTabによる自己免疫応答の制御
 研究グループは、多発性硬化症のモデルとして広く用いられる実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)でもiTabの効果を検証しました。その結果、病気の原因となる自己抗原に対するiTabは、病原性T細胞の活性化を抑え、炎症性サイトカインの産生を低下させ、病態の進行を有意に抑制しました( 図3) 。さらに、病原性T細胞を刺激しにくいよう改変した、iTab誘導能をもつペプチドで事前に免疫したマウスでも、EAE症状の軽減が確認されました。これらの結果は、iTabが自己抗原に対する過剰な免疫反応を選択的に抑える可能性を示しており、自己免疫疾患に対する新しい抗原特異的治療戦略の基盤となることが期待されます。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
 本研究は、生体に本来備わっている「抗原特異的な免疫応答を制御する抗体(iTab)」の存在を初めて明らかにしました。特定の抗原に対する免疫応答がいかにして適切に収束するのか、その制御機構の解明は非常に重要です。本研究により、産生されたiTabがT細胞の活性化を能動的に抑え込み、免疫応答を収束させるという、全く新しい免疫制御メカニズムが示されました。
MHCの遺伝子多型は、免疫系の異常な活性化によって引き起こされる様々な自己免疫疾患やアレルギー疾患において、最も強く関連する遺伝的要因として知られています。今回明らかにしたiTabの誘導アプローチを応用することで、標的抗原が明らかになっている自己免疫疾患やアレルギー疾患に対して新たな治療の開発が期待できます。逆にiTabの産生を誘導しない抗原を設計することによる持続性の高いワクチン抗原の最適化にも応用が期待できます。


特記事項
 本研究成果は、2026年4月16日(木)18時(日本時間)に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
本研究は、日本学術振興会科研費、日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、免疫アレルギー疾患実用化研究事業の一環として行われました。


【用語説明】


※1. MHC
MHC(主要組織適合性遺伝子複合体)はT細胞にペプチド抗原を提示して、T細胞を活性化することで、免疫応答の中心的な役割を担っている分子。


※2. T細胞受容体(TCR)
T細胞が抗原を認識する際に使用する受容体で、MHCに提示されたペプチド抗原を認識してT細胞への活性化シグナルを伝達する。


参考URL
研究室ホームページ https://immchem.biken.osaka-u.ac.jp
荒瀬 尚 教授 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8926a7bc71557953.html


本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 免疫化学 教授 
荒瀬 尚(あらせ ひさし)

<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)免疫記憶領域
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 免疫アレルギー疾患実用化研究事業
TEL:03-6870-2286

<報道に関すること>
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 企画室
特任教授 坂野上 淳
TEL:06-6879-4273
E-mail:j-sakanoatifrec.osaka-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 免疫化学 教授 
荒瀬 尚(あらせ ひさし)

<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)免疫記憶領域
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 免疫アレルギー疾患実用化研究事業
TEL:03-6870-2286

<報道に関すること>
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 企画室
特任教授 坂野上 淳
TEL:06-6879-4273
E-mail:j-sakanoatifrec.osaka-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

表面に集まるゲルマニウム原子がゲルマネン合成の鍵
―加熱か冷却かで「粒」か「シート」かが決まる原理を解明、量子ビット材料探索に貢献―


2026年4月23日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東京大学 生産技術研究所
一般財団法人ファインセラミックスセンター


【発表のポイント】
● ゲルマニウム原子が一原子の厚みで蜂の巣状に並んだもので、壊れにくい量子ビットを実現する候補として理論予測されている材料です。しかし、その成長の仕組みは未解明であり、作製中に粒状ゲルマニウムが混在することが課題でした。
● 本研究では、ゲルマニウム基板上の銀薄膜に加熱・冷却でゲルマネンを作製する手法を詳細に解析しました。結果、加熱中300℃で現れたゲルマニウム粒が500℃で消えること、500℃から300℃への冷却中に銀薄膜表面のゲルマニウム量が増えることの2工程がシート状のゲルマネン形成の鍵であることを明らかにしました。
● 500℃の高温状態を経験する必要性を解明し、ゲルマネン作製における再現性や安定性を高めました。また、他の原子一層物質での作製への発展性があることを示しました。この知見はゲルマネンの安定合成を通じて壊れにくい量子ビット材料の探索に貢献します。


 ゲルマネン※1は、ゲルマニウム原子が蜂の巣のように並んだ構造をとる原子一層のシートです。壊れにくい量子ビット※2※3の実現につながる可能性が理論的に示されており、量子コンピュータ応用を見据えた材料候補に挙げられています。ゲルマニウム基板に銀薄膜を作って加熱し冷却すると、ゲルマネンが薄膜の上に現れます。しかし、ゲルマニウムは本来、三次元の粒状結晶が最も安定です。なぜ最安定の粒ではなくシート状のゲルマネンが選ばれるのかその仕組みは分かっておらず、粒状ゲルマニウムが混在することがゲルマネンの安定合成の妨げとなっていました。加えて、ゲルマネンは空気に触れると容易に変質するため、作製中の状態を捉えること自体が難しく、ゲルマネンの成長過程の理解を妨げる大きな要因となっていました。

 

 そこで本研究では、なぜ銀薄膜上に粒状ゲルマニウムではなく、シート状のゲルマネンが形成されるのかを解明するため、レーザー光(ラマン分光法※4)とX線(X線光電子分光法(XPS)※5)を用いて、真空中で加熱・冷却中の表面状態の変化を追跡しました。その結果、300℃での加熱中に銀薄膜上に生じたゲルマニウム粒は500℃まで加熱すると消え、500℃から300℃への冷却中に銀薄膜中のゲルマニウムが表面に集まりゲルマネンを形成することが分かりました。すなわち、ゲルマネン形成の決め手は500℃からの冷却に伴って薄膜表面のゲルマニウム量が増えることであり、同じ300℃でもより高温の500℃を経験したという温度の履歴が「粒」か「シート」かの構造を決めるという仕組みを明らかにしました。


 本成果は、ゲルマネンの安定合成を妨げる粒状ゲルマニウムができにくい条件とその理由を、温度履歴、原子の移動距離、表面ゲルマニウム量の変化から明らかにし、経験則だった合成条件に設計思想をもたらすものです。これにより、壊れにくい量子ビット材料候補として期待されるゲルマネンを、より再現よく安定に作製するための条件設計と最適化が進みます。また、この考え方は他の原子一層材料にも広がる可能性があり、材料開拓の新たな指針になると期待されます。


 本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」)原子力科学研究所 先端基礎研究センター表面界面科学研究グループの寺澤知潮研究副主幹、矢野雅大研究員、朝岡秀人研究専門官、鈴木誠也研究副主幹、物質科学研究センター放射光科学研究グループの津田泰孝研究副主幹、吉越章隆研究主幹、国立大学法人東京大学(総長:藤井輝夫)生産技術研究所の小澤孝拓助教、一般財団法人ファインセラミックスセンター(理事長:伊勢清貴)の勝部大樹上級研究員によるものです。


 本研究成果は、3月10日付(日本時間)の「Chemistry of Materials 誌」に掲載されました。


論文情報
雑誌名:Chemistry of Materials (2026)
タイトル:”In situ study of growth mechanism of germanene segregated through Ag(111) thin films by Raman and X-ray photoelectron spectroscopy”
(銀薄膜を通した偏析によるゲルマネン形成を、ラマン分光とXPSでその場追跡)
著者名:Tomo-o Terasawa*, Daiki Katsube, Masahiro Yano, Takahiro Ozawa, Yasutaka Tsuda, Akitaka Yoshigoe, Hidehito Asaoka, Seiya Suzuki
掲載日:3月10日付(日本時間)
DOI:10.1021/acs.chemmater.5c03462



図1ゲルマニウム原子が表面に集まりゲルマネンを形成する流れ(概念図)


【これまでの背景・経緯】
 ゲルマネンは、ゲルマニウム原子が蜂の巣状構造をとる原子一層のシート状材料です。理論研究ではゲルマネンは壊れにくい量子ビットの候補として期待されています。ゲルマニウム基板の上に銀薄膜を作り、「500℃までの加熱・室温までの冷却」を行うと、銀薄膜表面にゲルマニウムがにじみ出る過程でゲルマネンが生じることが知られています。しかし、ゲルマニウムは本来、立体的な粒状構造が最も安定です。なぜ最安定の粒ではなくシート状のゲルマネンが選ばれるのか、その仕組みは分かっておらず、粒状のゲルマニウムの抑制はゲルマネンの安定合成に向けた課題でした。さらにゲルマネンは空気に触れると変質しやすいため、作製途中の状態を真空中でそのまま追跡する必要がありました。


【今回の成果】
 研究チームは、ゲルマニウム基板上に厚さ150 nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の銀薄膜を作製し、試料を真空中から外に出さずに500℃までの加熱と室温までの冷却を行いました。この間、レーザー光を用いるラマン分光法で作製中の状態変化を追跡し、図2(a)のようにゲルマニウム原子の状態を明らかにしました。



図2 温度の通り道で変わるゲルマネン形成 (a) A~Cの各温度におけるゲルマニウムの状態の模式図 (b)試料温度の変遷図 (c) A~Cの温度のラマン分光で得られたラマンスペクトル
Aでは立体的な粒を表すピークが現れ(青矢印)、Bではゲルマニウムに由来する信号は観測されず、Cではゲルマネンを表す2つのピーク(赤矢印)が現れた


 室温から300℃まで加熱した時点(図2(b) A)において、ラマンスペクトル(図2(c) Aの青線)には立体的なゲルマニウム粒を示すピークが現れたことから、加熱中の300℃では「粒」が選ばれることが分かりました。続けて500℃(図2(b) Bの緑線)まで加熱すると、粒を示す信号は消えました。このことから、500℃では粒状構造が消えて、ゲルマニウムが原子状態で銀薄膜の表面を出入りするように動く状態になったと考えられます。また、銀薄膜中に含まれるゲルマニウム原子の初期量を変えた実験においても、初期状態に依らず500℃ではこの表面状態に至ることも分かりました。
 次に、500℃の高温状態から冷却すると、300℃に至った時点(図2(b) Cの赤線)でゲルマネンを示す2つのピークが観測され、ゲルマネンの形成を確認しました。つまり、同じ300℃でも、室温から加熱してきた300℃と、500℃から冷却してきた300℃という履歴の違いによって「粒」になるか「シート」になるかが逆転することを示しました。
 さらに、ゲルマネン形成時のゲルマニウム原子の挙動を明らかにするため、X線光電子分光法(XPS)を用いて、加熱・冷却しながら銀薄膜表面のゲルマニウム原子の量を観測しました。その結果、室温から加熱中の300℃ではゲルマニウム原子の量は「一層分」に満たないのに対し、500℃から冷却で300℃に達した時点で「一層分」を上回る水準に増えていました(図3 (a))。つまり、室温から300℃へ上げた場合は表面ゲルマニウム量が少なく、粒などの競合相が生じやすい一方、500℃から300℃へ下げた場合は表面がゲルマニウムに富んだ環境になり、シート状のゲルマネンが選ばれやすくなることを見出しました。



図3 (a)銀薄膜表面の温度とゲルマニウム量 (b)銀薄膜内でゲルマニウム原子が動ける距離
(a)XPSで表面ゲルマニウム量(Ge/Ag比)を分析したところ、500℃付近で初期条件に依らず同値に収束し、冷却で表面量が急増して「原子一層分」を上回る (b)銀薄膜中で動ける距離は500℃では約500 nmと長いが、300℃では約8 nmと短い。このため、ゲルマニウムが基板側へ逃げにくく、表面に集まりやすいため、ゲルマネン形成につながる(文献値に基づく見積もり、概念図)


【今後の展望】
 本成果は、ゲルマネン作製を妨げる競合相が登場しにくい条件とその理由を、温度履歴、原子の移動距離、表面ゲルマニウム量の変化の3点から説明し、これまで経験則で組み立てていた合成条件を今後は設計原理として扱えるようにした点に意義があります。これにより、量子材料候補として期待されるゲルマネンを、より再現よく安定に作製する条件最適化が進むと期待されます。また、この考え方は他の原子一層材料にも広がる可能性があり、材料開拓の新たな指針になると考えられます。


【各機関の役割】
<原子力機構>
寺澤知潮(研究副主幹):研究立案、実験、解析、考察、総括
矢野雅大(研究員)、津田泰孝(研究副主幹):実験、考察
吉越章隆(研究主幹)、朝岡秀人(研究専門官):考察
鈴木誠也(研究副主幹):試料提供、実験、考察、総括補佐
<東京大学 生産技術研究所>
小澤孝拓(助教):実験、考察
<ファインセラミックスセンター>
勝部大樹(上級研究員):実験、考察


【助成金の情報】
本研究はJST PRESTO(JPMJPR21B7)、JSPS科研費(26420289、19H05789、20K05338、23H01811、23K26504、23K26540、24K01407)、MEXT卓越研究員事業(JPMXS0320210036)、JAEA理事長裁量経費・萌芽研究・黎明研究、および熊谷科学技術振興財団の支援を受けて実施しました。SPring-8における測定はJASRI承認(課題番号: 2022A3801、2022B3801、2023A3801、2023B3801、2024A3801)の下で行いました。


【用語の説明】

※1. ゲルマネン
ゲルマニウム原子が蜂の巣状に並んだ、原子一層の材料。炭素一原子厚の蜂の巣構造「グラフェン」と同じ構造のため、この名が付いた。ゲルマネンを細い帯状に加工したとき、外部から乱されにくい量子状態が端に現れるため、壊れにくい量子ビットの候補として理論的に予測される。

※2. 量子ビット
量子コンピュータで情報を表す基本単位。通常のコンピュータが「0」か「1」のどちらかで情報を扱うのに対し、量子ビットは「0」と「1」が重なり合った状態をとることができるため、より多くの情報を同時に扱えると期待されている。

※3. 壊れにくい量子ビット
外部からのわずかな乱れやノイズの影響を受けにくく、情報が失われにくい量子ビットのこと。量子コンピュータでは情報が壊れやすいことが大きな課題であり、このような安定な量子ビットの実現が重要とされている。

※4. ラマン分光法
レーザー光を試料に当て、返ってくる散乱光の波長の変化を調べることで、材料の結合状態の違いを読み取ったり材料を同定したりできる測定方法。

※5. X線光電子分光法(XPS)
X線を試料に当てて飛び出す電子のエネルギーを測り、表面にある元素の量や状態を調べる測定方法。



本件に関するお問い合わせ先
(研究内容について)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 先端基礎研究センター
表面界面科学研究グループ
寺澤 知潮

(報道担当)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課

国立大学法人 東京大学 生産技術研究所
広報室

一般財団法人 ファインセラミックスセンター
研究企画部

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:05035023763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

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寺澤 知潮

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メタノールを効率よくエネルギー変換する酵素の立体構造を解明


2026年4月30日
国立大学法人筑波大学
東海国立大学機構岐阜大学
理化学研究所
国立大学法人東北大学


メタノールをエネルギー源として利用する酵母において重要な役割を担う酵素の立体構造を、クライオ電子顕微鏡を用いて高精度で解明しました。その結果、よく似た構造の2種類の酵素が環境に応じて異なる働きをする仕組みが明らかとなりました。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて、メタノールの効率的な資源化が注目されています。本研究では、より効率的なメタノール利用の鍵を探るため、メタノールで成長する酵母 Ogataea methanolica におけるアルコールオキシダーゼ(AOD)という酵素に着目し、その構造と機能の違いをクライオ電子顕微鏡を用いて明らかにしました。AODには複数の種類があり、細胞のエネルギー代謝の出発点となる、メタノールをホルムアルデヒドへと変換する反応においては、それぞれ異なる働きをすることで円滑なメタノール代謝を実現していることが知られていましたが、そのような性質の違いが生じる理由はこれまで明らかではありませんでした。 本研究では、各AODの立体構造を詳細に比較しました。その結果、全体の構造は類似しているものの、酵素の働きを助ける補酵素の結合様式や、周囲のアミノ酸配置に違いがあることが分かりました。これらの違いが酵素の安定性や電子伝達効率に影響し、結果として酵素活性の差異を生み出している可能性が示唆されました。さらに、タンパク質外周の構造の違いが、酵素活性の安定化に関与していることも明らかになりました。これらの知見から、わずかな構造差が酵素機能に大きな影響を与えることが示されました。この成果は、酵素の分子機構の理解を深めるとともに、高効率な酵素設計や、微生物や酵素を利用したバイオプロセス開発につながると期待されます。

論文情報
雑誌名:Microbial Biotechnology
タイトル:Cryo-EM structures of alcohol oxidase isozymes reveal structural determinants of cofactor variation and enzymatic activity in Ogataea methanolica
著者:Hao-Liang Cai1, Atsuhiro Shimada1,2,3, Tasuku Hamaguchi4,5, Akira Mizoguchi6, Koji Yonekura4,5, Kyohei Tsuchiyama2, Masaya Shimada1,2,3,7, Akio Ebihara1,2,3,7, Kazutoshi Tani6,8,9,*, Tomoyuki Nakagawa1,2,3,7,*
1 The United Graduate School of Agricultural Sciences, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan.
2 The Graduate School of Natural Sciences and Technologies, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan.
3 Faculty of Applied Biological Sciences, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan.
4 RIKEN SPring-8 Center, 1-1-1, Kouto, Sayo, Hyogo 679-5148, Japan.
5 Institute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials, Tohoku University, 2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai 980-8577, Japan.
6 Graduate School of Medicine, Mie University, 2–174 Edobashi Tsu, Mie 514-8507, Japan.
7 Preemptive Food Research Center, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1193, Japan.
8 Center for Computational Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan.
9 Center for Quantum and Information Life Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan.
掲載日:2026年4月18日
DOI:10.1111/1751-7915.70355


研究代表者

筑波大学 計算科学研究センター
谷 一寿 教授
岐阜大学 応用生物科学部
中川 智行 教授
理化学研究所 放射光科学研究センター/東北大学 多元物質科学研究所
米倉 功治 グループディレクター/教授


研究の背景

近年、地球温暖化対策や資源循環の観点から、カーボンニュートラル社会の実現が求められています。その中で、二酸化炭素やメタンから合成可能なメタノールは、液体で扱いやすく、さまざまな化学製品の原料にもなることから、環境負荷の低い再生可能な炭素資源として重要な物質です。このメタノールを工業的に効率よく利用する手段として、メタノールのみを栄養源として増殖するメチロトローフ酵母 Ogataea methanolica※1 が広く用いられています。
この酵母は、メタノール分解に関わるアルコールオキシダーゼ(AOD)※2 という酵素を持っています。これには複数の種類があり、特に、低濃度のメタノール環境で効率よく働くMod1pと高濃度環境でも機能するMod2pという2種類のよく似た構造の酵素を使い分けています。しかしながら、両者はアミノ酸配列が約85%も共通しており、なぜこのような働きの違いが生じるのかは長年の課題でした。そこで本研究では、クライオ電子顕微鏡※3 を用いて、Mod1pとMod2pそれぞれの詳細な構造解析を行いました。


研究内容と成果

本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、両酵素の立体構造を詳細に解析しました(図1)。その結果、いずれも8つのタンパク質からなる安定した構造を形成し、基本的な構造はよく似ていることが分かりました。一方で、機能に関わる重要な違いも明らかになりました。第一に、補酵素FAD※4 の酵素への結合様式が異なり、Mod1pでは通常のFADの一部が変換されたa-FAD※4 が利用されていました。第二に、酵素表面の電荷分布に違いがあり、分子間相互作用や安定性に影響していることが示されました。第三に、タンパク質外周においてアミノ酸配列が大きく異なる領域が存在し(図2)、それに伴い立体構造にも違いが認められ、この差が酵素活性の安定性に関与している可能性が示唆されました。このような構造上の違いが、メタノールに対する反応性や環境適応の差異を生み出していると考えられます。
さらに、これら2種類の酵素が混在した複合体を形成する可能性も示されたことから、環境変化に応じて代謝を柔軟に調節する仕組みがあると考えられます。
本研究により、類似した酵素であっても、わずかな構造の違いが酵素機能の大きな差を生むことが分子レベルで初めて明らかになりました。


今後の展開

本研究成果は、これまで経験的に知られていた酵素機能の違いを、分子レベルで説明するものです。この知見を基に、今後、酵素機能の改良およびバイオ生産技術の高度化を推進し、メチロトローフ酵母を用いた燃料や化学製品の効率的な生産への貢献を目指します。これらの取り組みは、メタノールを原料とするバイオリファイナリー※5 の実現に向けた重要な基盤技術となると期待されます。


参考図

図1 Mod1pおよびMod2pの立体構造比較。(a)全体構造。両構造は非常によく類似している。各モノマーは異なる色で示している。(b) Mod1p(緑)およびMod2p(黄)のモノマー構造の重ね合わせ。(c) Mod1pおよびMod2pのFAD結合部位の比較。Mod1pのa-FADにおけるC2′-OH基(左図赤矢頭)は観察者側を向いているのに対し、Mod2pの標準的なFADにおけるC2′-OH基(右図オレンジ矢頭)は観察者と反対方向を向いている。FADと相互作用する酵素のアミノ酸残基を棒モデルで表示するとともに各残基の名称と番号を示す。点線は水素結合を示す。


図2 Mod1pとMod2pの間でアミノ酸配列が大きく異なる領域。最も配列差の大きい領域を赤色(a, b)またはオレンジ色(c)で示す。(b, c) 相互作用しているアミノ酸残基を棒モデルで表示する。*は隣接するアミノ酸分子を示す。

研究資金

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(JP21am0101118、JP22ama121006、JP25ama121004)、JST未来社会創造事業(JPMJMI23G2)、科研費(JP18K19875)、量子情報生命科学研究センター等の助成を受けて実施されました。



【用語解説】


※1. メチロトローフ酵母 Ogataea methanolica
メタノールなどの炭素数が1つの化合物(C1化合物)を唯一の炭素源およびエネルギー源として利用し、増殖できる酵母。工業用酵素や医薬品の製造に広く利用されている。


※2. アルコールオキシダーゼ(AOD)
アルコールを酸化してアルデヒドと過酸化水素を生成する酵素。特にメタノールを基質として酸化する性質を持ち、主に微生物におけるメタノール代謝において重要な役割を果たしている。


※3. クライオ電子顕微鏡
生体高分子の立体構造を解析する手法の一つ。タンパク質などの試料を急速凍結して観察することで、結晶化することなく、アミノ酸や原子の位置を明らかにできる。


※4. 補酵素FAD(flavin adenine dinucleotide)
リボフラビン(ビタミンB₂)から誘導される、細胞のエネルギー代謝における酸化還元反応に必須の補酵素。細胞内でATP産生を支える役割を担っている。メチロトローフ酵母においては、通常のFADに含まれる糖アルコールのリビトール鎖がアラビトール鎖へと置き換わった特殊なFAD(arabityl FAD, a-FAD)が存在し、これが結合したAODは最大反応速度がわずかに低下するものの、低メタノール濃度環境に適応した反応が可能となる。


※5. バイオリファイナリー
化石資源に依存せず、植物などに由来する再生可能資源であるバイオマスを原料として、微生物や酵素の働きにより燃料や化学品を生産する技術およびそれに関連する産業を指す。カーボンニュートラル社会の実現に向けた鍵の一つとして期待されている。


本件に関するお問い合わせ先
【構造生物学研究に関すること】
谷 一寿
筑波大学 計算科学研究センター 教授

【生物化学研究に関すること】
中川 智行
岐阜大学 応用生物科学部 教授

【取材・報道に関すること】
筑波大学 計算科学研究センター 広報・戦略室
TEL:029-853-6260
E-mail:pratccs.tsukuba.ac.jp

岐阜大学 総務部広報課
TEL:058-293-3377
E-mail:kohosituatgifu-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-pressatml.riken.go.jp

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagenatgrp.tohoku.ac.jp

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公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

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【構造生物学研究に関すること】
谷 一寿
筑波大学 計算科学研究センター 教授

【生物化学研究に関すること】
中川 智行
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【取材・報道に関すること】
筑波大学 計算科学研究センター 広報・戦略室
TEL:029-853-6260
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カンラン石の変形と結晶構造変化が誘起する深発地震


2026年4月9日
国立大学法人 愛媛大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)


【今回の研究成果のポイント】
・「深発地震」は多大な被害を引き起こすこともあるが、その発生メカニズムはよくわかっていなかった。
・世界で初めて、深発地震が発生する深さ約580 kmまでの圧力(約20万気圧)条件下でマントル鉱物(カンラン石)が変形・破壊する様子を、X線その場観察※1と微小破壊に伴って発生する超音波(AE)の測定により捉えた。
・この結果、カンラン石が変形する際に起きる、新鉱物ポワリエライトへの結晶構造変化で断層すべりが引き起こされ、深発地震発生に至ることがわかった。
・地球深部のプレートが激しい変形を被る場所ではカンラン石から新鉱物ポワリエライトへの「地震性の結晶構造変化」が起きやすいために、深発地震が頻発することが明らかとなった。


【概要】
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)大学院生の松田光平さん(博士後期課程2年)、大内智博准教授と高輝度光科学研究センターの肥後祐司主幹研究員らの研究チームは、今まで不明だった深さ400~600 kmで発生する「深発地震」の発生原因の解明につながる実験に成功しました。深発地震が発生する地下条件に相当する高温高圧下での地震発生モデル実験によって、カンラン石が変形する際に起きる、カンラン石特有の結晶構造変化(新鉱物ポワリエライトへの変化)によって断層が形成され、深発地震の発生に至ることを明らかにしました。特に小笠原諸島の地下へと沈み込む太平洋プレートは深部にて激しい変形を被っており、そこでは深発地震が多発していることが知られています。これは、本研究で発見されたカンラン石に特有の「地震性の結晶構造変化」で説明することができます。本研究成果は、アメリカ科学振興協会(AAAS)が出版する科学雑誌「Science Advances」に4月9日に掲載されました。


論文情報
掲載誌:Science Advances
題名:Faulting triggered by a quasi-diffusionless shear transition of olivine in deep subducted slabs
(和訳:カンラン石の準無拡散相転移によって起きる深部断層すべりを放射光その場観察実験によって再現)
著者:Kohei Matsuda(松田光平),Tomohiro Ohuchi(大内智博), Sayako Inoue(井上紗綾子),Yuji Higo(肥後祐司), Noriyoshi Tsujino(辻野典秀), Sho Kakizawa(柿澤翔), Takeshi Sakai(境毅)
掲載日:2026年4月9日
DOI:10.1126/sciadv.adu5158


【詳細】
私達が住む地表のプレート(厚さ約60 km)はゆっくりと流れるマントル※2に浮いているため、マントルの流れと一緒に移動します。プレート同士が衝突したり、プレートが地下深くへ沈み込む過程で地震が発生します。地震は、その震源位置の深さや場所によって分類されます。地表付近(地下10~40 km)で起きる浅い地震はプレートの境目や陸の直下で度々起きるため、津波を伴う地震や直下型地震を引き起こし、時にはマグニチュード8に達することもあるため大きな被害をもたらします。一方、『深発地震※3』は深さ300 km以深の沈み込むプレート内部で起きる地震ですが、その発生頻度は高くはありません。しかし発生した場合にはマグニチュード7クラスに達する場合が多い上、『異常震域※4』(震源から遠く離れているにもかかわらず強い揺れを観測する場所)を伴うといった特異な性質で知られています。また、深さとともに地震は起きにくくなるのが一般的ですが、深さ400~600 kmでは深発地震の発生頻度が例外的に高くなっていることも知られています。そのため、カンラン石※5(プレートの中で最も多い鉱物)の結晶構造が圧力によって変化することがきっかけとなって、『深発地震』が起きると考えられてきました。しかし深さ400~600 kmは13~21万気圧もの高圧環境下に相当するため、カンラン石を用いた再現実験は技術的に困難でした。
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)大学院生の松田光平さん(博士後期課程2年)、大内智博准教授(松田の指導教員)と、高輝度光科学研究センターの肥後祐司主幹研究員らの研究グループは、深発地震が多発する深さ400~600 kmのプレート内部に相当する温度圧力条件下(600~1050℃、15~20万気圧)での変形実験※6大型放射光施設SPring-8※7・BL04B1にて行いました。この実験ではGRCで独自に開発した高圧力環境用の測定技術を用い、カンラン石試料を押しつぶした際に発生する『アコースティック・エミッション(AE)※8』という音波を検出することに成功しました。これは、実験中に試料の中に断層が形成されたこと、すなわち実際の深発地震が発生する温度条件下における実験での地震発生を人工的に達成したことの証明になります。
通常、地球深部では圧力の上昇によって結晶構造を変化※9させ、ワズレアイトやリングウッダイトといった名前の鉱物になります。しかしこの結晶構造変化は高温環境でしか進行しないため、比較的温度の低い深部プレート内部(1100℃以下)ではカンラン石の結晶構造変化は容易に進行しません。しかしそのような深部プレート内部においてカンラン石が変形すると、カンラン石が変形する際にポワリエライト※10という別の鉱物(2021年に認定された新鉱物)の結晶構造に一旦変化してから、リングウッダイトに変化することが本研究によって明らかとなりました(図1)。この結晶構造変化の際には、結晶の周囲に多量の熱エネルギーが放出される(図2)ため、局所的な強度低下が引き起こされます。その結果、断層形成と地震が引き起こされる(図1)ことも明らかとなりました。
本研究によって世界で初めて確認された『カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化』は変形によって促進されるといった“特異性”をもちます。小笠原諸島の地下へ沈み込むプレートのうち、激しい変形を被る場所では深発地震が頻発していることが知られていますが(図3)、これはカンラン石に特有の性質ともいえる、『地震性の結晶構造変化』が変形によって促進されることに由来します。沈み込んだプレートの形状は地震観測網によって捉えることができるため、プレートの変形が激しい地域を集中的に監視することで、深発地震の発生時期・発生頻度・規模などをモデル化※11していく上での手掛かりが得られるものと期待されます。



図1.15.4万気圧、850℃の実験環境下にて上下方向からカンラン石試料を押しつぶした際に形成された断層。いずれも電子顕微鏡で撮影。
左側:試料全体の写真。試料を横断する断層(赤破線)が見られる。
右側:カンラン石の結晶構造が変形することで生成したポワリエライト。図右下は当該結晶がポワリエライトであることを示す、電子線回折パターン像。100ミクロンは1ミリの10分の1。100ナノメートルは1ミリの1万分の1。



図2.深発地震の発生メカニズムの概要。15万気圧程度の高圧力環境下でカンラン石が変形する際に、変形が結晶の一部分に集中する(左図)ことでポワリエライトへと結晶構造が変化する(中央図)。さらにポワリエライトがリングウッダイトへと結晶構造を変化する際に熱が放出される(右図)ことで、断層形成と地震発生に至る。



図3.列島下に沈み込むプレートと深発地震の概念図。マントル深部へと沈み込んだプレートが折れ曲がる場所(激しい変形を被る場所)では、深発地震が多発することが知られている。本研究の結果より、そのような場所では「カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化」が促進されるため、断層形成及び地震発生が多発しているものと考えられる。


【研究サポート】
日本学術振興会科学研究費補助金 課題番号:23H00147, 25KJ1894
深田研究助成、せこ記念財団


【用語解説】


※1. X線その場観察
高温高圧実験において、実験試料が変化している最中の様子をリアルタイムでX線を用いて観察する方法。


※2. マントル
地球の岩石層であるマントルは最主要構成鉱物の種類に対応して、上部マントル(深さ約60~410 km)、マントル遷移層(410~660 km)、下部マントル(660~2900 km)の3つの領域に区分される。上部マントルは我々が住むプレートの下に位置するため、上部マントルの流れがプレート移動や沈み込みの原因となる。ちなみに、2900 kmより深い部分、中心の深さ6400 kmまでは金属(鉄やニッケル)を主成分とする核である。


※3. 深発地震
2015年5月30日の小笠原諸島西方沖地震(深さ682 km、マグニチュード8.2)をはじめとして、深発地震は規模(マグニチュード)が大きい場合が多い。深発地震は地球深部で起きるために災害に至るケースは少ないものの、1994年6月8日のボリビア深発地震(深さ631 km、マグニチュード8.2)のように災害に至るケースもある。


※4. 異常震域
深発地震は地球深部へと沈み込んだプレート内部で起きる。プレートは周囲のマントルよりも温度が低いため、地震波が伝わりやすい性質をもつ。そのため、深発地震が起きた場合では、震源に近い側の地表ではそれほど揺れず、震源からより遠い海溝側の地表がよく揺れることとなる。このように震源よりも遠いにもかかわらず、震度が(震源に近い地域よりも)高くなる地域のことを異常震域と呼ぶ。



図4:日本列島における異常震域出現の概念図

※5. カンラン石
カンラン石は上部マントル及びプレートの最主要構成鉱物であり(6~7割を占める)、その化学組成はMg1.8Fe0.2SiO4で表される。マントル遷移層では、同じ化学組成をもつが結晶構造が異なるワズレアイトやリングウッダイトに変化する。


※6. 変形実験
マルチアンビル型高圧発生装置の一種である、D-DIA型変形装置(図5)を用いて行う。6つのアンビルを大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に高圧力を発生させたうえに、その試料を上下方向から押しつぶし、試料を変形させることができる機能をもつ。さらに放射光X線を試料にあてることにより、試料にかかっている圧力、差応力、歪を測定することができる。



図5:SPring-8に設置のD-DIA型変形装置。

※7. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。


※8. アコースティック・エミッション(AE)
微小破壊音とも呼ばれる。クラック(割れ目)が成長する際に放出される弾性波のことであり、一般的には50 kHz~5 MHzの範囲の周波数をもつ。高温高圧環境下においてクラックを直接観察するのが困難なため、AEが検出されれば、発生源にクラックが存在することの強い証拠となる。自然地震との共通点も多いことから、実験室における“ミニ地震”と呼ばれることもある。ちなみに、人間の耳は20 Hz~20,000 Hz (20 kHz)が可聴範囲なので、このAEは聞こえない。


※9. 圧力による結晶構造の変化
カンラン石は、特定の圧力に達すると結晶構造を変化させて別の鉱物となる。マントル遷移層上部(410~470 km)ではワズレアイト、マントル遷移層下部(470~660 km)ではリングウッダイトとなる。しかしこれらの結晶構造変化は熱エネルギーを要するため、1100℃以上の高温環境下でないと進行しない。


※10. ポワリエライト
ワズレアイトとリングウッダイトの中間的な結晶構造をもつ鉱物。フランスのポアリエ教授らの研究グループによってその存在が理論的に予測され、海洋開発研究機構の富岡博士によって隕石中から世界で初めて発見され、2021年に新鉱物として認定された。カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化は高圧力だけでは進行せず、14万気圧以上の高圧環境下での「カンラン石の変形」が必要となる。カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化は変形のエネルギーによって進行するため、理論上では室温のような低温環境でも進行しうるといった特異な性質をもつ。なお、ポワリエライトの結晶構造は比較的不安定なため、最終的にはワズレアイトあるいはリングウッダイトに変化しやすい。


※11. 深発地震の発生メカニズムのモデル
2022年9月に大内智博准教授らの研究グループは、カンラン石がナノ粒子化することによっても深発地震発生に至ることを報告した。カンラン石からワズレアイトやリングウッダイトへと結晶構造が変化する際、カンラン石結晶のサイズが100 nm(1 mmの1万分の1)程度かそれ以下となる場合がある。その場合、超塑性などの特殊な変形メカニズムが起きやすくなるためにナノ粒子からなる箇所は強度が低下し、断層形成に至ることがある。しかしこのモデルが適用できるのは、地震発生場の中でも比較的温度の高い場所に限られるため、温度の低い場所で起きる深発地震の原因は不明なままであった。しかし本研究で明らかになった「カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化による断層形成」であれば、温度の低い場所で起きる深発地震の原因を説明可能である。2022年9月と今回の成果より、深発地震の発生メカニズムの統一的な理解が進展したと言える。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 大内 智博

高輝度光科学研究センター(JASRI)回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司

(愛媛大学に関すること)
愛媛大学総務部広報課
TEL:089-927-9022
E-mail:kohoatstu.ehime-u.ac.jp
愛愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
TEL:089-927-8165
E-mail:grcatstu.ehime-u.ac.jp

(SPring-8に関すること/SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

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准教授 大内 智博

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