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超高強度レーザーとXFEL で ナノ構造内部のプラズマを直接可視化
―ナノワイヤー中にエネルギーが閉じ込められる仕組みを超高速計測で解明—
2026年6月1日
大阪大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
【研究成果のポイント】
超高強度レーザーを照射したナノ構造材料※1 の内部で生じるプラズマ※2 が、狭い領域で効率よく 加熱される様子を、X 線自由電子レーザー(XFEL)※3 によって直接計測することで初めて実証。
非常に短い時間における変化で計測が極めて困難であったが、XFEL を用いることにより直接可視化することに成功。
レーザーエネルギーをナノ構造によって制御する考え方は、レーザー加工や先端材料開発など、より広い産業分野への波及も期待される。
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概要 |
この材料は、「非常に細かい毛のような構造が密集した材料」であり、レーザー光を内部に取り込みやすい特徴を持っています(図1)。そのため、通常の平らな材料よりも効率よくエネルギーを吸収できることから、高輝度 X 線源、粒子加速、核融合研究などへの応用が期待されています。しかし、その内部で起きる現象は、時間的にも空間的にも極めて小さいため、これまで直接観測することは困難でした。
本研究では、このナノワイヤーにレーザーを照射した直後の状態を、超高速で観測できる XFEL で時間ごとに追跡しました。その結果、レーザー照射直後にナノワイヤーが急激に加熱され、その後、ワイヤー構造の崩れに伴ってさらに温度が上昇することが明らかになりました。さらに、電子の動きが横方向に抑えられるため、エネルギーが外へ広がりにくく、内部に閉じ込められることも分かりました。
本成果は、レーザーと物質の相互作用の理解を大きく前進させるものであり、将来的な高効率エネル ギー利用技術やレーザー核融合研究への応用が期待されます。
本研究成果は Springer Nature が発刊する学術誌『Scientific Reports』に 2026 年 4 月 1 日 に掲載されました。
【重森教授のコメント】
ナノメートルという微細な空間、そしてピコ秒という極短時間に起こる現象を直接観測する困難かつチャレンジングな課題でした。
研究の背景
近年の超高強度レーザー技術の進展により、実験室で極めて高温・高密度の状態を作り出すことが可 能となり、核融合や宇宙物理、粒子加速などの研究が大きく進展しています。
その中で、微細な柱状構造を多数並べたナノワイヤーは、レーザー光を内部に閉じ込めやすく、従来の 平坦な材料に比べて高いエネルギー吸収効率を示すことが知られています。このため、強力な X 線発生や高エネルギー粒子生成などへの応用が期待されてきました。
一方で、このような材料の内部で、エネルギーがどのように吸収され、どのように広がっていくのかについては、これまで主に数値シミュレーションや間接的な計測に頼っていました。ナノ構造の内部で起きる現象は、時間スケールではピコ秒以下、空間スケールではマイクロメートル以下と極めて小さいため、従来の計測手法では直接見ることが難しかったからです。
この課題を解決するために、本研究グループは、超高速・高輝度の X 線を発生できる XFEL を用い、レーザー照射直後のナノワイヤー内部の状態を直接観測することに取り組みました。
研究の内容
本研究では、高強度レーザーを照射した微細構造材料の内部を、XFEL を用いたポンプ・プローブ計測※4 によって観測しました。特に、ナノワイヤーの部分とその下にある基板部分を異なる材料で作製することにより、XFEL のエネルギーを調整して、それぞれの領域の状態を分けて観測できるようにしました。これにより、材料内部のどこで、いつ、どのようにエネルギーが蓄えられ、移動するかを詳しく調べることが可能になりました。その結果、次のような重要な知見が得られました(図2)。
まず、レーザー照射直後に微細構造内部が急速に加熱され、電子温度※5 はおよそ 120 eV に達することが分かりました。さらに、およそ 10 ピコ秒後(1000 億分の 1 秒後)には、構造そのものの崩れに伴 って電子温度が約 140 eV まで上昇することが明らかになりました。これは、最初のレーザー加熱だけでなく、構造変化そのものが追加の加熱に寄与していることを示しています。
また、エネルギーが横方向にあまり広がらないことも観測されました。これは、微細な柱状構造のすき間と、その周囲に形成される磁場の影響によって、電子の横方向の移動が抑えられているためだと考えられます。その結果、エネルギーが局所的に閉じ込められ、高温状態が保たれやすくなっていることが分かりました。さらに、ナノワイヤーの部分で発生した高エネルギー電子が、その下の基板部分に到達するまでの時間が、およそ 0.2 ピコ秒であることも明らかになりました。
(a)巨視的な概念図と(b)ナノワイヤー1 本に着目した加熱プロセスの 概念図
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、ナノ構造を利用した高効率なエネルギー吸収および輸送制御に関する重要な知見を提供するものです。特に、レーザーエネルギーを効率よく高温状態へ変換し、そのエネルギーを局所に保つことができるという知見は、将来的な高輝度 X 線源の開発、レーザー駆動粒子加速、小型化された核融合技術などにおいて、材料設計の新しい指針になると期待されます。また、エネルギーの流れをナノ構造によって制御する考え方は、レーザー加工や先端材料開発など、より広い産業分野への波及も期待されます。
本研究で用いた XFEL による超高速観測手法は、今回の材料に限らず、さまざまな微細構造材料や極限状態物質の研究にも応用可能であり、今後の高エネルギー密度※6 科学の発展に貢献する重要な計測技術になると考えられます。
特記事項
なお、本研究は、 Japan Synchrotron Radiation Research Institute(JASRI)の承認課題、Institute of Laser Engineering(大阪大学レーザー科学研究所)の共同研究課題、日本学術振興会・科学研究費補助金、SACLA 大学院生研究支援プログラム、米国National Science Foundation、およびJST SPRINGの支援のもと実施されました。
参考URL
重森 啓介 教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/d89d32580e19c3b8.html
【用語解説】
※1. ナノ構造材料
ナノワイヤ構造。ナノメートルサイズの細い柱状構造が多数並んだ材料。レーザー光を内部に取り込みやすい特徴を持つ。
※2. プラズマ
物質が高温になり、原子から電子が離れて自由に動けるようになった状態。雷や太陽の内部でも見られる。
※3. X 線自由電子レーザー(XFEL)
非常に短い時間だけ発光する強力な X 線を発生する装置。極めて速く起こる現象を高い時間分解能で観測できる。
※4. ポンプ・プローブ計測
一つの光で物質に変化を起こし、その直後の状態を別の光で観測する方法。超高速現象の時間変化を追跡できる。
※5. 電子温度
プラズマ中の電子がどれくらい高いエネルギーを持っているかを表す指標。1eV(電子ボルト)は 1 万 度に相当する。
※6. 高エネルギー密度
非常に高い温度・圧力・密度を持つ物質状態。核融合や惑星内部、宇宙現象などの研究に関係する。
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本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 レーザー科学研究所 教授 重森 啓介(しげもり けいすけ)
<レーザー科学研究所の広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 レーザー科学研究所 広報戦略室
TEL:06-6879-8701
E-mail:kouhou.ile
office.osaka-u.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
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薬が効かない耐性菌を光でピンポイント撃退!
世界的脅威アシネトバクターに対する新たな感染症治療へ
2026年5月28日
名古屋大学
理化学研究所
【本研究のポイント】
・既存の抗生物質が効かない多剤耐性菌注1)(病原性アシネトバクター・バウマニ)に対する、新たな治療戦略を開発。
・「トロイの木馬」による標的デリバリー:細菌が自身の生存に必要な栄養(ヘム)を取り込むためのタンパク質を運び屋として利用し、光で活性化する殺菌薬(金属錯体)を細菌内部へ“密輸”することに成功。
・標的菌に青色光を当てることで細菌の内部で活性酸素種注2)を発生させ、多剤耐性菌を最大99.999%死滅させる強力な「光殺菌(光線力学療法注3))」を実証。
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名古屋大学大学院理学研究科の荘司 長三 教授、Nguyen Q Viet(グエン クオック ヴィエット)博士後期課程学生の研究グループは、理化学研究所放射光科学研究センターの杉本 宏 専任研究員との共同研究で、病原菌自身の栄養取り込み経路を利用して多剤耐性菌を選択的に光殺菌する「トロイの木馬」戦略の開発に成功しました。 論文情報 |
【研究背景と内容】
(1) 研究の背景
抗生物質は、長年にわたり感染症治療において人類を救ってきました。しかし近年、これらの薬が全く効かない薬剤耐性菌が世界中で急増しており、深刻な社会問題となっています。特に、複数の抗生物質に対して耐性を持つ多剤耐性菌に感染すると、有効な治療法がなく、重篤化や死に至るリスクが著しく高まります。既存のメカニズムに依存しない、全く新しいアプローチによる感染症治療薬の開発が世界中で急務となっています。
こうした多剤耐性菌の中でも、極めて危険視されているのがアシネトバクター・バウマニ(学名:Acinetobacter baumannii、以下「アシネトバクター」という)です。この菌は、病院において、免疫力が低下した人々に日和見感染注6)を引き起こします。恐ろしいことに、この病原菌は環境変化に適応する能力が非常に高く、過去数十年の間に急速に薬剤耐性を獲得してきました。現在では、感染症治療の「最後の砦」と呼ばれるカルバペネム系抗菌薬すら効かない耐性株がまん延しており、一部の地域ではその耐性率が90%を超えることもあります。既存の薬で治療しようとしても、細菌側がすぐ新たな耐性を進化させてしまうため、世界保健機関(WHO)が2024年に発表した「新規抗菌薬が緊急に必要な薬剤耐性菌」リストにおいても、カルバペネム耐性アシネトバクターは最高警戒レベルに分類されています。
本研究では、従来の抗生物質のように病原菌と「いたちごっこ」に陥るアプローチから脱却し、多剤耐性菌の防御システムを根本から無効化する新たな治療法の開発を目指しました。病原菌が既存の薬に対して次々と耐性を獲得してしまうのであれば、細菌が生きる上で「絶対に避けては通れない」必須の行動を逆手に取る必要があります。そこで私たちが着目したのは、病原菌が自ら栄養を取り込む経路を乗っ取り、光の力で標的菌のみを内部から破壊するというアプローチです。
(2) 研究の内容
“偽のヘム”で病原菌を“騙す”仕組み
病原菌が人間の体内で増殖して害を与えるためには、鉄分を外部から取り込む必要があります。アシネトバクターなどの病原菌は、宿主から鉄を含む「ヘム」という栄養素を奪うための独自のヘム獲得経路を備えています。近年の研究では、病原性アシネトバクターは「HphA」という特殊なタンパク質を分泌し、これを周囲に放出してヘムを捕まえ、自身の体内に運び込んでいることが明らかになりました(図1)。
私たちは、この「HphA」という運び屋タンパク質の構造が非常に頑丈であり、かつ、ヘムを包み込むポケット部分の認識が比較的に緩やかであるという独特の性質に注目しました。つまり、本来の栄養素(ヘム)の代わりに、人工的な物質(金属錯体など)をすり替えることが可能ではないかと着想しました。これはまさに、ギリシャ神話の「トロイの木馬」と同じ罠(わな)です。病原菌が自ら生きていくために不可欠な栄養獲得経路をハイジャックし、栄養のふりをした有害な物質を取り込ませる戦略を提案しました(図2上)。“偽のヘム”の候補として光で活性化する「光増感剤」を採用し、HphAと組み合わせることで光増感剤を菌体内に輸送し、光照射で殺菌する手法(光殺菌)を検討しました。(図2下)
病原菌を“騙す”ことで高効率の光殺菌を実現
まず、HphAのヘムを他の金属錯体に置き換えられるかを調べました。本研究ではヘムに近い構造を持つ3種類の錯体を選択し、中心金属として鉄の他にコバルトとガリウムを検討しました(図3A)。ヘムを持たないHphA(アポ体)の溶液にこれらの金属錯体の溶液を添加して得られた複合体を精製することで、人工HphAの調整を行いました。各種測定結果から、HphAはヘムだけでなく、検討したすべての合成金属錯体も捕捉できることが明らかになりました。
作製した人工HphAの具体的な構造情報を得るために、タンパク質のX線結晶構造解析を「SPring-8のビームラインBL45XU」にて行いました。その結果、1つの人工HphA(Co-Pcを捕捉したHphA、図3B)の構造解明に成功しました。この人工HphAの構造はヘムを捕捉した天然の構造と高い相同性を示し、ヘムをすり替えてもHphAの構造が大きく変わらないことが分かりました。
(B)Co-Pcを捕捉した人工HphAの結晶構造
検討した金属錯体の中には光増感剤になり得るガリウム錯体が含まれているため、これらを捕捉した人工HphAを用いて光殺菌手法を検証しました。将来の臨床応用を見据え、毒性が高く多剤耐性を示す国際的な標準モデルである「AB5075株」を用いて検証を行いました。この株に人工HphAを添加して菌体内に光増感剤を取り込ませ、青色光を照射したところ、最大99.999%という極めて高い殺菌効率が得られました(図4A)。
さらに、アシネトバクターが光殺菌に対する耐性を獲得できるかどうかを調べるために、殺菌処理後に生き残った細菌に対して繰り返しの光殺菌を行いました。その結果、5回繰り返しても殺菌効率が低下しないことが確認でき(図4B)、本研究で開発した手法は、病原菌が容易には耐性を獲得できない強力なメカニズムであることが示唆されました。
(B)Ga-BrDPPを用いた繰り返しの光殺菌実験の結果
【成果の意義】
本研究の最大の意義は、WHOが最高警戒レベルに指定する多剤耐性アシネトバクターに対し、菌独自の栄養獲得経路を逆手に取る革新的な治療戦略を実証した点にあります。既存の抗生物質では耐性進化との「いたちごっこ」が避けられませんでしたが、本手法は光から発生する活性酸素種で細菌を内部から直接破壊するため、新たな耐性獲得が困難です。院内感染の主要な原因であり、現在有効な治療法が失われつつある強毒性アシネトバクターを極めて高い効率で排除できるこの「トロイの木馬」戦略は、感染症治療の“壁”を突破する画期的な成果と言えます。今後は生体内での安全性や効果の検証を進め、人類が直面する深刻な薬剤耐性問題、すなわち「静かなパンデミック」を打ち破る次世代の標的治療法としての臨床応用が期待されます。
【支援・謝辞】
本研究は、これらの事業の支援のもとで行われたものです。
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「酵素を誤作動させる分子による酸化反応の遷移状態設計」(JP22H05129)
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)「合成金属錯体を取り込ませる多剤耐性緑膿菌の新規殺菌手法開発」(JP24K22051)
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 基盤研究(A)「革新的反応場分子設計による人工金属酵素反応系の創出」(JP25H00910)
・公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 一般課題「生体鉄イオンの獲得と輸送に関与するタンパク質の立体構造解析」(2023B2540)
・科学技術振興機構(JST) 次世代研究者挑戦的研究プログラム「東海国立大学機構融合フロンティア次世代リサーチャー」(JPMJSP2125)
・名古屋大学 卓越大学院プログラム トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院プログラム(GTR)
【用語説明】
注1)多剤耐性菌
複数の抗生物質に耐性を持ち、既存の薬が効かなくなった細菌のこと。治療が極めて困難で重症化しやすいため、現代医療における世界的な健康脅威となっている。
注2)活性酸素種
酸素分子がより反応性の高い状態に変化したもので、細胞のDNAやタンパク質に強いダメージを与える。本手法では、これを細菌内部で意図的に発生させて殺菌する。
注3)光線力学療法
光に反応する薬剤を標的に取り込ませ、光照射によって活性酸素を発生させて細胞を破壊する治療法。近年は、抗生物質が効かない耐性菌に対する新たな殺菌手法としても注目されている。
注4)ヘム
鉄分を含む分子で、人間を含む多くの生物にとって生きていくために不可欠な栄養素。血液中のヘモグロビンなどに含まれる。
注5)光増感剤
特定の光のエネルギーを吸収し、そのエネルギーを使って周囲の酸素を強力な「活性酸素」に変換する役割を持つ物質。
注6)日和見感染
健康な状態であれば感染症を起こさないような弱毒の病原体が、加齢や病気、免疫抑制剤の使用などで身体の免疫力・抵抗力が低下している人に感染し、発症してしまうこと。
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お問い合わせ先 |
お問い合わせ先
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院理学研究科
教授 荘司 長三(しょうじ おさみ)
理化学研究所放射光科学研究センター
専任研究員 杉本 宏(すぎもと ひろし)
【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272
E-mail:nu_research
t.mail.nagoya-u.ac.jp
理化学研究所広報部報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
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レアアース不要、酸化亜鉛で高感度な応力発光を実現
―電源不要の近赤外発光で医療・インフラ応用に期待―
2026年5月25日
国立大学法人東北大学
国立大学法人筑波大学
国立大学法人佐賀大学
【発表のポイント】 論文情報 |
研究の背景
機械的エネルギー(応力、ひずみ、振動など)を直接光に変換する応力発光材料は、電源や配線を必要としない自立型センサ材料として、インフラ診断や医療など幅広い分野で注目されています。
しかし、これまで実用レベルの強い発光を得るためには、複雑で制御の難しい結晶構造を持つ材料や、レアアースの添加が不可欠と考えられてきました。一方で、レアアースは資源確保や環境負荷の観点から課題が指摘されています。
また、従来の応力発光材料は、発光させるためにギガパスカル級の大きな力を必要とすることが多く、日常的な微小振動や、体内を伝わる超音波のような微弱な刺激には反応しにくいという感度上の課題もありました。
一方、今回着目した酸化亜鉛は、化粧品や日焼け止め、軟膏の成分として広く用いられている、身近で安全性が高く、安価な材料です。さらに、その優れた半導体特性や発光特性から、次世代電子材料として長年にわたり世界中で研究されてきました。こうした特性を応力発光材料へ応用する試みも進められてきましたが、その潜在能力を最大限に引き出すための明確な設計指針は確立されていませんでした。このため、レアアースを用いずに酸化亜鉛で強い応力発光を実現することは困難と考えられてきました。
そこで本研究では、酸化亜鉛の電子状態や微細構造を制御することで、シンプルな材料構成で高感度な応力発光を実現することを目指しました。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の内山智貴助教、音成航希大学院生(当時)、大森令央奈大学院生、楊光発大学院生、徐超男教授らの研究グループは、佐賀大学の鄭旭光教授(東北大学大学院工学研究科 特任教授)、筑波大学の西堀英治教授、東北大学グローバルラーニングセンターの陳迎特任教授らと共同で、酸化亜鉛の電子状態をナノレベルで制御する「欠陥エンジニアリング」を駆使し、レアアースを一切用いずに、高感度で発光する新材料を開発しました。
開発した材料を電子顕微鏡で観察したところ、粒子表面にクレーター状の特殊な凹凸構造が形成されていることが分かりました。この独特な形状が、外部から加えられた力を効率よく吸収し、材料内部のひずみへと変換することで、高感度な発光に寄与していると考えられます。
さらに、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ MASAMUNE-弐を用いた第一原理計算※5により、酸化亜鉛の電子状態を解析しました。その結果、微量のナトリウム添加によって、本来の酸化亜鉛には存在しない、電荷を一時的に蓄える安定な欠陥構造が、酸化亜鉛の結晶に形成されることを明らかにしました。また、近赤外発光が、亜鉛原子が抜けた欠陥(亜鉛空孔)に由来することを突き止め、効率的な発光メカニズムも解明しました。加えて、酸化亜鉛は一般にn型※6半導体として知られ、p型化は極めて難しいとされてきましたが、本研究で開発した酸化亜鉛はp型の挙動を示すことも確認されました。
これらの特殊な粒子構造と電子状態の制御による相乗効果により、従来材料では強い力を必要としていた応力発光が、本研究の材料では数キロパスカルという、指先で触れる程度の力でも明瞭に観測されました。
本材料は、生体を透過しやすい近赤外光を放つことから、超音波など外部からの微弱な振動によって体内の応力発光体を無電源で発光させ、生体情報の読み取りなどに活用する次世代医療技術への応用が期待されます。将来的には、バイオフォトニクスや光源技術への展開も期待されます(図1)。
学術的には、これまで不可欠と考えられてきたレアアースを用いず、ありふれた元素の組み合わせのみで高機能を引き出せることを示した点に意義があります。これは、高価な資源に依存しない持続可能な材料設計の新たな指針を提示するものです。
社会的には、安価で大量生産が可能な特性を活かした早期の社会実装を目指しています。例えば、橋梁や風力発電設備などに塗布するだけで、目に見えない微小な劣化やひずみを光として可視化する技術の実現が期待されます。電源や配線を必要としないため、老朽化が進むインフラの継続的な遠隔監視を低コストで実現できる可能性があります(図2)。
今後の展開
今後は、本材料の利用を加速できるよう、企業および研究機関にサンプル提供するとともに、量産化する材料メーカー、デバイス・システムメーカー、保守・点検を担う企業、医療・検査機器メーカーなどとの共同開発を積極的に進め、実用化に向けた実証研究を加速していく予定です。身近な材料である酸化亜鉛を通じて、安全で持続可能な未来社会の実現に貢献していきます。
図1 開発した酸化亜鉛材料の発光スペクトルと生体組織の透過像
(左)開発した酸化亜鉛は750 nmを中心波長とする近赤外域で発光します。この波長領域は、生体内を比較的透過しやすいことから、生体の窓Iと呼ばれています。(右)開発した酸化亜鉛を荷重によって発光させることで、生体組織の違いをコントラストとして捉える透過イメージングが可能であることが分かります。
図2 未来社会を支えるマルチスケール応用イメージ
本材料は、細胞レベルの光源技術から、ヘルスケア、インフラ診断まで、幅広いスケールでの応用が期待されます。
[医療・バイオ分野]
超音波を照射するだけで体内で発光する光源や無電源センサとして、治療やヘルスケアへの応用が期待されます。
[インフラ分野]
橋梁や風力発電設備のブレードに塗布することで、目に見えないひずみを光として可視化し、ドローンなどを用いた遠隔監視への応用につながります。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP19H00835、JP22H00269、JP25H00790、JP23K22799、JP24H00415)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR25S3)、旭硝子財団、東京応化科学技術振興財団、池谷科学技術振興財団、日本鉄鋼協会鉄鋼研究振興助成の支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は、SPring-8(2025B1031、2025A1653、2024B1770、2024A1665)、東北大学金属材料研究所 計算材料学センター(CCMS; 202412-SCKXX-0511)、ARIMプロジェクト(MEXT; JPMXP1225TU1071)の支援を受けて実施されました。また、掲載論文は「東北大学 2026 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業」の支援を受けました。
【用語解説】
※1. 酸化亜鉛 (ZnO)
亜鉛の酸化物で、白色粉末として知られている。毒性が低く、紫外線遮蔽効果を持つことから、日焼け止め、化粧品、医薬品(軟膏)などに広く用いられている。また、ワイドギャップ半導体として、次世代電子材料としても注目されている。
※2. レアアース
希土類元素の総称。従来の高性能な発光材料には不可欠であるが、産出地が偏っており、価格高騰や供給リスクの点で課題がある。
※3. 応力発光
材料が受けた力学的なエネルギーに相関して繰り返し発光する現象。1999年に徐教授によって発見された。
※4. 近赤外光
赤外線のうち、可視光に近い波長域の光の総称。皮膚や筋肉などの生体組織を透過しやすいため、体内情報を体外から読み取る医療診断などへの応用が期待されている。
※5. 第一原理計算
実験データに依存せず、量子力学の基本原理に基づいて物質中の電子の振る舞いをシミュレーションする手法。
※6. n型/p型
半導体内で電気を運ぶ主役が電子であるものをn型、正孔であるものをp型と呼ぶ。
【問い合わせ先】
亜酸化窒素を無害化する貴金属を用いない電極材料の開発
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北海道大学大学院地球環境科学研究院の加藤 優准教授、工学院大学教育推進機構基礎・教養科の桑村直人准教授、高輝度光科学研究センター産学総合支援室の渡辺 剛主幹研究員、九州シンクロトロン光研究センタービームライングループの瀬戸山寛之主任研究員、近畿大学理工学部応用化学科の朝倉博行講師らの共同研究グループは、高価な貴金属を用いない鉄やコバルト、ニッケルを用いた亜酸化窒素(N2O)を無害化する電極材料の開発に成功しました。 |
【背景】
亜酸化窒素 (N2O)はCO2の約300倍の地球温暖化係数を示す温室効果ガスであり、かつ今世紀最大のオゾン層破壊物質です (図1)。大気中のN2O濃度は現在約340 ppbであり、産業革命前の約270 ppbと比較して約25%増加しています。また、2020年のN2Oの大気中濃度の上昇速度は毎年1.3 ppbであり、2010年代の毎年0.96 ppbと比較して約30%高い水準にあります。世界人口の増加に伴う肥料の使用量増加やCO2排出量削減等に伴うエネルギー源としてのアンモニア使用量の増加が予想されるため、アンモニアの副生成物であるN2Oの人為的排出量は今後より一層増加することが懸念されています。N2O排出に伴う気候変動への影響や地球環境負荷を抑制するためには、N2Oを効率よく無害化する技術開発が必要不可欠です。
従来型N2O浄化技術としては固体触媒を用いた熱分解が主流ですが、比較的高温 (≥300ºC)の温度条件が必要です。それに対し、電気分解によるN2O浄化法 (電解N2O浄化法) は、温和な条件 (室温・常圧) で反応が進行し、また、自然エネルギーとの相性もよいと考えられるため、高効率かつ持続可能な次世代N2O浄化技術として着目されています。このような電解N2O浄化法における課題は、N2O還元反応(N2ORR)を効率よく駆動させるための電極材料(電極触媒)として、貴金属であるプラチナやパラジウムなどの高価かつ希少な貴金属が用いられている点です。将来的な電気化学N2O還元法の大規模での応用展開を見据えた場合には、材料コストが抑えられかつ資源的制約の少ない貴金属を用いない電極触媒の開発が求められています。
【研究手法】
研究グループは、貴金属を用いないN2ORR電極触媒として、触媒としての金属錯体を炭素粉末表面に固定化した電極材料を開発しました(図1)。今回の研究では比較的安価な金属イオンである鉄、コバルト、ニッケルイオンと酸化還元活性を示す硫黄を含むジチオレン配位子を組み合わせた金属錯体を触媒として用い、比表面積が広い炭素粉末表面に固定化することでN2ORR電極触媒として使用しました。また、環境にも配慮して、有機溶媒を用いずに、水溶液中、室温・常圧の温和な条件で電気化学N2ORRを実施し、触媒活性の指標となるターンオーバー頻度を決定しました。また、得られた電極触媒の酸化数の状態や反応機構に関する知見を得るために、国内放射光施設である大型放射光施設SPring-8※5(BL14B2、BL11XU)、九州シンクロトロン光研究センターSAGA-LS※6(BL11)、高エネルギー加速器研究所(フォトンファクトリー)での放射光実験(X線吸収・発光分光測定)や量子化学計算なども実施しました。
【研究成果】
調製した電極触媒の電気化学的N2ORR活性をpH 13のアルカリ水溶液中で調べた結果、鉄、コバルト、ニッケル錯体の中では、コバルト錯体が最も高い活性を示すことが明らかになりました。そのターンオーバー頻度は、–0.3Vで約360h–1、–0.6Vでは約860h–1まで上昇することが明らかとなりました。この活性は過去に報告されているプラチナやパラジウムなどの貴金属を含まない分子系N2ORR電極触媒としては世界最高値です(図2)。また、–0.3Vでの活性持続性を調べた結果、24時間まではほぼ劣化しないことも明らかとなり、触媒耐久性も比較的高いことが分かりました。反応機構を調べるために電気化学条件下でのX線吸収分光測定を実施した結果、大気中では不安定であるコバルト(I)価イオン種が触媒活性種として生成していることを突き止めました。量子化学計算の結果もこの実験結果を支持しているだけでなく、コバルト(I)価イオン周りの平面性が反応活性に寄与しているという結果を得ています。
【今後への期待】
電解N2O浄化法は発展途上の技術であり、電極触媒の開発だけでなく、電解システムの開発など応用化のための課題は山積みです。特に貴金属を用いないN2ORR電極触媒の開発に関しては、報告例が限られているため、どのように触媒を設計すれば高活性が得られるのか、未だ手探りの状況です。本研究がきっかけとなり、金属錯体のデザイン性を活かした、より高活性かつ高耐久性を示す電極触媒の開発が進むことで、人為的N2O排出量ゼロを実現し、気候変動の抑制や地球環境保全に貢献することが期待されます。
【謝辞】
本研究は北海道大学EXEX博士人材フェローシップ、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)(北海道大学:JPMXP1224HK0036、JPMXP1225HK0022;量子科学技術研究開発機構:JPMXP1223QS0107、JPMXP1224QS0006、JPMXP1224QS0110、JPMXP1225QS0104)、工学院大学総合研究所プロジェクト研究費、向科学技術振興財団(MZR2025003)、鉄鋼環境基金、SPring-8 (2023B3592、2024A3592、2024B2012、2024B3592、2025B3592)、高エネルギー加速器研究所 (2025G106)、九州シンクロトロン光研究センター(13-2507011T、133-2515132P)、九州大学情報基盤研究開発センターの支援を受けて実施されました。
【参考図】
【用語解説】
※1. 電極触媒
触媒活性を付与した電極のこと。本研究では導電性があり、かつ比表面積が広い炭素粉体の表面に触媒としてジチオレン配位金属錯体を固定することで、電極触媒とした。
※2. 金属錯体
金属イオンを配位子と呼ばれる有機物で取り囲むことで得られる化合物のこと。身近な例としては、血液の中で酸素を運ぶヘモグロビン(赤色の鉄錯体)や植物の光合成において太陽光を吸収するクロロフィル(緑色のマグネシウム錯体)などが挙げられる。無数の金属イオンと多様な配位子の組み合わせによるデザイン性の高さが特長であり、本研究では、鉄、コバルト、ニッケルイオンを二つのジチオレン配位子で取り囲んだジチオレン配位金属錯体触媒として用いている。
※3. ターンオーバー頻度
触媒の活性指標の一つであり、触媒活性種あたりで、単位時間に、何回、目的の反応を完結させるのかの回数のこと。本実験では、ジチオレン配位コバルト錯体を用いた場合において、触媒中のコバルト金属あたりN2OをN2へと変換するターンオーバー頻度を最大860 h–1と決定している。
※4. X線吸収・発光分光測定
X線を物質に照射し、そのX線の吸収及び物質から放出されたX線を調べる手法のこと。元素選択的な実験手法であるため、物質の中の調べたい特定の元素の酸化数などの情報を選択的に抽出することが可能。本研究では、X線吸収・発光分光測定によりコバルトイオンや配位硫黄原子の酸化数やスピン状態、金属–硫黄共有結合性を調べた。
※5. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※6. SAGA-LS
佐賀県が運営する佐賀県鳥栖市にある1.4GeVの中型放射光施設で、主にSPring-8より低エネルギーのX線を利用した分光やイメージング、回折手法などを含む幅広い研究利用が行われている。本研究では、SAGA-LS BL11において硫黄のX線吸収分光測定が実施された。
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本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
【研究内容に関すること】
北海道大学大学院地球環境科学研究院 准教授 加藤 優
工学院大学教育推進機構基礎・教養科 准教授 桑村直人
【広報に関すること】
北海道大学社会共創部広報課
TEL:011-706-2610
E-mail:jp-press
general.hokudai.ac.jp
工学院大学経営企画部広報課
TEL:03-3340-1498
E-mail:gakuen_koho
sc.kogakuin.ac.jp
佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター利用企画課
TEL:0942-83-5017
E-mail:riyou
saga-ls.jp
近畿大学経営戦略本部広報室
TEL:06-4307-3007
E-mail:koho
kindai.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: プレスリリース
- 参照数: 227
ゼオライト結晶化の「最初の一歩」を可視化 原子の「ねじれ」の秩序化が結晶化に先行する 新原理を発見
-触媒・分離材料の開発を、経験則から予測設計へー
2026年5月21日
(2026年5月20日東北大学様プレスリリースを掲載しています)
国立大学法人東北大学
国立大学法人東京大学
国立大学法人東京科学大学
【発表のポイント】
ゼオライト※1が結晶になる前に、シリケート※2骨格の三次元的な「ねじれ」が先に整い始めることを、X線発光分光※3によって直接捉えました。
従来のX線回折※4などでは見えにくかった、結晶化前の局所的な三次元構造変化を可視化する新しい方法を示しました。
本成果は、ゼオライトをはじめとする多孔質材料やネットワーク材料の合成を、経験と試行錯誤に頼る方法から、構造形成の途中過程を見ながら最適化する材料設計へと進める基盤になると期待されます。
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【概要】 |
【詳細な説明】
研究の背景
ゼオライトは、触媒、吸着材、分離膜などとして産業的に極めて重要な材料です。一方で、その合成は長年にわたり、温度、時間、組成、構造規定剤などを変えながら最適条件を探る、経験的な方法に強く依存してきました。その背景には、ゼオライトが結晶化する途中で何が起こっているのかを、原子レベルで直接見ることが難しかったという問題があります。
特に、X線回折やPDF解析※9などの従来法は、原子間距離や長距離秩序の評価には優れていますが、三次元ネットワークの形成を左右するねじれ角のような構造指標には本質的に鈍感です。そこで研究グループは、酸素原子まわりの電子状態に敏感な O 1s X線発光分光(XES) に注目しました。
研究手法と成果
本研究では、Fe を含む MWW 型ゼオライトの合成途中試料を対象に、大型放射光施設SPring-8 BL27SUおよび3GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu BL07UにおいてO 1s XES を測定し、さらに東北大学サイバーサイエンスセンターのスーパーコンピュータ「AOBA」※10による第一原理計算を組み合わせてスペクトル変化の起源を解析しました。その結果、合成が進むにつれて現れる特徴的なスペクトル変化は、Si–O 結合長や Si–O–Si 結合角の変化だけでは説明できず、O–Si–O–Si ねじれ角の秩序化によって最もよく再現されることが分かりました。
また、ポテンシャルエネルギー面の計算から、無秩序な状態に多い不利な配座よりも、より安定な、ずれた(staggered)配座へ向かうことが熱力学的に妥当であることも示しました。ねじれ角がずれた(staggered)配座に向かってそろっていくことで、局所構造は逆に無秩序な配座より低対称となり、その結果、酸素原子上への電子局在が強まります。XESでこの微小な電子状態の変化を敏感に捉えることで、構造変化を可視化しました(図1)。
今回観測された構造変化は偶然ではなく、シリケート骨格がより安定な三次元構造へ向かう本質的な過程であると考えられます。
さらに、O 1s XES、X線回折(XRD)、SPring-8 BL01B1でのFe K端X線吸収分光(XAFS)などを総合すると、ゼオライトの結晶化は、シリケート骨格内部で、局所的なねじれ秩序が生じる(Stage I)、長距離秩序が現れ、結晶核形成が始まる(Stage II)、結晶成長が加速し、Fe の骨格導入が顕著になる(Stage III)の三段階で進むことが分かりました(図2)。
このことから、結晶化に先立って三次元ネットワークの局所秩序化が起こるという、新しい結晶化メカニズムが明らかになりました。
今後の展開
本研究により、ゼオライト合成の初期段階を可視化する新しい分析手法が示されました。これは、完成した材料だけを評価するのではなく、できる途中の構造変化を見ながら合成条件を最適化する方向につながります。将来的には、より高性能な触媒や分離材料の設計、さらにはガラス、金属有機構造体(MOF)、その他のネットワーク材料の形成機構解明にも広がる可能性があります。
実験スペクトルと理論計算の比較から、結晶化初期にはシリケート骨格の三次元的な配列が変化していることがわかった。
今回の結果は、この「最初の一歩」を示したものである。
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費(JP21H05011、JP25H00900、JP23K23032)および ナノテラスDX利用促進課題の支援を受けて行われました。放射光X線実験は、大型放射光施設SPring-8 の BL01B1 および BL27SU、ならびに NanoTerasu の BL07U、BL08U、BL08W にて実施されました。NanoTerasu における一部の放射光X線実験は、一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)のコアリション制度のもとで行われました。本研究におけるシミュレーション計算の一部は、東北大学サイバーサイエンスセンターのスーパーコンピュータ「AOBA」を利用して行われました。本計算の実施にあたっては、ナノテラスDX利用促進課題の支援を受けました。また、掲載論文は東北大学「令和8年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
【用語解説】
※1. ゼオライト
内部に微細な孔を持つ結晶性多孔質材料。触媒、吸着材、分離膜などに広く利用される。
※2. シリケート
ケイ素(Si)と酸素(O)からなる化合物の総称。ゼオライトの骨格を形成する基本的な単位。
※3. X線発光分光
物質にX線を照射した際に放出されるX線を測定し、原子周辺の電子状態や局所構造を調べる手法。(XES:X-ray Emission Spectroscopy)
※4. X線回折
結晶にX線を照射し、跳ね返ってきた光(回折)のパターンから結晶の構造(原子の規則配列)を調べる手法。
※5. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行っている。
※6. 3GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu
東北大学青葉山新キャンパス内に建設され、2024年4月に運用が開始された最新の放射光施設。レーザーのように波面がそろった「コヒーレント」と呼ばれる性質をもつ高輝度X線を利用できる。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とし、宮城県、仙台市、東北大学、一般社団法人東北経済連合会などが参画する官民地域パートナーシップにより整備・運営されている。
※7. ねじれ角
原子が連なった構造の三次元的な向きやねじれ具合を表す幾何学パラメータ。本研究では O–Si–O–Si のねじれ角が重要な指標となった。(torsion angle)
※8. トポロジー・ファースト(Topology First)
結晶としての周期的な規則性(長距離秩序)が現れるよりも前に、まず原子同士のつながり方やねじれ(局所的なトポロジー)が秩序化する、本研究で提唱された新しい結晶化の基本原理。
※9. PDF解析
二体分布関数(Pair Distribution Function)解析の略。X線や中性子散乱のデータから、物質内の原子間の距離分布を導き出す手法。
※10. スーパーコンピュータシステム AOBA
東北大学サイバーサイエンスセンターが運用するスーパーコンピュータシステム。NEC製のベクトル型スーパーコンピュータ(SX-Aurora TSUBASA)を採用し、気象予測、流体解析、材料開発などの大規模な科学技術計算において極めて高い処理能力を有している。
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本件に関するお問い合わせ先 |
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(研究に関すること)
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(兼)多元物質科学研究所
教授 西堀 麻衣子(にしぼり まいこ)
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagen
grp.tohoku.ac.jp
東京大学物性研究所 広報室
TEL:04-7136-3207
E-mail:press
issp.u-tokyo.ac.jp
東京科学大学 広報課
TEL:03-5734-2975
E-mail:media
adm.isct.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
