放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

ゼオライト結晶化の「最初の一歩」を可視化 原子の「ねじれ」の秩序化が結晶化に先行する 新原理を発見
-触媒・分離材料の開発を、経験則から予測設計へー


2026年5月21日
 (2026年5月20日東北大学様プレスリリースを掲載しています)
国立大学法人東北大学
国立大学法人東京大学
国立大学法人東京科学大学


【発表のポイント】

ゼオライト※1が結晶になる前に、シリケート※2骨格の三次元的な「ねじれ」が先に整い始めることを、X線発光分光※3によって直接捉えました。
従来のX線回折※4などでは見えにくかった、結晶化前の局所的な三次元構造変化を可視化する新しい方法を示しました。
本成果は、ゼオライトをはじめとする多孔質材料やネットワーク材料の合成を、経験と試行錯誤に頼る方法から、構造形成の途中過程を見ながら最適化する材料設計へと進める基盤になると期待されます。


【概要】
ゼオライトは、石油化学触媒、環境浄化、分離膜などに広く用いられる重要な多孔質材料です。しかし、ゼオライトがどのようにして無秩序な前駆体から秩序だった結晶へと変化するのか、その初期過程はこれまで十分に見えていませんでした。特に、原子のつながり方を決める三次元的な幾何学情報を、従来法では捉えにくく、結晶化の最初の段階はブラックボックスのままでした。
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センターの二宮翔助教、西堀麻衣子教授らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8※5および3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu※6の酸素 1s X線発光分光(O 1s XES)を用いて、MWW型ゼオライトの結晶化過程を詳細に追跡しました。その結果、結晶が現れる前の段階で、シリケート骨格の O–Si–O–Si のねじれ角※7が無秩序な状態から段階的に整い始めることを見いだしました。さらにこの秩序化は、X線回折で長距離秩序が現れるより前に起こり、また鉄(Fe)の本格的な骨格導入よりも先に進行することが分かりました。
本研究は、ゼオライト結晶化において、結晶がいきなり形成されるのではなく、まず三次元ネットワークの“形の準備”が起こることを示したものです。研究グループはこの知見をもとに、「トポロジー・ファースト(topology-first)」※8とも言える新しい結晶化像を提案しました。

本成果は2026年5月20日付(米国時間)で、米国化学会が発行する学術誌Journal of the American Chemical Societyに掲載されました。
なお、本研究成果は、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センターのYin Zhong准教授、板本航輝大学院生(当時、同大学院環境科学研究科)、東北大学多元物質科学研究所の真柄英之博士、津田健治教授、寺内正己教授、量子科学技術研究開発機構のUgalino Ralph博士、東京大学物性研究所の原田慈久教授、木内久雄助教(当時)、東京科学大学総合研究院 ナノ空間触媒研究ユニット の横井俊之教授らの共同研究グループにより行われました。

論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
タイトル:Torsional ordering as a prerequisite for zeolite crystallization revealed by X-ray emission spectroscopy
著者:Kakeru Ninomiya†, Ralph Ugalino, Koki Itamoto, Zhong Yin, Hisao Kiuchi, Yoshihisa Harada, Hideyuki Magara, Kenji Tsuda, Masami Terauchi, Toshiyuki Yokoi, Maiko Nishibori*
†筆頭著者: 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 助教 二宮 翔
*責任著者: 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授 西堀 麻衣子
DOI:10.1021/jacs.6c03877


【詳細な説明】

研究の背景
ゼオライトは、触媒、吸着材、分離膜などとして産業的に極めて重要な材料です。一方で、その合成は長年にわたり、温度、時間、組成、構造規定剤などを変えながら最適条件を探る、経験的な方法に強く依存してきました。その背景には、ゼオライトが結晶化する途中で何が起こっているのかを、原子レベルで直接見ることが難しかったという問題があります。
特に、X線回折やPDF解析※9などの従来法は、原子間距離や長距離秩序の評価には優れていますが、三次元ネットワークの形成を左右するねじれ角のような構造指標には本質的に鈍感です。そこで研究グループは、酸素原子まわりの電子状態に敏感な O 1s X線発光分光(XES) に注目しました。


研究手法と成果
本研究では、Fe を含む MWW 型ゼオライトの合成途中試料を対象に、大型放射光施設SPring-8 BL27SUおよび3GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu BL07UにおいてO 1s XES を測定し、さらに東北大学サイバーサイエンスセンターのスーパーコンピュータ「AOBA」※10による第一原理計算を組み合わせてスペクトル変化の起源を解析しました。その結果、合成が進むにつれて現れる特徴的なスペクトル変化は、Si–O 結合長や Si–O–Si 結合角の変化だけでは説明できず、O–Si–O–Si ねじれ角の秩序化によって最もよく再現されることが分かりました。
また、ポテンシャルエネルギー面の計算から、無秩序な状態に多い不利な配座よりも、より安定な、ずれた(staggered)配座へ向かうことが熱力学的に妥当であることも示しました。ねじれ角がずれた(staggered)配座に向かってそろっていくことで、局所構造は逆に無秩序な配座より低対称となり、その結果、酸素原子上への電子局在が強まります。XESでこの微小な電子状態の変化を敏感に捉えることで、構造変化を可視化しました(図1)。
今回観測された構造変化は偶然ではなく、シリケート骨格がより安定な三次元構造へ向かう本質的な過程であると考えられます。
さらに、O 1s XES、X線回折(XRD)、SPring-8 BL01B1でのFe K端X線吸収分光(XAFS)などを総合すると、ゼオライトの結晶化は、シリケート骨格内部で、局所的なねじれ秩序が生じる(Stage I)、長距離秩序が現れ、結晶核形成が始まる(Stage II)、結晶成長が加速し、Fe の骨格導入が顕著になる(Stage III)の三段階で進むことが分かりました(図2)。
このことから、結晶化に先立って三次元ネットワークの局所秩序化が起こるという、新しい結晶化メカニズムが明らかになりました。


今後の展開
本研究により、ゼオライト合成の初期段階を可視化する新しい分析手法が示されました。これは、完成した材料だけを評価するのではなく、できる途中の構造変化を見ながら合成条件を最適化する方向につながります。将来的には、より高性能な触媒や分離材料の設計、さらにはガラス、金属有機構造体(MOF)、その他のネットワーク材料の形成機構解明にも広がる可能性があります。



図1 X線発光分光で捉えた結晶化前の原子ネットワーク変化
ゼオライトが結晶になる前に、原子ネットワークの「ねじれ」が先に整い始めることを、X線発光分光によって捉えた。
実験スペクトルと理論計算の比較から、結晶化初期にはシリケート骨格の三次元的な配列が変化していることがわかった。


図2 ゼオライト結晶化の「最初の一歩」の模式図
ゼオライト結晶化は、最初から結晶ができるのではなく、まず原子ネットワークの形が整い、その後に結晶核形成と結晶成長が進む。
今回の結果は、この「最初の一歩」を示したものである。

【謝辞】

本研究は、JSPS科研費(JP21H05011、JP25H00900、JP23K23032)および ナノテラスDX利用促進課題の支援を受けて行われました。放射光X線実験は、大型放射光施設SPring-8 の BL01B1 および BL27SU、ならびに NanoTerasu の BL07U、BL08U、BL08W にて実施されました。NanoTerasu における一部の放射光X線実験は、一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)のコアリション制度のもとで行われました。本研究におけるシミュレーション計算の一部は、東北大学サイバーサイエンスセンターのスーパーコンピュータ「AOBA」を利用して行われました。本計算の実施にあたっては、ナノテラスDX利用促進課題の支援を受けました。また、掲載論文は東北大学「令和8年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。



【用語解説】


※1. ゼオライト
内部に微細な孔を持つ結晶性多孔質材料。触媒、吸着材、分離膜などに広く利用される。


※2. シリケート
ケイ素(Si)と酸素(O)からなる化合物の総称。ゼオライトの骨格を形成する基本的な単位。


※3. X線発光分光
物質にX線を照射した際に放出されるX線を測定し、原子周辺の電子状態や局所構造を調べる手法。(XES:X-ray Emission Spectroscopy)


※4. X線回折
結晶にX線を照射し、跳ね返ってきた光(回折)のパターンから結晶の構造(原子の規則配列)を調べる手法。


※5. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行っている。


※6. 3GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu
東北大学青葉山新キャンパス内に建設され、2024年4月に運用が開始された最新の放射光施設。レーザーのように波面がそろった「コヒーレント」と呼ばれる性質をもつ高輝度X線を利用できる。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とし、宮城県、仙台市、東北大学、一般社団法人東北経済連合会などが参画する官民地域パートナーシップにより整備・運営されている。


※7. ねじれ角
原子が連なった構造の三次元的な向きやねじれ具合を表す幾何学パラメータ。本研究では O–Si–O–Si のねじれ角が重要な指標となった。(torsion angle)


※8. トポロジー・ファースト(Topology First)
結晶としての周期的な規則性(長距離秩序)が現れるよりも前に、まず原子同士のつながり方やねじれ(局所的なトポロジー)が秩序化する、本研究で提唱された新しい結晶化の基本原理。


※9. PDF解析
二体分布関数(Pair Distribution Function)解析の略。X線や中性子散乱のデータから、物質内の原子間の距離分布を導き出す手法。


※10. スーパーコンピュータシステム AOBA
東北大学サイバーサイエンスセンターが運用するスーパーコンピュータシステム。NEC製のベクトル型スーパーコンピュータ(SX-Aurora TSUBASA)を採用し、気象予測、流体解析、材料開発などの大規模な科学技術計算において極めて高い処理能力を有している。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(兼)多元物質科学研究所
教授 西堀 麻衣子(にしぼり まいこ)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagenatgrp.tohoku.ac.jp

東京大学物性研究所 広報室
TEL:04-7136-3207
E-mail:pressatissp.u-tokyo.ac.jp

東京科学大学 広報課
TEL:03-5734-2975
E-mail:mediaatadm.isct.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(兼)多元物質科学研究所
教授 西堀 麻衣子(にしぼり まいこ)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagenatgrp.tohoku.ac.jp

東京大学物性研究所 広報室
TEL:04-7136-3207
E-mail:pressatissp.u-tokyo.ac.jp

東京科学大学 広報課
TEL:03-5734-2975
E-mail:mediaatadm.isct.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

結晶の中に潜む「隠れた分子」を発見
――放射光が解き明かす非磁性絶縁体の謎――


2026年5月20日
東京大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
科学技術振興機構(JST)


発表のポイント

◆放射光X線回折と逆モンテカルロシミュレーションにより、ニオブ酸化物結晶の中に従来の方法では見えない「隠れた分子」を発見しました。
◆発見した分子は、この物質の磁性と伝導性を支配している可能性があります。
◆結晶に潜む短距離相関を可視化する新たな解析手法の有効性を実証しました。本手法は、物質中に潜む新たな物理現象の発見につながることが期待されます。


結晶中に潜む四量体型の金属分子の図解

結晶中に潜む四量体型の金属分子

東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教、西田祥太大学院生(研究当時)、徳永祐介准教授、有馬孝尚教授(兼:理化学研究所創発物性科学研究センター センター長)、理化学研究所創発物性科学研究センターの豊田新悟研究員、高輝度光科学研究センターの中村唯我研究員の研究グループは、ニオブ酸化物結晶の中に潜む「隠れた分子」を発見しました。

本研究対象のニオブ酸化物は磁性を持たない絶縁体ですが、その物性の起源は長年の謎でした。本研究グループは、大型放射光施設SPring-8※1におけるX線回折実験※2と、逆モンテカルロシミュレーション※3というデータ解析手法を組み合わせることで、典型的なX線回折強度の1万分の1以下という極めて微弱な散漫散乱※4信号の精密測定と解析に成功しました。その結果、結晶中の微小な原子変位を高精度に抽出し、4つのニオブ原子が分子のように振る舞う新しいクラスターの存在を明らかにしました。本成果は、この物質の非磁性絶縁体状態の起源を分子軌道の観点から解明するものであり、従来の結晶構造解析では捉えられなかった短距離相関の可視化を実現したものです。本研究で実証した手法は、物質中に潜む新たな構造や物理現象の発見につながることが期待されます。

本研究成果は、米国物理学会の科学誌『Physical Review Letters』に、2026年5月19日付で掲載されました。

論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
タイトル:Linear tetramer formation in nonmagnetic pyrochlore niobate
著者:Shota Nishida, Shunsuke Kitou*, Shingo Toyoda, Yuiga Nakamura, Yusuke Tokunaga, Taka-hisa Arima
掲載日:2026年5月19日
DOI:10.1103/qq1h-lgbc


発表内容

物質科学の研究において、物質中の原子の並び方(結晶構造)を知ることは物性理解の出発点です。近年では計算科学が飛躍的に発展し、結晶構造から電子の状態を計算することで、物質の性質をある程度予測できるようになりました。例えば、水素化物における高圧下での超伝導の発見などは、理論予測をきっかけに実験的にも実証されています。

しかし、電子同士の相互作用(電子相関)が強い物質では、結晶構造から予想される性質と実際の振る舞いが一致しないことがあります。パイロクロア構造※5をもつニオブ酸化物Y2Nb2O7はその代表例です。この物質では、イットリウム(Y)とニオブ(Nb)がそれぞれパイロクロア格子を形成しています。Y2Nb2O7において、Yイオンは+3価で閉殻電子配置をとり、物性への寄与はほとんどありません。一方、+4価のNbイオンは価電子を1個持ち、金属的あるいは磁気的な振る舞いを示すことが期待されます。ところが、過去の磁化測定では、この物質が非磁性の絶縁体であることが報告されており、結晶構造からの予測と矛盾していました。この問題は20年以上にわたり未解決の謎として残されてきました。

本研究グループは、この謎を解明するため、Y2Nb2O7単結晶を用いたX線回折実験を、大型放射光施設SPring-8のBL02B1ビームラインにおいて実施しました。放射光では、実験室光源と比べて1億倍以上明るいX線を利用できるため、通常の測定では捉えられない微小な構造変化を検出することができます。その結果、三次元的に分布する非常に弱い散漫散乱強度の観測に成功しました(図1a)。散漫散乱は結晶中の乱れや短距離相関を反映する重要な信号ですが、そのパターンは複雑なことが多く、従来の結晶構造解析では扱うことが困難でした。本研究では、逆モンテカルロシミュレーションを用いてこの膨大な散漫散乱データを解析し、Nbイオンの微小な変位によって散漫散乱パターンを再現することに成功しました(図1b)。



図1 Y2Nb2O7の放射光X線回折データと逆モンテカルロ(RMC)シミュレーションの結果
(a) 実験で観測された散漫散乱パターン。(b) Nb原子の微小な変位のみを考慮したRMCシミュレーションで得られた散漫散乱パターン。

得られた結晶構造の中には、一直線上に並んだ4つのNbイオンがわずかに近づき合って形成される「四量体」が存在することが分かりました。この四量体は分子のように振る舞い、分子軌道を形成します。これらの軌道に4つの電子が低エネルギー準位から順に占有されることで電子が対を作り、非磁性絶縁体が実現されます(図2)。



図2 4つのNbイオンが作る直線四量体とその分子軌道
RMCシミュレーションで得られた結晶構造の中には、一直線上に並んだ4つのNbイオン(緑丸)が互いに近づいて形成する「四量体」が存在する。黒矢印は原子変位を示す。各Nbイオンは1つの価電子を持ち(赤矢印は電子スピンの向きを表す)、a1gと呼ばれる原子軌道を占有している。この4つのNbイオンが結合すると、σ1、σ2、σ3、σ4の4つの分子軌道がエネルギーの低い順に形成される。1つの軌道には2つの電子が入るため、四量体中の4つの電子はσ1とσ2を占有する。その結果、各軌道ではスピンが反対向きの電子同士が対を作り、磁気的な性質が打ち消し合って非磁性状態が実現する。さらに、占有されたσ2軌道と空のσ3軌道の間にエネルギーギャップが生じるため、この物質は絶縁体となる。

本研究は、長年の未解決問題であった非磁性絶縁体状態の起源を、分子軌道という観点から明確に説明したものです。本研究で実証した手法は、さまざまな量子物質や機能性材料に広く適用可能です。これにより、従来の結晶構造解析では捉えられなかった局所構造や電子状態を明らかにし、物質中に潜む新たな物理現象の発見につながることが期待されます。


発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科
鬼頭 俊介 助教
西田 祥太 研究当時:修士課程
徳永 祐介 准教授
有馬 孝尚 教授
兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長

理化学研究所 創発物性科学研究センター
豊田 新悟 研究員

高輝度光科学研究センター
中村 唯我 研究員


研究助成

本研究はJSPS 科学研究費助成事業(課題番号:JP24K17006、JP24H01644、JP24K00582)、JST 創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2362)の支援により実施されました。



【用語解説】


※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行っている。


※2. X線回折実験
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法の1つ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱したかを測ることで、試料の中の原子の並び方や原子間の距離を決定する。


※3. 逆モンテカルロシミュレーション
実験データを再現するように、原子の位置を試行錯誤的に更新していく計算手法。特に、平均構造では捉えにくい乱れや短距離相関を解析するのに有効である。


※4. 散漫散乱
結晶の完全な周期構造からのずれによって生じる弱い散乱。通常の回折ピークとは異なり、広がった強度分布として観測され、物質中の乱れ、揺らぎ、短距離相関などの情報を含んでいる。


※5. パイロクロア構造
一般式 A2B2O7で表される結晶構造に見られる三次元ネットワーク構造。 A と B のサイトの原子は正四面体が頂点を共有して連結した構造を形成し、幾何学的なフラストレーションを生じやすい。


本件に関するお問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院新領域創成科学研究科
助教 鬼頭 俊介

東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
TEL:04-7136-5450
E-mail:pressatk.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-pressatml.riken.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404
E-mail:jstkohoatjst.go.jp


科学技術振興機構 創発的研究推進部
加藤 豪
TEL:03-5214-7276
E-mail:souhatsu-inquiryatjst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

本件に関するお問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院新領域創成科学研究科
助教 鬼頭 俊介

東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
TEL:04-7136-5450
E-mail:pressatk.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-pressatml.riken.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404
E-mail:jstkohoatjst.go.jp


科学技術振興機構 創発的研究推進部
加藤 豪
TEL:03-5214-7276
E-mail:souhatsu-inquiryatjst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

抗体によるT細胞応答の新たな制御機構の発見
-自己免疫、アレルギー疾患の制御法や最適化ワクチン抗原の開発への応用に期待-


2026年4月16日
(大阪大学様が2026年4月16日に発表したプレスリリースを掲載しています)
大阪大学
東北大学
東京科学大学
信州大学
理化学研究所


【研究成果のポイント】
◆ 免疫応答の過程で、特定の抗原に反応するT細胞の働きを選択的に抑える新しい抗体「 免疫誘導性T細胞受容体様抗体(Immune-induced TCR-like antibody:iTab) 」が、マウスで自然に作られることを発見した。
◆ iTabは、抗原ペプチドとMHC※1 クラスII分子を認識し、T細胞受容体(TCR)※2が抗原ペプチドの認識を妨げることで、抗原特異的な免疫反応を抑えることが分かった。また、iTabの誘導には、抗原ペプチドの両端にある「フランキング残基」が重要であることも明らかにした。
◆ 自己免疫疾患モデルマウスでは、iTabを誘導するペプチドで前もって免疫する、あるいはiTab自体を投与することで、病態の進行を抑えられることを示した。
◆ 将来的に、自己免疫疾患やアレルギーに対する抗原特異的な免疫制御法の開発や最適なワクチン抗原の設計への応用が期待される。


 大阪大学免疫学フロンティア研究センターの荒瀬尚教授(微生物病研究所/先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター/感染症総合教育研究拠点兼任)らと東北大学・東京科学大学・信州大学・理化学研究所の研究グループは、新たな免疫制御機構として、免疫応答の際に「MHCと抗原ペプチドの複合体」に対する抗体が産生され、それがT細胞の認識を阻害することで過剰なT細胞応答を制御していることを発見しました。
 従来、生体内で産生される抗体は、抗原のみを認識すると考えられてきました。しかし本研究グループがマウスモデル(抗原を投与することで免疫反応を起こさせたマウス)で産生される抗体を解析した結果、特定の抗原ペプチドを提示したMHCのみを認識する抗体、すなわちT細胞受容体と同様の認識能を持つ「免疫誘導性T細胞受容体様抗体(Immune-induced TCR-like antibody:iTab)」が産生されることを見出しました。
 さらに、このiTabが、T細胞受容体の認識と競合することによって、抗原特異的なT細胞応答を抑制することを明らかにしました。加えて、多発性硬化症のモデルマウス(実験的自己免疫性脳脊髄炎:EAE)において、iTabが自己免疫疾患の発症を抑えることから、iTabが免疫応答の制御において重要な役割を担うことも示されました(図1)。
 今回明らかにしたiTabの誘導アプローチを応用することで、標的抗原が明らかになっている自己免疫疾患やアレルギー疾患に対して新たな治療の開発が期待できます。また、iTabの産生を誘導しない抗原を設計することによる持続性の高いワクチン抗原の最適化にも応用が期待できます。
本研究成果は、国際学術誌「Nature Communications」に、4月16日(木)18時(日本時間)に公開されました。


論文情報
雑誌名:Nature Communications
タイトル:“Immuno-induced TCR-like antibodies regulate specific T cell response in mice”
著者:Kazuki Kishida1, Keisuke Kawakami2, Hiroaki Tanabe3,4, Wataru Nakai1,9, Koji Yonekura2,5, Shigeyuki Yokoyama3,4, Hisashi Arase1,6,7,8
掲載日:2026年4月16日
DOI:10.1038/s41467-026-71384-1
所属
1. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) 免疫化学分野
2. 理化学研究所 放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
3. 信州大学 医学部医学科 創薬標的タンパク質開発講座
4. 東京科学大学 新産業創成研究院 構造生物学生化学講座
5. 東北大学 多元物質科学研究所
6. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫化学
7. 大阪大学 先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター(CAMaD)
8. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
9. 大阪大学 大学院医学系研究科 感染症免疫学講座



図1 抗原により生体内で免疫応答が誘導される過程で、T細胞受容体様抗体が産生され、抗原特異的なT細胞による免疫応答が抑制されること見出した。


【荒瀬教授のコメント】
 本研究成果は、過剰なT細胞免疫応答を抗体が制御するという、新たな免疫制御の仕組みを明らかにしたものです。今後、この成果を応用することで、さまざまな自己免疫疾患やアレルギー疾患に対する新たな治療法・予防法の開発につながることが期待されます。


研究の背景
 免疫は、細菌やウイルスなどの異物から体を守るために欠かせない仕組みです。一方で、免疫反応が過剰になったり、自分自身の成分に反応してしまったりすると、アレルギーや自己免疫疾患の原因になります。そのため、必要な免疫機能は保ちながら、問題となる免疫反応だけを狙って抑える方法の開発が重要な課題となっています。
 CD4陽性T細胞は、抗原提示細胞の表面に提示された「抗原ペプチド-MHCクラスII複合体」を認識して活性化します。これまで、この複合体を認識する“TCR様抗体”は人工的に作製できることが知られていましたが、通常の免疫応答の中で自然に生じるかどうかはよく分かっていませんでした。また、実際に体内で提示される抗原ペプチドには、T細胞が認識する中心部分だけでなく、その前後に「フランキング残基」と呼ばれる余分な配列が付いていることが多い一方で、その役割は十分に理解されていませんでした。


研究の概要
1. 新たな抗体「iTab」の発見
 本研究ではまず、卵白リゾチーム(HEL)やミエリン関連抗原などでマウスを免疫すると、抗原そのものに対する通常の抗体だけでなく、抗原ペプチド-MHCクラスII複合体を認識する抗体が誘導されることを見いだしました。研究グループはこの抗体を 「Immune-induced TCR-like antibody(iTab)、免疫誘導性TCR様抗体」 と名付けました。iTabは、抗原ペプチドだけ、あるいはMHCクラスIIだけを認識するのではなく、その組み合わせが作る立体的な構造を認識する点が特徴です( 図2) 。



図2 本研究で明らかになった免疫誘導性TCR様抗体

2. iTabの産生機構
 次に、iTabがどのような条件で作られるかを詳しく調べたところ、抗原ペプチドの両端に存在するフランキング残基が重要であることが分かりました。T細胞が認識する最小限のペプチドだけではiTabはほとんど誘導されませんでしたが、フランキング残基を含むペプチドではiTabが効率よく誘導されました。さらに、こうしたフランキング残基を含むペプチドは、抗原提示細胞の中で自然に作られ、MHCクラスII上に提示されていることも示されました。


3. iTabの機能解析
 機能解析では、iTabがT細胞受容体(TCR)による抗原認識を妨げ、抗原特異的なCD4陽性T細胞の活性化を抑えることを解明しました。iTabによってT細胞の活性化シグナルが弱まり、炎症反応の指標も低下しました。また、単クローンiTabを用いた解析から、iTabがマウス体内でも抗原特異的な免疫応答を抑制できることが示されました。


4. iTabの構造解析
 さらに、クライオ電子顕微鏡による構造解析により、iTabが抗原ペプチドのフランキング残基とMHCクラスIIの両方を同時に認識していることを明らかにしました。これは、iTabがT細胞受容体に似た仕組みで抗原提示の場を見分けていることを示す重要な結果です。

 

図3 iTabの投与により、多発性硬化症のモデルであるEAEが改善される。

5. 自己免疫疾患モデルマウスを用いたiTabによる自己免疫応答の制御
 研究グループは、多発性硬化症のモデルとして広く用いられる実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)でもiTabの効果を検証しました。その結果、病気の原因となる自己抗原に対するiTabは、病原性T細胞の活性化を抑え、炎症性サイトカインの産生を低下させ、病態の進行を有意に抑制しました( 図3) 。さらに、病原性T細胞を刺激しにくいよう改変した、iTab誘導能をもつペプチドで事前に免疫したマウスでも、EAE症状の軽減が確認されました。これらの結果は、iTabが自己抗原に対する過剰な免疫反応を選択的に抑える可能性を示しており、自己免疫疾患に対する新しい抗原特異的治療戦略の基盤となることが期待されます。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
 本研究は、生体に本来備わっている「抗原特異的な免疫応答を制御する抗体(iTab)」の存在を初めて明らかにしました。特定の抗原に対する免疫応答がいかにして適切に収束するのか、その制御機構の解明は非常に重要です。本研究により、産生されたiTabがT細胞の活性化を能動的に抑え込み、免疫応答を収束させるという、全く新しい免疫制御メカニズムが示されました。
MHCの遺伝子多型は、免疫系の異常な活性化によって引き起こされる様々な自己免疫疾患やアレルギー疾患において、最も強く関連する遺伝的要因として知られています。今回明らかにしたiTabの誘導アプローチを応用することで、標的抗原が明らかになっている自己免疫疾患やアレルギー疾患に対して新たな治療の開発が期待できます。逆にiTabの産生を誘導しない抗原を設計することによる持続性の高いワクチン抗原の最適化にも応用が期待できます。


特記事項
 本研究成果は、2026年4月16日(木)18時(日本時間)に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
本研究は、日本学術振興会科研費、日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、免疫アレルギー疾患実用化研究事業の一環として行われました。


【用語説明】


※1. MHC
MHC(主要組織適合性遺伝子複合体)はT細胞にペプチド抗原を提示して、T細胞を活性化することで、免疫応答の中心的な役割を担っている分子。


※2. T細胞受容体(TCR)
T細胞が抗原を認識する際に使用する受容体で、MHCに提示されたペプチド抗原を認識してT細胞への活性化シグナルを伝達する。


参考URL
研究室ホームページ https://immchem.biken.osaka-u.ac.jp
荒瀬 尚 教授 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8926a7bc71557953.html


本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 免疫化学 教授 
荒瀬 尚(あらせ ひさし)

<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)免疫記憶領域
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 免疫アレルギー疾患実用化研究事業
TEL:03-6870-2286

<報道に関すること>
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 企画室
特任教授 坂野上 淳
TEL:06-6879-4273
E-mail:j-sakanoatifrec.osaka-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

本件に関するお問い合わせ先
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大阪大学 免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 免疫化学 教授 
荒瀬 尚(あらせ ひさし)

<AMED事業に関すること>
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革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)免疫記憶領域
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 免疫アレルギー疾患実用化研究事業
TEL:03-6870-2286

<報道に関すること>
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特任教授 坂野上 淳
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酸素極小層から深海まで続くマンガン酸化の実態を解明
―セリウム同位体が明らかにする海洋中の新しい物質循環モデル―


2026年5月11日
東京大学
海洋研究開発機構(JAMSTEC)
高知大学
名古屋大学
弘前大学
法政大学
高輝度光科学研究センター
広島大学


発表のポイント
◆ 海水およびマンガンクラスト中のセリウム(Ce)安定同位体比の鉛直分布を初めて明らかにした。
◆ 酸素極小層(OMZ)内部を含め、深海に至るまで連続的にマンガン酸化物が形成されることを実証した。
◆ 海洋中のマンガン循環と希土類元素(注1)の挙動を統合的に理解する新しいモデルを提案した。



北西太平洋の海水および2つの海山に生成したマンガンクラスト中のCe濃度、Nd安定同位体比、Ce安定同位体比、Ce異常の程度、溶存酸素濃度などの水深依存性。


 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻のLi Wenshuai研究員(研究当時、現中国地質大学(武漢)教授)、高橋嘉夫教授(兼:同大学アイソトープ総合センター センター長)、海洋研究開発機構の中田亮一主任研究員、柏原輝彦主任研究員、高知大学海洋コア国際研究所の臼井朗特任教授、東京大学大気海洋研究所の小畑元教授、漢那直也助教(研究当時、現岡山大学准教授)、名古屋大学大学院環境学研究科の淺原良浩准教授、弘前大学被ばく医療総合研究所の田副博文教授、法政大学自然科学センターの田中雅人准教授、公益財団法人高輝度光科学研究センターの河村直己主幹研究員らの研究グループは、北西太平洋において海水およびマンガンクラスト(注2)中のセリウム(Ce)安定同位体比δ142Ce(注3)鉛直分布(注4)を詳細に解析し、酸素極小層(OMZ)(注5)から深海に至るまでマンガン(Mn)酸化物の形成が連続的に進行していることを明らかにしました。これまで、海洋におけるMnの酸化は、OMZで溶存したMn2+がその下部の酸素に富む層で酸化されることで主に進行すると考えられてきました。しかし、その実態は観測的に十分検証されていませんでした。
 本研究では、水深10〜6000 mにわたる海水と、約900〜5500 mで形成されたマンガンクラスト試料についてCe安定同位体比を測定し、海水中ではOMZ内部で軽い同位体に富み、その下層で重い同位体にシフトする特徴的な鉛直分布が存在することを見出しました。これは、クラスト中の同位体比は周囲の海水の値を反映しており、Mn酸化物がその場で形成・沈着したことを示しています。さらに大型放射光施設SPring-8(BL01B1、BL39XU)(注6)高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設(Photon Factory; BL-9A、BL-12C)(注7)においてCeやMnのX線吸収微細構造(XAFS)(注8)を測定して得た価数や局所構造の情報に基づいて、これら元素が海洋中で受ける反応も推定しました。その結果、Ceが主にマンガン酸化物に酸化吸着される過程で同位体分別が生じることが示唆され、観測されたCe同位体の鉛直分布は、Mnの酸化・沈殿が広い水深範囲で連続的に進行していることを強く示唆します。
 これらの結果は、Mn酸化物が特定の深度で生成して沈降するという従来のモデルを見直し、OMZ内部を含む広範な深度での連続的な生成を想定する新しいモデルを支持するものです。本成果は、海洋におけるMnの循環と希土類元素の挙動の理解を大きく前進させるとともに、海底鉱物資源の形成過程の解明や、過去の海洋環境復元に向けた新たな地球化学トレーサー(注9)としての応用が期待されます。


論文情報
雑誌名:Science Advances
題名:Cerium isotopes unveil hydrogenetic Fe-Mn encrustation occurring throughout from the oxygen minimum zone to the deep Pacific(5月1日付掲載)
著者名:Wenshuai Li*, Ryoichi Nakada, Hajime Obata, Naoya Kanna, Inhee Kim, Teruhiko Kashiwabara, Kotaro Higashi, Naomi Kawamura, Yoshihiro Asahara, Hirofumi Tazoe, Masato Tanaka, Akira Usui, Yoshio Takahashi*(*責任著者)
DOI:10.1126/sciadv.aee2813


発表者・研究者等情報
東京大学
 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  Li Wenshuai 博士研究員(現 中国地質大学(武漢)教授)
  高橋 嘉夫 教授(兼 東京大学 アイソトープ総合センター センター長)
 大気海洋研究所
  小畑 元 教授
  漢那 直也 助教(現 岡山大学環境生命自然科学学域 准教授)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)物質地球科学研究部門
  中田 亮一 主任研究員(兼 広島大学大学院先進理工系科学研究科 客員准教授)
  柏原 輝彦 主任研究員
高知大学海洋コア国際研究所
  臼井 朗 特任教授 (名誉教授)
名古屋大学大学院環境学研究科
  淺原 良浩 准教授
弘前大学 被ばく医療総合研究所
  田副 博文 教授
法政大学 自然科学センター・文学部 地理学科
  田中 雅人 准教授
高輝度光科学研究センター
  河村 直己 主幹研究員
  東 晃太朗 主幹研究員


研究助成
 本研究は、中国国家自然科学基金「No. 42573006、No. 42550152」、日本学術振興会「外国人特別研究員 No. P21313」、科研費「特別研究員奨励費 課題番号22F21313、22KF0083」、科研費「課題番号 24H00268、24K21564、24K22346、23H03986、22H00166、22F21313、22KK0166」、米国国立科学財団「助成金番号 OCE-2140395」、科研費「基盤研究(S) 課題番号: 26K21720」科研費「学術変革領域研究(A) 課題番号26H00438」の支援により実施されました。


謝辞
 本研究で行った解析は、SPring-8(課題番号:2023A1453, 2023A1455, 2024A1446, 2024A1483, 2024A1484, 2024A1486, 2024B1493, 2024B1496, 2024B1905)と、高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設Photon Factoryのビームラインにおいて、高エネルギー加速器研究機構の承認のもとで実施しました(課題番号:2022G126, 2024G123)。また、本研究は、東京大学大気海洋研究所の研究船共同利用プログラム(学術研究船「白鳳丸」、JURCAOSSH22-02)の支援も受けました。F. Liu氏(成都理工大学)に、Ce標準溶液(CDUT-Ce)をご提供いただいたことに感謝いたします。


【用語解説】


(注1)希土類元素
セリウムを含むランタノイド元素やイットリウムを含む元素群の名称で、環境や物質循環の指標として用いられる。レアアースとも呼ばれる。


(注2)マンガンクラスト
海底の岩石表面に長い時間をかけて成長する鉄・マンガン酸化物の層。


(注3)安定同位体比(δ142Ce)
同じ元素でも質量数の異なる同位体の比で、起源物質や化学反応の違いを反映する指標。


(注4)鉛直分布
水深方向に沿った変化の様子。


(注5)酸素極小層(OMZ)
海水中で酸素濃度が非常に低くなる深度帯。


(注6)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。



(注8)XAFS
X線吸収スペクトルに表れる元素の吸収端付近の微細な構造のことで、対象元素の価数や局所構造の情報が分かる分光法。


(注9)地球化学トレーサー
物質の起源や移動過程を追跡するための化学的指標。


問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫(たかはし よしお)

<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科
E-mail:media.satgs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
E-mail:kouhouataori.u-tokyo.ac.jp

海洋研究開発機構 企画部門 事業推進部 報道室
E-mail:pressatjamstec.go.jp

高知大学広報・校友課
TEL:088-844-8643 E-mail:kh13atkochi-u.ac.jp

名古屋大学 総務部広報課
E-mail:nu_researchatt.mail.nagoya-u.ac.jp

弘前大学被ばく医療総合研究所 総務グループ
E-mail:jm5401athirosaki-u.ac.jp

法政大学 総長室広報課
E-mail:pratadm.hosei.ac.jp

広島大学 広報グループ
E-mail:kohoatoffice.hiroshima-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫(たかはし よしお)

<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科
E-mail:media.satgs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
E-mail:kouhouataori.u-tokyo.ac.jp

海洋研究開発機構 企画部門 事業推進部 報道室
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TEL:088-844-8643 E-mail:kh13atkochi-u.ac.jp

名古屋大学 総務部広報課
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広島大学 広報グループ
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メタノールを効率よくエネルギー変換する酵素の立体構造を解明


2026年4月30日
国立大学法人筑波大学
東海国立大学機構岐阜大学
理化学研究所
国立大学法人東北大学


メタノールをエネルギー源として利用する酵母において重要な役割を担う酵素の立体構造を、クライオ電子顕微鏡を用いて高精度で解明しました。その結果、よく似た構造の2種類の酵素が環境に応じて異なる働きをする仕組みが明らかとなりました。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて、メタノールの効率的な資源化が注目されています。本研究では、より効率的なメタノール利用の鍵を探るため、メタノールで成長する酵母 Ogataea methanolica におけるアルコールオキシダーゼ(AOD)という酵素に着目し、その構造と機能の違いをクライオ電子顕微鏡を用いて明らかにしました。AODには複数の種類があり、細胞のエネルギー代謝の出発点となる、メタノールをホルムアルデヒドへと変換する反応においては、それぞれ異なる働きをすることで円滑なメタノール代謝を実現していることが知られていましたが、そのような性質の違いが生じる理由はこれまで明らかではありませんでした。 本研究では、各AODの立体構造を詳細に比較しました。その結果、全体の構造は類似しているものの、酵素の働きを助ける補酵素の結合様式や、周囲のアミノ酸配置に違いがあることが分かりました。これらの違いが酵素の安定性や電子伝達効率に影響し、結果として酵素活性の差異を生み出している可能性が示唆されました。さらに、タンパク質外周の構造の違いが、酵素活性の安定化に関与していることも明らかになりました。これらの知見から、わずかな構造差が酵素機能に大きな影響を与えることが示されました。この成果は、酵素の分子機構の理解を深めるとともに、高効率な酵素設計や、微生物や酵素を利用したバイオプロセス開発につながると期待されます。

論文情報
雑誌名:Microbial Biotechnology
タイトル:Cryo-EM structures of alcohol oxidase isozymes reveal structural determinants of cofactor variation and enzymatic activity in Ogataea methanolica
著者:Hao-Liang Cai1, Atsuhiro Shimada1,2,3, Tasuku Hamaguchi4,5, Akira Mizoguchi6, Koji Yonekura4,5, Kyohei Tsuchiyama2, Masaya Shimada1,2,3,7, Akio Ebihara1,2,3,7, Kazutoshi Tani6,8,9,*, Tomoyuki Nakagawa1,2,3,7,*
1 The United Graduate School of Agricultural Sciences, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan.
2 The Graduate School of Natural Sciences and Technologies, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan.
3 Faculty of Applied Biological Sciences, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan.
4 RIKEN SPring-8 Center, 1-1-1, Kouto, Sayo, Hyogo 679-5148, Japan.
5 Institute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials, Tohoku University, 2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai 980-8577, Japan.
6 Graduate School of Medicine, Mie University, 2–174 Edobashi Tsu, Mie 514-8507, Japan.
7 Preemptive Food Research Center, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1193, Japan.
8 Center for Computational Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan.
9 Center for Quantum and Information Life Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan.
掲載日:2026年4月18日
DOI:10.1111/1751-7915.70355


研究代表者

筑波大学 計算科学研究センター
谷 一寿 教授
岐阜大学 応用生物科学部
中川 智行 教授
理化学研究所 放射光科学研究センター/東北大学 多元物質科学研究所
米倉 功治 グループディレクター/教授


研究の背景

近年、地球温暖化対策や資源循環の観点から、カーボンニュートラル社会の実現が求められています。その中で、二酸化炭素やメタンから合成可能なメタノールは、液体で扱いやすく、さまざまな化学製品の原料にもなることから、環境負荷の低い再生可能な炭素資源として重要な物質です。このメタノールを工業的に効率よく利用する手段として、メタノールのみを栄養源として増殖するメチロトローフ酵母 Ogataea methanolica※1 が広く用いられています。
この酵母は、メタノール分解に関わるアルコールオキシダーゼ(AOD)※2 という酵素を持っています。これには複数の種類があり、特に、低濃度のメタノール環境で効率よく働くMod1pと高濃度環境でも機能するMod2pという2種類のよく似た構造の酵素を使い分けています。しかしながら、両者はアミノ酸配列が約85%も共通しており、なぜこのような働きの違いが生じるのかは長年の課題でした。そこで本研究では、クライオ電子顕微鏡※3 を用いて、Mod1pとMod2pそれぞれの詳細な構造解析を行いました。


研究内容と成果

本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、両酵素の立体構造を詳細に解析しました(図1)。その結果、いずれも8つのタンパク質からなる安定した構造を形成し、基本的な構造はよく似ていることが分かりました。一方で、機能に関わる重要な違いも明らかになりました。第一に、補酵素FAD※4 の酵素への結合様式が異なり、Mod1pでは通常のFADの一部が変換されたa-FAD※4 が利用されていました。第二に、酵素表面の電荷分布に違いがあり、分子間相互作用や安定性に影響していることが示されました。第三に、タンパク質外周においてアミノ酸配列が大きく異なる領域が存在し(図2)、それに伴い立体構造にも違いが認められ、この差が酵素活性の安定性に関与している可能性が示唆されました。このような構造上の違いが、メタノールに対する反応性や環境適応の差異を生み出していると考えられます。
さらに、これら2種類の酵素が混在した複合体を形成する可能性も示されたことから、環境変化に応じて代謝を柔軟に調節する仕組みがあると考えられます。
本研究により、類似した酵素であっても、わずかな構造の違いが酵素機能の大きな差を生むことが分子レベルで初めて明らかになりました。


今後の展開

本研究成果は、これまで経験的に知られていた酵素機能の違いを、分子レベルで説明するものです。この知見を基に、今後、酵素機能の改良およびバイオ生産技術の高度化を推進し、メチロトローフ酵母を用いた燃料や化学製品の効率的な生産への貢献を目指します。これらの取り組みは、メタノールを原料とするバイオリファイナリー※5 の実現に向けた重要な基盤技術となると期待されます。


参考図

図1 Mod1pおよびMod2pの立体構造比較。(a)全体構造。両構造は非常によく類似している。各モノマーは異なる色で示している。(b) Mod1p(緑)およびMod2p(黄)のモノマー構造の重ね合わせ。(c) Mod1pおよびMod2pのFAD結合部位の比較。Mod1pのa-FADにおけるC2′-OH基(左図赤矢頭)は観察者側を向いているのに対し、Mod2pの標準的なFADにおけるC2′-OH基(右図オレンジ矢頭)は観察者と反対方向を向いている。FADと相互作用する酵素のアミノ酸残基を棒モデルで表示するとともに各残基の名称と番号を示す。点線は水素結合を示す。


図2 Mod1pとMod2pの間でアミノ酸配列が大きく異なる領域。最も配列差の大きい領域を赤色(a, b)またはオレンジ色(c)で示す。(b, c) 相互作用しているアミノ酸残基を棒モデルで表示する。*は隣接するアミノ酸分子を示す。

研究資金

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(JP21am0101118、JP22ama121006、JP25ama121004)、JST未来社会創造事業(JPMJMI23G2)、科研費(JP18K19875)、量子情報生命科学研究センター等の助成を受けて実施されました。



【用語解説】


※1. メチロトローフ酵母 Ogataea methanolica
メタノールなどの炭素数が1つの化合物(C1化合物)を唯一の炭素源およびエネルギー源として利用し、増殖できる酵母。工業用酵素や医薬品の製造に広く利用されている。


※2. アルコールオキシダーゼ(AOD)
アルコールを酸化してアルデヒドと過酸化水素を生成する酵素。特にメタノールを基質として酸化する性質を持ち、主に微生物におけるメタノール代謝において重要な役割を果たしている。


※3. クライオ電子顕微鏡
生体高分子の立体構造を解析する手法の一つ。タンパク質などの試料を急速凍結して観察することで、結晶化することなく、アミノ酸や原子の位置を明らかにできる。


※4. 補酵素FAD(flavin adenine dinucleotide)
リボフラビン(ビタミンB₂)から誘導される、細胞のエネルギー代謝における酸化還元反応に必須の補酵素。細胞内でATP産生を支える役割を担っている。メチロトローフ酵母においては、通常のFADに含まれる糖アルコールのリビトール鎖がアラビトール鎖へと置き換わった特殊なFAD(arabityl FAD, a-FAD)が存在し、これが結合したAODは最大反応速度がわずかに低下するものの、低メタノール濃度環境に適応した反応が可能となる。


※5. バイオリファイナリー
化石資源に依存せず、植物などに由来する再生可能資源であるバイオマスを原料として、微生物や酵素の働きにより燃料や化学品を生産する技術およびそれに関連する産業を指す。カーボンニュートラル社会の実現に向けた鍵の一つとして期待されている。


本件に関するお問い合わせ先
【構造生物学研究に関すること】
谷 一寿
筑波大学 計算科学研究センター 教授

【生物化学研究に関すること】
中川 智行
岐阜大学 応用生物科学部 教授

【取材・報道に関すること】
筑波大学 計算科学研究センター 広報・戦略室
TEL:029-853-6260
E-mail:pratccs.tsukuba.ac.jp

岐阜大学 総務部広報課
TEL:058-293-3377
E-mail:kohosituatgifu-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-pressatml.riken.go.jp

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagenatgrp.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
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TEL:050-3502-3763
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【構造生物学研究に関すること】
谷 一寿
筑波大学 計算科学研究センター 教授

【生物化学研究に関すること】
中川 智行
岐阜大学 応用生物科学部 教授

【取材・報道に関すること】
筑波大学 計算科学研究センター 広報・戦略室
TEL:029-853-6260
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TEL:022-217-5198
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E-mail:kouhouatspring8.or.jp


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