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表面に集まるゲルマニウム原子がゲルマネン合成の鍵
―加熱か冷却かで「粒」か「シート」かが決まる原理を解明、量子ビット材料探索に貢献―
2026年4月23日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東京大学 生産技術研究所
一般財団法人ファインセラミックスセンター
【発表のポイント】
● ゲルマニウム原子が一原子の厚みで蜂の巣状に並んだもので、壊れにくい量子ビットを実現する候補として理論予測されている材料です。しかし、その成長の仕組みは未解明であり、作製中に粒状ゲルマニウムが混在することが課題でした。
● 本研究では、ゲルマニウム基板上の銀薄膜に加熱・冷却でゲルマネンを作製する手法を詳細に解析しました。結果、加熱中300℃で現れたゲルマニウム粒が500℃で消えること、500℃から300℃への冷却中に銀薄膜表面のゲルマニウム量が増えることの2工程がシート状のゲルマネン形成の鍵であることを明らかにしました。
● 500℃の高温状態を経験する必要性を解明し、ゲルマネン作製における再現性や安定性を高めました。また、他の原子一層物質での作製への発展性があることを示しました。この知見はゲルマネンの安定合成を通じて壊れにくい量子ビット材料の探索に貢献します。
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ゲルマネン※1は、ゲルマニウム原子が蜂の巣のように並んだ構造をとる原子一層のシートです。壊れにくい量子ビット※2※3の実現につながる可能性が理論的に示されており、量子コンピュータ応用を見据えた材料候補に挙げられています。ゲルマニウム基板に銀薄膜を作って加熱し冷却すると、ゲルマネンが薄膜の上に現れます。しかし、ゲルマニウムは本来、三次元の粒状結晶が最も安定です。なぜ最安定の粒ではなくシート状のゲルマネンが選ばれるのかその仕組みは分かっておらず、粒状ゲルマニウムが混在することがゲルマネンの安定合成の妨げとなっていました。加えて、ゲルマネンは空気に触れると容易に変質するため、作製中の状態を捉えること自体が難しく、ゲルマネンの成長過程の理解を妨げる大きな要因となっていました。 そこで本研究では、なぜ銀薄膜上に粒状ゲルマニウムではなく、シート状のゲルマネンが形成されるのかを解明するため、レーザー光(ラマン分光法※4)とX線(X線光電子分光法(XPS)※5)を用いて、真空中で加熱・冷却中の表面状態の変化を追跡しました。その結果、300℃での加熱中に銀薄膜上に生じたゲルマニウム粒は500℃まで加熱すると消え、500℃から300℃への冷却中に銀薄膜中のゲルマニウムが表面に集まりゲルマネンを形成することが分かりました。すなわち、ゲルマネン形成の決め手は500℃からの冷却に伴って薄膜表面のゲルマニウム量が増えることであり、同じ300℃でもより高温の500℃を経験したという温度の履歴が「粒」か「シート」かの構造を決めるという仕組みを明らかにしました。 本成果は、ゲルマネンの安定合成を妨げる粒状ゲルマニウムができにくい条件とその理由を、温度履歴、原子の移動距離、表面ゲルマニウム量の変化から明らかにし、経験則だった合成条件に設計思想をもたらすものです。これにより、壊れにくい量子ビット材料候補として期待されるゲルマネンを、より再現よく安定に作製するための条件設計と最適化が進みます。また、この考え方は他の原子一層材料にも広がる可能性があり、材料開拓の新たな指針になると期待されます。 本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」)原子力科学研究所 先端基礎研究センター表面界面科学研究グループの寺澤知潮研究副主幹、矢野雅大研究員、朝岡秀人研究専門官、鈴木誠也研究副主幹、物質科学研究センター放射光科学研究グループの津田泰孝研究副主幹、吉越章隆研究主幹、国立大学法人東京大学(総長:藤井輝夫)生産技術研究所の小澤孝拓助教、一般財団法人ファインセラミックスセンター(理事長:伊勢清貴)の勝部大樹上級研究員によるものです。 本研究成果は、3月10日付(日本時間)の「Chemistry of Materials 誌」に掲載されました。 論文情報 |
図1ゲルマニウム原子が表面に集まりゲルマネンを形成する流れ(概念図)
【これまでの背景・経緯】
ゲルマネンは、ゲルマニウム原子が蜂の巣状構造をとる原子一層のシート状材料です。理論研究ではゲルマネンは壊れにくい量子ビットの候補として期待されています。ゲルマニウム基板の上に銀薄膜を作り、「500℃までの加熱・室温までの冷却」を行うと、銀薄膜表面にゲルマニウムがにじみ出る過程でゲルマネンが生じることが知られています。しかし、ゲルマニウムは本来、立体的な粒状構造が最も安定です。なぜ最安定の粒ではなくシート状のゲルマネンが選ばれるのか、その仕組みは分かっておらず、粒状のゲルマニウムの抑制はゲルマネンの安定合成に向けた課題でした。さらにゲルマネンは空気に触れると変質しやすいため、作製途中の状態を真空中でそのまま追跡する必要がありました。
【今回の成果】
研究チームは、ゲルマニウム基板上に厚さ150 nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の銀薄膜を作製し、試料を真空中から外に出さずに500℃までの加熱と室温までの冷却を行いました。この間、レーザー光を用いるラマン分光法で作製中の状態変化を追跡し、図2(a)のようにゲルマニウム原子の状態を明らかにしました。
図2 温度の通り道で変わるゲルマネン形成 (a) A~Cの各温度におけるゲルマニウムの状態の模式図 (b)試料温度の変遷図 (c) A~Cの温度のラマン分光で得られたラマンスペクトル
Aでは立体的な粒を表すピークが現れ(青矢印)、Bではゲルマニウムに由来する信号は観測されず、Cではゲルマネンを表す2つのピーク(赤矢印)が現れた
室温から300℃まで加熱した時点(図2(b) A)において、ラマンスペクトル(図2(c) Aの青線)には立体的なゲルマニウム粒を示すピークが現れたことから、加熱中の300℃では「粒」が選ばれることが分かりました。続けて500℃(図2(b) Bの緑線)まで加熱すると、粒を示す信号は消えました。このことから、500℃では粒状構造が消えて、ゲルマニウムが原子状態で銀薄膜の表面を出入りするように動く状態になったと考えられます。また、銀薄膜中に含まれるゲルマニウム原子の初期量を変えた実験においても、初期状態に依らず500℃ではこの表面状態に至ることも分かりました。
次に、500℃の高温状態から冷却すると、300℃に至った時点(図2(b) Cの赤線)でゲルマネンを示す2つのピークが観測され、ゲルマネンの形成を確認しました。つまり、同じ300℃でも、室温から加熱してきた300℃と、500℃から冷却してきた300℃という履歴の違いによって「粒」になるか「シート」になるかが逆転することを示しました。
さらに、ゲルマネン形成時のゲルマニウム原子の挙動を明らかにするため、X線光電子分光法(XPS)を用いて、加熱・冷却しながら銀薄膜表面のゲルマニウム原子の量を観測しました。その結果、室温から加熱中の300℃ではゲルマニウム原子の量は「一層分」に満たないのに対し、500℃から冷却で300℃に達した時点で「一層分」を上回る水準に増えていました(図3 (a))。つまり、室温から300℃へ上げた場合は表面ゲルマニウム量が少なく、粒などの競合相が生じやすい一方、500℃から300℃へ下げた場合は表面がゲルマニウムに富んだ環境になり、シート状のゲルマネンが選ばれやすくなることを見出しました。
図3 (a)銀薄膜表面の温度とゲルマニウム量 (b)銀薄膜内でゲルマニウム原子が動ける距離
(a)XPSで表面ゲルマニウム量(Ge/Ag比)を分析したところ、500℃付近で初期条件に依らず同値に収束し、冷却で表面量が急増して「原子一層分」を上回る (b)銀薄膜中で動ける距離は500℃では約500 nmと長いが、300℃では約8 nmと短い。このため、ゲルマニウムが基板側へ逃げにくく、表面に集まりやすいため、ゲルマネン形成につながる(文献値に基づく見積もり、概念図)
【今後の展望】
本成果は、ゲルマネン作製を妨げる競合相が登場しにくい条件とその理由を、温度履歴、原子の移動距離、表面ゲルマニウム量の変化の3点から説明し、これまで経験則で組み立てていた合成条件を今後は設計原理として扱えるようにした点に意義があります。これにより、量子材料候補として期待されるゲルマネンを、より再現よく安定に作製する条件最適化が進むと期待されます。また、この考え方は他の原子一層材料にも広がる可能性があり、材料開拓の新たな指針になると考えられます。
【各機関の役割】
<原子力機構>
寺澤知潮(研究副主幹):研究立案、実験、解析、考察、総括
矢野雅大(研究員)、津田泰孝(研究副主幹):実験、考察
吉越章隆(研究主幹)、朝岡秀人(研究専門官):考察
鈴木誠也(研究副主幹):試料提供、実験、考察、総括補佐
<東京大学 生産技術研究所>
小澤孝拓(助教):実験、考察
<ファインセラミックスセンター>
勝部大樹(上級研究員):実験、考察
【助成金の情報】
本研究はJST PRESTO(JPMJPR21B7)、JSPS科研費(26420289、19H05789、20K05338、23H01811、23K26504、23K26540、24K01407)、MEXT卓越研究員事業(JPMXS0320210036)、JAEA理事長裁量経費・萌芽研究・黎明研究、および熊谷科学技術振興財団の支援を受けて実施しました。SPring-8における測定はJASRI承認(課題番号: 2022A3801、2022B3801、2023A3801、2023B3801、2024A3801)の下で行いました。
【用語の説明】
※1. ゲルマネン
ゲルマニウム原子が蜂の巣状に並んだ、原子一層の材料。炭素一原子厚の蜂の巣構造「グラフェン」と同じ構造のため、この名が付いた。ゲルマネンを細い帯状に加工したとき、外部から乱されにくい量子状態が端に現れるため、壊れにくい量子ビットの候補として理論的に予測される。
※2. 量子ビット
量子コンピュータで情報を表す基本単位。通常のコンピュータが「0」か「1」のどちらかで情報を扱うのに対し、量子ビットは「0」と「1」が重なり合った状態をとることができるため、より多くの情報を同時に扱えると期待されている。
※3. 壊れにくい量子ビット
外部からのわずかな乱れやノイズの影響を受けにくく、情報が失われにくい量子ビットのこと。量子コンピュータでは情報が壊れやすいことが大きな課題であり、このような安定な量子ビットの実現が重要とされている。
※4. ラマン分光法
レーザー光を試料に当て、返ってくる散乱光の波長の変化を調べることで、材料の結合状態の違いを読み取ったり材料を同定したりできる測定方法。
※5. X線光電子分光法(XPS)
X線を試料に当てて飛び出す電子のエネルギーを測り、表面にある元素の量や状態を調べる測定方法。
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本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
(研究内容について)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 先端基礎研究センター
表面界面科学研究グループ
寺澤 知潮
(報道担当)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
国立大学法人 東京大学 生産技術研究所
広報室
一般財団法人 ファインセラミックスセンター
研究企画部
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:05035023763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
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カンラン石の変形と結晶構造変化が誘起する深発地震
2026年4月9日
国立大学法人 愛媛大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
【今回の研究成果のポイント】
・「深発地震」は多大な被害を引き起こすこともあるが、その発生メカニズムはよくわかっていなかった。
・世界で初めて、深発地震が発生する深さ約580 kmまでの圧力(約20万気圧)条件下でマントル鉱物(カンラン石)が変形・破壊する様子を、X線その場観察※1と微小破壊に伴って発生する超音波(AE)の測定により捉えた。
・この結果、カンラン石が変形する際に起きる、新鉱物ポワリエライトへの結晶構造変化で断層すべりが引き起こされ、深発地震発生に至ることがわかった。
・地球深部のプレートが激しい変形を被る場所ではカンラン石から新鉱物ポワリエライトへの「地震性の結晶構造変化」が起きやすいために、深発地震が頻発することが明らかとなった。
【概要】 論文情報 |
【詳細】
私達が住む地表のプレート(厚さ約60 km)はゆっくりと流れるマントル※2に浮いているため、マントルの流れと一緒に移動します。プレート同士が衝突したり、プレートが地下深くへ沈み込む過程で地震が発生します。地震は、その震源位置の深さや場所によって分類されます。地表付近(地下10~40 km)で起きる浅い地震はプレートの境目や陸の直下で度々起きるため、津波を伴う地震や直下型地震を引き起こし、時にはマグニチュード8に達することもあるため大きな被害をもたらします。一方、『深発地震※3』は深さ300 km以深の沈み込むプレート内部で起きる地震ですが、その発生頻度は高くはありません。しかし発生した場合にはマグニチュード7クラスに達する場合が多い上、『異常震域※4』(震源から遠く離れているにもかかわらず強い揺れを観測する場所)を伴うといった特異な性質で知られています。また、深さとともに地震は起きにくくなるのが一般的ですが、深さ400~600 kmでは深発地震の発生頻度が例外的に高くなっていることも知られています。そのため、カンラン石※5(プレートの中で最も多い鉱物)の結晶構造が圧力によって変化することがきっかけとなって、『深発地震』が起きると考えられてきました。しかし深さ400~600 kmは13~21万気圧もの高圧環境下に相当するため、カンラン石を用いた再現実験は技術的に困難でした。
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)大学院生の松田光平さん(博士後期課程2年)、大内智博准教授(松田の指導教員)と、高輝度光科学研究センターの肥後祐司主幹研究員らの研究グループは、深発地震が多発する深さ400~600 kmのプレート内部に相当する温度圧力条件下(600~1050℃、15~20万気圧)での変形実験※6を大型放射光施設SPring-8※7・BL04B1にて行いました。この実験ではGRCで独自に開発した高圧力環境用の測定技術を用い、カンラン石試料を押しつぶした際に発生する『アコースティック・エミッション(AE)※8』という音波を検出することに成功しました。これは、実験中に試料の中に断層が形成されたこと、すなわち実際の深発地震が発生する温度条件下における実験での地震発生を人工的に達成したことの証明になります。
通常、地球深部では圧力の上昇によって結晶構造を変化※9させ、ワズレアイトやリングウッダイトといった名前の鉱物になります。しかしこの結晶構造変化は高温環境でしか進行しないため、比較的温度の低い深部プレート内部(1100℃以下)ではカンラン石の結晶構造変化は容易に進行しません。しかしそのような深部プレート内部においてカンラン石が変形すると、カンラン石が変形する際にポワリエライト※10という別の鉱物(2021年に認定された新鉱物)の結晶構造に一旦変化してから、リングウッダイトに変化することが本研究によって明らかとなりました(図1)。この結晶構造変化の際には、結晶の周囲に多量の熱エネルギーが放出される(図2)ため、局所的な強度低下が引き起こされます。その結果、断層形成と地震が引き起こされる(図1)ことも明らかとなりました。
本研究によって世界で初めて確認された『カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化』は変形によって促進されるといった“特異性”をもちます。小笠原諸島の地下へ沈み込むプレートのうち、激しい変形を被る場所では深発地震が頻発していることが知られていますが(図3)、これはカンラン石に特有の性質ともいえる、『地震性の結晶構造変化』が変形によって促進されることに由来します。沈み込んだプレートの形状は地震観測網によって捉えることができるため、プレートの変形が激しい地域を集中的に監視することで、深発地震の発生時期・発生頻度・規模などをモデル化※11していく上での手掛かりが得られるものと期待されます。
図1.15.4万気圧、850℃の実験環境下にて上下方向からカンラン石試料を押しつぶした際に形成された断層。いずれも電子顕微鏡で撮影。
左側:試料全体の写真。試料を横断する断層(赤破線)が見られる。
右側:カンラン石の結晶構造が変形することで生成したポワリエライト。図右下は当該結晶がポワリエライトであることを示す、電子線回折パターン像。100ミクロンは1ミリの10分の1。100ナノメートルは1ミリの1万分の1。
図2.深発地震の発生メカニズムの概要。15万気圧程度の高圧力環境下でカンラン石が変形する際に、変形が結晶の一部分に集中する(左図)ことでポワリエライトへと結晶構造が変化する(中央図)。さらにポワリエライトがリングウッダイトへと結晶構造を変化する際に熱が放出される(右図)ことで、断層形成と地震発生に至る。
図3.列島下に沈み込むプレートと深発地震の概念図。マントル深部へと沈み込んだプレートが折れ曲がる場所(激しい変形を被る場所)では、深発地震が多発することが知られている。本研究の結果より、そのような場所では「カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化」が促進されるため、断層形成及び地震発生が多発しているものと考えられる。
【研究サポート】
日本学術振興会科学研究費補助金 課題番号:23H00147, 25KJ1894
深田研究助成、せこ記念財団
【用語解説】
※1. X線その場観察
高温高圧実験において、実験試料が変化している最中の様子をリアルタイムでX線を用いて観察する方法。
※2. マントル
地球の岩石層であるマントルは最主要構成鉱物の種類に対応して、上部マントル(深さ約60~410 km)、マントル遷移層(410~660 km)、下部マントル(660~2900 km)の3つの領域に区分される。上部マントルは我々が住むプレートの下に位置するため、上部マントルの流れがプレート移動や沈み込みの原因となる。ちなみに、2900 kmより深い部分、中心の深さ6400 kmまでは金属(鉄やニッケル)を主成分とする核である。
※3. 深発地震
2015年5月30日の小笠原諸島西方沖地震(深さ682 km、マグニチュード8.2)をはじめとして、深発地震は規模(マグニチュード)が大きい場合が多い。深発地震は地球深部で起きるために災害に至るケースは少ないものの、1994年6月8日のボリビア深発地震(深さ631 km、マグニチュード8.2)のように災害に至るケースもある。
※4. 異常震域
深発地震は地球深部へと沈み込んだプレート内部で起きる。プレートは周囲のマントルよりも温度が低いため、地震波が伝わりやすい性質をもつ。そのため、深発地震が起きた場合では、震源に近い側の地表ではそれほど揺れず、震源からより遠い海溝側の地表がよく揺れることとなる。このように震源よりも遠いにもかかわらず、震度が(震源に近い地域よりも)高くなる地域のことを異常震域と呼ぶ。
※5. カンラン石
カンラン石は上部マントル及びプレートの最主要構成鉱物であり(6~7割を占める)、その化学組成はMg1.8Fe0.2SiO4で表される。マントル遷移層では、同じ化学組成をもつが結晶構造が異なるワズレアイトやリングウッダイトに変化する。
※6. 変形実験
マルチアンビル型高圧発生装置の一種である、D-DIA型変形装置(図5)を用いて行う。6つのアンビルを大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に高圧力を発生させたうえに、その試料を上下方向から押しつぶし、試料を変形させることができる機能をもつ。さらに放射光X線を試料にあてることにより、試料にかかっている圧力、差応力、歪を測定することができる。
※7. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。
※8. アコースティック・エミッション(AE)
微小破壊音とも呼ばれる。クラック(割れ目)が成長する際に放出される弾性波のことであり、一般的には50 kHz~5 MHzの範囲の周波数をもつ。高温高圧環境下においてクラックを直接観察するのが困難なため、AEが検出されれば、発生源にクラックが存在することの強い証拠となる。自然地震との共通点も多いことから、実験室における“ミニ地震”と呼ばれることもある。ちなみに、人間の耳は20 Hz~20,000 Hz (20 kHz)が可聴範囲なので、このAEは聞こえない。
※9. 圧力による結晶構造の変化
カンラン石は、特定の圧力に達すると結晶構造を変化させて別の鉱物となる。マントル遷移層上部(410~470 km)ではワズレアイト、マントル遷移層下部(470~660 km)ではリングウッダイトとなる。しかしこれらの結晶構造変化は熱エネルギーを要するため、1100℃以上の高温環境下でないと進行しない。
※10. ポワリエライト
ワズレアイトとリングウッダイトの中間的な結晶構造をもつ鉱物。フランスのポアリエ教授らの研究グループによってその存在が理論的に予測され、海洋開発研究機構の富岡博士によって隕石中から世界で初めて発見され、2021年に新鉱物として認定された。カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化は高圧力だけでは進行せず、14万気圧以上の高圧環境下での「カンラン石の変形」が必要となる。カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化は変形のエネルギーによって進行するため、理論上では室温のような低温環境でも進行しうるといった特異な性質をもつ。なお、ポワリエライトの結晶構造は比較的不安定なため、最終的にはワズレアイトあるいはリングウッダイトに変化しやすい。
※11. 深発地震の発生メカニズムのモデル
2022年9月に大内智博准教授らの研究グループは、カンラン石がナノ粒子化することによっても深発地震発生に至ることを報告した。カンラン石からワズレアイトやリングウッダイトへと結晶構造が変化する際、カンラン石結晶のサイズが100 nm(1 mmの1万分の1)程度かそれ以下となる場合がある。その場合、超塑性などの特殊な変形メカニズムが起きやすくなるためにナノ粒子からなる箇所は強度が低下し、断層形成に至ることがある。しかしこのモデルが適用できるのは、地震発生場の中でも比較的温度の高い場所に限られるため、温度の低い場所で起きる深発地震の原因は不明なままであった。しかし本研究で明らかになった「カンラン石からポワリエライトへの結晶構造変化による断層形成」であれば、温度の低い場所で起きる深発地震の原因を説明可能である。2022年9月と今回の成果より、深発地震の発生メカニズムの統一的な理解が進展したと言える。
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本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 大内 智博
高輝度光科学研究センター(JASRI)回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司
(愛媛大学に関すること)
愛媛大学総務部広報課
TEL:089-927-9022
E-mail:koho
stu.ehime-u.ac.jp
愛愛媛大学先端研究院地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
TEL:089-927-8165
E-mail:grc
stu.ehime-u.ac.jp
(SPring-8に関すること/SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
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ガラスにならない酸化アルミニウムを透明な非晶質の塊に
〜5配位ピラミッドと6配位八面体からなる超高密度構造と結晶を超える誘電率を高圧力で実現〜
2026年4月7日
学校法人工学院大学
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)
国立大学法人京都大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
日本電子株式会社
国立大学法人東北大学
国立大学法人島根大学
岡本硝子株式会社
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
J-PARCセンター
公益財団法人高輝度光科学研究センター
研究の要点
* 酸化アルミニウム(アルミナ)を、室温・超高圧でミリメートル級の高密度なガラス状材料として形成
* 硬さ・熱特性・電気特性を併せ持つ新非晶質材料として、電子・機械分野での材料選択肢拡大に期待
* 高圧による緻密化を通じて性質を調整できる可能性を示し、構造制御による材料設計指針を提案
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1. 工学院大学(学長:今村 保忠、所在地:東京都新宿区/八王子市)と物質・材料研究機構(理事長:宝野 和博、所在地:茨城県つくば市、以下「NIMS」)を中心とする研究チームは、京都大学、名古屋大学、日本電子株式会社、東北大学、島根大学、岡本硝子株式会社をはじめ、国内複数機関との共同研究により、従来「ガラスにならない」と考えられてきた単一成分酸化物である酸化アルミニウム(Al2O3、アルミナ)について、室温の高圧プロセスにより、ミリメートルサイズの透明な非晶質(アモルファス)の塊(バルク)を合成することに成功しました。得られた試料が、高い熱伝導率や硬さを示すことに加え、誘電率が約11.3と、代表的な結晶相であるα‐Al2O3(サファイア)の誘電率(約10)を上回ることを示しました。 2. アルミナは化学的安定性や絶縁性に優れることから、電子材料やコーティングなどで広く用いられ、産業分野を支えている基幹材料です。一方で、ガラス科学の観点ではアルミナはガラス形成能を持たず、通常の溶融法ではガラス状態のアルミナ(非晶質アルミナ)を塊として得ることができませんでした。 3. 今回、研究チームは、電気化学的に作製した多孔質非晶質アルミナ薄膜(アルマイト)に対して、室温で高圧(9.4 GPa:9万4千気圧)を印加することで、粒子界面や孔を消失させ、透明なバルク体へと一体化させました。固体核磁気共鳴分光、放射光X線回折、中性子回折、構造モデリングを組み合わせた解析により、非晶質アルミナの主要構造単位が、八面体から酸素頂点が一つ欠けたようなピラミッド(AlO5)であること、加圧によってAlO5の変形とAlO6八面体の増加が進み、両者が稜共有で連結した、通常の非晶質には見られない高密度な構造が形成されることを明らかにしました。これにより、電場に対して応答しやすい局所構造が形成され、高い誘電率の発現につながるというモデルを提案しました。 4. 本研究で示した「高圧力で、原子の配位環境(短距離構造)とその連結性(中距離構造)を制御し、物性を引き上げる」概念は、一般化できる可能性が高く、今後、誘電特性に加えて熱・機械特性を含む総合的な設計指針の確立を目指します。 5. 本研究成果は、2026年4月7日に米国化学会「Journal of the American Chemical Society」に掲載されます。 論文情報 |
研究の背景
酸化アルミニウム(Al2O3、アルミナ)は、高強度、化学安定性、耐摩耗性、耐食性、電気絶縁性などの優れた物性を併せ持ち、セラミックス基板、半導体製造装置部品、自動車排ガス触媒、工業用研磨材、耐火材などの幅広い産業分野で利用されています。アルミナの多くは原子が規則正しく配列した結晶ですが、一部は原子配列に規則性を持たない非晶質(アモルファス)※1のアルミナです。アルミニウム金属を電気化学的に酸化すると薄膜状の多孔質非晶質アルミナが得られ、電子部品、コーティング材などとして利用されています。身近な日用品(やかん、鍋、弁当箱など)の表面にも耐食・耐久性向上を目的に非晶質アルミナ膜が形成されています(アルマイト処理)。一方、代表的な非晶質材料といえばガラス※2(窓ガラスのような厚みのある塊(バルク)状態の非晶質物質)ですが、アルミナは古くから「ガラスにならない酸化物」とされ、従来の溶融法ではガラスを作ることはできません。そのため、非晶質アルミナの研究は薄膜・多孔体・ナノ粒子に限定され、緻密なバルク非晶質アルミナを合成することはできませんでした。
研究内容と成果
本研究では、電気化学的に作製した多孔質非晶質アルミナ薄膜に対して、室温で高圧力を印加し(高圧合成※3)、粒子界面および孔を消失させることで、ミリメートルサイズの緻密なバルク非晶質アルミナを合成しました。ダイヤモンドアンビルセルによるその場観察では、加圧に伴う粒子の粉砕・再配列と、一定圧力以上での粒子境界の消失が確認され、さらにベルト型高圧装置を用いて室温で高圧(9.4 GPa:9万4千気圧)を印加することによりバルク試料の合成に成功しました(図1)。
得られたバルク非晶質アルミナは、加圧による密度の上習に加えて、ガラス状材料としては高い熱伝導率と硬さを示しました。さらに、誘電率(比誘電率)※4が約11.3と高い値を示し、結晶のα‐Al2O3(サファイア)を上回りました(図2)。誘電率の周波数依存性は小さく、室温付近では誘電損失(tanδ)が低いことから、高密度化により高速な分極応答が高められていることが示唆されました。
物性の起源となる構造を明らかにするため、27Al 固体核磁気共鳴分光法(NMR)、量子ビーム回折※5(大型放射光施設SPring-8(BL04B2)の放射光X線回折およびJ-PARC・MLF(BL21)の中性子回折)を用いた実験と、回折データとNMRで得られた配位数※6の比率を同時に再現する構造モデリングを実施しました。その結果、非晶質アルミナの主要構造単位が、一般的なガラスに見られる四面体(AlO4)や結晶に見られる八面体(AlO6)に加えて、「八面体から酸素頂点が一つ欠けたような歪んだピラミッド形状」の5配位多面体(AlO5)であることを見いだしました(図3左)。さらに加圧によってAlO6八面体が増え、AlO5ピラミッドがより歪むとともに、AlO5/AlO6が稜共有※7で連結した結晶の様な高密度マトリクスが形成されることが示されました(図3右)。研究チームは、この歪んだAlO5が電場に対して変形しやすい「不安定な局所構造単位」として働き、AlO6の増加との相乗効果で高い誘電応答をもたらすというモデルを提案しました。すなわち、今回の高誘電率は「組成」ではなく「密度による局所配位と中距離構造(稜共有マトリクス)の制御」によって実現された点に特徴があります。
今後の展開
本研究は、100年以上にわたり常識とされてきた「アルミナはガラスにならない」という限界を打ち破る挑戦から始まり、試行錯誤を重ねた結果、アルミナをガラス状の塊として得るという画期的な成果に到達しました。さらに、高圧による緻密化を通じて材料の構造を制御し、優れた物性を引き出せる可能性を示しました。これは最先端の高圧合成、物性計測、構造解析技術の高次元での連携により実現した成果であり、物質・材料探索に新機軸を打ち出すものです。今後は、本手法を一般化し、新規材料の合成を進めていきます。得られた知見が蓄積され、将来的な理論計算やデータサイエンスとの連携が進むことで、今までにない構造と物性を示す革新的な材料の発見・開発につながっていくことが期待されます。
図1 高圧力印加によるバルク非晶質アルミナの合成
(左)高圧その場観察用ダイヤモンドアンビルセル
(中央)高圧力印加下での非晶質アルミナのバルク化その場観察結果
(右)ベルト型高圧装置によって合成されたバルク非晶質アルミナ、薄片化(右上)することで透明性が確認できる。
図2 バルク非晶質アルミナの物性データ
今回合成した非晶質アルミナの物性(赤)は密度、熱伝導率、硬さ(ビッカース硬さ)、誘電率のすべてにおいて代表的なガラスであるシリカ(SiO2)ガラスを上回った。また、硬さについては代表的な高硬度ガラスであるアルミノケイ酸塩(60Al2O3–40SiO2)ガラスを上回っている。誘電率においては、代表的な結晶相であるα‐Al2O3を超える値を示した。
図3 バルク非晶質アルミナの主要単位と構造モデルの変化
(右)非晶質アルミナの高圧力印加によるバルク化に伴う構造モデルの変化。バルク化に伴い、AlO5ピラミッド構造(赤)とAlO6八面体(オレンジ)の稜共有による高密度マトリクスが形成されている。
【用語解説】
※1. 非晶質(アモルファス)
結晶のような規則正しい原子配列(長距離秩序)を持たず、原子配列が乱れた固体。最近接原子間距離に相当する短距離では特徴的な構造単位(短距離秩序)を持つことが知られているが、複数の構造単位が連結し、短距離を超えたスケールに形成される中距離秩序が物性に強く影響することが近年の研究で報告されている。
※2. ガラス
非晶質の中でもガラス転移を示す物質。ガラスは通常、溶融した酸化物の液体を急速に冷却(急冷)することで得られる。ガラスとなる物質は、急冷の過程で、過冷却液体(凝固点以下の温度でも液体の状態)から原子配列が乱れたまま凍結したガラス状態に転移(ガラス転移)し、ガラス転移する温度付近では、粘度、熱膨張係数、比熱が大きく変化する。非晶質アルミナには現時点でガラス転移が観測されていないため、本研究で合成した試料をアルミナガラスとは呼ばずにバルク非晶質アルミナと呼んでいる。
※3. 高圧合成
ギガパスカル(GPa:1万気圧)級の高圧を試料に印加して原子配列を再配列させ、密度や局所構造を変化させることで新しい構造・物性を持った材料を得る手法。本研究では、NIMSの超高圧制御グループのダイヤモンドアンビルセルを用いてバルク化の様子をその場観察で確認し、ベルト型高圧発生装置を用いた室温での加圧(9.4 GPa:9万4千気圧)によってバルク非晶質アルミナを合成した。
※4. 誘電率(比誘電率)
電場を印加したときに材料がどれだけ分極しやすいか、また電気を蓄えやすいかを表す指標。コンデンサ材料などで重要である。
※5. 量子ビーム回折
量子ビームとは、光子、電子、陽子、中性子などの量子性を持つ粒子や波の集団が同じ方向になすビーム状の流れであり、量子ビームが物質に照射されると、原子との相互作用によって回折現象が起こり、得られた回折パターンから物質の中の原子配列(構造)を調べることが可能となる。非晶質の乱れた構造を解析するためには高強度・高エネルギーの量子ビームを利用できる大型実験施設の利用が必須であり、本研究では高輝度光科学研究センターが運営する大型放射光施設SPring-8と大強度陽子加速器施設J-PARCのパルス中性子源MLFを用いた量子ビーム回折実験を実施した。
※6. 配位数
特定の中心原子に結合・隣接している原子やイオンの数。本研究ではAl原子の周囲に結合するO原子の数を解析した。4配位は四面体、6配位は八面体に対応し、5配位はその中間的な多面体(本研究ではピラミッド形状)として現れる。
※7. 稜共有
多面体同士が「辺(稜)」を共有して連結する構造。頂点共有より高密度になりやすく、局所的に結晶相に近い連結様式をとる場合がある。一般のガラスは頂点共有で連結しているが、非晶質アルミナでは多数の稜共有が存在することが特徴である。
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研究内容に関すること
橋本 英樹(工学院大学 先進工学部 応用化学科)
小野寺 陽平(物質・材料研究機構 マテリアル基盤研究センター)
広報窓口
学校法人工学院大学 経営企画部 広報課 担当:近藤
TEL:03-3340-1498
E-mail:g-koho
sc.kogakuin.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
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- 投稿者: Super User
- カテゴリ: プレスリリース
- 参照数: 357
国産高解像度宇宙X線望遠鏡の開発に成功
~天文学×放射光科学の融合で「激動の宇宙」を視る~
2026年4月8日
名古屋大学
東京大学先端科学技術研究センター
夏目光学株式会社
名城大学
理化学研究所
【本研究のポイント】
⚫︎天文学分野と放射光科学分野の技術を融合し、国産の高解像度宇宙X線望遠鏡注1)の開発と性能実証に成功した。
⚫︎大型放射光施設SPring-8注2)の約1km長尺ビームラインを活用し、高輝度かつ見かけ上ほぼ点光源となるX線評価システムHBX-KLAEES注3)を構築した。
⚫︎性能評価の結果、FWHM注4) 0.7秒角注5)、HPD注6) 14秒角という高い解像度を達成した。
⚫︎開発した望遠鏡は太陽フレア観測ロケットFOXSI-4に搭載され打ち上げられ、今後は超小型衛星や小型惑星探査機など小型飛翔体による高解像度宇宙X線観測の基盤技術となることが期待される。
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名古屋大学大学院理学研究科の三石 郁之 講師、藤井 隆登 博士前期課程学生(研究当時)、作田 皓基 博士後期課程学生 (研究当時、現 東北大学大学院理学研究科 博士)、安福 千貴 博士後期課程学生、吉田 有佑 博士後期課程学生、吉原 諒 博士前期課程学生、東京大学先端科学技術研究センター 三村 秀和 教授、夏目光学株式会社 橋爪 寛和 取締役常務、名城大学理工学部 宮田 喜久子 准教授、ならびに理化学研究所放射光科学研究センター香村 芳樹 チームリーダーらによる研究グループは、天文学分野と放射光科学分野の技術を融合し、国産の高解像度宇宙X線望遠鏡の開発に成功しました。 【論文情報】 |
【研究背景】
宇宙では、太陽フレアやブラックホール周辺、超新星爆発や銀河団衝突など、物質が激しく加熱・加速される高エネルギー現象が数多く起こっています。これらの現象では数百万から数億度に達する高温プラズマや相対論的エネルギーを持つ粒子が生成され、その結果としてX線が放射されます。そのため宇宙X線観測は、超高温・超強磁場・超高密度・超強重力などが作り出す極限環境で起こる宇宙の激動を直接的に捉える重要な手段となっています。しかし宇宙から飛来するX線は地球大気によって吸収されてしまうため、地上から直接観測することはできません。そのためX線観測は、人工衛星や観測ロケットなどの飛翔体による宇宙観測によって行われます。
X線天文学では、主に天体からの微弱なX線を効率よく集めるための高い集光力と、天体構造を細かく識別するための高い解像度という二つの性能が望遠鏡に求められます。しかしX線は可視光のように通常の鏡では反射せず、極めて浅い角度でのみ反射するため、X線望遠鏡にはナノメートルレベルの形状精度を持つ特殊な反射鏡が必要となります。特に高い解像度を実現するためには反射鏡の形状精度が決定的に重要であり、このような高精度反射鏡の製作と、その性能を維持しつつ宇宙環境に耐える望遠鏡として実装することは非常に難しい技術課題です。実際に、高い解像度を持つ宇宙X線望遠鏡の開発はこれまで主に欧米の研究機関が主導してきました。そのため、日本のX線天文学分野において国産の高解像度宇宙X線望遠鏡を実現することは長年の重要な挑戦課題の一つとなっていました。
【研究成果】
本研究では、天文学分野と放射光科学分野の技術を融合することで国産の高解像度宇宙X線望遠鏡の開発に取り組みました。天文学分野では、宇宙観測に必要な光学設計に加え、反射鏡支持機構の設計や接着実装などの宇宙実装技術を担当しました。一方、放射光科学分野では、放射光X線光学研究で培われた超精密電鋳技術によるX線反射鏡の作製と、SPring-8の長尺ビームラインを利用した高輝度無限遠点光源模擬評価システムHBX-KLAEES(High-Brilliance X-ray Kilometer-long Large-Area Expanded-beam Evaluation System)の構築が行われました。HBX-KLAEESは、高輝度X線を用いて宇宙の無限遠天体を模擬し、X線望遠鏡の性能を精密に評価するために開発された評価システムです。
完成した望遠鏡(図1参照)の性能評価には、大型放射光施設SPring-8の約1 km長尺ビームラインBL29XUL(図2参照)を活用したHBX-KLAEES図3参照)が用いられました。このシステムでは、約10 µm程度の微小X線光源を約900 m離れた位置に配置することで、天体から到来するX線に近い極めて小さな発散角と、見かけ上ほぼ点光源となる光源サイズを同時に実現しています。さらにSPring-8の高輝度放射光を利用することで、望遠鏡像の中心の鋭い構造から広い散乱成分まで、広いダイナミックレンジでの精密なPSF注7)測定を可能にしました。このように高輝度硬X線を用いて無限遠天体を模擬し、高解像度X線望遠鏡の性能を精密に評価できる実験システムは世界的にも例がなく、HBX-KLAEESは宇宙X線光学系の性能評価のために開発された独自の研究基盤となっています。
図2:大型放射光施設SPring-8の長尺ビームラインBL29XULにおける測定実験の様子。
実験ハッチ内に設置されたX線望遠鏡と検出器を用いて、X線解像度の評価を行った
図3:SPring-8長尺ビームラインBL29XULに構築した高輝度無限遠点光源模擬評価システムHBX-KLAEESの概念図。
フレネルゾーンプレートなどのX線光学素子を用いて仮想的な点光源を生成し、約1 kmの長距離伝搬により天体から到来するほぼ平行なX線を模擬する
【成果の意義】
この評価システムを用いたX線性能評価の結果、FWHM 0.7秒角、HPD 14秒角という国産として極めて高い性能を達成しました(図4)。 さらに、反射鏡単体の局所的なスポットスキャン測定では10秒角を下回る解像度が確認され、反射鏡自体が非常に高い光学性能を有することが示されました。この高い光学性能を維持したまま、反射鏡を支持機構へ接着実装して望遠鏡として組み上げることに成功し、宇宙観測機器として必要な構造的安定性と光学性能の両立を実現しました。これは国産の宇宙X線望遠鏡として非常に高い性能を示すものであり、約1 km離れた場所にある数ミリメートル程度の物体を識別できることに相当する鋭い視力に例えられます。
本研究で開発した望遠鏡は、日米共同太陽フレア観測ロケット Focusing Optics X-ray Solar Imager 4号機(FOXSI-4) に搭載され、打ち上げに成功しました。本成果は、天文学と放射光科学という異なる分野の技術を融合することで国産の高解像度宇宙X線望遠鏡を実現したものであり、今後、超小型衛星や小型惑星探査機など小型飛翔体による高解像度宇宙X線観測の実現に向けた重要な基盤技術となることが期待されます。
図4:X線望遠鏡によって得られた結像イメージ(左)と、その点像分布関数PSF(右上)および累積動径カウント関数EEF(右下)。本研究では、FWHM 0.7秒角、HPD 14秒角の高い解像度を達成した。
本研究は、名古屋大学全学技術センターの技術支援、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20K20920、JP21KK0052、JP22H00134、JP22K18274、JP23H00156)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 小規模計画、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2125)、東海国立大学機構「メイク・ニュー・スタンダード次世代研究事業」、公益財団法人岩垂奨学会および服部国際奨学財団の支援を受けて実施されました。
【用語解説】
注1)X線望遠鏡
宇宙から届くX線を集めて天体の像を作る望遠鏡。非常に浅い角度で反射させる特殊な反射鏡を用いる。
注2)SPring-8
兵庫県にある大型放射光施設。非常に明るいX線(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。
注3)HBX-KLAEES
SPring-8の長尺ビームラインを利用した評価システム。地上で天体からの平行なX線を再現できる。
注4)FWHM (Full Width at Half Maximum)
解像度の尺度の一つ。像の中心の鋭さを表し、どれだけ細かい構造を識別できるかを示す。
注5)秒角 (arcsec)
角度の単位。1度の3600分の1に相当する。1秒角は1 km先の約5 mmの物体を識別する角度。
注6)HPD (Half Power Diameter)
解像度の尺度の一つ。像のエネルギーの50%が収まる円の直径。散乱成分を含む性能評価に用いられる。
注7)PSF (Point Spread Function)
点状の光源を観測した際に得られる像の広がりを表す分布。
【関連リンク】
◆高解像度宇宙X線反射鏡開発のプレスリリース:
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20231214_sci.pdf
◆FOXSI-4搭載宇宙X線望遠鏡開発のプレスリリース:
www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20240410_sci.pdf
◆太陽X線研究グループのFOXSIのウェブサイト:
https://xray-sun.jp/foxsi
◆ミネソタ大学のFOXSIのウェブサイト (英語):
http://foxsi.umn.edu
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<研究内容について>
名古屋大学大学院理学研究科
講師 三石 郁之(みついし いくゆき)
東京大学先端科学技術研究センター
教授 三村 秀和(みむら ひでかず)
夏目光学株式会社
取締役常務 橋爪 寛和(はしづめ ひろかず)
理化学研究所放射光科学研究センター
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)
名城大学理工学部
准教授 宮田 喜久子(みやた きくこ)
<広報窓口>
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 E-mail:nu_research
t.mail.nagoya-u.ac.jp
東京大学先端科学技術研究センター 広報公聴・情報支援室
TEL:03-5452-5424 E-mail:press
rcast.u-tokyo.ac.jp
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-press
ml.riken.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: プレスリリース
- 参照数: 439
超伝導技術が導く高エネルギー分解能X線吸収分光の新展開
―多面的な精密化学種解析: セシウムを例として―
2026年4月3日
東京大学
日本原子力研究開発機構
立教大学
理化学研究所
東京都立大学
発表のポイント
◆超伝導転移端検出器(TES)を用いた高エネルギー分解能の蛍光X線分析により、X線吸収スペクトルのより微細な構造を検出し、セシウムの化学状態を詳細に推定しました。
◆比較的高いエネルギー領域において、TESのようなエネルギー分散型の検出器を用いることで、高エネルギー分解能のX線吸収スペクトルを得たのは今回が初めてです。
◆本手法は様々な元素に適用することができ、迅速かつ高精度な化学種解析により、特に存在量の少ない微量元素についての化学状態分析が可能になると期待されます。
TESを用いた測定の概念図と1回の測定で得られる三次元データ
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日本原子力研究開発機構システム計算科学センターの山口瑛子研究副主幹(兼: 東京大学大学院理学系研究科 客員共同研究員)、奥村雅彦研究主幹、立教大学大学院理学研究科の山田真也准教授、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの橋本直理研ECL研究チームリーダー(兼: 理研開拓研究所 理研ECL研究チームリーダー)、東京都立大学理学研究科の奥村拓馬准教授、東京大学大学院理学系研究科の高橋嘉夫教授(兼: 同大学アイソトープ総合センター センター長)らによる研究グループは、超伝導転移端検出器(以下、TES)(注1)を用いた蛍光X線の高エネルギー分解能測定による分析を行い、セシウム(以下、Cs)のX線吸収スペクトルの高エネルギー分解能化に成功しました。この方法により、より詳細なCsの化学状態の推定が可能であることを明らかにしました。 論文情報 |
発表内容
XANES法は着目元素の化学状態を調べられるため、材料化学、触媒化学、地球環境化学などをはじめとする様々な分野で広く用いられています。近年、非常に高いエネルギー分解能で蛍光X線を測定することで、従来のXANESよりも鋭いピークを持つ高エネルギー分解能蛍光検出XANES (以下、HERFD-XANES)(注4)スペクトルが得られ、これにより通常のXANESでは検知できない微細な化学状態の違いを見分けられることがわかってきました。一方、蛍光X線を高エネルギー分解能で検出するために通常利用される結晶分光法では、一度に検出できるエネルギー範囲が狭く、測定時間や測定前の調整に長い時間がかかるという課題がありました。そこで本研究では、今回の測定に必要な2 keV程度の幅広いエネルギー範囲を一度に検出できるTESに着目しました。測定したCsの蛍光X線は5 keV程度であり、このエネルギー帯でのTESを用いた高エネルギー分解能測定によるXANES測定は世界初です。測定は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL37XUにて行いました。
Cs含有試料にX線を照射し、吸収端(注5)の前後で入射X線のエネルギーを少しずつ変化ながら、蛍光X線をTESで検出しました。これにより、入射X線エネルギー、発光X線エネルギー、そして発光X線の強度、の三次元のデータを1回の測定で得ることができました(図1a)。この三次元データを水平方向に切り取ることでHERFD-XANESスペクトルを得ることができ、一方、この三次元データを垂直方向に切り取ることでX線発光スペクトル(以下、XES)(注6)を得ることができます。
図1:(a) 硝酸セシウムの3次元データ、(b) 拡大図、および (c) 蛍光X線の表記法
HERFD-XANESスペクトルでは、Cs化合物に応じて異なる特徴が見られました(図2)。これらの違いはCs化合物の結合性の違いに由来すると考えられます。Cs化合物間の違いは、XESスペクトルでも確認されました。蛍光線Lβ1のXESスペクトルの強度をLα1の強度で規格化したところ、各化合物の求核性定数 En と強い相関が見られました(図3)。En は共有結合性を定量化した指標であるため、今後、未知試料についても測定を行うことで共有結合性の定量ができると考えられます。こういった化合物間の違いは、RIXSマップ(図4)でも見られました。
図2:様々なCs化合物のHERFD-XANESスペクトル
図3:Lα1で規格化したLβ1のXESスペクトルと求核性定数の関係
図4: Cs Lβ1のRIXSマップ
化合物によって散乱X線の強度やその分布が異なる
これらの結果から、1回の測定で得られる三次元データを様々な切り口で解析していくことで、Csの化学状態をより精密に調べられることがわかりました。従来の手法では、図1aに示したエネルギー範囲のデータを得るには2週間程度の測定時間が必要ですが、今回の手法では、わずか1時間でデータを取得することができました。この手法はCsだけに留まらずあらゆる元素に適用することができます。特に、TESの高いエネルギー分解能は高い元素選択性に繋がるため、存在量が少なくこれまで測定が難しかった微量元素などの化学状態解明が進むことが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
高橋 嘉夫 教授(兼:東京大学 アイソトープ総合センター センター長)
日本原子力研究開発機構 システム計算科学センター AI・DX基盤技術開発室
山口 瑛子 研究副主幹(兼:東京大学 大学院理学系研究科 客員共同研究員)
奥村 雅彦 研究主幹
立教大学 大学院理学研究科 物理学専攻
山田 真也 准教授
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 中間子理研ECL研究チーム
橋本 直 理研ECL研究チームリーダー(兼:理化学研究所 開拓研究所 橋本中間子理研ECL研究チーム 理研ECL研究チームリーダー)
東京都立大学 理学研究科 化学専攻
奥村 拓馬 准教授
研究助成
本研究は、科研費「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP19K21893)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP21K18917)」、「若手研究(課題番号:JP23K17034)」、「若手研究(課題番号:JP25K21378)」の支援により実施されました。
謝辞
本研究で行った解析は、理化学研究所が設置する大型放射光施設SPring-8のビームラインBL37XUにおいて、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認のもとで実施しました(課題番号:2019A1523, 2021B1790, 2022B1523, 2023A1455, 2023A1455, 2023B1492, 2024A1484, 2024A1446, 2024A1486, and 2024A1483)。また、第一原理計算は日本原子力研究開発機構のスーパーコンピュータシステムHPE SGI8600を用いて行いました。実験の実施にあたり、BL37XU担当者の関澤央輝氏、新田清文氏ならびに本実験に関わった多くの研究者の皆様に感謝いたします。
【用語解説】
(注1)超伝導転移端検出器(TES; transition-edge sensor)
超伝導の特徴を活かし、X線の吸収によって発生した熱が抵抗値を急激に変化させる様子を測定することで、吸収したX線のエネルギーを精密に推定する検出器
(注2)X線吸収端近傍構造(XANES; X-ray absorption near-edge structure)スペクトル
高強度でエネルギー可変のX線を試料に入射し、着目元素の励起によって吸収されたX線の量を測ることで得られるスペクトル
(注3)共鳴非弾性X線散乱(RIXS; Resonant inelastic X-ray scattering)
吸収端付近のエネルギーのX線を照射した際に散乱するX線のエネルギー損失を測る手法
(注4)高エネルギー分解能蛍光検出XANES(HERFD-XANES; high-energy resolution fluorescence-detected X-ray absorption near-edge structure)
吸収元素の寿命幅と同程度または寿命幅を超える高いエネルギー分解能で蛍光X線を検出することで得られるXANES
(注5)吸収端
内殻電子が励起するエネルギー位置
(注6)X線発光スペクトル(XES; X-ray emission spectroscopy)
吸収端より高いエネルギーのX線を照射した際に発光する蛍光X線を分光することで得られるスペクトル
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本件に関するお問い合わせ先
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫(たかはし よしお)
<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科
E-mail:media.s
gs.mail.u-tokyo.ac.jp
日本原子力研究開発機構総務部報道課
E-mail:tokyo-houdouka
jaea.go.jp
立教大学企画部広報課
E-mail:koho
rikkyo.ac.jp
理化学研究所 広報部 報道担当
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
E-mail:info
jmj.tmu.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou
spring8.or.jp