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大規模計算とその場測定を用いて多元セシウム塩化物を効率的に探索
2024年10月21日
北海道大学
広島大学
高輝度光科学研究センター
京都大学
産業技術総合研究所
ポイント
・第一原理計算による大規模構造予測を用いて多元系セシウム塩化物を探索。
・放射光X線回折による高速スクリーニングにより新規セシウム塩化物の合成に成功。
・計算と実験の融合で新材料探索の加速に期待。
北海道大学大学院工学研究院の三浦 章准教授、忠永 清治教授、Google DeepMindのムラタサン・アキョル博士、エキン・ドッシュ・キュベック博士、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉 千佳子教授、高輝度光科学研究センターの河口 彰吾主幹研究員、京都大学大学院工学研究科の陰山 洋教授、産業技術総合研究所の李 哲虎首席研究員らの研究グループは、大規模第一原理計算(量子力学の基本原理に基づいた理論計算)による計算予測とその場X線回折、中性子回折、電子回折を用いて、効率的な新規化合物探索手法を提案しました。 |
本研究で提案した計算科学とその場測定を用いた新規材料探索のスキーム
【背景】
超伝導体や次世代二次電池といった革新的な技術につながる機能性材料の発見は、ますます重要になっていますが、複雑な組成を持つ新規物質は組成の自由度が高く、網羅的な探索は困難です。近年、人工知能(AI)を用いた大規模な密度汎関数理論(DFT)*1では、数千の安定な化合物が予測されており、広範な材料探索空間が提唱されています。研究グループは、これらの計算による予測を用いることで、合成実験の前にコンピューターでターゲットに合理的に優先順位を付け、合成中の相変化を、高速温度変化計測を行える「その場測定」で明らかにすることで、新材料の探索の加速ができると考えました。
【研究手法及び研究成果】
本研究では、半導体及び蛍光材料として盛んに研究されている新規多元系セシウム(元素記号はCs)塩化物(塩素の元素記号はCl)をターゲットとして新規化合物の発見を目指し、一般式 CsxAMCl6(x=2または3、AとMには異なる金属)を持つ、未報告または十分に調査されていない化合物を効率的に探索しました。
最初に、絶対零度*2での第一原理計算による既知及び未知化合物の大規模安定性の評価と、結晶構造データベース及び文献調査によって、報告されていないもしくは結晶構造が十分明らかになっていない化合物のリストを作成しました。このアプローチにより、合成ターゲットの範囲を大幅に絞り込むことが可能になります。
次に、塩化物前駆体の安定性と入手可能性を考慮し、高温での塩化物前駆体間の固相反応を行います。固相反応の過程を、高速温度変化計測可能な大型放射光施設SPring-8*3のBL13XUにおける放射光XRDによって明らかにしました。
最後に、AサイトとMサイトの部分的な占有を仮定し、X線回析と中性子回析、電子回折を用いて解析し、Cs2LiCrCl6及びCs2LiRuCl6の新規多形*4とCs2LiIrCl6の発見に成功しました(図1)。
【今後への期待】
本研究は、最先端の計算科学と大規模施設での合成及び反応解析を組み合わせることで、新規材料探索のフレームワークを提案しています。本研究は、セシウム塩化物のみならず他の材料系に展開可能であり、将来的には温度や圧力、合成反応、材料特性といった知見を組み合わせることで、新材料探索を加速させることが期待できます。
【謝辞】
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP20KK0124)、科学技術振興機構(JST)さきがけ(JPMJPR21Q8)の支援を受けて行われました。
【参考図】
図1.Cs2LiCrCl6の結晶構造モデル(結晶構造可視化ソフト「VESTA」で作成)。Cs-Cl14面体の空隙をLi(緑)とCr(青)が占有している。
【用語解説】
*1. 密度汎関数理論(DFT)
第一原理計算手法の一つ。固体や分子のエネルギーや物性を電子密度から計算する理論的手法のこと。結晶構造モデルの予測にも広く用いられている。
*2. 絶対零度
−273.15 ℃のこと。
*3. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*4. 多形
同一の化学組成であるが結晶構造が異なること。例えば、ダイヤモンドはグラファイトの多形である。
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<研究内容に関すること>
北海道大学大学院工学研究院 准教授 三浦 章(みうらあきら)
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ 安藤裕輔(あんどうゆうすけ)
TEL 03-3512-3526 FAX 03-3222-2066 メール prestojst.go.jp
<本件に関するお問い合わせ先>
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-pressgeneral.hokudai.ac.jp
京都大学渉外・産官学連携部広報課国際広報室(〒606-8501京都市左京区吉田本町36番地1)
TEL 075-753-5729 FAX 075-753-2094 メール commsmail2.adm.kyoto-u.ac.jp
広島大学広報室(〒739-8511 東広島市鏡山一丁目3番2号)
TEL 082-424-3749 FAX 082-424-6040 メール kohooffice.hiroshima-u.ac.jp
高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課(〒679-5198 佐用郡佐用町光都1-1-1)
TEL 0791-58-2785 FAX 0791-58-2786 メール kouhouspring8.or.jp
産業技術総合研究所報道室(〒305-8560 つくば市梅園1-1-1)
TEL 029-862-6216 メール hodo-mlaist.go.jp
科学技術振興機構広報課(〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3)
TEL 03-5214-8404 FAX 03-5214-8432 メール jstkohojst.go.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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\100兆分の1秒のダイナミクスを初めて捉えた!/ 高強度レーザーで固体がプラズマへ瞬間的に遷移 ―レーザー核融合や高エネルギー密度科学の発展に期待―
2024年9月5日
大阪大学
高輝度光科学研究センター
【研究成果のポイント】
♦高強度レーザー※1で銅薄膜を加熱し、固体状態からプラズマ※2へ瞬間的に相転移する過程を、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)※3を使った新たな計測法により、100兆分の1秒の精度で捉える高速撮影に成功。
♦この高速撮影により、プラズマの周辺には、固体とプラズマの中間のプラズマ遷移状態が存在することが明らかに。
♦この発見は、物質の4つの基本状態の1つであるプラズマ状態へどのように変化するのかを明らかにするものであり、レーザー核融合の燃料プラズマ形成などの理解促進に期待。
大阪大学レーザー科学研究所の千徳靖彦教授と米国ネバダ大学リノ校の澤田寛准教授を中心とする高輝度光科学研究センター(日本)、理化学研究所放射光科学研究センター(日本)、SLAC国立加速器研究所(米国)、アルバータ大学(カナダ)、ローレンス・リバモア国立研究所(米国)、ロチェスター大学(米国)の国際共同研究チームは、X線自由電子レーザー施設「SACLA」による高速イメージングにより、高強度レーザーにより加熱された固体の銅薄膜内部のプラズマへの遷移過程を捉えることに成功しました。高強度レーザーパルスの加熱時間は100兆分の1(10-14)秒程度であり、加熱で生じる高速電子(ほぼ光速で移動)のダイナミクスが、プラズマ状態の発展を支配するため、その瞬間を捉える手法は存在しませんでした。本研究では、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた高空間・時間分解計測手法を開発し、加熱された銅薄膜内部のプラズマ状態への発展の様子を世界で初めて捉えることに成功しました(図1)。 |
【研究の背景】
高強度短パルスレーザーは、物質を100兆分の1秒(10フェムト秒)という短い時間で数百万度から一億度まで一気に加熱することが可能です。加熱時間が短いため、物質は固体密度を維持したままプラズマへ相転移し、太陽内部以上の高エネルギー密度状態になります。このような超高速加熱を等積加熱と呼び、既知の密度の値をもつ非平衡輻射プラズマを生成することができます。これらのプラズマは、状態方程式や熱伝導、X線吸収過程などの原子過程の研究やレーザー核融合の基礎研究のプラットフォームとして利用されています。
しかし、高強度短パルスレーザーによる加熱現象は、現象の時定数の短さと加熱領域がミリメートル以下と小さいため、現象の詳細を捉えることが難しく、その詳細は実験では明らかになっていませんでした。特に密度が高い固体や高密度プラズマの内部を診断するための高空間・時間分解計測手法の開発が求められていました。
図1. (a)高強度短パルスレーザーにより加速された高速電子による銅薄膜の加熱の模式図
(b)固体から高温プラズマへの加熱過程と計測結果
(c)レーザー照射された銅薄膜のX線撮影像の時間発展
【研究の内容】
本研究では、高強度短パルスレーザーにより生成された高速電子が、固体の銅薄膜を等積加熱する様子を、高空間・時間分解能を有するX線自由電子レーザーを用いて超高速撮影しました。レーザーが照射された銅薄膜を、100兆分の1秒のX線パルスで撮影すると、加熱された領域のX線の透過率の変化が観測されました(図1)。この加熱領域の時間変化は、2つのレーザーのタイミングを変えることで捉えられ、最終的に銅薄膜表面が変形することで現れる干渉縞も撮影されました。これらの結果は、銅薄膜が加熱され、平衡状態に至り、その後冷却される時間発展を詳細に捉えたものです。
さらに、X線の光子エネルギーを変化させて得られた実験データと、高強度レーザーと物質の相互作用をシミュレーションした結果を比較しました。衝突過程やイオン化過程を組み入れたプラズマ粒子シミュレーションによる解析により、レーザーが照射され高温・高イオン化された状態の領域と、高速電子が伝搬したレーザースポット周辺領域は異なる状態にあり、周辺部は低温でイオン化が進んだ縮退状態のプラズマ遷移状態であることが明らかになりました。
これらの結果は、「高速電子による加熱」=「電子温度の上昇」という従来の考え方と異なり、非平衡プラズマでは、温度とイオン化の上昇が異なり独立していることを示唆しています。この知見は、原子核物理計算のモデルの検証などに応用が期待されます。
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
本研究では、X線自由電子レーザーを用いた超高速撮影により、高強度短パルスレーザーで2種類の高温・高密度プラズマ状態が1兆分の1秒(1ピコ秒)以内に形成されることを明らかにしました。特に、高温プラズマの加熱過程は、レーザーフュージョンエネルギー達成に不可欠な高効率核融合点火を実現する上で、重要な基礎物理過程です。さらに、高強度・高エネルギーのレーザーを使用することで、高密度燃料の点火条件に近づくことが期待されます。また、本研究で開発した計測手法は、圧縮された燃料球のような高密度プラズマの診断に有効で、レーザー核融合や高エネルギー密度科学の一層の発展が期待されます。
【特記事項】
本研究は、科研費(国際共同研究加速基金B, 基盤研究A, 特別研究員奨励費)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ、大阪大学レーザー科学研究所、高輝度光科学研究センター、理化学研究所放射光科学研究センター、米国ネバダ大学リノ校、SLAC国立加速器研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ロチェスター大学、カナダアルバータ大学、の国際共同研究として行われました。
【千徳教授のコメント】
強いレーザー光が物質を加熱しプラズマを形成する過程は、100兆分の1秒という短い時間に瞬間的に起こるため、これまでは数値シミュレーションでしか加熱過程の詳細を見ることができませんでした。今回、XFELという新しい目を使って、極短時間に物質がプラズマへと遷移する様子を捉えることに初めて成功しました。XFELによる計測結果が私たちの予測と良い一致をみたことは、理論研究者として喜びを感じます。一方、予測と異なる発見もあり、今後の理解の深化につながる成果と考えています。
【用語解説】
※1. 高強度レーザー
光のエネルギーを1兆分の1 (10-12) 秒程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することで、レーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億(108)気圧以上に増強したレーザー。
※2. プラズマ
電子とイオンの集団状態をプラズマと呼ぶ。物質が加熱され液体から気体になり、さらに加熱されると原子の周りの電子が剥ぎ取られて、プラズマ状態になる。そのため、物質の第4状態とも呼ばれる。多数の電子とイオンが集団として動くことが特徴。
※3. X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)
X線領域のパルス状のレーザー。従来の放射光源と比較して、非常に短い時間パルス幅と高い輝度を実現している。光子エネルギーが数keVから数十keVのような硬X線領域の場合は、その高い透過性能をいかして高密度の物質の内部の状態を見ることができる。
※4. プラズマ遷移状態(Warm Dense Matter)
金属などの固体がプラズマ状態に遷移する過程で現れる中間状態で、プラズマとしての性質と固体としての性質を併せ持つ。惑星内部など超高圧下にある物質はプラズマ遷移状態にあり、実験室では、高強度レーザーを照射することで同等の状態が作り出される。
本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
大阪大学 レーザー科学研究所 教授 千徳靖彦(せんとくやすひこ)
大阪大学 レーザー科学研究所 庶務係
TEL:06-6879-8714
E-mail: rezaken-syomuoffice.osaka-u.ac.jp
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
E-mail: kouhouospring8.or.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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キヤノンがペロブスカイト太陽電池向けの高機能材料を開発 耐久性と量産安定性の向上に期待
2024年6月18日 キヤノン株式会社様ニュースリリースに
ビームライン名、論文の著者名を追記して掲載しています。
キヤノンは、ペロブスカイト太陽電池の耐久性および量産安定性を向上させることが期待される高機能材料を開発しました。今後、さらなる技術開発を進め、2025年の量産開始を目指します。
ペロブスカイト太陽電池 | 新開発の高機能材料を積層したペロブスカイト太陽電池の構造 |
脱炭素社会の実現に向けた有効な手段の一つとして、太陽電池の利用拡大が進んでいます。現在の主流となっているシリコン型太陽電池は、家庭用から事業用まで多くのソーラーパネルで採用されていますが、ガラスなどを基板に用いるため、重量に耐えられる強度のある場所にしか設置できないことが課題に挙げられています。これに代わる、次世代の太陽電池として注目されているのが、ペロブスカイト太陽電池です。軽量で曲げられるほか、室内光でも発電できるため、シリコン型と比較して設置の自由度が高くなります。さらに、大掛かりな製造装置を必要としないため、設備投資コストの抑制も期待されています。
しかし、ペロブスカイト層(光電変換層)中の結晶構造は、大気中の水分、熱、酸素などの影響を受けやすく、耐久性が低いことが知られています。また、大面積のペロブスカイト太陽電池は量産安定性が低いという課題があります。これらの課題を解決するには、光電変換層を被覆する膜の必要性が認識されています。そこでキヤノンは、複合機やレーザープリンターの基幹部品である感光体の開発を通して培ってきた材料技術を応用し、光電変換層を被覆する高機能材料を開発しました。
本材料は、従来の材料では難しかった、高い光電変換効率を維持しながら光電変換層を厚く被覆できることが特長です。従来の被覆層は数十nm※程度であるのに対し、本材料は100-200nmで被覆が可能です。キヤノンはペロブスカイト太陽電池の発明者である桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らとのSPring-8(BL02B1, BL19B2)を用いた共同研究を通じて性能評価を行った結果、本材料がペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に寄与する可能性が実証され、量産安定性の向上も期待できることが確認されました。これらの課題解決により、ペロブスカイト太陽電池の普及に貢献することが期待されます。本材料について、宮坂特任教授は「ペロブスカイト太陽電池の層構造の中に、この新規の高機能材料による層を追加することで、ペロブスカイト太陽電池の量産化に向けた課題の解決が期待できる」と述べています。
キヤノンはペロブスカイト太陽電池の量産に取り組む企業との協業を目指して、2024年6月に本材料のサンプル出荷を開始します。今後、さらなる技術開発を進め、2025年の量産開始を目指します。
キヤノンは、テクノロジーとイノベーションの力で新たな価値を創造し、社会課題の解決に貢献していきます。
※ 1nm(ナノメートル)は、10億分の1メートル。
〈本材料に関する論文について〉
なお、本材料の研究成果をまとめたキヤノンと桐蔭横浜大学の共著論文は、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行する、査読付き国際学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。
論文タイトル:A phthalocyanine-Based Polycrystalline Interlayer Simultaneously Realizing Charge Collection and Ion Defect Passivation for Perovskite Solar Cells
著者名:Tatsuya Ohsawa, Naoyuki Shibayama, Nobuhiro Nakamura, Shigeto Tamura, Ai Hayakawa, Yohei Murayama, Kohei Makisumi, Michitaka Kitahara, Mizuki Takayama, Takashi Matsui, Atsushi Okuda, Yuiga Nakamura, Masashi Ikegami and Tsutomu Miyasaka
論文URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/ta/d4ta02491e
〈新開発の高機能材料について〉
キヤノンが開発した高機能材料を光電変換層に被覆することで、結晶構造中の材料の分離を抑制し、ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に貢献。また、新開発の材料は半導体特性を有するために高い光電変換効率を維持しながら厚く被覆することが可能で、量産安定性向上にも期待。
-
新開発の高機能材料を積層した
ペロブスカイト太陽電池の断面図(イメージ) -
左:新開発の高機能材料を積層した
ペロブスカイト太陽電池の断面図の顕微鏡写真*HTL、電極は未積層右:新開発の高機能材料
〈ペロブスカイト太陽電池 光電変換層の性質〉
大気中の水分、熱、酸素などの影響で、光電変換層中の結晶構造は材料が分離し、分解。ペロブスカイト太陽電池の耐久性に影響。
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未使用の
ペロブスカイト太陽電池の断面図(イメージ) -
経年劣化した
ペロブスカイト太陽電池の断面図(イメージ)
(SPring-8 / SACLAに関すること) |
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
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EM01CT
SPring-8 | SACLA | SDGsへの取り組み |
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結晶中のトリウム229原子核アイソマーをX線で制御することに成功!
〜超高精度「固体原子核時計」実現に向けて大きく前進〜
2024年7月16日
岡山大学
高輝度光科学研究センター
京都大学
理化学研究所
大阪大学
産業技術総合研究所
◆発表のポイント
・固体結晶中に埋めこんだトリウム229を高輝度X線で励起状態※1(アイソマー状態)にし、励起準位のエネルギーと寿命を測定することに成功しました。
・固体結晶中で生成したアイソマー状態の大部分が光を放出して基底状態に戻る(脱励起する)ことを確かめました。
・X線の照射により脱励起が早まり寿命が短くなる現象(クエンチ現象)を初めて観測し、固体結晶中のアイソマー状態を制御できることを実証しました。
◆研究者からのひとこと
この研究成果は、オールジャパン&オーストリアの共同研究チームが協力し、最先端技術を結集して10年かけて達成したものです。最近、原子核時計に関する重要な成果が次々と発表され、まさに原子核時計の時代が始まろうとしている状況です。今後も連携をさらに強化し、世界初の原子核時計の実現を目指します。
トリウム229原子核は、自然界で最小の8.4 電子ボルトの励起状態(アイソマー状態)を持ち、レーザーを使って励起することができる原子核です。 |
<研究の背景>
《トリウム229原子核時計》
自然界には約3300種以上の原子核が存在します。このうち最も低い励起エネルギーを持つ原子核がトリウム229(原子番号Z=90、質量数A=229)です。アイソマー状態と呼ばれるこの状態と基底状態の間のエネルギー差はわずか8.4 eV※4であり、レーザーでも励起可能なエネルギー領域にあります。ちなみに、通常の原子核はkeVやMeVの励起エネルギーを持つため、トリウム229のアイソマー状態は極めて特異な存在といえます。
この特異なアイソマー状態のエネルギーは外界の影響を受けにくく、極めて安定なため、これを基準に使うと既存の原子時計を上回る高精度な時計「原子核時計」を構築することができると考えられています。原子核時計は全地球測位システム(GNSS; Global Navigation Satellite System)や地殻変動の観測をはじめとする測地学の進歩を可能にすると期待されています。また基礎科学の観点からは、暗黒物質※5の探索や、物理定数の経年変化※6を探索する舞台(プラットフォーム)として威力を発揮すると考えられています。
《固体原子核時計》
従来の原子時計では、固体に埋めこんだ原子は内部電場の影響を強く受けるため精度のよい時計を作るのが困難でした。一方、原子核は環境の影響を受けにくいため固体結晶などに埋めこんだ状態でも高精度を保つことが可能になります。これにより、コンパクトで持ち運びが容易な固体原子核時計が実現できると期待されています。その実現のためには、固体内におけるトリウム229原子核の励起・脱励起プロセスおよびその環境の影響を知り、それをコントロールすることが必要です。大きな課題のひとつであるレーザー励起に関しては、つい最近ドイツの研究所によって達成されました(J.Tiedau et al.,Phys. Rev. Lett. 132, 182501 (2024))。今後は脱励起プロセスの解明、その制御が大きな課題となっています。
<研究成果の内容>
本研究では、大型放射光施設「SPring-8」の放射光X線を用いることにより、固体結晶中に埋めこんだトリウム229のアイソマー状態を生成し、その脱励起の詳細を調べ、X線照射によりその寿命が変化する現象(クエンチ現象)を新たに発見しました。
《研究方法の詳細》
本研究は「SPring-8」のBL19LXUの高輝度X線を用いて行われました。図1に示すように、最初にトリウム229は基底状態にありますが、これに約29 keVのエネルギーを持つX線を照射すると、いったん第二励起状態に遷移したのちに、その半分以上はアイソマー状態に遷移します。遷移は原子核共鳴散乱※7と呼ばれる手法を使って確認します。この手法は、2019年に我々のグループが開発したもので、産総研が開発したX線エネルギー絶対値測定装置の導入により、X線のエネルギーをわずかに変化させるだけで、アイソマー状態の生成をコントロールできるのがこの手法のメリットです。今回はその手法を固体結晶中に埋めこんだトリウム229に適用してアイソマー状態を生成しました。ここで使用した固体結晶はフッ化カルシウム(CaF2)にトリウム229を埋めこんだもので、ウィーン工科大学との共同研究で開発されたものです。この固体結晶に、第二励起状態のエネルギーに合わせたX線を照射して、固体結晶内のトリウム229をアイソマー状態にし、その脱励起の光を観測しました。この光の波長は、8.4 eVのエネルギー差に相当する148 nmで、真空紫外光と呼ばれ、空気中ではすぐに吸収されてしまいます。使用したフッ化カルシウム結晶はこの波長域の光でも透過可能です。
図2は横軸に入射X線のエネルギー、縦軸に観測した信号を表したものです。上は信号として共鳴散乱したX線(従来の方法)を、下は真空紫外光(新しい方法)を採用したものです。同じX線のエネルギーで信号が増えているのが観測され、固体結晶中にトリウム229のアイソマー状態が生成されており、真空紫外光を発光して基底状態に戻っている(脱励起している)ことが分かります。
アイソマー状態の脱励起の時間変化を示したのが図3の右で、横軸は、X線を照射してからの時間、縦軸は真空紫外光の信号になります。アイソマー状態の数が半分になる時間(半減期)が約450秒で、信号が減少しているのが見えます。図3の左図はX線の照射時間を変化させたときの、照射直後の信号(アイソマー生成量に相当)の変化を表しています。点線のように半減期に応じた曲線で徐々に増加すると予想していましたが、実際はすぐに一定値に達して増加しなくなりました。これは、X線照射中にアイソマー寿命が減少していることを表しており、アイソマー状態がX線照射により強制的に脱励起していることを表しています。我々はこれをクエンチ現象と呼んでいます。
図4はX線のビーム強度を変化させたときのクエンチ現象を、照射するX線量を変えることで、クエンチ現象の倍率、すなわちアイソマー寿命を制御できていることを示しています。
図1 トリウム229準位図(関係する基底状態及び励起状態)
図2 上:第二励起状態からのX線散乱信号(図1-①)、下:アイソマー状態からの真空紫外光信号(図1-②)
図3 右:アイソマー状態からの真空紫外光の時間変化、左:X線照射直後の真空紫外光(アイソマー状態の生成数に相当)のX線照射時間による変化。下はフィットからのずれ(残差)。
図4 ビーム強度を変化させたときの、クエンチ倍率(寿命がQF分1になる)の変化
<本研究の意義と今後の発展>
本研究の意義のひとつは、固体結晶中に埋めこんだトリウム229をX線によって励起することに成功し、その脱励起光を観測した点にあります。固体結晶中に埋めこむと、光を出さずに電子を放出する遷移(内部転換過程)で脱励起する可能性もありましたが、今回の観測により、ほぼすべてのアイソマー状態が光遷移で基底状態に戻ることが示されました。またX線照射によりアイソマー状態の寿命が制御可能なことが分かりました。これらは固体原子核時計の実現に必要な情報であり、その実現に大きく前進したということができます。今後、この手法を進化させて、さらにその詳細を明らかにして、高精度のレーザー(開発中)と組み合わせることで、原子核時計を実現していくことを目標にしています。
■研究資金
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP18H04353, JP18H01230, JP19K14740, JP19K21879, JP19H00685, JP21H01094, JP21H04473, JP22K20371, and JP23K13125)、伊藤科学振興会、稲盛財団、EU-ERC(No.856415 (nuClock)), 20FUN01-TSCAC, FWF(I5971 (REThorIC) and P 33627(NQRclock ))の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
※1. 原子核の励起状態:
量子力学においては、原子核はとびとびのエネルギー状態を持ちます。この中で一番低いエネルギー状態(基底状態)にある原子核に、光や電子などの粒子を当ててエネルギーを与えると、原子核はそのエネルギーを吸収し基底状態とは異なる状態に移ります。この状態は一般に励起状態と呼ばれ、励起に必要なエネルギーを励起エネルギーといいます。ある時間(寿命)が経過すると、励起状態の原子核は基底状態に戻ります。
※2. 原子核時計と原子時計:
これらの時計はいずれも、特定の二つのエネルギー準位間の遷移によって吸収される光やマイクロ波の振動数が一定であることを利用し、時間の基準を作ります。原子核時計は、原子核が原子よりも4〜5桁も小さいおかげで、環境変化の影響を受けにくいと考えられています。原子核時計の実現には二つのエネルギー準位間の遷移をレーザーで精密に制御する必要があります。
※3. 大型放射光施設「SPring-8」:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
※4. eV:
エネルギーの単位。例えば、2 eVは赤色の光(波長~620 nm、振動数~480兆 Hz)に対応します。
※5. 暗黒物質:
宇宙には、通常物質(原子・分子など)の5~6倍の量の暗黒物質が存在します。質量は持つが、望遠鏡などでは観測できないことから、このような名前が付けられており、その正体はいまだ解明できていません。
※6. 物理定数の経年変化:
例えば、電子の電荷(厳密には微細構造定数と呼ばれる電荷に関連した数)は永久に変わることがないだろうと考えられており、従って物理定数と呼ばれてきました。近年、このような物理定数も宇宙史のスケールでは経年変化するかもしれないとの仮説が浮上しています。
※7. 原子核共鳴散乱:
原子核が主として光やX線を吸収して励起状態に遷移した後、一定の時間を経て、別の状態に遷移するような散乱過程。入射する光やX線のエネルギーが励起状態のエネルギーと完全に一致したときのみ、このような過程が生じます。
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<お問い合わせ>
岡山大学 異分野基礎科学研究所 教授 吉村 浩司
TEL:086-251-8499
FAX:086-251-7811
E-mail:yosimuraokayama-u.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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