放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

未来の材料開発に向けた新しい大環状分子を合成
未踏だったパーヒドロキシアサー[6]アレーンとその酸化体を世界で初めて合成し、機能を解明


2025年6月10日
公立大学法人 名古屋市立大学


【研究のポイント】

・新環状分子「パーヒドロキシアサー[6]アレーン」とその酸化体を世界で初めて合成
・両分子は、将来的な機能化に有利な多数の遊離水酸基を有する
・従来のピラーアレーンでは到達できなかった新しい機能性分子設計や材料開発への展開が可能に


名古屋市立大学の田畑 愛美 大学院生、青栁 忍 教授、雨夜 徹 教授らの研究グループは、新しい環状分子「パーヒドロキシアサー[6]アレーン」およびその酸化体「パーヒドロキシアサー[6]キノン」の合成に世界で初めて成功しました(図1)。これらの分子は、材料科学など幅広い分野で注目されている環状分子「ピラーアレーン」と構造的に類似する新たな派生体にあたります。母骨格であるアサーアレーンは、ピラーアレーンよりも多くの官能基を有し、高機能材料の創出に有望な構造を備えています。しかし、2013年の初報告以来、水酸基が遊離した「パーヒドロキシ化体」は、これまで合成例が報告されておらず、未踏の分子でした。本研究により、その合成と単離が初めて達成され、さらに酸化により対応するキノン誘導体への変換も実現しました。これにより、従来アクセスが困難であった新たな分子を利用した機能性分子の設計や材料開発の可能性が大きく広がります。
本研究成果は 米国化学会の国際学術誌『Organic Letters』の電子版に2025年6月6日(日本時間)付で掲載されました。

論文情報
雑誌名: Organic Letters
題名 :Synthesis and Characterization of Perhydroxy-asar[6]arene and Perhydroxy-asar[6]quinone
著者:田畑 愛美1,2、青栁 忍1、雨夜 徹1*
所属:1) 名古屋市立大学 大学院理学研究科、2) 名古屋市立大学 大学院薬学研究科(*Corresponding author)
DOI:10.1021/acs.orglett.5c01891


【背景】

ピラー[n]アレーン図1A)(注1)に代表される環状分子は、分子内に空間を持つ「ホスト分子」として、超分子化学や材料科学、さらには医薬品のドラッグデリバリーなど、さまざまな分野で応用が進んでいます。中でも、全ての芳香環がメトキシ基で置換されたアサー[n]アレーン図1B)(注2)は、官能基導入の自由度が高く、より高機能な分子設計が可能な骨格として期待されています。しかし、その水酸基を遊離させた「パーヒドロキシアサー[n]アレーン」(図1C)(注3)は、これまで合成例がなく、応用展開の障壁となっていました。



図1. (A)ピラー[n]アレーン、(B)アサー[n]アレーン、(C)本研究で合成した「パーヒドロキシアサー[6]アレーン」およびその酸化体「パーヒドロキシアサー[6]キノン」

【研究の成果】

パーヒドロキシアサー[6]アレーンの化学合成がこれまで達成されてこなかった背景には、この化合物自体が非常に不安定であることが、本研究によって明らかになったという事実があります。特に、空気中の酸素に対して極めて敏感で、容易に酸化されてしまう性質が、合成および単離の大きな障壁となっていたと考えられます。本研究チームはこの課題に対し、窒素雰囲気下で水を加えて目的化合物を沈殿させ、窒素を吹き付けながら速やかにろ過するという操作により、パーヒドロキシアサー[6]アレーンの単離に成功しました。さらに、この化合物を空気中に曝露することで自発的に酸化が進行し、酸化体であるパーヒドロキシアサー[6]キノン(注4)が得られることも明らかにしました(図1C)。
得られたパーヒドロキシアサー[6]キノンは、水酸化カリウム水溶液中で溶解性を示し、明確な二電子還元波を示すなど、酸化還元活性を持つことが確認されました。また、大型放射光施設SPring-8のBL41XUを用いたX線結晶構造解析により、分子内に溶媒分子を包接した構造が明らかになり、分子が平面状に積層する様子も観察されました。さらに、2価のジアンモニウムカチオンをゲスト分子とするホスト–ゲスト包接挙動を水溶液中で示し、特にこの包接はエントロピー駆動の相互作用であることが明らかになりました。


【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

本研究で合成されたパーヒドロキシアサー[6]アレーンおよびそのキノン型誘導体は、これまでのピラーアレーンでは実現できない分子設計や高機能材料の開発に向けた強力な足がかりとなります。多数の水酸基をもつことから、金属イオンとの錯形成、さらなる化学修飾、電子伝達材料としての展開などが期待されます。今後は、分子センサー、電池材料、ナノ材料、分子触媒など、環境・エネルギー・医療分野への応用が見込まれ、持続可能な社会の構築にも貢献する可能性を秘めています。


【研究助成】

科学研究費補助金「挑戦的研究(萌芽)」(課題番号:JP24K21772、研究代表者:雨夜徹)


【用語解説】


(注1)ピラーアレーンまたはピラー[n]アレーン
2008年に生越友樹氏および中本義章氏らによって初めて合成された環状分子。ベンゼン環がメチレン基(–CH₂–)でつながってできた柱状構造を持ち、その構造が柱(pillar)を想起させることから「ピラーアレーン」と名付けられた。[n]は繰り返し単位の数を表す。環内に空孔を有し、他の分子を包み込むホスト分子として機能する。合成および誘導化が容易であり、分子認識や超分子材料、分子機械など多様な分野で応用が進んでいる。


(注2)アサーアレーンまたはアサー[n]アレーン
2013年にJames Fraser Stoddart氏らによって合成されたピラーアレーンに類似した構造を持つ環状分子。アサロールメチルエーテル(asarol methyl ether)から合成されたことに由来し、「アサーアレーン」と名付けられた。[n]は繰り返し単位の数を表す。ピラーアレーンのベンゼン環上の水素原子がすべてメトキシ基(–OCH₃)に置換されている点が特徴であり、より高い官能基化の可能性を持つ骨格である。


(注3)パーヒドロキシ
「完全にヒドロキシ化された」という意味。ヒドロキシ基(-OH)は水酸基ともよばれる。


(注4)キノン
ベンゼン環に似た炭素の6員環構造において、二重結合(C=C)2つとカルボニル基(C=O)2つが共存する構造をもつ有機化合物。電子を受け取る性質をもち、酸化還元反応に関与しやすい。生体内ではビタミンKや補酵素Q(ユビキノン)などの構造にも見られ、生命活動において重要な役割を果たす。


本件に関するお問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院理学研究科 教授 雨夜 徹

【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 経営企画部広報室広報係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8328  FAX:052-853-0551
E-mail:ncu_publicsec.nagoya-cu.ac.jp

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【共同研究に関する企業様からの問い合わせ】
名古屋市立大学 産学官共創イノベーションセンター
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8041  FAX:052-841-0261
E-mail:ncu-innovationsec.nagoya-cu.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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Tb-Coアモルファス薄膜の4つの磁気補償点の発見
-磁性体の応用に新しい視点-


2025年6月10日
群馬大学
量子科学技術研究開発機構
信州大学
高輝度光科学研究センター


本件のポイント

● Tb-Coアモルファス薄膜の円偏光X線磁気コンプトン散乱測定を行い磁気補償、角運動量補償、スピン磁気補償、軌道磁気補償の少なくとも4つの補償点があることを明らかにした。
●これまで磁気補償、角運動量補償については、垂直磁化、高速磁化反転との関連が注目され研究が進められてきた。今回新たに見出したスピン磁気補償、軌道磁気補償に着目した研究を進めることで、電界駆動・電流駆動磁化反転などに関連したスピントロニクスデバイス開発の進展が期待される。
●本研究は群馬大学、量子科学技術研究開発機構、信州大学、高輝度光科学研究センターとの共同研究であり、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギーX線の利用によって可能になった。


群馬大学(学長:石崎泰樹)の櫻井浩教授・高橋学教授、量子科学技術研究開発機構(理事長:小安重夫。以下「QST」)の安居院あかね上席研究員、信州大学(学長:中村宗一郎)の劉小晰教授、高輝度光科学研究センター(理事長:雨宮慶幸)の辻成希主幹研究員らの研究グループは、磁気コンプトン散乱測定を利用し、磁気デバイス材料であるTb-Coアモルファス薄膜において、磁化がゼロとなる磁気補償、角運動量がゼロとなる角運動量補償、スピン磁化がゼロとなるスピン磁気補償、軌道磁化がゼロとなる軌道磁気補償の少なくとも4つの補償点があることを見出しました。これまで、磁気補償に着目した垂直磁気記録に関する研究、角運動量補償に着目した高速磁化反転に関する研究が進められてきました。新たに見出した軌道角運動量補償あるいはスピン角運動量補償に着目した研究が進めば、電界で軌道磁気モーメントを制御する電界駆動の磁気メモリーや電流のスピントルクで磁壁駆動できるレーストラックメモリーなどの開発に資する可能性があります。本研究で見出した4つの補償点の関係は、各補償点に関連した材料の機能を活用したスピントロニクスデバイスの設計に指針を与えると期待されます。なお、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めてこの測定が可能になりました。



図 TbxCo100-xアモルファス薄膜の4つの磁気補償点の組成比依存性。
磁化がゼロとなる磁気補償組成Xcon、 角運動量がゼロとなる角運動量補償組成XJ、スピン磁気モーメントの総和がゼロとなるスピン磁気補償組成Xspin、 軌道磁気モーメントの総和がゼロとなる角運動量補償組成Xorbitalの温度変化。Xorbital (T) < XJ (T) < Xcon (T) < Xspin (T)であることがわかる。


論文情報
雑誌名: Journal of Magnetism and Magnetic Materials
題名 :Four compensation points in TbxCo100-x amorphous films
著者:Akane Agui, Akino Harako, Naruki Tsuji, Xiaoxi Liu, Kazushi Hoshi, Kosuke Suzuki, Manabu Takahashi, Hiroshi Sakurai
DOI:10.1016/j.jmmm.2025.173248


研究の背景

一般に磁性体はマクロな磁化測定(注1)で評価されていますが、我々はミクロスコピックな磁性の起源となる構成元素、スピン磁気モーメント、軌道磁気モーメントに着目しTb-Coアモルファス薄膜の磁気補償について研究を進めてきました。Tb-Coアモルファス薄膜は、スペリ磁性(注2)とよばれる特殊な磁気構造を有しており、Co原子とTb原子の磁気モーメントは互いに逆を向いているため、特定の組成で薄膜の磁化がゼロとなります。この現象は磁気補償と呼ばれ、その組成近傍では高密度磁気記録に有効な垂直磁化が観測されます。スピン磁気モーメントは電子のスピン角運動量に起因し、軌道磁気モーメントは電子の軌道角運動量に起因します。スピン角運動量と軌道角運動量の総和がゼロとなる角運動量補償組成では、磁気記録時間を短縮できることが知られています。これら良く知られた磁気補償と角運動量補償に加え、スピン磁気モーメントの総和がゼロとなるスピン磁気補償組成や、軌道磁気モーメントの総和がゼロとなる軌道磁気補償組成で、電流のスピントルクによる磁壁駆動や電界による軌道磁気モーメント制御との関連を見出せる可能性があります。また、4つの磁気補償点の関係を把握することにより、垂直磁化、高速磁化反転、電流駆動・電界駆動磁化反転など各補償点に関連した材料の機能を活用したスピントロニクスデバイス(注3)の設計に指針を得ることができます。しかしながら、スピン磁気補償と軌道磁気補償の実験的報告はなく、磁気補償、角運動量補償、スピン磁気補償、軌道磁気補償の関係については明らかではありませんでした。


研究成果

今回の研究では、組成xを変えた7種類のTbxCo100-xアモルファス合金薄膜(12<x<23)を信州大学で作製しました。群馬大学のSQUID磁力計で磁化測定を行い、高輝度光科学研究センターの協力のもとQST、群馬大が大型放射光施設SPring-8(注4)のBL08Wで磁気コンプトン散乱測定(注5)を行いました。各組成の試料について、10KXcon、角運動量がゼロとなる角運動量補償組成XJ、スピン磁気モーメントの総和がゼロとなるXspin、軌道磁気モーメントの総和がゼロとなるXorbitalの4つの磁気補償組成が存在すること、それらの磁気補償組成は温度変化し、Xorbital (T) < XJ (T) < Xcon (T) < Xspin (T)の関係にあることを見出しました()。
特に本研究で新たに指摘したスピン角運動量補償点あるいは軌道角運動に関する知見は、電流のスピントルクで磁壁駆動できるレーストラックメモリー(注6)や電界で軌道磁気モーメントを制御する電界駆動の磁気メモリーの開発に資すると考えられます。本研究で示された4つの補償点補償点を独立に制御したり、組み合わせて制御したりすることで、材料の機能をより活用したスピントロニクスデバイスの設計指針が得られると期待されます。なお、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めてこの測定が可能になりました。


今後の展開

本研究で示された4つの補償点に関する知見は、電流駆動磁壁移動時に僅かな電流で磁壁駆動ができる超低消費電力のレーストラックメモリー、電界で軌道磁気モーメントを制御する電界駆動磁気抵抗メモリー(MRAM)、スピン流の検出(スピンホール効果)を用いたTHzのセンサーの開発など、スピントロニクスデバイス開発のブレークスルーにつながると期待されます。さらに、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(注7)で開発される高性能の軟X線磁気円二色性吸収測定装置を活用することで、広汎な新磁性材料の局所磁気補償の解明が大きく進展すると期待されます。


付記

本研究は日本学術振興会(JSPS) 科研費 基盤研究(C) 15K04658, 19K04464、基盤研究(B) 22H02103、国際共同研究強化(B) 21KK0095からの支援を受けて行われました。


【用語解説】


※1. マクロな磁化測定
外部磁場によって試料全体に誘導された磁気成分を計測する。代表的な測定に振動試料型磁力計(VSM磁力計)やSQUID磁力計を用いる方法がある。


※2. スペリ磁性
希土類-遷移金属合金がアモルファス構造をとるとき、希土類元素の4f電子の磁気モーメントと3d遷移金属元素の3d電子の磁気モーメントの向きは、それぞれが一方向にそろうのではなく分布を持つことが多い。4f電子の磁気モーメントと3d電子の磁気モーメントが互いに逆向きの分布を持つ場合をスペリ磁性とよぶ。


※3. スピントロニクスデバイス
従来のエレクトロニクスデバイスでは、半導体におけるpn接合を利用しており、電子の電荷を電場で制御することによりデバイスの動作を制御している。スピントロニクスデバイスでは、電子のスピンを磁場または電流で制御することにより、デバイスの動作を制御する。微細化や低消費電力化に有効である。


※4. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。


※5. 磁気コンプトン散乱測定
入射X線が物質中の電子で散乱されたとき、散乱X線のエネルギーが入射X線のそれより低くなる現象をコンプトン散乱とよぶ。物質中の電子のスピン状態に依存したコンプトン散乱を磁気コンプトン散乱とよぶ。この現象を利用して磁化のスピン成分を測定することができる。


※6. レーストラックメモリー
磁区の磁化の向きで0と1の情報が書き込まれた磁気ナノワイヤに、電流パルス(矩形波)を与えることによって情報のある磁区を駆動し(磁壁を駆動し)、読み取り素子である磁気トンネル接合素子(MTJ素子)で構成する磁性層で読みだす。不揮発性であり、機械的な駆動部分がないため省電力で高速の読み出しが可能とされる。


※7. 3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)
国の主体機関である量子科学技術研究開発機構と地域パートナー(宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会で構成)の代表機関である光科学イノベーションセンターによる官民地域パートナーシップという新しい枠組みによって整備・運営する特定先端大型研究施設で、東北大学青葉山新キャンパス内に立地している。利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。最新の円型加速器設計を国内で初めて採用した第4世代放射光施設で、従来の100倍の高輝度化と高コヒーレント化を実現することで、物質構造の解析に加え、機能に影響を与える「電子状態」、「ダイナミクス」等の詳細な解析が可能。


本件に関するお問い合わせ先
〈研究に関すること〉
群馬大学 大学院理工学府電子情報部門
教授 櫻井浩
教授 高橋学

量子科学技術研究開発機構
上席研究員 安居院あかね

信州大学 大学院工学研究科 教授 劉小晰

高輝度光科学研究センター(JASRI) 放射光利用研究基盤センター
回折・散乱推進室 主幹研究員 辻成希

〈報道に関すること〉
群馬大学 桐生地区事務部事務課庶務係(広報担当)
TEL:0277-30-1895(直通)  FAX:0277-30-1020
E-mail:rikou-prml.gunma-u.ac.jp

量子科学技術研究開発機構
国際・広報部国際・広報課
TEL:043-206-3026(直通)  FAX:043-206-4062
E-mail:infoqst.go.jp

信州大学 総務部総務課広報室
TEL:0263-37-3056(直通)  FAX:0263-37-2188
E-mail:shinhpshinshu-u.ac.jp

<SPring-8/SACLAに関すること>
高輝度光科学研究センター 
利用推進部 普及情報課 
TEL:0791-58-2785  FAX:0791-58-2786
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燃料電池材料開発を支える新たな放射光実験データベースを構築
~高品質な実験データ管理で加速するデータ駆動型材料研究~


2025年5月15日
高輝度光科学研究センター


【発表のポイント】

●燃料電池材料研究を支援する放射光実験データベース「FC-BENTEN」を構築
 → 測定・分析手法の体系的な整理により、高品質なデータの効率的な管理・共有を実現
メタデータ※1設計と自動化ツールの導入により、データの再利用性・相互運用性を向上
 → マテリアルズ・インフォマティクス(MI)※2と連携に向けた基盤を整備
●実験データ活用の高度化により、高性能燃料電池材料の設計・開発を加速


高輝度光科学研究センターは、技術研究組合FC-Cubic、京都大学と共同で、大型放射光施設SPring-8における燃料電池材料の放射光実験分析データを体系的に収集・管理するためのデータベース「FC-BENTEN」を開発しました。本データベースは、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けて構築され、SPring-8で実施されるXAFS※3HAXPES※4XRD※5PDF※6SAXS※7の多様な放射光実験測定手法に対応しています。FC-BENTENでは、測定プロトコルやメタデータの形式・記述方法を整理・統一し、再現性の高い実験データの登録・検索・共有を可能にしました。また、将来的にはマテリアルズ・インフォマティクス(MI)との連携を視野に入れ、より高速で効率的な材料探索が可能となる基盤技術としての役割が期待されます。
なお、本データベースには一部、依頼元から提供された試料に関する非公開データも登録されていますが、今回発表した論文では、Pt系触媒の標準試料を用いた実験データのみを対象としており、材料提供者様の情報は含まれておりません。
本研究では、SPring-8のBL14B2、BL36XU、BL46XU、BL09XU、BL19B2、BL04B2、BL40B2のビームラインを使用しました。
本研究成果は、MDPI誌「Applied Sciences」に2025年4月3日付で掲載されました。

論文情報
雑誌名: MDPI Applied Sciences
題名 :FC-BENTEN: Synchrotron X-Ray Experimental Database for Polymer-Electrolyte Fuel-Cell Material Analysis
著者:松本 崇博、横田 滋、金子 拓真、Mayeesha Marium、金 制憲、渡邉 康裕、岩本 裕之、梅谷 啓二、宇留賀 朋哉、Albert Mufundirwa、水野 勇希、藤岡 大毅、宮澤 徹也、辻 拡和、内本 喜晴、松本 匡史、今井 英人、櫻井 吉晴
※責任著者: 松本 崇博、櫻井 吉晴
DOI:10.3390/app15073931


【研究の背景】

燃料電池材料の開発においては、性能や耐久性を左右する複雑な構造や化学状態を高精度に評価することが求められます。特にSPring-8における放射光施設を活用した分析手法は、その詳細な情報取得に有効ですが、実験データの再現性確保や共有・活用のための体系的な仕組みはこれまで不十分でした。こうした状況の中、データの質と活用性を高め、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)との連携も視野に入れたデータベースの整備が強く求められていました。


【今回の取り組み】

本研究では、燃料電池材料の研究開発を支援する放射光実験データベース「FC-BENTEN」を構築しました。XAFS、HAXPES、XRD、PDF、SAXSなど多様な放射光測定手法に対応し、メタデータの体系化と自動化された登録ツールにより、高品質なデータを効率的に管理・共有できる仕組みを実現しています。これにより、材料開発における分析プロセスの信頼性とデータ再利用性が飛躍的に向上しました。


【今後の展開】

本データベースでの取り組みを通じて得られた知見は、今後の燃料電池材料研究における実験データの蓄積や活用を考えるうえで、有用な手がかりとなると期待されます。今後は、情報科学的手法の活用なども視野に入れながら、データ駆動型材料研究の発展を支える基盤として、より効率的な材料研究を支援していくことが期待されます。



図1 燃料電池材料研究を支援する放射光実験とデータ基盤の概要図。


SPring-8に設置されたXAFS、HAXPES、XRD、PDF、SAXSなどの多様な放射光測定装置による実験データは、FC-BENTENデータベースに集約されます。データは、試料、測定、解析に関する一貫したメタデータとともに管理され、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)との連携を可能にします。こうした高品質な実験データは、FC-Platform※8における燃料電池(PEFC※9)材料の評価・解析に活用され、例えばPt触媒の粒子径に関するXRDとSAXSの相関解析など、材料開発の加速に貢献します。



図2 FC-BENTENのウェブインターフェース。左側にディレクトリ構造を表示し、キーワード検索で目的のデータを素早く探せます。右側にはファイル一覧やプレビューが表示され、視覚的にデータ内容を確認できます。


【謝辞】

本成果はNEDOの「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」(プロジェクトトコード P20003)の助成を受けて実施されました。


【用語解説】


※1. メタデータ
データの内容や取得条件、測定手法などを記述する付帯情報です。データの検索性や再利用性を高めるために不可欠な情報です。


※2. マテリアルズ・インフォマティクス(MI)
材料データと情報科学(AIや機械学習など)を組み合わせて、新材料の探索や設計を効率化するアプローチです。実験データの蓄積と利活用が重要な鍵となります。


※3. XAFS(X線吸収微細構造)
物質にX線を照射した際の吸収スペクトルの微細な変化を分析することで、原子周囲の構造や電子状態を調べる手法です。材料中の特定元素の局所構造を非破壊で評価できます。


※4. HAXPES(硬X線光電子分光)
高エネルギーのX線を用いて、物質表面だけでなく、より深部の電子状態を観測できる分光技術です。電極材料などのバルク特性の評価に有効です。


※5. XRD(X線回折)
結晶構造を調べるための代表的な手法で、X線の回折パターンから原子の配列や結晶性を明らかにします。材料の相構造の同定に用いられます。


※6. PDF(二体分布関数)
X線散乱データを用いて、結晶・非晶質を問わず原子間の距離分布を解析する手法です。局所構造の乱れやナノスケールの構造情報が得られます。


※7. SAXS(小角X線散乱)
ナノメートルスケールの構造情報を取得するためのX線散乱法です。多孔質構造や粒子径、集合構造などの評価に用いられます。


※8. FC-Platform (PEFC評価解析プラットフォーム)
燃料電池の材料開発や性能評価を統合的に支援する研究基盤で、複数の実験施設や分析技術を連携させた取り組みを指します。FC-Cubicが推進しています。


※9. PEFC(固体高分子形燃料電池)
高分子電解質膜を用いた燃料電池で、水素と酸素の反応により発電します。家庭用や自動車用の燃料電池として実用化が進んでいます。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
松本 崇博(マツモト タカヒロ)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 産学総合支援室 主幹研究員
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1


(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
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本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
松本 崇博(マツモト タカヒロ)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 産学総合支援室 主幹研究員
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1


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クリプトクロム光受容タンパク質による光応答シグナル伝達の中間体構造を解明


2025年5月17日
大阪大学
東北大学
高輝度光科学研究センター


【研究成果のポイント】

◆青色光受容タンパク質であるクリプトクロムが光を検知した後の中間体構造を経時的に解析することで、クリプトクロムの光応答機構の詳細を解明
◆クリプトクロムに内包されるフラビン補酵素(FAD)の光還元反応に伴い、FAD近傍とFAD遠位にて独立に構造変化が起こることで、シグナル伝達を担う分子構造へと遷移することを発見
◆クリプトクロムの構造-機能相関の理解が深まり、今後の人工光遺伝学ツール開発の発展に貢献


台湾大学のManuel Maestre-Reyna助理教授、ドイツ・フィリップ大マールブルグのLars-Oliver Essen教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の山元淳平准教授、台湾中央研究院・生物化學研究所の蔡明道特聘研究員らは、理化学研究所の別所義隆客員研究員、公益財団法人高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員、東北大学の南後恵理子教授、京都大学の岩田想教授、兵庫県立大学の當舎武彦教授、名古屋大学の梅名泰史准教授、およびグルノーブル・アルプ大学、欧州シンクロトロン放射光研究所の研究者らとの国際共同研究にて、緑藻類をはじめとした植物やハエの内に存在する青色光受容タンパク質であるクリプトクロムの、光受容後10ナノ秒から233ミリ秒にわたる中間体の立体構造を解明しました(図1)。
植物の生育やシグナル伝達・概日リズム形成などに関与する青色光受容型クリプトクロムは、発色団であるフラビンアデニンジヌクレオチド※1光還元反応※2によって下流因子へとシグナル伝達すると考えられていましたが、その詳細な分子機構については解明されていませんでした。 今回、研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)※3施設SACLA※4のBL2ビームラインを用いて、クリプトクロムの微結晶を対象とした時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(TR-SFX)※5を実施しました。その結果、光受容後のクリプトクロム中間体の三次元立体化学構造を明らかにし、光還元反応がタンパク質中に引き起こす構造変化がシグナル伝達の鍵であることを解明しました。これにより、人工光遺伝学ツールの開発応用が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、5月17日(土)に公開されました。



図1 青色光受容クリプトクロムの光応答反応の概要


【山元准教授のコメント】
長年クリプトクロムが属するタンパク質ファミリーの研究を行ってきましたが、タンパク質そのものの動きを原子分解能で可視化してその動きの意味を説明できた時は、自然界の奥深さに大変感動しました。SACLAでの測定は半年に一度しか機会がなく、コロナ禍で実験参加可能人数が限られる中、工夫・改善・議論を繰り返して実験・解析手法を確立し、本成果につながりました。共著者一人一人の貢献が明確にあり、本プロジェクトに関与した全ての研究者の皆様に感謝しています。



論文情報
雑誌名: Science Advances
題名 :Capturing structural intermediates in an animal-like cryptochrome photoreceptor by time-resolved crystallography
著者:Manuel Maestre-Reyna*, Yuhei Hosokawa, Po-Hsun Wang, Martin Saft, Nicolas Caramello, Sylvain Engilberge, Sophie Franz-Badur, Eka Putra Gusti Ngurah Putu, Mai Nakamura, Wen-Jin Wu, Hsiang-Yi Wu, Cheng-Chung Lee, Wei-Cheng Huang, Kai-Fa Huang, Yao-Kai Chang, Cheng-Han Yang, Meng-Iao Fong, Wei-Ting Lin, Kai-Chun Yang, Yuki Ban, Tomoki Imura, Atsuo Kazuoka, Eisho Tanida, Shigeki Owada, Yasumasa Joti, Rie Tanaka, Tomoyuki Tanaka, Jungmin Kang, Fangjia Luo, Kensuke Tono, Stephan Kiontke, Lukas Korf, Yasufumi Umena, Takehiko Tosha, Yoshitaka Bessho, Eriko Nango, So Iwata, Antoine Royant, Ming-Daw Tsai*, Junpei Yamamoto*, Lars-Oliver Essen*
DOI:10.1126/sciadv.adu7247


研究の背景

ギリシャ語で「隠れた色素」を意味するクリプトクロムは、植物の生育やシグナル伝達・概日リズム形成などに関与する多機能タンパク質です。その内、青色光に応答して機能するものはフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)をタンパク質内部に有しています。タンパク質中のFADが光によって励起されると、FAD近傍に存在する芳香族アミノ酸側鎖から電子を獲得し、一電子還元状態のアニオン型FADラジカル(FAD•–)と一電子酸化状態のアミノ酸側鎖ラジカルを1ナノ秒以内に生成します。
この光還元反応によって生成するラジカル対はクリプトクロムの光応答機能に関与することが知られていましたが、光還元反応がどのように機能発現につながるのかは不明でした。


研究の内容

今回、研究グループは、青色光受容クリプトクロムの一つであるクラミドモナス由来動物型クリプトクロム(CraCRY)の微結晶をターゲットとし、まずは異なるFAD酸化状態を有するCraCRYの三次元構造をSACLAにて明らかにしました。酸化状態(FADox)および二電子還元状態FAD(FADH)を有するCraCRYでは全体構造は概ね一致しました。一方で、一電子還元状態中性FADラジカル(FADH)を有するCraCRYはC末端領域において電子密度の喪失が認められ、この部分の構造を決定することができませんでした。このことから、FADoxからFADHへの変化に伴うタンパク質構造変化が光応答機能発現の鍵となることを見出しました。
続いて、FADoxを有するCraCRY微結晶を用いて、光励起後10ナノ秒から233ミリ秒における反応中間体の三次元構造をTR-SFXによって解明しました。その結果、(i) FAD近傍、(ii) FADに隣接する溶媒露出部位、および(iii) C末端領域の3箇所が、異なる時間領域で構造変化することがわかりました(図2)。まず、FAD•–の形成に応じてFAD近傍が構造変化し、その後マイクロ秒以降に溶媒露出部位において逐次的に構造変化が起こることで、FAD•–のプロトン化産物であるFADHの形成を時空間的に制御することを見出しました。また、FAD光還元反応によって生じる一電子酸化状態のアミノ酸側鎖ラジカルの近傍にはC末端領域が存在し、ラジカルの形成によってC末端領域とタンパク質本体をつなぐ塩橋が崩壊することで、C末端領域の構造変化が独立して誘起されることを明らかにしました。これらのデータから、クリプトクロムが光に応答して下流因子へとシグナル伝達を担う構造へと遷移する分子機構を解明しました。



図2 光受容後の構造変化の概要


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、青色光受容クリプトクロムが光を検知した後の構造を経時的に解析することで、クリプトクロムの光応答機構の詳細な描像を与えることができたことから、基礎科学の理解に大きく貢献します。
また、クリプトクロムはオプトジェネティクス(光遺伝学)のツールの一つとなりうることが示唆されており、今回の研究から、より高活性な人工光遺伝学ツールの創成などへの応用研究への道が開けました。


特記事項

なお、本研究は、主に日本学術振興会 科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「二元機能性青色光受容タンパク質の光応答機構」(代表者:山元淳平)、同基盤研究(C)「DNA光回復酵素フォトリアーゼのXFEL時分割結晶構造解析」(代表者:別所義隆)、JST創発的研究推進事業(FOREST)「DNA修復反応の動的構造解析基盤の創出」(代表者:山元淳平)、日本医療研究開発機構(AMED)の生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(代表者:岩田想、分担者:南後恵理子)による助成を受けて行われました。


【用語解説】


※1. フラビンアデニンジヌクレオチド
ビタミンB2(リボフラビン)にピロリン酸を介してアデノシンが結合した化合物で、多くの酸化還元酵素の補酵素として使われている。アデノシンが結合しないフラビンモノヌクレオチド(FMN)とともに、フラビン補酵素と呼ばれる。酸化型、一電子還元型アニオン型ラジカル、一電子還元型中性ラジカル、二電子還元型の酸化還元状態をとり、それぞれFADox、FAD•–、FADH、FADHと示した。


※2. 光還元反応
クリプトクロムが属する光回復酵素・クリプトクロムスーパーファミリー(PCSf)に特徴的な光依存的なFADの還元反応。励起状態のFAD発色団は、PCSf中にて高度に保存された3つないし4つの芳香族アミノ酸側鎖から電子を獲得し、還元状態のFAD種が生成する。一方で、芳香族アミノ酸側鎖上に生じた正孔は、保存された他のアミノ酸側鎖から連続的に電子授受が起こることでタンパク質外縁近傍へと移動し、還元状態のFAD種が安定化される。


※3. X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。「SPring-8(スプリングエイト)」などの従来の放射光源と比較して、10億倍も高い輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)スケールの時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてマイクロメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。
XFELはX-ray Free Electron Laserの略。


※4. SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短クラスの波長のレーザー生成能力を持つ。


※5. 時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(TR-SFX)
結晶中の分子の微細な動きを高い時間・空間分解能で観察する手法。本研究では、高粘度媒体に懸濁させた微結晶をXFELおよび励起パルスレーザー光の焦点に対して連続的に吐出することで、光励起後一定の遅延時間における回折像を取得した。数万枚のイメージデータからタンパク質の立体構造を決定し、光応答反応中間体のスナップショットを構築した。


本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 大学院基礎工学研究科 准教授
山元淳平(やまもと じゅんぺい)

東北大学 多元物質科学研究所 教授
南後恵理子(なんご えりこ)

公益財団法人高輝度光科学研究センター 主幹研究員
大和田成起(おおわだ しげき)


<広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 基礎工学研究科 庶務係
TEL: 06-6850-6131    FAX: 06-6850-6477
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
E-mail: press.tagengrp.tohoku.ac.jp

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絶縁体の正体を暴く!
〜 磁気秩序の“指紋”を量子ビームで可視化 〜


2025年5月12日
甲南大学
大阪公立大学
大阪大学
理化学研究所
立命館大学
摂南大学
日本大学


研究成果のポイント

●光電子分光実験により、モット型・スレーター型絶縁体の識別を初めて実証:光電子分光※1スペクトルに現れる特徴的な構造の変化から、反強磁性絶縁体がモット型かスレーター型※2かを区別する新手法を確立しました。
●理論計算により非局所的応答の起源を解明し、実験を再現:LDA+DMFT法※3を用いたシミュレーションにより、光電子放出時に起こる非局所的スクリーン効果の違いが、磁気秩序のタイプと対応することを理論的に明らかにしました。
●量子材料や省エネデバイス開発への応用に期待:絶縁体の性質を正確に見分けられる本手法は、スピントロニクスや量子情報処理に必要な機能性材料の探索・設計に役立つと期待されます。


甲南大学理工学部物理学科 山﨑篤志教授の研究グループは、大阪公立大学大学院工学研究科 播木敦准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科 関山明教授、同大学 藤原秀紀助教、理化学研究所 放射光科学研究センター 玉作賢治チームリーダー、同研究所 濱本諭特別研究員、立命館大学 今田真教授、摂南大学 東谷篤志教授、日本大学 高瀬浩一教授、マサリク大学 Jan Kuneš教授などとの共同研究で、大型放射光施設SPring-8※4のビームラインBL19LXUにて量子ビーム※5の一種である放射光を利用した硬X線光電子分光(HAXPES)実験を行い、最新の電子構造計算手法(LDA+DMFT法)を組み合わせることで、物質が「モット型」か「スレーター型」か、という絶縁機構の違いを区別することに初めて成功しました。
モット型は電子同士の強い反発により絶縁化し、スレーター型は磁気秩序によってバンド構造が変化し絶縁性を示します(図1)。この違いは、次世代の低消費電力・高速動作を目指す電子デバイスや量子材料の設計において本質的な情報となります。また、今回の研究では、光電子分光という局所的な手法でありながら、非局所的なスピン相関や磁気秩序の情報を抽出できることを理論的・実験的に実証し、これまで困難だった量子材料の内部状態の診断に新しい道を拓きました。将来的には、高性能メモリ材料や量子コンピューティング素子の開発に寄与し、より快適で持続可能な社会の実現に貢献することが期待されます。

論文情報
雑誌名: Physical Review B
題名 :Fingerprints of Mott and Slater gaps in the core-level photoemission spectra of antiferromagnetic iridates
著者:K. Nakagawa、 A. Hariki、 T. Okauchi、 H. Fujiwara、 K.-H. Ahn、 Y. Murakami、 S. Hamamoto、 Y. Kanai-Nakata、 T. Kadono、 A. Higashiya、 K. Tamasaku、 M. Yabashi、 T. Ishikawa、 A. Sekiyama、 S. Imada、 J. Kuneš、 K. Takase、 and A. Yamasaki
DOI:10.1103/PhysRevB.111.195114


【研究の背景】

遷移金属酸化物において絶縁性が現れるメカニズムには、電子間の強い相互作用による「モット機構」と、磁気秩序によってバンド構造が変化する「スレーター機構」が知られています。しかし、実際の物質においてこれらを実験的に区別することは難しく、広く普及している価電子帯光電子分光法では解明が困難でした(図2)。本研究では、互いに似た構造を持つSr2IrO4と Sr3Ir2O7という2種類のイリジウム(Ir)酸化物をモデル物質として、内殻光電子分光実験を行い、スペクトルの温度変化を理論計算(LDA+DMFT)に基づき詳細に解析することで、スペクトル形状の変化がモット型かスレーター型かの“指紋”を持つことを明らかにしました(図3)。ここで“指紋”とは、非局所的な電荷応答(nonlocal screening)に由来するスペクトルの変化を意味します。これにより、これまで難しかった磁気秩序と絶縁化の起源の識別が可能になりました。



図1.スレーター絶縁体とモット絶縁体の概念図。図では、物質中の無数の価電子を水で表現し、電気伝導を担う電子を白い球で表しています。また、電子が収容されるエネルギーバンドを容器で表現しています。通常の金属(中央)では、バンドが途中まで電子で満たされているために電子が移動することができ、電流が流れます。一方、スレーター絶縁体(左)では、磁気秩序によりバンド構造が変化して電子によって完全に満たされたバンドと空になったバンドに分かれるため、移動できる電子がなくなります。モット絶縁体(右)では、電子間の反発によって電子はその場にとどまって動けなくなります。



図2.(上)モット絶縁体とスレーター絶縁体での電気的・磁気的性質とその温度変化。実験を行った2つの温度のうち高温側では、2つの物質の電気的性質が異なります。(左下・右下)電気的性質を調べる従来の手法である価電子帯光電子分光の結果。電気的性質の変化は結合エネルギーがゼロでの強度の変化として観測されることが期待されますが、Sr2IrO4とSr3Ir2O7では温度の変化に対してスペクトルの変化がほとんど見られない(左下)か、温度上昇による外因的な影響に覆い隠されてしまい(右下)、これらの物質がモット型かスレーター型かを判断することは困難でした。



図3.(上)光電子分光実験の模式図と(下)重要な結果である2つのイリジウム酸化物(Sr2IrO4と Sr3Ir2O7)が常磁性を示す300K(摂氏27度)と反強磁性を示す100K(摂氏マイナス173度)での光電子スペクトル、および、その差分スペクトル。モット絶縁体であるSr2IrO4では肩構造A付近での差分スペクトル強度(緑線)が負であるのに対して、スレーター絶縁体であるSr3Ir2O7では正になっており、明確に区別することができます。


【共同研究における各研究機関の役割】

甲南大学:硬X線光電子分光実験、データ解析、論文執筆(責任著者)
大阪公立大学:高精度電子構造計算コード開発および同計算実施、論文執筆
大阪大学、立命館大学、摂南大学:硬X線光電子分光実験手法開発および同実験実施
理化学研究所:高輝度X線ビームラインおよびX線光学系開発
日本大学:高純度単結晶試料の作製および評価


【用語解説】


※1. 光電子分光
光電子分光は、アインシュタインが提唱した光量子仮説に基づく「外部光電効果」を利用した分析手法です。物質にX線などの光を照射すると、内部の電子が外へ飛び出します。その電子のエネルギーを測定することで、物質内部の電子状態や元素の化学的な環境を詳細に調べることができます。この手法は、物質科学や材料開発の分野で広く活用されており、近年では産業応用にも急速に広がりを見せています。本研究では、より深い領域の情報を得るため、通常より高いエネルギーを持つ「硬X線」を用いて測定が行われました。


※2. モット絶縁体とスレーター絶縁体
通常、電子が自由に動ける金属に対し、電子の動きが制限されて電気が流れなくなる物質を「絶縁体」と呼びます。絶縁性をもたらす仕組みにはさまざまなものがありますが、特に磁性を伴う絶縁体では、その起源に応じて「モット型」と「スレーター型」に分類されます。モット型は電子間の強い反発によって、スレーター型は磁気秩序によるバンド構造の変化によって、それぞれ電子の移動が阻まれます。両者は見かけ上は似ていますが、絶縁性の根本的な原因が異なります。材料の設計や新技術の応用においては、この違いを見分けることが極めて重要です。


※3. LDA+DMFT法
LDA+DMFT法は、物質中の電子のふるまいを原子レベルで精密に再現するための先端的な理論計算手法です。まず「LDA(局所密度近似)」という方法で電子の平均的な分布を計算し、そこに「DMFT(動的平均場理論)」を組み合わせることで、時間的に変化する電子間の複雑な相互作用まで扱うことができます。特に、金属と絶縁体の間で揺れ動くような“強相関電子系”と呼ばれる難解な物質の理解に極めて有効です。本研究では、この手法を用いたシミュレーションにより実験データを再現し、絶縁状態の違い(モット型かスレーター型か)をミクロな視点から理論的に明らかにしました。


※4. 大型放射光施設 SPring-8
SPring-8は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設です。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究からバイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われています。


※5. 量子ビーム
光子、中性子、電子、イオンなどを同じ向きに細く絞ってビーム状に打ち出したものの総称です。色々なものに照射することで、原子や分子のような極微のスケールで様々なものを調べたり、作ったりすることができる最先端の技術です。SPring-8では、量子ビームの中でも非常に強度の強い光子ビーム(放射光)を使って様々な実験を行うことができます。光子ビームのエネルギーによって、紫外線やX線、ガンマ線など異なる名称で呼ばれます。


本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関する問い合わせ先)
甲南大学理工学部物理学科 教授 山﨑篤志

(発表機関連絡先)
甲南大学 (学校法人甲南学園 広報部)
TEL:078-435-2314
E-mail: kouhouadm.konan-u.ac.jp

大阪公立大学 広報課
TEL:06-6967-1834
E-mail: koho-listml.omu.ac.jp

大阪大学基礎工学研究科 庶務係
TEL:06-6850-6131
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail: ex-pressml.riken.jp

立命館大学 広報課
TEL:075-813-8300
E-mail: r-kohost.ritsumei.ac.jp

摂南大学 (学校法人常翔学園 広報室 担当:石村、上田)
TEL:06-6954-4026
E-mail: Kohojosho.ac.jp

日本大学理工学部 庶務課
TEL: 03-3259-0514
E-mail: cst.kohonihon-u.ac.jp

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