放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

溶けたパラジウム―鉄合金の異常な体積膨張の起源を解明
-金属製品開発の高精度化に期待-


2024年2月29日
東京工業大学
高輝度光科学研究センター
東北大学
光科学イノベーションセンター


本研究のポイント
 ○未解明だったパラジウム-鉄合金での体積膨張(過剰体積効果)の起源を電子状態から説明することに成功。
 ○金属結合の弱体化によりパラジウム原子が鉄原子から離れることが体積膨張の原因であることを発見。
 ○金属溶液モデルの高精度化による、3Dプリンティングなどのシミュレーションの最適化に期待。


 東京工業大学 物質理工学院 渡邉学助教、田中友規研究員、合田義弘准教授、公益財団法人 高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 高木康多主幹研究員、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 中村哲也教授、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 高田昌樹教授(一般財団法人 光科学イノベーションセンター 理事長 兼任)、東北大学 多元物質科学研究所 福山博之教授、安達正芳講師、打越雅仁准教授らの共同研究グループは、パラジウム―鉄合金が混合時に示す未解明の体積膨張(過剰体積※1効果)の起源を、電子状態から説明することに成功した。
 原子サイズが異なる2種類の金属を混ぜて合金化すると、一般的には体積は混合前より小さくなるが、パラジウムと鉄の合金化では逆に混ぜる前より体積が増える不思議な現象(過剰体積効果)が起こる。この現象はこれまで、合金中の空孔(原子の抜け)が通常より多く形成されるためと説明されてきたが、実験的な証拠は不十分だった。
 そこで今回、研究グループは、原子同士を引き寄せる役割を担う「電子」の挙動に着目する新たな手法を取り入れ、この合金の電子状態についての理論計算と、高輝度放射光X線を用いた硬X線光電子分光測定を実施した。その結果、パラジウム原子の原子同士を引き付ける力(金属結合)が弱体化していることが分かった。この金属結合の弱体化が起こるとパラジウム―鉄合金の体積が増加するため、過剰体積効果が生じることが矛盾なく説明できる。
 この成果は、鋳造や溶接、3Dプリンティングなどで用いる溶けた金属についての数値シミュレーションを高精度化し、金属製品製造時の省エネルギー化と金属製品の歩留まりを改善させると期待される。また、東北大学 青葉山新キャンパスで2024年度から運用開始の3 GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)の利活用によるさらなる研究展開も予定している。本研究成果は、2月1日付の国際学術誌『Acta Materialia』に掲載された。


論文情報
雑誌名: Acta Materialia
題名 : Clarification of origin of positive excess volume of Pd-Fe binary alloys by using first-principle calculations and HAXPES
著者:渡邉学、高木康多、田中友規、合田義弘、安達正芳、打越雅仁、中村哲也、高田昌樹、福山博之
論文DOI: 10.1016/j.actamat.2024.119718


図1(a)小石と砂を混ぜる場合:小石の隙間(空孔)に砂が入り込むため混ぜる前より混ぜた後の方が、体積が減少する。 (b)パラジウムと鉄原子を混ぜる場合:混ぜることにより体積が増加する(過剰体積効果)。

図1(a)小石と砂を混ぜる場合:小石の隙間(空孔)に砂が入り込むため混ぜる前より混ぜた後の方が、体積が減少する。 (b)パラジウムと鉄原子を混ぜる場合:混ぜることにより体積が増加する(過剰体積効果)。合金内のパラジウム原子の原子同士を引き付ける力(金属結合)が弱体化し、パラジウム原子が鉄原子から離れようとする。これにより体積が増加する。


【背景】
 溶接、鋳造、3Dプリンティングなどのように、金属を溶かして金属製品を製造する過程では、数値シミュレーションを用いて金属製品が作製可能であるかどうかの推定が行われている。現状ではこのシミュレーションは金属溶液モデルを用いて行われているが、単純な溶液モデルに基づいて計算されているために信頼性は低く、高精度なデータに基づく新たな溶液モデルの構築が必要となっている。
 金属の溶液モデルの研究は、1937年のScatchard[1]の報告以来、80 年以上という長い期間にわたって行われてきたため、基礎研究はほとんど完了したと思われていた。しかし、研究グループの以前の研究により、規則-不規則変態※2を示す二元系合金の溶融状態では、従来の溶液モデルでは説明できない異常な体積膨張、いわゆる「過剰体積効果」が生じていることが明らかになった。
 小石と砂を混ぜると、小石同士の隙間に砂粒が入るため、混ぜても全体の体積があまり増えない。同じように、原子サイズの異なる2種類の金属を混ぜて合金化すると、その体積は混ぜる前の合計より小さくなるのが一般的である。(図1)ところが、パラジウムと鉄の場合に、ほぼ同じ分量同士を混ぜて合金化すると、逆に混ぜる前の合計よりも体積が増えてしまうのが「過剰体積効果」である。従来の研究ではこの過剰体積効果の起源について、合金中で原子が抜けたような空間(空孔)が通常よりも多く形成され、その分、全体として体積が増すという説明が提唱されてきた。しかし、実際に空孔が多いことを示す実験的な証拠も不十分で、長年にわたり顕著な進展がなかった。この過剰体積効果について、従来の溶液モデルの研究手法にとらわれない新たな手法を用いて、原因を明らかにする必要性があった。

[1] G.Scatchard, Change of volume on mixing and the equations for non-electrolyte mixtures, Trans. Faraday Soc. 33(1937)160-166.


【研究成果】
 今回の研究では、理論計算(第一原理計算※3)を用いて、規則―不規則変態を生じ、かつ従来の研究では説明されていない大きな過剰体積効果を示すパラジウム―鉄合金の電子状態の推定を行った。その結果、鉄成分の増加とともにパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン※4の電子状態)が徐々に満たされていき、最終的には反結合軌道が全て満たされることが推定された。(図2a)この反結合軌道は原子間の結合を弱めることから、この計算結果はパラジウム原子の金属結合が弱体化したことを意味する。
 この理論計算により予測されたパラジウムの電子状態の変化については、高輝度放射光X線を用いることができる大型放射光施設SPring-8※5 BL46XUでの硬X線光電子分光(HAXPES)※6測定でも同様の傾向が推定され、理論計算と実験の結果が一致した。(図2b)また、パラジウム―鉄合金の体積(モル体積)からパラジウム成分の体積の増加率(パラジウムの部分モル体積)を算出すると、鉄成分の増加とともに急激なパラジウム成分の体積の増加も得られた。(図3)これにより、パラジウム―鉄合金の過剰体積の起源は、パラジウム原子の金属結合の弱体化により、パラジウム原子が鉄原子から離れていくことで生じる体積膨張であると結論づけられる。



図2 (a)パラジウム―鉄合金の第一原理計算によって得られたパラジウムの部分状態密度、上図が上向きスピン、下図が下向きスピンを示している。(b)パラジウム―鉄合金の不規則状態試料の硬X線光電子分光(HAXPES)測定の結果。両結果とも、フェルミ準位近傍のパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン)のピークが鉄(Fe)成分の増加とともに内殻側へシフトしている。

図2 (a)パラジウム―鉄合金の第一原理計算によって得られたパラジウムの部分状態密度、上図が上向きスピン、下図が下向きスピンを示している。(b)パラジウム―鉄合金の不規則状態試料の硬X線光電子分光(HAXPES)測定の結果。両結果とも、フェルミ準位近傍のパラジウムの電子状態(Pd4dの上向きスピン)のピークが鉄(Fe)成分の増加とともに内殻側へシフトしている。


図3 不規則相におけるパラジウム―鉄合金のモル体積および過剰体積の組成依存性。鉄成分の増加によりパラジウム成分の体積(Pdの部分モル体積)が増加し、それに伴う過剰体積効果が生じていることが分かる。

図3 不規則相におけるパラジウム―鉄合金のモル体積および過剰体積の組成依存性。鉄成分の増加によりパラジウム成分の体積(Pdの部分モル体積)が増加し、それに伴う過剰体積効果が生じていることが分かる。



【社会的インパクト】
 今回得られた知見は、80年以上にわたって基礎研究が行われてきた金属溶液モデルに関して、「電子状態」という新たな視点を考慮する必要性を示した。今後、電子状態を考慮した高精度な溶液モデルを構築することで、3Dプリンティングなどのプロセスのシミュレーションの最適化が可能となるため、金属材料の製品開発の高効率・高精度化への貢献が期待される。


【今後の展開】
 今後は、東北大学青葉山新キャンパスで2024年度から運用開始の3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)の利活用による研究展開も予定している。これにより、金属溶液モデルおよび電子論研究のさらなる深化が期待される。


【付記】
 本研究は、科学研究費補助金・若手研究「高温X線in-situ光電子分光法に基づく新たな金属溶液論の展開」(21K14447)のサポートを受けて実施された。


【用語解説】


※1. 過剰体積
熱力学的過剰量の1種である。混合により生じた体積の増減量を評価する指標となる。


※2. 規則―不規則変態
低温化では金属間化合物を示すが、温度上昇とともに結晶構造が不規則化し、固溶体となる変態。


※3. 第一原理計算
基礎的な物理定数と物理の基礎方程式に基づいて、物質中の原子核と電子の状態を決定するシミュレーション。実験の測定結果を入力に参照しないため、実験と独立に、実験結果の検証や機構解明に用いられる。


※4. スピン
電子が持つ自由度の一つであり、向きと大きさを持つベクトル量である。


※5. 大型放射光施設(SPring-8)
SPring-8は、兵庫県の播磨科学公園都市にある理化学研究所が所有する世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)の略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


※6. 硬X線光電子分光(HAXPES)
物質に硬X線(3 ~10 keVのエネルギーの高いX線)照射することにより放出される光電子の運動エネルギー分布を測定し、試料内部に存在する元素の種類や化学結合、電子状態に関する知見を得る手法。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
東京工業大学 物質理工学院 材料系 助教 渡邉学
 E-mail:watanabe.m.cbatm.titech.ac.jp
 Tel/FAX:045-924-5495

東京工業大学 物質理工学院 材料系 准教授 合田義弘
 E-mail:gohda.y.abatm.titech.ac.jp
 Tel/FAX:045-924-5636

公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
 主幹研究員 高木康多
 Email: ytakagiatspring8.or.jp

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 Email: hiroyuki.fukuyama.b6attohoku.ac.jp
 TEL : 022-217-5178

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 (一般財団法人 光科学イノベーションセンター 理事長 兼任)
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(報道に関すること)
東京工業大学 総務部 広報課
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カラコン印刷部の着色に使用する顔料が最表層に存在するレンズの識別法を開発
高分子専門学術誌「Polymer Journal」へ掲載


2024年2月16日
株式会社メニコン


 株式会社メニコン(本社:名古屋市中区葵三丁目21番19号、代表執行役社長COO:川浦康嗣)は、虹彩模様付きソフトコンタクトレンズ(以下、カラコン)の印刷層においてインクに含まれる顔料が最表面に存在するか否かを、簡便に識別する方法を確立したことをご案内いたします。
 これにより、カラコン製品全般に関する理解度向上が図られることを期待しております。
 今回の研究結果である、原著論文「Evaluation of Pigment Distribution in Contact Lenses with Iris Patterns by Multiprove Analysis Methods」は、Nature Publishing Group刊行の高分子専門学術誌「Polymer Journal」の2023年12月号に掲載されました。
 また、本論文は、同誌のカバーアートに採用いただいております。


 カラコンは、視力補正に加え、より印象的な瞳を演出する製品として、若年層を中心に使用者が増加傾向にあります。
 しかしながら、様々な課題が確認されており、 印刷に使用されるインク中の顔料成分がレンズ表面に露出した製品が一部存在し、瞼や角膜表面を傷つける危険性があることが報告※1されています。


【論文情報】
 「Evaluation of Pigment Distribution in Contact Lenses with Iris  Patterns by Multiprove Analysis Methods」
 雑誌名Polymer Journal(2023年12月号)
 Ito, E., Takase, H. & Yamamoto, K.
 DOI: 10.1038/s41428-023-00810-8


本研究のグラフィカルアブストラクトの画像 Polymer Journal 2023年12月号の表紙写真
本研究のグラフィカルアブストラクト Polymer Journal 2023年12月号

TEM写真

TEM写真


 これに対し、メニコンでは、2021年2月に 『透過型電子顕微鏡でのサークルレンズのサンドイッチ構造観察法 顕微鏡専門誌「Microscopy」に掲載』※2 においてご案内の通り、透過型電子顕微鏡(TEM)を使用した印刷層における顔料の分布構造を観察する手法を開発し、その研究成果は、顕微鏡専門誌へ掲載されました。
 また、TEMを用いた観察により、市販のカラコン製品の印刷層傾向を調査・分類した結果が、 コンタクトレンズ学会誌に掲載されています※3
 ただし、このTEMによる観察は、試料作成に高いスキルと、長い測定時間を必要とします。


 そこでメニコンでは、コンタクトレンズの高い性能を実現する素材構造の研究に活用している 最先端研究施設(あいちシンクロトロン光センター(BL5S1)、大型放射光施設SPring-8(BL46XU))※4 を利用し、市販カラコン製品の印刷層に含まれる顔料成分の分析法の研究を行いました。
 その結果、 X線吸収微細構造法(XAFS)※5 という手法を用い、特殊な光(放射光)を直接レンズに照射することで、最表層に存在する顔料元素を簡便に識別することに成功しました。
 短時間での測定が可能なXAFS測定によるスクリーニングを行い、詳細な顔料位置を観察可能なTEMによる分析を併用することで、表面に顔料が集まるレンズを迅速かつ詳細に選別できるものと期待されます。


 メニコンは、これからもこのような先端研究施設を積極的に活用し、高機能の製品開発・高品質の製造を目指すと共に、コンタクトレズユーザー並びに処方に関わる医療機関関係者に向け、安全にコンタクトレンズを使用していただくための情報を提供することで、“ずっと輝く瞳”に貢献していきます。


【用語説明】


※1. 植田 あたらしい眼科31(11):1569-1575,2014
https://mol.medicalonline.jp/archive/search?jo=ah9atgke&vo=31&nu=11


※2. 透過型電子顕微鏡でのサークルレンズのサンドイッチ構造観察法顕微鏡専門誌「Microscopy」に掲載
株式会社メニコン 2021年2月ニュース および 「Microscopy」に掲載された論文


※3. 日本コンタクトレンズ学会誌 2021年63号 156–62頁


※4. 最先端研究施設(あいちシンクロトロン光センター(BL5S1)、大型放射光施設SPring-8(BL46XU))
SPring-8は、世界最高性能の放射光(荷電粒子が磁場で曲げられるとき、その進行方向に放射される電磁波)を利用することができる大型実験施設であり、国内外の研究者に広く開かれた共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で優れた研究成果をあげています。


※5. X線吸収微細構造法(XAFS)
X線吸収微細構造法(XAFS):X線吸収分光の一種であり、元素選択的に価数や局所構造等の科学情報を得られる分析手法


【お問い合せ先】
(研究内容について)
 株式会社メニコン 渉外広報部 
 TEL:052-935-1187

(SPring-8 / SACLAに関すること)
 公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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カイラル結晶構造を持つ新しい超伝導体の開発
~元素固溶による結晶構造と超伝導特性のファインチューニング~


2023年12月27日
東京都公立大学法人 東京都立大学
国立大学法人 北海道大学
国立大学法人 広島大学
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立大学法人 島根大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター


 東京都立大学大学院理学研究科の渡邊雄翔大学院生、水口佳一准教授、北海道大学大学院工学研究院の三浦章准教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授、産業技術総合研究所省エネルギー研究部門の後藤陽介主任研究員、李哲虎首席研究員、島根大学総合理工学部の臼井秀知助教、高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室の河口彰吾主幹研究員らの研究グループは、カイラル結晶構造を持つ新しい超伝導体の開発に成功しました。カイラル結晶構造の物質は、反転中心を持たないため、通常の超伝導体と異なる特性を示す可能性があり、近年さかんに新物質探索が進められています。同グループは、カイラル結晶構造を持つが超伝導体ではないIr3Zr5と、カイラル結晶構造を持たないが超伝導体であるPt3Zr5に着目し、その固溶体を作製することで、カイラル結晶構造を持ち、超伝導を示す新物質を開発しました。本研究成果は、元素置換によってカイラル結晶構造と超伝導特性を制御できることを示しており、今後の新物質開発に指針を与えるものです。
 本成果は、アメリカ化学会の英文論文誌「Journal of the American Chemical Society」に2023年12月26日に掲載されました。本研究は、東京都高度研究(H31-1)およびJST-ERATO(JPMJER2201)などの支援を受けて実施しました。

 

論文情報
論文タイトル:Low-temperature chiral crystal structure and superconductivity in (Pt0.2Ir0.8)3Zr5
著者:Watanabe, Yuto; Arima, Hiroto; Yamashita, Aichi; Miura, Akira; Moriyoshi, Chikako; Goto, Yosuke; Lee, Chul-Ho; Higashinaka, Ryuji; Usui, Hidetomo; Kawaguchi, Shogo; Hoshi, Kazuhisa; Mizuguchi, Yoshikazu(責任著者)
DOI:10.1021/jacs.3c10797


ポイント
・カイラル結晶構造を持つ新しい超伝導体の開発に成功。
・低温での放射光X線回折から構造相転移の詳細を解明。
・低温物性測定からカイラル結晶構造における超伝導発現を確認。


研究の背景
 カイラルな結晶構造は、空間反転対称と鏡映対称性がない結晶構造であり、230種類ある結晶の空間群(1)のうち、65種類がカイラルな結晶に分類されます。そのような結晶構造を有する超伝導物質(2)では、反対称性スピン軌道相互作用(3)とよばれる効果が働き、スピン一重項状態とスピン三重項が混ざり合った特異な超伝導状態が実現すると考えられています。スピン三重項状態では、磁場に強い超伝導状態が発現するため、超伝導応用にも有利です。2004年に初めて報告されたCePt3Si超伝導体を契機に、カイラルな結晶構造を持つ超伝導体の開発と物性研究がさかんに行われてきましたが、これまでの研究では主に重いf電子系超伝導体が着目されていました。近年では、TaRh2B2、NbRh2B2などのカイラルな結晶構造を持つd電子系超伝導体の研究も行われています。しかし、報告されている例は少なく、結晶の空間反転対称性がないカイラルな結晶構造を持つ超伝導体のさらなる理解のために、新たな物質開拓が望まれていました。


研究の詳細
 従来の新物質探索では、カイラルな結晶構造を有する物質を検索し、その物質が超伝導を示すか評価する手法がとられていました。例えば、物質データベースでカイラル物質を検索し、低温での超伝導物性測定を行います。しかし、このような手法では候補となる物質が限られており、新物質開発が加速されません。本研究では、元素固溶系(部分的に元素を置換した系)を設計することで、非カイラル構造からカイラル構造への相転移を実現しました。さらに、超伝導特性も元素固溶によって制御することで、カイラル結晶構造を持つ超伝導体の開発に成功しました。
 図1に示す通り、Pt3Zr5とIr3Zr5の元素固溶系を合成し、(Pt0.2Ir0.8)3Zr5においてカイラル結晶構造と超伝導のどちらも有する新物質の合成に成功しました。Pt3Zr5は非カイラルの空間群P63/mcmを有しますが、低温で超伝導を示します。一方、Ir3Zr5はカイラルの空間群P6122を有しますが、超伝導を示しません。同研究グループは、Ir3Zr5の高温X線回折(4)においてP6122低温相からP63/mcm高温相への構造相転移を見いだし、これらの結晶構造が相転移によって入れ替わる可能性に着目しました。

 
図1.元素固溶によりカイラル結晶構造と超伝導を両立するための物質開発指針。

図1.元素固溶によりカイラル結晶構造と超伝導を両立するための物質開発指針。


 元素固溶系(Pt1-xIrx)3Zr5を合成したところ、図2に示すようにx = 0.8近傍を境に、室温での結晶構造がカイラル結晶構造に変化することがわかりました。また、磁化率測定から超伝導相図を作成したところ、図3のようにx = 0.85までは超伝導体であることがわかりました。そこで、x = 0.8に着目し、低温での構造相転移を詳細に評価することとしました。


図2.Ir置換量を増加させた場合のカイラル結晶構造相の存在比の変化図(室温)。

図2.Ir置換量を増加させた場合のカイラル結晶構造相の存在比の変化(室温)。



図3.Ir置換量を増加させた場合の超伝導転移温度の変化図。

図3.Ir置換量を増加させた場合の超伝導転移温度の変化。


 図4大型放射光施設SPring-8(5)のBL02B2にて測定した放射光X線回折パターン(x = 0.8試料)と、カイラル結晶構造への相転移の詳細を示します。温度を低下させると、X線回折パターンにおいて点線四角で示した角度に、新たなピークが出現することがわかります。右図にそのカラープロットを示します。これらの結果から、低温でカイラル結晶構造に相転移していることがわかり、リートベルト解析(6)の結果から、温度の低下によりカイラル結晶構造の存在率が増加していくことがわかります。また、T = 30 K(ケルビン(7))においては、60%以上がカイラル結晶構造になっていることがわかります。通常の構造相転移は転移温度で急速に変化が起きますが、本系の構造相転移は温度の変化に対して転移が非常に緩やかに起きる特徴的なものです。


図4.放射光X線回折パターンとカイラル相の出現を示すピークの検出結果図。

図4.放射光X線回折パターンとカイラル相の出現を示すピークの検出結果。
下図は温度を変化させた場合のカイラル結晶構造相の存在比の変化。


 x = 0.8の試料に対して、比熱測定を行い、試料全体が超伝導になっていることを見いだしました。また、電子状態計算から、どちらの空間群においても電子状態は非常に類似していることがわかり、どちらの相(P63/mcmおよびP6122)も超伝導体であると結論付けました。よって、x = 0.8の試料においては、低温でカイラル結晶構造を有する相が主相として存在し、その相が超伝導を示しているということになります。今回の新超伝導体においては、磁場中での超伝導特性が異常に高くなる現象は見られませんでしたが、カイラル結晶構造を持つ新超伝導体の開発手法として、元素固溶が有効であることを示すことができました。


研究の意義と波及効果
 カイラル結晶構造を持つ超伝導体を新たに開発することは、磁場に強い超伝導体などの特異な性質を持つ新超伝導体の開発につながり、超伝導応用の進展に貢献できる可能性があります。本研究では、「カイラル構造を持たないが超伝導を示す物質」と「カイラル構造を持つが超伝導体でない物質」に着目し、元素固溶によって両者の利点を残すことで、「カイラル構造を有する超伝導体」を合成することができました。本研究で示した元素固溶の有用性は、今後のカイラル構造を持つ新超伝導体開発における新たな指針となります。


【用語解説】


(1)空間群:物質の結晶構造の対称性を表す群であり、空間群から空間反転対称性の有無などを判断することができる。


(2)超伝導:低温で発現する量子現象であり、超伝導転移温度以下で電気抵抗がゼロになる。超伝導状態では電子は電子対を形成しており、対をなす電子のスピンが反対の場合をスピン一重項状態とよび、多くの超伝導体がスピン一重項状態を示す。一方、スピンが同じ向きを持つ三重項状態もまれに存在し、特異な超伝導特性を示す。


(3)スピン軌道相互作用:電子スピンと軌道角運動量との相互作用をスピン軌道相互作用とよび、空間反転対称性の欠如した物質では、反対象性スピン軌道相互作用が生じる。


(4)X線回折:X線を試料に照射し、格子定数などの結晶構造パラメータを評価する手法。


(5)大型放射光施設SPring-8:兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


(6)リートベルト解析:X線回折パターンを解析する手法で、格子定数や原子座標に加え、複数の相の混相比率など様々なパラメータを精密化することで実験結果を説明する手法。


(7)ケルビン(K):温度の単位で、0℃は約273 ケルビン。


問合せ先
(研究に関すること)
東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻 准教授 水口佳一
 TEL:042-677-2489
 E-mail:mizuguattmu.ac.jp

(大学に関すること)
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
 TEL:042-677-1806
 E-mail:infoatjmj.tmu.ac.jp

国立大学法人
北海道大学 社会共創部広報課 広報・渉外担当
 TEL:011-706-2610
 E-mail:jp-pressatgeneral.hokudai.ac.jp

国立大学法人
広島大学 広報室
 TEL:082-424-3749
 E-mail:kohoatoffice.hiroshima-u.ac.jp

国立研究開発法人
産業技術総合研究所 ブランディング・広報部 報道室
 E-mail:hodo-mlataist.go.jp

国立大学法人
島根大学 企画部 企画広報課 広報グループ
 TEL:0852-32-6603
 E-mail:gad-kohoatoffice.shimane-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785
 FAX:0791-58-2786
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コンパクトな集光ミラー光学系で軟X線のナノ集光を実現
―ナノ分解能の軟X線蛍光顕微鏡を開発―


2024年2月7日
東京大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター


発表のポイント
◆最短2 mm長の超精密小型集光ミラーを開発しました。
◆大型放射光施設SPring-8において軟X線を集光し、集光サイズ20.4 nmを達成しました。
◆コンパクトな走査型軟X線顕微鏡を開発し、100 nmの空間分解能で神経細胞等の観察に成功しました。

 東京大学物性研究所の島村勇德特任助教、同大学先端科学技術研究センターの三村秀和教授、同大学大学院工学系研究科の神保泰彦教授、理化学研究所放射光科学研究センターの志村まり研究員、高輝度光科学研究センターの大橋治彦室長らによる研究グループは、コンパクトな集光ミラー光学系の開発によって従来に無いナノ集光と蛍光顕微鏡観察を実現しました。
 本研究の転換点は、のように、ミラー長およびミラーと集光点までの距離が共に最短2 mmとなる、極めて短い設計を採用したことです。独自の加工・計測技術を開発し、本設計を具現化しました。作製した超精密小型集光ミラーによる軟X線の集光サイズ(注1)は、最小20.4 nmを記録しました。この集光点を多色軟X線分析手法に応用し、神経細胞中の元素量と濃度を100 nm空間分解能で評価することに成功しました。
 本研究によって、細胞中で新薬が到達する場所が可視化できる等、生物学・薬学・物理学での貢献が期待されます。コンパクトな光学系により、大型放射光施設に限定されたナノ分析をラボベースで行える可能性があります。
 本研究成果は、国際雑誌「Nature Communications」(2024年2月7日)にオンライン掲載されました。

 

論文情報
雑誌名:Nature Communications
題名:Ultracompact mirror device for forming 20-nm achromatic soft-X-ray focus toward multimodal and multicolor nanoanalyses
著者名:Takenori Shimamura*, Yoko Takeo, Fumika Moriya, Takashi Kimura, Mari Shimura, Yasunori Senba, Hikaru Kishimoto, Haruhiko Ohashi, Kenta Shimba, Yasuhiko Jimbo, Hidekazu Mimura
*責任著者

<DOI> 10.1038/s41467-023-44269-w


超精密小型集光ミラーを用いた集光ミラー光学系の模式図

超精密小型集光ミラーを用いた集光ミラー光学系の模式図


ー研究者からのひとことー
三村秀和教授  長さ2mmの小型で高精度のX線ミラーは世の中に存在しませんでした。このミラーの実現により軟X線を20 nmサイズにまで集光でき、さらに、X線顕微鏡に応用し、小さな神経細胞を観察することに成功しました。今後、さらにミラーの精度を向上させ集光サイズを小さくし、より高い性能のX線顕微鏡の開発に取り組みます。(三村秀和教授)


研究の背景
 軟X線領域(注2)では走査型顕微鏡(注3)が用いられており、X線集光素子が重要です。理想的な集光素子(注4)はX線集光ミラーですが、反射面には原子レベルの誤差(1 nm程度)しか許されません。作製精度の厳しい要求が障壁となり、従来の軟X線用の集光ミラーは理論的性能から程遠いものでした。


研究の内容
 本研究チームは、作製技術を改善する従来戦略に加え、集光ミラーの設計そのものも刷新しました。作製精度が低い集光ミラーは、ミラー表面の凹凸でX線を散らしてしまい、本来狙うべき集光点にX線を集められていません。しかし、ダーツの的が近ければ中心点に当てやすいように、仮に標的となる集光点が極限まで集光ミラーに近ければ、多少X線の反射方向がズレてもX線は微小点に収まります。つまり、理論的性能を達成しやすくなります。しかし、X線集光ミラーは斜入射配置(注5)が必要です。従来、最長1 mにまで到達する長い集光ミラーでは、ミラー本体が邪魔で、集光点を近づけられません。そこで、従来設計の真逆を行く、ミラー長を最短2 mmとして50倍急峻な形をした集光ミラー(注6)を考案し、超小型集光ミラーを設計しました。
 この設計を実現するには、急峻な形を原子レベルの誤差(1 nm程度)で実現する作製技術が新たに必要です。5年にわたり、加工・計測法を地道に開発し、軟X線全域で回折限界集光(注7)可能な超小型集光ミラーを作製しました。
 大型放射光施設SPring-8(注8)図1のように超小型集光ミラーを評価した結果、図2に示す通り、光子エネルギー2 keV(波長0.62 nm)の軟X線で鉛直20.4 nm・水平40.7 nmの集光サイズを記録しました。鉛直方向は回折限界に到達しており、作製精度の厳しい要求を満たしています。


図1:開発した軟X線顕微鏡の装置の写真

図1:開発した軟X線顕微鏡の装置の写真



図2:光子エネルギー2 keVでの超精密小型ミラーによる集光プロファイル

図2:光子エネルギー2 keVでの超精密小型ミラーによる集光プロファイル


 超精密小型ミラーによって、新しい透視観察法が高解像度で可能になります。例えば、2色のX線を同時に試料に集め、発生頻度が少ない軟X線域の蛍光発光(注9)を引き起こします。試料として図3に示す化学固定した神経細胞(注10)を使用し、蛍光発光と吸収X線を同時計測して元素分析を行いました。最小100 nm空間分解能で、細胞に不可欠な元素の量や濃度が定量分析できることを示しました。高分解能でこれらの情報を一括で取得できる分析手法は、本手法が唯一です。


図3:多色集光点を用いた軟X線蛍光分析手法で明らかになった、化学固定済み神経細胞の厚み分布と元素濃度分布の画像

図3:多色集光点を用いた軟X線蛍光分析手法で明らかになった、化学固定済み神経細胞の厚み分布と元素濃度分布


 本研究により、将来的には、薬のように添加された物質の場所を細胞中で特定できると期待されます。薬中の元素の分布と細胞の応答を紐づければ、新薬の効能や副作用の議論に新たな手がかりをもたらすかもしれません。本手法は細胞以外にも応用可能で、物理学的現象の解明・デバイス開発等に大きく貢献すると期待できます。また、このコンパクトな光学系をラボベースのX線光源(注11)と組み合わせれば、従来大型放射光施設でしかできなかったX線ナノ分析を、一研究室で行える可能性があります。


発表者・研究者等情報
東京大学
物性研究所
 島村 勇德 特任助教
  研究当時:東京大学大学院工学系研究科 博士課程3年

先端科学技術研究センター超精密製造科学分野
三村 秀和 教授

大学院工学系研究科精密工学専攻
神保 泰彦 教授

理化学研究所放射光科学研究センター
志村 まり 研究員
  兼:国立国際医療研究センター研究所 研究員

高輝度光科学研究センタービームライン技術推進室
 大橋 治彦 室長


研究助成
本研究は、科研費JP20J21562、JP21K20394、JP20H04451、JP20K20444、JP23H00156の支援により実施されました。大型放射光施設SPring-8での実験は、高輝度光科学研究センターによって課題番号2021B1836、2021A1612として認可されたものです。本研究の一部は、文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業(課題番号:JPMXP09A19UT0306、JPMXP09A20UT038、JPMXP09F21UT0117)の支援に加え、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号:JPMXP1222UT1008)の支援を受けて、東京大学武田先端知ビルクリーンルームで実施されました。


【用語解説】


(注1)集光サイズ
虫眼鏡を使い、太陽の光を黒い紙に集める場合、黒い紙に映る集光点は、中心ほど明るく、端に行くほど暗くなります。ある程度明るく見える範囲の幅を測れば、これを集光点の大きさ(集光サイズ)として定義できます。前述の図2のように、縦軸に光の強度、横軸に位置を表した際、光の強度が最大値の半分となるまでの位置範囲(半値幅)を集光サイズとして定義しています。


(注2)軟X線領域
波長という光の特徴を用いると、X線は波長が4 nmから0.001 nmの光と定義できます。可視光の波長は800 nmから400 nm程度であり、X線は200倍以上短い波長を持つと言えます。このX線の中でも、波長が4 nmから0.6 nm程度の範囲を軟X線領域と呼んでいます。
 軟X線は、適度な透過力を持ちつつ、軽元素や比較的軽い金属の検出に適しています。そのため、こうした元素が豊富な細胞試料の計測に効果を発揮し、近年注目されています。

(注3)走査型顕微鏡

虫眼鏡を用いて太陽の光を黒い紙に集めると、集光点で紙を燃やすことができます。黒い紙を動かすと、集光点で紙をなぞることが可能です。このように、光を空間的・エネルギー的に微小点に集め、試料を動かしながら物理的・化学現象を発生・観察する装置を、走査型顕微鏡と呼びます。


(注4)理想的な集光素子
ここでは、①集光サイズを小さくできること、②入射X線の利用効率が高いこと、③X線の光子エネルギー(波長)に応じて集光点位置が変化しないこと(色収差がないこと)、の3つの指標に照らし合わせ、これら全てを満たす集光素子を理想的と表現しています。


(注5)斜入射配置
X線集光ミラーは図1で示すように、X線の進む向きに対して集光ミラーの表面がすれすれとなるような置き方が必要です。つまり、反射面を寝かせた状態で配置します。透過力が高いX線は、可視光よりはるかに反射しません。しかし、このような斜入射配置にすれば、X線をほとんど反射(全反射)させられます。


(注6)急峻な形をした集光ミラー
X線を1点に集めるために、X線集光ミラーの断面は楕円形状をしています。楕円の焦点は、光源点と集光点に一致するように設計され、光源点から出た光は幾何学的に集光点に集まります。この楕円に円をフィッティングした際の円の半径を以て、集光ミラーの急峻さを定義することができます。従来のX線集光ミラーはこの半径がおよそ10 m以上でした。今回採用した超小型集光ミラーはその半径が160 mmです。バスを振り回して描ける円弧程度の曲面が、バスケットボール大の曲面となることで、作製の難易度は格段に上がります。


(注7)回折限界集光
光は波の性質を持っており、波長という特徴を持っています。波が一点に集められた際、厳密にはその点は無限小ではありません。点は僅かに広がり、その広がり幅は、点から見た波の広がり角および波長に依存します。この波が広がる現象を回折と呼び、回折による広がり幅を回折限界と言います。波の性質を持つ光も回折を起こします。そのため、集光サイズは回折限界が下限値であり、この集光サイズを達成するような集光を回折限界集光と呼びます。  X線集光ミラーの表面が滑らかであれば、X線を回折限界集光できます。しかし、現実には原子スケール以上の凹凸が表面に存在するため、集光サイズは回折限界ではなく、作製限界で決まってしまいます。従来の軟X線用の集光ミラーは要求精度に対して作製精度が悪く、一部の軟X線域でかろうじて回折限界集光を実現するに留まっていました。

 

(注8)大型放射光施設SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある周長約1.4 kmの巨大装置で、強力なX線を発生できます。明るいX線を特定の向きに対して発生させることができ、図1のような配置を採用するX線分析手法に適しています。この強力なX線を利用し、例えば、小惑星イトカワの微粒子が分析されています。


(注9)蛍光発光
原子には電子が複数含まれています。X線はこの電子と相互作用し、時に原子の束縛から電子を弾き出すことが可能です。弾き出された電子の穴は原子中の別の電子が埋めようとし、この際に元素に特有の光が放出されます。これを蛍光と呼びます。蛍光の波長を解析することで、元素種を特定することができます。


(注10)化学固定した神経細胞
本研究では、ラットの胎児由来の初代海馬細胞(神経細胞)を観察しました。ホルムアルデヒドと呼ばれる薬品を使用し、柔らかい細胞骨格を化学的に固定・乾燥させています。乾燥すると細胞中の液体は失われますが、細胞骨格は残ります。今回観察した結果では、この細胞骨格に埋め込まれた元素が観察されています。


(注11)ラボベースのX線光源
病院にあるようなX線光源は、部屋(研究室)に収まるという意味でラボベースのX線光源と呼ばれます。


問合せ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学先端科学技術研究センター
教授 三村 秀和(みむら ひでかず)
TEL: 03-5452-5189
 E-mail: mimuraatupm.rcast.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所放射光科学研究センター
研究員 志村 まり(しむら まり)
 TEL: 03-3202-7181
 E-mail: mari.shimuraatriken.jp

高輝度光科学研究センタービームライン技術推進室
室長 大橋 治彦(おおはし はるひこ)
TEL: 079-158-0831
 E-mail: hohashiatspring8.or.jp

〈報道に関する問合せ〉
東京大学先端科学技術研究センター広報広聴・情報支援室
 TEL: 03-5452-5424
 E-mail: pressatrcast.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所広報室報道担当
 TEL: 050-3495-0247
 E-mail: ex-pressatml.riken.jp

高輝度光科学研究センター利用推進部普及情報課
 TEL: 0791-58-2785
 E-mail: kouhouatspring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課 
 TEL: 0791-58-2785 FAX: 0791-58-2786
 E-mail: このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

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東京大学先端科学技術研究センター
教授 三村 秀和(みむら ひでかず)
TEL: 03-5452-5189
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理化学研究所放射光科学研究センター
研究員 志村 まり(しむら まり)
 TEL: 03-3202-7181
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高輝度光科学研究センタービームライン技術推進室
室長 大橋 治彦(おおはし はるひこ)
TEL: 079-158-0831
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 TEL: 03-5452-5424
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News Paper

 

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2024/1/21 播磨時報 「SPring-8」性能アップへ 輝度100倍、2029年度の稼働目指す 
20240121
 2023/09/05 神戸新聞 「スプリング8」、2029年度に性能100倍 「次世代半導体開発に貢献」
20230905
2023/8/25 科学新聞 「SPring-8」大幅改修 輝度を100倍以上に 電気料金 約10億円削減
20230825
2023/8/9 読売新聞 スプリング8高性能化 文科省方針 放射光 現状の100倍に
20230809
2023/8/8 神戸新聞 大型放射光施設 テーマに学ぼう 10日、上郡で公開講座
20230808
2023/4/8 産経新聞 恐竜化石 骨組織の撮影成功 福井大学「切断せずに高精度に観察」
20230408
2023/2/17 科学新聞 高エネルギー加速器科学研究奨励会 22年度小柴賞、諏訪賞受賞者決定
20230217
2023/1/7 神戸新聞 星降るまちから スプリング8 玉手箱からパンドラの箱へ
20230107
2023/1/1  読売新聞 うまみの科学 スプリング・エイトで解析
20230101   
     

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