放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

放射光のあらゆる表情を一括撮影
~アンジュレータからの放射パターンの全体像を世界ではじめてエネルギーごとに可視化~


2025年4月30日
高輝度光科学研究センター
理化学研究所


高輝度光科学研究センター(JASRI)研究DX推進室の工藤統吾特任研究員、分光イメージング推進室の鈴木伸司研究員、ビームライン光学技術推進室の佐野睦主幹研究員、糸賀俊朗主幹研究員、回折・散乱推進室の増永啓康主幹研究員(技術担当)、ビームライン光学技術推進室の後藤俊治特別嘱託研究職員、理化学研究所放射光科学研究センターの高橋直上級技師らのグループは、大型放射光施設SPring-8[※1]のBL03XUにおいて、ダイヤモンド薄膜とシリコンドリフト検出器(SDD)[※2]を用いることで、放射光X線ビームの詳細なプロファイルを可視化する新しい測定法を開発することにはじめて成功しました。
特に、フロントエンドスリット(FES)[※3]スキャンを用いることでビームの可視化に成功したことは、アンジュレータ[※4]による放射パターンを広範囲に観察する上で画期的な成果です。このような方法でFESの上流の放射パターンを可視化した例は過去にありません。
また逆にピンホールを取り付けたSDDのほうをスキャンして測定することで、エネルギー分解された光軸の精密な計測が可能であることを示しました。この測定法は、アンジュレータ放射光のビーム中心を、アンジュレータ上下流に設置された偏向電磁石からの漏洩光の影響を受けることなく、正確に決定することを可能にします。
本研究成果は、放射光施設のビームラインの初期アライメントの効率化に貢献することが期待されます。また、現在計画が進められているSPring-8-II計画の光源(注1)における放射光ビーム診断への応用も期待されます。
今回の研究成果は、国際科学雑誌、「Journal of Synchrotron Radiation」オンライン版に4月22日に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Journal of Synchrotron radiation
題名 :Method for visualizing detailed profiles of synchrotron X-ray beams using diamond-thin films and silicon drift detectors
著者:Togo Kudo, Shinji Suzuki, Mutsumi Sano, Toshiro Itoga, Hiroyasu Masunaga, Shunji Goto and Sunao Takahashi
DOI:10.1107/S1600577525002838


【研究の背景】

従来、アンジュレータ放射光の正確なビーム中心の決定は、偏向電磁石からの放射光の混入によって困難でした。各国の放射光施設では、この問題を解決するために、アンジュレータギャップ値ごとのX線ビーム位置モニター(XBPM)による測定値の補正や、偏向電磁石からの放射光の混入を最小限に抑えるためのマグネット配置のなどの対策が導入されています。しかし、このようにビームモニター技術が進歩しているにもかかわらず、偏向電磁石からの放射光の混入を完全に無くすことは依然として難しいのが現状です。そのため、X線ビーム中心を正確に決定するための新しい方法が求められていました。研究グループは、この問題を解決するためにエネルギー分解能を有する2次元検出器を用いたピンホールカメラ[※5]型ビームモニターが有効であることを明らかにしてきました(注2)。この方法を推し進め、更に検出器のエネルギー分解能を向上させることで、より詳細なビーム形状の情報を得ることができると予想しました。


【研究内容と成果】

本研究では、薄いダイヤモンド膜を散乱体として使用し、シンクロトロン放射ビームの詳細なプロファイルを可視化する方法を開発しました。
まず、フロントエンドスリット(FES)を0.4 mm×0.4 mmの開口で2次元スキャンすることにより、固定位置に配置したSDDを使用してエネルギー分解能イメージを取得することに成功しました(図1,図3,図4,図5)。これらの画像から、FES上流の前置スリット(開口φ4 mm)を通過後の広範囲のアンジュレータ放射分布が計測され、SPECTRA[※6](注3)による計算機シミュレーションと良好に一致しました。このような測定はこれまで行われておらず、本研究の重要な成果の一つです。
次に、FESは固定位置のままで、ダイヤモンド膜を通過したX線をピンホールカメラの原理で結像し、SDDの二次元スキャンで測定しました(図2)。この構成により、FESによって整形された1.5 mm×1.5 mmの開口サイズ内のピンクX線ビームの各エネルギーレベルでの放射パターン分布を可視化することで、ビーム中心を正確に決定することが可能になりました(図6)。
これらの方法では、従来のアプローチでの大きな問題であった周辺の偏向電磁石からの放射光の混入(数%)がエネルギー分解により0.01%以下に抑制されることで効果的に排除され、真のビーム中心を直接かつ高精度に決定できます。


【今後の展開】

本研究で開発された測定法は、放射光施設のビームラインの初期アライメントの効率化に貢献することが期待されます。また今後、2次元検出器や多素子SDDを用いることで、より高速なビーム位置の測定や光源の安定化フィードバックへの応用が期待されます。また、現在計画が進められているSPring-8-II計画における光源の放射光ビーム診断・制御への応用も期待されます。



図1 広視野X線ビームモニターのセットアップ図。 図の左から放射光(SR beam)が入射し、FES(フロントエンドスリット)を通って、ダイヤモンド薄膜を通過する。散乱光はピンホールを通り、SDD(シリコンドリフト検出器)で検出される。



図2 光軸計測X線ビームモニターのセットアップ図。図1とは異なり、ピンホールが2つの構成となっている。



図3 1次光のビーム形状(a)~(d)は検出したX線のエネルギーの違いを示す。



図4 2次光のビーム形状



図5 3次光のビーム形状



図6 高空間分解能型ビームモニターシステムによるビーム画像


注1)H.Tanaka et,al., Journal of Synchrotron Radiation 31 (2024) 1420-1437.
注2)T. Kudo, M. Sano, T. Itoga, T. Matsumoto and S. Takahashi, Journal of Synchrotron Radiation 29 (2022) 670-676.
注3)Tanaka, T. (2021). Journal of Synchrotron Radiation 28, 1267-1272.


【用語解説】


※1. 大型放射光施設SPring-8
SPring-8(スプリングエイト)は、理化学研究所が所有し、兵庫県の播磨科学公園都市に位置する世界最高水準の放射光を生成する大型施設です。利用者への支援などはJASRIが担当しています。名称の「SPring-8」は、「Super Photon ring-8 GeV」に由来します。この施設では、放射光を活用して、ナノテクノロジーやバイオサイエンス、さらには産業分野に至るまで多岐にわたる研究が行われています。


※2. シリコンドリフト検出器(SDD)
シリコンドリフト検出器は、エネルギー分散型X線検出器の一種であり、半導体技術を基にした装置です。従来型のシリコン検出器(Si(Li)検出器)と比べて、高い計数率での動作が可能でありながら、同等のエネルギー分解能を維持できます。つまり、エネルギー分解能を保ったまま、多数のX線を効率よく検出できます。


※3. フロントエンドスリット(FES)
フロントエンドスリットは、シンクロトロン放射光の強力なビームサイズを制御するために設けられた、加速器内の高熱負荷対応スリットです。ビームを斜め方向から入射させることで、熱を広い面積に分散させながらビームの形状を整えます。そのため、構造としてはビーム方向に長く、水冷機構を備えた形状となっています。


※4. アンジュレータ
アンジュレータとは、加速器によってほぼ光速まで加速された電子ビームを、周期的な磁場を作るネオジム磁石の配列によって蛇行運動させることで、強い電磁波を生成する装置です。SPring-8では、このアンジュレータを中心とした放射光源が用いられています。


※5. ピンホールカメラ
ピンホールカメラ(針穴カメラ)は、理科教材としても知られるシンプルなカメラで、箱の片面に小さな穴を開け、反対側に半透明のスクリーンを取り付けることで像を映し出します。この原理はレンズが使えないX線領域でも応用可能です。本研究では、X線の強度が低下し画像が暗くなるという特徴が、光子を一つずつ分離して検出する上で有利に働いています。


※6. SPECTRA
SPECTRAは、偏向電磁石やアンジュレータから発生するシンクロトロン放射の光学特性を計算できるソフトウェアです。各種SR(放射光)光源の設計や評価に用いられています。
https://spectrax.org/spectra/index.html


《問い合わせ先》
工藤 統吾(クドウ トウゴ)
高輝度光科学研究センター 研究DX推進室 特任研究員

高橋 直 (タカハシ スナオ)
理化学研究所 放射光科学研究センター 上級技師

(報道に関すること)
高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 E-mail:kouhouspring8.or.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-press>ml.riken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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工藤 統吾(クドウ トウゴ)
高輝度光科学研究センター 研究DX推進室 特任研究員

高橋 直 (タカハシ スナオ)
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地球中心を超える圧力領域まで9つの物質の圧縮挙動を決定
~巨大惑星深部科学・物性科学の発展へ貢献~


2025年4月17日
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
大阪大学
大阪公立大学


【研究成果のポイント】

●特殊な先端形状の高圧発生装置を独自に開発し、地球中心圧力(365万気圧)を大きく超える430万気圧までの高圧実験を実現
●9つの物質について相互に整合的な状態方程式(“圧力計”に相当)を決定
●数百万気圧の圧力領域において、どの物質を圧力標準物質として使うかによって生じていた既存の圧力値推定の矛盾を解消し、より信頼性の高い”圧力計”を提案
●地球中心圧力を超える圧力領域での、巨大惑星深部研究から超伝導研究まで幅広い科学分野の進展に寄与



愛愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの境毅准教授と出倉春彦講師、石松直樹教授、高輝度光科学研究センターの門林宏和研究員、河口沙織主幹研究員、関澤央輝主幹研究員、新田清文研究員、大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターの中本有紀助教、清水克哉教授、大阪公立大学の瀬戸雄介准教授からなる研究チームは、9つの物質(鉄、銅、モリブデン、タングステン、レニウム、白金、金、酸化マグネシウム、塩化ナトリウム)について、地球中心圧力を超える最大430万気圧までの圧力と体積の関係(状態方程式)を決定することに成功しました。状態方程式は高圧実験において“圧力計”として用いられますが、本研究でこれら9つの物質の状態方程式が相互に矛盾なく整合的となったため、数百万気圧の極高圧実験においてどの物質を“圧力計”として使うかによって生じていた圧力値の矛盾が解消されました。
本研究の結果は地球中心圧力を超える極高圧領域に適用可能な“圧力計”を提供します。これにより、天王星や木星、あるいはスーパーアースのような系外惑星といった地球よりも大きな惑星の深部に対応するような圧力をより正確に見積もることが可能になり、今後の惑星深部研究に役立ちます。また惑星科学に限らず、超伝導研究に代表される高圧物質科学分野にも広く用いられることが期待されます。本研究成果は、英国の科学雑誌「Communications Materials」に4月17日に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Communications Materials
題名 :The equations of state of nine materials up to 0.43 TPa for extreme pressure science
著者:Takeshi SAKAI, Hirokazu KADOBAYASHI, Yuki NAKAMOTO, Haruhiko DEKURA, Naoki ISHIMATSU, Saori KAWAGUCHI-IMADA, Yusuke SETO, Oki SEKIZAWA, Kiyofumi NITTA, Katsuya SHIMIZU
DOI:10.1038/s43246-025-00792-5


【詳細】

地球に限らず惑星の内部は高圧力状態にあります。中心に近い惑星深部ほど高い圧力になり、地球の中心圧力は365万気圧に達します。一方、木星のようなガス惑星や天王星のような氷惑星、あるいはスーパーアースと呼ばれる岩石型の系外惑星(※1)など地球の何倍もの質量をもつ惑星深部は、地球の中心圧力を大きく超える圧力の世界が広がっています。物質に圧力をかけると単純に縮んでいくだけではなく、元素の並び方(結晶構造)や物理的性質が大きく変化します。高圧実験を行って惑星深部の環境を実験室に再現することで、惑星の内部で何が起こっているのかを調べることができますが、惑星のより深い部分を調べるにはより高い圧力を発生させる必要があります。
静的圧縮(※2)による高圧実験装置としてはダイヤモンドアンビルセル(※3)図1)が広く利用されています。しかし一般的なダイヤモンドアンビルセルによる発生圧力は300万気圧程度が限界であり、さらなる高圧力の発生には技術開発が必要でした。

また、静的圧縮実験においてどの程度の圧力が達成できているかを決定するには、圧力標準物質の状態方程式(※4)を用いますが、実験例の極めて少ない数百万気圧領域ではほとんどの物質の状態方程式が十分に分かっていませんでした。このため、どの圧力標準物質を選択したかで結果が異なり、圧力標準物質の相互の整合性がない、といった難しい問題がありました。

本研究では、この2つの問題を解決するために特殊な先端形状を持つダイヤモンドアンビルを用いて地球中心圧力を超える静的圧縮実験を可能にし、9つの物質について300~400万気圧領域での状態方程式を決定しました。図1(下)は、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター設置の集束イオンビーム加工装置(FIB)(※5)でダイヤモンドを加工して作製された特殊な先端形状の一例で、試料を加圧する微小な突起上の構造があることが特徴です。先端の平坦部分はわずか20 マイクロメートルで、この微小な先端形状が圧子となり、400万気圧を超える圧力発生が可能となりました。また、加圧される試料もFIBで数マイクロメートル程度の円盤状に微細加工されており、さらに本研究では圧力標準物質となる複数の試料を同時に充填しています(図2)。加圧された試料は大型放射光施設SPring-8(※6)のビームラインBL10XUおよびBL37XUにおいて粉末X線回折測定(図3)を行い、格子体積を決定しました。様々な試料の組み合わせで圧縮実験を繰り返すことで、9つの物質の体積-体積関係を明らかにしました(図4)。この体積-体積関係は、圧力の絶対値とは別に、ある物質Aがある体積まで圧縮されているときに、同じ状態にある別の物質Bの体積はどの程度まで圧縮されているか、という相互の関係を示すものです。これによって、既存の圧力標準物質による“圧力計”が相互に整合的であるかどうかの判断が可能になります。その一例として、動的圧縮実験(※7)において最近提案されていた銅、鉄、白金、金についての状態方程式(=圧力計)が、銅、鉄、金の3つは誤差の範囲内で整合的ですが、白金は400~500万気圧の圧力領域において約7%程度の大きい圧力を与えていたことが明らかとなりました。

また、銅の状態方程式を基準として、9つの物質で相互に整合的な状態方程式を決定しました(図4)。これらの9つの状態方程式すなわち圧力計は、本研究の高圧実験の測定結果により校正されているため、地球中心圧力を超える400万気圧の圧力領域において圧力値の矛盾が解消されています。また、この実験で求めたレニウムの状態方程式は第一原理計算(※8)による結果と良い一致を示すことが確認され、より信頼性の高い圧力計として提案されています。
今回得られた結果は地球中心圧力を超える圧力領域での高圧実験において「今どれだけの圧力が発生できているのか?」という疑問に答えるものであり、研究を行う上での重要な基盤となります。今後、この実験・測定技術を惑星構成物質に適用することで、より詳細な惑星深部構造の議論が可能になると期待されます。愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターでは2024年度より超高圧科学部門を立ち上げ分野横断的な研究を推進することを目的として活動しています。本研究が対象とした数百万気圧の圧力領域は、高圧超伝導研究においても様々な物質が超伝導状態を発現する重要なフロンティアとなっています。今回の成果は、巨大惑星深部科学に限らず、高圧下における超伝導研究や電子物性研究といった物性物理学分野においても活用されることが期待され、重要な情報および実験技術を提供するものです。



図1.(上)ダイヤモンドアンビルセル。写真は試料設置前の上下のダイヤモンドのみの状態を横から見たもの。(下)集束イオンビーム加工装置(FIB)で加工したダイヤモンドアンビルの先端の電子顕微鏡写真。中央凸部の先端の平らな部分(キュレット部)のサイズは20 μm(マイクロメートル)になっている。(1マイクロメートルは1ミリメートルの1/1000)



図2.(上)レニウムガスケットに開けた試料室の穴に試料を充てんする直前の電子顕微鏡写真。(下)試料部分の断面模式図。この実験ではマグネシウムケイ酸塩(MgSiO3)ガラスに埋め込んだ銅とレニウムを試料室穴に挿入した後、隙間を埋めるようにグリセリンを充填した。



図3.430万気圧における銅とレニウムのX線回折パターン。
*印は試料の周囲にあるレニウムガスケットからの回折線。



図4.(左)9つの物質の圧縮曲線(=状態方程式)。(右)銅の体積比に対するそれぞれの物質の体積比。体積比は大気圧での体積に対する比率。それぞれの曲線上の白抜きの丸は本研究における最高圧力でのデータ点を示す(銅と金を除く)。
※塩化ナトリウムは32万気圧で結晶構造が変化するため、高圧相であるB2相について示してある。曲線が途中からなのは大気圧における仮想的な体積(実際には低圧相に戻ってしまうため存在しない)に対する比となっているため。

【研究サポート】

日本学術振興会科学研究費補助金
課題番号:17H02985, 21K18155,20H05644


【用語解説】


※1. 系外惑星
太陽系の外で発見された惑星。5000個以上の惑星が発見されている。特に、地球の数倍から10倍程度の質量をもつ惑星はスーパーアースとよばれている。特に恒星からの距離が程よい位置にあり液体の水を保持できると推定される惑星はハビタブル(居住可能)惑星とよばれ、生命が存在する可能性があることから広く注目を集めている。


※2. 静的圧縮
油圧やバネの力、またはガス圧などを利用してゆっくりと試料を加圧し、発生した圧力を保持したままにできるため、様々な分析を行うには有利な高圧力発生方法。この方式の高圧実験装置として、川井型マルチアンビル装置やダイヤモンドアンビルセルなどがある。


※3. ダイヤモンドアンビルセル
上下一対のダイヤモンドで試料を挟み込み高圧を発生する装置。試料を加圧するダイヤモンド先端の平らな部分をキュレットと呼び、キュレット径を選択することで数十万気圧から数百万気圧の高圧実験が可能だが、従来型ではおよそ300万気圧程度が限界。透明なダイヤモンドを通して試料の様子が観察でき、各種光学測定も可能である点が特徴。


※4. 状態方程式
圧力と体積の関係を表した数式。ここでは温度一定かつ固体の場合について取り扱っている。


※5. 集束イオンビーム加工装置(FIB)
ガリウムイオンを電場で加速して試料に衝突させることで極めて微小な加工を行うことができる装置。マイクロメートル(μm)~100ナノメートル(nm)サイズの加工を行うことができる。1マイクロメートルは1ミリメートルの1/1000、さらに、1ナノメートルは1マイクロメートルの1/1000。


※6. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


※7. 動的圧縮実験
軽ガス銃を用いた衝撃圧縮実験や高強度レーザーを用いたレーザーショック実験などに代表される高圧発生方法。条件次第で1000万気圧以上の圧力を発生させることが可能だが、その超高圧力が発生する時間はわずかナノ秒であり静的圧縮実験に比べ、物性の精密測定が困難。


※8. 第一原理計算
量子力学および統計力学に基づき、物質の圧縮特性を含む多様な性質を非経験的に予測する理論計算手法。実験研究と相補的に用いることで、物性の理解をより深める一助となる。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 境 毅

(プレスリリースに関すること)
愛媛大学
総務部広報課
電話:089-927-9022 、E-mail: kohostu.ehime-u.ac.jp
先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
電話:089-927-8165、E-mail: grcstu.ehime-u.ac.jp

高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部 普及情報課
電話:0791-58-2785、E-mail: このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

大阪大学 基礎工学研究科庶務係
電話:06-6850-6131、E-mail:ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

大阪公立大学 企画部広報課
電話:06-6967-1834、koho-listml.omu.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
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准教授 境 毅

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愛媛大学
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先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
電話:089-927-8165、E-mail: grcstu.ehime-u.ac.jp

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電子機器内の熱流を自在に制御できるメカニズムを発見
- 次世代デバイスの性能向上と省エネ化に期待 -


2025年4月14日
国立大学法人東北大学
国立大学法人北海道大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター


【発表のポイント】

●絶縁膜の熱の流れを自在に制御できるメカニズムを発見しました。
●膜構造や振動特性が基板によって変化し、熱の伝わり方が劇的に変化することを実証しました。
●次世代の半導体デバイスや電子機器の放熱・省エネ技術に革新をもたらすと期待されます。


電子機器に組み込まれた半導体デバイスの中で、電子や磁気(スピン)は設計した回路に沿って移動させることができます。しかし発生してしまう熱を思った方向に流して逃がすことは困難です。電子機器の性能を高めるには、半導体デバイスの発熱を適切にコントロールすることが不可欠です。
東北大学大学院工学研究科の小野円佳教授ら、北海道大学電子科学研究所、同大大学院工学研究院、高輝度光科学研究センターからなる共同研究チームは、絶縁膜であるアモルファスシリカ(SiO2(注1)薄膜の熱の流れを自在に制御できるメカニズムを解明しました。具体的には、SiO2薄膜が下地となる基板と相互作用することで、膜内部の構造や振動特性が変化し、熱の伝わり方をコントロールできることを発見しました。SiO2の中には、Si-O結合がつながってできるリング状の構造があります。このリングのサイズや振動のしやすさが基板の種類によって変わり、それにより熱の流れが大きく変化することを実験的に証明しました。
本成果は次世代の電子機器の高性能化や省エネ技術につながる画期的な発見です。本技術を活用すればより効率的な放熱設計が可能になり、半導体デバイスの性能向上に貢献できます。
本研究成果は、4月14日16時(日本時間)に米国化学会科学誌Nano Lettersに掲載されます。

論文情報
雑誌名: Nano Letters
題名 :Controlling thermal conductivity of amorphous SiOx films through structural engineering utilizing the single crystal substrate surfaces
著者:Katelyn A. Kirchner, Sohei Ogasawara, Melbert Jeem, Hiromichi Ohta, Akihiro Suzuki, Hiroo Tajiri, Tomoyuki Koganezawa, Loku Singgappulige Rosantha Kumara, Junji Nishii, John C. Mauro, Yasutaka Matsuo & Madoka Ono*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 小野 円佳
DOI:10.1021/acs.nanolett.5c00646


【詳細な説明】
研究の背景

アモルファスシリカ薄膜は、電気を通しにくく、非常に高い電圧にも耐えられるため、電子機器の絶縁層として理想的な材料とされています。一方で、電子機器の高集積化・高性能化が進む中では、電気的な絶縁性だけでなく、発生する熱を効率よく制御することも重要な要件となっています。SiO2薄膜は比較的熱を通しやすく、その高い熱伝導率が一部の応用、特に高密度・高性能なデバイスへの利用を制限する要因となってきました。そのため、SiO2薄膜における熱の伝わり方(熱伝導)の仕組みを深く理解し、それを制御する手法の確立が求められています。


今回の取り組み

本研究では、原子層堆積法(ALD)(注2)化学気相成長法(CVD)(注3)など様々な成膜方法を使って、シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)、ガリウムヒ素(GaAs)の基板の上に、厚さの異なるSiO2薄膜を作製し、熱の伝わりやすさ(熱伝導率)を調べました。さらに、大型放射光施設SPring-8(注4)のBL13XUにおいて、微小角入射X線全散乱法(注5)を用いて、SiO2薄膜の構造を詳細に観察しました。その結果、シリカガラス特有の構造である「ハローピーク」(約4 Åの秩序構造。1 Åは100億分の1メートル)が、熱伝導率と密接に関係していることを明らかにしました。特に、基板の影響によって、このハローピークの位置がバルク(塊状の材料)シリカガラスのものと大きく異なり、秩序構造のサイズが小さい(すなわち、シリカの基本構造である「リング」が小さい)場合には、熱が伝わりにくくなる傾向が見られました。さらに、基板を構成する原子とシリカ中のSiやO原子との結びつきが強い(共有結合性が高い)場合には、同じリングサイズでも熱伝導率が一層低下する傾向が見られました。たとえば、シリコン基板の上に形成したSiO2薄膜では、熱伝導率がバルクの約1/3にまで低下しました。
これらの結果から、シリカのリング構造が大きいほど熱を運ぶ振動が起こりやすく、逆にリングが小さく、かつ基板と強く結びついていると振動が抑制され、熱の伝導が妨げられることが示されました。
この機構はシリカガラス一般にも共通する可能性があり、今後はガラス材料全般における熱伝導率制御技術へと発展することが期待されます。


今回の取り組み

この研究成果は、アモルファス材料におけるナノ構造の制御によって熱伝導率を自在に調整できることを示すものであり、電子機器の熱設計や材料選定に新たな指針を提供します。特に、高電圧仕様に対応する窒化ケイ素(SiN)や窒化ガリウム(GaN)などのワイドギャップ半導体(注6)と組み合わせた次世代の電子素子においても、熱伝導率を制御する設計指針を示すことができます。
さらに、この熱伝導率制御技術はガラス材料全般への応用も期待され、光学部品や耐熱構造材など、より広範な分野での実用化につながると考えられます。今後は、異なる基板材料や成膜条件における構造変化と熱伝導特性の相関をより詳細に解明し、最適な材料設計指針の確立を目指します。



図1. (上)バルク(塊状の材料)のシリカガラスのX線全散乱プロファイル。透過配置のX線全散乱法と反射配置の微小角入射X線全散乱法のいずれを用いても波数1.51 Å-1の位置にハローピークが観測された。このピークはSi-O結合がつながってできるリング状の構造のサイズに相当する。(下)シリカ膜をSiやGaAs基板上に成膜した時のアモルファスシリカの微小角入射X線全散乱プロファイル(反射配置)で測定したもの。図中の数値はシリカ膜の厚みを示す。Si基板上に成膜した320 nm(プラズマCVDで成膜)のシリカ膜のピークはバルクと大きく変わらないが、50 nm(ALDで成膜)やGaAs基板上のシリカ膜(ALDで20 nmを成膜)のハローピークは高波数側にシフトした。Si基板のみのX線散乱プロファイルは比較のために載せている。



図2. (左)基板からの圧力とSiO2薄膜の熱伝導率の相関を、基板の種類ごとに示したグラフ。シリカの構造は、基板からの圧力の影響で、Si-O結合の構造秩序(リング構造)が小さくなる傾向があり、リング構造が小さいほど熱が伝わりにくいことがわかった。さらに、基板原子とSi-O結合との結びつきが強い(共有結合性が高い)場合には、この影響がより顕著となり、熱伝導率の低下が一層大きくなった。(右)結合の強さがリング構造やその振動に与える影響を示した模式図。左側はイオン結合性(原子同士の結びつきが弱い)の基板ではリング構造への影響が小さく、リングが大きく束縛も弱いため、熱が伝わりやすい様子を示している。右側は共有結合性が高い基板によってリングが小さくなり、束縛が強まることで熱が伝わりにくくなる様子を示している。


【謝辞】

本研究はJSPS科研費JP20H05880、JP21H01835、JP21K19016、JP24K01371、JP22H00253の助成を受けたものです。本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1223HK0063)の支援を受けました。また、SPring-8 課題番号2020A1698、2022A1261、2022B1572、および2023A1817による研究です。また、National Science Foundation Graduate Research Fellowship Program (Grant No. DGE1255832)の支援を受けました。本研究成果に関する論文は、「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。


【用語説明】


注1. アモルファスシリカ薄膜(SiO2
ケイ素(Si)と酸素(O)からなる二酸化ケイ素の非晶質(アモルファス)構造を持つ薄膜を指します。結晶構造を持たないため、原子配列に長距離の規則性はなく、ガラス状の構造を示します。電気を通しにくく、絶縁破壊電圧が高いことから、シリコン基板上の絶縁層として半導体デバイスに広く用いられています。


注2. 原子層堆積(ALD:Atomic Layer Deposition)法
原子層レベルで膜厚を制御して平坦で緻密な薄膜を形成する手法です。 Siウェハーのような平面基板からアスペクト比の高い立体構造物まで均一な膜をコートできます。


注3. 化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)法
成膜したい元素を含む気体を基板表面に送り、化学反応、分解を通して成膜する方法。CVDの中にも基板を加熱させる熱CVD、反応管内を減圧し、プラズマを発生させるプラズマCVDなどの種類があります。


注4. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。


注5. 微小角入射X線全散乱法
非破壊で薄膜の内部や界面の深さ方向のナノ構造を調べる方法であり、薄膜試料内部の構造情報を測定できます。


注6. ワイドバンドギャップ半導体
電子機器に組み込まれた半導体の主要材料はSiで、GeやGaAsも用いられています。これらより高電圧に耐える、高周波特性に優れる、あるいは可視光から紫外線の波長領域で光・電流変換ができるデバイスを作るには、半導体固有の物性値であるバンドギャップ(禁制帯)をより広く(大きく)する必要があります。SiやGe、GaAsよりバンドギャップが広い材料をワイドバンドギャップ半導体と言います。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院工学研究科 教授 小野円佳

(報道に関すること)
東北大学大学院工学研究科 情報広報室
TEL: 022-795-5898 Email: eng-prgrp.tohoku.ac.jp

北海道大学 社会共創部 広報課
TEL: 011-706-2610 Email: jp-pressgeneral.hokudai.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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インシリコスクリーニングから見出した抗精神病薬が黄色ブドウ球菌の病原因子を阻害するメカニズムを解明


2025年4月14日
国立大学法人 京都工芸繊維大学
公立大学法人大阪 大阪公立大学
国立大学法人 筑波大学
株式会社 丸和栄養食品
国立大学法人 京都大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人 北海道大学


発表のポイント
黄色ブドウ球菌※1の病原因子「リパーゼ(SAL)」と抗精神病薬であるペンフルリドール(PEN)※2との複合体の立体構造を世界で初めて解明した。
インシリコスクリーニング※3によってPENがSALの活性を阻害することを予測し、SALへのIC50※4が7.3 μMと低く、阻害が非常に強いことを明らかとした。
◆宇宙空間の無重力条件下で作成した良質な結晶を大型放射光施設「SPring-8」の強力なビームを用いて測定し、X線構造解析※5により、PENが酵素の活性部位に結合することを見出した。
◆PENのようなSAL阻害剤は、既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症※6や、黄色ブドウ球菌により引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬になることが期待できる。またヒトのリパーゼへの阻害の可能性も示唆されることから、抗肥満薬への適応も期待される。


SALとPENとの複合体の構造の図説


 京都工芸繊維大学分子化学系の北所健悟准教授らの研究グループは、大阪公立大学大学院生活科学研究科の神谷重樹教授、筑波大学医学医療系の広川貴次教授、株式会社丸和栄養食品の伊中浩治代表取締役社長、古林直樹研究員、加茂昌之研究員、京都大学大学院医学研究科医学研究支援センターの奥野友紀子特定准教授、理化学研究所放射光科学研究センター利用システム開発研究部門の引間孝明研究員(研究当時)、同センター利用技術・システム開発研究部門の山本雅貴部門長、北海道大学大学院薬学研究院創薬科学部門の前仲勝実教授らとの共同研究により、黄色ブドウ球菌が産生する病原因子の1つである「リパーゼ(SAL)」と抗精神病薬のペンフルリドール(PEN)との複合体の立体構造をX線構造解析の方法を用いて、世界で初めて解明しました。
 インシリコスクリーニングを用いた手法で、約5万種類の既存薬の中から、PENが既存のSAL阻害剤と同等のレベルでSALの活性を阻害することを発見しました。更に、宇宙空間での共結晶化に成功した結晶を、大型放射光施設「SPring-8」の強力なビームを使って測定することによって、SALとPENとの複合体の構造を原子レベルで解析し、PENによる阻害のメカニズムを解明することに成功しました。
 本研究成果は、構造情報を元にしたSALに対する薬剤の理論的な開発に役立つと考えられ、より有効性が高く副作用の少ない治療薬の探索・設計が可能になると期待されます。特に、SALが黄色ブドウ球菌の増殖に関与していることから既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症や、黄色ブドウ球菌によって引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬の発展が期待されます。

【発表雑誌】
【雑誌名】Scientific Reports
【論文タイトル】Structural analysis shows the mode of inhibition for Staphylococcus aureus lipase by antipsychotic penfluridol
【著者】Kengo Kitadokoro(北所健悟), Shigeki Kamitani(神谷重樹), Takatsugu Hirokawa(広川貴次),Masayuki Kamo(加茂昌之), Naoki Furubayashi(古林直樹), Koji Inaka(伊中浩治), Yukiko Okuno(奥野友紀子), Takaaki Hikima(引間孝明), Masaki Yamamoto(山本雅貴), Katsumi Maenaka(前仲勝実)
DOI:10.1038/s41598-025-94981-4


研究の背景・先行研究における問題点
 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus;以下、SA菌)は、化膿した傷口や皮膚表面に存在する常在菌で、けがの傷口から体内に侵入し、多くの病原因子を産生して種々の病気を引き起こします。この菌は抗生物質が効かなくなるMRSAの原因となる耐性菌として知られています。MRSAは術後の免疫力の低下した患者や乳幼児が罹ると死に至る恐れのある病気です。また皮膚表面上には、肌荒れやアトピー性皮膚炎を引き起こし、毒素を出す悪玉菌のSA菌と、皮膚をきれいに保つ善玉菌の表皮ブドウ球菌などが、常在菌として混在しており、皮膚表面のバリア形成に影響しています。皮膚表面の常在菌のバランスが崩壊してSA菌が増えると毒素が産生され、皮膚のバリアが破壊されて肌荒れが起こります。多種多様な細菌が存在する皮膚表面でSA菌が異常に増えると、アトピー性皮膚炎が発症することがわかっています。SA菌が産生する病原因子の1つである「リパーゼ(SAL)」はSA菌の増殖と相関があり、増殖の際にリパーゼが脂質を分解して、皮膚の常在菌のバランスが崩れた状態を招くことで炎症物質を産生することがわかっています。このことからSAL阻害薬は抗MRSA薬の標的のみならずアトピー性皮膚炎の薬として注目されています。
 通常阻害剤を化合物スクリーニングで見出すには膨大な実験と時間がかかります。また得られた阻害剤から薬へと開発するには、動物実験なども含めて平均10年以上の日数が費やされることが問題となっています。
 そこで本研究では、インシリコスクリーニングの手法を取り入れて、非常に高確率でSALの阻害剤を予測しました。既存薬を転用して新しい疾患の治療薬に利用するドラッグリポジショニング※7法を念頭に、京都大学KEGGデータベースの5万種類並びに北海道大学化合物ライブラリーの1600種類の既存薬のデータベースの中から絞り出した15個の候補の中に阻害活性の高い抗精神病薬ペンフルリドール(PEN)を見出しました。更にこれまで大型放射光施設「SPring-8」の強い放射光を用いたX線構造解析の経験を活かし、SALと阻害剤であるPENとの複合体の立体構造の解明を試みました。

 

研究内容(具体的な手法等詳細)
 研究を始めるにあたりSALの立体構造については、すでに研究グループで決定していました。新たな阻害剤を探索する際に、研究グループは、インシリコスクリーニングという手法を用いて、SALの活性部位に結合するドラッグ候補をドッキングスタディによってコンピュータ上で選別し、その100個のリストから入手可能な15個の薬を調べた結果、強力な阻害剤を見出しました。通常、数万個の化合物スクリーニングを試しても全く阻害剤が見つからない場合があるのに対して、ドッキングプログラムGlideによって、高速かつ高確率で阻害剤候補が見つかりました。その結果、PENという既存の抗精神病薬がSALに対して、7.3 µMというIC50値で阻害することが判明しました。PENの阻害活性は、研究グループがすでに発表した抗肥満薬オルリスタット※8や不飽和脂肪酸のペトロセリン酸と同等の強い阻害活性を持つことがわかりました。
 本研究では、SALにこのPEN分子が結合した複合体の立体構造を、X線結晶構造解析の手法を用いて原子レベルで解明するため、まず大腸菌でのSALの大量生産系を構築しました。純度の高いSALを精製し、SAL単体の結晶とPENと共に共結晶化した結晶を作成しました。さらに、高品質の結晶を作成することを目的として、宇宙空間での無重力状態での共結晶作成プロジェクトに参画し、「きぼう」日本実験棟内で高品質タンパク質結晶生成実験(Protein Crystal Growth: PCG)を行いました。その結果、SAL-PEN複合体の高品質の結晶を得ることができました。
 X線回折実験およびデータ収集は、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL41XUならびにBL44XUで行いました。PEN分子はSALの活性部位である「鍵穴」に対して、「鍵」分子としてぴったりはまり込んでいることがわかりました(前掲図)。またPENは「Y字型」の構造を取り、末端にハサミを持った細長い分子で、SALの触媒残基である116番目のセリン残基(Ser116)の近傍に結合していましたが、Ser116との直接の共有結合をせずに溶媒分子を介した結合であることがわかりました。フッ素並びに塩素原子を持つベンゼン環を一方のポケットの末端に固定し、それに繋がる6員環がSALと疎水性相互作用する形で存在していることがわかりました。別の末端にある2つのフッ化ベンゼン環が「Y字型」のハサミのように、活性部位の疏水部を挟み込んでいることもわかりました。これらの結合様式によって、PENはSALに対して高い選択的親和性を示すことが示唆されました。この成果によって、ドラッグデザインによる薬剤開発を進めるための基礎的知見が確立しました。

 

今後の展開
 PENとSALの相互作用から、薬のデザインのための構造基盤が構築されました。MRSAはほとんどの抗菌薬に耐性があり、新生児や老人などの免疫力の弱い患者を死に至らしめることがわかっています。MRSAに対する抗菌薬以外の薬の探求は重要で、SALの阻害剤は、MRSA感染症への新規な作用機序の薬として期待されます。本研究の結果は、SALを標的としてMRSAやアトピー性皮膚炎などの皮膚病の疾患に対して、その構造情報を基にした創薬(Structure based drug design)も可能にすると期待できます。またPENはSALと結合することで蛍光スペクトルに変化を起こすこともわかっており、SA菌の増殖を簡易に調べる診断薬としての応用も期待できると考えられます。

 

謝辞
 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP24K10199)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP21am010170、JP21am0101072、JP21am0101092、JP21am0101114)の支援を受けて実施しました。またSPring-8での測定の際にお世話になりました長谷川和也博士をはじめとするBL41XUのスタッフの皆様、並びに大阪大学蛋白質研究所の中川敦史先生、山下栄樹先生をはじめとするBL44XUのスタッフの皆様に感謝いたします。本成果は、「高品質タンパク質結晶生成実験(JAXA PCG)」プロジェクトにより得られたものです。JAXAの山田貢博士、木平清人博士、岩田茂美博士に感謝します。またSpace BD株式会社のスタッフの皆様に感謝いたします。


【用語解説】


※1 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureusSA菌)
ヒトの鼻腔などに存在する常在菌で、化膿した傷口の膿の部分に多く存在し、感染症の原因となる多くの毒素タンパク質や酵素などの病原因子を産生します。病原性が強い菌で、基礎疾患のある人など、免疫力の低下した患者に対して、肺炎、敗血症、骨髄炎、関節炎などの重篤な感染症を引き起こします。


※2 ペンフルリドール(PEN)
抗精神病薬として使用されています。T型Ca2+ チャネルブロッカーで、統合失調症治療薬です。


※3 インシリコスクリーニング
コンピュータ上で(インシリコ)、阻害剤の候補を検索する方法です。


※4 IC50値(half maximal (50%) inhibitory concentration;50%阻害濃度または半数阻害濃度)
化合物の生化学的な阻害作用の有効度合いを示す値です。数値が低いほど阻害が有効であることを表します。数値として示した濃度で、薬物が標的とする酵素の半数の働きを阻害できることを示しています。


※5 X線構造解析
タンパク質の立体構造を決定する手法で、ターゲットとなるタンパク質を結晶化し、大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」などの強いビームを使って、X線照射して得られた回折データから、タンパク質の原子レベルでの立体構造を解析します。


※6 MRSA (Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)感染症
メチシリンなどのペニシリン剤やβラクタム剤など多くの抗生物質が効かない耐性を持った黄色ブドウ球菌によって引き起こされた感染症で、幼児や高齢者など免疫力が低い患者が感染すると、多くの種類の抗菌薬が効かないために、治療が進まずに重症化し、死に至るケースがあります。


※7 ドラッグリポジショニング(drug repositioning;既存薬再開発)
既にある疾患に有効な治療薬を、別の病気に対して有効性を見つけ出すことによって、別の疾患への治療薬として開発する方法です。既にヒトでの安全性や薬物動態が試験済みであることから、新薬としての開発期間の大幅な短縮や研究開発コストを軽減することが可能となります。


※8 オルリスタット
抗肥満薬として大正製薬から「アライ」®として発売された治療薬で、ヒトの脂肪分解酵素である胃や膵臓のリパーゼを不活性化し、脂肪吸収を阻害する効果があります。


<本リリースおよび研究内容に関する問い合わせ先>
北所 健悟(きたどころ けんご)
京都工芸繊維大学 分子化学系 准教授

<報道担当>
京都工芸繊維大学 総務企画課
TEL:075-724-7016 E-mail: kit-kisyaatjim.kit.ac.jp

大阪公立大学 広報課
TEL:06-6967-1834 E-mail:koho-listatml.omu.ac.jp
 
筑波大学 広報局
TEL:029-853-2040 E-mail:kohosituatun.tsukuba.ac.jp

株式会社丸和栄養食品
TEL : 0743-56-2700 E-mail:inakaatmaruwafoods.jp

京都大学 広報室国際広報班
TEL:075-753-5729 E-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-pressatml.riken.jp

北海道大学 社会共創部広報課
TEL ; 011-706-2610 E-mail:jp-pressatgeneral.hokudai.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

<本リリースおよび研究内容に関する問い合わせ先>
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京都工芸繊維大学 分子化学系 准教授

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大阪公立大学 広報課
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X線回折像から筋肉内部の微細構造を立体的に可視化する方法を開発


2025年4月9日
高輝度光科学研究センター


【本研究のポイント】

・2次元のX線回折像から、筋肉細胞内の微細な3次元構造を可視化
・計算機をレンズ代わりに使う「レンズレス・イメージング」の手法を発展
・X線自由電子レーザー施設でなく、従来型の蓄積リング放射光でも実現可能


筋肉細胞の内部には、収縮をつかさどるタンパク質が規則的に並んでいます。このため、筋肉にX線を当てると、タンパク質によって散乱されたX線が互いに干渉を起こして、きれいな干渉のパターン(回折像)が記録できます。この回折像には、筋肉の微細な内部構造や、その動きに関する情報を多く含まれています。ただし、それを正しく解釈するためには難解な回折理論の理解が必要でした。
高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室の岩本裕之研究員は、筋肉にX線を当てて得られる2次元の回折像から計算により、筋肉細胞内の微細な3次元構造を直接可視化する方法を開発しました。
これは立体視のできるX線顕微鏡と呼ぶことができ、計算機をレンズ代わりに使う「レンズレス・イメージング」の手法を発展させたものです。一般的に、レンズレス・イメージングにはX線自由電子レーザー施設SACLA[1]が発生するような波面の揃ったレーザーの性質を持ったX線が必要と考えられていますが、開発された手法は大型放射光施設SPring-8[2]のような従来型の蓄積リング放射光でも実現可能なのが特徴です。
本研究成果を発展させれば、筋肉だけでなく高分子材料など幅広い材料に応用できるようになると期待されます。
今回の研究成果は、国際結晶学連合の刊行する学術雑誌Acta Crystallographica Section Dの2025年4月号に掲載され、その表紙を飾りました。


論文情報
雑誌名: Acta Crystallographica Section D
題名 :Restoration of 3-D structure of insect flight muscle from a rotationally averaged 2-D X-ray diffraction pattern
著者:Hiroyuki Iwamoto (高輝度光科学研究センター)
DOI:10.1107/S2059798325002190


【研究の背景】

X線は可視光と同じ電磁波ですが、波長は遥かに短くて0.1ナノメートル(1ミリの1千万分の1)程度です。これは分子や原子の大きさです。顕微鏡で小さなものが見える限界は、理論上は使う光の波長程度なので、X線を使った顕微鏡を作れば、分子や原子が見えると期待されます。ところが、X線用のレンズを作るのは非常に困難なので、分子や原子が見えるX線顕微鏡は実現できません。そこで、試料にX線を当てて、散乱したX線のパターン(散乱像、回折像という)を直接解析するのですが、これには難解な回折理論の理解が必要で、解釈を誤ることもあります。顕微鏡のように、直接に拡大像を結像できれば、それが望ましいと言えます。
数学的にいうと、散乱像、回折像というのは試料の形状をフーリエ変換したものです。これをもう一度フーリエ変換(逆フーリエ変換)すると、試料の拡大像が結像されます。光学顕微鏡のレンズは、この逆フーリエ変換をやっているわけです。それならばX線散乱像、回折像を逆フーリエ変換すれば拡大像が結像できると思うわけですが、それはうまくいきません。なぜなら正しい拡大像を得るためには散乱した波の「振幅」と「位相」という2種類の情報が必要で、「位相」情報は散乱像、回折像を記録するときに消えてしまうからです。
最近、この一旦消えてしまった位相情報を計算によって回復するアルゴリズムが開発され、計算によって試料の拡大像を得る方法が考案されました。これはレンズの代わりに計算機を使う手法なので、レンズレス・イメージング(レンズを使わない結像法)、またはコヒーレント回折イメージング(CDI)[3]と呼ばれます。
今回の論文は、この手法を発展させ、著者の長年の研究材料である筋肉の内部にある分子の3次元構造を立体的に「結像」させることを目指しています。


【研究内容と成果】

図1 筋肉の微細構造の模式図(左、A)とタガメ飛翔筋のX線回折像(右、B)


図1は、筋肉の微細構造の模式図(図1A)と、昆虫(タガメ)の飛翔筋(羽ばたくのに用いられる筋肉)のX線回折像(図1B)を示します。回折像は、SPring-8のBL45XUビームラインで記録されたものです。図1Aは、サルコメア(筋節)[4]と呼ばれる筋収縮機能の最小単位で、長さ、幅ともに2マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの千分の1)程度です。この中には収縮を司る各種のタンパク質が規則的に並んでいます。図1Bの回折像を使って、図1Aのサルコメアの構造を立体的に結像するのが本研究の目標です。
レンズレス・イメージングが原理的に可能なことは前世紀から分かっていましたが、実際に記録されたX線回折像を用いて2次元の結像に成功したのは1999年です。現在、レンズレス・イメージングは金属ナノ粒子のような孤立したコントラストの高い試料を用いると、非常にうまくいくことが分かっています。
しかしこれを上記のサルコメアの構造の立体的(3次元)結像に発展させるには、以下に述べる多数のハードルを乗り越える必要があります。
(1) 孤立粒子でなく、繊維状の試料であること
(2) 3次元に拡張する必要があること
(3) 用いるX線回折像が、回転平均化されていること。筋肉に多数含まれるサルコメアの回転方向の向きがランダムなので、回折像は回転平均化されて情報量が大幅に減ります。
(4) 実際に記録された回折像は不完全で、多くの欠陥を含むこと。
論文では、これらのハードルを乗り越えていく過程が詳細に記述されています。

これらの問題の解決には、まず計算機実験で問題がクリアできることを確認します。計算機実験では、実際の試料の代わりにデジタルデータの試料を作成し、それの回折像を計算します。そうすると欠陥のない理想的な回折像が計算され、位相情報も失われません。正解も分かっているわけです。このときに、わざと位相情報をランダムなものに置き換えたあと、誤差が小さくなるように繰り返し計算を行い、正しい試料の像が結像されるかを試します。誤差が小さくなると最初に作成した試料と区別のつかないものが再生され、位相も正しいものになります。それを、計算が収束するといいます。



図2 SPring-8のロゴを用いた2次元レンズレス・イメージング計算機実験のデモンストレーション。A,B,Cは繰り返し計算でロゴが再生されていく経過。Dは最初のデジタルデータ、Eは最終的に再生された像。


図2はよく用いられるデモンストレーションで、SPring-8のロゴを試料としたものです。このような試料を用いると、数百回の繰り返しのうちに計算が収束し、正しくロゴが再生されます。



図3 繊維状の試料を用いた2次元レンズレス・イメージング計算機実験のデモンストレーション。Aは文字”a”の列、Bは筋肉中にあるアクチン繊維の投影像で、それぞれ左側が最初のデジタルデータ、右が再生された像で、計算がうまくいかないことが分かる。


しかし、図3に示すように、繰り返し構造のある繊維状試料に対して繰り返し計算を行っても収束しません。これは試料に繰り返し構造があると、図1Bの回折像のように回折像が梯子の横木のように不連続な線状になって(層線反射という)、その間には情報がありません。このため情報量が足りなくなって、正しい位相が得られないためと考えられます。



図4 繊維状の試料を用いた3次元レンズレス・イメージング計算機実験のデモンストレーション。Aはアクチン繊維(図3B と同じ)、Bは精子などの運動を担う軸糸という構造。それぞれ左側が最初の3次元デジタルデータ、右が再生された3次元像で、完全に再生されているのが分かる。


この問題が未解決のまま、3次元の試料を解析しました。3次元の試料の場合は回折像も3次元となり、計算量が膨大になりますが、通常のPCで実行できる計算規模で計算機実験を進めます。すると意外なことに、繰り返し構造のある繊維状試料であっても3次元ならば計算が収束することが分かりました(図4)。



図5 サルコメア微細構造の回転平均化された回折像から3次元構造を復元する計算機実験。Aが最初の3次元デジタルデータ、Bが再生された3次元構造。完全ではないが、殆ど見分けがつかないほどよく再生されている。


次に、回転平均化された2次元の回折像から3次元の構造が結像されるかを試しました。これは図1Aに示したサルコメアの3次元構造のデジタルデータを作成し、それから3次元の回折像を計算し、これを回転平均化して使います。これの繰り返し計算には、3次元回折像の回転平均、2次元の回折像を3次元に戻すという操作が加わって、計算がさらに煩雑になりますが、結果は計算が収束し、最初のデジタルデータと同一とは言えませんが、かなり良く最初のデータが再現できました(図5)。



図6 実際に記録された回転平均化2次元回折像(図1B)から再生されたサルコメアの3次元構造。タンパク質繊維の基本的な周期構造(青、赤、マゼンタの三角形)が再生されている。


最後に、実際に記録された回折像(図1B)を使って3次元の構造が結像されるかを試しました。デジタルデータから計算されたものと違い、実際に記録された回折像にはノイズが乗っていたり、データが記録されていない画素があったりと、欠陥が多くあり、実際に記録された回折像を用いた計算は収束しないことが多いです。しかし種々の工夫をすることにより計算は収束し、サルコメアの3次元構造を結像することができました(図6)。再生された3次元構造の質は計算機実験の結果に劣りますが、サルコメア構造の基本的な特徴(周期性など)は再現されています。質が劣るのは計算機の容量の制限により、回折像をオリジナルの1000x1018画素から256x256画素以下に縮小した関係で細部の情報が失われたためであり、手法そのものの問題ではないと考えています。
回転平均化されて情報量の減った2次元回折像から、レンズレス・イメージングの手法により試料の3次元構造が結像できることを示し、実際に記録された回折像を用いても結像に成功したことは世界初のことです。3次元の結像能力をもつX線顕微鏡が実現したと言っていいでしょう。また重要なことは、今回の結像がX線自由電子レーザー施設でなく、通常の蓄積リングビームライン(BL45XU)で実現したことです。これは論文の査読者も驚いたことです。


【今後の展開】

本研究では計算機の容量の関係から256x256x256画素(ボクセル[5])の空間での計算しか行えませんでしたが、今後計算機の能力が向上し、さらに大きな空間で計算ができれば、計算の精度が上がり、質の高い3次元像が結像できるようになると思われます。また筋肉以外の試料にも応用を広げていくことも視野に入ります。


【研究支援】

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(19K06777)による助成を受けて実施されました。


【用語解説】


[1] X線自由電子レーザー施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのX線自由電子レーザー(XFEL)施設。レーザーの性質をもつ輝度の高いX線を発生できる。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。大きさが諸外国の同様の施設と比べてコンパクトであるが、同等の性能をもつ。


[2] 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


[3] コヒーレント回折イメージング
位相情報の失われた回折像から、計算によって位相を回復し、試料の形状を結像する方法。コヒーレントな光(レーザー光のように、光の波の波面が揃っている光)を用いて回折像を記録する必要がある(と一般に考えられている)ため、この名前がある。X線回折像に用いられることが多いが、紫外線や可視光でも実施可能である。


[4] サルコメア(筋節)
筋収縮機能の最小単位。この中で2種類の収縮タンパク質(アクチン、ミオシン)の繊維が互いに滑りあうことで収縮力を発生する。このサルコメアが直列に長くつながったものが筋原繊維で、筋原繊維が多数集まって筋細胞ができている。骨格筋や心筋のような横紋筋に見られる。


[5] ボクセル
平面画像データや2次元検出器の画素単位(通常正方形)のことをピクセル(pixel)というのに対し、3次元データの画素単位(通常立方体)のことをボクセル(voxel)という。体積(volume)とピクセル(pixel)を掛け合わせた言葉。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
岩本 裕之(イワモト ヒロユキ)
   公益財団法人 高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
   住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

(報道に関すること)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

(SPring-8 / SACLAに関すること)
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 利用推進部 普及情報課
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