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病原菌における抗菌ガス分解酵素の活性化の仕組みを解明
~抗菌薬開発の新たな設計指針を提供~
2026年3月30日
兵庫県立大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
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兵庫県立大学大学院理学研究科の當舎武彦教授、理化学研究所放射光科学研究センターのチャイ・ゴパラシンガム客員研究員(北海道大学理学研究院助教)、高輝度光科学研究センターの重松秀樹主幹研究員を含む共同研究グループは、髄膜(ずいまく)炎菌※1が持つ抗菌ガスの分解酵素が二量体を形成することで、活性化される仕組みを解明しました。ヒトの体内に病原菌が侵入すると免疫系が働き、抗菌ガスである一酸化窒素(NO)※2が産生されます。病原菌はヒトの体内で生きていくために、キノール依存型一酸化窒素還元酵素(qNOR)※3により抗菌ガスNOを分解します。そのため、qNORの構造と機能の関連を解明することは新規抗菌薬開発という観点からも重要になります。今回、共同研究グループは、髄膜炎菌が持つqNORの単量体と二量体の立体構造をクライオ電子顕微鏡※4を用いた単粒子画像解析法※5により決定し、本酵素が二量体を形成することで、活性化されるメカニズムを突き止めました。本成果は、酵素が高活性を持つ仕組みの理解にとどまらず、qNORを標的とした新しい抗菌薬の開発にもつながると期待されます。本成果は、2026年3月27日に英科学誌「Communications Biology」に掲載されました。 論文情報 |
【研究の背景】
病原菌がヒトの体内に侵入すると免疫系が機能し、病原菌を攻撃します。その第一段階として、食細胞であるマクロファージ※6が病原菌を内部に取り込み、抗菌ガスであるNOを産出し、病原菌を殺菌します。これに対し、病原菌はqNORを用いて、NOを還元・無毒化します(図1)。実際に、髄膜炎菌のqNORを欠損させると、この髄膜炎菌は、ヒトのマクロファージ内で生きていくことができないことが分かっています。
共同研究グループは、qNORの構造と機能の関係を理解し、新規抗菌薬開発の合理的設計につなげるために、髄膜炎菌のqNORを研究対象としてきました。これまでの研究から、qNORを精製すると、単量体と二量体の状態が得られますが、二量体が単量体よりも数倍高いNOの分解活性を示したことから、細胞内では、qNORが二量体として機能していると考えられています。しかし、なぜqNORの二量体が、単量体よりも高いNO分解活性を示すのかは、よく分かっていませんでした。
【研究内容と成果】
共同研究グループは、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子画像解析法により、髄膜炎菌のqNORの単量体と二量体の構造を高い分解能で決定することに成功しました。二つの構造を見比べると、二量体の界面を形成しているヘリックス※7の構造が、単量体では、大きく揺らいでいることが分かりました(図2)。これにより、ヘリックスの柔軟性が高まり、NO分解反応が起こるqNORの活性部位の近くにあるグルタミン酸のアミノ酸側鎖(Glu563)の向きが変わりました(図2)。このGlu563はqNORがNOを分解するときに用いるプロトン(H+)※8の活性部位への供給に必要で、このGlu563がプロトン輸送に適した向きになることが、二量体においてqNORが高い抗菌ガス分解活性を示す理由であると考えられます。つまり、qNORが二量体を形成すると、その界面に存在するヘリックスの動きが抑制されます。その結果、このヘリックス上に存在する活性部位の近くのGlu563の向きが、効率よく酵素反応に必要なプロトンを活性部位へと供給する構造をとるため、高いNO分解活性を持つことが示されました(図2)。
図2 qNOR二量体を形成することによる抗菌ガス分解活性化の仕組み。単量体では、二量体界面に位置するヘリックスが大きく揺らいでおり、このヘリックス上に存在するGlu563が抗菌ガス分解部位へプロトン輸送しにくい構造になる。二量体を形成すると、界面のヘリックスの動きが抑制されるとともに、Glu563がプロトン輸送に適した向きになることで、NO分解活性が向上する。
【今後の展開】
本研究では、髄膜炎菌のqNORの単量体と二量体の立体構造を高い精度で決定することで、二量体によるqNOR活性化の仕組みを明らかにしました。qNORのような膜タンパク質は、生体膜中で異なる会合状態や他のタンパク質と複合体を形成して機能している場合が多くみられます。本研究で得られた知見は、このようなタンパク質間相互作用を通じて機能制御が行われる仕組みを理解するうえで有用であるといえます。また、qNORの二量体形成部位を標的とした抗菌薬開発についての設計指針にもつながると期待できます。
【研究支援】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP19H05761、JP20K22633、JP21H02064)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(JP21am0101070、JP24ama121001)による助成を受けて実施されました。
【用語解説】
※1. 髄膜(ずいまく)炎菌
淋菌などと同じナイセリア属のグラム陰性双球菌。主に鼻や喉に常在する細菌で、まれに血液や脳を包む膜(髄膜)に侵入し、重篤な髄膜炎や敗血症を引き起こす。そのため、ワクチン開発や感染機構の解明が世界的に進められている。また、世界各地で流行が報告されている細菌で、特にアフリカの「髄膜炎ベルト」と呼ばれる地域では、この細菌の流行が公衆衛生上の重要課題となっている。
※2. 一酸化窒素(NO)
ラジカルを持つガス状の二原子分子。反応性が高いため、生体内ではシグナル伝達物質として利用されている。また、タンパク質、核酸や脂質と反応することで細胞損傷を引き起こす点を利用し、生体内では抗菌ガスとしても用いられる。
※3. キノール依存型一酸化窒素還元酵素(qNOR)
細胞膜に存在し、一酸化窒素(NO)を還元し、亜酸化窒素(N2O)へと無毒化する呼吸酵素(2NO + 2H+ + 2e- → N2O + H2O)。髄膜炎菌などいくつかの病原菌は、この酵素を利用することで、免疫系が産生するNOを無毒化している。細胞膜中に存在するキノール(quinol)を電子供与体とする。
※4. クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法。試料を含む水溶液を急速凍結して、液体窒素温度(-196℃)付近まで冷却することで電子線の照射による損傷を低減し、生体分子やその複合体の構造解析を行うことができる。電子線の波長は可視光よりもはるかに短いため、理論上0.1 nm程度の分解能が得られる。この構造解析技術を開発した科学者は2017年のノーベル化学賞を受賞した。
※5. 単粒子画像解析法
ほぼ同一の構造を持つ粒子をさまざまな角度からランダムに撮影した多数の2次元画像から、信号/雑音比(S/N比)を向上させ、その3次元構造を再構成する方法。透過型電子顕微鏡における生体分子の構造解析において発展してきた。
※6. マクロファージ
体内に侵入した異物を取り込み消化すること(食作用)を主な役割とする免疫細胞。マクロファージや顆粒球などの食細胞は、まとめてミエロイド系細胞とも呼ばれる。
※7. ヘリックス
タンパク質を構成するアミノ酸鎖がとる代表的な構造の一つで、螺旋状の構造領域を示す。タンパク質の形や機能を決める基本的な構造単位。
※8. プロトン(H+)
水素イオンのこと。水素原子が電子(e-)1個を失った一価の陽イオン。電子とともに、酸化還元を伴うさまざまな化学反応に関与。
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本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
當舎 武彦(トウシャ タケヒコ)
兵庫県立大学 大学院理学研究科 教授
チャイ ゴパラシンガム(Chai Gopalasingam)
国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター
生物系ビームライン基盤グループ 客員研究員(北海道大学理学研究院 助教)
重松 秀樹(シゲマツ ヒデキ)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 主幹研究員
(報道に関すること)
兵庫県立大学 播磨理学キャンパス経営部総務課
TEL:0791-58-0101
E-mail:soumu_harima
ofc.u-hyogo.ac.jp
国立研究開発法人理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:050-3502-3763)
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
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単一チップ上に集積化されたX線エネルギー検出センサー
―放射光計測から分析・検査まで性能向上に貢献―
2026年3月16日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
株式会社ディーアンドエス
株式会社エイアールテック
株式会社MIST
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理化学研究所(理研)放射光科学研究センター制御情報・データ創出基盤グループの初井宇記グループディレクターら、高輝度光科学研究センター、株式会社ディーアンドエス、株式会社エイアールテック、株式会社MISTの共同研究グループは、電荷増幅アンプとシリコン・ドリフト検出器(SDD)※1を単一チップ上に集積(モノリシック集積)する技術を世界で初めて実現しました。さらに本技術を基盤として、30素子を集積したセンサー「mxdCMOS」を開発しました。本センサーは、多素子SDDとしては世界最高となる単位面積当たり計数率(カウントレート)※277Mphotons/s/cm²※2を達成しています。
高密度モノリシックX線エネルギー検出センサー「mxdCMOS」
論文情報 |
背景
SPring-8などの大型放射光施設における計測では、X線の光子エネルギーを識別できるシリコン・ドリフト検出器(SDD)が重要な役割を担っています。SPring-8からのX線を試料に照射すると、試料から試料内の元素の種類やその結合状態に対応した光子エネルギーのX線(蛍光X線)が放出されます。この試料から放出される蛍光X線の各エネルギー成分の強度(光子数)をSDDで測定することで、元素分布や化学組成をナノメートルレベルで解析することが可能です。
近年、放射光源および光学系の高度化に伴い、試料に照射されるX線の強度は大幅に増加しています。その結果、より高い計数率のSDDが求められています。
そこで、複数のSDDを高密度に配置することにより計数率の向上を図る研究が進められてきました。しかし、SDDと外部に設置される電荷増幅アンプを接続する配線が制約となり、小型のSDDを高密度に配置することが困難でした。
研究手法と成果
共同研究グループは、半導体チップ内に回路層とセンサーを一体形成できるSOI(Silicon-On-Insulator)センサー技術に着目しました。本SOIセンサー製造技術は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)とラピスセミコンダクタ株式会社が共同開発し、その後、理研も参画してX線用途向けに改良を重ねてきたものです。本研究では、このSOIセンサー技術をさらに発展させ、これまで実現が困難であったSDDと電荷増幅アンプを単一チップ上に統合する技術を実現しました。これにより、SDDと電荷増幅アンプを外部配線で接続する必要がなくなり、SDDの高密度集積が可能となりました。
本研究では、1.8mm四方の小型SDDを30素子配置したセンサー「mxdCMOS」を設計・製造しました。本センサーでは、各SDDの中央部に微小な電荷増幅アンプを配置し、その出力を周辺回路でさらに増幅して出力パッドへ伝送する構成としています。これらの機能はすべて単一チップ内に集積されています(図1)。
(右)製造された mxdCMOS センサーユニットの 外観。30素子の搭載されている領域が中央の黒い部分。
本センサーにおいて、信号処理時間を130ナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)に設定し、X線の光子エネルギー分解能※4を評価したところ、光子エネルギー5.9キロ電子ボルト(keV、1keVは1,000電子ボルト)のX線に対して半値全幅(FWHM)※4170eVを達成しました。これは、高計数率動作に必要な短い信号処理時間条件下においても、優れたエネルギー分解能が維持されていることを示しています。
次に計数性能を評価した結果、mxdCMOSセンサーは入力強度約75Mphotons/sで飽和することが分かりました。これは単位面積当たり77Mphotons/s/cm²に相当し、多素子SDDとして世界最高の性能です。また、入力強度約30Mphotons/sまでの範囲で良好な線形応答※5を維持することを確認しました(図2)。
これにより、高強度放射光条件下においても高精度な定量測定が可能であることが示されました。
今後の期待
本研究ではセンサー開発にとどまらず、実利用可能な検出システムの構築まで行いました。そのため、SPring-8におけるオペランド測定※6やX線吸収微細構造(XAFS)※7解析、半導体・電池材料研究で求められる微量元素分析、高速元素マッピングなどの放射光実験に直ちに導入することが可能です。これにより、測定時間の大幅な短縮や実験効率の向上が早期に実現できることが期待されます。
現在SPring-8では、既存技術で作成された非集積SDDが7個搭載された実験システムが稼働中です。本研究のmxdCMOSセンサーを12個並列配置した場合、この既存実験システムと比較して、約50倍の計数率が得られます。これにより、現状6時間を要する広範囲の元素マッピングがmxdCMOSセンサーによって約7分まで短縮できると考えられます。さらに、化学反応のリアルタイム追跡においても、約50倍短い時間間隔での測定が可能となることで、これまで観測が困難であった高速現象の追跡が可能になると期待されます。
本センサーを利用した検出システムの高性能化に向けて、素子境界で生じる弾道欠損※8を補正する高度信号処理技術の開発を進めます。これにより、素子間で発生する信号の不均一性を低減し、高計数率環境下においても安定したエネルギー分解能と高い定量精度を実現することを目指します。
また並行して、素子の量産化を進め、先端放射光分野へ広く展開するとともに、半導体・電池製造工程における高精度検査や分析装置への応用も図ります。これにより、放射光計測技術の高度化と産業分野への波及を同時に推進していきます。
共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター
初井宇記 (ハツイ・タカキ)
東末敏明 (トウスエ・トシアキ)
高輝度光科学研究センター 研究DX推進室
工藤統吾 (クドウ・トウゴ)
(理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
小林和生 (コバヤシ・カズオ)
(理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
株式会社ディーアンドエス
倉知郁生 (クラチ・イクオ)
株式会社エイアールテック
今村俊文 (イマムラ・トシフミ)
大本貴文 (オオモト・タカフミ)
前田智晃 (マエダ・トモアキ)
株式会社MIST
松田祐二 (マツダ・ユウジ)
【用語解説】
※1. シリコン・ドリフト検出器(SDD)
入射したX線の光子エネルギーを高い分解能で測定できる半導体検出器。内部の電場構造により生成された電荷を中央の読み出し電極へ効率的に集めることで、低ノイズかつ高速な計測が可能である。放射光実験や元素分析装置などで広く用いられている。SDDはSilicon Drift Detectorsの略。
※2. 計数率(カウントレート)、Mphotons/s/cm²
計数率は単位時間当たりに検出できるX線光子の数。単位はcps(counts per second)やphotons/sで表される。計数率が高いほど、短時間で多くのデータを取得できる。センサー技術の性能指標としては、単位面積当たりの計数率が重要で、単位はphotons/s/cm²などが用いられる。Mphotons/s/cm²は「1平方センチメートル当たり毎秒100万光子」を意味する。
※3. 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外線から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光が得られるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
※4. エネルギー分解能、半値全幅(FWHM)
エネルギー分解能はX線のエネルギーをどれだけ正確に識別できるかを示す指標。半値全幅はピーク幅を表し、この値が小さいほどエネルギー分解能が高い。本研究では5.9keVのX線に対して170eVを達成している。FWHMはFull Width at Half Maximumの略。
※5. 線形応答
入力強度に対して検出器の出力強度が比例関係を保つ性質。線形応答が維持されている範囲では、定量的な測定が正確に行える。
※6. オペランド測定
試料が実際に動作している状態(反応中・充放電中など)でその構造や状態を測定する手法。材料開発やデバイス研究において重要な解析方法。
※7. X線吸収微細構造(XAFS)
X線吸収スペクトルの微細な構造を解析する手法。元素の化学状態や局所構造を調べることができ、触媒反応や電池材料、半導体材料の研究などに用いられる。XAFSはX-ray Absorption Fine Structureの略。
※8. 弾道欠損
検出器の信号処理時間が短い場合に、信号が十分に形成される前に読み出されることで、X線エネルギーが過小評価されてしまう現象。これによりエネルギー分解能が低下する。
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<発表者>
理化学研究所 放射光科学研究センター 制御情報・データ創出基盤グループ
グループディレクター 初井宇記 (ハツイ・タカキ)
高輝度光科学研究センター 研究DX推進室
特任研究員 工藤統吾 (クドウ・トウゴ)
(理研 放射光科学研究センター 客員研究員)
株式会社ディーアンドエス
代表取締役社長 倉知郁生 (クラチ・イクオ)
株式会社エイアールテック
代表取締役 今村俊文 (イマムラ・トシフミ)
株式会社MIST
代表取締役社長 松田祐二 (マツダ・ユウジ)
<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:050-3495-0247
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
- 詳細
- 投稿者: Super User
- カテゴリ: プレスリリース
- 参照数: 637
タンパク質の動きを捉える新しい試料導入システムを開発
-テープ搬送による試料導入で試料消費量を低減-
2026年2月16日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
東北大学
京都大学
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理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの姜正敏研究員、同SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、東北大学多元物質科学研究所の南後恵理子教授、京都大学大学院医学研究科の岩田想教授らの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA※1」において、タンパク質の動きを捉える連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)※2のための試料を導入する新たなシステムを開発しました。
テープ搬送による試料導入システムでタンパク質の動的構造解析をわずかな試料で実現
論文情報 |
背景
ヒトの体の重要な構成成分であるタンパク質は、複雑に折り畳まれた構造を取っています。その立体構造と機能は深く関連しており、タンパク質が機能を発揮する際には巧みに構造を変えることが知られています。この動的な構造変化を原子レベルで解明することは、生命現象の理解や薬剤設計の上でも重要です。しかし、従来の方法ではタンパク質分子が素早く変化する過程を原子レベルで可視化することは困難でした。
X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた「連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)」は、この動的構造の解明に大きな進展をもたらしました。SFXは、フェムト秒(1,000兆分の1秒)単位の極めて短い発光時間を持つX線レーザーをタンパク質の微小結晶に照射し、生体温度に近い条件で立体構造データを取得する手法です。特に「時分割連続フェムト秒結晶構造解析(時分割SFX)」は、光、熱などの物理的刺激や、基質※3、リガンド(配位子)※4などの分子との結合によってタンパク質との反応が開始する時間を変えながら測定が可能であり、構造変化をリアルタイムに捉える唯一の手法として用いられてきました。
XFELを用いた実験では、高強度のX線レーザーによる照射後に試料が崩壊するため、新たな試料を次々と導入する必要があります。従来のSFX実験では、微小結晶を液体に混合してX線レーザーによる照射位置まで連続的に流す方法が使われてきました。しかし、X線レーザーは連続的に試料に照射されるのではなく、例えば1秒間に数十回程度の繰り返しで間欠的に照射されます。X線レーザーが照射されていない間も試料は流れ続けるため、その大部分がX線レーザー照射の実験に用いられず浪費されていました。タンパク質試料の調製には多大な時間とコストを要するため、この浪費を最小限に抑えることは重要な課題となっています。
研究手法と成果
タンパク質試料の浪費といった課題を解決するため、先行研究ではテープをコンベアベルトとして利用し、その上に滴下した液滴をX線レーザー照射位置まで運ぶ方法が提案されていました。国際共同研究グループは、この手法をさらに発展させ、よりコンパクトで実用性の高い試料導入システムを開発しました(図1)。
このシステムでは、ナノリットル(nL、1nLは10億分の1リットル)スケールの微小液滴を高速に吐出(としゅつ)する装置を2台、テープ送り方向に沿って直列に配置しました。テープは、耐久性などに優れた、厚さ約12マイクロメートル(µm、1µmは100万分の1メートル)のポリイミドフィルムを採用しました。それぞれの液滴吐出装置から、結晶を含む微小液滴と反応分子溶液の微小液滴をテープ面上に連続的に重ねて吐出します。その後、ベルトコンベアのようにX線レーザーの照射位置まで液滴を運び、液滴が載ったテープの裏面から垂直にX線レーザーを照射してデータを取得します。テープ面をX線に垂直に配置したことで、X線の焦点とテープ面上の液滴との位置合わせが飛躍的に簡便になり、測定の安定性が向上しました。また、液滴の吐出タイミングを、間欠的なX線レーザーの照射と同期させることで、高効率にデータを収集することができます。さらに、テープ送り速度や反応開始地点からX線照射位置までの距離を調整することで、約0.1秒から20秒弱までの範囲で、二つの微小液滴の混合時間を制御できるようにしました。
本システムの性能を実証するため、X線自由電子レーザー施設「SACLA」において、二液混合型の時分割SFX実験を実施しました。モデルタンパク質試料として、酵素であるニワトリ卵白由来のリゾチーム※5の結晶と、その阻害剤であるN-アセチルグルコサミン※6を使用しました。実験では、リゾチーム結晶を含む微小液滴と、N-アセチルグルコサミン溶液の微小液滴がテープ面上で重なった時からX線レーザーが照射されるまでの時間を数点設定し、反応過程における活性部位の変化を追跡しました。
この実験により、混合から一定時間経過後に、基質がリゾチームの活性部位に結合していく過程を原子レベルで捉えることに成功しました(図2)。さらに、各時点のデータセットを取得するために必要なリゾチームの消費量をわずか1~2mgに抑えることができました。これは、従来の実験方法に比べて、数十~数百分の1に当たる量となります。本システムでは、可視光レーザーを導入することで光励起型の時分割SFX実験も可能であり、これまで以上に多様なタンパク質に対して時分割SFX実験を適用することができます。
今後の期待
今回開発したシステムは、従来SFXで用いられてきた連続的な試料導入方法とは異なり、XFELを用いたX線レーザーの照射に同期した試料導入により試料消費量を削減するとともに、安定して高品質なデータを取得することを可能にしました。また、従来の方法に比べ、反応開始後から数十秒といった遅い反応を捉えることもできます。本技術の普及により、酵素などにおける反応過程の解明や、薬剤が標的タンパク質に結合する詳細なプロセスの可視化が加速されることが期待されます。
国際共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター
ビームライン開発チーム
研究員 姜 正敏 (カン・ジョンミン)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋牧名 (ヤバシ・マキナ)
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
チームリーダー 登野健介 (トノ・ケンスケ)
東北大学 多元物質科学研究所
教授 南後恵理子 (ナンゴ・エリコ)
(理研 SACLA利用技術開拓グループ(研究当時) チームリーダー(研究当時))
京都大学 大学院医学研究科
教授 岩田 想 (イワタ・ソウ)
(理研 SACLA利用技術開拓グループ(研究当時)
グループディレクター(研究当時))
Diamond Light Source UK XFEL Hub(英国)
グループリーダー アレン・オルベイル(Allen M. Orville)
研究支援
本研究は、理化学研究所放射光科学研究センター「SACLA/SPring-8基盤開発プログラム(研究代表者:岩田想)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用(研究代表者:岩田想)」、同学術変革領域研究(A)「タンパク質機能のポテンシャルを解放する生成的デザイン学(研究代表者:林重彦)」、日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等先端技術基盤プラットフォーム(AMED-BINDS)」による助成を受けて行われました。
【用語解説】
※1. SACLA
理研と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で建設した日本初のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。加速器の中で電子の固まりを正確な制御の下で一斉に振動させ、その電子の固まりからX線レーザーを発生させるX線発生装置。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の一つで2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から供用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにもかかわらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長クラスのレーザーの生成能力を有している。詳細はSACLAのウェブサイト ( http://xfel.riken.jp/ ) を参照。
※2. 連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)、時分割連続フェムト秒結晶構造解析(時分割SFX)
連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)は、多数の微小結晶を含む液体などをインジェクターと呼ばれる装置から連続的に導入し、フェムト秒のX線レーザーパルスを照射して結晶構造を解析する手法。配向(配列方向)の異なる多数の微小結晶からの回折データを連続的に収集する。さらに、光照射(光励起型)、温度上昇、基質(※3参照)混合(二液混合型)などで反応が開始する時間を変えながら測定することで、タンパク質の構造変化をフェムト秒~ 秒スケールで連続追跡し、反応過程を “動画”のように可視化できる手法を時分割SFXという。SFXは、Serial Femtosecond Crystallographyの略。
※3. 基質
酵素反応によって消費される化学物質のこと。例えば、酒類に含まれるエタノールはアルコール分解酵素の基質である。
※4. リガンド(配位子)
受容体や酵素などの標的タンパク質に結合し、その働きを「スイッチ」のように調節する分子。医薬品候補の多くはリガンドとして作用し、病気に関わる反応を選択的に制御する。構造解析によりタンパク質とリガンドの結合様式を可視化できる。
※5. リゾチーム
多糖類を加水分解する酵素の一つ。本研究で用いたニワトリ卵白リゾチームは129個のアミノ酸残基により構成されており、2個のメチオニン、および8個のシステインを含む。タンパク質のX線結晶構造解析において、リゾチームはモデルタンパク質としてよく用いられる。
※6. N-アセチルグルコサミン
アセチル化した2-アミノグルコースで糖の一種。細菌の細胞壁(ペプチドグリカン)や真菌のキチン、糖タンパク質の糖鎖の構成要素として広く存在する。生体分子の安定化や認識、シグナル伝達に関与する。
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<発表者>
理化学研究所 放射光科学研究センター
ビームライン開発チーム
研究員 姜 正敏 (カン・ジョンミン)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋牧名 (ヤバシ・マキナ)
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
チームリーダー 登野健介 (トノ・ケンスケ)
東北大学 多元物質科学研究所
教授 南後恵理子(ナンゴ・エリコ)
京都大学 大学院医学研究科
教授 岩田 想 (イワタ・ソウ)
<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagen
grp.tohoku.ac.jp
京都大学 広報室 国際広報班
TEL:075-753-5729
E-mail:comms
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou
spring8.or.jp
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工業的金属加工プロセスの超高速レントゲン診断法が実現
――SPring-8が新開発した透過力の高い明るいX線を用いることで、 世界ではじめて金属の切削・放電加工現象の観察に成功――
2026年2月20日
東京大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
◆産業・工業で重要な金属加工プロセスの超高速レントゲン診断法が実現しました。
◆SPring-8が新開発したX線を用いて金属内部の変形や動作のスローモーション撮像に成功。
◆自動車、航空、船舶など広範な工業分野において、金属加工技術の問題点を明らかにします。
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東京大学 先端科学技術研究センターの三村秀和教授(理化学研究所 放射光科学研究センターチームリーダー兼務)、理化学研究所 放射光科学研究センターの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターの大橋治彦室長は、切削加工(注1)や放電加工(注2)などの金属加工技術のための、超高速レントゲン診断法(注3)を開発しました。 |
発表内容
自動車、家電、航空、船舶などあらゆる工業分野において、切削加工に代表される金属加工技術はものづくりの根幹であり、20世紀後半から現在に至るまで日本が世界をリードしている分野です。
現在、工場現場での加工プロセスの改善は職人的な手法で行われており、理論的解明が難しく、シミュレーターの利用はほとんど行われていません。その主な理由は、金属の加工プロセスは、金属内部や冷却液などの中で行われるため直接観察できないためです。物質の内部を観察する手段としては、X線がありますが、通常のⅩ線では強度が弱く、高速で見ることができず、また、金属内部を透過するためには、より透過力の強い高エネルギーのⅩ線が必要でした。
一方、近年、SPring-8では厚い金属を透過する100keVのX線を、極めて明るい光量で供給する技術を新開発しました。図1は、X線のエネルギーと金属の透過する厚さになります。このグラフから、100 keVのX線を用いると鉄や銅などの工業分野で主となる金属を数ミリメートル以上の厚さでも透過することがわかります。
エネルギーが高いほど、金属の透過する厚さが増加します。
本研究では、図2に示すようにこの金属の透過力に優れたX線を、ドリル加工と放電加工の冷却液と金属内部を5000分の1秒の速さで観察、すなわち超高速レントゲン診断に用いました。
図3は、実際に銅合金をドリル加工した様子です。このように、鮮明に金属内部において工具により、金属が除去されていく様子を観察することに世界で初めて成功しました。さらに、ドリル工具の振動の様子もわかり、穴加工で防ぐべきバリの発生メカニズムも解明しました。本研究では、工業分野で重要な放電加工の観察にも成功しています。
上側は、穴をあけはじめ、下側は貫通後の動画の一部。実際は5000分の1秒の間隔で撮影
本手法により、冷却水や金属の内部で起こっている、誰も見たことがない金属除去過程や、切りくず発生、工具振動などをダイレクトに観察することができます。2年後に実現するSPring-8-IIにより、新開発されるX線は、さらに性能が向上します。そうすれば、より高い空間分解能と時間分解能で、切削加工、放電加工、レーザー加工や3Dプリンタなど、あらゆる金属プロセスの超高速レントゲン診断が可能になります。
開発した金属加工プロセスの超高速レントゲン診断法は、工作機械(注6)や工具開発を飛躍的に促進させ、日本がリードしている工作機械分野のさらなる発展に貢献することが期待できます。
発表者・研究者等情報
東京大学 先端科学技術研究センター
三村秀和 教授
兼:理化学研究所 放射光科学研究センター チームリーダー
理化学研究所 放射光科学研究センター
矢橋牧名 グループディレクター
高輝度光科学研究センター ビームライン光学技術推進室
大橋治彦 室長
研究助成
本研究は、科研費「高精度大型ウォルターミラーの開発とX線望遠鏡・X線顕微鏡への展開」
(課題番号:23H00156)の支援により実施されました。
【用語解説】
(注1) 切削加工
刃物を用いて材料を局所的に破壊しながら加工する技術。穴をあけるドリル加工、表面を削っていくミーリング、材料を切る切断加工など、様々な加工技術がある。
(注2) 放電加工
狭いギャップに高い電圧をかけると発生する放電現象を利用した加工技術。高い熱を発生することができ難加工材の加工に用いられる。
(注3) 超高速レントゲン診断
レントゲン診断はⅩ線を用いて体や物質の内部を観察する意味。すなわち、超高速レントゲン診断は、物質内部の早い動きを、スローモーションの動画にして診断すること。
(注4) 大型放射光施設「SPring-8」
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8(スプリング・エイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(注5) 透過力の高い100 keVの明るいⅩ線
光子の持つエネルギーが高く、波長が極めて短いⅩ線。100 keVの場合、波長は0.0124ナノメートル。
(注6) 工作機械
金属や樹脂などの材料を削る、穴をあける、磨くなどの加工を行い、目的の形状に仕上げる「機械を作るための機械(マザーマシン)」。
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本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<研究内容について>
東京大学先端科学技術研究センター
教授 三村 秀和(みむら ひでかず)
<機関窓口>
東京大学先端科学技術研究センター 広報室
TEL:03-5452-5424
E-mail:press
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理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
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ビタミンB12を用いた光受容タンパク質の活性化メカニズムを解明
~SACLAが捉えた光化学反応と生命応答の関係~
2026年2月5日
兵庫県立大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
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フランスInstitut de Biologie StructuraleのMartin Weik教授及びRonald Rios-Santacruz大学院生(現研究員)、兵庫県立大学大学院理学研究科の當舎武彦教授、理化学研究所放射光科学研究センターの杉本宏専任研究員、公益財団法人高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員を含む国際共同研究グループは、ビタミンB12※1を用いて光を感知する光受容タンパク質 CarH の活性化機構の詳細を、X線自由電子レーザー(XFEL)※2施設SACLA※3を活用した時間分解構造解析※4を中心に、種々の計測手法を駆使して解明しました。光受容タンパク質は、視覚、光合成、体内時計など、生命にとって基本的かつ重要な機能に関わっています。細菌のCarH は補因子※5としてビタミンB12を利用する新しいタイプの光受容体ですが、その光応答の分子機構は不明でした。本研究では、光照射によって引き起こされる反応をナノ秒(10億分の1秒)から3秒までの範囲で追跡し、これまでみることができなかった光活性化途中の姿(反応中間体)を捉え、その役割を明らかにしました。本成果は、光によるタンパク質制御の理解を大きく進めるもので、2026年2月4日に英科学誌「Nature」に掲載されました。 【論文情報】 |
【研究の背景】
CarHは細菌にみられ、ビタミンB12を用いて光を感知し、カロテノイド※6合成に関わるタンパク質の合成を制御する光応答型転写調節因子※7です。CarHに結合したビタミンB12が光を受容すると、CarHの構造が変化します。その結果、四量体を形成していたCarHが単量体になることで、DNAに結合する能力を失い、タンパク質の合成が制御されます(図1)。ビタミンB12は、酵素の活性部位として機能し、生体内で様々な化学反応を行うことがよく知られています。一方で、CarH のような光受容タンパク質において、ビタミンB12が利用される例はあまり知られていません。CarHがどのようにして「光」による機能制御を可能にしているのか、その要因は明らかになっていませんでした。この疑問に答えるために、CarHが光を受けた直後のナノ秒から、最終的にタンパク質の構造が大きく変化する数秒までの「姿」をみることが重要になります。
図1 CarHの構造と機能。CarHは光を感知するためにビタミンB12を利用している。CarHが光を受けると四量体から単量体へと構造が変化し、DNAに結合できなくなる。
【研究内容と成果】
研究グループは、主にXFEL施設SACLAでの時間分解構造解析を利用して、CarH の光活性化過程を詳細に解析しました(図2)。その結果、光照射によってビタミンB12誘導体中のコバルト–炭素結合(Co–C結合)が切断された後、3マイクロ秒(マイクロ秒は百万分の1秒)で、これまで知られていなかった新しい反応中間体が形成されることを発見しました。この中間体では、光を受容する前にみられたビタミンB12誘導体中のCo–C結合(Co–C5’結合)とは異なる新たなCo–C結合(Co–C4’結合)ができており(図2)、その後に起こる大きな構造変化を引き起こす鍵となっていることがわかりました。そして、CarH は四量体から単量体へ変化し、DNA結合能を失うことで転写制御が切り替わります。この仕組みは、ビタミンB12をもつ酵素とは本質的に異なる光受容タンパク質特有のものであることが示されました。
図2 XFEL施設SACLAでの時間分解構造解析で明らかとなったCarHの光活性化の仕組み。本研究では、光照射の3マイクロ秒後にCo-C4’結合をもつ新たな反応中間体を発見した。
【今後の展開】
本研究は、光照射のナノ秒から数秒後のCarHの姿を捉えることで、ビタミンB12を用いた光受容の仕組みを理解した成果です。この知見は、光による遺伝子制御の理解を深めるだけでなく、将来的にはオプトジェネティクス※8への応用や、光をつかってタンパク質の働きを自在に操作する技術への応用が期待されます。
【謝辞】
本研究は、理研が提供するSACLA大学院生研究支援プログラム及び二国間交流事業(フランス(MEAE-MESRI)との共同研究)による支援を受けて実施されました。
【用語解説】
※1. ビタミンB12
コバラミンと呼ばれる化合物の総称で、中心にコバルト原子をもつ大きな環状の有機金属分子である。生体内では、アデノシルコバラミンやメチルコバラミンといった形(ビタミンB12誘導体)で存在し、酵素の活性部位として働く。ヒトや動物にとって必須のビタミンの一種である。
※2. X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かし、数十マイクロメートル以下の小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析に利用されている。また、フェムト秒パルスの特性を活かし、X線照射による試料損傷が顕在化する前のありのままの構造の解析や、時間分解測定が可能となる。
※3. SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短波長クラスのレーザーの生成能力をもつ。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。
※4. 時間分解構造解析
タンパク質などの分子の構造が時間とともにどのように変化するかを調べる手法である。光や温度変化などの刺激を与え、その直後からの構造変化を観察することで、反応の途中段階を捉えることができる。これにより、反応がどのようにして進むのか、を構造の変化として理解できる。
※5. 補因子
酵素やタンパク質が働くために必要な、タンパク質以外の成分である。多くの酵素は、補因子が結合してはじめて反応を進めることができる。補因子には、金属イオンやビタミン由来の有機分子などがある。
※6. カロテノイド
黄色や赤色の色素として知られる有機化合物で、植物や藻類、細菌などに広く存在する。光を吸収する性質をもち、光合成の補助や、強い光から細胞を守る働きがある。代表的なものに、ニンジンに含まれるβカロテンがある。
※7. 転写調節因子
DNAに結合して遺伝子の転写を促進したり抑制したりするタンパク質である。細胞が環境の変化に応じるために重要である。
※8. オプトジェネティクス
光に反応するタンパク質を細胞内に導入し、光を当てることで細胞の働きや遺伝子の発現を制御する技術である。光を当てる、場所や時間をコントロールできることが特徴であり、生命現象の理解に役立っている。
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【問い合わせ先】 |
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
當舎 武彦(トウシャ タケヒコ)
兵庫県立大学 大学院理学研究科 教授
杉本 宏(スギモト ヒロシ)
理化学研究所 放射光科学研究センター
生命系放射光利用システム開発チーム 専任研究員
大和田 成起(オオワダ シゲキ)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループ
実験技術開発チーム 主幹研究員
Martin WEIK
Institut de Biologie Structurale, Professor
(報道に関すること)
兵庫県立大学 播磨理学キャンパス経営部総務課
TEL:0791-58-0101
E-mail:soumu_harima
ofc.u-hyogo.ac.jp
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press
ml.riken.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou
spring8.or.jp