放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

クリプトクロム光受容タンパク質による光応答シグナル伝達の中間体構造を解明


2025年5月17日
大阪大学
東北大学
高輝度光科学研究センター


【研究成果のポイント】

◆青色光受容タンパク質であるクリプトクロムが光を検知した後の中間体構造を経時的に解析することで、クリプトクロムの光応答機構の詳細を解明
◆クリプトクロムに内包されるフラビン補酵素(FAD)の光還元反応に伴い、FAD近傍とFAD遠位にて独立に構造変化が起こることで、シグナル伝達を担う分子構造へと遷移することを発見
◆クリプトクロムの構造-機能相関の理解が深まり、今後の人工光遺伝学ツール開発の発展に貢献


台湾大学のManuel Maestre-Reyna助理教授、ドイツ・フィリップ大マールブルグのLars-Oliver Essen教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の山元淳平准教授、台湾中央研究院・生物化學研究所の蔡明道特聘研究員らは、理化学研究所の別所義隆客員研究員、公益財団法人高輝度光科学研究センターの大和田成起主幹研究員、東北大学の南後恵理子教授、京都大学の岩田想教授、兵庫県立大学の當舎武彦教授、名古屋大学の梅名泰史准教授、およびグルノーブル・アルプ大学、欧州シンクロトロン放射光研究所の研究者らとの国際共同研究にて、緑藻類をはじめとした植物やハエの内に存在する青色光受容タンパク質であるクリプトクロムの、光受容後10ナノ秒から233ミリ秒にわたる中間体の立体構造を解明しました(図1)。
植物の生育やシグナル伝達・概日リズム形成などに関与する青色光受容型クリプトクロムは、発色団であるフラビンアデニンジヌクレオチド※1光還元反応※2によって下流因子へとシグナル伝達すると考えられていましたが、その詳細な分子機構については解明されていませんでした。 今回、研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)※3施設SACLA※4のBL2ビームラインを用いて、クリプトクロムの微結晶を対象とした時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(TR-SFX)※5を実施しました。その結果、光受容後のクリプトクロム中間体の三次元立体化学構造を明らかにし、光還元反応がタンパク質中に引き起こす構造変化がシグナル伝達の鍵であることを解明しました。これにより、人工光遺伝学ツールの開発応用が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、5月17日(土)に公開されました。



図1 青色光受容クリプトクロムの光応答反応の概要


【山元准教授のコメント】
長年クリプトクロムが属するタンパク質ファミリーの研究を行ってきましたが、タンパク質そのものの動きを原子分解能で可視化してその動きの意味を説明できた時は、自然界の奥深さに大変感動しました。SACLAでの測定は半年に一度しか機会がなく、コロナ禍で実験参加可能人数が限られる中、工夫・改善・議論を繰り返して実験・解析手法を確立し、本成果につながりました。共著者一人一人の貢献が明確にあり、本プロジェクトに関与した全ての研究者の皆様に感謝しています。



論文情報
雑誌名: Science Advances
題名 :Capturing structural intermediates in an animal-like cryptochrome photoreceptor by time-resolved crystallography
著者:Manuel Maestre-Reyna*, Yuhei Hosokawa, Po-Hsun Wang, Martin Saft, Nicolas Caramello, Sylvain Engilberge, Sophie Franz-Badur, Eka Putra Gusti Ngurah Putu, Mai Nakamura, Wen-Jin Wu, Hsiang-Yi Wu, Cheng-Chung Lee, Wei-Cheng Huang, Kai-Fa Huang, Yao-Kai Chang, Cheng-Han Yang, Meng-Iao Fong, Wei-Ting Lin, Kai-Chun Yang, Yuki Ban, Tomoki Imura, Atsuo Kazuoka, Eisho Tanida, Shigeki Owada, Yasumasa Joti, Rie Tanaka, Tomoyuki Tanaka, Jungmin Kang, Fangjia Luo, Kensuke Tono, Stephan Kiontke, Lukas Korf, Yasufumi Umena, Takehiko Tosha, Yoshitaka Bessho, Eriko Nango, So Iwata, Antoine Royant, Ming-Daw Tsai*, Junpei Yamamoto*, Lars-Oliver Essen*
DOI:10.1126/sciadv.adu7247


研究の背景

ギリシャ語で「隠れた色素」を意味するクリプトクロムは、植物の生育やシグナル伝達・概日リズム形成などに関与する多機能タンパク質です。その内、青色光に応答して機能するものはフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)をタンパク質内部に有しています。タンパク質中のFADが光によって励起されると、FAD近傍に存在する芳香族アミノ酸側鎖から電子を獲得し、一電子還元状態のアニオン型FADラジカル(FAD•–)と一電子酸化状態のアミノ酸側鎖ラジカルを1ナノ秒以内に生成します。
この光還元反応によって生成するラジカル対はクリプトクロムの光応答機能に関与することが知られていましたが、光還元反応がどのように機能発現につながるのかは不明でした。


研究の内容

今回、研究グループは、青色光受容クリプトクロムの一つであるクラミドモナス由来動物型クリプトクロム(CraCRY)の微結晶をターゲットとし、まずは異なるFAD酸化状態を有するCraCRYの三次元構造をSACLAにて明らかにしました。酸化状態(FADox)および二電子還元状態FAD(FADH)を有するCraCRYでは全体構造は概ね一致しました。一方で、一電子還元状態中性FADラジカル(FADH)を有するCraCRYはC末端領域において電子密度の喪失が認められ、この部分の構造を決定することができませんでした。このことから、FADoxからFADHへの変化に伴うタンパク質構造変化が光応答機能発現の鍵となることを見出しました。
続いて、FADoxを有するCraCRY微結晶を用いて、光励起後10ナノ秒から233ミリ秒における反応中間体の三次元構造をTR-SFXによって解明しました。その結果、(i) FAD近傍、(ii) FADに隣接する溶媒露出部位、および(iii) C末端領域の3箇所が、異なる時間領域で構造変化することがわかりました(図2)。まず、FAD•–の形成に応じてFAD近傍が構造変化し、その後マイクロ秒以降に溶媒露出部位において逐次的に構造変化が起こることで、FAD•–のプロトン化産物であるFADHの形成を時空間的に制御することを見出しました。また、FAD光還元反応によって生じる一電子酸化状態のアミノ酸側鎖ラジカルの近傍にはC末端領域が存在し、ラジカルの形成によってC末端領域とタンパク質本体をつなぐ塩橋が崩壊することで、C末端領域の構造変化が独立して誘起されることを明らかにしました。これらのデータから、クリプトクロムが光に応答して下流因子へとシグナル伝達を担う構造へと遷移する分子機構を解明しました。



図2 光受容後の構造変化の概要


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、青色光受容クリプトクロムが光を検知した後の構造を経時的に解析することで、クリプトクロムの光応答機構の詳細な描像を与えることができたことから、基礎科学の理解に大きく貢献します。
また、クリプトクロムはオプトジェネティクス(光遺伝学)のツールの一つとなりうることが示唆されており、今回の研究から、より高活性な人工光遺伝学ツールの創成などへの応用研究への道が開けました。


特記事項

なお、本研究は、主に日本学術振興会 科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「二元機能性青色光受容タンパク質の光応答機構」(代表者:山元淳平)、同基盤研究(C)「DNA光回復酵素フォトリアーゼのXFEL時分割結晶構造解析」(代表者:別所義隆)、JST創発的研究推進事業(FOREST)「DNA修復反応の動的構造解析基盤の創出」(代表者:山元淳平)、日本医療研究開発機構(AMED)の生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(代表者:岩田想、分担者:南後恵理子)による助成を受けて行われました。


【用語解説】


※1. フラビンアデニンジヌクレオチド
ビタミンB2(リボフラビン)にピロリン酸を介してアデノシンが結合した化合物で、多くの酸化還元酵素の補酵素として使われている。アデノシンが結合しないフラビンモノヌクレオチド(FMN)とともに、フラビン補酵素と呼ばれる。酸化型、一電子還元型アニオン型ラジカル、一電子還元型中性ラジカル、二電子還元型の酸化還元状態をとり、それぞれFADox、FAD•–、FADH、FADHと示した。


※2. 光還元反応
クリプトクロムが属する光回復酵素・クリプトクロムスーパーファミリー(PCSf)に特徴的な光依存的なFADの還元反応。励起状態のFAD発色団は、PCSf中にて高度に保存された3つないし4つの芳香族アミノ酸側鎖から電子を獲得し、還元状態のFAD種が生成する。一方で、芳香族アミノ酸側鎖上に生じた正孔は、保存された他のアミノ酸側鎖から連続的に電子授受が起こることでタンパク質外縁近傍へと移動し、還元状態のFAD種が安定化される。


※3. X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。「SPring-8(スプリングエイト)」などの従来の放射光源と比較して、10億倍も高い輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)スケールの時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてマイクロメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。
XFELはX-ray Free Electron Laserの略。


※4. SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短クラスの波長のレーザー生成能力を持つ。


※5. 時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造解析(TR-SFX)
結晶中の分子の微細な動きを高い時間・空間分解能で観察する手法。本研究では、高粘度媒体に懸濁させた微結晶をXFELおよび励起パルスレーザー光の焦点に対して連続的に吐出することで、光励起後一定の遅延時間における回折像を取得した。数万枚のイメージデータからタンパク質の立体構造を決定し、光応答反応中間体のスナップショットを構築した。


本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 大学院基礎工学研究科 准教授
山元淳平(やまもと じゅんぺい)

東北大学 多元物質科学研究所 教授
南後恵理子(なんご えりこ)

公益財団法人高輝度光科学研究センター 主幹研究員
大和田成起(おおわだ しげき)


<広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 基礎工学研究科 庶務係
TEL: 06-6850-6131    FAX: 06-6850-6477
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
E-mail: press.tagengrp.tohoku.ac.jp

公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL: 0791-58-2785
E-mail: このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。


(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

本件に関するお問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 大学院基礎工学研究科 准教授
山元淳平(やまもと じゅんぺい)

東北大学 多元物質科学研究所 教授
南後恵理子(なんご えりこ)

公益財団法人高輝度光科学研究センター 主幹研究員
大和田成起(おおわだ しげき)


<広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 基礎工学研究科 庶務係
TEL: 06-6850-6131    FAX: 06-6850-6477
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
E-mail: press.tagengrp.tohoku.ac.jp

公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL: 0791-58-2785
E-mail: このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。


(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

燃料電池材料開発を支える新たな放射光実験データベースを構築
~高品質な実験データ管理で加速するデータ駆動型材料研究~


2025年5月15日
高輝度光科学研究センター


【発表のポイント】

●燃料電池材料研究を支援する放射光実験データベース「FC-BENTEN」を構築
 → 測定・分析手法の体系的な整理により、高品質なデータの効率的な管理・共有を実現
メタデータ※1設計と自動化ツールの導入により、データの再利用性・相互運用性を向上
 → マテリアルズ・インフォマティクス(MI)※2と連携に向けた基盤を整備
●実験データ活用の高度化により、高性能燃料電池材料の設計・開発を加速


高輝度光科学研究センターは、技術研究組合FC-Cubic、京都大学と共同で、大型放射光施設SPring-8における燃料電池材料の放射光実験分析データを体系的に収集・管理するためのデータベース「FC-BENTEN」を開発しました。本データベースは、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けて構築され、SPring-8で実施されるXAFS※3HAXPES※4XRD※5PDF※6SAXS※7の多様な放射光実験測定手法に対応しています。FC-BENTENでは、測定プロトコルやメタデータの形式・記述方法を整理・統一し、再現性の高い実験データの登録・検索・共有を可能にしました。また、将来的にはマテリアルズ・インフォマティクス(MI)との連携を視野に入れ、より高速で効率的な材料探索が可能となる基盤技術としての役割が期待されます。
なお、本データベースには一部、依頼元から提供された試料に関する非公開データも登録されていますが、今回発表した論文では、Pt系触媒の標準試料を用いた実験データのみを対象としており、材料提供者様の情報は含まれておりません。
本研究では、SPring-8のBL14B2、BL36XU、BL46XU、BL09XU、BL19B2、BL04B2、BL40B2のビームラインを使用しました。
本研究成果は、MDPI誌「Applied Sciences」に2025年4月3日付で掲載されました。

論文情報
雑誌名: MDPI Applied Sciences
題名 :FC-BENTEN: Synchrotron X-Ray Experimental Database for Polymer-Electrolyte Fuel-Cell Material Analysis
著者:松本 崇博、横田 滋、金子 拓真、Mayeesha Marium、金 制憲、渡邉 康裕、岩本 裕之、梅谷 啓二、宇留賀 朋哉、Albert Mufundirwa、水野 勇希、藤岡 大毅、宮澤 徹也、辻 拡和、内本 喜晴、松本 匡史、今井 英人、櫻井 吉晴
※責任著者: 松本 崇博、櫻井 吉晴
DOI:10.3390/app15073931


【研究の背景】

燃料電池材料の開発においては、性能や耐久性を左右する複雑な構造や化学状態を高精度に評価することが求められます。特にSPring-8における放射光施設を活用した分析手法は、その詳細な情報取得に有効ですが、実験データの再現性確保や共有・活用のための体系的な仕組みはこれまで不十分でした。こうした状況の中、データの質と活用性を高め、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)との連携も視野に入れたデータベースの整備が強く求められていました。


【今回の取り組み】

本研究では、燃料電池材料の研究開発を支援する放射光実験データベース「FC-BENTEN」を構築しました。XAFS、HAXPES、XRD、PDF、SAXSなど多様な放射光測定手法に対応し、メタデータの体系化と自動化された登録ツールにより、高品質なデータを効率的に管理・共有できる仕組みを実現しています。これにより、材料開発における分析プロセスの信頼性とデータ再利用性が飛躍的に向上しました。


【今後の展開】

本データベースでの取り組みを通じて得られた知見は、今後の燃料電池材料研究における実験データの蓄積や活用を考えるうえで、有用な手がかりとなると期待されます。今後は、情報科学的手法の活用なども視野に入れながら、データ駆動型材料研究の発展を支える基盤として、より効率的な材料研究を支援していくことが期待されます。



図1 燃料電池材料研究を支援する放射光実験とデータ基盤の概要図。


SPring-8に設置されたXAFS、HAXPES、XRD、PDF、SAXSなどの多様な放射光測定装置による実験データは、FC-BENTENデータベースに集約されます。データは、試料、測定、解析に関する一貫したメタデータとともに管理され、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)との連携を可能にします。こうした高品質な実験データは、FC-Platform※8における燃料電池(PEFC※9)材料の評価・解析に活用され、例えばPt触媒の粒子径に関するXRDとSAXSの相関解析など、材料開発の加速に貢献します。



図2 FC-BENTENのウェブインターフェース。左側にディレクトリ構造を表示し、キーワード検索で目的のデータを素早く探せます。右側にはファイル一覧やプレビューが表示され、視覚的にデータ内容を確認できます。


【謝辞】

本成果はNEDOの「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」(プロジェクトトコード P20003)の助成を受けて実施されました。


【用語解説】


※1. メタデータ
データの内容や取得条件、測定手法などを記述する付帯情報です。データの検索性や再利用性を高めるために不可欠な情報です。


※2. マテリアルズ・インフォマティクス(MI)
材料データと情報科学(AIや機械学習など)を組み合わせて、新材料の探索や設計を効率化するアプローチです。実験データの蓄積と利活用が重要な鍵となります。


※3. XAFS(X線吸収微細構造)
物質にX線を照射した際の吸収スペクトルの微細な変化を分析することで、原子周囲の構造や電子状態を調べる手法です。材料中の特定元素の局所構造を非破壊で評価できます。


※4. HAXPES(硬X線光電子分光)
高エネルギーのX線を用いて、物質表面だけでなく、より深部の電子状態を観測できる分光技術です。電極材料などのバルク特性の評価に有効です。


※5. XRD(X線回折)
結晶構造を調べるための代表的な手法で、X線の回折パターンから原子の配列や結晶性を明らかにします。材料の相構造の同定に用いられます。


※6. PDF(二体分布関数)
X線散乱データを用いて、結晶・非晶質を問わず原子間の距離分布を解析する手法です。局所構造の乱れやナノスケールの構造情報が得られます。


※7. SAXS(小角X線散乱)
ナノメートルスケールの構造情報を取得するためのX線散乱法です。多孔質構造や粒子径、集合構造などの評価に用いられます。


※8. FC-Platform (PEFC評価解析プラットフォーム)
燃料電池の材料開発や性能評価を統合的に支援する研究基盤で、複数の実験施設や分析技術を連携させた取り組みを指します。FC-Cubicが推進しています。


※9. PEFC(固体高分子形燃料電池)
高分子電解質膜を用いた燃料電池で、水素と酸素の反応により発電します。家庭用や自動車用の燃料電池として実用化が進んでいます。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
松本 崇博(マツモト タカヒロ)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 産学総合支援室 主幹研究員
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1


(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
松本 崇博(マツモト タカヒロ)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 産学総合支援室 主幹研究員
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
  公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1


(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

地球マントルの謎の溶融層の形成メカニズムを解明 


2025年5月8日
岡山大学
高輝度光科学研究センター


◆発表のポイント

・地球のマントルには410 kmの深さにある不連続面上に2重の低速度層がしばしば観察されますがその成因は謎でした。
・高圧下でマントルを構成するケイ酸塩物質に水を加えたものを溶かして重い球を落下させることで溶融物の粘性を決定したところ、異常に粘性が低いことが分かりました。
・モデル計算から、上昇するマントル対流の部分で水を含む溶融物が存在する場合に2重の低速度層を再現できることが分かりました。


岡山大学学術研究院先鋭研究領域・惑星物質研究所の芳野 極教授が参加する、日英仏米の国際的な科学者チームが、地球マントル深部に存在する謎めいた溶融層の成因を調査しました。Nature Communications誌(2025年4月4日)に掲載されたこの研究は、高圧科学技術先端研究センター(HPSTAR)とユニバーシティ・カレッジ・ロンドンに所属する岡山大学出身のロンジャン・シェ博士が主導しました。地球深部の水を含むケイ酸塩メルトの粘性測定から「メルト・ダブレット」と呼ばれる、地球の410 kmのマントル不連続面より上に位置する一対の溶融岩石層の形成過程を解明しました。岡山大学の高圧実験技術とSPring-8の強い放射光を用いて高温高圧下の含水ケイ酸塩溶融物(メルト)の粘性を測定し、モデル計算により、地球深部における溶融挙動がマントルのダイナミクスや水循環に及ぼす影響に関する謎を解き明かしました。この研究によりマントルの対流や化学進化への理解が進むことが期待されます。

論文情報
雑誌名: Nature Communications
題名 :Low melt viscosity enables melt doublets above the 410-km discontinuity
著者:Longjian Xie, Denis Andrault, Takashi Yoshino(芳野 極), Cunrui Han, James O. S. Hammond, Fang Xu, Bin Zhao, Oliver T. Lord, Yingwei Fei, Simon Falvard, Sho Kakizawa(柿澤 翔), Noriyoshi Tsujino(辻野 典秀), Yuji Higo(肥後 祐司), Laura Henry, Nicolas Guignot & David P. Dobson
DOI:10.1038/s41467-025-58518-7


芳野教授

岡山大学惑星物質研究所で博士の学位を取得した学生との共同研究からこの成果を得ることができました。SPring-8の高輝度放射光と惑星物質研究所の高圧発生技術によって、地球深部の高温高圧状態の物質をその場で観察することができます。研究者を目指す若者が減っていますが、ワクワクドキドキするような体験を我々と一緒にしてみませんか?


■発表内容

<現状>
地震探査により、マントル内でカンラン石から高圧相のワズレアイトへの遷移が起きる410km地震波不連続面(1)の直上に低速度層が検出されています。これらの低速度層は、多くの場合、含水ケイ酸塩メルトに起因すると考えられており、厚さは30~100 kmとさまざまで、時には二重層として現れることがあります。これまでのモデルでは、高密度の溶融物が不連続面上に蓄積されることが示唆されていましたが、観測された二重の低速度層を説明することはできませんでした(図1b)。


<研究成果の内容>
研究チームは、大型放射光施設SPring-8(2)(BL04B1)において高圧実験を実施し、410 km不連続面近傍の温度圧力環境を再現し、含水ケイ酸塩溶融体の粘性(3)を測定しました。その結果、含水率の増加に伴い粘性が劇的に低下することが分かりました(図1a)。これらの含水メルトの非常に低い粘性は、マントル中を高速に移動することを可能にします。1次元シミュレーションによって、上昇するマントルにおける含水ワズレアイトの継続的な脱水溶融によって二層のメルト層が形成されることを明らかにしました(図1b)。興味深いことに、これらの層は、局所的な条件、特に密度差やプルーム(4)の上昇する速度に応じて、単一の厚い層に融合することも、明確な二重層のまま残ることもあります。この挙動は、アラビア半島南部のアファー地域のマントルプルームシステムで観測される、単一の溶融層から分離された二重層への遷移を完璧に説明することができます。


<社会的な意義>
地球深部のマントルにおける溶融体の移動過程の解明は、火山システム、地表と内部間の深層水循環、そして惑星進化に関する理解に革命をもたらす可能性のある重要な知見を提供します。この研究成果は、地質災害の予測から新たな鉱物資源の発見に至るまで、幅広い応用が期待される、地球深部プロセスの次世代モデル開発の基盤となります。この画期的な成果は、地球のダイナミックな内部構造に関する将来の研究に刺激的な道を開くものです。



図1 低粘性により410 km不連続面より上において2重溶融層の形成が可能になることを示す模式図。(a) マントル溶融物の粘性に対する水の影響。(b) アファープルーム領域で観測された溶融層分布。Thompson et al. (2015) から改変。

■研究資金

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(基盤S・21H04996研究代表:芳野極)、RCUK grants(NE/X009807, NE/T006617研究代表:David Dobson)の支援を受けて実施しました。また、本研究はSPring-8の課題番号2023A1109, 2024A1175で実施しました。ダイヤモンドシーリング技術は、フランスのソレイユにあるプシシェで、課題番号20230084、20220234、20211568、および20201203の支援を受けて開発されました。回収されたサンプルのトモグラフィーは、ClerVolcの2024年度ビジタープログラム(課題番号686)の支援を受けて実施されました。ダイヤモンドカプセルの製造は、英国王立協会の大学研究フェローシップ(UF150057)の形で部分的に支援されました。ビームタイムの実験準備は、岡山大学惑星物質研究所(IPM)の2023年度共同利用・共同研究拠点の支援を受けて行われました。


【補足・用語説明】


※1. 410km不連続面
地球内部の上部マントルと遷移層の境界で、深さ約410kmに存在し、主にかんらん石(オリビン)が高圧でワズレアイトへ相転移するため、地震波の速度が急に変わる不連続面で、地球内部の構造理解や、マントル物質の挙動を調べる上で重要な層です。


※2. 大型放射光施設 SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。


※3. 粘性
物質が流れにくさを示す性質で低粘性は流れやすいことを意味し、マントル対流や地震波の伝播、地球の熱輸送などに影響します。


※4. プルーム
マントル深部から上昇する熱くて軽い物質の柱状構造で、地表に到達すると火山活動を引き起こすことがあり、ハワイやアイスランドのプルームなどが代表例です。


本件に関するお問い合わせ先
<お問い合わせ>
岡山大学 学術研究院先鋭研究領域
教授 芳野 極

高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

本件に関するお問い合わせ先
<お問い合わせ>
岡山大学 学術研究院先鋭研究領域
教授 芳野 極

高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室
主幹研究員 肥後 祐司

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

絶縁体の正体を暴く!
〜 磁気秩序の“指紋”を量子ビームで可視化 〜


2025年5月12日
甲南大学
大阪公立大学
大阪大学
理化学研究所
立命館大学
摂南大学
日本大学


研究成果のポイント

●光電子分光実験により、モット型・スレーター型絶縁体の識別を初めて実証:光電子分光※1スペクトルに現れる特徴的な構造の変化から、反強磁性絶縁体がモット型かスレーター型※2かを区別する新手法を確立しました。
●理論計算により非局所的応答の起源を解明し、実験を再現:LDA+DMFT法※3を用いたシミュレーションにより、光電子放出時に起こる非局所的スクリーン効果の違いが、磁気秩序のタイプと対応することを理論的に明らかにしました。
●量子材料や省エネデバイス開発への応用に期待:絶縁体の性質を正確に見分けられる本手法は、スピントロニクスや量子情報処理に必要な機能性材料の探索・設計に役立つと期待されます。


甲南大学理工学部物理学科 山﨑篤志教授の研究グループは、大阪公立大学大学院工学研究科 播木敦准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科 関山明教授、同大学 藤原秀紀助教、理化学研究所 放射光科学研究センター 玉作賢治チームリーダー、同研究所 濱本諭特別研究員、立命館大学 今田真教授、摂南大学 東谷篤志教授、日本大学 高瀬浩一教授、マサリク大学 Jan Kuneš教授などとの共同研究で、大型放射光施設SPring-8※4のビームラインBL19LXUにて量子ビーム※5の一種である放射光を利用した硬X線光電子分光(HAXPES)実験を行い、最新の電子構造計算手法(LDA+DMFT法)を組み合わせることで、物質が「モット型」か「スレーター型」か、という絶縁機構の違いを区別することに初めて成功しました。
モット型は電子同士の強い反発により絶縁化し、スレーター型は磁気秩序によってバンド構造が変化し絶縁性を示します(図1)。この違いは、次世代の低消費電力・高速動作を目指す電子デバイスや量子材料の設計において本質的な情報となります。また、今回の研究では、光電子分光という局所的な手法でありながら、非局所的なスピン相関や磁気秩序の情報を抽出できることを理論的・実験的に実証し、これまで困難だった量子材料の内部状態の診断に新しい道を拓きました。将来的には、高性能メモリ材料や量子コンピューティング素子の開発に寄与し、より快適で持続可能な社会の実現に貢献することが期待されます。

論文情報
雑誌名: Physical Review B
題名 :Fingerprints of Mott and Slater gaps in the core-level photoemission spectra of antiferromagnetic iridates
著者:K. Nakagawa、 A. Hariki、 T. Okauchi、 H. Fujiwara、 K.-H. Ahn、 Y. Murakami、 S. Hamamoto、 Y. Kanai-Nakata、 T. Kadono、 A. Higashiya、 K. Tamasaku、 M. Yabashi、 T. Ishikawa、 A. Sekiyama、 S. Imada、 J. Kuneš、 K. Takase、 and A. Yamasaki
DOI:10.1103/PhysRevB.111.195114


【研究の背景】

遷移金属酸化物において絶縁性が現れるメカニズムには、電子間の強い相互作用による「モット機構」と、磁気秩序によってバンド構造が変化する「スレーター機構」が知られています。しかし、実際の物質においてこれらを実験的に区別することは難しく、広く普及している価電子帯光電子分光法では解明が困難でした(図2)。本研究では、互いに似た構造を持つSr2IrO4と Sr3Ir2O7という2種類のイリジウム(Ir)酸化物をモデル物質として、内殻光電子分光実験を行い、スペクトルの温度変化を理論計算(LDA+DMFT)に基づき詳細に解析することで、スペクトル形状の変化がモット型かスレーター型かの“指紋”を持つことを明らかにしました(図3)。ここで“指紋”とは、非局所的な電荷応答(nonlocal screening)に由来するスペクトルの変化を意味します。これにより、これまで難しかった磁気秩序と絶縁化の起源の識別が可能になりました。



図1.スレーター絶縁体とモット絶縁体の概念図。図では、物質中の無数の価電子を水で表現し、電気伝導を担う電子を白い球で表しています。また、電子が収容されるエネルギーバンドを容器で表現しています。通常の金属(中央)では、バンドが途中まで電子で満たされているために電子が移動することができ、電流が流れます。一方、スレーター絶縁体(左)では、磁気秩序によりバンド構造が変化して電子によって完全に満たされたバンドと空になったバンドに分かれるため、移動できる電子がなくなります。モット絶縁体(右)では、電子間の反発によって電子はその場にとどまって動けなくなります。



図2.(上)モット絶縁体とスレーター絶縁体での電気的・磁気的性質とその温度変化。実験を行った2つの温度のうち高温側では、2つの物質の電気的性質が異なります。(左下・右下)電気的性質を調べる従来の手法である価電子帯光電子分光の結果。電気的性質の変化は結合エネルギーがゼロでの強度の変化として観測されることが期待されますが、Sr2IrO4とSr3Ir2O7では温度の変化に対してスペクトルの変化がほとんど見られない(左下)か、温度上昇による外因的な影響に覆い隠されてしまい(右下)、これらの物質がモット型かスレーター型かを判断することは困難でした。



図3.(上)光電子分光実験の模式図と(下)重要な結果である2つのイリジウム酸化物(Sr2IrO4と Sr3Ir2O7)が常磁性を示す300K(摂氏27度)と反強磁性を示す100K(摂氏マイナス173度)での光電子スペクトル、および、その差分スペクトル。モット絶縁体であるSr2IrO4では肩構造A付近での差分スペクトル強度(緑線)が負であるのに対して、スレーター絶縁体であるSr3Ir2O7では正になっており、明確に区別することができます。


【共同研究における各研究機関の役割】

甲南大学:硬X線光電子分光実験、データ解析、論文執筆(責任著者)
大阪公立大学:高精度電子構造計算コード開発および同計算実施、論文執筆
大阪大学、立命館大学、摂南大学:硬X線光電子分光実験手法開発および同実験実施
理化学研究所:高輝度X線ビームラインおよびX線光学系開発
日本大学:高純度単結晶試料の作製および評価


【用語解説】


※1. 光電子分光
光電子分光は、アインシュタインが提唱した光量子仮説に基づく「外部光電効果」を利用した分析手法です。物質にX線などの光を照射すると、内部の電子が外へ飛び出します。その電子のエネルギーを測定することで、物質内部の電子状態や元素の化学的な環境を詳細に調べることができます。この手法は、物質科学や材料開発の分野で広く活用されており、近年では産業応用にも急速に広がりを見せています。本研究では、より深い領域の情報を得るため、通常より高いエネルギーを持つ「硬X線」を用いて測定が行われました。


※2. モット絶縁体とスレーター絶縁体
通常、電子が自由に動ける金属に対し、電子の動きが制限されて電気が流れなくなる物質を「絶縁体」と呼びます。絶縁性をもたらす仕組みにはさまざまなものがありますが、特に磁性を伴う絶縁体では、その起源に応じて「モット型」と「スレーター型」に分類されます。モット型は電子間の強い反発によって、スレーター型は磁気秩序によるバンド構造の変化によって、それぞれ電子の移動が阻まれます。両者は見かけ上は似ていますが、絶縁性の根本的な原因が異なります。材料の設計や新技術の応用においては、この違いを見分けることが極めて重要です。


※3. LDA+DMFT法
LDA+DMFT法は、物質中の電子のふるまいを原子レベルで精密に再現するための先端的な理論計算手法です。まず「LDA(局所密度近似)」という方法で電子の平均的な分布を計算し、そこに「DMFT(動的平均場理論)」を組み合わせることで、時間的に変化する電子間の複雑な相互作用まで扱うことができます。特に、金属と絶縁体の間で揺れ動くような“強相関電子系”と呼ばれる難解な物質の理解に極めて有効です。本研究では、この手法を用いたシミュレーションにより実験データを再現し、絶縁状態の違い(モット型かスレーター型か)をミクロな視点から理論的に明らかにしました。


※4. 大型放射光施設 SPring-8
SPring-8は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設です。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究からバイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われています。


※5. 量子ビーム
光子、中性子、電子、イオンなどを同じ向きに細く絞ってビーム状に打ち出したものの総称です。色々なものに照射することで、原子や分子のような極微のスケールで様々なものを調べたり、作ったりすることができる最先端の技術です。SPring-8では、量子ビームの中でも非常に強度の強い光子ビーム(放射光)を使って様々な実験を行うことができます。光子ビームのエネルギーによって、紫外線やX線、ガンマ線など異なる名称で呼ばれます。


本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関する問い合わせ先)
甲南大学理工学部物理学科 教授 山﨑篤志

(発表機関連絡先)
甲南大学 (学校法人甲南学園 広報部)
TEL:078-435-2314
E-mail: kouhouadm.konan-u.ac.jp

大阪公立大学 広報課
TEL:06-6967-1834
E-mail: koho-listml.omu.ac.jp

大阪大学基礎工学研究科 庶務係
TEL:06-6850-6131
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail: ex-pressml.riken.jp

立命館大学 広報課
TEL:075-813-8300
E-mail: r-kohost.ritsumei.ac.jp

摂南大学 (学校法人常翔学園 広報室 担当:石村、上田)
TEL:06-6954-4026
E-mail: Kohojosho.ac.jp

日本大学理工学部 庶務課
TEL: 03-3259-0514
E-mail: cst.kohonihon-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関する問い合わせ先)
甲南大学理工学部物理学科 教授 山﨑篤志

(発表機関連絡先)
甲南大学 (学校法人甲南学園 広報部)
TEL:078-435-2314
E-mail: kouhouadm.konan-u.ac.jp

大阪公立大学 広報課
TEL:06-6967-1834
E-mail: koho-listml.omu.ac.jp

大阪大学基礎工学研究科 庶務係
TEL:06-6850-6131
E-mail: ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail: ex-pressml.riken.jp

立命館大学 広報課
TEL:075-813-8300
E-mail: r-kohost.ritsumei.ac.jp

摂南大学 (学校法人常翔学園 広報室 担当:石村、上田)
TEL:06-6954-4026
E-mail: Kohojosho.ac.jp

日本大学理工学部 庶務課
TEL: 03-3259-0514
E-mail: cst.kohonihon-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

放射光のあらゆる表情を一括撮影
~アンジュレータからの放射パターンの全体像を世界ではじめてエネルギーごとに可視化~


2025年4月30日
高輝度光科学研究センター
理化学研究所


高輝度光科学研究センター(JASRI)研究DX推進室の工藤統吾特任研究員、分光イメージング推進室の鈴木伸司研究員、ビームライン光学技術推進室の佐野睦主幹研究員、糸賀俊朗主幹研究員、回折・散乱推進室の増永啓康主幹研究員(技術担当)、ビームライン光学技術推進室の後藤俊治特別嘱託研究職員、理化学研究所放射光科学研究センターの高橋直上級技師らのグループは、大型放射光施設SPring-8[※1]のBL03XUにおいて、ダイヤモンド薄膜とシリコンドリフト検出器(SDD)[※2]を用いることで、放射光X線ビームの詳細なプロファイルを可視化する新しい測定法を開発することにはじめて成功しました。
特に、フロントエンドスリット(FES)[※3]スキャンを用いることでビームの可視化に成功したことは、アンジュレータ[※4]による放射パターンを広範囲に観察する上で画期的な成果です。このような方法でFESの上流の放射パターンを可視化した例は過去にありません。
また逆にピンホールを取り付けたSDDのほうをスキャンして測定することで、エネルギー分解された光軸の精密な計測が可能であることを示しました。この測定法は、アンジュレータ放射光のビーム中心を、アンジュレータ上下流に設置された偏向電磁石からの漏洩光の影響を受けることなく、正確に決定することを可能にします。
本研究成果は、放射光施設のビームラインの初期アライメントの効率化に貢献することが期待されます。また、現在計画が進められているSPring-8-II計画の光源(注1)における放射光ビーム診断への応用も期待されます。
今回の研究成果は、国際科学雑誌、「Journal of Synchrotron Radiation」オンライン版に4月22日に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Journal of Synchrotron radiation
題名 :Method for visualizing detailed profiles of synchrotron X-ray beams using diamond-thin films and silicon drift detectors
著者:Togo Kudo, Shinji Suzuki, Mutsumi Sano, Toshiro Itoga, Hiroyasu Masunaga, Shunji Goto and Sunao Takahashi
DOI:10.1107/S1600577525002838


【研究の背景】

従来、アンジュレータ放射光の正確なビーム中心の決定は、偏向電磁石からの放射光の混入によって困難でした。各国の放射光施設では、この問題を解決するために、アンジュレータギャップ値ごとのX線ビーム位置モニター(XBPM)による測定値の補正や、偏向電磁石からの放射光の混入を最小限に抑えるためのマグネット配置のなどの対策が導入されています。しかし、このようにビームモニター技術が進歩しているにもかかわらず、偏向電磁石からの放射光の混入を完全に無くすことは依然として難しいのが現状です。そのため、X線ビーム中心を正確に決定するための新しい方法が求められていました。研究グループは、この問題を解決するためにエネルギー分解能を有する2次元検出器を用いたピンホールカメラ[※5]型ビームモニターが有効であることを明らかにしてきました(注2)。この方法を推し進め、更に検出器のエネルギー分解能を向上させることで、より詳細なビーム形状の情報を得ることができると予想しました。


【研究内容と成果】

本研究では、薄いダイヤモンド膜を散乱体として使用し、シンクロトロン放射ビームの詳細なプロファイルを可視化する方法を開発しました。
まず、フロントエンドスリット(FES)を0.4 mm×0.4 mmの開口で2次元スキャンすることにより、固定位置に配置したSDDを使用してエネルギー分解能イメージを取得することに成功しました(図1,図3,図4,図5)。これらの画像から、FES上流の前置スリット(開口φ4 mm)を通過後の広範囲のアンジュレータ放射分布が計測され、SPECTRA[※6](注3)による計算機シミュレーションと良好に一致しました。このような測定はこれまで行われておらず、本研究の重要な成果の一つです。
次に、FESは固定位置のままで、ダイヤモンド膜を通過したX線をピンホールカメラの原理で結像し、SDDの二次元スキャンで測定しました(図2)。この構成により、FESによって整形された1.5 mm×1.5 mmの開口サイズ内のピンクX線ビームの各エネルギーレベルでの放射パターン分布を可視化することで、ビーム中心を正確に決定することが可能になりました(図6)。
これらの方法では、従来のアプローチでの大きな問題であった周辺の偏向電磁石からの放射光の混入(数%)がエネルギー分解により0.01%以下に抑制されることで効果的に排除され、真のビーム中心を直接かつ高精度に決定できます。


【今後の展開】

本研究で開発された測定法は、放射光施設のビームラインの初期アライメントの効率化に貢献することが期待されます。また今後、2次元検出器や多素子SDDを用いることで、より高速なビーム位置の測定や光源の安定化フィードバックへの応用が期待されます。また、現在計画が進められているSPring-8-II計画における光源の放射光ビーム診断・制御への応用も期待されます。



図1 広視野X線ビームモニターのセットアップ図。 図の左から放射光(SR beam)が入射し、FES(フロントエンドスリット)を通って、ダイヤモンド薄膜を通過する。散乱光はピンホールを通り、SDD(シリコンドリフト検出器)で検出される。



図2 光軸計測X線ビームモニターのセットアップ図。図1とは異なり、ピンホールが2つの構成となっている。



図3 1次光のビーム形状(a)~(d)は検出したX線のエネルギーの違いを示す。



図4 2次光のビーム形状



図5 3次光のビーム形状



図6 高空間分解能型ビームモニターシステムによるビーム画像


注1)H.Tanaka et,al., Journal of Synchrotron Radiation 31 (2024) 1420-1437.
注2)T. Kudo, M. Sano, T. Itoga, T. Matsumoto and S. Takahashi, Journal of Synchrotron Radiation 29 (2022) 670-676.
注3)Tanaka, T. (2021). Journal of Synchrotron Radiation 28, 1267-1272.


【用語解説】


※1. 大型放射光施設SPring-8
SPring-8(スプリングエイト)は、理化学研究所が所有し、兵庫県の播磨科学公園都市に位置する世界最高水準の放射光を生成する大型施設です。利用者への支援などはJASRIが担当しています。名称の「SPring-8」は、「Super Photon ring-8 GeV」に由来します。この施設では、放射光を活用して、ナノテクノロジーやバイオサイエンス、さらには産業分野に至るまで多岐にわたる研究が行われています。


※2. シリコンドリフト検出器(SDD)
シリコンドリフト検出器は、エネルギー分散型X線検出器の一種であり、半導体技術を基にした装置です。従来型のシリコン検出器(Si(Li)検出器)と比べて、高い計数率での動作が可能でありながら、同等のエネルギー分解能を維持できます。つまり、エネルギー分解能を保ったまま、多数のX線を効率よく検出できます。


※3. フロントエンドスリット(FES)
フロントエンドスリットは、シンクロトロン放射光の強力なビームサイズを制御するために設けられた、加速器内の高熱負荷対応スリットです。ビームを斜め方向から入射させることで、熱を広い面積に分散させながらビームの形状を整えます。そのため、構造としてはビーム方向に長く、水冷機構を備えた形状となっています。


※4. アンジュレータ
アンジュレータとは、加速器によってほぼ光速まで加速された電子ビームを、周期的な磁場を作るネオジム磁石の配列によって蛇行運動させることで、強い電磁波を生成する装置です。SPring-8では、このアンジュレータを中心とした放射光源が用いられています。


※5. ピンホールカメラ
ピンホールカメラ(針穴カメラ)は、理科教材としても知られるシンプルなカメラで、箱の片面に小さな穴を開け、反対側に半透明のスクリーンを取り付けることで像を映し出します。この原理はレンズが使えないX線領域でも応用可能です。本研究では、X線の強度が低下し画像が暗くなるという特徴が、光子を一つずつ分離して検出する上で有利に働いています。


※6. SPECTRA
SPECTRAは、偏向電磁石やアンジュレータから発生するシンクロトロン放射の光学特性を計算できるソフトウェアです。各種SR(放射光)光源の設計や評価に用いられています。
https://spectrax.org/spectra/index.html


《問い合わせ先》
工藤 統吾(クドウ トウゴ)
高輝度光科学研究センター 研究DX推進室 特任研究員

高橋 直 (タカハシ スナオ)
理化学研究所 放射光科学研究センター 上級技師

(報道に関すること)
高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 E-mail:kouhouspring8.or.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-press>ml.riken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

《問い合わせ先》
工藤 統吾(クドウ トウゴ)
高輝度光科学研究センター 研究DX推進室 特任研究員

高橋 直 (タカハシ スナオ)
理化学研究所 放射光科学研究センター 上級技師

(報道に関すること)
高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 E-mail:kouhouspring8.or.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-press>ml.riken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。


TOPへ