1兆分の1秒で起きる磁気的性質の変化を観察
-X線と赤外線のレーザーを組み合わせた極短時間測定-
2016年5月10日
理化学研究所
ブルックヘブン国立研究所
SLAC国立加速器研究所
理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センターの田中良和専任研究員と、ブルックヘブン国立研究所のマーク・ディーン Associate Physicist、SLAC国立加速器研究所のディリン・ヂュー Instrument Scientistらの国際共同研究グループは、極短パルスのX線領域のレーザーと赤外線領域のレーザーを使って、磁性体「Sr2IrO4」で起きる1ピコ秒(1兆分の1秒)程度の磁気的性質(スピンの配列)[1]の変化を観察することに成功しました。 注1) Fausti, D. et al. Light-induced superconductivity in a stripe-ordered cuprate. Science 331, 189–191 (2011). [論文情報] |
背景
極めて短い発光時間を持つ光である「極短パルスレーザー」によって、電子状態や磁気状態などの物質の性質を変化させるというアイデアは、数十年前に提案され、近年、実証されつつあります。例えば、通常は非常に低温でしか機能しない高温超伝導体が、室温で機能するかもしれません。しかし、このような原子スケールで起こる変化は1兆分の1秒(1ピコ秒)程度という、とてつもなく速い現象です。しかし、1ピコ秒程度の極短時間で起こる物質変化を観察できる手段はなく、光による物質変化のメカニズムの解析は困難でした。そのため、より高い時間分解能を持つ計測手法が求められていました。
そこで、国際共同研究グループは、極短パルスのX線レーザーと赤外線レーザーを組み合わせることで、磁性体「Sr2IrO4」における超高速の磁気的性質の変化を捉えることに挑戦しました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、日本のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設「SACLA」と米国の同施設「LCLS」を用いて、極短時間の発光時間を持つX線レーザーと赤外線レーザーを同期させながら計測する「時間分解共鳴X線非弾性散乱」という手法を開発しました。本研究では0.3ピコ秒という世界最高レベルの時間分解能を実現し、磁気的性質の時間変化を詳しく観察しました。
まずは赤外線レーザーをSr2IrO4に照射します。すると、この物質本来の磁気状態は壊され、スピンの配列が乱れます。その後、物質を構成する電子が「スピンの波[5]」を引き起こし、それが物質全体に広がります。これによってSr2IrO4の磁気的性質が極短時間の間だけ、大きく変化します。
次に、赤外線レーザーの照射数ピコ秒後にX線レーザーをSr2IrO4に照射します。照射したX線レーザーはスピンの波によって散乱されるため、散乱したX線の角度やエネルギー損失を測定するとスピンの波の様子を調べることができます。これによって、Sr2IrO4において極短時間に起きる磁気的性質の変化を詳しく観察することに成功しました。今回の実験では、赤外線レーザーの照射後2ピコ秒後に、三次元的なスピン配列が乱れた状態で二次元的なスピンの波を観測しました。これは“三次元的なスピン間のつながりは切れているにも関わらず二次元的なスピン間はつながっている”という特別な磁気秩序状態を示しています。つまり、赤外線レーザーによってSr2IrO4の性質が変化したことを意味します。
はじめに赤外線レーザー(赤色)を量子磁性体Sr2IrO4に照射する。数ピコ秒後X線レーザー(紫色)を同試料に打ち込むと、約90度方向にX線が散乱する。検出器で散乱されたX線の角度(運動量)と失ったエネルギーを測定することで、赤外線レーザーによってSr2IrO4で生じた極短時間の磁気的な変化を観察することができる。図中の格子状に配列した○は原子、○からの矢印はスピンの様子を示す。
今後の期待
本研究で開発した時間分解共鳴X線非弾性散乱法により、物質中のスピンの振る舞いに関して、詳しいメカニズムを理解することが可能になりました。これは、電子状態や磁気状態といった物質が持つ特性を、光で操作するための新しい一歩です。この操作を実現すれば、光による高温超伝導体-絶縁体のスイッチングなど、将来の新奇デバイス開発などにつながると期待できます。
また、今後は赤外線より波長の長い中赤外線レーザーを使う実験を計画しています。中赤外線レーザーを使うと、電子やスピンを励起することなく、物質内のある原子位置の振動だけを引き起こすことができます。この実験によって、物質の持つ磁気的な結合の詳細な理解につながると考えます。
補足説明
[1] 磁気的性質(スピンの配列)
物質中の磁気的性質は、電子がもつスピンの配列によって決まる。スピンの配列が乱れていると磁気的性質のみならず電気伝導にも影響を及ぼすことがある。
[2] X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser )
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。
[3] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact freeelectron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を有する。
詳細はhttp://xfel.riken.jp/
[4] 時間分解共鳴X線非弾性散乱
入射X線に対し、エネルギー損失した散乱X線を測定することをX線非弾性散乱実験と呼ぶ。このとき、特別なエネルギーの入射X線を使うと共鳴という現象が起こる。それによって原子の特定のエネルギー状態だけの(スピンの状態を含んだ)情報を取り出すことができる。これを共鳴X線非弾性散乱実験という。本研究では、赤外線レーザーとX線レーザーの同期を行い磁気状態の時間変化を測定したので、これを時間分解共鳴X線非弾性散乱実験と呼ぶ。
[5] スピンの波
物質中では、さまざまな波が生じる。例えば整然と秩序よく配列した原子がゆれた場合は音波が生じる。スピンの配列にゆれが生じた場合はスピンの波が生じる。量子力学では、このような波をエネルギーと運動量を持つ一種の粒子として取り扱う。粒子としてのスピンの波は、X線と衝突しエネルギーのやりとりを行う。そのため、X線はスピンの波を測定することができる。
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利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部
専任研究員 田中 良和(たなか よしかず)
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