放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

電子機器内の熱流を自在に制御できるメカニズムを発見
- 次世代デバイスの性能向上と省エネ化に期待 -


2025年4月14日
国立大学法人東北大学
国立大学法人北海道大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター


【発表のポイント】

●絶縁膜の熱の流れを自在に制御できるメカニズムを発見しました。
●膜構造や振動特性が基板によって変化し、熱の伝わり方が劇的に変化することを実証しました。
●次世代の半導体デバイスや電子機器の放熱・省エネ技術に革新をもたらすと期待されます。


電子機器に組み込まれた半導体デバイスの中で、電子や磁気(スピン)は設計した回路に沿って移動させることができます。しかし発生してしまう熱を思った方向に流して逃がすことは困難です。電子機器の性能を高めるには、半導体デバイスの発熱を適切にコントロールすることが不可欠です。
東北大学大学院工学研究科の小野円佳教授ら、北海道大学電子科学研究所、同大大学院工学研究院、高輝度光科学研究センターからなる共同研究チームは、絶縁膜であるアモルファスシリカ(SiO2(注1)薄膜の熱の流れを自在に制御できるメカニズムを解明しました。具体的には、SiO2薄膜が下地となる基板と相互作用することで、膜内部の構造や振動特性が変化し、熱の伝わり方をコントロールできることを発見しました。SiO2の中には、Si-O結合がつながってできるリング状の構造があります。このリングのサイズや振動のしやすさが基板の種類によって変わり、それにより熱の流れが大きく変化することを実験的に証明しました。
本成果は次世代の電子機器の高性能化や省エネ技術につながる画期的な発見です。本技術を活用すればより効率的な放熱設計が可能になり、半導体デバイスの性能向上に貢献できます。
本研究成果は、4月14日16時(日本時間)に米国化学会科学誌Nano Lettersに掲載されます。

論文情報
雑誌名: Nano Letters
題名 :Controlling thermal conductivity of amorphous SiOx films through structural engineering utilizing the single crystal substrate surfaces
著者:Katelyn A. Kirchner, Sohei Ogasawara, Melbert Jeem, Hiromichi Ohta, Akihiro Suzuki, Hiroo Tajiri, Tomoyuki Koganezawa, Loku Singgappulige Rosantha Kumara, Junji Nishii, John C. Mauro, Yasutaka Matsuo & Madoka Ono*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 小野 円佳
DOI:10.1021/acs.nanolett.5c00646


【詳細な説明】
研究の背景

アモルファスシリカ薄膜は、電気を通しにくく、非常に高い電圧にも耐えられるため、電子機器の絶縁層として理想的な材料とされています。一方で、電子機器の高集積化・高性能化が進む中では、電気的な絶縁性だけでなく、発生する熱を効率よく制御することも重要な要件となっています。SiO2薄膜は比較的熱を通しやすく、その高い熱伝導率が一部の応用、特に高密度・高性能なデバイスへの利用を制限する要因となってきました。そのため、SiO2薄膜における熱の伝わり方(熱伝導)の仕組みを深く理解し、それを制御する手法の確立が求められています。


今回の取り組み

本研究では、原子層堆積法(ALD)(注2)化学気相成長法(CVD)(注3)など様々な成膜方法を使って、シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)、ガリウムヒ素(GaAs)の基板の上に、厚さの異なるSiO2薄膜を作製し、熱の伝わりやすさ(熱伝導率)を調べました。さらに、大型放射光施設SPring-8(注4)のBL13XUにおいて、微小角入射X線全散乱法(注5)を用いて、SiO2薄膜の構造を詳細に観察しました。その結果、シリカガラス特有の構造である「ハローピーク」(約4 Åの秩序構造。1 Åは100億分の1メートル)が、熱伝導率と密接に関係していることを明らかにしました。特に、基板の影響によって、このハローピークの位置がバルク(塊状の材料)シリカガラスのものと大きく異なり、秩序構造のサイズが小さい(すなわち、シリカの基本構造である「リング」が小さい)場合には、熱が伝わりにくくなる傾向が見られました。さらに、基板を構成する原子とシリカ中のSiやO原子との結びつきが強い(共有結合性が高い)場合には、同じリングサイズでも熱伝導率が一層低下する傾向が見られました。たとえば、シリコン基板の上に形成したSiO2薄膜では、熱伝導率がバルクの約1/3にまで低下しました。
これらの結果から、シリカのリング構造が大きいほど熱を運ぶ振動が起こりやすく、逆にリングが小さく、かつ基板と強く結びついていると振動が抑制され、熱の伝導が妨げられることが示されました。
この機構はシリカガラス一般にも共通する可能性があり、今後はガラス材料全般における熱伝導率制御技術へと発展することが期待されます。


今回の取り組み

この研究成果は、アモルファス材料におけるナノ構造の制御によって熱伝導率を自在に調整できることを示すものであり、電子機器の熱設計や材料選定に新たな指針を提供します。特に、高電圧仕様に対応する窒化ケイ素(SiN)や窒化ガリウム(GaN)などのワイドギャップ半導体(注6)と組み合わせた次世代の電子素子においても、熱伝導率を制御する設計指針を示すことができます。
さらに、この熱伝導率制御技術はガラス材料全般への応用も期待され、光学部品や耐熱構造材など、より広範な分野での実用化につながると考えられます。今後は、異なる基板材料や成膜条件における構造変化と熱伝導特性の相関をより詳細に解明し、最適な材料設計指針の確立を目指します。



図1. (上)バルク(塊状の材料)のシリカガラスのX線全散乱プロファイル。透過配置のX線全散乱法と反射配置の微小角入射X線全散乱法のいずれを用いても波数1.51 Å-1の位置にハローピークが観測された。このピークはSi-O結合がつながってできるリング状の構造のサイズに相当する。(下)シリカ膜をSiやGaAs基板上に成膜した時のアモルファスシリカの微小角入射X線全散乱プロファイル(反射配置)で測定したもの。図中の数値はシリカ膜の厚みを示す。Si基板上に成膜した320 nm(プラズマCVDで成膜)のシリカ膜のピークはバルクと大きく変わらないが、50 nm(ALDで成膜)やGaAs基板上のシリカ膜(ALDで20 nmを成膜)のハローピークは高波数側にシフトした。Si基板のみのX線散乱プロファイルは比較のために載せている。



図2. (左)基板からの圧力とSiO2薄膜の熱伝導率の相関を、基板の種類ごとに示したグラフ。シリカの構造は、基板からの圧力の影響で、Si-O結合の構造秩序(リング構造)が小さくなる傾向があり、リング構造が小さいほど熱が伝わりにくいことがわかった。さらに、基板原子とSi-O結合との結びつきが強い(共有結合性が高い)場合には、この影響がより顕著となり、熱伝導率の低下が一層大きくなった。(右)結合の強さがリング構造やその振動に与える影響を示した模式図。左側はイオン結合性(原子同士の結びつきが弱い)の基板ではリング構造への影響が小さく、リングが大きく束縛も弱いため、熱が伝わりやすい様子を示している。右側は共有結合性が高い基板によってリングが小さくなり、束縛が強まることで熱が伝わりにくくなる様子を示している。


【謝辞】

本研究はJSPS科研費JP20H05880、JP21H01835、JP21K19016、JP24K01371、JP22H00253の助成を受けたものです。本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1223HK0063)の支援を受けました。また、SPring-8 課題番号2020A1698、2022A1261、2022B1572、および2023A1817による研究です。また、National Science Foundation Graduate Research Fellowship Program (Grant No. DGE1255832)の支援を受けました。本研究成果に関する論文は、「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。


【用語説明】


注1. アモルファスシリカ薄膜(SiO2
ケイ素(Si)と酸素(O)からなる二酸化ケイ素の非晶質(アモルファス)構造を持つ薄膜を指します。結晶構造を持たないため、原子配列に長距離の規則性はなく、ガラス状の構造を示します。電気を通しにくく、絶縁破壊電圧が高いことから、シリコン基板上の絶縁層として半導体デバイスに広く用いられています。


注2. 原子層堆積(ALD:Atomic Layer Deposition)法
原子層レベルで膜厚を制御して平坦で緻密な薄膜を形成する手法です。 Siウェハーのような平面基板からアスペクト比の高い立体構造物まで均一な膜をコートできます。


注3. 化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)法
成膜したい元素を含む気体を基板表面に送り、化学反応、分解を通して成膜する方法。CVDの中にも基板を加熱させる熱CVD、反応管内を減圧し、プラズマを発生させるプラズマCVDなどの種類があります。


注4. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。


注5. 微小角入射X線全散乱法
非破壊で薄膜の内部や界面の深さ方向のナノ構造を調べる方法であり、薄膜試料内部の構造情報を測定できます。


注6. ワイドバンドギャップ半導体
電子機器に組み込まれた半導体の主要材料はSiで、GeやGaAsも用いられています。これらより高電圧に耐える、高周波特性に優れる、あるいは可視光から紫外線の波長領域で光・電流変換ができるデバイスを作るには、半導体固有の物性値であるバンドギャップ(禁制帯)をより広く(大きく)する必要があります。SiやGe、GaAsよりバンドギャップが広い材料をワイドバンドギャップ半導体と言います。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院工学研究科 教授 小野円佳

(報道に関すること)
東北大学大学院工学研究科 情報広報室
TEL: 022-795-5898 Email: eng-prgrp.tohoku.ac.jp

北海道大学 社会共創部 広報課
TEL: 011-706-2610 Email: jp-pressgeneral.hokudai.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

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(SPring-8 / SACLAに関すること)
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