放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

暗黒生態系に潜む原始的古細菌の謎の生態を解明
――深海底熱水噴出孔の岩石内部に増殖の鍵――


2024年11月5日
東京大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター


発表のポイント

◆生命進化の最初期に誕生したと考えられる原始的古細菌は、ゲノムと細胞のサイズが小さく、アミノ酸や脂質を合成する能力を欠くため、どのように増殖するのか不明であった。
◆生命誕生場として有力視される深海底熱水噴出孔で採取した岩石内部で、原始的古細菌は鉱物の隙間に密集しており、そのゲノムとプロテオームの解析に成功した。
◆発見された原始的古細菌は、周囲の鉱物の働きを用いて自力で合成できない物質を入手していることが示唆された。この様子は生命進化最初期の生き様を反映している可能性が高い。



生命進化最初期の微生物の生息場


東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授を中心とした、同大学大学院農学生命科学研究科、慶應義塾大学、理化学研究所、広島大学、高輝度光科学研究センターの研究者から成る共同研究グループは、南部マリアナトラフの深海底熱水噴出孔から採取したチムニー(注1)の内部を調べた。チムニーの内壁は黄銅鉱の塊で、その内部でシリカに詰まった網目状の隙間に、微生物が密集することが判明した。
チムニーから黄銅鉱の内壁のみを取り出して、その部分からDNAとタンパク質を抽出して配列を決定した。解読されたゲノム情報から、生息する微生物の30%はDPANN古細菌(注2)で、生命活動を維持するために必要な遺伝子を多く欠損していたことが判明した。しかし発現するタンパク質に発酵でエネルギーを生産する遺伝子(注3)が含まれており、チムニー内部で活発に代謝活動をしていた。
これまで培養に成功しているDPANN古細菌は、宿主の古細菌に外部共生することが知られるため、環境中でも外部共生すると予想されていた。その予想に反し、チムニー内部に優占するDPANN古細菌は、外部共生ではなく、単独で生息していることが示唆された。生育必須遺伝子の欠如を鉱物の働きで補っている可能性があり、宿主が誕生する前の原始的な生活様式を反映すると考えられる。


論文情報
雑誌名: ISME Journal
題名 :Genome-resolved metaproteogenomic and nanosolid characterization of an inactive vent chimney densely colonized by enigmatic DPANN archaea
著者:Hinako Takamiya, Mariko Kouduka, Shingo Kato, Hiroki Suga, Masaki Oura, Tadashi Yokoyama, Michio Suzuki, Masaru Mori, Akio Kanai, and Yohey Suzuki*
DOI:10.1093/ismejo/wrae207


【背景】

近年のDNA配列決定技術の発達により、地球上のさまざまな環境に生息する微生物ゲノムが解読された。生命進化の理解が飛躍的に向上しているが、特に従来は1つの遺伝子情報に基づいていた全生物の共通祖先の推定が、現在では100を超える遺伝子の情報から推定することが可能になった。その結果、細胞とゲノムのサイズが通常の微生物と比べて格段に小さいDPANN古細菌が、共通祖先に近縁であると判明した(図1)。この原始的な古細菌はゲノム中に生命材料物質の合成遺伝子やエネルギー獲得に必要な遺伝子を欠損するため、環境中でどのように増殖しているか不明であった。



図1:ゲノム情報に基づく生命進化の系統樹


【本研究の実験内容】

本研究で用いたチムニー試料内部を(図2A)、最先鋭の電子顕微鏡解析技術で観察した結果、細胞サイズが0.2μmより小さい極小微生物が岩石を構成する黄銅鉱の隙間から発見されているが(関連のプレスリリース①)、10μm四方でしか観察できない問題があった。そこで大型放射光施設SPring-8(BL17SU)の放射光(注4)を用いて微生物の主要元素C、N、および鉱物の主要元素Fe、Cu、Si、Oの分布を1cm四方の広い範囲で調べた。その結果、網目状の隙間でC、N、Si、Oの分布が重なり(図2B)、その領域からタンパク質とシリカが赤外分光法(注5)による分析で検出され(図2C)、微生物がシリカで充填された隙間にチムニー内壁全体で分布することが明らかとなった。



図2:チムニー内壁試料の分析結果

(A)チムニーから作成した薄片の写真。チムニー内壁は金色の黄銅鉱から成る (B)SPring-8の放射光を用いた分析で得られた黄銅鉱の隙間におけるSi、C、Nの分布。上の図では、Siを赤、Cuを緑、Feを青で色付けした画像を重ねあわせている。そのため、黄銅鉱は水色で示され、シリカはピンク色で示されている。下図は上図と同じ領域で、元素の分布を重ねあわせており、黄銅鉱の隙間のシリカに微生物由来の炭素と窒素が分布する。 (C)赤外分光法により黄銅鉱の隙間から得られたタンパク質とシリカを含むスペクトル。


チムニー内壁部の微生物を対象としたメタゲノム解析(注6)により、DPANN古細菌のゲノムを解読した結果、ゲノム中にはアミノ酸や脂質等の合成に関わる遺伝子が欠如していたことが分かった。エネルギー獲得に関しては、発酵の遺伝子を断片的に有し、発酵でエネルギーを生成する遺伝子がタンパク質レベルで発現していることが、メタプロテオーム解析(注7)により明らかになった。生活様式に関しては、他の生物との外部共生を示す証拠は見つからず、単独で生きていることが示唆された。欠損する生合成や発酵系の遺伝子の代わりに、岩石の構成鉱物である黄銅鉱とシリカが供給を補うことが知られており、代謝に必要な物質の供給が共生する宿主からでなくても、岩石内部であれば増殖できることが示された。


【成果の意義と今後の展望】

光合成生物が生成した有機物や酸素に依存しない暗黒生態系は、光合成生物誕生前の地球の初期生態系と類似しているため重要視される。光合成産物の代わりに、岩石と水の反応で生産される物質に栄養を依存するが、その反応でシリカは普遍的に形成される。シリカは脂質を濃縮することが知られており、周りの海水による希釈を防ぐことで、原始生命が外部から脂質を取り込む上で有利に働いたと考えられる。
生命誕生当時は遺伝子数が少なく、酵素の代わりに鉱物の触媒作用に依存していたと考えられる。黄銅鉱は発酵の反応を触媒し、初期地球に普遍的に存在したことが知られる。本研究で明らかとなった岩石内で鉱物に依存しながら生活するDPANN古細菌の生き様は、原始生命の現在想定される姿と良くマッチするため、生命誕生当時の特徴を色濃く残していると期待される。
DPANN古細菌は地下深部で、微生物群集内での割合が増加することが知られており、地下深部の岩石内部のゲノムやプロテオームの解析と共存する鉱物の解析を組み合わせることで、原始的古細菌の生態や進化をより詳細に理解し、生命の起源の解明につなげていく予定である(関連のプレスリリース②)。


○関連情報

プレスリリース① 深海底熱水噴出孔で始原的な微生物を発見-銅まみれの予想外の生態が発見の鍵-」(2022/06/07)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2022/7925/

プレスリリース② 20億年前の岩石内部に生きた微生物を発見-粘土で詰まる隙間に高密度で生息-」(2024/10/02)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10513/


【発表者・研究者等情報】

東京大学
 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  鈴木 庸平 准教授
  幸塚 麻里子 特任研究員
  高宮 日南子 博士課程学生(研究当時)

 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
  鈴木 道生 教授

慶應義塾大学 先端生命科学研究所
  金井 昭夫 教授
  森 大 特任助教(研究当時)

理化学研究所
 放射光科学研究センター 軟X線分光利用システム開発チーム
  大浦 正樹 チームリーダー

 バイオリソース研究センター 微生物材料開発室
  加藤 真悟 上級研究員

広島大学 大学院先進理工系科学研究科
  横山 正 准教授

高輝度光科学研究センター ナノテラス事業推進室
  菅 大暉 研究員


【研究助成】

本研究は、科研費 挑戦的研究萌芽(課題番号:22K19340)の支援により実施されました。


【用語解説】


(注1) チムニー
煙突に対応する英語で、金属と硫化水素に富む黒色の熱水(ブラックスモーカー)が、深海底から噴出する場で、同心円上に金属硫化物が固体として沈殿して形成される構造体。


(注2) DPANN古細菌
複数の門をまとめた古細菌の系統グループ。2013年に初めて提唱され、細胞とゲノムのサイズが小さく、培養に成功した種は非常に少ない。ゲノム中に生命活動の維持に必要な遺伝子を欠くため、生態に不明な点が多い。


(注3)発酵でエネルギーを生産する遺伝子
グルコースからピルビン酸に分解する解糖系と呼ばれる10反応のうち、4反応を触媒する酵素のみがゲノムにコードされており、そのうちATPを生成してエネルギー生産する遺伝子が、タンパク質として発現することが本研究で明らかとなった。


(注4)大型放射光施設SPring-8の放射光
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。第3世代型と呼ばれるSPring-8は、強い放射光で物質の特性を調べることが可能である。本研究は、ビームラインBL17SUの高輝度軟X線アンジュレータ光を用いた走査型蛍光顕微鏡で分析を行った。SPring-8の強い放射光を用いたため、ビーム径を0.6 μmまで絞っても炭素、窒素等の軽元素から銅や鉄等の重元素の分布を高感度で明らかにできた。


(注5)赤外分光法
赤外線は可視光線の長波長範囲の電磁波で、その電磁波を試料に照射してスペクトルを得る方法。本研究では0.5 μmの空間分解能でスペクトルを取得した。


(注6)メタゲノム解析
複数の微生物種が存在する試料から抽出したDNAを、ハイスループットシーケンサーで塩基配列を決定し、その得られた断片的配列から生物情報技術によりゲノム配列を組み立てる。構築されたゲノム配列中の遺伝子情報から代謝や進化等の推定が可能である。


(注7)メタプロテオーム解析
複数の微生物種が存在する試料から抽出したタンパク質を、高精度の液体クロマトグラフ質量分析でアミノ酸配列を決定し、その得られた断片的配列をメタゲノムで得られた遺伝子配列と照合し、試料中で発現するタンパク質の起源生物や種類を特定する。


〈研究内容について〉
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
准教授 鈴木 庸平(すずき ようへい)

〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
Tel:03-5841-8856 E-mail:media.sgs.mail.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:050-3495-0247 E-mail:ex-pressml.riken.jp

高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
Tel:0791-58-2785 E-mail:kouhouspring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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