放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

熱電変換材料を高性能化させる新たなメカニズムを発見
~元素添加で材料内の原子をつなぐバネが軟らかに~


2024年10月11日
名古屋工業大学
高輝度光科学研究センター


【発表のポイント】

・元素添加で熱電変換材料内の原子をつなぐバネが軟らかくなることを発見
・発見した新しいメカニズムは熱電変換材料に求められる低熱伝導率の実現に活用可能
・エネルギー問題解決に向けた高性能な熱電変換材料開発への展開に期待


名古屋工業大学 物理工学類の木村耕治助教、宮崎秀俊准教授、西野洋一名誉教授、林好一教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の筒井智嗣主幹研究員らの研究グループは、最先端の計測技術であるX線非弾性散乱※1を用いて、Fe2VAl熱電変換材料※2にTiを添加することによって、材料内の原子をつなぐバネが軟化することを見出しました。これは、元素添加による熱伝導※3率低減を説明する新たなメカニズムです。熱電変換材料には低い熱伝導率が求められ、本研究で見出したメカニズムは大いに活用することができます。将来、本研究に基づいた、持続可能で安全性が高く高効率な熱電発電はもちろん、原子をつなぐバネが重要な役割を果たす圧電材料や誘電体材料などの新規創成、高性能デバイスの開発につながると期待されます。
本研究成果は、2024年9月28日にActa Materialia誌に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Acta Materialia
題名 :Thermal insulation enhanced by the dopant-induced phonon softening discovered in thermoelectric Heusler compounds
著者:Koji Kimura, Satoshi Tsutsui, Hidetoshi Miyazaki, Shuma Nakagami, Yoichi Nishino, Koichi Hayashi
DOI:10.1016/j.actamat.2024.120439


【研究の背景】

世界で生産されるエネルギーの約6割は利用されずに熱として廃棄されていると言われています。熱電変換は、このような廃熱を電気エネルギーに直接変換できる技術であり、エネルギー問題解決に向けたキーテクノロジーの一つとして注目されています。そのため、性能の高い熱電変換材料の開発が世界中で精力的に進められています。
熱電変換材料には、電気を良く通し、熱を通しにくいという両立するのが難しい性質が求められます。これらの性質を実現するため、材料に異種元素を添加するという手法がよく用いられます。元素添加により、電気特性を制御できるとともに、図1に示すように熱伝導を抑制し温度差を効果的に保持することができるためです。
材料をミクロに見ると、原子が互いにバネでつながれて配列していると考えることができます。ある原子が振動するとバネを通じてその振動が伝搬していく様子が想像できますが、これが熱伝導に相当します。ここへ周囲よりも重い元素が添加されると振動が伝わりにくくなり、熱伝導が抑制されます。そのため、重元素添加が、性能の高い熱電変換材料を開発する一つの指針として提唱されています。しかし、周囲とそれほど重さの変わらない元素を添加した場合にも熱伝導が低減する材料も多数報告されており、背後にあるメカニズムに関して多くの謎が残されているのが現状です。



図1 元素添加による熱電変換材料の熱伝導低減の様子


【研究の内容・成果】

本研究グループは、Fe2VAlという熱電変換材料に注目しました。この材料は、様々な元素の添加により熱伝導が低減することが報告されています。図2(a)にTa(タンタル)およびTi(チタン)をFe2VAlのV(バナジウム)の位置に添加したときの熱伝導率の変化を示します。同図に周期表の一部を切り出して示していますが、母元素のVから見てTaは二周期下の重い元素、Tiは隣に位置するほぼ同じ重さの元素になります。重い元素であるTaを添加した方が大幅な減少が見られますが、Ti添加でも熱伝導の低減が顕著です。しかし、母元素とTiの質量差がわずかであることを考慮すると、図2に点線で示すようにTi添加ではほとんど熱伝導率は低下しないと見積もられ、実験結果を説明できません。ここには従来の理解では捉えきれない、未知のメカニズムが潜んでいると期待できます。



図2 TaおよびTiを添加したFe2VAlの格子熱伝導率


そこで本研究ではX線非弾性散乱という手法を使って、TaおよびTiを添加したFe2VAl中の原子の振動状態を調べました。この手法を利用すると、フォノンの分散関係※4と呼ばれる原子の振動状態を表す相関関係が分かります。国内では、大型放射光施設SPring-8※5でのみ、海外を含めても数か所でしか実施できない非常に高度な計測技術です。実験はビームラインBL35XUにおいて実施しました。なお、同じ試料に対しBL02B2で原子の並び方を調べ、TaとTiがFe2VAlのVの位置に入っていることは確認できています。
図3(a)(b)にX線非弾性散乱で得られたTaおよびTiを添加したFe2VAlのフォノンの分散関係を示しますが、両者に違いがあることが分かります。Ta添加Fe2VAlでは、図3(a)下部にオレンジ色でハイライトしたように重い添加元素特有の振動モードが現れ、これが熱の伝搬を阻害していることが示唆されました。一方で、Ti添加試料では、このような振動モードは現れず、図3(b)の上部に示すように添加量の増加に伴い格子振動エネルギーが低下する様子が観測されました。このことは、Ti添加により原子同士を結ぶバネがソフト化したことを示しています。Ti添加の場合は、このソフト化により熱伝導が低減したと考えられます。一番固い物質であるダイヤモンドが世界最高の熱伝導率を示すことからも、逆に軟らかくなれば熱伝導率が下がることが予測されます。このように、同じ熱伝導率低減でも添加元素の種類によって、全く異なるメカニズムが働いていることが分かります。特に、Ti添加によるバネのソフト化は、新たに見出された熱伝導低減メカニズムです。
次に、ソフト化の原因についてですが、図2の周期表でTiがVとは異なる族に属していることがポイントとなります。これは、図4(a)に示すように価電子の数が異なることを意味します。原子は原子核と電子から構成されますが、原子核から離れた外側の電子が価電子です。原子が集まってできる物質中では、価電子は原子と原子を仲介し結合を作ります。実はこれが原子をつなぐばねの正体で、ちょうど図4(b)のようなイメージになります。ここへ族の異なるTiを添加すると、もともと過不足の無かった価電子の数が変化し、図4(c)のように結合が弱まりソフト化につながったと理解できます。これに対し、Vと同じ族のTaではこのような効果は生じなかったと考えられます。すなわち、TiとTaでは近隣の原子との結合に関わる価電子の数が異なることが図3の(a)と(b)の違いを生んでいると考えられます。SPring-8では物質中の電子の性質を調べることも可能で、本研究では実際にBL27SUにおいてTaとTiを添加した試料で結合に関わる価電子の状態が異なることも実測しています。



図3 X線非弾性散乱により導出した(a) Taおよび(b) Tiを添加したFe2VAlのフォノン分散



図4 (a) TiとVの原子構造。(b) Fe2VAlおよび(c) Ti添加Fe2VAlの電子密度分布のイメージ図


【社会的な意義】

本成果は、熱電変換材料を設計・探索する上で、新たな機軸を提供します。特に、熱伝導率低減のために用いられてきた重元素には希少なものや毒性のあるものが多いため、必ずしも添加元素を自由に選べるわけではありませんでした。この研究により、軽元素も含めた周期表の広い範囲を使って、熱伝導率の低い高性能材料を開発する筋道ができたと言えます。また、価電子数の異なる添加元素はもともと電気特性の制御を意図して使われていましたが、今回、同時に熱伝導率低減も引き起こすことが分かったことで、一つの元素に複数の役割を持たせた、省資源で環境にやさしい材料設計も可能となります。今後、本研究で見つかったメカニズムに立脚した材料探索が新たな潮流となり、優れた熱電変換材料の開発、さらには圧電材料や誘電体材料など格子振動が重要な役割を果たす材料の創成がより一層加速すると見込まれます。将来的には、熱電発電が盛んに使われている宇宙航空分野、本格導入に向けて精力的に研究されている自動車分野などを中心とした産業分野への波及効果も期待されます。


【今後の展望】

今回見つかったメカニズムを利用すれば、熱伝導を低減させるだけでなく逆に増大させる材料設計も可能です。従って、集積回路、自動車のエンジンやバッテリーなど熱を逃がす必要のあるシステムの設計においても、本研究の知見を活かすことができます。今後、他の元素を添加したFe2VAlや、別の材料系の元素添加効果を、最先端放射光技術を用いて解析し、熱電変換の分野にとどまらず、広くサーマルマネジメント※6の分野へ波及する成果の創出が期待されます。


本研究は、日本学術振興会 科学研究費 学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」(代表者:林好一)(20H05878, 20H05881)等の支援を受けて実施しました。


【用語解説】


※1. X線非弾性散乱
物質にX線を照射して生じる散乱X線を分光することで、物質を構成する原子の振動状態を解析する手法。高強度のX線と極めて精密な分光技術が必要であるため、SPring-8のような大型放射光施設でのみ実施可能である。


※2. 熱電変換材料
熱エネルギーを電気エネルギーに変換できる材料。材料の両端に温度差を与えると起電力を生じるゼーベック効果を利用している。工場や自動車のエンジンなどから出る廃熱を電力に変換する研究開発が進められており、エネルギー問題の解決に向けて大きな注目を集めている。


※3. 熱伝導
材料内の電子の移動による寄与と、格子振動による寄与がある。この記事では後者の格子振動による寄与のみを考えることとする。


※4. フォノンの分散関係
格子振動を粒子として捉えたもの。複雑な格子振動を理解する上で有用な概念である。フォノンの分散関係とは、横軸にフォノンの波数、縦軸にフォノンのエネルギーをプロットし、両者の関係を表現したものである。


※5. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


※6. サーマルマネジメント
電子デバイスや自動車のエンジン、電気自動車のバッテリーなどの様々なシステムを適正な温度に保つための、熱の制御・管理のことを指す。近年、電子機器の小型化に伴い、その発熱対策として重要性が高まっている。


本件に関するお問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学 物理工学類
助教 木村耕治

高輝度光科学研究センター
主幹研究員 筒井智嗣

広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
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高輝度光科学研究センター
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
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