放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

医薬品関連物質の持続可能な合成方法を開発 高付加価値化学品の環境調和型的製造を目指して


2024年10月8日
横浜国立大学
科学技術振興機構


本研究のポイント

・窒素含有芳香族化合物のピリジンを、環境に優しい電気駆動のプロセスで還元し、高効率でピペリジンを合成する方法を開発しました。
・アニオン交換膜型電解リアクターにより、常温常圧での合成を実現し、従来の熱化学的プロセスに比べ、エネルギー効率を大幅に向上させました。
・この技術はピリジン以外の窒素含有芳香族化合物にも応用でき、化学産業の持続可能性に貢献します。

環境に優しい電気エネルギーを利用して、ピリジンなどの窒素含有芳香族化合物を効率的に還元し、高付加価値な環状アミンであるピペリジンを合成する新しい方法を開発しました。ロジウム触媒を用いたアニオン交換膜型電解リアクターを採用することで、従来の高温・高圧を要する熱化学的プロセスと比較して、常温常圧での高効率な合成を実現しました。この技術は、医薬品やファインケミカルの分野に広く応用可能であり、持続可能な化学製品の製造プロセスに革新をもたらすことが期待されています。特に、エネルギー消費と二酸化炭素排出を大幅に削減することで、化学産業の脱炭素化に大きく貢献する可能性があります。
本研究成果は米国化学会の雑誌Journal of the American Chemical Society に受理され、オンライン版が 2024年10月 7日(米国東部時間)に公表されました。


論文情報
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
題名 :Electrocatalytic Hydrogenation of Pyridines and Other Nitrogen-containing Aromatic Compounds
著者:Naoki Shida,* Yugo Shimizu, Akizumi Yonezawa, Juri Harada, Yuka Furutani, Yusuke Muto, Ryo Kurihara, Junko N. Kondo, Eisuke Sato, Koichi Mitsudo, Seiji Suga, Shoji Iguchi, Kazuhide Kamiya, Mahito Atobe*
(信田 尚毅, 清水 勇吾, 米澤 明純, 原田 珠里, 古谷 優香, 武藤 優介, 栗原 諒, 野村 淳子, 佐藤 英祐, 光藤 耕一, 菅 誠治, 井口 翔之, 神谷 和秀, 跡部 真人)
DOI:10.1021/jacs.4c09107


【社会的な背景】

化学産業は、世界中でエネルギー消費量が最も多い産業の一つであり、また二酸化炭素排出量にも多大な影響を与えています。このような背景から、化学産業の脱炭素化が国際的な課題として浮上しており、従来の高エネルギー投入型の化学プロセスから、エネルギー効率を向上させ、環境負荷を最小限に抑える新しい技術への転換が求められています。本研究が提案する電気エネルギーを利用した化学合成技術は、この問題に対する有力な解決策を提案するものです。電解プロセスを利用することで、再生可能エネルギー源との統合による持続可能な化学製品の製造が可能となります。
さらに、化学産業の電化は、単なるエネルギー効率の向上にとどまらず、化学反応そのものの安全性や柔軟性を向上させることが期待されます。酸化還元プロセスは、ときには爆発性を有する試薬を化学量論量(出発物質や生成物と同程度の量。対比語として、出発物質や生成物に比べて少ない量で機能する「触媒量」がある)用いる必要がありますが、電解反応は電子そのものを試薬とするため安全性の高い反応系を実現できます。また、従来型プロセスでは熱の昇降や圧力の増減に伴うリードタイムの発生が避けられない一方、電解反応はスイッチのオン/オフのみで反応を制御できる利点を有します。このような電解反応の特徴は、化学品生産の安全性と柔軟性を大きく向上するものと期待されています。


【研究成果】

横浜国立大学の跡部真人教授、信田尚毅准教授らの研究グループは、大阪大学、京都大学、岡山大学、東京工業大学の研究グループと共同で、電気エネルギーを活用した革新的な医薬品関連物質の化学合成技術の開発に成功しました。特に、ピリジンなどの窒素含有芳香族化合物を効率的に還元し、高付加価値の環状アミンであるピペリジンを合成する新たな手法を確立しました。ピペリジンは様々な医薬品合成に使用される有用な化合物ですが、ピリジンから変換(還元)する際に、高温・高圧条件、酸の添加を必要とするため、エネルギー消費や環境負荷が高くなることが課題でした。本手法は、常温常圧、かつ添加物不要で反応が可能なため、エネルギー消費や廃棄物、コストを大幅に削減できます。アニオン交換膜(溶液中のイオンを選択透過させる膜の一種で、陰イオンのみを透過させる性質がある)を用いた電解リアクターによる有機電解合成プロセスは世界的にも前例が少ないものであり、本研究は、電気エネルギーを活用した環境負荷の小さい革新的反応系を提案するものです(図1)。
本研究は、ピリジンの電解還元反応を高い効率で達成するために、ロジウム触媒を使用しています。この触媒は、電解反応条件下で優れた選択性と効率を発揮し、ピリジンをピペリジンへと変換する際の副生成物の生成を最小限に抑えます。さらに、この技術はピリジンに限らず、キノリンやピラジン、ピロールなどの他の窒素含有芳香族化合物にも応用できることが示されており、その汎用性の高さが明らかになっています。これらの基質の多くは、従来の電解法では電解水素化が難しい、または全く報告されていないものであり、本手法の高い有用性が明らかとなりました。触媒反応における反応活性種の特定には、大型放射光施設SPring-8*1のBL14B2におけるin-situ XAFS測定を用いました。
また、実験スケールの拡大にも成功し、グラムスケールの合成と300時間を超える連続運転が可能であることを実証しました(図2)。これは、実験室レベルを超えて産業レベルでの実装が可能であることを示しており、特にファインケミカル(特殊な用途のために少量が受注生産される化学物質)や医薬品の分野で大きな需要が見込まれます。本研究の成果は、従来の化学プロセスに革新をもたらし、化学品の持続可能な生産を実現するための新たな基盤技術と期待されます。



図1. アニオン交換膜(AEM)型リアクターを用いたピリジン類の電気化学的還元反応


図の奥にある薄い灰色の部分に電気を流して電解反応を起こす。濃い灰色が触媒を含む陽極(左側の濃い灰色)および陰極(右側の濃い灰色)。
陽極および陰極に挟まれた緑色の部分はアニオン交換膜。図の奥にある薄い黄色の部分が陰極液、薄い青色の部分が陽極液。図中の手前は、陰極上で起こっている反応を模式的に拡大(虫眼鏡の中の銀色の物質がロジウム触媒)。陰極室において、右下のピリジン(青い丸が窒素原子)と水(赤い丸が酸素原子、白い丸が水素原子)がロジウム触媒上で反応すると、右上のピペリジンが得られる。また、ピペリジンが得られる際に水酸化物イオン(OH)も生成する。生成した水酸化物イオンは、アニオン交換膜を介して陽極側に移動し、陽極上において酸素に変換される。



図2. グラムスケール電解実験の様子


この実験では、グラムスケール(6.3g)で仕込んだピリジンをできるだけ効率よくピペリジンに変換するため、青い蓋のボトル内のピリジンを含むカソード電解液(陰極室液)をダイアフラムポンプによりAEM型リアクター内に何度も流通循環させて電解反応を行った。反応の進行に伴い、カソード電解液に含まれるピリジンは効率的にピペリジンに変換され、318時間経過後には、5.3gのピペリジンが得られた。300時間を超える長時間の連続運転であるため、リアクター内の温度を温調機により制御した。


【今後の展開】

この技術をさらに発展させ、より複雑な分子に応用することを目指します。特に、医薬品や特殊化学品の分野では、多くの官能基を有する分子に対する高選択的な分子変換が求められています。本技術をさらに高度化することで、広範な医薬品合成のニーズに応えうるプロセスを構築することが期待されます。
また、スケールアップ技術の開発も重要な課題となります。実験室レベルでの成功はすでに確認されていますが、大規模な工業プロセスへの展開にはさらなる研究が必要です。長時間運転や大量生産に対応できる電解システムの開発を進めることで、化学産業全体の脱炭素化と持続可能性の向上に貢献することを目指します。
最終的には、この技術を幅広い化学プロセスに適用し、持続可能な化学産業の基盤を築くことを目標としています。未来の化学産業が、再生可能エネルギーと高度な電解技術を駆使し、環境に配慮しながら高品質な製品を提供できるよう、今後も基礎研究と技術開発のさらなる展開が期待されます。


【謝辞】

本研究は、科学技術振興機構(JST) CREST「新たな生産プロセス構築のための電子やイオン等の能動的制御による革新的反応技術の創出」(課題番号:JPMJCR18R1)、JST さきがけ「地球環境と調和しうる物質変換の基盤科学の創成」(課題番号:JPMJPR2373)および文部科学省 科学研究費補助金(課題番号:21H05215、23H04916、24H00394)の支援を受けて実施されました。また、本研究で用いたアニオン交換膜は株式会社トクヤマ様よりご提供いただきました。この場をお借りして深く感謝申し上げます。


【用語解説】


※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。


本件に関するお問い合わせ先
〈研究に関する問い合わせ〉
横浜国立大学 大学院工学研究院
准教授 信田尚毅
教授 跡部真人

〈報道に関する問い合わせ〉
横浜国立大学 総務企画部 リレーション推進課
E-mail: pressynu.ac.jp
TEL: 045-339-3027

科学技術振興機構 広報課
E-mail: jstkohojst.go.jp
TEL: 03-5214-8404

〈JST事業に関する問い合わせ〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤裕輔 E-mail: crestjst.go.jp
TEL: 03-3512-3531

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

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