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世界一構造秩序のあるガラスの合成と構造解析に成功
―ガラスの一見無秩序な構造の中に潜む秩序を抽出―


2020年12月25日
京都大学
早稲田大学
東京工業大学
岐阜大学
弘前大学
東京大学
琉球大学
筑波大学
理化学研究所
立命館大学
高輝度光科学研究センター
科学技術振興機構


 京都大学、国立研究開発法人物質・材料研究機構、バース大学、早稲田大学、東京工業大学、岐阜大学、弘前大学、東京大学、琉球大学、ラウエ・ランジュヴァン研究所、筑波大学、オークリッジ国立研究所、ラザフォードアップルトン研究所、理化学研究所、ノルウェー科学技術大学、産業技術総合研究所、立命館大学、高輝度光科学研究センターからなる国際共同研究チームは、世界一構造秩序のある永久高密度シリカ(SiO2)ガラスの合成に成功し、その構造を大型放射光施設SPring-8*1をはじめとする量子ビーム施設を横断的に利用して明らかにしました。また、ガラスの原子の動き方が密度だけではなく構造にも大きく影響されることを発見しました。そして、パーシステントホモロジー*2をはじめとするトポロジカル解析により、その構造秩序は、ガラスに存在する原子のつながったリングの形が圧力と温度により変形しつつ形成されることによることをつきとめました。本研究により、ガラスを作る圧力と温度を精密に制御すればガラスの構造を自在に操れることが示され、高屈折ガラスや高強度ガラス、高性能光ファイバーの合成に新たな道を切り拓きました。
 本研究成果は、2020年12月23日に国際学術誌「 NPG Asia Materials 」誌のオンライン版に掲載され、同誌のトップページを飾りました。

雑誌名:「 NPG Asia Materials 」(2020年12月23日付)
タイトル:Structure and properties of densified silica glass: Characterizing the order within disorder(高密度化シリカガラスの構造と物性:無秩序の中の秩序の特徴量の抽出)
著者:小野寺陽平、小原真司、Philip S. Salmon、平田秋彦、西山宣正、気谷卓、Anita Zeidler、志賀元紀、増野敦信、井上博之、田原周太、Annalisa Polidori、Henry E. Fischer、森龍也、小島誠治、川路均、Alexander I. Kolesnikov、Matthew B. Stone、Matthew G. Tucker、Marshall T. McDonnell、Alex C. Hannon、平岡裕章、大林一平、中村壮伸、Jaako Akola、藤井康裕、尾原幸治、谷口尚、坂田修身
DOI番号:10.1038/s41427-020-00262-z

1.背景
 ガラスは古くから人類によって作られ、利用され続けている機能材料の一つで、我々の生活に欠かせないものです。ガラスは原料を加熱して得た液体を急速に冷却(急冷)することで得られます。物質は加熱されて液体になった時、その構造は結晶のように規則正しく配列していないことが知られていますが、ガラスは液体の構造をそのまま凍結した固体であるため、原子配列の規則性を失っています。そして、ガラスは作製時の急冷速度やその後の処理温度、圧力の印加によって原子配列の変化に伴なった機能の修飾が可能です。
 ガラスを加熱すると結晶化しますが、この結晶化を抑制しつつ高い構造秩序を有したガラスを合成することは、材料開発の新しい基軸となると考えられてきました。しかし、ガラスの乱れた構造を定量的に評価することはこれまで非常に困難であり、それゆえ、その構造制御による新規材料開発は結晶材料と比べて著しく立ち遅れておりました。

2.研究手法・成果
 今回、研究グループは大型放射光施設SPring-8のBL04B2および海外の中性子施設を横断的に利用した量子ビーム実験*3から、1200 ℃かつ7.7 GPa(約7.7万気圧)において温度と圧力を精密に制御して合成したシリカ(SiO2)ガラス(図1)に、現在までに報告されているガラスの中で最も間隔が揃った原子配列、すなわち世界一の構造秩序があることを発見しました。さらに、室温で圧力のみを印加して同じ密度のガラスを作ったところ、この低温圧縮ガラスには構造秩序がないことも確認しました(図2)。また、中性子非弾性散乱*4比熱測定*5によって2つのガラスの原子の動きを測定したところ、ガラス特有の低エネルギー励起とされるボゾンピーク*6が構造秩序によって大きく影響を受け、ボゾンピークが密度だけではなく構造によっても変化することを明らかにしました(図3)。
 さらに、実験データに基づいた計算機シミュレーションと、先端数学のトポロジーを応用したパーシステントホモロジーの連携によって、世界一秩序のあるSiO2ガラスが形成するリング構造は、室温での圧縮で得られた同じ密度を持つSiO2ガラスと比べてより変形しているものの、Si原子同士がより規則正しく並んでいることが明らかになり、これが世界一の構造秩序の理由であることが分かりました(図4)。本研究で開発した解析手法によって、ガラスのような一見無秩序に見える構造の中に潜んだ秩序を見出すことが、初めて可能となりました。

3.波及効果、今後の予定
 本研究によって得られた知見により、温度と圧力を駆使した構造制御によるガラスやガラスセラミックスを創製できる道が切り拓かれたと言えます。新規高屈折率ガラスや高強度ガラス、高性能光ファイバーの合成への応用が期待されます。

4.研究プロジェクトについて
 本成果の一部は、科学技術振興機構(JST)イノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」(JPMJPR15N4、JPMPR15ND、JPMJPR16N6)、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」(JPMJCR15D3)、JSPS科研費学術変革領域研究(A)20H05878、20H05880、20H05881、20H05884、基盤(B)17H03121、20H04241、TIA連携プログラム探索推進事業「かけはし」の支援を受けて行われました。

<研究者のコメント>
 乱れた原子配列を持つガラスの構造研究はこれまで非常に挑戦的な研究とされてきましたが、国内外の多くの研究者のご協力の元、実験と計算、そして最先端のトポロジカル解析を総動員することによって、今回、世界一秩序のあるシリカガラスの構造を明らかにできました。本研究を通して学んだ多くのことを活かせるよう今後も自己研鑽に励み、たくさんの人の役に立つ材料開発に繋がるより良い研究を展開していきたいと思います。


図 世界一構造秩序のあるガラスの合成と明らかになった構造

世界一構造秩序のあるガラスの合成と明らかになった構造


図1 世界一構造秩序のあるガラス(右)と通常のガラス(左)

図1 世界一構造秩序のあるガラス(右)と通常のガラス(左)


図2 世界一構造秩序のある高温圧縮ガラスおよび同じ組成、密度の低温圧縮ガラスのX線回折パターン

図2 世界一構造秩序のある高温圧縮ガラスおよび同じ組成、密度の低温圧縮ガラスのX線回折パターン


図3 世界一構造秩序のある高温圧縮ガラスおよび同じ組成、密度の低温圧縮ガラスの中性子非弾性散乱スペクトル

図3 世界一構造秩序のある高温圧縮ガラスおよび同じ組成、密度の低温圧縮ガラスの中性子非弾性散乱スペクトル


図4 高温・高圧下におけるガラスの秩序化のスキーム

図4 高温・高圧下におけるガラスの秩序化のスキーム


<用語解説>

※1:大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行なっています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2:パーシステントホモロジー
 データの幾何的情報を定量的に特徴付けることのできる、トポロジー(位相幾何学)という数学分野の理論を応用した手法です。

※3:量子ビーム実験
 X線(電磁波)、中性子、電子などの量子性を持つ波や粒子の集団が同じ方向に向かうビーム状の流れを量子ビームといい、それらを用いた実験のことを指します。本研究では、放射光X線と中性子を用いた回折実験を実施しました。回折とは、物質にX線(または中性子)が入射したとき、入射した方向とは違った方向いくつかの特定の方向に強いX線(中性子)が進む現象です。原子がある規則に従って配列した集合体、すなわち物質にX線(中性子)を入射すると、それぞれの原子によって散乱されたX線(中性子)が干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波が進行します。この回折波を観測することで、物質中の原子の配列を解析することが可能となります。X線は原子内の電子で散乱され、中性子は原子核で散乱されることから、原子によるそれぞれの散乱能は異なります。SiO2ガラスの場合は、X線回折はSiに、中性子回折はOに敏感であることから、両者の併用は乱れたガラス構造を決定する上で非常に有効です。

※4:中性子非弾性散乱
 中性子ビームを物質に入射したときに、入射した中性子が物質中の原子とエネルギーの授受を行い散乱される現象を非弾性散乱と言います。原子が中性子とエネルギーのやりとりを行った際には何らかの原子の動きを伴います。中性子のエネルギーを精密に制御して物質に入射し、散乱されてくる中性子のエネルギーを測定することで、中性子と物質中の原子との間にどの程度エネルギーのやりとりがあったか、すなわち原子がどのように動いたのかを調べることが可能となります。このような量子ビーム実験を中性子非弾性散乱実験と言います。尚、前述の回折では原子と中性子の間にエネルギーの授受がない弾性散乱を取り扱っています。

※5:比熱測定
 比熱とは1gの物質の温度を1度上げるために必要な熱量のことを指します。比熱は圧力一定と体積一定のどちらの条件で測定するかで大別され、本研究では圧力一定下での定圧比熱容量を測定しました。熱物性である比熱はガラスの中の原子の動きと関連すると考えられており、低い温度領域の比熱データにも過剰比熱(通常の比熱―温度曲線から逸脱するデータ)としてブロードなピーク(後述のボゾンピーク)が観測されます。

※6:ボゾンピーク
 ガラスの中性子・X線非弾性散乱の低エネルギー領域において観測されるブロードなピークで、低温での比熱測定でも観測されることが知られています。ガラス中の原子の運動に関連するとされているものの、その起源は固体物理の未解決問題の一つに数えられています。



<お問い合わせ先>

<研究に関するお問い合わせ>
小野寺 陽平(おのでら ようへい)
京都大学 複合原子力科学研究所 助教
TEL:072-451-2423(オフィス)
E-mail:y-onoderaatrri.kyoto-u.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ>
京都大学総務部広報課 国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

早稲田大学広報室広報課
TEL:03-3202-5454
E-mail:kohoatlist.waseda.jp

東京工業大学 総務部 広報課
TEL:03-5734-2975 FAX:03-5734-3661
E-mail:mediaatjim.titech.ac.jp

岐阜大学 管理部総務課広報係
TEL:058-293-3377 FAX:058-293-2021
E-mail:kohosituatgifu-u.ac.jp

弘前大学 理工学研究科総務グループ総務担当 広報
TEL:0172-39-3510 FAX:0172-39-3513
E-mail:r_kohoathirosaki-u.ac.jp

東京大学 生産技術研究所 広報室
TEL:03-5452-6098 FAX:098-895-8013
E-mail:a2suzukiatiis.u-tokyo.ac.jp

琉球大学総務部総務課広報係
TEL:098-895-8175 FAX:098-895-8013
E-mail:kohokohoatacs.u-ryukyu.ac.jp

筑波大学広報室
TEL:029-853-2039 FAX:029-853-2014
E-mail:yamashina.naoko.ffatun.tsukuba.ac.jp

理化学研究所 広報室 報道担当
E-mail:ex-press atriken.jp

立命館大学 総合企画部 広報課
TEL:075-813-8300 FAX:075-813-8147
E-mail:tateiwaatst.ritsumei.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkohoatjst.go.jp

<SPring-8/SACLAに関すること>
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL: 0791-58-2785 FAX: 0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

<JSTの事業に関するお問い合わせ>
舘澤 博子(たてさわ ひろこ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
TEL:03-3512-3525 FAX:03-3222-2067
E-mail:presto atjst.go.jp

二次元膜粘性の分子論的起源を解明 創薬及び生体膜などの機能制御への応用の可能性


2021年8月19日
東北大学大学院理学研究科
京都大学


【発表のポイント】
• 二次元モデル生体膜の粘度を計測する新しい方法を開発
• 中性子とX線の分光法により脂質分子の運動の緩和時間を同定
• 分子運動の緩和時間と膜の粘度を関連づけることに成功
• 膜粘性の起源が脂質分子自身の拡散に対する抵抗であることを実験的に証明し、膜構成分子の動きと膜の性質を関連づけることに成功
• 将来的な創薬や膜機能制御への応用の可能性


 生体膜は、細胞のさまざまな機能を支える構造体だと考えられています。膜の内部では構成分子が移動し、反応場を形成する必要があるため、これらの機能にとって膜の「流動性」が重要です。この流動性を決定する主要因は、膜内を移動する物体が感じる摩擦、すなわち粘性ですが、膜の厚さはわずか数nm(10-9 m)ととても薄いため、その粘度を測定するのは実験的に難しく、報告されている値には測定技術ごとに数桁の差があります。
 米国標準技術研究所及びメリーランド大学の長尾道弘教授を中心とし、東北大学大学院理学研究科の齋藤真器名准教授、京都大学の瀬戸誠教授を含む日米国際共同研究チームは、脂質分子の尾部(疎水性の炭化水素鎖)の運動を中性子とX線分光法で観察することにより、モデル生体膜の粘度を測定する新しい方法を開発しました。さらに本研究により、膜粘性の分子的起源は脂質分子が周辺の分子との相互作用によって受ける脂質分子間の摩擦であることが実証されました。脂質膜の粘性の起源を理解できたことで、将来的には創薬や生体膜機能の制御などに応用される可能性が考えられます。
 本研究成果は、2021年8月12日にPhysical Review Lettersに掲載されました。


【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Relationship between viscosity and acyl tail dynamics in lipid bilayers
著者:Michihiro Nagao, Elizabeth G. Kelley, Antonio Faraone, Makina Saito, Yoshitaka Yoda, Masayuki Kurokuzu, Shinichi Takata, Makoto Seto, and Paul D. Butler
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.127.078102
URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/
PhysRevLett.127.078102


Corresponding author:Michihiro Nagao, Ph. D.
His affiliation:NIST Center for Neutron Research, National Institute of Standards and Technology & Department of Materials Science and Engineering, University of Maryland & Department of Physics and Astronomy, University of Delaware
筆頭著者:長尾道弘
筆頭著者所属:米国標準技術研究所 中性子研究センター メリーランド大学 物質科学工学科 デラウェア大学 物理、宇宙物理学科


【詳細な説明】
 私たちの体にある無数の細胞の一つ一つは、わずか2つの分子の厚さからなる構造体に包まれています。細胞膜あるいは生体膜としてよく知られるこの構造体は、化学的に異なる何千もの脂質、糖、タンパク質分子から構成されており、細胞が栄養を摂取したり、成長したり、分裂したりすることで、常にその形を変え、様々な構成要素を局所的に再配置しています。このような運動ができるのは、生体膜が流動的である、即ち流れることができるからです。科学者たちは、流体の流れやすさ、すなわち粘性、を粘度として数値化しており、物質の粘度が高いほど、流れは遅くなります。私たちは日常生活の中で、液体の粘性を目で見て、測定することができます。例えば、油やハチミツが容器から流れ出るのには水よりも長い時間がかかりますが、これはハチミツや油の粘度が水の100倍から1,000倍程大きいからです。しかし、生体膜のように2分子の厚さしかない流体の粘度はどうやって測定するのでしょうか?
 米国標準技術研究所、メリーランド大学、デラウェア大学、テネシー大学及び東北大学、京都大学、高輝度光科学研究センター、大強度陽子加速器研究センター(J-PARC)で構成される日米国際共同研究チームは、脂質分子の尾部(疎水性の炭化水素鎖)の運動を中性子とX線で観察することにより、モデル生体膜の粘度を測定する新しい方法を開発しました。米国標準技術研究所中性子研究センターでの中性子スピンエコー分光実験と、日本の大型放射光施設SPring-8で最近実用化されたメスバウアー時間領域干渉法によるX線測定を組み合わせることで、脂質分子が示す運動の緩和時間を4桁以上の時間範囲で定量化し、測定された緩和時間を膜粘性に関連付けることができました。この実験は、膜の粘度を測定する新たな方法を提供するだけでなく、個々の脂質分子の運動がより大きなスケールの膜特性にどのように関連しているかについて、新たな洞察を与えるものです。
 脂質の分子運動は速く、その緩和を測定するには、数psから数100 nsの時間スケールを刻む必要がありますが、これが可能になったのは、中性子やX線の分光技術が進歩したここ数10年ほどのことなのです。また、流体中の粒子の移動速度と流体の粘度を関連付ける伝統的な流体力学の理論は、とても小さなスケール、すなわち分子の大きさのスケールでは成り立たなくなってしまいます。このため、他の確立された実験技術で測定された膜の粘度と個々の分子の動きの関連性を言い当てるのは容易ではありません。これは、かのアインシュタイン博士が水面上の花粉の動きを観察して水の運動を言い当てたのと同じです。しかし、観測スケール(アインシュタイン博士の例では花粉の大きさ)がどんどん小さくなり、1つの分子の大きさに匹敵するようになると、水が連続した場であるという流体力学の基本的な考え方が崩れてしまうのです。このような長さのスケールでは、膜の粘性はどのように決まるのでしょうか?
 中性子とX線を用いて脂質尾部のダイナミクスを新たに測定した結果、脂質の尾部の動きには二種類の動きが含まれていることがわかりました。一つは脂質の尾部がどれだけ秩序立って密に詰まっているかに直接関係しています。この動きは対応する3次元の流体と比べることが可能です。脂質の尾部は3次元の油と同じ分子構造をしていますので、脂質膜内部は二次元に広がった油と同じ様なものだと考えることができますが、この考えから予想される膜の粘度は実際に計測される値とは異なります。この原因も、今回の実験から明らかになりました。脂質の尾部を2分子の厚さしかない2次元の膜に閉じ込めると、対応する3次元の流体から予想されるよりも分子の動きの特性時間が1桁以上も遅くなり、それに応じて粘度が高くなるのです。もう一つの、よりゆっくりとした動きは脂質分子が周辺の分子との相互作用を受けながら移動し、再配置するものです。この運動成分に特徴的な時間は数100 ps程度と見積もられました。すなわち、脂質分子が周辺の分子の相互作用に打ち勝って動き回る特性時間が数100 psだということになります。この特性時間から見積もられた膜の粘度は文献で報告されている数桁にわたる幅広い値の中間に位置しています。さらに、この特性時間は脂質膜の状態に大きく依存し、最大100 nsのオーダーまで遅くなることがわかりました。
 これらの結果が示唆することは、膜の粘性の分子的な起源は脂質分子が感じる相互作用に関連しており、個々の脂質分子間の摩擦、すなわち、自身が拡散していく動きに対する抵抗が粘性の起源であると考えられることです。このような分子レベルでの描像を実験的に同定したのは本研究が初めてであり、2次元膜の粘度というセミマクロな特徴を分子スケールの運動から特定する新しい方法論を提供しています。このような分子スケールの運動は、最新のコンピュータ・シミュレーション技術を用いて比較的容易に研究することができ、今後の実験、理論、シミュレーションの研究を促進することが期待されます。
 膜粘度は細胞の機能にとって非常に重要なパラメータであり、例えば、細胞は温度変化に応じて膜粘度が維持されるように脂質の組成を完全に変化させることが知られています。恒流動性適応として知られるこのような機能は生物が急激な温度変化に対応して生命機能を保つ基本的な性質です。今回の結果は、個々の脂質分子の動きがどのように膜粘度に影響を与えるかについての新たな知見を提供するものです。しかしながら、今回の実験では非常に単純な脂質分子が用いられており、今後様々な脂質や複雑な膜についての研究が広がることが期待されます。本研究で取り扱った脂質膜は新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンのカプセルとしても使われており、その微視的な分子運動性や粘性の理解は、将来的な創薬分野への寄与や膜機能制御への応用につながる可能性があると、科学者らはみています。
 中性子スピンエコー装置の利用は米国標準技術研究所及び全米科学財団の協力による高分解能中性子散乱センター(協定番号DMR-2010792)による援助を得ています。SPring-8のビームラインBL09XUでの実験は高輝度光科学研究センターにより受理された実験課題(2017B1512、2018B1491)により実施されました。本研究の一部はJSPS KAKENHI Grant Number JP19K20600及びJST-CREST JPMJCR2095によってサポートされています。



脂質膜の概念図

脂質膜の概念図。
卵状で示した脂質の親水基は水と接触する一方、尾部は膜内に閉じ込められ水との接触が遮られます。今回の研究では脂質分子尾部の運動を中性子及びX線分光法で観測することにより膜の粘性についての知見が得られました。
Copyright 2021 Michihiro Nagao


【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 齋藤 真器名(さいとう まきな)
 TEL:022-795-7749
 E-mail:makina.saito.d6attohoku.ac.jp

NIST Center for Neutron Research, National Institute
of Standards and Technology Guest Researcher
Department of Materials Science and Engineering,
University of Maryland Research Professor Michihiro
Nagao
 TEL:+1-301-975-5505
 E-mail:mnagaoatumd.edu

京都大学複合原子力科学研究所
 教授 瀬戸 誠(せと まこと)
 TEL:072-451-2445
 E-mail:setoatrri.kyoto-u.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
 TEL:022-795-6708
 E-mail:sci-pratmail.sci.tohoku.ac.jp

National Institute of Standards and Technology
NIST Public Affairs Office
 TEL:+1-301-975-2758
 E-mail:inquiriesatnist.gov

京都大学総務部広報課国際広報室
 TEL:075-753-5829
 E-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785
 FAX:0791-58-2786
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SPring-8・SACLA グリーンファシリティ宣言
-2050年カーボンニュートラルを実現する研究基盤施設として-


2021年8月23日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター


 理化学研究所(理研)放射光科学研究センターと高輝度光科学研究センター(JASRI)は、大型放射光施設「SPring-8」[1]およびX線自由電子レーザー施設「SACLA」[2]を、産官学におけるグリーンイノベーションを目指すさまざまな研究開発活動を一層推進するグリーンファシリティとすることを宣言します。
 これは、持続可能な開発目標(SDGs)[3]2050年カーボンニュートラル[4]の実現に向けた産官学利用者の研究開発活動を、従来に増して強力に支援するものであり、我が国のこれからの発展に貢献してまいります。


SPring-8(左:円形の施設)とSACLA(右:直線状の施設)

SPring-8(左:円形の施設)とSACLA(右:直線状の施設)


背景
 大型放射光施設「SPring-8」およびX線自由電子レーザー施設「SACLA」は、ナノ(nm、1nmは10億分の1メートル)を見るための光を世界最高性能で産学官の利用者に提供してきました。ナノ領域での観察や制御は、カーボンニュートラルに資するグリーン分野において重要な研究開発要素であり、これまでにも蓄電池、燃料電池、触媒開発などで大きな成果を上げてきました。
 そこで、持続可能な開発目標(SDGs)や2050年カーボンニュートラルの実現に向け、両施設が有する世界最高性能の光を、グリーン成長戦略[4]に示された各分野でお使いいただくとともに、グリーンイノベーションに資する新分野開拓のため、産官学利用者へのより一層の支援を目的として、このたびの宣言に至りました。

宣言
 SPring-8およびSACLAでは、グリーン成長戦略に示された14分野全ての関連研究課題が実施されています()。グリーンイノベーションを目指すより多くの皆様が、課題解決の手段として両施設をご活用いただくことを願って、両施設をグリーンファシリティとすることを宣言します。

宣言

大型放射光施設「SPring-8」とX線自由電子レーザー施設「SACLA」は持続可能な開発目標(SDGs)や、2050年カーボンニュートラル達成に向けた産官学の研究開発活動を従来に増して強力に支援してまいります。 合わせて、施設自体も一層の省エネルギー化に向けての努力を進めてまいります。
引き続き、皆様方の倍旧のご活用とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。


図 SPring-8およびSACLAの利用課題とグリーン成長戦略14分野との関係

図 SPring-8およびSACLAの利用課題とグリーン成長戦略14分野との関係


今後の期待
 2050年カーボンニュートラルは、チャレンジングな目標であり、産官学が一丸となって取り組む必要があります。このたび、(こう)()としてグリーンファシリティ宣言を行いましたが、後に続く多数の同志の出現を期待しています。
 今後の具体的な取り組みとして、研究集会の開催やグリーンイノベーションに貢献する利用支援などを計画しています。こうした活動を経て、同志の皆様と連携して2050年カーボンニュートラルの実現に向けたイノベーションを推進します。


補足説明

[1] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[2] X線自由電子レーザー施設「SACLA」
理研とJASRIが共同で建設した世界有数の最先端のX線自由電子レーザー施設。SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの略。

[3] 持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。

[4] 2050年カーボンニュートラル、グリーン成長戦略
2020年10月、第203回臨時国会の所信表明演説において、菅義偉内閣総理大臣が「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した。これを踏まえ、2020年12月、関係省庁らは「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策としてグリーン成長政略を策定した。



機関窓口
<機関窓口>
*今般の新型コロナウイルス感染症対策として、
理化学研究所では在宅勤務を実施しておりますので、
メールにてお問い合わせ願います。
理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp

高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

走査型蛍光X線顕微鏡


装置概要

X線ナノビームを使ったナノ蛍光X線分析.細胞内元素分布の高感度・高分解能イメージングが可能です。


写真:走査型蛍光X線顕微鏡


装置の特徴

・Sub-50nm集光システム(KBミラー)による高分解能マッピング
・複数同時に元素マッピング情報を取得可能
・ズーム機能(ビームサイズの変更が可能)
・複数試料に対する自動測定が可能
・ユーザーフレンドリーなソフトウエアが完備



実験・試料準備

被測定物の形状、サイズ
・細胞内小分子:元素、薬剤、1原子ラベル脂質など代謝産物 (ホルマリン固定、瞬間凍結乾燥)

Scanning X-Ray Fluorescence Microscope


Equipment overview

This equipment uses nano-fluorescence X-ray analysis using X-ray nanobeams. High-sensitivity and high-resolution imaging of intracellular element distribution is possible.


写真:Scanning X-Ray Fluorescence Microscope


Features of the Equipment

・High-resolution mapping is possible with a sub-50nm focusing mirror (KB mirror).
・Multiple mapping measurements can be acquired simultaneously.
・A zoom function exists (the beam size can be changed).
・It is possible to perform automatic measurements for multiple samples.
・The system is equipped with user-friendly software.

Experiment / sample preparation

Shape and size of the objects to be measured:
・Small molecules within the cell: metabolism products such as elements, medicines, and single atom label lipids (formalin fixation, instant freeze-drying).


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