地球中心を超える圧力領域まで9つの物質の圧縮挙動を決定
~巨大惑星深部科学・物性科学の発展へ貢献~


2025年4月17日
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
大阪大学
大阪公立大学


【研究成果のポイント】

●特殊な先端形状の高圧発生装置を独自に開発し、地球中心圧力(365万気圧)を大きく超える430万気圧までの高圧実験を実現
●9つの物質について相互に整合的な状態方程式(“圧力計”に相当)を決定
●数百万気圧の圧力領域において、どの物質を圧力標準物質として使うかによって生じていた既存の圧力値推定の矛盾を解消し、より信頼性の高い”圧力計”を提案
●地球中心圧力を超える圧力領域での、巨大惑星深部研究から超伝導研究まで幅広い科学分野の進展に寄与



愛愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの境毅准教授と出倉春彦講師、石松直樹教授、高輝度光科学研究センターの門林宏和研究員、河口沙織主幹研究員、関澤央輝主幹研究員、新田清文研究員、大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターの中本有紀助教、清水克哉教授、大阪公立大学の瀬戸雄介准教授からなる研究チームは、9つの物質(鉄、銅、モリブデン、タングステン、レニウム、白金、金、酸化マグネシウム、塩化ナトリウム)について、地球中心圧力を超える最大430万気圧までの圧力と体積の関係(状態方程式)を決定することに成功しました。状態方程式は高圧実験において“圧力計”として用いられますが、本研究でこれら9つの物質の状態方程式が相互に矛盾なく整合的となったため、数百万気圧の極高圧実験においてどの物質を“圧力計”として使うかによって生じていた圧力値の矛盾が解消されました。
本研究の結果は地球中心圧力を超える極高圧領域に適用可能な“圧力計”を提供します。これにより、天王星や木星、あるいはスーパーアースのような系外惑星といった地球よりも大きな惑星の深部に対応するような圧力をより正確に見積もることが可能になり、今後の惑星深部研究に役立ちます。また惑星科学に限らず、超伝導研究に代表される高圧物質科学分野にも広く用いられることが期待されます。本研究成果は、英国の科学雑誌「Communications Materials」に4月17日に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Communications Materials
題名 :The equations of state of nine materials up to 0.43 TPa for extreme pressure science
著者:Takeshi SAKAI, Hirokazu KADOBAYASHI, Yuki NAKAMOTO, Haruhiko DEKURA, Naoki ISHIMATSU, Saori KAWAGUCHI-IMADA, Yusuke SETO, Oki SEKIZAWA, Kiyofumi NITTA, Katsuya SHIMIZU
DOI:10.1038/s43246-025-00792-5


【詳細】

地球に限らず惑星の内部は高圧力状態にあります。中心に近い惑星深部ほど高い圧力になり、地球の中心圧力は365万気圧に達します。一方、木星のようなガス惑星や天王星のような氷惑星、あるいはスーパーアースと呼ばれる岩石型の系外惑星(※1)など地球の何倍もの質量をもつ惑星深部は、地球の中心圧力を大きく超える圧力の世界が広がっています。物質に圧力をかけると単純に縮んでいくだけではなく、元素の並び方(結晶構造)や物理的性質が大きく変化します。高圧実験を行って惑星深部の環境を実験室に再現することで、惑星の内部で何が起こっているのかを調べることができますが、惑星のより深い部分を調べるにはより高い圧力を発生させる必要があります。
静的圧縮(※2)による高圧実験装置としてはダイヤモンドアンビルセル(※3)図1)が広く利用されています。しかし一般的なダイヤモンドアンビルセルによる発生圧力は300万気圧程度が限界であり、さらなる高圧力の発生には技術開発が必要でした。

また、静的圧縮実験においてどの程度の圧力が達成できているかを決定するには、圧力標準物質の状態方程式(※4)を用いますが、実験例の極めて少ない数百万気圧領域ではほとんどの物質の状態方程式が十分に分かっていませんでした。このため、どの圧力標準物質を選択したかで結果が異なり、圧力標準物質の相互の整合性がない、といった難しい問題がありました。

本研究では、この2つの問題を解決するために特殊な先端形状を持つダイヤモンドアンビルを用いて地球中心圧力を超える静的圧縮実験を可能にし、9つの物質について300~400万気圧領域での状態方程式を決定しました。図1(下)は、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター設置の集束イオンビーム加工装置(FIB)(※5)でダイヤモンドを加工して作製された特殊な先端形状の一例で、試料を加圧する微小な突起上の構造があることが特徴です。先端の平坦部分はわずか20 マイクロメートルで、この微小な先端形状が圧子となり、400万気圧を超える圧力発生が可能となりました。また、加圧される試料もFIBで数マイクロメートル程度の円盤状に微細加工されており、さらに本研究では圧力標準物質となる複数の試料を同時に充填しています(図2)。加圧された試料は大型放射光施設SPring-8(※6)のビームラインBL10XUおよびBL37XUにおいて粉末X線回折測定(図3)を行い、格子体積を決定しました。様々な試料の組み合わせで圧縮実験を繰り返すことで、9つの物質の体積-体積関係を明らかにしました(図4)。この体積-体積関係は、圧力の絶対値とは別に、ある物質Aがある体積まで圧縮されているときに、同じ状態にある別の物質Bの体積はどの程度まで圧縮されているか、という相互の関係を示すものです。これによって、既存の圧力標準物質による“圧力計”が相互に整合的であるかどうかの判断が可能になります。その一例として、動的圧縮実験(※7)において最近提案されていた銅、鉄、白金、金についての状態方程式(=圧力計)が、銅、鉄、金の3つは誤差の範囲内で整合的ですが、白金は400~500万気圧の圧力領域において約7%程度の大きい圧力を与えていたことが明らかとなりました。

また、銅の状態方程式を基準として、9つの物質で相互に整合的な状態方程式を決定しました(図4)。これらの9つの状態方程式すなわち圧力計は、本研究の高圧実験の測定結果により校正されているため、地球中心圧力を超える400万気圧の圧力領域において圧力値の矛盾が解消されています。また、この実験で求めたレニウムの状態方程式は第一原理計算(※8)による結果と良い一致を示すことが確認され、より信頼性の高い圧力計として提案されています。
今回得られた結果は地球中心圧力を超える圧力領域での高圧実験において「今どれだけの圧力が発生できているのか?」という疑問に答えるものであり、研究を行う上での重要な基盤となります。今後、この実験・測定技術を惑星構成物質に適用することで、より詳細な惑星深部構造の議論が可能になると期待されます。愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターでは2024年度より超高圧科学部門を立ち上げ分野横断的な研究を推進することを目的として活動しています。本研究が対象とした数百万気圧の圧力領域は、高圧超伝導研究においても様々な物質が超伝導状態を発現する重要なフロンティアとなっています。今回の成果は、巨大惑星深部科学に限らず、高圧下における超伝導研究や電子物性研究といった物性物理学分野においても活用されることが期待され、重要な情報および実験技術を提供するものです。



図1.(上)ダイヤモンドアンビルセル。写真は試料設置前の上下のダイヤモンドのみの状態を横から見たもの。(下)集束イオンビーム加工装置(FIB)で加工したダイヤモンドアンビルの先端の電子顕微鏡写真。中央凸部の先端の平らな部分(キュレット部)のサイズは20 μm(マイクロメートル)になっている。(1マイクロメートルは1ミリメートルの1/1000)



図2.(上)レニウムガスケットに開けた試料室の穴に試料を充てんする直前の電子顕微鏡写真。(下)試料部分の断面模式図。この実験ではマグネシウムケイ酸塩(MgSiO3)ガラスに埋め込んだ銅とレニウムを試料室穴に挿入した後、隙間を埋めるようにグリセリンを充填した。



図3.430万気圧における銅とレニウムのX線回折パターン。
*印は試料の周囲にあるレニウムガスケットからの回折線。



図4.(左)9つの物質の圧縮曲線(=状態方程式)。(右)銅の体積比に対するそれぞれの物質の体積比。体積比は大気圧での体積に対する比率。それぞれの曲線上の白抜きの丸は本研究における最高圧力でのデータ点を示す(銅と金を除く)。
※塩化ナトリウムは32万気圧で結晶構造が変化するため、高圧相であるB2相について示してある。曲線が途中からなのは大気圧における仮想的な体積(実際には低圧相に戻ってしまうため存在しない)に対する比となっているため。

【研究サポート】

日本学術振興会科学研究費補助金
課題番号:17H02985, 21K18155,20H05644


【用語解説】


※1. 系外惑星
太陽系の外で発見された惑星。5000個以上の惑星が発見されている。特に、地球の数倍から10倍程度の質量をもつ惑星はスーパーアースとよばれている。特に恒星からの距離が程よい位置にあり液体の水を保持できると推定される惑星はハビタブル(居住可能)惑星とよばれ、生命が存在する可能性があることから広く注目を集めている。


※2. 静的圧縮
油圧やバネの力、またはガス圧などを利用してゆっくりと試料を加圧し、発生した圧力を保持したままにできるため、様々な分析を行うには有利な高圧力発生方法。この方式の高圧実験装置として、川井型マルチアンビル装置やダイヤモンドアンビルセルなどがある。


※3. ダイヤモンドアンビルセル
上下一対のダイヤモンドで試料を挟み込み高圧を発生する装置。試料を加圧するダイヤモンド先端の平らな部分をキュレットと呼び、キュレット径を選択することで数十万気圧から数百万気圧の高圧実験が可能だが、従来型ではおよそ300万気圧程度が限界。透明なダイヤモンドを通して試料の様子が観察でき、各種光学測定も可能である点が特徴。


※4. 状態方程式
圧力と体積の関係を表した数式。ここでは温度一定かつ固体の場合について取り扱っている。


※5. 集束イオンビーム加工装置(FIB)
ガリウムイオンを電場で加速して試料に衝突させることで極めて微小な加工を行うことができる装置。マイクロメートル(μm)~100ナノメートル(nm)サイズの加工を行うことができる。1マイクロメートルは1ミリメートルの1/1000、さらに、1ナノメートルは1マイクロメートルの1/1000。


※6. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。


※7. 動的圧縮実験
軽ガス銃を用いた衝撃圧縮実験や高強度レーザーを用いたレーザーショック実験などに代表される高圧発生方法。条件次第で1000万気圧以上の圧力を発生させることが可能だが、その超高圧力が発生する時間はわずかナノ秒であり静的圧縮実験に比べ、物性の精密測定が困難。


※8. 第一原理計算
量子力学および統計力学に基づき、物質の圧縮特性を含む多様な性質を非経験的に予測する理論計算手法。実験研究と相補的に用いることで、物性の理解をより深める一助となる。


本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 境 毅

(プレスリリースに関すること)
愛媛大学
総務部広報課
電話:089-927-9022 、E-mail: kohostu.ehime-u.ac.jp
先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
電話:089-927-8165、E-mail: grcstu.ehime-u.ac.jp

高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部 普及情報課
電話:0791-58-2785、E-mail: このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

大阪大学 基礎工学研究科庶務係
電話:06-6850-6131、E-mail:ki-syomuoffice.osaka-u.ac.jp

大阪公立大学 企画部広報課
電話:06-6967-1834、koho-listml.omu.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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