放射光(X線)で小さなものを観察する大きな2つの施設

常温・常圧で二酸化炭素の多孔性材料への変換に成功
−カーボンニュートラルを目指す新たな手法−


2021年10月8日
京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)
株式会社JEOL RESONANCE
理化学研究所


・温和な条件で化学的に不活性な二酸化炭素を簡便・高効率に多孔性材料へ変換
・大気中の低濃度の二酸化炭素の直接利用や大スケールでの合成も可能


 京都大学アイセムスの堀毛悟史准教授、京都大学工学研究科博士課程学生の門田健太郎(現・オレゴン大学JSPS海外特別研究員)らの研究グループは、株式会社JEOL RESONANCEの西山裕介研究員(兼理化学研究所科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム理研-JEOL連携センターナノ結晶解析連携ユニットユニットリーダー)、京都大学高等研究院アイセムスのDaniel Packwood講師のグループらと協力し、常温・常圧下において二酸化炭素(CO2)を有用な多孔性材料へと変換する新しい手法の開発に成功しました。


 化石燃料の大量消費や森林伐採により増加した大気中のCO2は、地球温暖化や海洋酸性化などの多くの環境問題の原因と考えられています。一方で、CO2は地球上に普遍的に豊富に存在する資源として捉えることもできます。CO2を有用な燃料や材料に変換することができれば、環境問題解決の糸口となるとともに、持続的な社会の発展に大きく貢献できます。従来多くの場合、CO2を有用な材料に変換するには、高温・高圧下での反応や、高価な貴金属触媒の使用が必須でした。これはCO2の炭素が最も酸化した(燃焼した)状態であり、有用な物質へ変換するには多くのエネルギーが必要となるためです。


 多孔性材料とは、その内部にミクロな穴(細孔)を無数に持つ固体であり、身近では浄水器や空気清浄機に入っている活性炭やゼオライトがその例です。近年ますます多孔性材料の研究は発展しており、エネルギー貯蔵からガス分離まで幅広い分野で用いられています。本研究では、金属イオンと有機分子からなるジャングルジムのような構造を持つ多孔性材料である多孔性金属錯体(PCP/MOF)※1)に注目しました。PCP/MOFは90年代後半に発見されて以来、90,000以上の種類が開発され、その一部は半導体ガス貯蔵用途などへ実用化されています。しかし、そのいずれにおいても、CO2を原料として作られたことはありませんでした。


 研究グループはアミンと呼ばれる有機分子とCO2を反応させ、得られる有機分子を直接金属イオンと反応させることで、一度にPCP/MOFを合成できる手法を開発しました。アミンと金属イオンの組み合わせを工夫し、常温・常圧のCO2をさまざまなPCP/MOFへ変換できます。放射光X線回折測定※2)と固体核磁気共鳴分光法(NMR)※3)を使って得られたPCP/MOFの分子レベルの構造を調べたところ、内部には1 nmの細孔が規則的に形成され、その構造は重さあたり30%以上がCO2からできていることが分かりました。


 この合成手法はさまざまな条件でも働きます。例えば一度の反応で9リットル分のCO2を50 gのPCP/MOF粉末へと変換し、固体として閉じ込めることが可能です。また、空気を用いてこの反応を試すと、空気中に存在する低濃度(0.04%)のCO2とアミン・金属イオンが反応します。つまり空気から直接PCP/MOFを合成することも可能です。さらに、合成したPCP/MOFの細孔中に多量のCO2を貯蔵でき、その結果、最大で材料1 gにおいてCO2が0.7 g含有された、高濃縮状態を実現しました(常温・26気圧)。
 本研究では、常温・常圧のCO2を簡便に多孔性材料へ変換し、利用することに成功しました。金属イオンとアミンの組み合わせを工夫することで、さまざま構造・機能を持った多孔性材料の合成や、不純物を多く含む工場の排ガス中のCO2など、資源化の対象の拡大も期待されます。本研究は、日本学術振興会(JSPS)の支援により実施され、2021年10月4日付でアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に公開されました。


論文タイトル・著者
“One-Pot, Room-Temperature Conversion of CO2 into Porous Metal−Organic Frameworks”
(参考訳:二酸化炭素の多孔性金属−有機構造体への常温・常圧ワンポット変換)
著者:門田健太郎、You-lee Hong、西山裕介、Easan Sivaniah、Daniel Packwood、堀毛悟史
Journal of the American Chemical Society|DOI: 10.1021/jacs.1c08227


二酸化炭素(CO2)を、常温で、かつ、高い圧力をかけることなく有用な多孔性金属錯体(PCP/MOF)へと変換する、新しい手法が開発されたの図

二酸化炭素(CO2)を、常温で、かつ、高い圧力をかけることなく有用な多孔性金属錯体(PCP/MOF)へと変換する、新しい手法が開発されました。
(©高宮ミンディ/京都大学アイセムス)


1. 背景
 二酸化炭素(CO2)は地球温暖化や海洋酸性化など多くの環境問題の原因として、排出量の削減が検討されてきた「厄介者」でした。2050年までにCO2を含む温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる、カーボンニュートラルの実現を目指すことが宣言され、世界中でさまざまな取り組みが検討されています。一方で、CO2は地球上に普遍的に豊富に存在する再生可能な炭素源(資源)として捉えることもできます。CO2を有用な物質・材料への変換する方法の開発は持続的な社会の実現のための最も大きな社会的課題の一つです。しかし、多くの場合、CO2を化学反応で変換させるためには高温・高圧といった高いエネルギーや、白金などの高価で希少な貴金属を用いる必要がありました。これは、CO2の持つ炭素(C)が最も酸化した状態であり、化学反応を引き起こすには大きなエネルギーが不可欠であるためです。このことから、温和な条件下(常温・常圧)でCO2を用い、優れた特性や機能を持つ材料を合成することは困難でした。
 多孔性材料とは、その内部にミクロな穴(細孔)を無数に持つ固体であり、身近なところでは浄水器や空気清浄機に入っている活性炭やゼオライトはその例です。近年ますます多孔性材料の研究は発展しており、エネルギー貯蔵からガス分離まで幅広い分野で用いられています。本研究では、金属イオンと有機分子(架橋性配位子)からなるジャングルジムのような構造を持つ多孔性材料であるPCP/MOFに注目しました。PCP/MOFは90年代後半に発見されて以来、90,000以上の種類が開発され、その一部は半導体ガス貯蔵用途などへ実用化されています。しかし、そのいずれにおいても、CO2を原料として作られたことはありませんでした。この理由は、PCP/MOFの合成に適した架橋性配位子をCO2から簡便に作る手法が未探索であったためです。


2. 研究内容と成果
 本研究では、常圧・常温のCO2からPCP/MOFを1ステップで合成する手法の開発を行いました。応用性を念頭におき、安価・無毒な亜鉛イオン(Zn2+)と、ピペラジンと呼ばれるアミンの組み合わせに着目しました。常温で、この金属イオンとアミンを含む溶液中に常圧のCO2を吹き込むことで、80%以上の高い収率でPCP/MOFが得られました。この反応は数分で完了し、得られるPCP/MOFは高い純度を持ちます。
 どのようにCO2がPCP/MOFに組み込まれているかを確認するため、固体核磁気共鳴分光法(NMR)測定(株式会社JEOL RESONANCE、西山裕介研究員らとの共同研究)から、CO2がアミンと反応し架橋性配位子として存在していることを確認しました(図1右)。また放射光X線回折測定から、PCP/MOFの結晶構造を決定したところ、CO2由来の架橋性配位子が金属イオンを連結することで高い周期性を持った均一な細孔を持つ構造が観察されました(図1左)。これらの解析から、得られたPCP/MOFは重量比で30%以上のCO2から構成されていることが分かりました。理論計算(京都大学アイセムス、Daniel Packwood講師との共同研究)を用いてPCP/MOFに組み込まれたCO2の状態を調べたところ、常温での反応から得られたにも関わらず、金属イオンとの強い相互作用によりCO2が安定に構造中に取り込まれていることが分かりました。
 今回開発した手法は、さまざまな条件下のCO2に適用できます。例えば合成容器を大きくし、効率的にCO2を吹き込むことで、一度に9 L(16 g)のCO2を50 gのPCP/MOF粉末に変換することも可能です(図2)。また、金属イオンとアミンが高選択的にCO2と反応するため、空気中に存在する低濃度(0.04%)のCO2であっても、本手法で直接PCP/MOFに変換することも可能です。空気中のCO2を直接用いて、資源化・材料化できる手法は材料を問わず限られており、CO2の回収や分離などのプロセスを必要としない簡単で省エネルギーな手法といえます。このようにしてCO2から直接合成したPCP/MOFの細孔内部に、さらにCO2を貯蔵することで、最大で重さ当たり70%の高いCO2含有量を実現しました(常温・26気圧)。以上のように、金属イオンとアミンを組み合わせることで、優れた多孔性と高いCO2含有量を示す多孔性材料の温和な条件での変換手法の開発を初めて実現しました。


図1. (左)常温・常圧のCO2から作られるPCP/MOFの結晶構造。(右)ピペラジンとCO2により架橋性配位子が形成され、同時に亜鉛イオン(Zn2+)と反応し、PCP/MOFが形成される図。

図1. (左)常温・常圧のCO2から作られるPCP/MOFの結晶構造。(右)ピペラジンとCO2により架橋性配位子が形成され、同時に亜鉛イオン(Zn2+)と反応し、PCP/MOFが形成される。



図2. (左)CO2のフローにより生成するPCP/MOFの大量合成の例の図。

図2. (左)CO2のフローにより生成するPCP/MOFの大量合成の例。80%を超える収率と高い純度で生成物が得られる。(右)9 LのCO2から得られたPCP/MOF粉末(50 g)。


3. 今後の展開
 地球規模で多くの環境問題を引き起こすCO2の排出量の削減は急務である一方で、持続的な社会の発展を継続するためには、より優れた特性や機能を持った物質・材料の開発は欠かせません。CO2を原料とした機能性材料の研究・開発は科学者が直面する最大の課題の一つである一方、高エネルギーや貴金属に頼らないクリーンで持続的な変換方法の実現は未だに困難です。本研究「常温・常圧におけるCO2の多孔性材料への変換」では、安価な金属と有機分子を組み合わせて、優れた多孔性材料を簡便かつ大量に合成できることを示しました。今回得られた成果は、天然資源が乏しい日本において普遍的に存在する空気(中に含まれるCO2)から、多孔性材料のみならず高い付加価値を持つさまざまな材料を生み出す方法の確立につながる可能性を秘めています。大気中の低濃度のCO2の直接的な資源化に加えて、不純物を多く含む工場の排ガス中のCO2など、資源化の対象を拡大することも期待されます。


4. 用語解説


※1 多孔性金属錯体(PCP/MOF)
金属イオンと有機分子が交互に連続して、ナノサイズのジャングルジムのような三次元構造を形成することで、均一な穴(細孔)を持つ結晶性の多孔性材料。金属イオンと有機分子の組み合わせを工夫することで自在に構造を設計することができるため、これまでガスの分離・貯蔵材、固体触媒、燃料電池の電解質など幅広い応用が検討されてきました。


※2 放射光X線回折測定
大型の加速器を用いて得られた質の高いX線(放射光)を利用して、固体中で原子がどのように規則的に配列しているか(周期性)を明らかにする手法です。


※3 固体核磁気共鳴分光(NMR)
分析装置の一種。原子核が持つ磁気的エネルギーを利用して、非破壊的に固体材料の分子構造をナノレベルで調べることができます。


5. 研究プロジェクトについて
本成果に至るまでに、日本学術振興会(JSPS)基盤研究(B)「液体の分子運動性が導入された結晶性有機構造体の合成と動的機能」(18H02032)、特別研究員奨励費「水素化物アニオン含有錯体骨格を用いた水素貯蔵材の創成」(18J14153)、新学術領域研究(研究領域提案型)「配位アシンメトリー:非対称配位圏設計と異方集積化が拓く新物質科学」(19H04574)の支援を受けています。


問い合わせ先
<研究内容について>
堀毛 悟史(ホリケ サトシ)
 京都大学高等研究院アイセムス 准教授
 電話: 075-753-9847
 E-mail:horikeaticems.kyoto-u.ac.jp| Twitter:‎@HorikeGroup

<京都大学アイセムスについて>
遠山 真理(トオヤマ・マリ) 髙宮 泉水(タカミヤ・イズミ)
京都大学アイセムス コミュニケーションデザインユニット
 電話:075-753-9749
 E-mail:cdatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

<株式会社JEOL RESONANCEについて>
日本電子株式会社 経営戦略室 コーポレートコミュニケーション室 広報・ブランドグループ
 電話:042-542-2106
 E-mail:iratjeol.co.jp

<理化学研究所について>
理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp

公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785
 FAX:0791-58-2786
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 京都大学高等研究院アイセムス 准教授
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京都大学アイセムス コミュニケーションデザインユニット
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