2026年4月16日
(大阪大学様が2026年4月16日に発表したプレスリリースを掲載しています)
大阪大学
東北大学
東京科学大学
信州大学
理化学研究所
【研究成果のポイント】
◆ 免疫応答の過程で、特定の抗原に反応するT細胞の働きを選択的に抑える新しい抗体「 免疫誘導性T細胞受容体様抗体(Immune-induced TCR-like antibody:iTab) 」が、マウスで自然に作られることを発見した。
◆ iTabは、抗原ペプチドとMHC※1 クラスII分子を認識し、T細胞受容体(TCR)※2が抗原ペプチドの認識を妨げることで、抗原特異的な免疫反応を抑えることが分かった。また、iTabの誘導には、抗原ペプチドの両端にある「フランキング残基」が重要であることも明らかにした。
◆ 自己免疫疾患モデルマウスでは、iTabを誘導するペプチドで前もって免疫する、あるいはiTab自体を投与することで、病態の進行を抑えられることを示した。
◆ 将来的に、自己免疫疾患やアレルギーに対する抗原特異的な免疫制御法の開発や最適なワクチン抗原の設計への応用が期待される。
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大阪大学免疫学フロンティア研究センターの荒瀬尚教授(微生物病研究所/先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター/感染症総合教育研究拠点兼任)らと東北大学・東京科学大学・信州大学・理化学研究所の研究グループは、新たな免疫制御機構として、免疫応答の際に「MHCと抗原ペプチドの複合体」に対する抗体が産生され、それがT細胞の認識を阻害することで過剰なT細胞応答を制御していることを発見しました。 論文情報 |
図1 抗原により生体内で免疫応答が誘導される過程で、T細胞受容体様抗体が産生され、抗原特異的なT細胞による免疫応答が抑制されること見出した。
【荒瀬教授のコメント】
本研究成果は、過剰なT細胞免疫応答を抗体が制御するという、新たな免疫制御の仕組みを明らかにしたものです。今後、この成果を応用することで、さまざまな自己免疫疾患やアレルギー疾患に対する新たな治療法・予防法の開発につながることが期待されます。
研究の背景
免疫は、細菌やウイルスなどの異物から体を守るために欠かせない仕組みです。一方で、免疫反応が過剰になったり、自分自身の成分に反応してしまったりすると、アレルギーや自己免疫疾患の原因になります。そのため、必要な免疫機能は保ちながら、問題となる免疫反応だけを狙って抑える方法の開発が重要な課題となっています。
CD4陽性T細胞は、抗原提示細胞の表面に提示された「抗原ペプチド-MHCクラスII複合体」を認識して活性化します。これまで、この複合体を認識する“TCR様抗体”は人工的に作製できることが知られていましたが、通常の免疫応答の中で自然に生じるかどうかはよく分かっていませんでした。また、実際に体内で提示される抗原ペプチドには、T細胞が認識する中心部分だけでなく、その前後に「フランキング残基」と呼ばれる余分な配列が付いていることが多い一方で、その役割は十分に理解されていませんでした。
研究の概要
1. 新たな抗体「iTab」の発見
本研究ではまず、卵白リゾチーム(HEL)やミエリン関連抗原などでマウスを免疫すると、抗原そのものに対する通常の抗体だけでなく、抗原ペプチド-MHCクラスII複合体を認識する抗体が誘導されることを見いだしました。研究グループはこの抗体を 「Immune-induced TCR-like antibody(iTab)、免疫誘導性TCR様抗体」 と名付けました。iTabは、抗原ペプチドだけ、あるいはMHCクラスIIだけを認識するのではなく、その組み合わせが作る立体的な構造を認識する点が特徴です( 図2) 。
2. iTabの産生機構
次に、iTabがどのような条件で作られるかを詳しく調べたところ、抗原ペプチドの両端に存在するフランキング残基が重要であることが分かりました。T細胞が認識する最小限のペプチドだけではiTabはほとんど誘導されませんでしたが、フランキング残基を含むペプチドではiTabが効率よく誘導されました。さらに、こうしたフランキング残基を含むペプチドは、抗原提示細胞の中で自然に作られ、MHCクラスII上に提示されていることも示されました。
3. iTabの機能解析
機能解析では、iTabがT細胞受容体(TCR)による抗原認識を妨げ、抗原特異的なCD4陽性T細胞の活性化を抑えることを解明しました。iTabによってT細胞の活性化シグナルが弱まり、炎症反応の指標も低下しました。また、単クローンiTabを用いた解析から、iTabがマウス体内でも抗原特異的な免疫応答を抑制できることが示されました。
4. iTabの構造解析
さらに、クライオ電子顕微鏡による構造解析により、iTabが抗原ペプチドのフランキング残基とMHCクラスIIの両方を同時に認識していることを明らかにしました。これは、iTabがT細胞受容体に似た仕組みで抗原提示の場を見分けていることを示す重要な結果です。
5. 自己免疫疾患モデルマウスを用いたiTabによる自己免疫応答の制御
研究グループは、多発性硬化症のモデルとして広く用いられる実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)でもiTabの効果を検証しました。その結果、病気の原因となる自己抗原に対するiTabは、病原性T細胞の活性化を抑え、炎症性サイトカインの産生を低下させ、病態の進行を有意に抑制しました( 図3) 。さらに、病原性T細胞を刺激しにくいよう改変した、iTab誘導能をもつペプチドで事前に免疫したマウスでも、EAE症状の軽減が確認されました。これらの結果は、iTabが自己抗原に対する過剰な免疫反応を選択的に抑える可能性を示しており、自己免疫疾患に対する新しい抗原特異的治療戦略の基盤となることが期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、生体に本来備わっている「抗原特異的な免疫応答を制御する抗体(iTab)」の存在を初めて明らかにしました。特定の抗原に対する免疫応答がいかにして適切に収束するのか、その制御機構の解明は非常に重要です。本研究により、産生されたiTabがT細胞の活性化を能動的に抑え込み、免疫応答を収束させるという、全く新しい免疫制御メカニズムが示されました。
MHCの遺伝子多型は、免疫系の異常な活性化によって引き起こされる様々な自己免疫疾患やアレルギー疾患において、最も強く関連する遺伝的要因として知られています。今回明らかにしたiTabの誘導アプローチを応用することで、標的抗原が明らかになっている自己免疫疾患やアレルギー疾患に対して新たな治療の開発が期待できます。逆にiTabの産生を誘導しない抗原を設計することによる持続性の高いワクチン抗原の最適化にも応用が期待できます。
特記事項
本研究成果は、2026年4月16日(木)18時(日本時間)に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
本研究は、日本学術振興会科研費、日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、免疫アレルギー疾患実用化研究事業の一環として行われました。
【用語説明】
※1. MHC
MHC(主要組織適合性遺伝子複合体)はT細胞にペプチド抗原を提示して、T細胞を活性化することで、免疫応答の中心的な役割を担っている分子。
※2. T細胞受容体(TCR)
T細胞が抗原を認識する際に使用する受容体で、MHCに提示されたペプチド抗原を認識してT細胞への活性化シグナルを伝達する。
参考URL
研究室ホームページ https://immchem.biken.osaka-u.ac.jp
荒瀬 尚 教授 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8926a7bc71557953.html
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本件に関するお問い合わせ先 |
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 免疫化学 教授
荒瀬 尚(あらせ ひさし)
<AMED事業に関すること>
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)免疫記憶領域
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 免疫アレルギー疾患実用化研究事業
TEL:03-6870-2286
<報道に関すること>
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 企画室
特任教授 坂野上 淳
TEL:06-6879-4273
E-mail:j-sakano
ifrec.osaka-u.ac.jp
(SPring-8 / SACLAに関すること)
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