極薄の形状可変ミラーを実現!
X線ビームの大きさが3400倍変化


2025年6月27日
名古屋大学
理化学研究所
大阪大学


【本研究のポイント】

・厚みがわずか0.5mmの圧電単結晶ウエハ注1)のみで形状可変ミラーを作製。
・X線ビームサイズを世界で初めて3400倍以上変化させることに成功。
・ビームサイズなどの光学パラメータを大きく変えることにより、多機能型X線分析の実現が期待される。


名古屋大学大学院工学研究科の井上 陽登 助教、松山 智至 教授(兼:大阪大学大学院工学研究科招へい教授)、理化学研究所放射光科学研究センターの矢橋 牧名 グループディレクター、香村 芳樹 チームリーダーらの研究グループは、薄い圧電単結晶ウエハ1枚のみで構成された形状可変ミラーの作製に成功しました。形状可変ミラーはさまざまな分野で活用されており、近年X線集光システムにおける光学パラメータ可変レンズ注2)として注目されています。しかし、これまでにもさまざまな形状可変ミラーが開発されてきましたが、変形量の大きさが十分ではありませんでした。その理由として、変形量を大きくするためにはミラーの厚みを可能な限り薄くする必要がありますが、従来のミラーは異種材料の接合が不可欠なため、構造的に限界がありました。そこで本研究グループは、圧電単結晶であるニオブ酸リチウム(LN)の分極反転特性注3)に着目しました。LNは約1000℃の高温で加熱されると、分極構造が一部変化します。この特性を利用すると接合することなくバイモルフ構造注4)を形成できるため、ミラーの厚みを極限まで薄くすることが可能となります。実際に、厚みが僅か0.5mmのミラーを開発し、その形状を制御することで、X線ビームサイズを3400倍変化させることに成功しました。本成果によりビームサイズなどの光学パラメータを大きく変えることで、X線分析の視野や分解能を変更できるだけでなく、分析手法を切り替えることができる多機能型X線分析が可能となります。また、本ミラーは更なる薄型化が可能であり、例えば0.01mmオーダーまで薄くできます。その場合の変形量は、本成果よりもさらに100倍程度大きくなると計算されるため、X線領域だけでなく、可視光など幅広い波長領域で活用できると期待されます。
本研究成果は、2025年6月27日18時(日本時間)付で英国科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Scientific Reports
題名 :Ultrathin monolithic bimorph mirror using polarization-inverted lithium niobate wafer
著者:Takato Inoue(名古屋大学), Junya Yoshimizu, Toma Ueyama, Maaya Kano, Yoshiki Kohmura(理化学研究所), Makina Yabashi(理化学研究所), and Satoshi Matsuyama(名古屋大学 兼:大阪大学大学院工学研究科)
DOI:10.1038/s41598-025-05019-8



図1 本研究の概要図


【研究背景と内容】

形状可変ミラーは反射面の形状を調整することで、ミラーに反射された光の局所的な向きを制御することができます。そのため、宇宙望遠鏡や網膜イメージング、高強度レーザーの補償光学システムなど、さまざまな用途で活用されており、近年X線領域でも注目されています。従来のX線用レンズは電子顕微鏡の電磁レンズのように光学パラメータを変えることができないため、実験条件がX線用レンズの設計値に制限されていましたが、形状可変ミラーを用いることでこの問題を解決することができます。しかし、従来の形状可変ミラーには、変形量を大きくできない課題がありました。従来型では、変形の駆動源である圧電素子(電圧を加えると変形する材料)と、光を反射するミラー基板の異種材料を接合する必要があるため、形状可変ミラー全体の厚みを薄くできません。変形量は、厚みが薄いほど大きくなるため、ミラーの構造的な限界がありました。
そこで研究チームは、ニオブ酸リチウム(LN)の分極反転特性に着目しました。LNは圧電単結晶であるため、変形の駆動源にできます。さらに、研究チームはこれまでの開発において、LNの表面を光の反射面として利用できるレベルまで超平滑化できることに気付き、LNのみで構成されたX線形状可変ミラー(LNミラー)を実現してきました(2024.5.8プレスリリース)。その一方で、LNミラーは均一な分極構造を有するため、このままでは数nm程度しか変形できず、光学パラメータを変更する目的において不十分です。変形量を大きくするためにはバイモルフ構造の形成が不可欠ですが、結局接合が必要になってしまいます。この課題を解決するために本研究では、 LNの分極反転特性を利用しました(図1)。 LNは約1000℃の高温で加熱されると、分極構造が一部変化します。この特性により、接合することなくバイモルフ構造を形成できるため、ミラーの厚みを極限的に薄くすることができます。実際にミラーを作製し変形量を評価したところ、マイクロメートルを超える大変形が可能であることを確認しました(図2(a))。変形精度もナノメートルオーダーとX線を集光するにあたって十分な精度であり、ビームサイズを3400倍変化させることに成功しました(図2(b),(c))。本研究は、SPring-8のBL29XUで実施されました。



図2 実験結果。(a)印加電圧値とミラー変形量の関係。(b)収束光モードにおけるX線ビームサイズの形状。(c)発散光モードにおけるX線ビームサイズの形状。


【成果の意義】

本成果によりビームサイズなどの光学パラメータを大きく変えることで、X線分析の視野や分解能を変更できるだけでなく、分析手法を切り替えることができる多機能型X線分析が可能となります。また、このミラーは耐熱性が非常に高いため、X線領域だけでなくハイパワーレーザーなど過酷な環境下でも動作できると考えられます。さらに、本ミラーはさらなる薄型化が可能であり、例えば0.01mmオーダーまで薄くすることができます。その場合の変形量は,本成果よりもさらに100倍程度大きくなると計算され、より大きな変形量を必要とする領域でも活用できるようになります。これらを通じて幅広い科学・産業の発展に貢献することが期待されます。
本研究は、2023年度から始まったJST 『創発的研究支援事業(フレキシブルかつ超高安定なX線顕微鏡の開発、JPMJFR222B)』の支援のもとで行われたものです。


【用語説明】


注1)圧電単結晶ウエハ:
物質の中には、力を加えると電圧が生じ、その反対に電圧を加えると変形するものがあり、圧電素子と呼ばれている。その中でも圧電単結晶は均質な材料であり、圧電セラミックスなど他の圧電素子と比べて安定性や線形性が高い利点がある。


注2)光学パラメータ可変レンズ:
光学パラメータとして、開口数、焦点距離、アクセプタンスや倍率などがある。通常、X線顕微鏡などで用いるレンズは形を変えることができないため、光学パラメータが固定されている。その一方で、形状可変ミラーをX線レンズとすることで、ミラーの変形によりパラメータを自在に変化させることができる。


注3)分極反転特性:
通常ニオブ酸リチウムは単結晶かつシングルドメインの圧電材料として利用され、材料全体で均一な分極構造を有している。その一方で、基板を加熱したり、特定の元素やイオンを注入したりすることで、材料内部の分極方向を部分的に反転させることができる。


注4)バイモルフ構造:
異なる圧電定数や、熱膨張係数を持つ2層の材料を貼り合わせた構造である。電圧印加や温度変化によって、層間のわずかな変形差により生じる応力を利用して、大きく変形させる。


本件に関するお問い合わせ先
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院工学研究科
助教 井上 陽登(いのうえ たかと)

【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272
E-mail:nu_researcht.mail.nagoya-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
Email: ex-pressml.riken.jp

大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係
TEL:06-6879-7231 FAX:06-6879-7210
Email: kou-soumu-hyoukakouhouoffice.osaka-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。

本件に関するお問い合わせ先
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院工学研究科
助教 井上 陽登(いのうえ たかと)

【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272
E-mail:nu_researcht.mail.nagoya-u.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
Email: ex-pressml.riken.jp

大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係
TEL:06-6879-7231 FAX:06-6879-7210
Email: kou-soumu-hyoukakouhouoffice.osaka-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。